インフィニット・ストラトス 西の地にて。   作:葉月乃継

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ドイツ①

 

 

 オレこと織斑一夏がドイツに来てもう一年以上になる。

 中学二年の秋口に誘拐されかけたあと、教官としてドイツ連邦軍IS特殊部隊に赴任した姉についてきた。そこから日本に帰る勇気が持てず、そのままドイツの学校に通っている。

 今は、ドイツ陸軍の敷地内にある家族用兵舎の一角に一人暮らしだ。最近まで千冬姉と一緒に住んでいたが、何でもIS学園で教師をするために帰国するそうだ。

 千冬姉がドイツから日本に戻る前、オレに、

「まだ踏ん切りがつかないのか」

 と尋ねてきた。

「ごめん、千冬姉」

「いや、悪いのは私だ。巻き込むようなことになって」

「違う! 千冬姉は悪くねえよ!」

「一夏……」

「でもごめん、オレは自分の弱さがまだ許せないんだ……」

「わかった。ここはこのまま住めるように手配しておく」

「ありがとう、千冬姉」

「しかし、珍しいな」

「何が?」

「お前がそんな我が儘言うなんて」

 そう言って千冬姉が小さく微笑んだ。

「そ、そうか?」

「まあいい。この土地でもう少しやっていくというなら、クラリッサに声をかけておく。アイツは頼りになるからな」

 クラリッサというのは、千冬姉のドイツでの教え子であり、エリートIS部隊の副隊長を務めているお姉さんだ。何度か会ったことある、いかにも軍人然とした人だが面倒見は良い。彼女の紹介で、軍の食堂でのバイトも出来るようになった。生活費は気にしなくて良い、と千冬姉に言われているけど、余ってる時間があるなら少しでもお金にしておきたい。

 あっさりと日本に戻った千冬姉を見送り、オレのドイツでの一人暮らしが始まった。

 

 

 

 年も空け、今日も今日とて軍の基地の食堂でバイトに精を出していた。

 今は訓練が終わった後らしく、いかつい顔つきの軍人たちが食堂で笑いながらメシを食ってる。

 だいぶカツレツの味付けにも慣れてきたし、彼らの好むイモの皮を剥くスピードも早くなってきた。だが基本的には、食堂のボスである肝っ玉おばちゃんことアルベルタさんの小間使いが主な仕事である。

「イチ! いつものところにコーヒーの出前!」

「ヤー!」

 ドイツ語で元気よく返事をして、エプロン姿に厚手のジャケットを羽織って、オレはドイツ軍の基地を自転車で走る。二月だけあってかなり寒い。目的地はIS特殊部隊が使ってる建物である。

 食堂には他の若いヤツもいるのだが、IS関連の兵舎に入れるのはオレだけだ。教官を務めていた千冬姉の弟でありクラリッサさんが身元引受人をしてくれているゆえの信用らしい。他ではありえない待遇だそうだ。

 つっても、ただのコーヒーの出前に待遇も何もあったもんじゃないけどさ。

 厳重に管理されたゲートにIDを出そうとすると、馴染みの守衛が髭の下に笑みを浮かべながら、何も言わずに通してくれた。

 軽く左手を上げて中に入る。

 打ちっぱなしの寒々しい外壁の中の入り口には、モノリスのような柱が立っていた。そこから出る赤外線がオレの全身をスキャンすると、扉のロックが外れた。そのまま重々しいドアが横にスライドして開く。

 中は合金で構成された寒々しい廊下を歩く。目的地は奥の方にある副隊長室だ。

 廊下を歩くと、見知った顔の女の子たちが歩いてきた。軍服のジャケットにプリーツスカートという変わった制服だ。

「グーテンターク、イッチ」

「あ、イッチだ」

「コーヒーの出前?」

 と気さくにドイツ語で話しかけてくる。年頃はオレと同じぐらいか、ちょっと上ぐらいのはず。いずれも可愛い女の子たちだけど、その実は優秀なISパイロットである。

「グーテンターク、ティナ、リア、マリナ。そうだよ、クラリッサさんのところに」

「あ、ちょっと今は避けた方がいいかもね、イッチ」

「なんで?」

「えっと、隊長が副隊長の部屋に入ってるから……」

「あー」

 隊長というのは、若干15歳でIS特殊部隊の長となり少佐まで上り詰めたっていう天才だ。

「うーん、まあこれ届けないと終わらないから。忠告ありがとな、リア」

「気をつけてね、隊長、あんまりイッチのこと良く思ってないから」

「コーヒー注いで帰るだけだよ。ビス・バルト」

「ビス・バルト」

「チュース」

「フィール・グリュック」

 三者三様の挨拶でIS特殊部隊の隊員たちが手を振りながら歩き去っていく。

 ちなみにドイツ語で、またね、ばいばい、幸運を、の意味である。幸運をってのがちょっと嫌な言い方な気がしないでもない。

 通路の突き当たりの右側にクラリッサさんの部屋がある。ドアの横にある電子操作のインターホンを押そうとする直前、ドアが開いた。

 なんだ、まだ操作してないぞ?

「どけ」

 短く殺意のある声が、胸ぐらいの高さから届く。

「あ、ああ、ごめん」

「ふん」

 左目に眼帯をし、長い銀髪を揺らした小さな少女であった。

「お待ちください、ボーデヴィッヒ隊長」

「明日は先ほどのメニューで行く! これは決定だ!」

 一度だけ振り返ってクラリッサさんに大声で言うと、そのままどこかへ歩き去って行った。

「えーっと、クラリッサさん、出前でーす」

「イチカか。すまないな、見苦しいところを見せて。入って良いぞ」

「はい」

 部屋の片隅にあるカップを取り出し、それにポットからコーヒーを注いでいく。食堂の主アルベルタさん拘りの豆の匂いが部屋を満たしていった。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

 デスクについていたクラリッサさんは帽子を脱いで、カップに口をつける。

「はあ、生き返る」

「これから残業ですか?」

「まあな」

「だと思って、軽く食事を持ってきました」

 手からオレがバイトの合間を見て作ったライベクーヘン、つまり摩り下ろしたジャガイモのパンケーキである。

「相変わらず気がきくな」

 手を使って食べられるように油をしっかり切ってラップで包んでおいたから、間食としても大丈夫だろう。

 ちなみに彼女が毎日オレにコーヒーを出前させるのは、ドイツでの身元引受人として、一日一度は顔を見ておきたいとのことだ。責任感の強い人だし、また忙しい人でもあるので、オレとしては喜んで出前するだけだ。

「なんかお疲れですね、クラリッサさん」

「そう見えるか? 私もまだまだ訓練が足りないようだな」

 大尉が小さな口でライベクーヘンを齧る。

「訓練も大事ですけど、あんまり無茶しないようにしてくださいね、クラリッサさん」

「うむ。わかってはいるのだがな。仕事中でなければヘーフェヴァイツェンでも飲みたいところだ」

 ヘーフェヴァイツェンというのは、バイエルン地方の伝統ビールだ。クラリッサさんはそちらの出身らしい。ちなみにアルコール度数は他のビールよりちょっと高い。

「明日はアルコホルフライでも持ってきましょうか?」

「酒精なしのビールを飲むなど、ドイツ軍人にあるまじき行為だ」

「オレは結構好きですけどね。でもホント、体には気をつけてください」

「わかったわかった」

「あと飲み過ぎにも」

 意地悪く笑いかけると、クラリッサさんはバツが悪そうに顔を逸らした。千冬姉の送別会で、飲み比べをして醜態を晒したことを気にしているようだった。

 ライベクーヘンを食べ終わると、それを包んでいたラップを丸めてオレに軽く投げつけた。

「も、もうあのような姿は見せん!」

「だといいんですけどね」

「ふん!」

 彼女がコーヒーを飲み干してカップを差し出す。オレはそこにおかわりを注いだ。

「隊長もお前ぐらい気がきけば良いのだが」

「隊長?」

「っとすまん。これは愚痴だな」

「いいえ、普段からお世話になってるんだし、愚痴の一つや二つ」

「すまんな。さっきも隊長がお前に」

「気にしてないですよ。あれが噂の?」

「ああ、ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長だ。お前と同い年だぞ」

「もうちょい下かと思いました」

「言うなよ殺されるぞ。冗談抜きで」

「あ、あははは」

「あと、隊長はお前のことを良く思ってないようだ。モンドグロッソのことが、教官の唯一の汚点だと思ってるようだ」

 モンドグロッソのこと、というのは、IS世界大会、通称モンドグロッソの第二回総合優勝を争う決勝を、オレが誘拐されたせいで千冬姉が棄権した件だ。

「汚点、ですか」

「気にするな。そんなことを思ってるのは隊長ぐらいだし、隊長も少しその、教官のことを尊敬しすぎているだけだ」

「はあ」

「……それもまあ頭を抱えている問題の一つなんだが」

 心底疲れたような表情で、クラリッサさんが大きくため息を吐く。

「問題?」

「お前の姉は少し優秀すぎたのだ。我々を欧州の軍でも有数のIS部隊に押し上げるぐらいにな」

「うーん。何かオレにはピンと来ない話です」

「正直な話をすれば、少佐はIS部隊に入ってきたときは自信を喪失していて、使い物にはならなかったのだ。我々の誰よりも弱かった。だが教官のおかげですぐに実力をつけ、今の位置についた。彼女にとって教官は恩人以上の、存在理由を与えてくれた神のような人なのだ」

