インフィニット・ストラトス 西の地にて。   作:葉月乃継

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フランス①

「……ど、どうしてもこの格好じゃなきゃダメなのか、一夏」

「仕方ない。あの嬉しそうにその服を渡してきたクラリッサさんを思い出すと……」

「くぅ……」

 ラウラはいわゆる『ゴスロリ』という服を着ていた。至るところにヒラヒラとしたあフリルのついた黒いワンピースだ。

 確かにこれだと眼帯をつけていても、不自然じゃないかもしれない。存在自体が不自然すぎて、眼帯ぐらいは衣装の一部だと思われそうだ。

(クラリッサさんの趣味だろうな。写真撮りまくってたし)

 とはいえず、隣で所在なさげにモジモジとスカートの前を掴んでいるラウラを見る。

「い、一夏、嫁としてど、どうだ、似合ってるか!?」

「おう、可愛いと思うぞ」

「そ、そうか、可愛いか……かわいい……私が……」

「ラウラ?」

「な、何でも……かわいい……そんなこと言われたのは初めてだ」

 言ったことなかったっけ、オレ。

「さて、とりあえずはこの電車に乗ってフランスか」

 4月の上旬、オレはフランスで行われる欧州軍のコンペを見学することになった。コンペティションはIS開発国の中間発表会であり、これで欧州統合軍の正式採用機が決まるわけじゃないけど、現段階での完成度などは、採用に大きく響くらしい。

 それに参加と言っても、もちろんIS操縦者としてではない。織斑千冬の弟として、縁のある黒兎隊のラウラ・ボーデヴィッヒ隊長の引率の元、来賓客として客席から見学するというだけである。観客も基本は軍関係者ばかりらしいが、それでもヨーロッパ全土から来るとなると、かなりの人数だ。

 部隊の副隊長クラリッサさん曰く、色々なISを見ておくのは勉強になるということだ。

 で、ただの一般人として向かうので軍用の移動手段は使えず、オレは私服で国際列車を使うことになったんだが……。

「ラウラも無理に付き合わなくて良かったんだぞ? 電車ぐらい一人で乗れる」

「ふ、ふん、お前一人では何が起こるかわからんからな!」

 なぜかお怒りである。

 今から長旅で、和やかに行きたいところなんだけどな。

「さて、行きますか」

 電車に乗ろうとするが、ラウラが履きなれないスカートで歩きにくそうにしていた。

 ラウラの後ろをついていきていた自走キャリーを持ちあげて、左手でラウラの手を握る。

「い、一夏?」

「こうしないと、はぐれちゃいそうだしな」

「そ、そうだな」

「顔真っ赤にして、体調悪いのか?」

 ラウラだけに。ってドイツ語じゃ伝わらないな、うん。

「く、この唐変木め」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない!」

 変なラウラだな。

「んじゃ行こうぜ」

 隊長の手を引っ張って電車に乗り込む。

 オレこと織斑一夏は、日本での誘拐されかけた。そのときに一緒にいた友達を危ない目に遭わせ、逃げるようにドイツに渡った。今は黒兎隊の仮隊員として、隊長であるラウラの下でISの勉強に励んでいる。少しずつ強くなっている実感はあるけど、まだ日本に帰る勇気が持てない。

 せめて何か一つだけでも成し遂げられたなら。

 最近はそう思いながら、今日も今日とて、日本から離れた西の地で頑張ってます。

 

 

「しっかしラウラが何でまた、これを見に来たがったんだ?」

 コンペティションの一日目、国立の巨大なISアリーナにいた。数十席ある迎賓席の隅っこで、オレとラウラは準備が進んでいるコンペ会場を見つめている。

「簡単だ、テンペスタⅡを見に来たのだ」

「あー……」

「もちろん、このコンペに出ているのはディアブロではないがな」

 テンペスタⅡ・ディアブロ。黒い悪魔のような第三世代機だ。まだAICを装備していなかったとはいえ、同じ第三世代機であるシュヴァルツェアを軽々と倒した機体だった。あのあり得ないスピードは、IS操縦に慣れてきた今の方が恐ろしく感じる。

