どうせなら猥談バトルも書きたいので、ものすごーく不定期だけど、ちょっと続けます。
今回は8割がた料理の話。楽しんでいただければ幸いです。
〇ハルぺリア醤油と味噌の作り方
「あー、やっちゃったなぁ……」
朝。レゴールの色街にある《宵の艶花》。
宿泊客の朝食の仕込みも終わり、厨房で調味料の壺を一つひとつ確かめていたフィオナは、中身を見て小さく肩を落とした。
「どうしたんですか?」
洗い物をしていたヘイゼルが顔を上げる。
「いやね。醤油も味噌も、すっかり切らしちゃってさ」
「ああ、フィオナさんが作っていた調味料ですよね」
「うん。故郷のものを再現した代用品なんだけど」
「ハンバーグのソースとかタレとか凄く人気ですもんね」
店を開いてからも、その都度作って補充していた。しかし、ここ最近は何かと忙しく、補充する暇がなかった。肉串のタレやタコミートの隠し味など使う機会も増え、思っていた以上の早さで底をついてしまった。
「作るしかないけど、他の材料も足りなさそうかなぁ……」
調味料の棚を見回す。干しキノコも昆布も残りわずか。魚醤も壺の底が見え始めている。蜂蜜も砂糖も心許ない。
「夜までに作らないとね。他の調味料も買ってこないと」
「買い出しですか? 私も手伝います」
「ありがと。でも店を空けられないから、留守番お願いしていい? シアラたちも昼までは起きないだろうし」
「あ、はい。わかりました」
「お願いね。……あ、ちょうど宿泊客が下りてきたかな」
一人、また一人と降りてきた宿泊客に、黒パンと芋のポタージュ、ソーセージの朝食を振る舞う。前の晩、二階で接客していたシアラとグリゼルダにも食事だけ済ませてもらい、まだ眠そうな二人はそのまま休ませた。
ヘイゼルに店番を任せると、フィオナは買い出しへ向かった。
* * *
市場を回って干しキノコや昆布、塩や酢、蜂蜜、砂糖も買っていく。途中でシアラが好きな干しデーツを見かけ、多めに購入。また呼び止められた馴染みの店で良い野菜が揃っていたので、これも購入。
ギルドマンが利用する加工場に行くと、冬を間近に見えてきた割にこの日は大量に見つかったのか、チャージディアもクレイジーボアも安くなっていた。そこで多めに精肉を買い、切り落とし肉と骨も分けてもらう。予定以上の大荷物を抱えて帰る途中で、見知った顔を見かけた。
「あ、モングレルさん」
「うげ、お前かよ」
「ひどい反応だね」
あからさまに渋い顔をされても、フィオナは小さく笑った。最近は顔を合わせるたびのことなので、今さら腹も立たない。
「ちょうど良かった。少し手伝ってくれない? 荷物が多すぎるんだ」
「嫌だ。俺はこれからボア仕留めて肉を食うって決めてんだ。シアラさんがこえーし」
「ん? シアラは怖くないけど?」
「そりゃ、そうだろーが……」
ド天然め、とモングレルは悪態をついた。フィオナはよくわからず、首を傾げている。
「とにかく、俺は行かないぞ。肉が呼んでんだよ」
「んー、まあしょうがないか。呼び止めて悪かったね」フィオナは続けて言った。「ああ、終わったらお店に来てよ。醤油や味噌を作っておくからさ」
「……醤油と味噌?」
グルン、とモングレルの首が回った。目が据わっている。
「味噌もあんの?」
「代用品だよ。醤油と同じね。この荷物はそれに使う材料だね」
「そういや今日は暇だった気がしてきたわ」
「肉は?」
「明日にするわ。まだ受注してないし」
「調子が良いねぇ。まあ、ありがたいけど」
ついでに荷物を半分持ってもらい、フィオナは店へ戻った。
この世界にもソースは幾つかある。ただ食べる際に自分で調味料で味付けることも多く、まだ歴史が新しい。
例えば、肉を焼いた後に残る肉汁に玉ねぎなどの香味野菜を加えて水やビール、ワインなどで
ただこれらは高級店で使われるもので、一般的なソースは別のものとなる。
「一般的にソースと呼ばれるものはこれだね。豆や木の実を煮て潰し、塩、酢とローリエなんかを入れて煮詰めて作っている」
店の厨房にて、コック服に着替えたフィオナはモングレルとヘイゼルに壺の一つを見せた。