「存在理由……ですか。そんな大げさな」

「大げさでもない。まあ詳しくは話せないがな。だから気をつけろイチカ。お前は隊長にとって、神を冒涜する人間だと思われているぞ」

 確かに千冬姉はすごいけど、家にいるときのだらしなさを見たら、神とは思えないなあ……。

「まあ、オレはただのバイトだし、話すこともないでしょ」

「だといいがな。お前が女でなくて良かったぞ。女なら無理やりにでもISに乗せられて、私刑紛いのことをしたかもしれん。もちろん、私が許さないが」

 男で良かった……ISに乗ることなんて全くもって可能性もないしな。

 オレこと織斑一夏は、そのときまでは『ちょっと気をつければ良いだけのこと』だと思ってた。

 この数日後、すっげえ気をつけておくんだったと後悔することになるんだけどな。

 

 

 

 今日も今日とて学校が終わり、ドイツ軍の基地でバイト中だ。

「ねえアルベルタさん、今日はクラリッサさんからの出前要請はまだなんです?」

「そういやまだ連絡来てないわねえ。時間はそろそろなんだけど」

「まあどのみちすぐ連絡があると思うし、先に持っていくかな。こんな時間まで連絡来てないってことは、結構忙しいんだろうし」

「かもねえ。ポットは用意したし、アンタも食材くすねて何か作ってるんだろ?」

「げ、バレてる」

「バレないわけないでしょうが。まあいいわよ、持っていきなっ」

 アルベルタおばさんの太鼓判を貰って、オレは余り物の食材で作ったホットドッグを二つ持って、ドイツ軍の基地を自転車で走る。一つはクラリッサさん用で、もうひとつはオレ用だ。今日はちょっと腹が減ってたし、いつもクラリッサさんが食べ終わるまで待っているので、どうせなら一緒にいただこう。食事するなら一人より二人だしな。

 いつもの守衛さんが何も言わずに通してくれたので、そのまま中に入る。全身を一瞬でチェックするモノリスを通過し、中に入る。

 外よりも冷たい気がする合金製のドアが開くと同時に、中に入る。

「Scheisse!」

 いきなりドイツ語の悪態が聞こえてきた。

 ドンと誰かにぶつかる。ここでぶつかるのは女の子しかいない。

「うわ、すみません!」

 相手はオレに当たって尻もちをついたようだ。慌てて手を差し伸べると、眼帯をつけた銀色の髪の少女がへたり込んでいた。

「誰だキサマ」

「あ、えっと食堂の出前です」

「ふん」

 鼻息荒く吐き捨てると、銀髪の少女が立ちあがろうとする。だが、そこでフラついた。よく見れば顔色が良くない。壁にもたれかかりながら立ち上がると、オレを睨む。

「どけ!」

「うわっ」

 左手で押しのけられてオレは少しよろける。それに構わず、彼女はフラフラと外へと歩き出した。

 確かラウラ・ボーデヴィッヒだっけ。オレと同い年の少女だが、背中を見るかぎり、ずっと小さく見える。

 うーん。

「クライネ・ダーメ」

 若い軍人さんに教えてもらった言葉でオレが呼びかけると、ラウラ隊長がゆっくりと首だけをオレに向けた。

「なんだと?」

「ほい」

 手に持ってたホットドッグを緩い角度で投げる。

「お、おっと」

 二、三回お手玉をした後、無事それは彼女の両手に乗った。

「いつも頑張ってる軍人さんに、食堂からのサービスです。それじゃ」

 それだけ言ってオレはクラリッサさんの部屋を目指す。

「お、おい」

 小さな隊長が何かを言っているが、突き返されても困るし、無視しておこう。

 

 

 

 そのまま早足でクラリッサさんの部屋に入った。

「連絡もしないうちに来るとはな。我が軍の兵站はイタリアにも勝るな」

 少し疲れた顔で気のないジョークを飛ばしてくる。

「今日はホットドッグ持ってきました」

「すまんな」

「ドイツだとフランクフルターでしたっけ」

「ありがたい。今日は凄く疲れていたからな!」

 オレの手から受け取ったホットドッグを一つ口に入れて、安堵したような溜息を吐く。

「はあ……イチカのおかげで今日の疲れが癒される」

「はい、コーヒーもどうぞ。何かあったんです?」

「今日は入隊希望者のテストだったんだがな。どうにも見込みがなくて。これはコーヒーとも合うな、すばらしい!」

「はあ。ラウラ隊長でしたっけ。彼女も疲れてましたね」

「隊長は昨日から休みなしで働いていたからな。スケジューリングが上手くないせいもあるのだろうが、昨日は空軍のIS部隊と全力演習までしてきたらしい。そのままこっちへトンボ返りして入隊試験に一日付き合っていた」

「真面目なんですね、あの子」

「任務にはな。だが、入隊試験の出来が悪かったせいで長引いたのだ。食事を取る暇もなかった」

「あ、じゃあちょうど良かったかな。もう一個あったんで、あの子に渡しておきました」

「む……失礼な口を聞いてないだろうな?」

「そ、それはちょっと自信ないかも。若い軍人さんに教えてもらった言葉で声かけたんですけど」

「何て言ったんだ?」

「クライネ・ダーメ」

 オレの言葉に、クラリッサさんの顔が険しくなる。

「お前、本当にそう呼びかけたのか」

「え、ええ? ダメでした?」

 ダーメって日本語と同じ意味じゃないよな?

「それはな、日本だと『オジョウチャン』とかそういう意味なんだ。小さい子にかける言葉だぞ」

「ホッ、間違ってなかった」

「イチカ……」

 大きくため息を吐く。

 あれ、ダメだった?

「お前はピンと来ないかもしれないが、あの年で少佐になろうともいうべきお方に『お嬢さん』はさすがにどうかと思うぞ……」

 うん、何か知らんけどダメだったらしい。

「す、すみません」

「イチカ、それはもう使うなよ。特に隊長にはな」

「や、ヤー」

「よろしい。あと間違っても自分が織斑一夏だと名乗るな」

「へ?」

「隊長はお前の顔を知らないようだ。写真で見たことぐらいあったと思ったが、見てないようだな。会う機会もなかったしな」

「りょ、りょうかい。気をつけます」

「さすがに一般人に何かをするとは思えんがな」

 クラリッサさんが大きなため息を吐く。どうにもオレとラウラの関係は頭痛の種の一つらしい。

 お世話になってるし、迷惑はかけないようにしよう……うん。

 

 

 クラリッサさんの部屋を出て、建物の出口に向かう。いつも通りモノリス上の黒い金属板に近づいて、全身チェックを受けて出ようと思った。

「動かん」

 普通なら問答無用で赤外線照射してくる機械が、何もしてこない。

 壊れてるのか?

 仕方なしにクラリッサさんの部屋に戻って、違う出口を教えてもらおうと通路を遡る。その途中で、圧縮された空気音を発しながら、いきなり重いドアが勝手に開いた。

 誰か出てきたら道を教えてもらおうと思ったが、誰も出てこない。

「センサー類が故障してるのか? すみませーん、誰かいますかー?」

 部屋を覗きこむが、誰の姿もない。

 ……ん?

「部屋の中から、誰かに呼ばれたような……」

 気のせいか?

 首を傾げながら、オレは部屋に入った。誰かが倒れたりしてないだろうな。

 いきなり天井のライトが光る。まるでスポットライトのように二つの明かりが交差する場所に、『それ』はいた。

「黒い……IS?」

 たぶん、この部隊で使ってるISだろう。

 インフィニット・ストラトス。篠ノ之束さんが開発したマルチフォーム・スーツの名称だ。その圧倒的な武力により、世界中の軍事を塗り替えた兵器である。

 何故か男には全く反応せず、女性だけが動かせる。なぜそうなのかは、束さんにもわからないらしい。

「呼んだのは、こいつか?」

 バカな、と思いながらも、オレの足が勝手に動く。

 ダメだろ、こんなところに勝手に入ったりしちゃ。

 理性ではわかってるんだが、オレの体はどんどん進んで行く。

 そして、ISの目の前に立つ。

 黒い機体。まるで中世の甲冑に無骨な近代兵器をつけたかのような、そんなスタイルだ。

 オレは何かに導かれるように、それに触れた。

「わかる……これが、何なのか」

 小さな少女が泣いてるようなイメージが脳内に浮かび上がる。だがそれはすぐに消え、同時にISの操作方法が頭に張り付いて行った。

 背後からバタバタバタという慌ただしい足音が聞こえる。

「レーゲンを勝手に動かしてるのは誰!?」

「って、イッチ?」

「え、うそ、レーゲンが、男に反応してるの?」

 いつもこの建物内で見かける女の子たちが、茫然とした表情で立ちすくんでた。

 女性しか反応しないはずのインフィニット・ストラトスが、何故か男のオレに反応している。その事実に愕然としているようだった。

 

 

 

 こうして、オレこと織斑一夏の波乱の人生の本編が今、幕を上げたのだった。

 

 

 

