読まれていた方にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
楽しんでいただければ幸いです。
<皇国>水軍、東海洋艦隊の特務戦隊は北領西部を大きく迂回し、<帝国>艦隊が停泊する奥津港へ向かっていた。
天候は曇天、波風高し。これでもだいぶ回復していた。道中は天候悪化で暴風雨となり、予定が大きくずれてしまったが、どうにか目標を達成できそうだと艦隊指揮官はほっと胸を撫で下ろした。
「副官、そろそろ予定海域だが、彼らの出撃は可能か?」
「はい。
「よろしい」指揮官は頷いた。「出撃させよ。目標は先の指示通りに」
「はっ」
作戦開始を知らせる後方にいる二隻の龍巣巡洋艦から
待機中だった水軍龍兵隊の前に並べられたのは八本の六角形の鉄管を束ねたものだった。翼龍が握りやすいように麻製の紐で括ってある。中身は信管と少量の玉薬。そして、液石から粗製した油と増粘剤で作った半固形のドロッとした液体が充填されていた。
毛皮の飛行服を着た龍士達はゴーグルを下ろし、集まった面々に笑顔で親指を立てて相棒の首元の鞍に跨り、手綱を握る。そして翼龍たちに束ねた鉄管を持たせた。
甲高い呼笛と共に赤い信号旗が振られる。
翼龍が高い声と共に羽をばたつかせて力強く後脚を交互に蹴りながら走り、飛び立っていく。
空で編隊を組んだ龍兵隊を見て、水兵達は制帽を振りながら歓声をあげ、指揮官はその成功を祈った。
鉄管の中身は、英康の前世では
◆
「敵の軍勢が攻勢を始めました」
総指揮官の天幕内へ入室したメレンティンは敬愛する姫君に告げた。ユーリアは憔悴し、頭を抱える事が多くなっていた。メレンティン自身も疲労の色が濃いが、自身に活を入れ、報告を続けた。
「数はおよそ二万。先行隊は大隊規模ですが、蛮族共が剣虎兵と呼ぶ猛獣使いです」
「これを受けて遅滞防衛隊が蛮族共の本隊へ夜襲伏撃を決行。ですが、どうやったのかこちらの伏兵を看破したようで。二個大隊に打撃を与えたようですが、夜襲を行った遅滞防衛隊は壊滅。指揮官のフォン・バルクホルン大尉も行方不明になっています」
そして、一息ついてからメレンティンは最悪の内容を告げた。
「また、先日行われた蛮族共の攻撃により、ヴァランティ辺境艦隊が、壊滅したとのことです」
ギリィ、とユーリアはその美貌を歪ませ、歯の音が鳴るほど噛みしめた。
後退した<帝国>軍を待ち受けたのは、自分達が策源地に使っている奥津湾から立ち上がった黒煙だった。
水軍の翼竜攻撃隊が目標としたのは、奥津港に停泊する<帝国>軍の艦隊だった。
ヴァランティ辺境艦隊と呼ばれる水軍はその名の通り<帝国>の一地方の艦隊に過ぎないが、それでもこちらの数倍という強大なもの。合わせて四十隻そこそこしかいない<皇国>水軍ではとうてい太刀打ちできない相手であった。
戦前、<帝国>水軍相手にどう立ち回るかという議題が上がった際、彼らの結論は艦隊の維持と拡大に努める。つまり艦隊を見せ札にし、<帝国>が根を上げるまで粘るしかないという結論となった。己らの何倍もの規模と装備を持つ艦隊相手に、真正面から艦隊決戦など行えばそれは自殺でしかないと誰もが認識していたのだ。
しかし、これを変える出来事があった。英康が漏らした一言だった。
「軍艦から翼竜を飛ばし、攻撃が届かない上空からの火炎壺なり爆弾を落として攻撃すれば良いのではないか?」
