3.
軽く掃除しただけの店舗内で、二人は話し合っていた。
「まず、お店のコンセプトね。あの時も言ったけど、一階は食堂、二階の個室で接客も行うようにする」
「客層は、やっぱりギルドマンとか職人?」
「ええ。昨日見て回って、それが一番だと思ったわ」
前日、二人は花街を歩き、酒場や娼館の様子を見て回っていた。その中で耳にした話では、この街のギルドマンは有名なパーティの影響で節度のある者が多く、反対に一部の騎士の方が酒癖の悪さを噂されていた。
騎士や従士は貴族とも繋がりが深い。一般人、それも娼婦が揉めて勝てる相手ではない。
「パン屋の女将さんも同じことを言っていたし、関わらない方が身のためよ」
シアラは腕を組んで言った。
「んー、ギルドマンが相手なら、料理は気軽に入れる値段にしたいな」
「そうね。その代わりお酒と閨事で利益を出しましょう。一晩で相手にできる人数には限界があるし、身体を安売りしなくて済むわ」
「じゃあ、毎日でも食べられる料理にしようか。雑穀を使えば腹持ちは良いし、原価も抑えられる」
「安っぽいと嫌がられないかしら?」
「雑穀だって、調理次第で立派なご馳走だよ」
フィオナの頭には、オルゾットや薄焼きパン、クレープが次々と浮かんだ。雑穀を使った料理なら、客を満足させる献立はいくらでも思いつく。
「そうだね、竈ができたらいくつか試作して食べてみよう。それからだね」
「心配いらなさそうね。頼んだわ」
「それが私の仕事」フィオナは胸を張った。「ただ、竈は良いやつにして厨房は見えるようにしたい」
「竈はわかるけど、どうして?」
「これ。この外見を忌避する人は必ず出る」
「ああ……」
フィオナは自分の白髪に触れた。サングレール人特有の明るい色をした容姿を快く思わない者は、この街にも少なくない。昨日も街を歩くだけで、露骨に顔をしかめられた。
「前の店では複数人で作っていたし、私は開店前の下ごしらえが中心だったからね。そもそも前オーナーが気に入らない客は追い返していたし」
「確かに……」
「それなら最初から見せて、受け入れられる人だけ店に入れた方が良い。ギルドマンならそんなに気にしないでしょ」
「そうね、そうしましょう。カウンターの裏だから壁を取り壊すだけでいけるわ」
「うん、ちょっと確認してみよう」
二人は立ち上がり、店内をゆっくり歩いて回った。
入口から客席、長いカウンター、埃を被った暖炉。そして奥の厨房へ。
カウンターにシアラが立ち、奥の厨房にフィオナが入る。
フィオナは厨房と通路を行ったり来たりし、口を開いた。
「そうだね、ここの仕切り壁が無くなれば料理の受け渡しがやりやすいし、注文も聞きやすい」
「お互いに状況が把握しやすくなるわね。ただ、この壁は壊せる?」
「わかんない。でも薄い壁だし、たぶん大丈夫かなって。お客の職人さんも似たようなこと言ってたし」
「詳しいの?」
「いや、聞きかじり」
「なるほど。じゃあ職人さんに見てもらって決めましょう」
シアラも店内を見渡しながら頷いた。
「後は風呂場の増設と、そこの部屋は私たちの個室に使うとして。二階は?」
「二階は変える必要が無さそうね。雨漏りのところを直せば良さそう」
「となると」フィオナは店内をぐるりと見回した。
「改装工事は壁の再塗装と、カウンターと厨房の間の壁の取り壊し、風呂場の増設、屋根の修繕。これだけで済むの?」
「……だけになるわねぇ」
「……前オーナーに足向けて寝られないね」
二人はしばらく無言で店内を見回した。
シアラはカウンターの天板を撫でた。壁も床も手を入れれば十分に使える。修繕箇所は少ない。つまり、その分だけ客を迎えるための設備や調度品へ金を回せるということになる。
「とはいえ、お金は結構かかるよね」
「ええ。でも私が――」
「半分出すよ」
「え?」
シアラは目を丸くした。
「共同経営なんだから当然でしょ。改装費も設備代も折半。私もこの店の主人になるんだから」
思わず目を伏せる。そんな提案をされるとは思ってもいなかったのだ。
フィオナの提案に驚きと嬉しさが入り混じり、すぐには言葉が出てこない。
「でも……」
「気にしなくていいよ。シアラ並みに、とは言えないけど稼いでたし、料理以外にはほとんど使ってないから」フィオナは続けて言った。「口だけ共同経営者なんて嫌だし、この店が失敗したら私も困る。ちゃんと責任は負う」
少しの沈黙の後、顔を上げたシアラは苦笑いを浮かべていた。
「……分かったわ。じゃあ遠慮なく頼らせてもらうわ」
「うん。それでいい」フィオナは満足そうに頷いた。
「共同経営なんだから、成功する時も失敗する時も一緒。上手くいかなかったら、また二人で頑張ればいいよ」
「ふふ、ありがとう」
シアラは柔らかく笑い、もう一度店内を見渡した。
