「オラオラオラ! 動くなよォ⁉ 蜂の巣になりたくなかったらなァ⁉」
ピエロの覆面を被ったテロリストの一人が銃を乗客達に向け脅迫している様を、薫は“粋がっている”と形容した。
辟易とするばかりである。
このテロリスト集団共は、薫の感覚から言ってらしくなかった。
実際、テロリストに出くわしたことなどないが、薫のイメージするそれは“ある信念や組織によって世間に大きな改変を齎さんと行動する人間”である。
併し、今飛行機を占拠している彼等は違う。
その動機は“裕福そうな暮らしをしている合衆国のクソ共がムカつくからホワイトハウスにデカい花火を打ち上げてやるんだ”というあまりにも短慮で直情的なものであった。
屹度、一時の興奮に身を任せて酔っているだけなのだと、薫は思った。
――あの子達、アレの臭いがするんだよね。
その根拠は彼等から漂ってくる臭い。百数十人は人がいるこの旅客室の、雑多な体臭やパフュームの混ざり合った混沌とした空間の中でもよく分かる、独特な甘い刺激臭。そういう友達がいるから、薫はよく分かる。
大麻中毒者(ジャンキー)の臭いだけはよく分かる。
服装からしても、アサルトライフルを肩から掛けて持っているだけで、アロハやタンクトップにハーフパンツと至って軽装。革命家などとは程遠い、町角で暴れるだけのチンピラというのが彼等の真実なのだろうと、薫は断定した。
――にしても、あの子達が持ってるの、あれAK47だよね? 軍事関係(ミリタリー)には詳しくないけど、よくこんなの持ち込めたなぁ……。
AK47――恐らく世界で最も名を知られるアサルトライフルであろう。ロシアの銃器デザイナー、ミハイル・カラシニコフが製作したこの銃は、多少の歪みや機構内の不純物に混入に於いても動作する点、コピーや製造が比較的簡単にできる点などから、世界の至る所で活躍している銃である。
恐らく、今男たちが持っているのはAK47と見られるコピー品であろう。本物にスペックが劣る粗悪品であろうが、銃として十分な機能を備えている筈だ。
だが、それだけだ。
薫の知る限り、この銃には空港の金属探知機を通り抜けるなんて機能はない。
それ以前にライフルなんてかさばるもの、目視の手荷物検査の時点で引っ掛かる。況して、彼等のように鞄も持っていないのであれば、その隠し場所すらないということになる。
――どうも、あの空港の金属探知機と職員さん達はあっぱっぱーみたいね。リコールものだよ、これ。
恨み言の一つも言いたくなるが、それよりも今はテロリストだ。
「てか、これホントにアメリカに向かってんだろうな⁉」
今度は、死神のような面を付けた男がぼやいた。
「おい、どうなんだァ⁉」
鶏のようなクリーチャーの覆面をした男が、羽交い絞めにしているキャビアテンダントの耳元で怒鳴った。
「わ、分かりません。機長に確認してきますから……だから……」
「うるせぇ!」
ガツッと、鈍い音が鳴った。
別の男が、キャビンアテンダントの顔に銃床を叩き込んだのだ。
「うぎぃっ……!」
短く悲鳴を上げて、女は真っ赤に染まる顔を抑えた。
はぁと、薫は呆れたようなため息をついた。
――理不尽だなぁ。答えが分からないから答え聞きに行くって言ってるのに。
薫はこの時なんとなく、ブラック企業で働くサラリーマンの愚痴を思い出していた。
言われたことだけやっていれば、言われなくても少しは自分で考えてやれと言われ、そうすれば今度は、指示されていないことはやるなと言われる。
まさに、今この時のように。
そして、次に思考が流れた先は、顔をぐちゃぐちゃにされた女性への同情だった。
薫が思うに、キャビンアテンダントは比較的整った顔立ちをしていた筈だ。筈だ――と曖昧な表現なのは、正直あまり顔をよく覚えていないからだ。苦手なのだ、人の顔を覚えるのが。意識的に覚えようと思えば大丈夫なのだが、興味が湧かないと記憶に留まってくれないのである。故に、顔を潰された瞬間に正確な造形を忘却してしまった。
だが、多分綺麗な顔はしていた筈なのだ。
――なのに、潰すなんて酷いことする。というか、手元に置いておくなら綺麗な顔の方が良い筈なのに。そういう趣向?
