オレこと織斑一夏は、ドイツ連邦軍のIS特殊部隊で隊員兼専属コックとして働いている。
女性しか動かせないISを男で初めて動かしたという価値、姉である千冬姉が教官を務めた縁など色々理由がある。さらに言うなら中学二年のとき誘拐されたとき、情報を千冬姉に教えてくれたのもドイツ連邦軍だ。
ドイツの暮らしも慣れてきて、仮入隊を果たして三週間、ぼちぼち部隊にも慣れてきたころだった。
自室は相変わらずドイツ連邦軍の家庭持ち用の兵舎の一角だ。
部隊にメシを出し、一緒に食って片づけが終わり、帰ってきたところだ。今は夜の九時だ。日本時間なら昼の一時である。
部隊の制服は黒兎隊の兵舎に預けてあるので、トレンチコートを脱げばジーパンに厚手のTシャツとセーターだけだ。
コートをハンガーにかけて、リビングのソファーに腰掛ける。
「帰ったか」
「なぜここにいるラウラ」
ベッドルームから出てきた銀髪の少女が、何事もなかったかのように反対側のソファーに腰掛ける。
「隊長だからだ」
「意味がわからん」
思わず大きなため息が漏れてくる。こいつは入隊直後の件から、この調子だ。訓練中は良いのだが、家に帰ると何故かオレより先に入っていることが多い。ここのセキュリティはどうなってるんだ……。
「しかし三月だというのに冷えるな」
「コーヒーでも飲むか」
「頼む」
黒い軍服の襟を緩め、珍しく姿勢を崩してソファーにもたれかかった。やっぱりラウラも疲れているんだろうか。だったら自室で寝てればいいのに。
「なんで最近、オレの部屋に来るんだよ」
リビングに隣接したキッチンでお湯を沸かし、コーヒーの用意をしながら尋ねる。
「織斑教官に連絡をしたら、よろしく頼むと言われたからだ」
「あ、そっスか」
最近は段々とラウラの突飛な行動にも慣れてきた。とにかくこの子は少し常識がない。礼儀作法は一通りあるようだが、あくまで軍人としてなのである。
「この写真は?」
リビングの様子は見えないが、たぶん壁にかけてあるコルクボードに貼ってある写真を見てるのだろう。
「日本にいたときのと、ドイツの学校のみんなかな。あの学校もいいヤツばっかりだったけど、もう通う時間がないからな」
ドイツには日本にあるというIS学園のような教育機関がない。
IS学園は非常に変わっている。全寮制の高校という風体を崩していないのだ。あくまで学校。本来ならISに関わる人間は早くから軍か企業に属し、学校などに通うことはないらしい。
「これは……織斑教官か」
「若いだろ。高校時代だ。オレはそんときゃ小学校か」
「……いい」
「ん? 何か言ったか?」
「いや何でもない」
「もう出来るぞ、座って待ってろ」
トレイにカップ二つを乗せて戻る。ソファーにふんぞり返ったラウラの顔が少し赤いのは、部屋が少し寒いからだろうか。
「ほいどうぞ」
「ああ。ここで教官と二人で暮らしていたのか」
ラウラが部屋を見回しながら、コーヒーを啜る。
「まあな。千冬姉、日本でもちゃんと掃除してるかなあ」
いかん、すげえ不安になってきた。
「織斑教官だぞ。完璧のはずだ」
「お前がどんな教官像を抱いているかは知らないけど、結構ズボラだぞ」
「そんなわけはない」
教官を完全に信じきったように断言をしてコーヒーを口に含む教え子。
「まあ家族にしか見せない姿もあるから、そんなものか」
うん、今日も良いコーヒーが出来た。食堂のアルベルタおばさんの指導のおかげだろう。
「家族……」
「ん?」
「どんな生活をしてたのだ」
眼帯に隠れていない右目が、少し子供のような目をしている。
「ここで?」
「いや日本からずっと二人だったのだろう?」
「うーん、普通だと思うけど……。そこらにいる姉弟と何にも変わらないと思うぜ」
と思うんだけど、日本じゃシスコン呼ばわりされてた。失礼なヤツらだぜ。
ラウラがぎこちない手つきで髪を撫で始める。ソファーと背中の間に挟まっていた髪を左肩の上に乗せ、垂れてきた髪を何やら撫でたり束にしたりしていた。
「何してんだ?」
「な、何でもない」
「あ、ひょっとして三つ編みにしようとしているのか」
「そ、そんなことはないぞ」
さっきラウラが見ていた写真じゃ、高校生のときの千冬姉が三つ編みにしてたな。普段は後ろでまとめるぐらいなのだが、たまに束さんが強引に色々な髪型にしていた。懐かしい思い出だ。
「まとめたいなら、千冬姉が忘れて行った髪留め用のゴムがある」
オレは立ち上がって、リビングの端にある小さな収納棚から、飾り気の少ない髪留め用のゴムを取り出す。
「もう使わないと思うし高い物でもないから、持ってけよ」
「いいのか!?」
「おう。この部屋にあっても仕方ないしな」
ラウラに手渡すと、彼女はゴムを目の前に持ちあげて、少し嬉しそうに見つめている。
「つけないのか?」
「い、いやつけるぞ」
髪を束ねて、ゴムを通す。ちょっと不格好だ。慣れてないんだろうか。
「お、おかしいか?」
「おかしくないかと言われたら、ちょっと変だな……」
ゴムがゆるゆるで、斜めに止まっている。というか、あれってあんなに不器用に止められるものなのか。
「そうか……」
銀髪の女の子がうつむいて項垂れてしまう。うーん。でもおかしくないって言って、後で恥をかくのはラウラだしな。
「ちょっと失礼するぞ」
オレはラウラの隣に座って、
「触っていいか?」
と尋ねる。
「あ、ああ」
「向こう向いてくれ」
「りょ、了解した!」
「オレもよくわかんないけど、千冬姉はこんな感じでやってたな」
背中からラウラの髪を持つ。間近で見るとすごいキレイな髪だな。
「う、うむ、そうか」
「痛くないか?」
「い、痛くはないぞ」
「出来た。高さはこれぐらいか」
立ち上がって、元の場所に戻った。ラウラが一束になった髪を肩の上に回す。
「うん、さっきよりは良いな。似合ってるぞラウラ」
「そ、そうか。うむ……」
髪を撫でたり、ゴムで束ねられた部分を持ち上げては、嬉しそうにしてる。近所の小学生みたいだな。
「で、髪なんか束ねてどうしたんだ?」
「ね、寝る用意だ」
「は?」
コーヒーを危うく吹き出すところだった。
「明日は早いからな」
「いやちょっと待て。ちょっと待ってくださいボーデヴィッヒ隊長」
「何だ」
「少佐は知らないかもしれないけど、実はこの部屋、男の一人暮らしです」
「知っている」
そうだろう、何度もこの部屋に来てるからな。知らなかったらそれはそれでビックリだ。
「って、尚更まずいだろ!?」
「護衛だ。お前は弱いからな。隊長自ら、守ってやろうというのだ。感謝しろ」
「うわー超ありがてぇ」
「な、なんだその態度は! 嫌なのか?」
「い、嫌とかそういう問題ではなくてだな」
「お前はベッドで寝ろ。私はここで寝る。その方が安全だからな。毛布一枚あればいい」
やばいよ、この少佐。男前なセリフが似合っててカッコいいけど、何か間違ってる。
「女をソファーに寝かせて男がベッドで眠れるか」
「妙なところに拘るヤツだな。敵の襲撃に備えるならば、ここに私が待機した方が得策だろう」
「嫌なものは嫌なんだ。てか護衛とか必要ないだろ。それを言うなら、お前がここにいた方が怪しまれるだろ?」
「なぜだ?」