英康自身は「翼竜攻撃隊とかあったら色々と便利だよなぁ」という程度だったが、航空攻撃という概念は水軍上層部に大きな衝撃を与えた。
この世界の船と言うのは木造だ。布と縄と木でできており、漏水と腐食を防ぐため、船体にタールを染み込ませている。タールを燃やすには高温が必要だが、火がついてしまえば帆船は松明と変わらなくなる。そして、帆船はそもそも上空からの攻撃など想定していない。
「これは、今までの海戦を全て過去のものに変えるぞ」
ある水軍将官は恐れ慄いた声で呟いたという。しかしそれ以上に、<帝国>水軍に対抗できる手段が見つかったことに歓喜していた。
想定していた艦隊保全という手段は戦わないということ。場合によっては友軍や故郷を見捨てることでもある。
「水軍は、敵が怖いから戦わない」
作戦上必要とはいえ、誰だってこんな風に言われたくないのだ。
そして水軍は英康の想像以上に航空攻撃について研究を重ね、予算が足らなければ上層部の将官が給料を返納して研究費に当てるなどのめり込んでいった。
あまりの猛進っぷりに英康は驚きつつも商会を通して多額の援助を行い、開戦前に一応の完成をみた。
それは敵艦隊壊滅という多大な戦果となって表れた。
発進した翼龍は四騎ずつ編隊を組み、事前の導術兵による探査結果をもとに前進していた。そして一刻も飛んだところで目標を発見。停泊中の<帝国>の艦隊だった。どれも巨大で立派な軍艦だった。
選り取り見取り、猛訓練の成果を示すときが来たと、誰もが獰猛な笑みを浮かべた。
先頭を飛ぶ龍兵隊の隊長騎が小さく右へ左へバンクする。各自目標ヘ突撃セヨ。
八騎の翼龍は別れ、各自狙いを定めた艦へ向かって滑空しながら一気に急降下した。必中距離に入ったところで、焼夷弾を投下。急上昇。
空中でばらけた焼夷弾は数本が海面へと落ちたが、多くは甲板に突き刺さった。信管が作動。爆発し、中の溶剤をまき散らし、燃やしていく。
慌てた当直兵が叫び、船のポンプから汲み上げた海水や砂で消化しようとするが、全く効果が無い。水では消えない火だからだ。
上空から見ていた竜士たちはその成功に握りこぶしを上げた。そしてその勢いのまま他の軍艦へ狙いを定め、残った焼夷弾を次々と投下していった。
<帝国>の軍艦はほぼ全てが炎上し、そして搭載していた玉薬に引火して爆沈していった。もはや港に残された<帝国>兵にはどうしようもできず、ただ悠々と空を飛ぶ蛮族共に罵声を浴びせ、自分たちの艦が燃えて沈んでいくのを見ているしかなかった。
停泊中という事で水兵の多くは当番兵を残して上陸していたこと。また積載していた積み荷と艦の弾薬の幾らかは無事だったが、何の慰みにもならなかった。
むしろ将の不足に目の前でおきた光景によって兵が衝撃を受け、統率が難しくなってしまった。
弾薬も糧秣もいまあるだけ。援軍は期待できない。
そして敵の主力が前進? 最初から最後までこの状況を作りあげ、私と私の軍を掌で躍らせた将自ら?
メレンティンの報告を全て聞き終えると、ユーリアは疲れと一緒に息を吐いた。
状況はよくない。何もかもが不足しており、撤退は不可能。軍の士気も落ちている。
疲れ切った頭の中では幾つもの作戦が浮かび、否定しては消えていく。
――このまま、やられっぱなし?
ふと、そんな言葉が頭の中をよぎった。
――いいえ! 私は栄えある<帝国>の帝室の一員であり、<帝国>軍元帥であり、東方辺境鎮定軍の総司令官!
――このまま降伏?
――いいえ! <帝国>東方辺境鎮定軍は、私の軍は精強無比。意地がある!