 オレは平たく言えば、拘束されていた。

 目隠しをされて、冷たいパイプイスに座らされ、手は後ろで縛られている。連行されるときも、建物の外に出てはなかったから、まだドイツ軍のIS兵舎内だと思う。

「ごめんね、イッチ」

 この声はリアか。クラリッサさんと仲の良い子ので、話すことは多いし、コーヒーを届けに行くときに同席することもある。

「逃げる気ないんだけどなあ。もうちょっと緩めてくれないか、リア」

「そうして上げたいんだけど、ごめんね」

「あのISは?」

「ごめんね、秘密なの」

「あ、そう」

 さすが軍人だ。

「オレ、どうなるんだ? さすがにこのままってことはないよな?」

「織斑教官が日本からこっちに向かってるし、副隊長も庇ってるから大丈夫だと思うけど、その……隊長がね」

「あ、ああ」

 銀髪の小さな少佐さんか。オレと同い年の。そういやあのISに触ったときに一瞬だけ見えた女の子、ちょっと似てたな。

 ブザーが鳴ると同時に、圧縮空気が解放される音が聞こえた。ドアが開いて、誰かが入ってきたようだ。

「こいつが織斑一夏か」

 冷たいドイツ語だが、声自体は幼さが取れない感じだ。たぶん、あの少佐だろう。目隠しされてるから、他に誰がいるかまでわからないけど。

 乾いた足音が響く。近づいてきてるんだろうか。

「がっ!?」

 いきなり殴られたぞこのヤロウ。

「これ以上、織斑教官の顔に泥を塗る気か」

「いってえな」

「ふん」

 顎を掴んで強引に顔を引き上げられる。その拍子に目隠しが右目の分だけズレた。

「……キサマはさっきの」

「どうも。美味かったか?」

 頬がヒリヒリ言っている。

 こいつはオレが織斑一夏だって気付いていなかったみたいだ。

「……クラリッサは?」

「基地司令部の長官殿のところに行っています」

「使えんやつだ」

 ムカっ。

「クラリッサさんはいつもアンタのことを心配してるぜ」

「軍人に必要なのは強さだ。副官は黙って従えばいい」

「あーそうかい」

 ムカムカッ。

「お前がどんだけエリートか知らねえけど、そういう態度じゃ部下はついていかねえよ。少なくともオレは嫌だね」

「私もお前のような部下はいらんな。ふん、男のくせに」

「男も女もねえだろ。こういうことには。筋が通っていないのは許せねえんだ」

 右目だけで精いっぱい、目の前のラウラ・ボーデヴィッヒを睨む。それにムカついたのか、相手はもう一回オレを叩こうと右手を振り上げる。

「た、隊長。まだ彼に関しては調べがついていません。あまり勝手をされては」

「うるさい!」

 ラウラが振り被った手でリアを撥ね退ける。

「きゃっ」

 短い悲鳴を上げて、リアが床に倒れ込んだ。

「てめえ!」

「何か文句でもあるのか。ここは軍隊だ。上官に従わないなら」

「そんなこと教えたかよ?」

「ん?」

「千冬姉が一度でも、そんな暴力をしろって教えたかって聞いてるんだよ!」

 断言しよう。千冬姉はわりと理不尽だが、そういう威張り腐った殴り方はしない。相手が嫌な気持ちになるような暴力を振るわれたことは、少なくともオレはない。

「キサマのような不出来な弟が、教官を語るか!」

「ああ語るさ! 千冬姉はオレの姉だ。弟が姉を語らなくて誰が語るってんだ」

 オレにとっての家族は千冬姉だけだ。

「キサマのせいで、教官の輝かしい経歴に汚点がついたというのにか。キサマなど助けずに行かなければ良かったのに」

「それは……」

 一年以上前、オレは謎の集団によって誘拐された。それはISの世界大会の決勝のときの話だ。千冬姉はドイツ軍の情報提供の元、オレを助け出した。結果、誰もが確実視していた第二回大会の優勝を逃すことになった。

 オレが汚点、と言われればそうだろう。

 誘拐されたのも、オレが弱いせいだ。弱いせいで友達まで危ない目にあった。だからオレは逃げるようにドイツまで来て、日本に帰る決心がつかない。

「何も言い返せないか」

「……確かにオレが弱かったし、そのせいで千冬姉は優勝を逃した。だけどな」

「なんだ、言ってみろ」

「だけど、千冬姉が人を助けたことまで、否定してんじゃねえよ!」

 そうだ。千冬姉は自慢の姉で、弟を見捨ててまで優勝を取るような人間じゃない。もしこれがオレでなくても、千冬姉はきっと助けに行ったと思う。オレたちとまるっきり関係ないヤツを盾に取られていても、きっとオレの自慢の姉は、それを助け出したはずだ。

「オレの代わりにお前が人質に取られてたって、千冬姉はきっと助け出したはずだ! そういう人なんだ。それを否定するようなヤツが、千冬姉の教え子を名乗ってんじゃねえ!」

 自分が弱いのを詰られるのは良い。否定も出来ないし、至極真っ当な指摘だ。だけど、千冬姉の行動まで他人に言われる筋合いはねえ。

「き、キサマ……良い度胸をしているな! ここで略式軍事法廷にかけられても、文句は言えん身だぞ」

「だからって、そこを曲げちゃ、オレはもっと弱くなる! さっき殴ったことをリアに謝れ!」

 ラウラがオレの襟首を掴むと、無理やりオレを立たせる。

「良い度胸だ。だが、弱い者に発言権などない」

「弱いヤツの声を聞かなくて、何が強さだ!」

「口だけはペラペラと回る。だが、ここは軍だ。私はここの責任者でキサマは侵入者であり、軍事機密に勝手に触れた。それは間違いではないな」

「ぐ、それは、そうだ」

「ではそうだな、一つ、条件を出そう。ISを動かしてみせろ。何でもキサマに反応したそうではないか」

 そう、あの黒いISはオレに反応して起動した。だが、だからと言ってオレが軍事機密に触れたことも確かに法に触れることだ。

「ISを動かしたら、リアに謝るのか」

「何でもしてやろう。男のお前がISを動かせたならな」

 目の前の少女が挑発的な笑みを浮かべる。乗せられた気がしないでもないが、だが曲げられない筋がオレにだってある。

「動かしてみせるさ。力ってのは、いつだって求めるヤツのところに来るもんだ」

 

 

 

 再びオレは黒いISの前に連れて来られる。

「これはシュヴァルツェア・レーゲン。私の専用機となる機体だ。まだフィッティングは済ませてないがな。ゆえに誰でもまだ起動が可能な状態だ」

「……かっこいいな」

 思わず素直な感想を漏らしてしまう。

「は?」

「いや、確かにお前が装着したら似合いそうだと思っただけだ」

「な、何を言ってる?」

「これを動かせば良いんだな」

「ああ。おい」

 ラウラが指で合図すると、控えていた隊員たちが周囲のコンソールを操作し始める。ISを乗せたキャリーの腕が動き、ISの真ん中にちょうど人が乗れるスペースが開く。

「ほら、やってみせろ」

「わかった。ただし条件がある」

「なんだ?」

「動かせなくても罰はオレだけで済ませろ。ここのドアは勝手に開いたんだし、オレが入ったのもオレの勝手だ」

「ほう、まあ良かろう。ただキサマにはスパイの容疑もかかっているのを忘れるなよ」

「何でもいいさ」

 ゆっくりと歩き、ISの横に立つ。小さなタラップが用意してあり、そこからISの脚部に足を入れられるようになっている。

「ね、ねえイッチ、今からでも隊長に謝ろうよ」

 先ほど、ラウラに叩かれたリアがオレに小声で話しかけてくる。

「嫌だ」

「イッチ!」

「オレはいい。だけどリアを殴ったのは許せない」

「……イッチ」

「それとイッヒみたいな呼び方はやめてくれ。オレはイチカ、織斑一夏だ」

「イチ……カ?」

「そう、一夏」

「イチカ、でもISは男の子には……さっき反応してたのも何かの間違いだよ」

「……たぶん大丈夫だ」

「大丈夫って……」

 チラリとラウラを見る。オレを蔑むような挑発的な顔を浮かべたままだ。

 だけど、オレには確信がある。何故かはわからない。だけど、この黒いIS、シュヴァルツェア・レーゲンはきっとオレの呼び声に答えてくれる。

「よし」

 タラップからジャンプしてISの脚部装甲に足を入れる。キャリーに固定されていた腕も装着する。

「さあ、やってみせろ織斑一夏」

 ラウラ・ボーデヴィッヒが挑戦的な言葉をくれる。

 やってやる。やれる気がする。

「……動け、シュヴァルツェア・レーゲン!」

 黒い雨、という機体に呼びかける。

「ふん、やはり動かないではないか」

 何の動作も起きないし反応もしない。

 ……さっきは確かにこれが反応したはずだ。何でだ。

「おい、動けよ、頼む動いてくれ」

「無駄だ男にはISは動かせない。それが定説だ」

 くそっ、動け!

 ガチャガチャと腕を動かそうとするが、一ミリたりとも動かない。

 動いてくれ、頼む、動いてくれよ! もう嫌なんだ! 何にも力がないのは! あんな思いをするのは嫌なんだよ!