何故か立ち上がったラウラが、今度はオレの隣に座る。
「い、いや特殊部隊の少佐が日本人のアルバイトの家に泊まるなんて、怪しまれるんじゃないかっていうか」
「続けろ」
段々とラウラの顔が近づいてきてくる。
「えっと少佐殿、ちょっと離れていただけるとありがたいんですけど」
「風邪か。心拍が上がってるぞ」
「い、いやそれは大丈夫だ。ていうかこの部屋はそもそも、家族用の宿舎なんだ。家族じゃないヤツを許可なしで宿泊させるのはダメだろ」
我ながらナイス言い訳だ。さすがに軍規にまで反して泊まろうとはしまい。
「ふむ、それはもっともだな」
「そうだろうそうだろう」
「家族というのはどうやったら、なれるものなのだ?」
「は?」
「うむ、私とお前が家族になるには、どうしたら良い?」
ちょっと千冬姉ー、アンタの教え子が変ですー元からかもしれないですけどー。
「い、いや家族っていうのはそう簡単になれるものじゃないし」
「だが、お前と織斑教官は家族なのだろう? 難しかったのか」
「難しいとかそういう問題じゃなくて、オレが千冬姉の弟として生まれたんだから、当たり前の話で……ラウラ、家族って何か知ってるだろ」
「知識としては何となくはわかる。だが、よくはわからん」
「はあ?」
「言ったことはなかったな。私はデザイナーチャイルドだからな」
なんだっけ、それ。確か遺伝子を操作して……でもそれって、国連とかで禁止されてるんじゃなかったっけ。
「遺伝子強化試験体Cー0037、それが私の最初の名前だ」
「……えっと」
「親はいない。ゆえに家族などはわからん。どうした?」
何を困った顔をしている? と平然な表情で聞いてくる。
クラリッサさんが、ラウラは『戦うために生まれた』って言っていたのはこういうことか。そしてそのまま軍で育てられた。それがISによって一度は全否定され、千冬姉のおかげでまた存在理由を得ることが出来た。道理で千冬姉を心の底から尊敬しているわけだ。
「男女が出会って婚姻し役所に書類を提出し、家族となって子を生み、その子供もまた家族となるということは知っている」
そう言われると身も蓋もないが、間違ってはないから否定もしづらい。
「家族か……言われてみたら、オレも普通の家族は知らないな。ずっと千冬姉と二人だし」
「ではお前が私に家族を語ろうとするのは手落ちだぞ。ゆえにお前が主張する家族ではない人間を宿泊させるのはダメ、という理論は根底から崩れたな」
うむむ、やるな。痛いところを突かれた。
「ってただの詭弁じゃねーか。オレが普通の家族を知らないことと、家族以外を泊めちゃダメなことに関連性はねえ!」
「ちっ、気付いたか」
ラウラが舌打ちをしてオレから離れる。あぶねえ、危うく納得しかけることだった。
「だが外は寒い。もう少し温まってから帰るぐらいは良いだろう?」
「そ、それぐらいなら」
「コーヒーのおかわりを頼む」
「いいけど、夜眠れなくなるぞ」
「寝付きは良い方だ」
そう言いながらも、ラウラは右目をこする。眠いみたいだ。
「コーヒー淹れてくる」
「了解した」
ソファーに座ったままのラウラから離れ、オレはカップを持ってキッチンに戻る。再びお湯を沸かしながら、先ほどの会話をボーっと考えていた。
家族。
オレに親はいない。いたかもしれないが、よく思い出せないし千冬姉も言いたがらないので、それで良いと思ってる。家族は千冬姉だけで充分過ぎてお釣りが来る。
だが、ラウラには家族すら最初からいない。その辛さというのは想像しにくいけど、ずっと心を許せる人間がいなかったんじゃないだろうか。
そう思えば、オレに心を許しているというのは、悪い気はしないしな。
お湯が沸いたので、コーヒーに適した温度まで冷めるのを待って、フィルターに注ぐ。ドリップしたコーヒーをカップに注いで、リビングに戻った。
するとラウラがソファーの上で横になって丸まっていた。静かな寝息が聞こえてくる。
「ったく、仕方ねえな。おいラウラ、ラウラ」
「む……ふみ」
何だ猫みたいだぞ。
頬っぺたをつんつんとしてみる。
「……うみゅ」
妙な言葉を発するが、起きる気配がない。
……仕方ない。こいつを起こすのは今日は諦めよう。疲れてたみたいだしな。
ラウラの眼帯をそっと外し、そっと抱きかかえる。すげえ軽い。そのままオレのベッドまで運んで、布団をかけてやった。
オレは千冬姉が置いていった毛布を引っ張りだし、ソファーで寝る準備をする。
ヨーロッパのパンと言えばフランスパンのイメージだったが、ドイツはドイツでパンの国と呼ばれるぐらいである。アルベルタさんに教えてもらった美味いライ麦パンを今日、買ってきたばかりだ。それとソーセージとコーヒーぐらいなら、二人分用意できるはず。
普通の家族のことはわからないけど、千冬姉との二人暮らしはわかる。朝食を一緒にする、というのはそれこそ家族っぽいよな。
そんなことを思いながら、オレもラウラとお揃いの眼帯を外し、寝る準備を始めた。
意味のあること、意味のないこと、それすらもわからない時代のインフィニット・ストラトス、黎明期の第二世代メッサーシュミット・アハト。アハトは、同じコアを使った八番目の機体という意味らしい。
ラウラ・ボーデヴィッヒの最初の専用機であり、オレこと織斑一夏に用意されたデータ収集用の機体だ。
今日も格納庫でその鈍重な外見の初期型汎用IS実験機を動かしている。
「波形は女性の物と変わらないね。イチカって実は女の子?」
「んなわけあるか!」
「でも確かめたわけじゃないし……」
確かめられても困る。
「少なくとも十五年以上、男でやってきたのは間違いないと思う」
「うーん、今度、フルチェックかける必要があるかなあ」
「フルチェックって?」
「もちろんイチカの身体検査」
「あ、オレですか……」
「IS側には特に問題はないしね」
「というかそもそも、何で女しか動かせないんだ?」
「それは今のところ不明、としか言いようがないかなぁ。私はホルモン仮説が一番最もらしいと思うけど」
ホログラムディスプレイを操作しながら、リアが言う。
「えーそうかな? 私はシータ波説が好きだけど」
「ロマンチストだねーティナは」
「あたしはあれが好き、特定刺激説。ISが赤ん坊と一緒ってやつ」
「子供好きだったっけ、マリナ」
「全然。ガキんちょ嫌い」
三人の女の子たちがわいわいと会話してるが、内容が学問的なことだけに全然ついていけない。まあ女の子っぽい会話を繰り広げられてもついていけないんだけど。
「でもホント、何で男のオレが動かせるんだろうな」
「ISコア男性説って与太話は?」
「なにそれ? ISに性別あるの?」
「さあ。でも特定刺激説は置いておいて、シータ波説もホルモン仮説も相手が男ならわかるってだけの与太話だよ」
「よくわからん……ってことは、オレがISを動かせるのは何でなんだよ」
「それはまあ、アレってことじゃない」
三人がヒソヒソと密談し、オレの方をチラリと見て笑う。
「いやいやいや、まて、オレは普通だぞ。普通に女の子の方が」
「ホントに~?」
「疑われる理由がわからん!」
「ま、どっちにしてもそれを調べるためにも、一夏のデータ収集は大事ってわけなんだけどね」