「結局、あれから一度も姿を見せてないのか?」

「わからん。もし他国が遭遇していたとしても、我が国のように恥を表には出さないだろうな」

 ふん、と面白く無さそうに鼻を鳴らす。

「お、そろそろ始まるみたいだぞ」

 会場にフランス語と英語のアナウンスが入る。座っていたイスの前に、ホログラムディスプレイが浮かび上がって、コンペに参加する機体のスペックが表示された。

「……第二世代?」

 表示されたのは、ラファール・リヴァイヴだ。第二世代機最後発機で、現行機種でもシェアが高い機種だけど……。

「フランスだからな。つまらん」

 ラウラがさも興味なさそうに吐き捨てた。

 そりゃそうだ。世の中の開発組織はどれも第三世代の開発に躍起になっている。オレの所属する黒兎隊だって、本題はシュヴァルツェアシリーズの実機テストが主な任務だ。

 次の欧州標準機を選ぶという段階で、第二世代機というのは確かに肩透かしのものがある。いくらラファール・リヴァイヴがフランス企業の機体とはいえ、世代的にライバルにすらなり得てない。

 まあ第二世代機の最初期の機体であるメッサーシュミット・アハトに乗ってるオレがいうセリフじゃないけどな……。

 事実、他の来賓客も興味を失い歓談したり、手元の端末をいじったりしている。

「簡単なデモストンレーションかな」

 それでもオレにとっては見るだけでも勉強だ。

「……なあ、あれって男かな?」

「そんなわけがなかろう」

「だよなあ」

 笑顔を振りまく搭乗者の顔がアップで映されるが、黒いバイザーによって口元しか見えない。

 椅子の腕掛けに内蔵された端末をいじるが、パイロットデータは無かった。

 やがて、巨大スクリーンにカウントが表示され始める。ゼロになると同時に、電子ターゲットがいくつも空中に表示された。数字が書いてあるってことは、それを順番通りに撃ち抜くってことか。

「速えぇ……」

 思わず感想が漏れる。年頃はオレたちと同じぐらいか? 金髪のISパイロットの腕は凄かった。

 空中を回転しながら飛び回り、さらに兵装を一瞬で変えながら、十二枚の電子ターゲットを全て違う武器で打ち抜いたのだ。

「……ふむ。悪くない腕だ」

「だ、だよな。代表候補かな?」

「大量の武装を保存可能なラファール・リヴァイヴならではのデモンストレーションだが、それを最大限に発揮しているパイロットも中々だ」

「世の中にはすごいヤツがいるもんだな」

「だが、このコンペとしては最悪だな」

「え?」

「第三世代と第二世代の差の違いは何だ?」

「えっと、確かイメージインターフェースを利用した武装だよな。っと、そういうことか」

「ああ。見せるのは、第三世代武装でなければ意味がない。出てきた武装は全て第二世代の共通インターフェース仕様の物だ。まあ、パイロット本人の売り込みだったなら、評価はされただろうな」

 再び興味を無くして、ラウラは手元の端末を操作し始めた。

「シュヴァルツェアは三日目だよな」

「二日目の夕方に他の搬入される。ちょうど、テンペスタⅡの後だ」

「今日の予定されている機体は、あとは大したことないな。第二世代の日、とでも言いたいのか。……ん、これは」

「どうした?」

「次は推進翼デモか。見ておくか」

「お?」

「テンペスタⅡも採用してるメーカーだ」

「部品かよ」

「それぐらいしか価値はないな」

 

 アリーナに隣接されたホテルの、自分用に用意された部屋に入る。なぜか違う部屋のはずのラウラもついてきた。

「……ラウラ」

「なんだ」

「お前の部屋、あっち」

「な、何故だ!? お前は私の嫁だぞ?」

「結婚前の男女は同じ部屋に泊まったりしねえの」

「では今すぐ結婚するぞ。近くに教会があったな神父を探すぞ行くぞ一夏隊長命令だ」

「嫁とか言ってるのにまだ結婚してないのは自覚してるのかよ!?」

 ラウラを何とか部屋から押し出そうとしていると、

「すみません、そこ、僕の部屋なんですけど」

 と申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 男か女か一見では判別しがたい、中性的な顔立ちの子がいた。身長はラウラよりちょっと高いくらいか。長い金髪を肩の上ぐらいでゆるくまとめている。申し訳なさそうにこちらを窺っている。年頃はオレたちと同じぐらいか?