「そう、意地。私にも意地があるわ……」
そう結論づけたとき、ユーリアには、ある種の悟りの様な境地になった。すると、身体の奥底から奇妙な高揚感と共に笑いがこみ上がってきた。同時に一つの考えが浮かんだ。
「ふっ、うふふ……」
「姫様?」
心配になったメレンティンは思わず訊ねた。
ユーリアはひとしきり楽しそうに笑うと、いつもの覇気を纏った姿に戻った。
「クラウス、幕僚たちを集めて頂戴」
しかし、その表情は美しいが、目は笑っておらず恐ろしいものだった。
「まだ<帝国>の勝利は消えていないわ」
◆
前進を始めた<皇国>軍は北領街道を北上していく。先行偵察に新城少佐が率いる独立捜索剣虎兵第十一大隊が、そして守原英康大将が率いる本隊が続く。初戦で多大な戦果を挙げた砲兵第一、第二旅団はいない。代わりに各大隊ごとに付属する山砲小隊が増強されている。
これは戦功を稼ぎたいという他の兵科からの嘆願もあったが、兵站上の限界と、おりからの天候の悪化が原因であった。
北領の砲兵旅団は英康らの梃入れによる技術の急速な発達で、大砲の軽量高性能化が進んでいる。だが、それでも移動には大量のばん馬が必要になってくる。平時の訓練ならば各地に設けられた軍の糧秣庫を使えるし、北府から近ければそこまで手間では無い。
だが、<帝国>に占領中の北部へと移動させるとなれば糧秣庫は略奪されて使えない。となれば、兵馬の糧秣も全て北府から運ばなければならない。しかも今は冬季、そして天候の悪化で街道に雪が積もり、大重量の重砲と砲弾を牽引するのが困難になってしまった。
しかし砲が無ければ火力が大幅に低下してしまうため、苦肉の策で北府に残置する部隊から山砲小隊を引き抜くことで対処している。山砲小隊の装備する四斤山砲なら、軽量かつ馬に分解駄載できるため、雪道でも移動する事は可能だからだ。
また追撃戦となれば敵の抵抗、夜襲伏撃に奇襲など様々なことが考えられる。それを防ぐため、英康は翼竜を飛ばし、更に新城が率いる独立捜索剣虎兵第十一大隊を先行させている。
剣虎兵第十一大隊は他と違って単一の兵科ではなく、諸兵科聯合という形を取っている。つまり銃兵・砲兵・騎兵(剣虎兵)・工兵と様々な兵科で構成されており、単独でも戦う事が可能だ。それに新城が指揮しているなら単独で対処できるなら殲滅し、無理なら全滅する前に撤退する。独断専行はしない男だから、安心して任せられる。
上空の翼竜からの偵察と剣虎兵による探査能力で伏撃を防ぎつつ、銃兵旅団の火力と騎兵の突進で跳ね返す。それが司令部の、そして英康の考えだった。
この試みは今のところ上手くいっていた。
<皇国>軍が前進を開始し、後退しながらも<帝国>軍は強かで粘り強かった。将校の数を減った中でも持てる能力を遺憾なく発揮し、焦土作戦に砲兵による擾乱攻撃に夜間伏撃、更には胸甲騎兵による突撃も行っていた。
しかし、それだけだった。
夜間伏撃。そもそも殆ど意味をなさなかった。翼龍による航空偵察と導術兵による導術探査、先行した新城ら第十一大隊の剣牙虎に匂いを察知され、夜間に待ち伏せ中の<帝国>部隊へ逆に襲い掛かり、壊滅に追い込んでいた。
胸甲騎兵による突撃も、<皇国>軍に出血を強いていたが多少足を鈍らせただけだ。突撃したのは少数で数も少なく、しかも相手は新城ら剣虎兵部隊。咄嗟の剣牙虎の咆哮で馬を怯えさせたところを逆に襲い掛かり、返り討ちにしていた。しかもその際に敵の指揮官らしき貴族を捕らえることに成功している。
だが、街道沿いで見せつけられた光景に、北領鎮台の将兵は酷く衝撃を受け続けることになった。
この世界には約二千年前に人と天龍によって取り決められた<大協約>というものがある。この世界においての秩序の根幹であり、その多くが一般常識として日常に溶け込んでいる。
その中には戦争についての取り決めもある。その一つが市邑保護条項だ。人口二千人以上の街は市邑保護条項の対象となり、軍による略奪が禁じられている。だが軍事施設のある街、また人口の少ない街や村は対象外になる。