そりゃそっか。そのためにわざわざ極秘で調べてもらってるんだもんな。専用機まで貸し与えられて。
装着したアハトの手をグッと握る。
「でもなんでアハトはいきなり第二次形態に移行したんだろ」
キーボードを叩きながら、マリナと呼ばれている黒髪(ブルネット)の子が他の二人に尋ねる。
「ボーデヴィッヒ隊長が使ってたときって、フォーマットとフィッティングが終わった第一次形態までなんだよね」
「何でだろう。一夏、何かしたの?」
三人がオレの方を見る。
「うーん、わかんねえ。やられる覚悟をしただけだったし」
「ワンオフアビリティーは発動してないのかな」
「ワンオフアビリティー?」
「ISが第二次形態になったときに稀に発動するって言われてる、その機体のみの能力だよ。織斑教官の『零落白夜』が有名じゃないかな」
「あー……あのすごい威力のヤツ。実はアハトのパワーがワンオフアビリティだったり?」
「副隊長の予想だと、元々ついてた動力補助をISが取り込んだだけで、ワンオフアビリティの発現じゃないって」
「クラリッサさんが言うなら、そうなんだろうなあ」
正直、オレの頭と知識と経験ではISのことはさっぱりわからない。今は黒兎隊の女の子たちに教えてもらうことばかりだ。
「でも、みんなISのこと詳しいよな。素人の感想で申し訳ないけど」
「まあ仕事だしね」
「仕事かあ……まだピンと来ないな」
「これ、給料がすごい良いしね」
急に生々しい話に変わってしまった。まあそうだよな、ISのパイロットは今じゃオリンピックの花形種目の選手以上の注目度だし、国家代表ともなれば芸能人なみの扱いだ。
「まあうちの一家も、私の稼ぎで生きてるようなもんだしねえ」
「リアの家は大変よね」
「給料良くなかったら、とっくに異動願い出してたわ」
アハハハとリアが苦笑めいた笑いを浮かべる。
「軍属のISパイロットって、やっぱり給料良いんだ」
「そりゃあね。専門職だし、IS本体を扱える人間なんて今は一握りだしね。うちなんて病人ばっかりの一家で、治療費で持ってかれちゃうけど」
「……色々事情があるんだな、みんな」
「事情のない子なんていないよ」
リア・エルメンライヒという名前の女の子が寂しそうに笑う。何かとオレを気にかけてくれる隊員で、黒兎隊に入る前からよく会話する仲だった。オレの後見人であるクラリッサさん直下の部下でもあるらしく、オレのデータ収集を担当してくれている一人だ。
「頑張らなきゃな、自分も」
オレこと織斑一夏は、日本で誘拐され、IS操縦者の姉に助け出された。そのときの情報提供者であるドイツ軍に要請され、IS部隊の教官となった姉についてドイツに渡ってきたのは一年以上前だ。誘拐されるときに友人を巻き込んでしまい、まるで逃げるようにドイツに来てから、そのまま日本に帰る決心がつかないままでいる。
先日、女性しか起動できないISを男の身で動かしてしまい、今は黒兎隊に仮所属している身だ。
少しでも強くなりたい。何かを守れるように。
オレもオレで事情がある。とりあえず今は、黒兎隊でこの子たちと一緒に頑張るだけだ。
「しかし、オレが訓練するたびに、ここに来なきゃいけないわけ、ひょっとして」
山中にある何もないだたっぴろい訓練場。一応、四方八方を高いフェンスと有刺鉄線が囲んでおり、一般人が立ち寄ることはおよそ不可能である。
「仕方あるまい、基地の施設を使えば人目につく」
オレという存在はまだ秘匿する必要があるらしい。
黒いISを装着したラウラが腕を組んで立っている。もちろんオレも、ぱっつぁんことメッサーシュミット・アハトを装着済みだ。
眼帯をつけた二人で十メートルの空間を挟んで向き合った。
「とりあえず全力でかかっていけばいいんだな?」
「シュヴァルツェア・レーゲンの機能テストだけでなく、お前の練習でもある。気にせずかかってこい」
練習、というわりには、右肩にこの間は装備していなかったレールカノンを装着していた。
腰の後ろから長い得物を取り出す。今のところまともに使える武器はこれしかない。
左目の眼帯を正して、武器を上段に構えた。
「む?」
ラウラが目を細める。それはそうだろう。尊敬する教官と同じ構えなのだから。
「行くぞ」
「来い、ルーキー」
「おおりゃあああ!!」
腰のスラスターで加速し、最高速で接近、同時に長い警棒を振り下ろす。
ラウラが手首から伸びたプラズマ手刀でそれを受け止めた。
「パワーはぱっつぁんの方が上だな!」
「それは大したものだ。あのアハトとは思えん。だが」
レーゲンの肩からワイヤーが上方へと延びる。あっという間にオレの背後から胴体を縛り上げると、軽々と後方へと投げ飛ばした。
「接近したら近接武器しか使わないわけではない! 重心を考えてとれ!」
重い音とともにオレの機体が地面へと落ちる。
シールドのおかげで痛みはないが、軽くめまいがした。
起き上って周囲を見回す。少し離れた場所にトレーラーが止まっていて、ウイングの開いた荷台の中に黒兎隊のメンバーがいた。それぞれが端末に触れながらこちらを注意していた。
クラリッサさんだけが上空を見回しているようだ。天気でも気にしてるんだろうか。
「っと、そんなことより」
訓練というだけあって、ラウラはオレの体勢が整うのを待っている。
「一夏、早くしろ。これはシュヴァルツェア・レーゲンのテストでもあるんだぞ」
「わかってる」
起き上って、長さ二メートルの警棒を構える。昔、通っていた篠ノ之道場で覚えた剣術ぐらいしか、オレに身についている戦術はないんだ。
ラウラもプラズマブレードを構えて腰を落とす。
今出来る精いっぱいを持って、ラウラへと駆けだそうとした。
そこへ、耳の奥へとつんざく警報が鳴る。
「接近警報! ラウラ!」
「わかっている! これを待っていた!」
ラウラが油断なく周囲を見回す。トレーラーに控えている隊員たちにも緊張が走る。
「待ってたって、まさか、あのテンペスタIIを誘い込むつもりだったのか?」
「ドイツ国内に潜伏している可能性が高かったからだ。この間と同じ状況を作れば、もしやと思っていたが」
「どちらにしても、安心出来る状況じゃねえ」
この間だって一瞬でやられたんだ。同じ状況じゃ、結果も同じ可能性が高い。
「いや、こちらにはもう一機ある」
クラリッサさんの声が響く。後ろを振り向けば、レーゲンの姉妹機であるシュヴァルツェア・ツヴァイクを展開した副隊長が立っていた。
「一夏はなるべく後方で、トレーラーを守れ」
「だ、だけど!」
「お前のアハトのスピードでは足手まといだ。それに今回は前と違ってレーゲンも万全の状態。安心しろ」
「ぐ、りょ、りょうかい。危ないことするなよ!」
「相手次第だ」
オレは機体を後ろへと後退させ、トレーラーの近くに立つ。
「隊長、二十時四十五度、上空です!」
「先手必勝!」
ラウラとクラリッサさんが右肩のレールカノンを空へと向ける。オレのアハトのセンサーではまだ姿を捕えられていない。だが最新鋭機は敵を捕捉したようだ。
「撃て!」
シュヴァルツェア二機の長距離射撃が空気を引き裂く。雲を打ちぬいて、何かに当たった。
「この間と違う機体!?」
トレーラー内の隊員が叫んだ。