 どっかで見た顔だけど、どこだったっけ。

「ああ、すみません」

「いえ、通していただけるとありがたいんですけど……ここ、僕の部屋なので」

 なぜか日本語だった。オレが日本人だからって気を使ってくれてるんだろうか。

 カードキーをオレに見せてくれる。

「いや、オレもそうなんだけど」

 オレの手に持ったカードキーに記された部屋番号と全く同じ物だった。

「ど、どういうことだ?」

「う、うーん、男の子同士だからかなぁ?」

 二人で首を傾げる。……男だったんだ。

「では一夏は、私の部屋に泊まるべきだな」

 ラウラがズイッと前に出て、男の子との間に割り込む。

「いやだからな、さすがにそういうわけにはいかないし、そんなことバレたら、またクラリッサさんに怒られちゃうだろ?」

「ぐ、い、いやクラリッサは、ここにはいない!」

「三日目に来るんだろ」

「く、くぅ……」

「うーん、どっちにしても他に部屋余ってないか聞いてみるよ」

 ロビーに向かって歩き出そうとすると、

「たぶん空いてないと思うよ。コンペ関連で毎年、一杯になるらしいし」

 と止められる。

「うーん、じゃあ近場のホテル探せば一室ぐらい」

「い、一夏」

 くいっとラウラに袖を引っ張られる。

 そうだよな、さすがにそこまで離れるわけにはいかないよなあ。

「んー……まあ仕方ないか。えっと、悪いけど一緒の部屋でもいいか?」

「私は構わんぞ」

「いや、ラウラじゃねえよ、そっちの子」

「あ、うん、僕はいいよ。そちらが気にしないなら」

 ちょっと照れたように笑う姿が、まるで王子様のようだ。

「シャルル・ファブレだよ、よろしくね」

 可愛らしい笑顔とともに差しだされた手を握り返す。

「イチカ・オリムラだ、よろしくな。じゃあ、ラウラ、荷物置いてメシ行こうぜ」

「了解だ、すぐに行くぞ」

 少し不機嫌そうな声色の返答が返ってくる。

「いや、荷物置いてからな」

「では40秒で用意しろ、いいな?」

「それ、部隊で流行ってるのはクラリッサさんのせいか? はぁ……了解だ」

 うちの部隊は何でも40秒準備で困る……。

 荷物を持って部屋に入ろうとすると、シャルルが、

「あ、ねえ、僕もご一緒していいかな?」

 と尋ねてきた。

「そうだな、同じ部屋になった縁だし」

「ありがとう! 優しいね!」

「そ、そうか? んじゃすぐ行くか」

「うん!」

 