ぐるり。
――まぁ、それにしたって馬鹿としか言えないけど。
ぐるり、ぐるり。
――女の子を傷つけるにしろ、ハイジャックにしろ、なんでこんなことするんだろう?
ぐるり、ぐるり、ぐるり。
――それが楽しいとでも本気で思っているんだろうか。
ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり。
――そんなこと、する必要ないのに。
ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり。
――人間、生きてるだけで、最高なのに。
ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり、ぐるり――。
廻る、廻る、思考の渦。考えが纏まらない。感情が様々な方向に寄り道ばかりする。今はそんなことをしている場合ではない。
薫はそう自分を言い聞かせ、
「ひぐっ……! うえっ……!」
「うるせぇ! 黙れ! ギャンギャン泣き喚きやがって!」
女の泣き声と男の怒声によって、漸く決心を下した。
「あの……ちょっと良いですか?」
恐る恐るを装って、薫はゆっくりと手を上げた。
「なんだ!?」
ピエロ面の男の怒号を合図にカラシニコフの銃口と、目下人質状態の乗客たちの注目が一斉に薫に向けられる。
薫はゆっくりと立ち上がって、
「その人、怖がってます。離して下さいませんか?」
と男たちに懇願するように言った。
「ああ⁉ なんで……」
「私が!」
薫は男の言葉を遮り、
「私が代わりになりますから!」
と申し出る。
男たちは耳を疑って、
「はぁ⁉」
と大きな声を上げた。
「正気かテメェ! なんでそんな要求呑まなきゃならねぇ!」
今にも発砲しそうな程の勢いで、ピエロ面の男は叫んだ。
「で、でも」
薫は言葉を繋ぎ、
「本当にその人が可哀想で……それでもう我慢できなくて」
目に涙を浮かべ、同情を誘うような振る舞いをする。
「それに、貴方達も女性の泣き声なんて、聞いていたくないですよね?」
薫は懇願するように上目遣いをする。それこそ、褥で女が男に“愛”を求めるように――である。
「チッ! そこまで言われりゃしょうがねぇ……。それに、この役割は誰でも良いわけだからな」
ピエロ面の男は下卑た笑声を上げた。
周りの男たちも満場爆笑する。
「ありがとうございます」
と、薫は安堵したような表情を浮かべながら、内心ではほくそ笑んでいた。
思っていた通りだったからだ。そもそも、銃を持って旅客室を占拠した時点で其処にいる全員が人質であるのだ。ならば、敢えて手元に人を置いておく必要もない。
――これは空気作りだ。ただ銃声を以て恐慌を作り出し、自分たちがここを支配したのだとアピールするだけでは温い。より分かり易く伝える為のものが欲しい。その為の“人質”なのである。
だから誰でも良いのだ。キャビンアテンダントを選んだのは、単純だ。座っている客よりも、サーブの為に常に立っている人間の方がより狙いやすいからだ。さらに、力の無い女性ならば取り押さえるのも楽である。
また、人が百人も集まれば一人はいるかもしれない、無謀な勇気を発揮する心の綺麗な馬鹿という存在もある。こういう場面に真っ先に切り込んでいく向こう見ずな人間にとっては目に見やすい人質というものは最大の抑止力となるのだ。
……尤も、その点に関して彼が考えてなどいないだろうと、薫は踏んだ。
理由は至極単純。最終学歴中学中退の自分から見ても、彼等はあまりに阿呆に映ったから。
――などと思ったからだろうか。
「でもさぁ、もしかしたら武器とか持って俺らに反逆しようとか考えてるかもしれないよなぁ。怖いなぁ」
死神のような仮面を付けた白々しく放った言葉に、薫は少し目を見開いた。
「だからさぁ、ここで脱いでくれよぉ」
ゲヘゲヘと厭な笑い声を男たちは上げた。
薫はまさかの反撃に少しばかり面を食らった。人を呪わば穴二つなどとも言うが、本当に体験することになるなど思わなかった。