時代遅れのアハトの視界でも、その機体が見えた。
テンペスタII・ディアブロではない。見たことのない機体だ。一言で表現するなら、異形。フルスキンタイプの機体だが、腕は普通の機体より数倍大きい。頭部のセンサーは目の位置になく、頭頂部に三つほどのモノアイが見えるだけだ。
「続いてもう一発!」
ラウラの声に合わせて、ツヴァイクとレーゲンの両機体の右肩から弾丸が発射される。
だが、その黒い異形のISは、異常に太い腕の先から何本ものレーザーを打ち出してレールガンの砲撃を防いだ。
「……砲戦使用のISか? だが識別できない機体だ……」
「隊長、ここは私が前衛に」
「お前の方が器用だクラリッサ。後詰は頼む」
黒い機体がゆっくりと地面に降り立つ。重量感あふれる音に対し、脚部装甲は人間の足と変わらないサイズだ。だが、腕の部分が凶悪だった。どう見ても砲門にしか見えない穴がいくつもついている。
「行くぞ!」
「ヤー!」
シュヴァルツェア二機が襲いかかる。ラウラの機体が急加速し飛び上がる。敵機の腕から数本のビーム状兵器が打ち出された。レーゲンは空中で軌道を変えて辛くもそれを回避する。
そこへツヴァイクがレールカノンを撃ち込んだ。着弾するまえにレーザーが放たれる。
まるで機械のような反応速度だ。左腕の射撃でラウラを狙いつつ、右腕の砲撃でツヴァイクを落としにかかる。
「……何なんだ、あの機体は……」
「該当機体なし、全く未知の機体だよ!」
「トレーラー下げよう、ここじゃ危険すぎる!」
「や、ヤー!」
オレの方が階級はもちろん下なのだが、素直に隊員たちは従ってくれる。顔なじみのリアが運転席へと飛び乗った。同時に荷台のウイングが閉まり始める。他の隊員たちが飛び降りた。
「危ない! 一夏!」
ラウラの声が響く。オレは咄嗟にトレーラーの運転席の前に立った。
狙い済まされたようなレーザーが撃ち込まれる。
「ぐっ」
あっという間に、ぱっつぁんののシールドが削られていく。かといってここから逃げるわけにはいかない。後ろには黒兎隊の隊員たちがいるんだ。
「この!」
ツヴァイクの肩部装甲から、エネルギーで作られたワイヤーが伸びる。オレに向かって砲撃し続ける右腕を無理やりに逸らした。
「大丈夫か、一夏!」
「だ、大丈夫です!」
とはいうものの、アハトのシールドエネルギーはすでに半分以下だ。しかし、後ろのトレーラーも無事に済んだ。
「早く離れろ、エルメラインヒ! 任せた!」
「や、ヤー!」
隊員たちがトレーラーの横にしがみつく。リアがアクセルを吹かしたのか、タイヤを滑らせながら急加速で発進し始める。
オレはトレーラーとISの間に立ち、次の砲撃に備えた。
「させるか!」
レーゲンもツヴァイクと同様に肩からワイヤーを伸ばし、その左腕を捕縛する。
左右へと腕を引っ張られ、敵機の動きが止まった。だが、パワーが半端じゃないのか、ジリジリとその巨大な腕が二機を引っ張り始める。
……ここはやるしかねえ!
「頼むぜぱっつぁん!」
動きの止まった機体へとオレは全速力でISを走らせる。警棒を上段に構え、間合いに入ると同時に振り下ろそうとした。
そこに三つのモノアイが不気味に光る。
「バカ、一夏!」
モノアイだと思ってた光る三つの物体は、砲門だった。赤い閃光がオレに走る。
「こなくそぉぉぉぉ」
咄嗟に頭をずらし、そのまま片手上段になりながらも警棒を力の限り振り下ろした。
強烈な打撃音が響く。
面あり、一本だ!
ぱっつぁんはスピードこそ優れてはいないものの、パワーだけはハンパじゃない。相手の機体が圧力に負けてふらついた。
「一夏、フルバック!」
「おう!」
ラウラの声と同時にオレは意識をISの全速後退へと回す。
離れたと同時に、レーゲン・ツヴァイクの両機のレールカノンが、敵機へと撃ち放たれた。秒速3キロの弾丸が撃ち込まれ、爆風でオレも吹き飛ばされた。
「ぐぬぬ」
顔面から地面に突っ込んだオレは座り込んだまま顔を敵機の方へと向ける。
土煙りが西風に飛ばされていった。
そこには傷一つない異形のISが立っている。
「な、なんだこの機体は!」
クラリッサさんが驚愕の声を上げた。あれだけの砲撃を受けて無傷なんて……。
敵機の内部から、甲高い電子音が漏れる。
「一夏、下がれ!」
肩から伸びたワイヤーを引っ張りながら、ラウラが叫んだ。
異形の頭部にある三門のレーザー発射口が動き、ワイヤーブレードが断たれる。
「くっ、一夏!」
敵ISは二機のワイヤーより解放された腕をオレに向けた。
「フルバック!」
再び全速後退を行おうとする。
プスン。
後退用の前面に向けたスラスターから細い煙が漏れるだけだった。
「ってここで故障かよ、ぱっつぁん!! やる気だせええ!?」
「一夏、逃げろ!」
「こうなりゃ攻撃あるのみだ!」
どのみち、このメッサーシュミット・アハトのスピードじゃ、相手のレーザーから逃げ切れない。滅多と使わない小さな後退用スラスターならなおさらだ。
長い警棒を構え、生きてる前進用スラスターで突撃する。
オレに向けられていた腕を横向きに薙ぎ払って、攻撃を逸らした。ギリギリ間に合った。
返す刀で頭部を狙う。鈍い音と確かな手応えが返ってきた。
「って、えええ!?」
相手の首が、あり得ない角度で曲がっている。
殺した……?
一瞬、冷や汗が走る。
だが、相手は右腕を振り上げて、オレに全砲門を開いた。
「く、なんだコイツ!」
思わず両腕で顔を覆った。
「手加減はいらんということだな」
ラウラの声が聞こえた。
オレに向けられていた腕がない。敵機の左側にはシュヴァルツェア・レーゲンがブレードを構えていた。
太く凶悪な腕が地面に落ちている。ラウラが切り落としたのか?
首が折れ、右腕が落ち異形さを増したISは、それでも左腕を振り上げようとした。だが、そこで動きが止まる。
「ふん、どういう仕組みかわからんが、手加減無用とわかれば、我が黒兎隊の敵ではない」
クラリッサさんがオレの前に立ち、右腕を相手に向けていた。前方の空間が歪み、相手はピクリとも動かない。
黒兎隊の隊長が、無表情でブレードを振るう。曲がっていた首が切り落とされた。
AICを展開していたツヴァイクの肩からワイヤーブレードが伸びる。上空から背後へと周り、胴に巻きつく。そこから掬いあげるように上空へと放り投げた。
「隊長!」
「了解だ」
レーゲンが上空へと一気に加速し、ブレードを振るう。一撃で左肩から腕が切り落とされた。
「落ちろ!」
ラウラの叫びとともに、零距離でのレールガン射撃が放たれる。
轟音と主に地響きが起きた。
「敵機沈黙、エネルギー反応、起動音、電子センサー反応なし」
クラリッサさんが淡々と告げる。
どうやら何とか倒したらしい。
ラウラがオレのすぐ横に音もなく着地する。こういう細かい動作は、今のオレには到底真似できない。
「……なんだったんだ、あれ。無人機なのか」
「わからん。これから一度、基地に戻って調べる。それより」
「ん?」
「む、無茶をするな、バカモノ!」
へたり込むオレに対して、ラウラが覗きこむように上半身を曲げる。
「す、すまん」
「今のは訓練ではない! お、お前に何かあれば!」
何で顔赤いんだ?