歴史的要因から兵站重視の<皇国>では迅速な軍の展開のため、点在する街に軍事施設である糧秣庫を置いている。そして奥津湾と網盛湾への中継地点であるこの街には、それなりの大きさの軍糧秣庫があった。
「――ここも、ですか」
新城と西田中尉の二人はそれぞれの愛猫の千早と隕鉄を連れて街中を歩いていた。しかし、その表情は対照的である。<帝国>軍による惨状を前にして西田は悲痛な表情を浮かべていたが、新城は顔色を変えず、見慣れた景色を眺めているかのような表情だった。
寒生山地から流れる寒生川は天狼原野を横断しており、途中で二つに分かれて奥津湾と網盛湾へ流れ込んでいる。この川の側に北府から伸びる北領街道が走っており、多くの村や街はこの街道側に作られていた。そして、<帝国>軍による略奪に遭った。
散乱した家財道具に焼け崩れた家屋。毒を撒かれ汚染された井戸。火にまかれ、誰だか分からない黒焦げの死体。抵抗しようとしたのか、旧式の銃や農具を持ったまま血だまりに倒れる男と、着物がはだけ、道端に転がった女性の死体。
近年の発展で二千人に近い人口を擁していた街で生き残った住民は僅か三百人ほど。それも大半は、若い女性だった。つまり、実用的に使える者が殆どだ。
奥津湾への中継地点として栄えた街は、他の北領街道沿いの村落と同じく、瓦礫と燃えカスと死体が転がる廃墟と化していた。
「中尉、戦争というのはこんなものだよ。あまり気を揉む必要は無い」
「……ええ、先輩。すみません、大丈夫です」
西田は力なく笑った。その言葉が新城なりの励ましであると理解できたし、それにいつまでも悲観していられる状況ではないと分かっていた。気持ちを切り替えるためか、長く息を吐いた。
「ただ、こうも徹底されるとは。井戸も使えず、兵站の負担が大きくなってます。また士気の方も……」
追撃を始めた<皇国>軍は、戦争というものの一面を大いに見せつけられていた。
<帝国>軍によって街は破壊しつくされ、住民は死に、井戸には毒を投げられていた。
この惨状に誰もが呻き、特に衆兵らの気勢は大きく落ち込んでいた。
あまりの酷さに衆兵第五旅団が衆民の慰撫に当たることになった。これは実仁親王殿下の申し出らしい。皇族が被害にあった衆民を慰撫すれば多少なりとも落ち着くだろうという考えと、衆兵の士気の低さが問題だった。衆民からなる第五旅団は現実を見せられ、戦争ではなく復興の手伝いをしたいという声が上がっていた。
天象士によれば、これからもっと天候が悪化して吹雪くそうだ。その前に寝泊りできる天幕を張らないと凍死者が出てしまう。出来れば家屋があれば良いのだが、全て燃えてしまっている以上はどうしようもない。
実に有効な手だ、と新城は思った。
<帝国>は大規模な夜間伏撃が通用しないと見るや、少数の決死の兵による伏撃や砲撃といった
自国の街と衆民を焼き、度重なる嫌がらせで多くの将兵は苛立ちを隠せないでいた。
その状況下で
故に彼らを助けるため早急に北府へ移動させる必要があるが、北領街道はいま兵と馬、そして輜重車で一杯だ。移動させるだけでも簡単ではない。それに人が増えれば補給の消費も早い。その負担は決して少なくは無く、街に到着するたびに足止めを受けている。
その間、<帝国>軍は補給と士気を僅かでも取り戻し、抗戦の姿勢を崩すこと無く後退しながらこちらの様子を伺っていた。
「良い状況ではないな」
司令部が置かれた大天幕の中、英康は普段の数倍は険しい表情で呟いた。戦争と言うものに慣れていない将兵が多い影響が、ここにきて出てしまった。
英康の様に諸侯時代からの古参や東洲の内乱を知っている者なら、それなりに耐性を持っている。彼らも若い頃に、こういった状況をまざまざと見せつけられていたからだ。だが将兵の多くは若く、戦争というものを見ないで育った世代だ。
戦功が欲しい。敵討ちをしたい。衆民を助けたい。