 オレが誘拐されたとき、近くにいた友人は果敢にもオレを助けようとした。だけど、銃を向けられた。

 本当に嫌だった。もし引き金が引かれて、その弾丸が友達に当たってたなら、死んでたかもしれない。そのときのオレは、男たちに手足を掴まれ、身動き一つ出来ずに見てるだけしか出来なかった。あんな無力感はもう二度と、味わいたくない。

「ふ、ふふふ、ハハハハハッ、無様だ、無様だな織斑一夏!」

「くそ、動いてくれ、オレに、オレに何かを守る力をくれよ、シュヴァルツェア・レーゲン!」

 心からの渇望を叫びに変える。

「え?」

 ISの隣に立ってコンソールに注視していたリアが驚きを漏らした。

 それと同時に、ISの発する低い電子音が部屋に響く。

「うご……いた?」

 脚部装甲の一番上、足と接触していた部分が急速に閉じて、開口部がオレの太ももと同じサイズになった。腕部装甲も同様にオレのサイズまで締っていった。

「フィッティングを……開始しているのか?」

「そんな、何もしてないのに」

 黒兎隊の隊員たちの驚きをよそに、オレの胴にも装甲が密着し、頭にも機器が現れる。視界に仮想ウィンドウがいくつも現れ、ドイツ語の文字が現れては消えていった。

 ゆっくりと、オレは足に力を入れる。ISの脚部が動きだし、オレは真っ直ぐと立ち上がった。

「動いてる……そんな、男の子なのに」

 ISがオレに答えてくれた。

 ゆっくりと手を握ろうとすると、ISの手が思った通りの動きをする。

「は、ははははっ」

 はぁ……動いて良かった。

「バカな……」

 驚きで声を無くしたラウラに向かって、オレはレーゲンの腕を伸ばす。

「どうだ! 動かしてやったぞ、ISを!」

「な、なぜだ!」

「なぜって言われても困るが……うーん」

 ポリポリとISの腕で頭をかいてみる。思った通りに動いた。これがインフィニット・ストラトスか。

 って、あれ?

「い、イチカ?」

「足が勝手に……おわわわ」

 オレが何も意識していないのに、シュヴァルツェア・レーゲンがラウラに向かって歩き出す。

「な、なんだ、なぜこっちに」

「い、いや、ISが勝手に! くそ、止まれ、止まれよ!」

「くっ」

 ラウラがいつでも回避できるよう腰を落として身構える。

 ISが一歩一歩、フラフラと歩いて彼女に近づいていった。

「き、緊急停止!」

 黒兎隊の女の子たちが空間に浮いたホログラムディスプレイ上のボタンを押す。

「ダメ! 効かない!」

 しかしレーゲンは歩みを止めない。

「これは、暴走?」

「隊長! 逃げてください!」

 ラウラは無暗に駆け出さずに、冷静に隙を窺っているようだ。

「と、止まれ、止まってくれ!」

 オレの叫び声とともに、黒いISは片膝をついて上半身を倒した。

「な、なんだ?」

 その姿はまるでラウラに誓いを立てる騎士のようだった。

「なるほどな。オレが嫌いってことか」

「は?」

「この機体、早くラウラに着て欲しいみたいだぜ」

 何となくISの言いたいことがわかった気がした。

「何を言っている、キ、キサマ!」

「はははっ、なるほどな。こいつは良い機体だ。たぶん、きっと大丈夫だ」

「え?」

 オレはISとともにかしずいたまま、顔だけ上げた。

「お前を守りたいってことさ」

 このISが。

 ポカン、と口を開けたラウラの顔は年相応でちょっと可愛かった。いつもそうしてれば、隊員たちにも慕われるだろうに。いや、それはさすがに間抜け過ぎるか。

「な、ななななな」

「ん? どうした顔を真っ赤にして。疲れてるのか? オレのやったホットドッグ食ったか?」

「あれは中々美味かったが……」

「そりゃ良かった。また差し入れてやるよ」

「そ、そうか、それはありがたい……って、何を言わせる、このバカが!」

 ラウラが拳を振り上げた。

「へ?」

 その瞬間、ISがなぜか動作を停止した。そして操縦者の剥きだしの体を守るはずの皮膜装甲も何故か動作せず、ラウラの小さな拳がオレの頬に突き刺さる。

 このIS、オレがラウラと話したことに嫉妬してるのか?

 そんな馬鹿なことを考えながら、オレの本日の意識は閉店となりました。

 

 

 

 目を覚ましたオレが体を起こすと、目の前に何故か千冬姉がいた。

「起きたか馬鹿者」

「な、なんでここに」

「お前のせいで日本から直行してきた。まったく困ったやつだ」

 体を起して周囲を見回すと、オレの部屋の中だった。

「えーっと?」

「ISを動かしたそうだな」

「あ、ああ」

「まったく何がどうしてそうなる」

 心底呆れたように、大きなため息を吐かれた。

「す、すみません」

「さて、お前の身の振り方だがな」

「あ、うん」

「ISを動かせることは秘密にしろ。明日からは、お前はドイツ特殊部隊付きの専属コックだ」

「って、ええええ? 黒兎隊に入れってこと?」

「そういうことだ。良かったな就職おめでとう」

 ちっとも嬉しくねえ!

「ど、どうしてそうなったわけ? 意味がわからん。ちゃんと説明してくれよ千冬姉」

「お前はまた狙われることになるかもしれん」

「……今度はオレ自身が狙いで誘拐されるかもしれないってことか……」

「日本にどうしても帰りたいなら手配はするが」

 千冬姉がチラリとオレの顔を見る。

「それは……ごめん、千冬姉」

「好きにすればいい。元々、そういう約束で残したんだからな」

 もう感謝の言葉がいくつあっても足りないぐらいだ。こんな状況になっても、オレの我が儘を通してくれるなんて。

「でもドイツ連邦軍もよく外国人の入隊なんて許したなあ」

「実験体みたいなもんだからな」

「え? 今なんて」

「頑張って生き残れよ」

「ち、千冬姉!?」

「大丈夫だ、お前は私の弟だ」

「いや説得力ねえよ!?」

 わりと理不尽だが、これでもオレのために裏で精いっぱい動いてくれてるんだろう。

「千冬姉」

「なんだ」

「……もうちょっとドイツで頑張ってみる。もう少しだけ自信がついたら日本に、IS学園に入れてくれ」

「わかった。では私は日本に帰るぞ」

「え? もうちょっとゆっくりしていけば」

「仕事が山積みだ。ではな」

 千冬姉は本当にオレのためだけに飛んできてくれたんだ。

「ありがとう、千冬姉。世話ばっかりかけて」

「弟の世話を焼かん姉がいるか、馬鹿者」

 それだけ言って、千冬姉はドアを閉めて出て行った。

 うし、じゃあ頑張りますか。

 

 

 

 オレはまだ納品されたばかりの二号機、シュヴァルツェア・ツヴァイクを装着する。

 装備はまだデフォルトということで、この間のレーゲンと違いはほとんどない。

「ふむふむ、レーゲンとはあんまり変わらないみたいだな」

「気分が悪かったりしないか?」

 クラリッサさんが腕を組んでオレを見上げている。

「問題ないです。えっと何をすれば?」

「とりあえずはお前のデータ取りだな。何せ未知数すぎる。男がISを動かせるなど」

「どうすればいいんです?」

「今日はこのまま、黙って立ってろ。こちらでデータ取りをしていく。何かしなければならないときは、こちらから指示をする」

「えっと、どれくらい?」

「一日中だ」

「……うへぇ」

 思わず情けない声が出てしまう。

 しかし暇だな。今日の献立ぐらい考えておくか。何せコック兼実験体だから……。

「一夏、少し手を動かしてみせろ」

「あ、はい」

 無難にドイツ料理にしとくか。この間食ったコルドンブルー・シュニッチェル美味かったなあ。挑戦してみるか。チーズとハム挟むんだから、揚げ方にコツとかありそうだよな。アルベルタさんにあとで聞いてみようか。

「一夏、手がを動かせとは言ったが、フライパンを動かす真似はしなくて良い」

「あ、すみません」

 手が勝手に料理を始めていたようだ。

「軽く歩け。この部屋を一周しろ」

「はい」

 恐る恐る足を踏み出す。足が普段より長くなるけど、それでも普通に歩くのと変わらないな。

「ふむ」

「どうしたんです、クラリッサさん」

「お前」

「はい?」

「下手くそだな」

 ガックリ。いや、まだ二回目だし上手いとか思ってないけどさ……。

「すみません」

「謝ることではない。ただ、あんまり妙な癖をつけるなよ。その機体は私の専用機になるのだからな」

「変な癖?」

「ISは搭乗者に合わせて進化していく。ただ、多人数が交代で乗る場合はそれらを平均化していくようだからな。お前が走るのが速くて、私が飛ぶのが上手いとするだろう。そうすれば、経験は両方を平均化した形で積み上げられていく。まあ簡単に説明するとこんなものだ。実際にはもっと複雑なフラグメント構造とパラメータ蓄積が行われるのだが、まだ素人のお前にはそれぐらいで良い」

「逆に飛ぶのが上手いやつが使い続けると、どんどん速くなっていくってわけか」

「そういうことだ。リア、どうだ?」

「副隊長、やっぱり変ですね」

「変というと?」

「うーん、それとも男性と女性での脳構造の違いのせいなのか、イチカの個人的思考なのか、どうにも」

「ん?」

「一夏がやると不器用な感じに育ちそうです、このIS」

「……そ、そうか」

 何か色々言われているけど、大丈夫なのかオレが乗って。

「えっとリア、つまりどういうこと?」

「イチカが乗り続ける機体はたぶん、近接型特化になる傾向があるよってこと。普通はこんな風なパラメータ成長していかないはずなんだけど。ちょっと乗っただけなら、大体は全体的に少しずつ神経伝達速度が平均的に少しずつ伸びていく感じなんだけど」