「ごめん、確かに無茶だった……でも、ラウラが危ないと思ったら体が勝手に……」
「わ、私が?」
「隊長だしな」
「そ、そうか……」
今度は残念そうな顔になる。なんか悪いこと言ったっけ?
クラリッサさんがツヴァイクを解除し、地面に降りる。
「まあまあ隊長、とりあえず今は無事であることを確認し、あの機体をトレーラーに運び込みましょう」
なだめるように、クラリッサさんがなだめると、ラウラは一つ咳払いをして、
「一夏、まだ動けるか」
「おう」
「では、トレーラーにさっさとあの機体を運びこめ」
「え、一人で?」
「無茶をした新人に対する罰だ!」
「や、ヤー!」
ラウラもISを解除して、地面に降り立つ。なんか怒ってるような……いや、そりゃそうか。オレが新人のくせに無茶したんだし、怒るのは当たり前か。
まあともあれ、みんな無事で良かった。
それだけは確かだ。
基地に戻り、オレはISを装着して格納庫の床にバラバラになった異形のISを置いていく。
「ホントに人が乗ってない」
リアが不思議そうにISの断面を触っていた。
「エルメラインヒ、出来そうか?」
ラウラの言葉に、リアは小さく頷いて、
「やってみます」
とだけ答えた。すぐに顔を逸らして、ISの分析に入ろうとする。だが、その表情は何というか、忌々しげというか、嫌悪感を剥きだしにしたものだった。
「リア?」
「ん? どうしたの、イチカ」
オレの声に反応して上げた顔は、いつもどおり愛想の良い笑顔だった。何だったんだろう、今の顔。
「えっと、頼むな」
「ヤー。任しておいて」
彼女は再び作業に戻る。
オレはISを解除して、壁際に立っていたラウラの横に立つ。
「無人機か……そんなIS、聞いたことないぞ」
「可能性がないわけではない。そういう研究もあることはある」
「煮え切らない言葉だな」
「実現した、という話は聞いたことがないからな」
ラウラが呆れるように肩をすくめた。
「何で実現しなかったんだ?」
「ISがなぜ動いているかが、いまだに判明していないからだ」
「へ?」
「ISはそもそも女にしか反応しない。この問題すら解決していないのだぞ。それなのに無人機なぞ成功するわけがない」
そう説明する間も、ラウラはずっと異形のISの解析作業を見つめていた。あちらはクラリッサさんの担当らしく、彼女の指示によって隊員たちがテキパキと様々な機器を接続している。
「なるほどなあ。でも、動きも人間と違いがわからなかったし、どういうことなんだろう」
「それは今から調べる」
「そういやAICだっけ。あれも凄かったな。相手の動きがピタリと止まった。何で最初から使わなかったんだ?」
「……一夏」
ラウラがオレの方をジロリと見つめる。
「な、なんだ?」
「名前から想像もつかないのか」
「え、えーっと、慣性を停止させるんだよな、あれ」
「はあ……今後、お前がどういう道を目指すかは知らないが、物理ぐらいは誰かに学んでおけ。レーザー兵器は慣性に影響されない。つまりAICでは防げない」
思いっきり呆れた顔をされた。というか、珍しいな、こんな表情するなんて。
「な、なるほど」
「光の速度は不変だ。もちろん全てのレーザー兵器に対して全くの無意味とは言わんが」
「えっと、バカですんません」
「詳しくはエルメラインヒにでも解説してもらえ」
「リアに?」
「アイツが一番詳しい。他の隊員たちも優秀だがな」
「りょ、了解。とりあえず着替えてくる」
何かラウラの言葉が刺々しいので一度、戦術的撤退を行おう。逃げるわけじゃないぞ逃げるわけじゃ。
チラリとリア・エルメラインヒという隊員を見る。何かと世話を焼いてくれる女の子だけど、やっぱりIS関連の人間って伊達じゃねえなあ。
その彼女が、またラウラの方をチラリと見ていた。すぐに視線を戻したが、その顔は決して好意的な物ではないように思えた。
なんだろう、さっきから。
いや、よく考えたら、黒兎隊のメンバーはラウラのことをそんなによく思っていないんだった。
最年少が少佐で隊長、という戸惑いもあるだろうけど、この間までのラウラの態度は確かに好意的に接することが難しいものだ。ここ数週間は随分柔らかくなったものだけど、それでも隊員との溝は埋まっていないんだろう。
ラウラも少しずつ歩み寄りを見せているんだけど、こういうのは時間が解決するんだろうなあ。
何か出来ることがあると良いんだけど、と思いながらオレは格納庫を出て行った。
さて、オレこと織斑一夏には、この黒兎隊でやらなければいけない大事な仕事がある。
メシ作りだ。
食堂のアルベルタさんから貰った食材を三つのトートバッグとリュックに詰め込んで、自転車でIS兵舎に戻る。今は眼帯も外し私服に着替えていた。
白い息を吐き出しながらペダルに力を入れている。辺りは夕闇に包まれた。足元の高さの照明がアスファルトで固められた地面を等間隔で照らしている。
「さみぃー……」
ダウンジャケットを羽織って手袋をしているとはいえ、顔に当たる風が痛い。
ん?