 ホテルで立食式のパーティーが開かれていた。もちろん来賓であるオレたちはここに呼ばれている。

 ラウラは正装でもある軍服に着替えており、挨拶に来る人間と何やら会話をしていた。笑顔は得意ではないようだが、何とか無難にこなしているようだ。

 その近くでオレとシャルルの二人でグラスに口をつけていた。

「大変だね、軍人さんも」

「だな」

 可哀そうだとは思いつつも、表向きはIS操縦者ですら無いオレでは、助け舟すら出せず眺めてるだけだ。

「シャルル」

 そこに大人の声がかかる。見たことのない白髪まじりのおじさんだった。

「……こんにちは。こんなところにおいでになってどうしたんです?」

「私も様子を見に来たのだ。そちらは?」

「あ、彼は織斑一夏君です」

「は、はじめまして」

 とりあえず会釈をして握手を交わす。堅い表情の人で、笑顔一つない。

「よろしく頼むよ。シャルルも上手くやれ」

「はい」

 ずっと柔らかい笑みで会話してたシャルルも、堅い表情をしていた。

 そのオジサンが去っていくと、シャルルはホッと小さなため息を吐いた。

「誰なんだ?」

「デュノア社の社長だよ。僕はデュノア社の社員なんだ」

 デュノアって言うと、昼間にラウラが場違いだと言ってた第二世代機ラファール・リヴァイヴの開発企業だ。

「ふーん、男なのにその若さでIS関連企業とか凄いな」

「たまたまだよ、縁があってね。……っていうより他に行き場所がないんだ」

「行き場所……」

「居場所は自分で作らなきゃいけないって思うんだ」

 少し悲しそうな顔で物語る。

「オレは逃げてきたからなあ……」

 手に持ったジンジャーエールを口に含む。しっかりとショウガの味がする上質なヤツだ。

「逃げてきた?」

「まあな。友達が危ない目にあって、オレが原因でさ。いたたまれなくて、自分の居場所から逃げてきたんだよ。だからまあ、その……お前は頑張れよ」

「……ふふっ、一夏は優しいね」

「そ、そうか?」

「でも、今の一夏はどうなの?」

「今のオレ、か」

 ラウラが似たような軍服の人間と握手をしてから、こちらに戻ってくる。

「やれやれだ、肩が凝る」

「おつかれ、隊長」

「どうした、そんな顔をして」

 ラウラがオレの顔を覗きこむ。心配げな顔をしていた。

 思わず笑みが零れる。

「今は、ラウラがいて良かったって思うよ」

「ん?」

「何でもない」

 ポンポンとラウラの頭を撫でた。子供扱いされ、少し顔を赤くするラウラが可愛い。

 シャルルがオレに優しげに微笑んだ。

「逃げた先でも良いことあるんなら、逃げ出すって悪くないのかもね」

 

「一夏、朝だよー?」

 聞きなれない声で目を覚ます。そういやそうだった。フランスに来てて、シャルルってヤツと同じ部屋になったんだ。

「ん……あ、おはようシャルル」

「今日も会場、行くんだよね、一緒に行こうよ」

「おー。すぐ準備する」

 ぐいっとTシャツを脱いだ。

「いいいい、一夏、ここで着替えなくても」

「ん? ああ、悪い」

 寝ぼけ眼でベッドから起き上がって、Tシャツを首にかけたままバスルームに向かう。

 中に入ると、何か良い匂いがした。直前までシャルルが入ってたのか?

 とりあえず熱いシャワーを出しながら、広いバスルームで服を脱ぎ始める。

「うわああ、一夏、ちょっと待って!」

「ん?」

「そ、そこに僕の着替えが、って……」

 バスルームに乱入してきたシャルルがオレの裸を見て硬直していた。

「いいい、一夏!」

「いや、そんな直視されるとさすがに恥ずかしいんだが……」

「ごごごごごめん、すぐに出る、出るから!」

 シャルルは律義に顔を逸らして、オレの脱いだ服の近くから、布の塊を手に取った。

 ……パンツか、えらい小さいな……ああ見えてブーメランパンツ使いなのか。白いブーメランパンツとかマニアック過ぎる気がするけど……。

 とりあえずバスカーテンを引いて、シャワーを浴び始める。

「い、一夏、ごめんね、ごゆっくり!」

「すぐ出るっつーの。あ、やべえ、寝ぼけてて着替え持ってくるの忘れた……」

「持ってこようか? カバン開けていい?」

「いいよ大丈夫だって。男同士なんだし、裸でそっち行く」

 オレのカバンにはカギが掛ってるし、その中にある眼帯と軍服を見られるわけにはいかないしな。

「ええええ!? 裸で? それはダメだよ、一夏!」

「なんでだ?」

「え、ええっと、その」

「タオルぐらい巻くぞ」

「ま、まあそれなら」

 ゴニョゴニョとシャルロットが何か言ってるが、よく聞こえない。

 変なヤツだな……まあ女の子っぽいし、コンプレックスでもあるのか?