――まぁ、でも。
……思わなかったが、薫は躊躇う素振りを見せつつスルリとドレスを脱いでいく。
――呪われなくとも、
そして、ゆっくりとブラジャーのホックを外し、
――使える穴は、
最後にショーツを下ろし、
――二つだけれど。
薫は彼等に生まれた儘の姿を晒した。
胸と秘部を手で覆い恥らうように顔を赤らめてこそいるが、薫の心中は至って“凪”であった。
恥らうべくもない。薫はこの道十年にはなろうかという風俗嬢である。裸を見るのも見せるのも、自分にとっては呼吸と同程度の価値行動だ。
大衆の前? 苦にもならない。プライベートで懇意になってしまった客の趣向で“そういうこと”を人前でやったこともある。
娼婦侮るべからず。むしろこの瞬間、より大きな衝撃を受けたのは要求をした男たちの方であった。出来ない筈の要求を突きつけたつもりだった。よしんば出来たとしても、思い切り嬲ってやろうかとも考えていた。
だが、現実彼女が肌を晒した瞬間、男たちは自分が飛行機を乗っ取っているということさえも忘れ、息を呑んだ。
綺麗な顔をしているとは思っていた。扇情的な身体つきをしているとは感じていた。だが、いざ実際に彼女の裸体を見た瞬間の、五体に核弾頭を受けたような衝撃たるや、想像に及ぶべくもない。
何もかも忘れ、自涜に耽ってしまいそうな豊満乍ら、均整の取れた傷一つない姿態はそもそも男がし得る妄想を凌駕していたのだから。
「あの……彼女と私、交換で良いですよね?」
薫がキャビンアテンダントを指してそう訊ねたことで、漸く男たちは酩酊していた意識が覚醒する。
「お、おう」
一人の男の吃音めいた返事に薫は安堵とも羞恥とも、苦渋とも似つかない、或いは総てがない交ぜになったような笑顔を作る。
「でも、一つだけお願いしても良いですか?」
申し訳なさげに顔を伏せながら、右手の人差し指を立てる。
「な、なんだ?」
薫はそっと自分が座っていた座席に置いたバックに手を伸ばし、その中から黄褐色の本を取り出して男たちに見せる。
「この本だけ、持ってても良いですか? おじいちゃんとの、大事な思い出で……。だから……」
潤んだ瞳で見つめてくる薫に、テロリストという名のごろつき達は互いに顔を見合わせる。
「……どうするよ?」
「良いんじゃね? いくら武器にするったって、あれじゃあな……」
中々に分厚い為に、鼻頭を叩かれたら悶絶するだろう。だが、精々考えられるのはその程度の問題でしかない。
此方にはカラシニコフが六丁。本一冊で対抗出来る筈もない。
……と、男たちは考えた。
「有難う御座います」
そう本を大切そうに抱きしめ、軽くお辞儀をすると薫は涙ぐんだ笑顔を浮かべた。
約束は為った。キャビンアテンダントが男から解放され、それを見て薫も男の方へと向かおうとした。
その時、
「お姉ちゃん……大丈夫?」
隣の座席に座っていた母親と二人でキューバに旅行に来ていたという少女が不安そうな顔をして薫に訊ねる。
薫は笑って答えた。
「大丈夫だよ」
と。
「ひぃ!」
併し、少女は薫の予想に反して顔を蒼褪め、悲鳴を上げた。
薫は余程、今の状態が怖いのだろうと結論付けた。
――それも、そうだよね。折角、お母さんと楽しい旅行だったのに。……新しいお父さんと暮らせる未来が待ってるのに。こんなの、嫌に決まってるよね。
――今、私がなんとかするから。
そう決心し、男たちの元に歩み寄る薫は気が付かない。少女が恐怖を抱いた本当の対象に。
「あの……あまり乱暴なことはしないで下さい。自分で言っておいてなんなんですが……その、怖いので……」
男の傍に寄って、震えながら顔を伏せる薫は懇願するような物言いをした。
行き過ぎた大麻中毒者の不良共は勝ち誇る様な笑みを浮かべる。それを見て薫はにぃと口角を吊り上げる。
――頼むよ、エリート。
そう心の中で、貨物室にいる少年を鼓すり、
「“グランガルゴ”!」
薫は呪文を唱えた。
刹那、旅客室の床を突き破りながら土の棘が男たちに牙を剥いた!