「脳筋ってことか」

「ノウキン?」

「脳みそが筋肉で出来てるバカってこと」

「あー。なるほど」

 クラリッサさんがリアの横からホログラムウィンドウをしげしげと見つめている。

「ふむ、傾向としては、教官に似ているな。傾向としては暮桜のフラグメントマップと同様な感じを受けるな」

「あ、そうかもしれませんね」

「飛んでみなければ何とも言えんが」

「しかし姉弟と言っても、同じ風に育つものなんでしょうか? ひょっとしてイチカの場合、織斑教官の弟だから動かせるとか」

「安易な結論を出すのはやめよう。推測もだ。何せ世界で初だ。慎重にことに当たろう」

「副隊長?」

「お前らも扱いはいつもより厳重にしろ。この単純な計測データすら、計り知れない価値があるからな。ISを動かせるという男のデータ、何億で売れるか想像もつかん。それゆえの外国人の仮入隊だからな」

「や、ヤー」

 全員が返事をする。

 う、うーん、実はこれってすごいことなのか、やっぱり。

「一夏」

「や、ヤー」

「絶対に喋るなよ。男性IS操縦者という自分の価値を見誤るなよ」

「わかりました。そ、そういえば隊長は?」

「ボーデヴィッヒ隊長はメッサーシュミット・アハトの受け取りに行っている」

「メッサーシュミット?」

「ドイツ連邦陸軍のポンコツISだ。第二世代初期型の機体でな。本来ならISコアのリセットを行って新機体に換装する予定だったんだが、欧州軍のコンペが近くて、何も出来んのだ」

「コンペ?」

「イギリスのBT実験機、イタリアのテンペスタII、そしてこのシュヴァルツェア。これらの機体のどれかを欧州軍の標準機に採用するコンペティションだ。アハトもコアをリセットして、第三世代機に乗り変えようとしているのだが、長期運用的な実用性がどれもまだまだだ。つまり今はちょうど、谷間の世代というわけだ。迂闊に第二世代に換装するわけにもいかん。かといって、次に標準機になる第三世代の機体も決まらん。かといってテストするほどの内容もない古い機体だ」

「ははぁ。使い道のない機体ってことですか」

「ISコアをリセットして換装するのもまた連邦議会の予算案を通さねばならん。下院はともかく上院に軍縮派が多い今では、うかつな予算申請は自らの首を絞めるだけだ」

「で、遊んでるロートルの機体を借りて練習用にするわけですね」

「まあな。しばらくはお前の機体だから、大事に使えよ」

「へ?」

「良かったな。そんな古いISを今だに使ってるやつなど、世界に数えるほどしかおらん」

「せ、専用機を貰えるってのは嬉しいけど……」

「データ取り用だ。それでもボーデヴィッヒ隊長自ら受け取りに行ってるのだぞ、感謝しろ」

「や、ヤー」

 いきなりガンダムを貰えるほどIS界は生易しくないようだ。まあ、わかってたけどさ。

「噂をすれば」

 リアがウインドウをいくつか立ちあげる。その中の一つに、銀髪の隊長が映っていた。全員が姿勢を正して敬礼をする。

「お早いお戻りで」

『そうでもない。書類は全部、後でクラリッサの元に届く』

 副隊長の眉が一瞬、ピクリと動いた。顔が心なしか引きつってるように見える。

『馬鹿はいるか』

「います」

 いや、それで通じちゃうのかよ。

『あと二時間で戻る。準備させておけ』

「ヤー!」

 ウィンドウが閉じられると、全員が大きなため息を吐く。

「みんな、ラウラ隊長が苦手なんだ」

「得意な人なんていないよぅ」

 そこで初めて女の子たちが視線をディスプレイから外し、うんうんと頷いて同意を示した。

 クラリッサさんだけが少し困ったように帽子を脱いで、くるくると指で回し始める。

「まあそう言うな。あの方も気を張っているのだ。十五歳で少佐などに抜擢されるなど、並大抵の人事ではないからな」

「でも副隊長……ホントなら副隊長が」

「私は器ではないよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長なら、ひょっとして織斑教官と同じぐらい強くなるかもしれないが、私には無理だ」

「副隊長は努力家ですのに」

「甘く見るな、隊長は誰よりも努力家だぞ。本来ならISになど乗れる適正はなかったのだからな」

「へ?」

「彼女は、本来ならIS適正はDランク以下だ。最初はそれはもう酷かったものだ。二メートル先の的に弾が当たらなかったのだからな」

「ええええ?」

「だが、織斑教官と出会ってからメキメキと実力を伸ばしていった。努力も並大抵ではなかったぞ」

 エリート中のエリートというイメージがあるんだけど、あの子って実は相当な頑張り屋なのか。まあ真面目そうだしなあ……。

 でもだからこそ、千冬姉を崇拝しきってるってことか。もっと自分の頑張りを認めてやればいいのに。

「まあそういうことだ、一夏、キサマも隊長には敬意を持って接するように」

「わ、わかりました」

 ……ちっちゃくて可愛いので、そんなイメージを抱けないんだが、そこは努力しよう。

「今日のデータ取りは中止だ。残りはメッサーシュミット・アハトの受け入れ準備に入る」

「ヤー!」

「まずいことにならなければいいが」

 クラリッサさんが不穏なことを言い始める。

「まずいことって……」

「前に、お前が女でなくて良かったと言ったな」

「あ、はい」

「お前は女ではないが、男でISを動かせてしまった。つまり訓練にかこつけて何か仕掛けてくるかもしれない。私も可能な限り気をつけるが」

 つまりこの間の、ISを動かしてみせろって件は、どちらに転んでもラウラにとっては都合が良かったのだ。もしオレがISを動かせても自分で私刑できるように、と。

「とりあえず何とか生き延びます」

「お前に何かあれば教官に申し訳が立たん。頼むぞ、無事にな」

 とはいうものの、いつかは超えないといけない壁ではある。何とかラウラと仲良くなれればいいんだけどな。

 

 

 

 三人の隊員とともにオレこと織斑一夏は、ヘリからロープで降ろされたコンテナの中身を開ける。

「こ、これは……」

 白い息とともに複雑な驚きが口から零れた。

 そのISは、印象で言うなら、これはたぶん二十世紀中盤のビートルとかまさしく第二次世界大戦中のメッサーシュミット社の複葉機っていうか。迷彩色に塗られた宇宙服の胴体と顔の部分を無くしただけっていうか……。

「さすが第二世代最初期タイプ……」

「動くの?」

「たぶん……この間まで現役だったわけだし」

 ロゴ入りのトレンチコートを羽織った黒兎隊の女の子たちの顔も引きつってる。

 ふむ、と一つ頷いてクラリッサさんの言った言葉は、

「ボト○ズ?」

「あー同じ感想でした。ボ○ムズっぽいですよね」

「うむ……」

 ていうか、よくそんなアニメ知ってたな、クラリッサさん。

 如何にも鈍重な印象を与える機体だ。背中に推進翼の類はなく、腰にあるスラスターで飛ぶタイプだろう。同じ第二世代機の暮桜や最後期のラファール・リヴァイヴなどとはまるで違う。

 いや、嫌いなデザインかって言われたら割と好きなデザインだけどさ、ボトム○。

「ではフィッティングに入れ。明日は演習場でテストだ」

 ラウラはそれだけ言って歩き去っていった。ただ、オレの顔を一瞥して不敵な笑みを浮かべたことだけが気になる。

「んじゃ運びますか。イチカ、格納庫まで頑張って」

「へ?」

「この子の乗ってるキャリー、人力だから」

「……マジすか」

 確かにただの台車にしか見えない。

 トレンチコートを脱いで、ISにかけると、台車に手をかける。

「い、行きます。ぐおおおおお!」

 力いっぱい押しても、四つん這いの赤ちゃんぐらいのスピードしか出ない。

「はいはい、頑張って、アイン・ツヴァイン」

 リアが楽しそうに手を叩きながら、声援を飛ばしてくる。他の子たちも同様だ。

「アイ……ン、ツヴァイン……!」

 腰が折れそうだ。

 昔の人、と言っても数年前はこんな感じでみんな作業してたわけか。ISのテクノロジーは日進月歩つーけど、これはマジできつい。

 でも、これがオレの第一歩だ。強さを手に入れるための。

 

 

 シュヴァルツェア・ツヴァイクの横まで運び込んだメッサーシュミット・アハト、通称『8(アハト)』に隊員たちがケーブルを繋いでいく。

「この子、センサー系はしっかりしてるね」

「初期はどんな些細なデータも取ってたらしいし、どのデータが重要かどうかすらわからなかったらしいしね」

「良い勉強になるかも」

 手際よく端末やホログラディスプレイにタッチしながらケーブルを繋いでいく。

「うわーコアナンバー二桁! しかも三十番だって。すっごい古い機体じゃない?」

「二桁コアなんて、初めて見たかも」

「三十番なんて、超レアよ超レア」

 彼女たちは楽しそうに会話しながらも、手は全く止まることがない。さすがエリートだと感心してしまう。

「あれ、もう全然初期化してないじゃない、これ。ちゃんとしてほしいよね、そういうとこ」

「初期化?」

「前の搭乗者の情報が残ってるってこと。ISは搭乗者に合わせてフラグメントマップ、まあ遺伝子みたいなものかな。それを構成しながら、その情報に合わせて進化してくからね」

