勢いで書いた。粗多し。
楽しんでいただければ幸いです。
異世界に行くとしたら、まずその先で現代人でも快適に過ごせる暮らしが欲しい。
だって、現代の便利さに慣れた人が、いきなり中世ファンタジーな世界で生活できると思わないから。
後は趣味を楽しみながら適当に働いて暮らしたい。
神は言った。
――転生するなら、どんな特典が欲しいですか?
答えは決まっていた。
「ドラえもんの四次元ポケット、ひみつ道具入りでお願いします」
それでひたすら美味い飯を食べ、小説や漫画を読んだり、アニメや映画を見ながら過ごしたいんです。
◆
迷宮都市オラリオ。
世界で唯一、ダンジョンを有する巨大都市である。
その都市の中央、迷宮の真上に建つ摩天楼『バベル』を中心に放射状にオラリオ内を走る八つの大通りがある。その内の、北西と西のメインストリートに囲まれた区画にある石造りの廃墟に隠された小さな空間。
人が一人が通れる程度の狭い路地を通り、いくつもの角を曲がり先には、塀に囲まれた青い屋根の館があった。見るからに古臭くて酷く寂れた雰囲気だ。周りの廃墟と同じく壁は風化してひび割れ、石材が剥がれ落ちている。玄関前から僅かに見える庭は雑草だらけで碌に手入れされていない。
唯一、門の脇にある金属製の看板だけは真新しく、そこに
<よろずや ひみつの青狸亭>
その建物を前にして、リヴェリアは困惑していた。
「ここ、なのか……?」
顔をしかめ、そして手にある地図と辿った道を再確認して――、ここで間違いないと結論が出る。
思わず、想像していたものと違うことに身体から力が抜ける。
ここ最近、フィンは休日になると足早に何処かへ居なくなる。その際の帰りは遅く、そして何かしらの物を持って帰ってくる。
持って帰ってくるのはどれも見事なものばかりだった。
工夫を凝らした道具類は今までよりも使いやすく、迷宮探索に必要なポーション類は効能も高い。ふんだんに果物と砂糖を使った菓子は女性陣に特に人気で、一見、何の変哲もない葡萄酒や蒸留酒ですらロキやガレスも惚れこむほどの代物だった。
またある日には漫画と言う絵物語を持ち帰ってきたのだが、これが他とは比べ物にならないほど凄まじかった。
小説と違って絵を主体にした物語は読みやすく、躍動感にあふれていた。
内容もありきたりな英雄譚だけでなく、ただの冒険者の日々の暮らしを描いた日常ものから神と人の恋愛、数々の難事件を追っていく推理もの、重苦しい雰囲気と悲劇を描いたダークファンタジーから読む人の笑いを誘うコミカルなものまで何でもあった。
あまりの面白さに誰もが熱中し、徹夜で読み耽る者が多すぎて次の日の活動に支障をきたす者が続出したぐらいだ。
この惨状にベートは悪態をついていたが、一部の者は知っている。
夜中、寝静まった時にこっそり誰もいないことを確認してから、漫画を自室に持ち帰って読んでいることを。
しかし、これを何処で手に入れたのか、という疑問が出てくる。
フィンに聞いてもはぐらかすばかりで答えようとはしなかった。
一度、主神ロキとフィン、リヴェリア、ガレスの【ロキ・ファミリア】結成時の古参のみが集まってフィンに問いただしたが、
「約束がある。喋ることは出来ない」
と、頑なに拒否。
その強い態度にリヴェリアやガレスだけでなく、ロキですら驚きを隠せなかった。
「どうしても駄目か? どこで売っているかぐらいは教えてくれへん?」
「申し訳ないけど、店主との約束でね」
それに、とフィンは真剣な表情で言った。
「親指が『言ったら拙い』って強く疼いてね。これ以上は言う事は出来ない」
「……え、マジ?」
フィンが小さく頷くと、ロキは「嘘やないんかい……」と頭を抱え込んだ。
フィンのカンは未来予知に近い精度でよく当たる。それが分かっているからこそ、ロキ達はこれ以上聞くことも出来なかった。
「ま、それじゃしゃーなあらへんな」ロキは明るく言った。
「ウチとしてはこれ以上言わん。フィン、別に行くのは構わへんけどな。お土産はちゃーんと買ってくるんやで!」