「そうね。まずは、この店を形にしないと」
「じゃ、必要な物を一つずつ揃えていこう」
厨房を眺めながら、フィオナは指を折って数え始めた。
「竈に調理台、食器棚。客席の机と椅子も足りないし、二階も寝具を新しくしたいよね」
「食器や酒樽も必要ね。細かい物まで数えたら結構な量になりそう」
「だったら、大物は改装工事と一緒にお願いしようよ。その方が簡単かもしれない」
方針が決まった二人は、そのまま互助会を訪ねた。事情を聞いた窓口の男は手慣れた様子で頷いた。
「改装と家具ですか。それなら――」
受付が帳簿をめくり、空いている業者を探してくれた。
「ああ、ここの業者ならどちらも扱っております」
いくつか確認を取られ、お勧めの業者が紹介された。そこで提示された見積もりを見てフィオナは驚いた。
「……結構するんだね?」
「妥当よ。仲介料込みだし、仕事の速さを優先するならこれぐらいはするわ」
「ふぅん」
「……あなたも覚えるのよ?」
「ええ……」
面倒、と嫌そうに顔をしかめるのを見て、シアラはため息をついた。そして切り替え、窓口に向き直った。
「もし、早めに取り掛かってもらうにはどれくらい上乗せすれば良いですか?」
「そうですね。賃金を二割上乗せしてくれれば確実ですね」
思案し、シアラが少しだけ頷く。
「それでお願いするわ」
契約は簡潔だった。直ぐに依頼を受けた職人が下見に現場に入った。互助会の紹介で改装が難しくないのと二割増しが決め手となり、早速取りかかってくれることになった。
そして、改装初日。
店には、朝から職人たちの威勢のいい声が響いていた。
「おーし、資材はそこに積んでけ!」
「お前はこっち!」
「親方、こっちからお願いします!」
「おう、任せとけ」
親方と呼ばれた壮年の男性が、解体用の大槌を持って壁の前に立つ。柄を力強く握りしめ、筋肉が隆起した太い腕を引き絞る。目に赤い光が灯った。
「“
ドォン、と大槌が横殴りに叩きつけられた。衝突した箇所から蜘蛛の巣状にひびが走り、壁がパラパラと崩れ始める。同時に砂埃が舞い上がった。
「おー、流石スキル持ち」
「凄い迫力ねぇ……、いまちょっと揺れたわよ」
「事前に挨拶周りしていてよかった」
シアラはその威力と音に驚いたようだ。目を白黒させながらも興味深そうに眺めている。
再び大槌が振り下ろされる。二撃目で壁が一気に崩れた。瓦礫を若い職人たちが手際よく運び出し、別の職人は巻尺を片手に柱の寸法を測っていた。
親方は崩れた壁とフィオナたちの様子を見て、にやりと口元を緩めた。
「へっへっへ、昔はこれでもシルバーランク2のギルドマンでな。まあ怪我で辞めちまって大工仕事始めたんだけどよ」
「おや、先輩ですか。私もギルドマンなんです」
「ほー、娼婦でギルドマンってのは珍しいな、等級は?」
「アイアンの3ですよ。貢献度が稼げないのと、店から離れられないので昇級していないんです」
作業員の一人が、運んでいた角材を梁へぶつけた。
「おいそこ! 梁は傷つけんな!」親方が怒鳴った。
「で、あー、なんだっけな。ああ、なんでギルドマンやってんだ? アイアンじゃ儲かんねぇだろ」
「気分転換と、店で出すボアやディアの肉を自分で獲った方が安上がりだったので」
「……お前、自分で狩るのか? どうやってだ?」
親方はフィオナを上から下まで眺めた。整った顔にやや小柄で男好きする身体と、とても戦う姿を想像できなかったのだ。
「罠や道具を使いますよ。臨時パーティもなるべく組むようにしています」
「そりゃそうか、でもすげぇな。その顔でアレを狩れるのかよ」
感心したような口調に、フィオナは少し驚いていた。
「疑わないんですね? 大体嘘だろと言われますが」
「いや、信じてはねぇぞ。俺にはめちゃくちゃ顔と身体が良いとしか分からん」親方は続けて言った。
「ただ俺に嘘を言ってもしょうがねぇだろ。今度狩った肉を食わしてくれりゃそれで良いさ」
フィオナは微笑を浮かべた。
「なら今度、差し入れに美味い肉料理を御馳走しますよ」
「おお、そりゃいいな。ついでに冷えたエールがあると良いな!」
「それでしたら、開店の時にお店に遊びに来てください。ウンとサービスしますよ?」
シアラの言葉に親方はぴたりと笑みを止めた。真顔になり、少し小刻みに震え始めた。
「そら駄目だ、カカアが怖えぇ。俺より強ぇんだ」
「あら、それは一大事」
その言葉に職人たちからどっと笑いが起こった。
「親方、また姐さんに怒られんぞ!」
「姐さん怒らせたら今度こそ死んじまうって!」
「うるせぇ、手ぇ動かせ!」
照れ隠しに怒鳴る親方を見て、フィオナとシアラも口に手を当てて笑った。
賑やかな笑い声の中、店は少しずつ新しい姿へと生まれ変わっていった。