夜目を凝らして黒兎隊の兵舎近くを見つめる。リアが軍服を着た男と会話していた。
男はオレに気付いて、手を軽く上げると悠々と歩いて去っていく。
「リア、今の誰?」
「おかえり。軍の備品管理の人。ちょっと計測器の追加を頼んでて」
「計測器?」
「そうよ、アハトの。古いタイプが必要だからね、黒いのと違って」
「そ、そっか、何か色々と迷惑かけてすまん。リアにはホント、色々と世話になっちゃって」
「いいよ別に。誰かの世話するの慣れてるし。うち、大家族だったからね。それより一個持とうか?」
トートバック三つとリュックを背負い自転車を押すオレを見る。
確かに重いが、重い物ゆえに女の子に頼むのは気が引けるな。
「自転車頼む」
「ヤー」
馴染みの守衛さんに軽く会釈をし、オレとリアが歩く。
「最近、隊長と仲良いね」
唐突にそんなことを聞かれた。
「まあ、よく話すかな。年も同じだし」
「どうせ私は年上ですよーだ」
「そういや大家族って言ってたよな、さっき」
「それがどしたの?」
「ドイツの家族って、どういうの?」
「へ?」
「いや、ラウラに『家族って何だ?』って聞かれてさ。オレ、千冬姉しか家族いないし、よくわかんなくて」
「ふーん……」
リアが兵舎に自転車を立てかける。
「鍵は?」
「そのままでいいよ、盗むヤツなんていないだろ」
二人で兵舎のゲートをくぐり、無機質な合金の通路を歩き始めた。
「そうだね。でも家族かー。私も他の家族なんて知らないから、何とも言えないけど」
「だよな」
「でも、家族って大事なんだよ。理屈抜きで。一夏だってそうでしょ?」
「そうだな、うん、それはわかる」
「ときには、面倒になるし抜けだしたいときもあるけど、でも家族から抜けることは出来ても、家族になることは簡単じゃないし」
「ふむふむ」
「って、これじゃドイツの家族のことなんてわからないか」
アハハハと少し照れたような笑みを浮かべる。
「いや、よくわかった。ありがとな、リア」
「どういたしまして。今日の晩飯何かなー?」
先輩隊員がオレの持っているトートバックの中身を覗きこむ。
「今日はみんな忙しそうだし、片手で食べられるものにしようかなって」
「お、気が効くね」
「黒兎隊の胃袋は握ってるからな。あとは軽く夜食用も作っておくから、夜中までかかるようだったら、食ってくれ。残したら朝食にして、量を見て追加で作るか考える」
家事だけは昔から練習してきているので、自信はある。
「あははっ、でも今の家族っぽいと思うよ。お母さんってそんな感じ」
「えー? これなら千冬姉との会話と変わらないぞ?」
「そういうもんだよ。きっとさ。あんまり不自然でも家族っぽくないし」
「なるほど。まあ、オレらしくしろってことなのかな」
「うん。じゃあね、頑張って」
用事があるのか、格納庫の隣にある電算室に入って行く。
「そっちも。メシは後で配って回るから」
「りょーかい」
ドアが閉まるまで見送って、オレは急造で作られたキッチンを目指す。
「自分らしく出来るのが、家族か」
正直、まだピンと来ない。でも、家族だろうと何だろうと仲が良いのに越したことはないよな。
オレは今から作る献立の手順を組み立てながら、のんびりと黒兎隊の内部を歩いていった。
メシを各部署に届けて回って、最後に副隊長室と隊長室が残るだけになった。
クラリッサさんの部屋の前に立ち、ブザーを押す。
「一夏です。メシ持ってきました」
『入れ』
圧縮空気の音とともに自動ドアが開く。
「あれ、ラウラ」
「あ、ああ。ご、ご苦労」
部屋の真ん中にある来客応対用のソファーには、クラリッサさんの他にラウラが座っていた。間にあるガラスのテーブルには、何やら本が置いてある。
……マンガ? 日本の?
クラリッサさんがオレの視線に気づき、慌ててテーブルの下に隠す。
「な、何でもないぞ、うん」
「はぁ……」
休憩中に読んでたのかな。クラリッサさんってそういう趣味もあるのか。意外だな。
「ラウラはどうする? ここで食ってくか?」
「あ、ああ、そうしようか」
クラリッサさんが少し驚いた顔をする。
「た、隊長がご一緒に?」
「そ、そうだが、何か?」
「いえ、珍しいこともあるな、と」
「今日は夜、長くなりそうだからな。兵站ぐらいはゆっくり取ろうかと。い、一夏もどうだ?」
「オレ? いいなら一緒に取ろうかな」
私服姿のままのオレは、コーヒーの準備をし、手早くテーブルの上に夕飯を並べていく。普段はわりと魚料理多めにしているのだが、今日は手早く食べられるパン系が中心だ。
「あと、隊長用にシュヴァルツヴァルトの生ハムも、サービスで」
「わ、私だけか。い、いいのか?」
「うん、一番小さいからな。いっぱい食べろよ」
「余計なお世話だ!」
フンとむくれた後、あらかじめカッティングしてあったフラムクーヘン、いわゆるアルザス風ピザに手をつける。
「こんなものまで作れるのか」
クラリッサさんがオレの作品を手にとって、マジマジと眺める。
「クラリッサさんは南部出身でしたよね」
「そうだな、フラムクーヘンは子供のころ、よく食べたぞ」
「でもこれ、よく考えたらフランス料理なんですよね」
「まあそうだが、ドイツでもよく食べる。地続きだしな。うん、うまい」
「良かった。前に作ったとき、千冬姉にはちょっと不評で。理由は教えてくれなかったけど」
「おそらくこれは、ビールが欲しくなる味だからだろうな」
「……な、なるほど」
アルコール接種可能な大人らしい意見だ。
「織斑教官は、よくビールを飲むのか」
ラウラが興味津津に尋ねてくる。アルコールの入る場所には、ラウラと一緒に行くことはなかったようだ。良かったなラウラ。千冬姉のカッコいいところしか見てなくて。
二人に飲み物を出してから、オレもラウラの隣に座った。その瞬間にクラリッサさんがオレに何か言おうとしたが、結局何も言わなかった。
「ドイツビールは好きみたいだったぞ。熱いのも気に入ってたみたいだぞラウラ」
「ほう? なぜだ? 熱いの?」
「日本じゃ冷たいのしかないからな」
クラリッサさんが意外そうな顔でオレたちの顔を見比べている。
「何だ?」
銀髪の隊長殿がクラリッサさんに不思議そうな顔で尋ねた。
「い、いえ何でもありません」
「変なヤツだな」
ラウラが少し笑う。
「いや、ラウラが変なヤツだろ」
「な、なんだと? どこがだ!?」
「まず常識がない。クラリッサさんも言ってやってくださいよ、男の部屋に夜、突然やってくるなんて」
「バカ、待て」
ラウラが慌ててオレの口を塞ぐ。
「隊長……それはやめて欲しいと言ったはずですが?」
「ち、違うんだクラリッサ、これはやむを得ない事情があってだな」
「ほほう?」
不自然なほどの笑みを浮かべるクラリッサさんに、ラウラが必死で弁解しようとしている。何か珍しいというか、ちょっと前まで見られなかった構図だな。
「ご、護衛だ、この間の抜けた新人の護衛をだな」
「……隊長」
「……す、すまん」
「はぁ……わかりました。今後はしないでいただきたい。隊として示しがつきません」
「わ、わかった。善処する」
「善処?」
ギラリ、とクラリッサさんがラウラを睨んだ。
「やめる、やめるとも!」
「結構です。一夏も、次来たら、すぐに追い返せよ?」
「や、ヤー!」
凄い迫力だったので、慌てて姿勢を正して返事をする。
そんな十五歳二人の様子を見て、副隊長が小さく吹き出した。
「いや失礼しました。あまりにも年少組が素直に言うことを聞くもので」
「悪趣味だぞクラリッサ」
「いえいえ、これは軍の大尉少佐ではなく、年長者として言っているのです」
「ぐ、ぐぬぬ」
「隊長が言ったのですよ、可能な限り十五歳として扱ってほしい、と」
オレは驚いてラウラの顔を見る。
「な、なんだ一夏」
「いや、ちょっと驚いて。何でまた」
「か、考えることがあったのだ。その……」
「その?」
「……お前の方が隊に馴染んでいる」
ちょっと申し訳なさそうにラウラが顔を逸らした。
「へ?」
「い、いや、少し考えたのだ。私はまだ人生経験が足りん。それはわかった。だがどうやって積めばいいのかと」
「へー、でもそれが何で十五歳として扱うという話になるんだ?」
「じゅ、十五歳として扱ってもらうことで、足りないものが見えてくると思ったのだ!」
プイっと顔を逸らした。確かにオレと同い年の女の子みたいな感じだ。
あの傍若無人だったラウラが、そんなことまで考えていたなんて。
「も、もちろん隊長として隊を牽引していくつもりだ」
「それは頼むよ。お前よりもっと頼りない十五歳がここにいるからな」
軽く肩を竦めてからコーヒーを口に含む。
「……お前は強いな、一夏」
「ん? どこが?」
「自分の弱さをそうも簡単に認められるなど」
ラウラの言葉に、クラリッサさんも頷いていた。
「素直なところは一夏の強さではありますね」