それは人として正しい事だ。だが沸き上がる感情を抑えられず、その激情のままに動かれると問題があるのも事実だった。
その結果が、今の北領鎮台の状況だった。
「誘い込まれた、という事だろうな……」
「はい、閣下。私もそう考えています」
草浪からの同意に、英康は更に憂鬱になった。
現在、<帝国>軍は寒生川の手前、それも嫌らしいことに街に近く、こちらの砲の射程外の距離ギリギリを保っている。この短い距離では簡易の野戦陣地を構築する事もできず、また民間人が多くいる以上、街を戦場にはできない。
この一帯はなだらかな平原。塹壕も鉄条網もなく、騎兵が存分に活かせる地形だった。
「多くの将兵は前進し、<帝国>軍との決戦でこの戦いを終わらせるべきと言っております」
英康は渋面を浮かべたが、こうなった以上は腹を括るしかなかった。
考えられる限り徹底的に叩いてはいる。初戦での砲撃、山岳猟兵による斬首作戦、そして水軍の龍兵攻撃隊による<帝国>水軍の壊滅。
それでも、不安は尽きない。
英康は少しでも和らげようと大きく溜息をついた。
「……全軍に通達」静かな声で英康は言った。
「全軍、総攻撃開始。我らが国を、北領を荒らす<帝国>軍を撃滅せよ」
鎮台司令長官から下された待ちに待った攻勢に、多くの将兵は沸き上がった。特に開戦してから無駄飯喰らいの置物と揶揄されていた騎兵第七旅団は大いに奮い立った。
「徹底的に踏み潰してやる」
ようやくの檜舞台に、騎兵たちは馬上でそう戦意を燃やした。何しろ司令部が作戦を決めてからずっと冷遇されっぱなしだったのだ。ずっと指定された場所で待機しているか、手が足りないからと一部は愛馬に馬鋤をつけて雪かきや穴掘り、輜重の追加要員やらに回されていたのだ。
しかし、それも終わりだ。ようやく二十年以上前の戦乱以来、軍記物に出てくるような勇壮な騎兵が出来る。
「奴らに<皇国>騎兵の強さを見せつけてやる」
北領鎮台は中央に銃兵、両脇に騎兵という基本的な隊形で前進を始めた。数は約二万。
「小細工は無用。ただ火力で圧倒し、粉砕せよ」
◆
皇記五六八年二月四日 午前第十刻
上空を飛ぶ翼竜が街道に居座る<帝国>軍を観測開始。攻撃が始まった。
北領鎮台、正面を担う銃兵第二旅団は四斤山砲による火力支援を受けながら隊形を変更せずに急進。[寒生白鬼]の通称は伊達ではなく、銃兵でも戦闘的な者をかき集めた尖兵を多く配属させており、その動きは<帝国>猟兵にも負けない素早さだった。
これに<帝国>軍は驚きを露わにした。蛮族共が、中隊横列を並べた大隊縦列で突っ込んできたのだ。それは<帝国>猟兵だけが可能にした、世界最強の戦闘隊形であった。
もちろん、<帝国>軍も黙って見たままではない。前面だけとはいえ、急造の柵と雪濠に隠れながら砲撃をやり過ごし、かき集めた砲で撃ち返す。<帝国>猟兵たちも射程内に入った敵から撃っていく。
小細工無しの、真正面からの殴り合いだ。互いに発砲音を響かせて撃ち合い、丸い砲弾が跳ねて<皇国>銃兵をなぎ倒し、榴弾が雪濠ごと<帝国>猟兵を吹き飛ばす。
しかし、装備と火力、そして士気の差はいかんともしがたい。
遠距離から濃密な火力で圧倒し、反撃にも怯まず前進し、後続の部隊も次々と加わっていく第二旅団に<帝国>軍中央も徐々に押されてしまう。
そこへ、右翼を担う<皇国>騎兵が障害物を迂回し、突撃を仕掛けようとしていた。
迫りくる北領鎮台の騎兵突撃に対し、<帝国>軍は即座に動いた。<帝国>軍は下士官の質も高いらしく、将校が少なくなった今でも歩兵教練に載せたいほどの見事な統率と動きで側面に方陣*1を組んだ。
<帝国>猟兵は銃を構え、荒い息と緊張を押さえて迫る騎兵に狙いを定めた。残り百間、八十間、五十間、……。
そして、<帝国>猟兵は榴弾の斉射を受けた。
「なぁッ!?」
「突撃ィーッ!」
先陣をきった騎兵大隊長の伊藤中佐が叫ぶ。蛮声を上げ、片手に鋭剣を振りかざしながら舞い上がった土砂を引き千切って<皇国>騎兵が斬り込んだ。
突然の砲撃に<帝国>軍左翼は対応できなかった。いや、目の前の光景が信じられなかった。