「へー。さっぱりわからん」

「要するに、前の人が使った個人の癖がいっぱい残ってて使いづらいってこと。汎用機なら平均化できるけど……あ、これ、専用機だったのかな」

「誰が使ってたの?」

「待ってねー……って、え?」

「どしたの?」

「……最後に専用機にしてたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長だ」

「ええええ?」

「でも空白期間が一年近くあるね」

 つまりこの機体は、ラウラのお古らしい。その関係で簡単に借りてこられたんだろうか。

「うーん、どうする? フラグメントマップ、消しちゃう?」

 リアがコンソールをいじりながら、オレに問いかけてくる。

「時間かかるのか?」

「ちょっとかかるかも。でも隊長だったら、妙な癖は残ってなさそうかな。何だかんだでISの操縦はすごい上手だし」

「じゃあそのまま使おう」

「いいの?」

「問題ありそうなら、時間を取ってリセットするとか出来るの?」

「出来るよ。でも一応、副隊長に許可もらっておくね」

 女の子が端末を触ると、クラリッサさんの顔が空中に画面に出てくる。会話はすぐ終わったらしく、

「好きにしろだって」

 と肩をすくめながら言ってきた。

「じゃあこのまま行こうか」

「ヤー。んじゃイチカ、入っちゃって」

「ヤー」

 オレはタラップに足をかけ、アハトの中に滑り込む。腕と足の開口部がオレのサイズにまで閉じられた。

「フィッティングデータは上書きしていくね。違和感があったり気持ち悪かったりしたら、教えて」

「今のところ大丈夫だ」

「んじゃ続けていくよー。腕動かして」

 低いモーター音のような音が聞こえる。

「うわ、この機体、動力補助なんて無駄な機能つけてる」

「動力補助?」

「うん、電子モーターでISの力を増幅させようって機能。電子モーターなんか使わなくたって充分に力はあるし、この補助動力つけたって、パワーは1パーセントも上がらないの」

「なんでそんなものつけてんだよ、これ」

「軍の技術部の見栄だよ、あの時代はどうしてもISの優秀性を素直に認められなくて、オレたちがもっと強い機体にしてやるんだーって変な機能ばっかつけてるんだよね、主に男が」

「へー。シュヴァルツェアにも乗ってんの?」

「全然。だから言ったじゃない。男どもの見栄だって。自分たちの技術が素晴らしいんだって見せつけようとして、結局役立たずだって証明しただけなんだから」

「……気持ちがわからんでもないが、それで意味ないんじゃ、どうしようもないよな」

「そうそう」

 黎明期ならではの苦労なんだろうな、きっと。

 無駄口を叩きながらも、画面から一瞬たりとも目を外してないあたりがさすがだ。

 オレもオレで、自分の仕事に打ち込む。両手を持ちあげたり、左手と右手でジャンケンしてみたりする。

「思ったとおりに動くな、これ。シュヴァルツェアより相性いいのかも」

「えー? ツヴァイクとか凄い良い機体だし、アハトに負けてるわけないと思うけど」

「8(アハト)だと四倍だから?」

「ツヴァイクはツヴァインじゃないよ、ダジャレ好きなの? イチカ」

「そ、そんなことないぞ?」

 キョドってないよ?

 視界に浮かんでくるウィンドウもレーゲンに比べて古臭いデザインだ。透明度が低いのか、少し前方が見えにくく、古い車のメーターのようなグラフィックが視界の端に沢山並んでいる。

「んじゃ、二人で頑張りましょうか。なあ、ぱっつぁん」

「パッツァン? 何語?」

「日本語だよ。八がつく人間につけるニックネーム」

「ふーん。とりあえず足動かして、ちょっと準備運動でもしてみて」

「ほい」

 ゆっくりと足を一歩、踏み出す。

 これが初めて自分の意思で踏み出した一歩だった。

 

 

 

「結構な距離走ってますけど、どこに向かってるんです?」

 黒塗りの車の助手席で、隣の女の子に尋ねると、後部座席のクラリッサさんが、

「IS用の演習場だ」

 と答えてくれる。

「そんなのあったんですね」

「まあただの空き地だがな」

「あ、そうですか……」

「ただし全域を金網で囲まれ、警戒は厳重で無断で入れば殺される」

「……気をつけとこ」

 目的地に着いたのか、エンジンが止まる。全員が車から降りる。たしかにだだっぴろい何もない土地だ。一応、地面はアスファルトで舗装してあった。

「さむっ」

 今日の気温はマイナス7度だ。

「雪が降ってないだけマシだ。と言っても、もう少ししたら降るらしいがな」

「……ISスーツ着ないとダメですか?」

「乗れば暖かくなる。むしろ見ている私たちの方が寒々しいぐらいだ」

 先行したトレーラーの二台のウイングが開いていて、そこに多数の機材が乗っていた。よくわからんけど、兵舎の格納庫と同じぐらいは機材がありそうだ。

「では、展開してみせろ」

「いいんですけど、この待機状態、誰の趣味なんです?」

「知るか」

 もうそれは紛うことなく変身ベルトだった。仮面ライダーとかそういうのがつけてるやつ。

「来い、ぱっつぁん! ……あれ?」

「落ち着け。目を閉じて、ISを装着した自分を思い浮かべて、頭の中で撃鉄を起こせ」

「自分を思い浮かべる……撃鉄」

 ガチン、と脳内でリアルな音がした気がした。嫌な音だった。

 自分の体が自然と空中に浮く。四肢と胴体、そして頭部に緑の迷彩色で塗られた無骨な機体が現れた。

「おお、出来た」

「筋は良いな。だが銃は撃つなよ、下手が撃つと我々に当たる」

「は、はい」

「では飛んでみせろ」

「はい!」

 どんよりとした灰色の空を見上げる。

「クラリッサ副隊長!」

「なんだ」

「飛ぶって……どうやってやるんですか!?」

 その場にいた全員がズッコけた。あれー?

「……いやそうだな。我々の常識で考えていた。まずは一般的なイメージだと、角錐が頭上にあると思え。そして、それに引っ張られていく感じだ」

「角錐、ふむふむ。お、浮いた」

「ではそのまま頭上に飛び上がってみせろ」

「了解です」

 そのまま引っ張られるイメージね。

 ISに包まれたオレの体がゆっくりと浮いていく。

「上手上手」

 黒兎隊の女の子たちがパチパチと拍手をしてくれるが、それって「あんよが上手」状態じゃなかろうか。

『そのまま上空を軽く飛んでみせろ』

 声が届かない距離まで昇っていたらしく、クラリッサさんが通信で呼びかけてくる。

「ヤー」

 グルグルと上空を飛び始める。

『あんまり高く飛びすぎるなよ。見つかる』

「見つかる?」

『ああ。マスコミとか五月蠅いからな。長距離望遠レンズは欧州では所持を禁止されているが、それでも持ってるヤツが皆無とは言わん。あと最近は物騒だからな』

「物騒?」

『……まあIS乗りに伝わる噂だがな。亡霊のようなISがいるらしい』

「亡霊ですか……なんていうかその」

『言うな。ただ、確定に近い情報で一台のISの目撃情報があるのは確かだ』

「何なんです?」

『テンペスタII・ディアブロ、という機体だ』

「それって第三世代でしたっけ。てかテンペスタIIだと、新しい機体じゃないですか」

『ああ。黒いISでな。イタリア共和国空軍の実験機らしい。それが行方不明で、という話だ』

「それがまた何で」

『欧州各地で、演習中に襲撃された、という噂があるだけだ』

「パスタでも探してるんですかね。まあそれは置いておいても、この機体、弱いんですよね?」

『ああ。スペックで勝ってる機体を探す方が難しいぐらいだ。データ取りにしばらくかかる。高度を上げずに自由に飛んでいろ』

「ヤー」

 言われた通りに旋回したり八の字に飛んだりとグルグル回って色々試してみる。他のISをまともに操縦したことなんてないけど、このぱっつぁん、悪いヤツじゃなさそうだ。少なくともオレの思った通りに動いてくれる。