そうか? 自分では割と頑固だと思うんだけどなあ……。
「まあとりあえず、オレが弱いってことに違いはないんだ。これからもよろしくお願いします、隊長、副隊長」
ペコリと頭を下げる。
「ま、任せろ」
「うむ、励めよ」
ラウラは少し照れたような笑みで、クラリッサさんは目を閉じて深く頷いてくれる。
何はともあれ黒兎隊は、少しずつ問題が緩和しているようでなによりだ。仲が悪いよりは良い方が絶対にマシだ。
その方が、メシだって美味いしな。
基地の中をぐるっと回って食器やゴミを片付けて回る。これもオレの仕事だ。
時刻は九時を回っている。
残るは格納庫だけだ。ここに詰めている人間が今日は一番忙しいだろう。何せ正体不明のISを解析しているのだから。
「ゴミ回収に来ましたー」
「その辺にあるからよろしくー」
ディスプレイから目を離さずに隊員たちが答える。床に寝かされた異形のISには様々な機器が接続されていた。
「何かわかったわけ?」
「……詳細は今だ不明。私たちでもここまでわからない機体ってのは、中々ないわね」
ティナが呆れたような顔でため息を吐いた。
「リアはどこいったんだ?」
「あれ? その辺いない?」
「いや、いないけど」
「あー……電話か」
「電話?」
「ちょっとね。あの子んち、今、大変なのよ。でもすぐ戻ってくるでしょ。それより隊長と副隊長は?」
「クラリッサさんは仮眠に入った。ラウラはまだ起きて自室にいる」
「んじゃ起きてる方に伝えておいて。まだ何にもわかりませんって」
「ヤー」
オレは踵を返して通路へと戻る。ちょうどそのとき、ラウラがこちらへと向かってきていた。
「お、伝言がある」
「なんだ?」
「あのIS、何もわかってないって」
ラウラがふかーいため息を吐いた。
「……バカかキサマは」
「す、すまん」
悪気はなかったんだが、一応、言っておこうと思っただけなんだけど。
「いいからさっさと片付けて部屋に帰って寝ろ。朝には戻る」
「了解。あんまり無理するなよ」
「わかった。ではな」
「おう」
ん? なんか自然に不自然な気が……
「ってちょっと待て。何をさりげなくオレの部屋に入り込もうとしている!?」
「入り込む? 何を勘違いしている」
「え? 勘違い?」
「朝には部屋に戻ると言っただけだ」
「あ、自分の部屋か」
そりゃそうだよな、これじゃ期待してるみたいじゃないか。恥ずかしい。
「いや、お前の部屋だが?」
「って、何にも勘違いしてねえじゃねーか!」
「入り込むではなく、戻る、もしくは、帰るだな。ドイツ語の勉強だ。理解しろ」
「言っている意味がわからんのだが……」
「ドイツに来てもう一年以上だろう? そんなことで大丈夫か、お前は」
「うーん、わりとドイツ語はわかってきたつもりなんだが」
「私は日本語も理解できる。自国が恋しくなったら付き合ってやろう」
「そ、そうなのか。さすがラウラ。じゃあ今度、日本の昔話にでも付き合ってもらおうかな」
「そのときは美味いコーヒーを出すように」
「任せろ、それは得意だ……って自然に流してんじゃねーよ!?」
わざとなのか、天然なのかわかりにくいヤツだな……。
「しつこいやつだな。仕事があるんだぞ、私は」
「と、とにかく、オレんちじゃなくて自分の部屋に戻れよ! いいな? クラリッサさんに言いつけるぞ?」
「ぐっ……」
オレの切り札にラウラが身構える。
「あれ一夏、それに隊長」
オレの後ろから声がかかる。
「あ、リア。おつかれ」
軽く手を上げる。
「最近、仲が良いね、隊長と一夏」
『そ、そうか?』
思わずラウラとオレの声が被る。
「……ふーん。でもラウラ隊長にそんな気があったなんて意外ですね」
妙に棘のある声色だった。この子が、というか、この隊の子がそんな口調で話すのは非常に珍しい。
ラウラは小首を傾げ、
「どういう意味だ?」
と尋ねる。
「いいえ、そうですよね、憧れの教官の弟ですもんね。近づいて仲良くするに越したことないですもんね」
「……どういう意味だ」
さすがに侮辱されていると理解したのか、ラウラの表情が険しくなる。
「あ、それともコロっといっちゃったんですか」
「キサマ」
「あーすみません、これって上官侮辱罪ってヤツでしたっけ」
アハハハとわざとらしい笑みを浮かべるリアに、ラウラの表情が一層険しくなるかと思ったが、ラウラは大きく肩を落とし、
「今のドイツ連邦軍に上官侮辱罪はない。からかうのも上官で遊ぶの自由だ。だが程々にしてもらえると助かる。あと軍にはなくても国の法律としてはあるからな」
とわざとらしいため息を吐いた。
おお、大人の対応……ラウラが成長している! 三週間で人はこれほど変わるのか。
「……今さらまともな上官気どりですか」
「今さらも何も、まともな上官であったことは今まで一度もない。そんなことはお前たちが一番知ってるだろう。だが、まあ、努力をするという約束はしよう」
「……このデザイナーチャイルド風情が」
ボソリと、だが確実に聞こえる声で呟いた。
「おいリア、それは言い過ぎだろ!?」
思わず言葉が出る。
ラウラもいきなりの反応で、返す言葉を失っていた。カッとなるというより、驚いている様子だ。
「なに一夏、ボーデヴィッヒ隊長に籠絡されちゃったの? さすがだね。それとも家族ごっこにでも付き合ってるわけ?」
リアはたぶんオレが彼女に漏らした『家族』の話をしているのだろう。
「関係ないだろ? どうしたんだよリア、そんなこと言うヤツじゃなかっただろ」
「……ごめん。ちょっと色々あって頭に来てるの。わかったような口聞かないくれる? 新人君」
リアとオレが睨み合う。彼女にも色々と事情があるのはわかってるけど、それでもさっきの言葉は許せない。
怒り心頭のオレの肩を、ラウラがポンと叩いた。
「いや一夏、別に侮辱には当たらない。それよりエルメラインヒ。母親の体調が良くないのか?」
「え?」
突然の言葉に、リアがポカンと口を開けた。
「長いこと患っているのだろう?」
「な、んでそんなことを」
「隊員の状態の把握はしているつもりだ。と言ってもここ最近の話で威張れるものでも何でもないが」
自嘲気味の笑みを銀髪の隊長が浮かべる。
「……まさか隊長がそんなことを気にするなんて」
「家族ごっこ、とやらをどうやって行うのかすらわからん。もちろんデザイナーチャイルドである私が家族というものを理解できないのも否定はしない。だが身内の調子が良くないのなら、無理はするべきではないと思う」
少し自信なさげな様子だが、ラウラは何も間違っていなかった。彼女はわからないなりに、わかろうとしていた。
「それは、今の任務を外れろということでしょうか」
「もちろん違う。お前は優秀な隊員で、我が黒兎隊には欠かせない人材だ」
「……ですが隊長、今は忙しい時期です。あの謎のISもありますし、シュヴァルツェア二機の試験、そして一夏の仮入隊」
「その責任感はありがたい。だがこの先も長い間、ずっとお前の力を借りることになるだろう。このバカの教育にも。そうだな、一夏」
隊長がオレに同意を求める。
「あ、ああ。リアが一番親身になってくれるし、オレにとっては得難い先輩だよ、間違いない」
「ということだ。まずはこの馬鹿に物理の基礎から理解しやすいように教える人間が必要だし、それはお前にお願いしたい、エルメラインヒ、いや、リア」
オレがAICのレーザー兵器に対する弱点を理解してなかったとき、ラウラは最初に彼女の名前を上げていた。
「……意外でした、あの隊長がまさか」
「どうする?」
「ですが今、隊を離れては」
「安心しろ。シュヴァルツェアシリーズはまだテストしなければならないことが多い。次のパイロットを選ぶのはだいぶ先だし、今の時点の休暇が評価に影響することはない。それは私が保証するし、クラリッサもそんなことはしないだろう」
「……了解です」
「そんなに悪いのか」
「……はい。今日明日が峠だろうと」
「ではすぐに支度しろ。命令だ」
「や、ヤー!」
リアが敬礼をしてから、出口へと走り出す。その姿が見えなくなってから、オレは大きく安堵のため息を吐いた。
「良かったよ、ありがとうラウラ」
「む、なぜキサマが礼を言う?」
「オレじゃリアのそんな事情までわからなかったし、さっきの様子じゃ、あの子に何て言ってたか」
「まあ正直、一瞬だけ頭に来たがな、すぐに少し考えたのだ」
「考えた?」
「織斑教官がもし倒れたとき、私は一夏にどうしろというべきか、と」
……そういうことか。ラウラはわからないなりに、自分で想像できる範囲内で考えたのだ。
「隊長」
格納庫にいた隊員たちがぞろぞろと姿を現す。
「どうした?」
「ありがとうございます。あの子のこと」
「隊員だ。ま、まあ前の私なら、ああは言わなかったかもしれないが」
チラリとラウラがオレの方を見たのは何でだろう?