「馬鹿な、奴ら誤爆が怖くないのかッ!?」
「貴様ら帝国共の大雑把な砲撃と一緒にするな! こっちの砲撃は寸単位で狙い撃てるんだよッ!!」
振り抜かれた鋭剣と馬蹄に精強な<帝国>猟兵達が瞬く間に蹂躙されていく。
これを援護しようと<帝国>猟兵旅団を指揮するシュヴェーリンは直近の部隊を増援へ向かわせようとした。だが、まるで何も知らない新兵の様に動きが遅い。
身軽さと機動力を至上とする普段の<帝国>軍なら、信じられないほどの鈍重さであった。
これは山岳猟兵による狙撃で指揮官が減らされ、またこれ以上指揮官を減らされないために即席の装甲馬車に籠る様になった影響だった。
シュヴェーリン少将は東方辺境領一の猛将である。この状況下でも、それは変わらない。
だが、いくら頭である彼が命令を下しても、手足が機能不全となれば碌に動かなくなる。
前線に立つ兵から見て指揮官とは、自分の所属する部隊の下士官や尉官がそうだ。佐官、将校は雲の上の存在であり、想像の範囲外にある。
普段の<帝国>軍ならば立派な軍馬に跨り、華美な装いで堂々とした姿の指揮官が見れるが今は違う。勇敢で有能な指揮官は常に前線に立ち、そして山岳猟兵によって狙撃されてしまった。生き残っているのは運が良い者か、物陰に籠ってばかりの臆病者しかいない。
その部隊の兵はその指揮官に似る。いくら生き残ったベテランの下士官が必死に支えようとしても、指揮官が臆病者でただ安全な場所で怯え、喚き散らしていれば、普段と違う部隊の姿に兵は不安になり、そして大きな不満となる。
「俺たちが身体を張って死に物狂いで頑張っているのに、部隊長は隠れて怒鳴り散らすだけだ」
「俺たちはなんの為に戦っているんだ」
「あんな奴の為に戦って死にたくない」
指揮官が命を張らなければ、兵もその指揮官の為に戦わなくなってしまう。そして糧秣も弾薬も欠くようになってしまえば急速に結束力は失われてしまう。<帝国>軍の屋台骨であった「勇猛な将兵」は、ここで崩れてしまったのだ。
それに対して、多少練度が低くとも豊富な物資と緒戦を圧勝し、勢いに乗っている<皇国>軍は突進する。更に敵右翼へ突撃した新城少佐が率いる剣虎兵大隊が加わってからは、ますます喰い荒らされていく。
まさに、ユーリアの考える通りだった。
「蛮族共が正面に喰らいつきました」
「そう」ユーリアが言った。「
「はっ」
シュヴェーリンには苦労をかけることになるが、最後まで粘ってもらわなければならない。
囮にすることに対し、彼はただお任せくださいとだけ答えた。その彼と将兵の為にも、勝利をしなければならない。
「カミンスキィ大佐」
「はっ」
「敵本陣へ突撃する。道を切り拓け」
「御意。必ずや、勝利の栄光を、殿下に」
カミンスキィが見事な敬礼で答え、足早に部隊へ向かった。愛人である美形の青年将校を見送り、振り返った。
「殿下……」
「まだ不満かしら、クラウス」
「はい、姫。賛成できません。危険すぎます」
「そうね、危険だわ」
あっさりとした口調でユーリアは答えた。
「でも、私は負ける気は無い。負けたくないの。それに、このまま何もできずに敗北して、東方辺境領軍が嘲笑されるのは我慢ならないわ」
「殿下……」
「でもクラウス、心配は要らないわ。だって、私は勝てない博打をする気は無いもの」
「……わかりました。姫、お付き合いいたします。いま思えば、姫の我儘に付き合うのも、傅役の特権でしたな」
「あら、じい。私は優等生だったじゃない。でも、ありがとう」
ようやくメレンティンのいつもの軽口が聞けるようになった事に、ユーリアは声に出して笑った。
ひとしきり笑ったところでユーリアは<帝国>東方辺境鎮定軍総司令官へ戻った。侍従が連れてきた愛馬へ颯爽と飛び乗る。
ユーリアの前へ立ち並ぶのは、獰猛と謳われる
彼らの前に出たユーリアは鋭剣を振り上げ、高らかに告げた。
「狙いは蛮族共の指揮官ただ一人! 立ち塞がる者は全て粉砕せよ!