『……ボーデヴィッヒ隊長?』

 怪訝な声が聞こえてきた。クラリッサさんたちがいるトレーラーの方へ頭を動かすと、彼女たちの表情まで見える大きさに視界が拡大される。

 たしかにラウラ・ボーデヴィッヒだ。長い銀髪と黒い眼帯。いつも険しい表情をしている、オレと同い年の女の子。

『おやめ下さい、ボーデヴィッヒ隊長! まだ彼は』

 不穏な雰囲気になってきた。何やらラウラとクラリッサさんが言い争っているようだ。

「って、レーゲン?」

 ラウラがシュヴァルツェア・レーゲンを装着して、こちらを見上げる。その口元が不敵に笑った。

「ってまさか」

 次の瞬間、ラウラの機体がオレに向かって飛んでくる。腕にはプラズマブレードがついていた。

 慌てて回避しようとするが、速度が全然違う。その一撃が、オレのメッサー・シュミット・アハトの肩を抉った。

 錐揉みになってふっ飛ばされた機体を何とか立て直し、空中でシュヴァルツェア・レーゲンと向かい合う。

「何しやがる!」

「織斑一夏、遊んでやろう」

「なんだって」

「そのためにISを調達したのだからな」

「……そこまでやるか」

「教官の汚点、ここで教え子の私が引導を渡してやる」

 ブレードを構え、オレに向かって突撃してくる。振り下ろされる凶器を何とかかわすが、

「くそっ、スピードが全然違う!」

「当たり前だ!」

 何にも遮蔽する場所がない空間で、スピードの劣る機体じゃ何もできねえ。

「クラリッサさん、何か武器はないんですか!」

『腰の後ろに伸縮する警棒があるはずだが……くそっ、そんなものでは』

「ないよりはマシです!」

 言われたとおりに腰の後ろに手を回すと棒状の物体がある。掴んで抜き出すと、二メートルぐらいまで棒が伸びた。

 ISのシールドはインストールしてある部分全てを覆う。これで受ければ、余計な消耗は抑えられるかもしれないが、それでもゼロじゃない。

「ほらほら、どうした!」

 次々と振られる攻撃を、警棒で受け止めていく。だが、視界の端に移ったシールドエネルギーがどんどん削られていくだけだった。

 さらに言うなら、この機体はパワーすらもレーゲンより遥か下だ。

「何か手は……」

『一夏、まだ相手も本調子ではない。レーゲン本来の機能は発動できていないから……その』

「何か手があるんですか」

『……がんばれ』

「打つ手なしかよ!?」

『さすがの隊長も殺しまではしないと思うが、くそっ、どうして』

「……わかりました」

『一夏?』

「とりあえず負けます。それしかないみたいですし」

『すまない……』

 腕を降ろして、無防備な状態になる。ラウラが嘲笑した。

「ふん、もう諦めたのか」

「勝ち目ねえし……」

「ではこのまま嬲り殺してやろう」

「……好きにしろよ」

「ISの絶対防御も完璧ではない。殺さないように痛みを与える手段などいくらでもある」

 絶対防御とは、全てのISに搭載されている標準機能で、搭乗者の命を守る。生命に異常がある攻撃はシールドエネルギーを多量に消費することによって自動で防ぐ。

 だが、命に別状がない攻撃なら別ってことかよ。

「その機体とともに落ちろ!」

 これはオレの弱さに対する罰なんだろう。

 オレが弱いせいで千冬姉は世界一の操縦者の栄冠を失った。そしてダチまで危ない目に合わせた。逃げるようにドイツまで来て、ようやく帳尻合わせの罰が訪れたってことだ。

「ベッドの上で自分の弱さを悔いるがいい、織斑一夏!」

 目を閉じて、その瞬間に備える。

 ……あれ?

 右手が勝手に動いてる。

 恐る恐る瞼を上げると、オレの右腕、いや、第二世代最初期型IS『メッサー・シュミット・アハト』の右腕が降り上げられ、警棒によってラウラの攻撃を防いでいた。

「ISが勝手に……?」

「なんだと……」

 ラウラの驚きが聞こえる。

 って、なんだ? 機体が光り始めたぞ。

『フォームシフト!? いきなりか!』

 クラリッサさんの驚きが聞こえる。

「なんなんですか、これ!」

『ISが進化しているのだ! その機体はまだフィッティングが済んだだけの状態だ。ISは操縦者の情報や稼働経験からその人間にあった機体へと進化する。それが今、行われているというわけだ!』

 わかったような、わからんような。

「つまり、強くなってるってことですか」

『まだわからん。だが、その機体が二次移行を行った記録はない』

 眩い光が辺りを包む。

 それが収まったとき、メッサーシュミットの装甲が少し形を変えていた。鈍重な外見がややスリムになり、腕の装甲が分厚くなっている。

「ISはまだやる気みたいだ……」

 目の前のラウラの表情が、驚きから怒りへと変化していった。

「お前は……お前はまた私の邪魔をするのか! アハト!」

 また……って、ああそっか。この機体はラウラが一年以上前に専用機として与えられていた機体だっけ。

 シュヴァルツェア・レーゲンが加速とともにオレの機体へとプラズマブレードを振り下ろす。

 警棒でそれを受け止めるが、先ほどまでと違い全く押し込まれる様子はない。

「パワーが上がってるのか……?」

『……おそらくだが、動力補助機能を取り込んでIS自身が自分にあった形に適正化したのだろう』

「一パーセントも上がらないって話じゃ」

 それはISの黎明期に作られた機体に、男たちの見栄だけでつけられた、ほとんど意味もない機能だったはずだ。

『今の数値だけ見ても、先ほどと比べても二倍以上だ。今のレーゲンよりパワーだけはあるようだ』

 なら、一方的にやられるってことはないな!

「よーし、それじゃあ行くぞ、ぱっつぁん!」

 オレは警棒を両手で持ちかえて、力で押し返す。

「くっ、なんてパワーだ! これがあのアハトか!?」

 堪えられなかったのか、レーゲンが後ろへと回転しながら距離を取った。

「ぱっつぁんはまだまだ、アンタと遊びたかったらしいぜ!」

「クソクソクソッ! なぜ邪魔をするんだ、お前はいつもいつも!」

 まるで小さな子供のように悪態を吐くラウラがそこにいた。

『……そのアハトはな、ラウラ隊長を貶めるために渡された機体だったんだ』

 重苦しい声でクラリッサさんが教えてくれる。

「え?」

『ラウラ隊長は戦うために生まれたんだ。幼いときから優秀な軍人だった。だが、ISの登場によって隊長の価値観は落ちた。戦うために生まれたのに、ISという兵器と相性が悪くてな』

「だけど、専用機を貰ったってことは優秀だったんじゃ……」

『そのメッサーシュミット・アハトは彼女に渡されたときには、すでに退役寸前で性能も最低だった。鈍重な機体と適正の低いパイロット。まともに戦えるわけがない。事実、笑い物だった。おそらくそれまで優秀であったがゆえに恨まれていたのかもしれん』

「……酷いことをするな」

『軍とはそういうところなのだ。その機体は、弱い頃の隊長を象徴する物なのだろう』

 弱さ。

 だからオレに渡した。そこから救い出した千冬姉の、輝かしい経歴に汚点をつけたオレが、ラウラの弱さを身につける。

 皮肉な話だ。

「殺す、叩き潰して、影も形も見えないようにすり潰してやる!」

 怒りで我を失ってるのか、大ぶりで何度も切りかかってくるラウラ。オレのISがそれを受け止める。

 弱いオレ、弱いラウラ。強くなったラウラと、弱いままで力を手に入れたオレ。

「だけど、それって強さか?」

 つばぜり合い状態で、オレはラウラに問いかけた。

「何をほざく! キサマは弱い! その機体も進化しようがただの時代遅れだ!」

「……だけど、これは、こいつはオレを守ってくれた。勝手に動いてオレを守ってくれた」

「弱いヤツが、弱いヤツが何をほざいても、誰も聞き届けはしない!」

 いや、違う。

「千冬姉は違った」

「え?」

「千冬姉はお前の、ラウラの願いを聞き届けた。お前を強くすることで、お前を守ったんだ」

 そうだ。オレが欲しい物は何だった?

「……だからその織斑教官の経歴に汚点をつけたお前を!」

「オレは出来の悪い弟かもしれないけど、でも、千冬姉がオレを守ったことが汚点で良いはずがない! だってそうだろ! それじゃあお前を育て守ったことだって千冬姉の汚点になるじゃないか! それで良いのか、良いはずないだろラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 オレが欲しい物は、守る力だ。何かを守れる存在になりたいんだ。

「それは……」

 ラウラが視線をオレから外してうつむく。

「お前に」

「何だ」

「お前に私の屈辱の……何がわかる!」

 たぶん、心からの叫びなのだろう。

 ラウラはまだ十五歳、オレと同い年だ。そんな女の子が周りの大人たちから嘲笑され、それでも歯を食いしばって頑張ってきた。死にたい気分だったのかもしれない。

「オレとお前は同じなんだ、ラウラ」

「同じ?」

「オレはたぶん、弱いお前なんだ。だから今度はオレが何かを守れるように、千冬姉が育てたお前がオレを育ててくれ。それこそが強くなった証だろ。そうすることで、オレたちは千冬姉に近づけるんだ」