これは前世ではケチャップと呼ばれていたもの。と言っても、日本で一般的に見られるトマトケチャップではなく、イギリスの伝統的な調味料の一つでマッシュルームケチャップの原型に近い。
ケチャップは中国や東南アジアから輸入される魚醤を真似て作られた調味料から始まったとされ、レシピも様々。その作り方も地域で手に入るキノコや木の実、豆、魚などに塩を加え、酢や好みのスパイスやハーブなどをぶち込んで好みの濃さになるまで煮詰めたものになる。
これから熟成の工程を入れて材料を変え、発展したのがイギリスのウスターソース。そしてアメリカにて当時売れ残っていたトマトを使って作られたのが、トマトケチャップの始まりとなる。
「そうそう。ソースってもローリエの匂いと酢としょっぱい味しかしねーんだよ」
「まあ日持ちだけ考えて熟成させていないからね。キノコに塩を振り、熟成させたものから作ると割と醤油に近い」
「……カビ生えね?」
「生えるね。ただカビは生えた方が味は良い。ちょいちょいお腹を壊すけど」
「危ないですよ」
ただし、この世界ではキノコの栽培は全く進んでおらず、採取が基本である。そして食用かどうかの判断が難しく、材料の確保と製造に手間がかかることからフィオナもあまり作っていない。作るたびに腹を壊していたため、当時のオーナーとシアラにこっぴどく怒られ、禁止されたのもあった。
「今回は手に入るもので、かつ時間もいらない醤油。名付けてハルぺリア醤油を作ろうと思います」
「フィオナさん。今更ですが、私が見てもいいのですか? 大事なレシピじゃ……」
「いいのいいの。別に隠していないし。ヘイゼルさんも料理するんだから覚えておいて。故郷じゃ一般的だもん」
「そうなんですか?」
「あー、正確には違うけどな。本人が良いって言うんだから良いんじゃないか?」
今回作るのは、いわゆる代用醬油に分類されるものである。外国ではアルコールが含まれていることや、コウジカビの安全性が確認できていないとして醤油や鰹節が輸入禁止になっている国があった。
そこで現地で手に入る食材を使って醤油や味噌を作るために、ある和食の料理人が考案したレシピがある。これを基にしたのがハルぺリア醤油である。
材料はこちら。
出汁
・赤身のひき肉
・昆布
・干しキノコ
ガストリック
・砂糖
・ビネガー
蜂蜜
赤身のひき肉
塩
醤油や味噌を構成するのは基本味(甘味・酸味・塩味・苦味・旨味)と風味と色。
まず、旨味と風味となる出汁を取る。和食の出汁といえば鰹節(イノシン酸)・昆布(グルタミン酸)・椎茸(グアニル酸)の三つ。今回は肉・昆布・干しキノコに置き換える。
肉は加工場で出る切り落としをミンチにしたもの。魚醤はアーケルシア産の三年物で、風味付けに使う。昆布は連合国からの輸入品で、名前はよく知らない。販売者も干した海藻としか知らなかった。干しキノコは店で売っていたものである。
「事前に鍋にぬるま湯を沸かして、ここに粉末化した昆布と干しキノコを入れて小一時間置く。これを火にかける」
中火で沸かしていき、沸く寸前にとろ火に変える。ここにミンチ肉を入れて、火が通るまでかき混ぜる。
「良い具合に煮えたら出汁の完成」
「早いですね」
「まあ煮るだけだからね」フィオナは言った。「ちょっと飲んでみる?」
出来上がった出汁をカップに注ぎ入れる。一口飲んで、反応は分かれた。
「美味い感じはしますけど、ちょっと匂いが気になります」
「あー、美味ぇ……」
「うん、いい感じ」
口の中に広がる濃厚な旨味と、あとから特有の生臭さと乾物の匂い。これで野菜や薄切りの肉を入れて鍋にしても美味いだろう。
「今回は私の好みで出汁を取っているから、肉はクレイジーボアや鳥肉、クレーターフロッグでも良いし、昆布は磯臭さが気になるようならストローオニオンなどの野菜を炒めて使うといいよ」
面倒だから今回はやらないが、肉・野菜・キノコで出汁を取った方がこちらの人には馴染みがあるだろう。
「これで旨味はできたから、次に甘味、酸味、苦味となるガストリックを作る」
「え、砂糖?」