「分かってるよ。なるべく早く店主に信頼されるように頑張るさ」
その後、仕事があるフィンが退出したところで、リヴェリアは口を開いた。
「……ロキ、随分とあっさり引き下がったな」
「まー、フィンがああ言うっちゅう事はよっぽど答えたくないんやろ。無理強いしても意味あらへん。いつか喋ってくれるやろ。それに――」
ロキはいったん区切り、いつもと違う慈愛のこもった笑みを浮かべた。
「あんな姿のフィンを見るのは久しぶりや。少しぐらいはええやろ」
子供の我儘に答えるのも親の役目や、とロキは嬉しそうに言った。
その後、ロキは精力的に動き回り、訝しむ団員には「フィンは大事な用事があるから、邪魔しちゃいかんで?」と告げてフィンがなるべく自由に動けるようにしていった。
それはフィンが持って帰ってくる数々の酒に釣れられてなのかも知れないが、そのお陰もあってかようやく店主から「信頼できる者なら連れてきても構わない」と言われたそうだ。
ただし一度に多くは対応できないという事で、まず最初にロキとガレスが行った。
二人は喜びながら朝早くから出かけ、そして次の日に大量のお土産と二日酔いでグデグデになりながら帰ってきた。聞けば一日中、アニメ(?)とやらを見ながら食事と美味い酒を飲み比べしてきたらしい。
「フィンが黙っていた理由がよーく分かったわ。アレはアカン。バレたらオラリオどころか世界中が大騒ぎになるわ」
「そんなにか?」
「マジやマジ。アレ、最っ高の娯楽が揃っとるもん。他の暇神共が放っておかんわ。あー、次はいつ行けるんやろうなぁ……」
ガレスですら何度も頷き、二人ともまた行きたいという言葉にリヴェリアは大いに期待していた。
そして今日、一日休みが取れたリヴェリアはようやくその店へとやってきたのだが。
「とにかく、中へ入って見るか……」
ここに居ても仕方がない、とフィンから貰った鍵で門を開け、雑草が生い茂る狭い敷地内を歩く。
そして館の玄関のドアを開け、錆びたベルがやかましく音を立てるのを聞きながら中に入ると、リヴェリアは驚いた。
外観からは想像できないほど館内は綺麗であり、静かで落ち着いた雰囲気になっていた。
広々としたホールは漆喰塗の壁と年季の入った飴色の柱に付けられた魔石灯が淡く輝いていて、床には足が沈むほど柔らかい絨毯が敷かれている。天井は高く吹き抜けになっていて、中央には暖炉とその上に装飾が施された大きな飾り鐘が吊り下がっていた。
「おや、いらっしゃい」
玄関正面にあるカウンターに座っていたのは、丸い顔に愛嬌のある笑みを浮かべた男だった。身体も顔と同じく丸く太っていて、まるで髭の無いドワーフのようだった。
「お客さんは初めての方ですね。何か御用ですか?」
「うむ、【ロキ・ファミリア】のリヴェリアと言う。フィンに聞いて来たのだが」
「ああ、フィンさんの紹介ですか。ええ、話は聞いておりますよ」
では、簡単に説明させていただきます、と店主は言った。
「ここでは冒険に役立つ雑貨の販売から食事の提供も行っています。また書庫にある本の閲覧やアニメや映画の鑑賞なども行っています」
「そうだな、フィンやロキ達はどのように過ごしたのだ?」
「そうですね、フィンさんはよく書庫で本を借りてお茶を飲まれながらゆっくりされますね。この間いらした神ロキとガレスさんはお酒を飲まれた後、そちらのシアタールームでアニメを見られました」
「その、アニメというのはなんだろうか?」
リヴェリアがそう訊ねると、店主は説明が難しいのですが、と困った表情を受けべた。
「えー、アニメというのは何枚もの絵を高速で動かして動画にしたものなんですが……。そうですね、見てもらった方が早いかと」
店主は立ち上がり、棚から小さな箱を手に取って隣の部屋へと案内した。
そこは窓が無く、並んだソファーと奥に白い布の様な幕が天井から下がっているだけの部屋だった。リヴェリアは勧められるままにソファーへ座った。
「今から室内は暗くなります。正面の幕に注目してください」
「む、分かった」