突撃喇叭が高らかに鳴り響く。
『
『
『
熱狂に包まれた中、ユーリアは鋭剣を振り下ろした。
「
『
全ては、我らが東方辺境領姫の勝利の為に。
<帝国>騎兵三千騎が、死兵となって北領鎮台へ襲い掛かった。
「……凡人は凡人、天に愛された姫には敵わぬ、か」
英康は呟いた。身体に走る寒気が酷く、震えが止まらなかった。
騎兵突撃に対して即座に反撃をした。だが、止まらなかった。
榴散弾を浴びても、ライフル銃の弾幕にも負けず、先に倒れた戦友たちをも踏み潰していく。
この魂の籠った騎兵突撃を前に、こちらの右翼部隊は蹂躙されて崩壊。狂乱と馬蹄と万歳で満ちた雪原を騎兵は駆け、立ち塞がる者を蹴散らしながら猛烈な勢いでこちらに向かって突き進んでくる。
糧秣は残っていない。弾薬は無い。士気は低い。
だからどうした? それ以上の熱狂で塗りつぶし、ただ我武者羅に突進して粉砕しまえばいい。
言葉で言うのは簡単だが、それを本当に成したユーリアに、英康は恐怖してしまったのだ。
「閣下ッ! お、お逃げください!」
慌てふためいた将校を見て、英康は僅かだが落ち着いた。自分も傍から見たらこんな感じなのかと思ったからだ。よくよく見ると、あの新品中尉だった。
英康は震えを誤魔化すように大袈裟に溜息をついた。そして妙に頭が冷静となったお陰か、要らぬ所まで分かってしまう。
鎮台の動きが鈍い。目の前にぶら下がっていた獲物に夢中になって食らいついた結果、奥深くまで誘導されてしまった。
また目前にまで見えた勝利、そこから強烈な騎兵突撃を受けたことで、心も身体もついてこれていないのだ。硬直した隙は大きく、未だに粘っていた敵中央も反撃に移っていて近視眼的な対処しかできていない。
それに馬はあるが、この混乱の中では逃げ出すには無理だ。伝令用の、ほんの数頭しかいない馬で逃げたところで途中で追いつかれられる。
つまり、だ。
「無駄だ。今から逃げても間に合わんよ。ここで迎え撃つしかあるまい」
英康が素っ気なく答えると、新品中尉は更に恐怖で引き攣った顔になった。
それが面白くて、思わず声を出して笑ってしまった。中尉の表情がますます歪んでいく。
ひとしきり笑ったら、いい気分転換になった。それと同時に、こんなつまらん事で死にたくない、強い思いが身体中を巡った。
気合を入れなおすべく、英康は大音声で命じた。
「総員着剣ッ! 銃は撃つな。味方に当たる!!」
「は、はいィッ!!」
言いながら英康は纏っていた外套を脱ぎ捨て、腰の鋭剣を鞘から引き抜いた。拵えこそ高級将校に相応しい造りだが、中身は寒冷地用にと工廠で生産された量産品だ。片刃で浅く反りのある造りは諸侯時代のものを踏襲したもので、折れず曲がらずよく切れる、お気に入りの品だった。
英康は五月蠅く鳴る心臓の鼓動を抑えるべく、長く息を吐いた。白い吐息が細く立ち上がって消えていく。
「真改」
のっそりと傍に寄った老剣牙虎の頭に手を乗せ、優しく揉んだ。
「すまんな、またお前に助けて貰う事になりそうだ」
気にするな、と言わんばかりに真改は大きく吼えた。
跳ね飛ばされた味方部隊の切れ目から騎兵が飛び出してきた。特徴的な金の兜に鈍色の胸甲。<帝国>の胸甲騎兵だ。
「閣下をお守りしろッ!」
草浪の号令で英康の周りに司令部要員たちが鋭剣や銃を片手に集まった。僅かだが、着剣した銃兵もいた。槍衾にするには少ない上に銃剣では短いが、無いよりマシだ。
「白兵戦よォい!」
騎兵の数は減っている。さすがに銃兵に騎兵をぶった切ってくるのは苦しかったらしく、頭数は少ない。三十騎前後か。だがこちらを見つけるや、脇目もふらずにこちらへ突進を始めた。
「
場違いなほど綺麗な声が響く。先頭に立っていたのは、豊かな金髪と外套をたなびかせた将校だった。
「真改ッ!」
グオオオォォォンッッ!!
老剣牙虎の雄叫びに突進してきた胸甲騎兵の跨る馬がそれに怯えた。しかし、勢いがついている馬は急に止まれるはずがない。馬はつんのめるか、また逃げようと進路をずらし、そして味方同士でぶつかり合った。
「かかれぇ!」
その隙を逃さず、英康らは胸甲騎兵へ襲い掛かった。数人がかりで斬りかかり、馬上から引き吊り落として丁寧に処理をしていく。
英康も突進してくる騎兵に、すれ違いざまに鋭剣で足を斬りつけ、怯んだところを真改が老いを感じさせないほど俊敏な動きで飛びつき、敵兵を噛み殺した。
「はァッ!!」
「ぬッ!?」
後ろ! 直感に従い、振り向きざまに咄嗟に鋭剣で防御する。受け止めた鋭剣が火花を散らす。眼前には凛然たる気迫に満ちた、美しい女性の顔があった。
「殿下ッ!?」
「閣下ッ!?」
信頼する副官からの悲鳴に、二人の視線が交差する。
――この男が、敵の司令官かッ!?