「あの子、ずっと悩んでて、ホントは母親に付いていたかったんですけど、レーゲンとツヴァイクが来て、次期パイロット候補の話が現実味を帯びてきて、隊も忙しくなって」
忙しくなった原因その一ぐらいに当てはまるオレには、何にも言えない。
「さあ、リアの分も働かなければ。一夏はさっさと戻れ。お前に出来ることは、明日の我々の朝食を可能な限り美味しく作ることだ」
「ヤー!」
ラウラの言うとおりだ。リアのことにオレが罪悪感を抱いても、出来ることなんて限られている。それならしっかりと休んで、早起きし、みんなのためにコックとして腕を振るうだけだ。
「では黒兎隊、全員、自分の仕事に戻れ!」
長い銀髪に小さな体の隊長が、命令を飛ばす。場にいた全員が姿勢を正して、『了解しました少佐殿!』と声を合わせた。
結局、朝方になって、夜勤を終えたラウラがオレの部屋に訪れた。
「男の部屋に来ないってクラリッサさんと約束したよな?」
「今は朝だ。問題ない」
「そうきますか……」
すでにクラリッサさんと交代し今から非番に入るらしい。と言っても寝て起きるだけだということだ。
寝る前に、とラウラに暖かいココアを出してやった。ソファーの上で膝をかかえて、隊長殿がチビチビと舐めている。まるで猫だ。
「そういやラウラ、リアは何で母親のこと言わなかったんだろう」
「いや、親しい人間には言ってたみたいだがな。やはり次期国家代表候補選抜の話が現実味を帯びてきたからだろう」
「それが黒兎隊と何の関係があるんだ?」
「我々IS操縦者は全員が国家代表を目指していると言っても過言ではない。国家代表ともなれば国の顔だ。目指す動機はそれぞれだがな」
「金とか名誉とか?」
「それぞれに事情があるだろう。国家代表が変われば、次の国家代表候補の座が一つ空く。つまりはそういうことだ」
「……なるほど」
「次は違うだろうが、その次の国家代表候補が操縦する機体はシュヴァルツェアシリーズが濃厚だ。今は私とクラリッサが専用機としているが、三機目の話ももちろん上がっている」
「ってことはつまり、黒兎隊から三人目の専用機持ちが出る可能性が高いってことか」
「国家代表候補で専用機持ちになれれば、国家代表も見えてくるからな」
「でも、家族を犠牲にしてまで目指すことなのかな……」
現実に千冬姉は世界一の名誉を投げ捨ててまで、オレを助けにきてくれた。
「私にそれを聞いても困るが……」
「だよなあ。オレたちじゃあな」
「だが同じ疑問を持っていたので、先ほど交代の申し渡しのときに、クラリッサに聞いてみた」
「何て言ってたんだ?」
「母親に応援されているからこそ、動けなかったと教えてくれた」
「……そっか」
本当は母親の元に駆け寄りたかったけど、何よりも母親自身が一番、国家代表を目指すリアを応援していたのだ。だからこそ、リアはジレンマに陥ったってことか。
そこにラウラが今、部隊を離れていてもマイナス評価にならないと背中を押してくれた。
「難しいな、家族って」
「家族などいないからな、私は」
返す言葉がない。オレには千冬姉がいるが、ラウラは本当に家族がいないデザイナーチャイルドなのだ。
「だが」
なぜか得意げかつ不敵な笑みを浮かべるラウラが立ち上がっていた。
「家族になることは出来る」
「へ?」
「今日からお前は私の嫁だ」
ビシっとオレの顔を指さして、銀髪の女の子が力強く言い放った。
……はえ?
「どういうことだ?」
何言ってんだこの隊長様。
「クラリッサに聞いたのだ。クラリッサは日本文化に詳しいからな」
そういや日本の漫画持ってたな。
「日本では何でも、気に入った人間を『オレの嫁』とか『私の嫁』とか言うらしいな」
……そうだっけ。いや、それはなんか違うような。
「ゆえに、お前は今日から『私の嫁』だ。これは決定だ。異論は認めん」
「ちょっと待てえええ!? 絶対に何か誤解してるぞラウラ!」
「ふふふ、これで今日から私とお前は家族だな! 喜べ一夏!」
「それだと夫婦っていうんじゃないのか? いや、それも家族か……いや何か色々間違ってるぞ!」
「では嫁よ、私は寝るぞ」
「なぜ服を脱ぐ!?」
「私は寝るときはいつも裸だ」
「ま、待て、脱ぐな、脱ぐんじゃない! そ、そうだ、まずはハミガキをしろ。お前が今朝使ったハブラシが洗面台にある!」
「それは言う通りだな、ではまずそうしよう」
旦那様が素直なお方で良かったぜ。
そのままリビングから洗面台に行ったのを確認し、オレの口から大きく安堵のため息が零れる。
うちの隊長様は、真面目で天然の楽しいお方だったらしい。これって、この先ずっと嫁呼ばわりされるんだろうか。
拝啓、千冬姉、日本のみんな。今日、オレに家族が増えました。旦那です。何故かオレが嫁です。意味不明ですが、そういうことらしいです。
……うん、こんな手紙を送ったら心配するよね、いろんな意味で。主に頭の心配とかされそうだ。
何か間違ってるけど、とりあえず元気でやってます。心配しないでください。
かしこ。織斑一夏より。
・捕捉(蛇足?)のこの話でドイツ編終わり、次はフランス
・ラウラが嫁と呼ぶまで(つまりIS学園でVTシステム事件後まで)状態へ。
・ドイツといえばホットなビールの印象……(ドイツに行ったことはありません)