照明が落とされ、音楽と共に、白い幕に絵が映し出される。
映し出された絵には、「天空の城ラピュタ」と書かれていた。
この日、リヴェリアは生まれて初めて男の家に外泊した。
「昨日は、お楽しみだったようだね」
「言うな、フィン……」
翌朝。迎えに来たというフィンはニヤニヤと面白そうに笑っていた。
対するリヴェリアも口では反論していたが、顔は赤く、先程までの余韻を楽しむように蕩けていた。
「で、どうだった?」
「凄かった……。あんな経験は初めてだ……」
勿論、映画の話である。
目まぐるしく動く絵と魅力的な登場人物たち、それを盛り上げる音楽……。
なによりも、伝説の空に浮かぶ島を探す、というストーリーは、世界中を見て回りたいと願って里を飛び出したリヴェリアにどストライクだったのだ。思いっきりハマった。ハマってしまった。
途中で店主が出したサンドイッチや菓子とジュースを片手にスクリーンを見つめ、終わったらまた最初から見返して。
他のアニメ映画もあると聞いては普段の冷静な姿をかなぐり捨て見たいとせがみ、まるで町の少女の様に一喜一憂し、声を上げてはしゃいだのだ。
「フィン、お前もここに来るたびに映画を見ていたのか?」
「映画? いや、僕は書庫においてある小説や漫画を読ませてもらってたんだけど」
これだよ、とフィンが取り出したのは一冊の本。美しい装丁には「指輪物語」と書かれていた。
「小説か。面白いのか?」
「もちろん。僕が保証するよ」
フィンは柔らかい笑みを浮かべ、印字された表題をなぞった。
「
「分かった分かった。フィン、まだ読んでいないのにネタバレだけは止めてくれ」
「む、そうだね。この本は丁度読み終わったところだから、後で店主に言って借りると良いよ」
「そうさせてもらおう」
会話が途切れたところで、ひよこと卵の絵が描かれたエプロンを身に着けた店主がガラガラとワゴンを押してきた。
「朝食です。たっぷりあるので沢山食べてください」
目の前に並んだのは具沢山のスープに籠一杯に入った焼き立てのパン、新鮮なサラダと果物。
そういえば昨日は碌に食べていない、と自覚すると、美味そうな香りが食欲を存分に刺激した。
リヴェリアはそのまま出された料理を無言で平らげた。
食べ終わったところで、店主は慣れた動きで並べたカップに黒い液体を注ぎ入れた。
「これは?」
「コーヒーですよ。お好みでミルクか砂糖を入れると、飲みやすくなります」
一口飲んでみると、眠気が覚める様な独特の苦みと酸味、そしてほのかな甘み。試しにミルクを入れてみると、先ほどより苦みが抑えられて飲みやすくなった。成程、これは面白い。
「……美味いな」
「ありがとうございます」
コーヒーを飲みながらリヴェリアは思う。
ロキは最高の娯楽があると言っていたが、まさにその通りだった。本拠で読んだ漫画や小説も素晴らしかったが、あのアニメは凄くよかった。
今度は違うやつも見たいと考えたところで、リヴェリアは自分がかなり入れ込んでいるのに気が付いた。
「リヴェリア。ここはゆっくりできるからね。誰も詮索しないのがマナーさ」
「また今度、休みの日にいらしてください」
「そうか……!」
店主の言葉にリヴェリアは思わず花が咲くような満面の笑みを浮かべ、そして直ぐに失敗に気が付いた。
「いやぁ、リヴェリアもそんな顔が出来るんだね、知らなかったよ」
店主は苦笑し、フィンにはニヤニヤを笑われてアタフタと赤面してしまうのだった。
その後、リヴェリアとフィンは帰宅時間までゆっくりとしながら本を見て回り、土産を持って帰っていった。
なお、その姿を門の前で待ち構えていたティオネに見られ、「団長と副団長はデキていた」と噂が立ってしまうが、それはさておき。
後日、オラリオにひっそりと小さな店が開店した。
外観は廃墟。客足は疎ら。入っていく客もローブに身を包んで誰かも分からないという怪しい店。
しかし、店から出てくる客の誰もが幸せそうな顔を浮かべ、その店で買ったものを大事そう抱えて帰る姿が見られたという。
2019/9/1 文章の修正を行いました。