凄まじい勢いを持ってアッパーカットの要領で、土の棘が男たちの顎を正確に、かつ思い切り抉り込む。
吹き飛び、昏倒、戦闘不能。瞬く間に、ハイジャック犯たちは鎮圧された。
六人の男たちも、その光景を見ていた他の乗客たちも何が起こったのかさっぱり理解出来なかった。
だが、その中でもただ一人――いや、二人何が起こったのか正確に理解出来る者がいた。
「……私は念話を繋ぎ続け、カオルはテロリスト全員の正確な立ち位置が見える位置まで移動する。そして、そこから、男たちの位置を伝え、グランガルゴをブチ当てる……だったな、カオル?」
土の棘がいつの間にか消え去り、その代わりに薫の隣には金髪の十歳ほどの少年が立っていた。
「うん。でも、流石はエリートだね。まさか、全員の顎に的確にブチ当てるなんて思わなかった」
薫は微笑して、エシュロスを称賛する。
そう、この作戦で重要なものの一つ、“エシュロスの優秀さ”。具体的に言うならば、術のコントロール力である。
術の発動をするのは、本の持ち主だ。術の出力を調節するのもまた本の持ち主だ。だが、実際に発動した術をどのように操作するかは魔物の方に掛っている。エシュロスがもしコントロールをミスすれば、当たらない、当たったとして意識を刈り取れない、滅茶苦茶な場所に当て飛行機を壊し逆に自分達の命を脅かすなどの危険があった。
その点に於いて、エシュロスは優秀な働きをしたといえる。
「貴女の作戦は穴だらけだったがな」
併しエシュロスの方はというと、不満そうに口を尖らせていた。
「ん? どこに?」
薫は本気で分からないと言いたげに、呆けた顔をする。
エシュロスは髪をくしゃくしゃと掻き毟り苛立ちを露わにする。
「本当に分からないのか! なら聞け! 耳から血が出るまでかっ穿ってから聞け! まず、運頼みな所だ! 貴女は確かに言ったな? 衝撃が加わったら爆弾が爆発するかもしれないと! それが実際どうだ! 思い切り衝撃が加わったぞ! 爆発しなかったから良いものを、綱渡りにもほどがある!」
怒髪冠を衝くという言葉を顕すような勢いで怒鳴り散らすエシュロスに対して、薫は
「おーそーりー」
とまるで気持ちが入っていない謝罪をした。
茶化しているとも取れただろう。それがエシュロスを更にヒートアップさせた。
「それに! なんだあのキラーパスは! “私の歩数で十歩”だと⁉ 私が貴女の歩幅を分かっていなかったらどうするつもりだった!?」
薫はあーと少しばかり唸った後、
「だって、君こっち来たばっかりだから。メートル法もヤード・ポンド法も、多分だけど分からないだろうし」
と、指摘した。
エシュロスは瞬間、目を見開いた。
確かに、魔界と人間界では距離の測り方が違う。事実、人間界の単位で説明されてもエシュロスは困惑してしまっただろう。
「それに、エシュロスは、レディーファーストとか分かってる人だから。街や空港でも私のペースに併せてたから。屹度、私の歩幅も把握してると思ってた」
当たり前のように言ってのける薫に、エシュロスは言葉を失う。
女性を大切にしようと勤めていたのも事実だ。薫を守り、また一人でも逃げられるような位置を保って歩いていたのも事実だ。
だが、そんな自分を理解し、また信頼を置いてくれているなどとは思わなかった。