 ひとしきりシャワーを浴びて寝汗を落とし、頭を濡らしてからシャワーを止める。柔らかいバスタオルで体を拭いて水分を落とした後、腰にタオルを巻いて、バスルームから出た。

「い、一夏!? 何で隠してるのが腰だけなの?」

「へ? いや普通だろ」

「そ、そういえば男の子だもんね、そうだよね……」

「シャルル?」

「う、ううん、何でもない、……一夏って、その、良い体してるね」

「まあそれなりに鍛えてるからな」

 カバンを開けて新しいパンツを取り出し、シャルルに背中を向けて服を着ていく。

「……なんか視線を感じるんだが」

「みみみ、見てないよ、見てないって!」

「なら良いんだが」

 視線、感じるなあ。

 シャルル・ファブレ。良いヤツみたいだけど、ちょっと変わってるかも。

 

 欧州コンペ・イン・フランスの二日目、イギリスのBT実験機という機体を見たあと、いよいよイタリア製IS、テンペスタIIの出番になった。

「第二世代機であるテンペスタの正当後継機、様々なカスタム装備をテンペスタから流用可能で、色々な局面に合わせた換装が特徴だね」

「へー」

 シャルル、オレ、ラウラの順番で座り、イスのアームから浮かび上がったホログラムディスプレイの視線を見る。

 そこには今日、初めて公開される情報もいくつか記載されているらしく、ラウラが指先で画面をスライドさせて情報収集に集中していた。

 正直、今のオレではISの違いがよくわからないんだけど、そこはシャルルが解説してくれるから、助かってる。

「イギリスはイメージインターフェースを武装に上手く使ってきたね」

「テンペスタはどうなんだ?」

「テンペスタIIは逆だね。イメージインターフェースを駆動系に回してるみたい」

「駆動系? 意識からのフィードバックを優先してるってことか?」

「そうそう。より完成されたIS操縦を、ということ。一夏、IS詳しいね、男の子なのに」

「そ、そうか? そういうシャルルこそ」

「ぼ、僕はほら、デュノア社の人間だから」

 二人でアハハハーと誤魔化すような空笑いを浮かべ合う。いや、何でシャルルまで焦ってるんだ?