「織斑教官に……近づく」

「そして今度はオレがお前を守れる存在になってやる」

「え?」

「オレが強くなって、お前をいじめる全てから守れる存在になる」

 もうラウラの機体に力は込められていない。オレも力を抜いて、何も持っていない左手をラウラに差し出す。

「だから頼む、オレを強くしてくれ、ラウラ。千冬姉の教え子であるお前が」

 俯いたまま、ラウラが動かない。だが、左手がピクリと動いた。

『接近警報! 隊長、気をつけてください! 未確認ISが近くに、いやもうここに!』

 クラリッサさんの言葉に、オレたちはハッと周囲を見回す。

「上だ!」

 ラウラの叫びにオレも上空を見上げる。どんよりとした雲の中へ視界を飛ばすと、熱センサーがISの形を捕えた。

『これは……テンペスタIIです! まさか噂の!』

 ゆっくりと雲をかき分けて降りてくる漆黒の機体。フルスキンタイプのISが腕を組み、背中に黒い大きな翼を広げている。まるで悪魔のような凶悪さを持つフォルムだ。

「テンペスタII・ディアブロ……なぜここに」

 ラウラが呻く。

「どうする、ラウラ! 相手はやる気みたいだぞ」

「逃げろ一夏! ここは私が防ぐ!」

「だけど!」

「その機体はエネルギー総量が少なく燃費も悪い! シフトしたことでさらに消耗してるはずだ!」

「た、たしかに……何でわかったんだ?」

「その機体の前の持ち主は私だ、それぐらいわかる!」

 テンペスタIIが大きく羽ばたく。望遠状態の視界で捕えていた機体が、一瞬でオレたちの元へと詰めてきていた。

「速い!?」

 ラウラがオレの前に出て、相手の攻撃を受け止める。

「さっさと逃げろ!」

「女を置いて逃げられるか!」

 悪魔のようなISが腕を振るう。ラウラのレーゲンが一撃で地面へと落下していった。

 地響きを立て土煙りを上げる。

『なんて馬力だ……』

「くそっ、ラウラ、無事か!?」

『AICさえ装備していれば今のも防げたというのに!』

 テンペスタIIが再び翼を広げて羽ばたく。

「させるか!」

 精いっぱいの加速で黒い悪魔に飛びかかる。だが相手はヒラリと回避して、オレを蹴り落とした。

「がぁ!?」

 一瞬で地面に激突した。衝撃が辺りを揺らす。

 まるで複葉機で最新鋭無人戦闘機を相手にしているような感覚だ。

「くそっ、ラウラ! ラウラ!」

『ダメだ、レーゲンは具現維持限界、絶対防御を発動、操縦者保護を最優先にしている! 隊長の意識はない!』

「一撃でシールドエネルギーぶっ飛ばしたってことかよ!」

『く、どうにもならんぞ、せめてツヴァイクさえ持ってきていれば!』

 地面から黒い機体を見上げる。

 テンペスタII・ディアブロがラウラの墜ちた方向を見ていた。そのまま真っ直ぐ上昇した後、背中の巨大な推進翼を立てる。

「……トドメを刺す気か!?」

『今やられてはまずい!』

「クソォォォ!」

 黒い光が真っ直ぐラウラの方へと延びて行く。

「ぱっつぁん、ラウラを、ラウラを守らせてくれ!」

 自分のISへと呼びかける。

 すると、誰かが背中を押してくれたような気がした。

 今日一番の加速で、オレのメッサーシュミット・アハトと黒い光が交差する。

 意識があったのは、そこまでだった。

 

 

 

 目を覚ましたのは、ベッドの上だった。

「起きたのか」

 ベッドの横には、クラリッサさんが座っていた。

「えっと……ここは?」

「我々の基地の医務室だ」

「そ、そうだ、あの黒いISは?」

「お前を地面へと吹き飛ばして、何もせずにどこかへ飛び去った」

「はあ?」

「何の目的があったのか、さっぱりわからん。誰が乗っているのかもわからん」

「テンペスタII・ディアブロ……だっけ」

「悪魔の名にふさわしいISだったな」

「うん……ラウラは?」

「お前が飛びかかったおかげで、ラウラ隊長は無事だ。こっちで寝ている」

 クラリッサさんを挟んだ隣のベッドで、銀髪の女の子が眠っていた。

「絶対防御が発動し、意識不明状態だったが、それも解除された。今はただ眠っているだけだ」

「そっか……良かった」

「しかし」

「何でしょう」

「ラウラ隊長がお前を守るとはな」

「……逃げろって言ってましたね」

「お前と話して、何かが変わったのかもしれんし、何も変わってないのかもしれんが、だが感謝する」

「えっと、何で感謝?」

「我々は誰も隊長と向き合おうとしなかった。お前だけが隊長を一人の人間として向き合ってくれた」

「散々言い合っただけですよ」

「言い合うことは私もあったが、対等な目線で十五歳の少女と話したことは、私にはなかった」

 クラリッサさんが立ち上がる。

「もう少し寝ていろ。いいな」

「クラリッサさんは?」

「私はデスクワークが残っている。せめて隊長が起きたときに、何の心配もないようにしておかないとな」

「……ぷっ」

「なぜ笑う?」

「クラリッサさんって、ラウラのお姉さんみたいだ」

「お、お姉さん? 何をバカな。私は部下だぞ」

「我が儘な妹に手を焼いてるお姉さんみたいです」

「あまりバカなことを言って大人をからかうな。では失礼するぞ」

 そう言って、我らのクラリッサ姉さんは速足で医務室から出て行った。

 さて、もうひと眠りするか。

 そう思って目を閉じると、あっという間に睡魔が襲いかかってくる。

 

 

 

 何かゴソゴソしてる気配で目が覚めた。

 頑張って瞼を開くと、布団の中が妙に暖かい。

「起きたのか」

「ら、ラウラ!?」

 オレの鼻先に、布団から頭を出しているラウラがいた。

「うるさいぞ、寝かせろ」

「ね、寝るならそっちのベッドでだな」

「向こうはもう冷たい。それに男の腕の中ならよく眠れると、前にうちの隊員が言ってたぞ」

「それは何だか意味が違うぞ! って、お前、眼帯が」

「ベッドで寝るときは外す」

 ベッドで寝ないときがあるんですね。

「金色の目……」

「これはIS適正向上のために入れたナノマシンの副作用だ」

「それで隠してるのか」

「人が見て気持ちの良い物でもないからな。金色の目など」

「……キレイだと思うぜ」

 素直な感想を述べる。ラウラがその金色の目を丸くしたあと、シニカルな笑みを浮かべた。

「ふっ」

「な、なぜ笑う」

「そんなことを言ったのは、クラリッサぐらいなものだ」

「さすが姉」

「姉?」

「いや何でもない」

「ではもう一度寝るぞ。私はここ数日の激務で疲れているのだ」

 ふわぁと小さな欠伸をして、ラウラはすぐに寝息を立て始めた。

「ったく」

 そう言われたからには、オレも逃げるわけにはいかん。

 ……確かに暖かい。また眠気が襲いかかってくる。

 金色の目、気にしてるんだろうな。あんな眼帯をしていて隠してるなんて、女の子なのに……。

 ふと、オレの頭に一つのアイディアが浮かぶ。

 まあ訓練にもなるだろうしな。

「ん……」

 ラウラがまるで猫のように擦り寄ってくる。

「まあ可愛いかな……ってこれ」

 裸じゃないか、この子。

「おいいいいいいい、待て、起きろラウラ、これは何だかまずい!」

「んん?」

「なじぇ裸ですかラウラさん!」

「私はベッドで寝るときはいつも裸だ」

「いやカッコいいけど今は自重してくださいまし!?」

「うるさい、いいから寝ろ」

 ラウラの右手が、目に置えない速度で振るわれた。

 首の後ろに軽い衝撃が走ると同時に、急に意識が遠ざかる。

 あ、胸が全部見えた。

 そんな幸せを実感する間もなく、オレの世界は闇へと落ちて行った。

 

 

 

 IS部隊の基地に入り、黒兎隊の制服を身につける。唯一の男性隊員用らしく、クラリッサさんが手配してくれた。

 まあこの建物の外に出るときにはいちいち脱がないといけない。IS部隊所属の男なんて、怪しまれすぎるからだ。まだオレの存在は秘密にしなければならないそうだ。

 オレは前もって用意してあった装飾品を身につけて、廊下を歩く。目的地は一番奥にあるラウラの部屋だ。今日からの予定を申し渡されるはずだ。

 ラウラの執務室の前に立って、電子パネルのインターホンを押す。

『入れ』

「失礼します」

 分厚いドアが開いて、隊長室に入った。初めてだな、ここ。

「では、今日からのお前の仕ご……と、なんだその眼帯は」

「あれ? 似合わないか?」

 なるべくそっくりなように作ったんだけど。

「……なぜ、そんなものをつける」

「えっと、まあアレだ。ラウラ一人が眼帯だと寂しいかと思って」

「はぁ……」

 ラウラが呆れたように大きなため息を吐く。

「なんかごめん……」

「まあいい。好きにしろ。では今日からのキサマの予定を言い渡す」

 我が黒兎隊の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐が手に持った文書の内容を読み上げて行った。

 オレは今、ドイツにいる。日本に帰る決心はまだつかないけど、ここにいれば強くなれる気がする。少しでも千冬姉に近づけるように、今日からラウラの元で頑張るとしよう。

 それと今日の夜ぐらいに、日本の友達へとメールを送ろうかな。詳細は話せないけど、オレはオレで頑張ってる、元気だって伝えておこう。

「内容は頭に入ったか」

「大丈夫です」

「では、任務に入れ」

「ヤー!」

 敬礼とともにドイツ語で元気に返事をすると、ラウラが小さく微笑んだ。

 やっぱりこの子は笑顔の似合う可愛い女の子だ。せめてこの笑顔を守れるよう、織斑一夏、頑張ります!

 

 

 

 

 

 

 







*ご都合主義万歳
*ドイツ→フランス止まり予定。
*作者はドイツに行ったことはない
*もう一つのオリジナル主人公話とはあんまり関係ない独立した話のつもりで書いてます。話題も出てこないしキャラも出てきません。(話のリンクはしてますが)
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