「うん。これに酢を加える」
この世界の砂糖は貴重品だ。精製度はそれほど高くなく、上等なものでもキビ砂糖に近い。また輸送しやすいようにか、円錐状に固めてあるので使うときは削る必要がある。レゴールだと割りかし手に入るのでありがたい。
「削った砂糖と酢を小鍋に入れて、強火にかける。このまま放置」
「えっ、焦げちゃってますよ!?」
「焦がさないと駄目なんです」
これはメイラード反応を起こすため。ここに少量の水を入れて鍋を火から下ろしてかき混ぜる。これで出来上がり。
「砂糖をわざと焦がすのは怖いな」
「私も最初はそう思ったけど、必要だからね」フィオナは続けて言った。
「ガストニックは使い勝手が良いよ。甘苦く酸っぱいから、普段のシチューやスープの隠し味にもなるし、野菜や肉で取った出汁に柑橘やミカベリーといった果物を加えれば肉のソースに。お菓子にも合う」
「へぇ……」
「ほー」
「今度機会があったら作ってみようか。マルッコ鳩を焼いて柑橘のソースをかけると美味しいんだ」
さて、ここまでが下準備になる。
「次に甘味、苦味、塩味、旨味、色となる蜂蜜とクレイジーボアの赤身のひき肉。これもかき混ぜながら焦がしていく」
「うわー、砂糖に蜂蜜って、高いものばかり……」
「本来の製法やら原料があれば良かったんだけどねぇ……」
「手に入らねぇからな……」
フィオナも一度は造ろうとして醤油は作れなかった。カビが生えるまで熟成させた豆のケチャップは作れたが、キノコケチャップの方が旨味があった。
「そんなに難しいものなんですか?」
「やー、原料は豆と塩なんだけど、麹がねぇ……」
「コウジ?」
「あー、カビの一種でな。こいつが無いと作れない。しかも一部の地域でかつ特定の条件じゃないと育たないし、下手に素人が作ろうとすると毒になる代物だ」
「え、危険では?」
「だから手が出せなくてね、こうやって代わりのものを作ってる」
さて、肉が真っ黒に焦げてきた。
「蜂蜜とひき肉がいい感じになったら、塩をバサッと入れる。先ほどの出汁とガストリックも入れて煮詰めていく」
味見して、少し塩を追加。かき混ぜて煮詰めて再び味見。うん、しょっぱ美味い。
「これで布巾で濾して、壺へ入れて冷ましたら醤油は完成」
「こうやって作ってたんですか……」
「おー、確かに前に貰ったやつと同じだな」
次は味噌。すり鉢にひき肉、昆布と干しキノコの粉末、魚醤、蜂蜜を入れる。ついでに醤油を作るときに出た出汁がらも加える。
「モングレルさん、これをすり鉢で滑らかになるまで擦ってくれ」
「あいよ」
その間に使った器具の片づけと次の準備に取り掛かる。途中で妙な気配を感じてモングレルを見たら、強化を全力で使っていた。しかもすりこぎとすり鉢にも魔力を通している。
「よし、こんなもんか?」
「いや早ぇよ」
「わー、凄い滑らか……」
コンコンと叩くすり鉢の中身を見れば、滑らかなミンチになっていた。いや、ありがたいのだけども。
「まあ、良いか。これを鍋に入れて炒める」
混ぜながら香ばしい匂いと焦げ茶色になったら火を止める。
「すり鉢に戻して、ここに出汁とガストリック、塩を加えて練ったら味噌の完成」
「結構、簡単なんだな」
「その代わり、材料が高価だけどね。はい、味見」
小皿に差し出された醤油と味噌を指ですくって一舐めする。
「やっぱり独特の酸っぱさとしょっぱさですね」
「確かに味噌だな。どっちかってーと、味噌だれに近いな……」
「麹香が無くて甘さがあるからね。このまま肉に塗って焼いても良いけど、今日は豚汁とパンにしよう」
「おおー」
一口大のボア肉と根菜を獣脂で炒め、火が入ったら残っていた出汁を加える。煮立ったら弱火にしてアクを取り、蓋をしてじっくりと煮る。
「これにさっき作った味噌を入れる」
普段は材料費が高くて作れないが、今日ぐらいは良いだろう。
これで豚汁、いやボア汁か。の完成だ。
「本来のと違って沈みやすいから、よく混ぜながら食べて」
「美味しいです。なんだかホッとする味ですね……」
「あー、たまんねぇ……」
「パンもどうぞ」