 ラウラがチラリとオレに視線を向ける。余計なことを喋るなよ、という意味だろうな、うん。了解した、とハンドサインを返し、オレは視線を会場に戻す。

「さて、そろそろテンペスタIIが出てくるのか」

「緑色の機体のようだな」

 スペックシートに記載された写真を見ながら、ラウラが呟く。オレとラウラが遭遇したテンペスタIIは黒い機体だった。

「他にも赤とかあるのかもしれん」

「戦隊モノか。黄色とか青とかもいるのかも。黒は途中から味方になったりするのか……?」

 それならわかりやすいな、うん。

「トリコロールカラーの話をしてるのだが」

 ……イタリアの国旗ですよねー。うわーはずかし……。

 ラウラがすげー馬鹿にした目でオレを見てた。

「お、男ならわかるよな?」

 思わずシャルルに同意を求めるが、苦笑いが返ってくるだけだ。

「え、えーっと、僕はあんまり……日本のアニメか何か?」

「正確には実写だけどな……」

 ふぅ、理解者がいないのはつらいぜ……。

 イタリアの国歌『マメーリの賛歌』が流れ、IS登場のアナウンスが響く。

 緑色のフルスキン機体が上空から猛スピードで降りてきた。会場がどよめきに包まれる。

 地面にぶつかるのか、と思った瞬間、イチゼロ停止でピタリと止まり、ゆっくりと地面に降り立った。それから観客席を見回し、両手を振って会場の喝采に答える。

「すげーな、今の停止」

 オレなら、間違いなく地面に大穴を開けてたと思うが、緑色のテンペスタIIは地面に埃一つ舞わせることなく止まった。

「ふむ、音速からの急停止か」

「会場のバリアがなければ、客が全員、飛んでたよな」

 オレが笑いかけるが、ラウラはこの手の下らないジョークには答えてこない。代わりにシャルルが、

「だよね、洗濯機みたいになってたかも」

 と調子を合わせて笑う。おお、さすが男同士。

「真っ白になっちゃうよな」

「まあ黒いよりはいいよね」

 そんなどうしようもなく、どうでもいい会話をしていると、ラウラが、

「ふん、黒の素晴らしさがわからんとは」

 と呟く。

「ラウラは黒好きだもんな」

 シュヴァルツェアは黒だし、プライドがあるのかもしれん。

「さて、本格的に始まるよ」

 やや緊張した声のシャルルと同じ方向に視線を動かす。

 空中に浮いたホログラムターゲットに向かって、空中を飛びながら次々とシューティングが決まって行く。

「精度は高いな。イメージインターフェースを駆動系に回して、パイロットの思考をよりダイレクトに反映する、という売り文句通りだ」

「うん、スコープサイトとの連動も上手く出来てるのかな。ターゲットロックの平均スコアが他の機体と段違いだよね」

「兵装に拘らず汎用的な用途が見込める。BT実験機は相性問題が壁になっていると言われているからな。今回の完成度はイタリアが高いか」

「ラファールの汎用性を第三世代に受け継ごうとしても、同じ切り口じゃ二番煎じで評価は低くなるし、あの完成度は中々越えられないかも……」

「イタリアにこれをやられては、フランスのデュノアとしては大変だな」

「ドイツも大変そうだね、これじゃ」

「欧州軍統一規格コンペは、まだ始まったばかりだ。今回だけで決まるわけではあるまい」

 ラウラとシャルルが専門家らしい会話をしているが、二人の間にいるオレにはさっぱりついていけない感じだ。リアがいれば解説してくれるんだけどなあ……。うちの隊長殿は残念ながらそこまで甘くない。

「だけどあの機体、速くないよな」

 とりあえず、思ったとおりの感想を口にしておいた。

「ふむ、どういうことだ? そうは見えんが」

「いや手足のスピードの話だよ。あれなら、初日のラファールの方が一つ一つの動作が機敏だ」

 最初の制動やターゲットを撃ち抜くスピードはすごいけど、動き自体は第二世代機の方が上に思える。

「……何かおかしいと思ったらそういうことだったんだ」

 ハッとした表情のあと、シャルルが端末を次々と操作していく。

「さすが私の嫁だな。良い目をしている」

「そんな良いこと言ったか?」

「それを誤魔化すために、最初に派手に登場したのか、なるほどな」

 なんか予想以上に褒められてるぞ。素人の思いつきだったんだが……。

「ほら、ラウラさんこれ見て」

「ふむ、なるほど」

「手足と推進翼の旋回速度、確かにラファールの方が速い。汎用性と正確性を増したかわりに、動作速度を犠牲にしてるんだ」

「これならBT実験機の方が速いな。スペック上のスピードが手足まで反映されていない」

「まだテンペスタIIも未完成ってことだよね」

「普通なら気付かないところだな。実際に動かしてみないとわからん」

「これ、動かしたらすごい違和感を覚えると思うよ」

「やったぞ一夏。これは致命的な欠陥だ」

「すごいね、一夏!」

 い、いやぁ、そこまで褒められると何か照れるんだけど……。

 シャルルとラウラが盛り上がってるのを見て、何か微笑ましい気分になった。専門的な会話とはいえ、ラウラが同年代とあんなに和気あいあいと話してるのは、オレとしては何か嬉しい。

 とりあえず素人意見が色々な意味で役に立って、オレはご満悦だった。

 

 シャルルはデータを自社に持ち替えるとのことで、昼食前に別れる形になった。嬉しそうに掛けていく姿を見送って、ラウラと二人で会場に供えられた昼食会場へと向かう。

 その道すがら、一つの疑問を投げかけることにした。

「なあラウラ」

「ああ、わかっている。ディアブロのことだろう」

「よくわかったな」

「あのテンペスタIIと我々が遭遇したディアブロでは、性能が違いすぎる」

 訓練中を襲撃してきたテンペスタII・ディアブロのデータは、残っているものを精密に調査し、予想されるスペックなども隊内では共有済みだ。

「フォルムも全然違ったな、ディアブロは。明日、クラリッサたちが到着したら、さっきの緑との比較データを作成する」

「……思うんだけど、いや、また素人意見で悪いんだけどさ」

「構わん。続けろ」

「イタリアは関わってないんじゃないのか? あのディアブロには」

「やはりそう思うか」

「ああ。やっぱりおかしいと思う」

「あの黒い悪魔と外見も似てなければ、中身も全く違うということだな」

「同意だ。それに、そもそもだ」

「ん?」

「あれは本当にテンペスタIIだったのか?」

「……それは」

 ラウラが立ち止まって押し黙る。

「テンペスタⅡって話を聞いて、オレはずっとあの黒い機体をテンペスタⅡとしか認識してなかった。本物のテンペスタⅡを見て、オレはあれをテンペスタⅡだとは思えなくなったんだ」