――げぇ、ユーリア!?
二人の力と意志の比べ合いが続く中、割った入ったのは真改だった。躍動し、ユーリアの乗る馬の首筋へ噛みついた。そのまま捩じる様に身体を動かすと、馬は悲鳴を上げて倒れた。ユーリアは即座に飛びのいたが、反動で雪面の上を転がり回った。
好機、と見た英康が今のうち身柄を確保しようと駆け寄った瞬間、横から一騎の騎兵が飛び出してきた。既に鋭剣を振り上げている。
「閣下ァ!?」
(やってしまったな、これは……)
兵、周りにいない。真改もまだ立ち直っていない。剣で防御。さっきので痺れていて上がらない。
英康は、スローモーションで迫ってくる鋭剣が見えた。
「もらっ――」
鋭剣を振り下ろそうとした騎兵が、横合いから現れた大きな影によって吹き飛ばされた。代わりに現れたのは、灰色がかった白毛に黒毛の縞模様の猛獣。顔を真っ赤な血で染め、咆哮をあげる剣牙虎だ。
「千早……?」
「総員、我に続けェー!」
横から殴りつけてきたのは、本陣の異常を察知して転進してきた、新城少佐の第十一大隊だった。
英康は言いようのない安心感を、ユーリアは己の賭けが失敗したことを悟った。
――勝ったな……。
――私の負け、ね……。
文字通り、胸甲騎兵を食い殺していく大隊を見て、二人はそう判断を下した。目線を互いに合わせるとほぼ同時に戦場に響き渡るような大音声で命じた。
「東方辺境領の将兵達よ、戦闘を止めよッ!!」
「北領鎮台、全軍戦闘中止せよッ!!」
鳴り響いていた戦場音楽が徐々に小さくなっていき、そして奇妙な静けさが辺りを覆っていた。
「姫様」駆け寄ってきたメレンティンが小さく言った。
「クラウス、無事かしら?」
立ち上がったユーリアは僅かに笑みを浮かべて言った。
「負けたわ。これ以上の戦闘は無意味。それで兵を死なすのは私の本意ではない」
「姫様……」
「ところでクラウス、青旗は持っている?」
「舐めないでいただきたいですな、姫様。これでも貴方様の侍従を長年務めているのですぞ。どのようなことにでも対処できるよう、色々と準備していますとも」
メレンティンはその泣き顔をクシャクシャに歪ませながらも、いつもの優しい声で言った。
「ありがとう、クラウス」
そして<帝国>軍の集団から青旗が上がると同時に、ユーリアはゆっくりと歩きだした。
「閣下」
「警戒だけでよい。貴様らは離れておれ」
英康も手に持ったままの鋭剣を収め、歩き出す。
<皇国>と<帝国>の将兵が周りを囲んだ円の中心にて、二人は相対した。
「<帝国>鎮定軍総司令官、<帝国>軍元帥ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ」
「<皇国>北領鎮台司令長官、陸軍大将守原英康」
互いに見事な敬礼を見せた。
「モリハラ大将、私と私の将兵は、<大協約>に基づいた降伏を行う用意がある」
「決断に敬意を表します、殿下」英康は答えた。
「<大協約>に基づき、殿下と殿下の兵の降伏を受諾いたします。なお、降伏にあたって<大協約>の保証する俘虜の権利、その尊守を皇主正仁陛下の臣にして藩屏たる<皇国>陸軍将官、<皇国>将家の一員として誓約いたします」
「貴官の勇気と道義に感謝する、モリハラ大将」
形式通りの話が終わると、英康とユーリアは軍を率いる者同士で少しの会話を楽しんだ。
それが終わると、彼らは己の軍に戻った。
英康ら北領鎮台が見守る中、ユーリアら<帝国>東方辺境鎮定軍は堂々とした姿のまま降伏した。
ここに、北領戦は終結した。
誤字・脱字、また感想などありましたらお願いします。
↓以下、愚痴。
正直、納得というか性急すぎて気に入らないので後で書き足すと思います。
ただまったく思いつかない……、どうすっぺ?
追記
どうも性急について混乱させてしまったようなので、簡単に説明をば。
性急というのは文の膨らましが足らないということです。ぶつ切り状態ですし、特に後半、戦闘が終わった後のメレンティンとユーリアの会話や英康とユーリアのやり取りがもちっとあった方がいい、ということです。
…全面的に私の書き方が悪かったですね。申し訳ありません。