フィオナが出したのは、薄切りにした黒パンを鉄板でカリッとするまで焼き、熱いうちに生のニンニクをこすりつけたもの。
黒パンは焼くことで酸味が飛び、どっしりとした味わいにニンニクのパンチが加わることで食べやすくなる。
「これも美味しいです」
「へぇ、豚汁と合うんだな……。美味いわ」
二人とも豚汁とパンを交互に食べ、完食である。
「いやー、美味かった。来てよかったわ」
「それなら夜にも来ればいいのに」
「それは嫌だ」
何かおっかねーんだよお前ら、とモングレルは内心呟いた。
目の前にいるフィオナはなんか近寄ったら捕食されそうだし、シアラは話すたびに目が笑っていない。
飯だけじゃ絶対にすまない、という確証がモングレルにはあった。
「んー、また振られちゃったか」さして残念がることなくフィオナは言った。
「で、この味噌と醤油だけど」
「へへ、靴をお舐めすればよろしいのでしょうか?」
「そういうプレイは夜に来てお金払ってからね。これは荷物持ちと作業代」
籠に小分けした醤油と味噌の壺を入れて差し出した。
「日持ちしないから、早めにね」
「ありがてぇありがてぇ」
大事そうに籠を抱えて、モングレルは帰っていった。
見送る際、曲がり角まで進んだところで一度だけ振り返り、軽く手を上げる。そのまま何事もなかったように人混みの中へ紛れていった。
「モングレルさん、本当に嬉しそうでしたね」ヘイゼルは小さく笑った。
「ギルドマンの方って、初日の人みたいな乱暴な人が多いと思ったんですけど、違う人もいるんですね」
「面倒見は良い人なんだよ。だから周りからも好かれているんだろうね」
使い終わった鍋を洗いながら、フィオナは苦笑した。
「……フィオナさんは、モングレルさんのことがお好きなんですか?」
「急に聞くね」
ヘイゼルは少し照れたように笑う。
「いえ、見ていて仲が良さそうだなって思って」
「んー、どうなんだろう。好悪で言えば好きなんだろうけど。ラブではなく、ライクだね」
「ラブ? ライク?」
「恋愛ではなく、友人としてということ。喋るのは楽しいしね。まあ、求められればやぶさかではないけど、彼はしないかな」
「え、どうしてですか?」
「私ががっついた所為かな。それが良くなかったのかも。常連さん捕まえるの失敗しちゃった」
フィオナがわざとらしく肩を落として呟くと、ヘイゼルはおかしそうに笑った。
フィオナも小さく笑った。しかし、心の中では別のことを考えていた。
以前、出身地を話していた際に彼は今世の故郷がエルミート男爵領の開拓村と言っていた。フィオナが生まれた辺鄙な村も知っていた。開拓村のハーフで、あの村の近場となれば国境付近。そこから思い当たるのは――
(シュトルーベ開拓村、かな? あれだけしがらみや繋がりを残そうとしないのは)
サングレール軍の侵攻で十数年前に村が滅びたという話は、娼館でも聞いた。
そして、その時期を境に“シュトルーベの亡霊”が出るようになったとも。
しかし、詳しく聞こうとは思わない。誰にも話したくない過去なら、無理に聞くものではない。また訳知り顔で聞かれることほど、腹立たしく感じるものはない。
「どうしました?」
「ううん、なんでもない」
フィオナは笑って首を振る。
頼めば文句を言いながら手を貸してくれるし、美味しい料理を食べれば子供みたいに顔を綻ばせる。
願わくば。
彼が何事も無く、美味しい料理を食べて、酒を飲んで、くだらない話をして笑うような日々が、少しでも長く続きますように。
そんなことを思いながら、フィオナは新しく仕込んだ調味料の壺を静かに棚に並べた。
作中の醤油と味噌のレシピは茸本明氏の「野食ハンマープライス」より。
凄まじいチャレンジャーで内容も面白いので、ぜひ皆さん見てください。
いつもお世話になっております。 短編置き場の小説をいくつか独立させようか、迷っております。独立させるなら、皇国の守護者とバッソマンになるかと思います。よろしければ、ご意見をお聞かせいただけませんでしょうか?
-
独立させて再投稿
-
独立しないでそのまま
-
章管理で分ける