「それで、どう思うんだ」

「あの黒い機体。光線兵器特化のヤツ」

「無人機か」

「結局、あれからテンペスタⅡは現れてない。ラウラは何か掴んでるか?」

「いや、我が隊を襲った後、その情報は耳に入ってきていない。もちろん他国でも情報を隠している可能性はあるが」

「こう考えたらどうだろう、あれはテンペスタⅡと全く関係ない機体で、誰かがアレをテンペスタⅡと名付けたがってるってのは」

「その心は」

「今、最も評判の高い第三世代機の、その評価を下げたい輩がいるってことだ」

「つまり、テンペスタⅡ……以後、呼称をディアブロとしよう。ディアブロはむしろ、あの無人機と同様の個体で、テンペスタⅡの評判を下げたがってる何者かが噂を各国に流してるってことか」

「誰が? って聞かれると推測の上に推測を立ててしまうことになっちゃうんだけど、聞くか?」

「言ってみろ」

「……第三世代で一番出遅れてるところ」

「フランス、つまりデュノアか」

「もちろん、イタリア以外の他国だって可能性はあるけどな」

「スケジュールになかったラファールをねじ込んできた。ディアブロの噂がされている時点で、次のコンペはフランスと決まってたからな」

「自国でのコンペで、国内に最大のアピールをしたかったが、出来なかった企業。なら考えるのは、一番採用に近い機体を蹴落とす」

「ふむ、筋は通ってるな」

「ま、推測だけどな」

「当たらずとも遠からず、という印象だ。今度は私の予想だが」

「ん?」

「一夏の推測が当たっているなら、おそらくデュノアはもう一回、動くはずだ。コンペをひっくり返しに行くはず」

「……なるほど」

「ラファールのパイロットを覚えてるか?」

「顔は見えなかっただろ?」

「あれだけ器用に操縦したパイロットだったが結局、誰だったか名前すらわからん」

「バイザーで顔を隠してたしな」

「あれだけの腕なら、代表候補になっていてもおかしくない。なのに紹介すらなかった。ラファールのスペックだけはあんなに詳細にあったにも関わらず、だ」

「えっと、つまり」

「男」

「……シャルルがパイロットとか?」

「そうとは言わん。だが、私の嫁と同室というのが気に食わん」

「あのな……」

 そこかよ。

「それと一夏、このコンペティションが終われば、話がある。重要な話だ」

「重要な話?」

「とりあえずは今はまだいい。明日は我が隊の晴れ舞台だ。この話は、明日が終わるまで持ち越しとしよう。クラリッサの意見も聞きたいしな」

「了解だ。とりあえずフランス料理を食べるぞ。昨日のパーティーは名物料理とか何もなかったからな」

 とりあえず会期中しか滞在できないんだし、出来ればちゃんと食べたい。高級料理とかじゃなくて、フランスでしか食べれないようなものを。

「食い意地の張ったヤツだな」

「何言ってるんだ、コックの仕事を全うしてるんだぜ、食の研究さ、隊長殿」

「そういえばそうだったな。では、コック殿にエスコートしていただこうか」

 先ほどまでの真剣な表情とは打って変って、ラウラが少し楽しそうに、だけどどこか意地悪そうに笑う。

 全く可愛らしい隊長様だ。でもまあ、あらかじめ色々調べてきたし、ここは頑張らせてもらおう。

 ラウラの前に膝をついて、カッコつけて手を出すと、

「フェブレ・ファム(お嬢さん、お手柔らかに)」

 と古いフランス映画のタイトルで返しておいた。

 