顔が熱くなる。薫の顔を直視していられない。
「それにさ、万事上手く行ったわけだしね。文句は言いっ子無しだよ」
だが、朗らかに笑いかけてくる薫が、エシュロスは無性に気に入らなかった。
「いや、これは大失敗だ」
だからそこははっきりとさせていかねばならないと思った。
「なんで?」
首を傾げる薫に、エシュロスは自分のシャツを脱いで肩に羽織らせ、
「貴女が――淑女(レディ)が肌を晒すことになった。これが大失敗でなくてなんだという?」
顔を伏せ、目を閉じた。
薫は目を瞬き、そして柔らかな笑みを浮かべる。
「少しだけ待っていてくれ。服を取ってくる」
そう言ってエシュロスは薫の服を拾おうと、薫に背を向け、薫のドレスが落ちている場所に向かって歩き出した。
その数瞬後――
「う……ぐ……」
幽かな呻き声がエシュロスの耳に届く。
口が乾く。喉が鳴る。胸が。どくどくと厭な高鳴り方をする。
「テメェら許さねぇ! ぶっ殺してやる!」
叫号にエシュロスは勢いよく振り返った。
そこには破落戸の一人が、満身創痍になりながらも立ち上がっている姿があった!
手には拳大の球状の何かが握られている。
――爆弾……というヤツか!
エシュロスはそう判断するや否や、走り出していた。
「カオル、逃げろ!」
叫ぶエシュロス。
その先に見えたのは、
「えっ?」
辺りを包み込むほど強烈な黄褐の輝き。
更にその先には――。
「第五の術“クレイド”」
それを判断する暇もなく、薫の口から詠唱が放たれる。
――新しい術⁉ 出てたのか!? だが、このタイミングで⁉
エシュロスは困惑し、周章する。
基本的に、本に現れる術は使ってみるまで効果が分からない。それをぶつけ本番それも、この切羽詰まった状況で使うなど在り得ないだろう。
だが、それを実際してしまった以上は仕方がない。
――南無三ッ!
祈るようにエシュロスは地面に手を着き、男に術を定める。
濤――!
瞬間、音を立て泥が湧き上がり、爆弾を持った男に襲い掛かる。
「うわァァァァ!」
泥の小波が男を呑み込み、そのまま締め上げていく。
「なんだこれ!? う、動けねぇ! ピンに手が届かねぇ!」
もがく男であったが、泥が纏わりつき一寸たりとも体が動かなかった。
「体を泥で縛る呪文かぁ。こういうのもあるんだね」
薫はその様子を見て呑気にそう評しながら、エシュロスに笑みを向けていた。
エシュロスは呆然と、術を出した体勢で固まり、沈黙する。
「エシュロス?」
薫が名前を呟くと、エシュロスは漸くゆっくりと正立し、ぼそりと呟く。
「哂っていた……」
と。
「どういうこと?」
薫が訊ねるとエシュロスは全身の血液が凍結したかのような青い顔をして、
「分かっていないのか? 貴女は、さっき、哂っていたんだ」
と震えた声を絞り出す。
そう、薫は哂っていた。爆弾を目の当たりにし、死を間近に感じているであろうあの状況で。顔の筋肉が崩れ去ったようなあの笑顔を見せていたのだ。
その指摘を薫は鼻で笑う。
「何言ってるの? あの状況で。そんなことあるわけない」
そう言い切った。
そう言い切れるから、薫は気が付けない。
薫を心配した少女。彼女に返した笑みにこそ、彼女が怖れていたということに――。