 オレの奢りになったトリュファードとフロマージュのデザートを堪能したラウラと共に、会場の外で隊のトレーラーを待つ。

 やがて聞きなれた音とともに、黒い車両が到着した。助手席からクラリッサさんとリアが降りてくる。

「ただいま到着いたしました、隊長」

 クラリッサが敬礼すると、オレとラウラも返礼をする。

「あれ、隊長、なんかご機嫌ですね」

 リアが小首を傾げると、ラウラが感慨深げに、

「フランスのジャガイモも良いものだな」

 と何度も頷いた。リアとクラリッサがオレの方を恨めしそうに見る。

「……私たちがひたすら運転していたというのに」

「イチカ……何食べたの?」

 目が怖いです。

「いやいやいや、コックとして研究をですね。隊長も同伴ですし!」

「で、何を?」

「ちょっとオーヴェルニュ料理ってヤツを。興味あったから。ほ、ほらドイツだとジャガイモ料理が一杯あるし、同じ食材でフランス料理も作れたらなぁとか」

 しどろもどろに説明してると、ラウラがさらに追い打ちの言葉をプレゼントしてくれた。

「一夏の奢りだった」

「何だって!?」

 リアが超食いついてきた。やばい、撤退したい。

「ふふふっ、一夏、私は美味いロゼワインの店を知ってるのだ」

 クラリッサさんがオレの逃亡を阻止した!

「イチカ、私はフォンデュ・フロマージュ食べたいなぁ」

 リアがオレの捕獲に成功した!!

 フォンデュ・フロマージュは日本で言ういわゆるチーズ・フォンデュのことだ。カロリー高いぞ?

「ま、まて、フォンデュなら、部隊に戻ったらだな」

「あ、そういうこと言うんだ。みんな!」

 その掛け声とともに、トレーラーの後ろから黒兎隊の面々がゾロゾロと現れてきた。

「今夜は一夏の奢りだ。明日に向けて鋭意を養うとしよう!」

 副隊長の無慈悲な号令が響く。全員がキャー! と諸手を上げて喜んでいた。

「た、隊長、オレの財布がピンチです! ってあれ?」

 困ったときのラウラ頼み! と思って隣に視線を向けたが、そこに銀髪の少女はいない。すでに隊員たちに囲まれ、何やらフランス料理の感想を語っている。

「終わった」

 今月の給料、フランスの地にて墜つ! すっかりアンニュイな気分になったよマドモアゼル。ごめんあそばせ。

「とまあ、小粋なパリジェンヌジョークは置いておいて」

「いやどこにフランス成分あったんですか、クラリッサさん」

「隊長、持ってきたアハトはどうしますか?」            

「へ? 何でぱっつぁんを?」

 オレの専用機、メッサーシュミット・アハトはドイツに置いてきたはずなのに。そもそも男性IS操縦者ということ自体が内密だから、待機状態ですら持ってきてない。今回のオレは千冬姉の関係でドイツの黒兎隊の紹介を受けた、ただの来賓客だ。

「基地には最低限の人員しかいないからな。ISを置いておくには物騒すぎる。あと」

「あと?」

「女のカンだ」

「はぁ……さいですか」

 ラウラが言うとあんまり説得力を感じないな、うん。

「何か失礼なことを思っただろう?」

 ギラッとラウラの目が光る。

「何でもありません! 隊長!」

「ふん、失礼なヤツだなっ!」

 

 ホテルの部屋のドアを開けると、中は暗かった。

 シャルルはまだ戻ってきてないのかな。

 何も考えずに電気を点ける。

「おわっ!?」

 明るくなると、ベッドの上に人がいることに気付いた。

「しゃ、シャルル?」

「あ、ごめん」

「ど、どうしたんだよ、びっくりさせるなよ」

「ごめんね」

 膝を抱えて、すごい暗い顔してるんですけど……何かあったのかな。昼間、別れたときは嬉しそうな顔してたんだが。

「そういやメシ食ったか?」

 そのつらそうな顔が直視しづらくて、オレは視線を逸らすように部屋の中を見回す。ついでに話題も逸らした。

 ん?

 ゴミ箱の中に沢山の薬が捨ててあった。よく見れば中身が入ったまんまだ。シャルルのか?

「……今は食欲ないかな、うん」

「そっか」

 ともあれ、人のプライベートを漁る気にもならず、ベッドに寝転がってケータイを取り出した。

 あれ、このメール、誰からだ? 登録されてないぞ。

「……箒!?」

 六年ぶりの幼馴染からのメールだった。

「誰に聞いたんだろ。千冬姉かな。しっかし堅い文章だなぁ。手紙かっつーの」

 拝啓、から始まるメールなんて初めて見たぞ。季節の挨拶が入ってるし。

「一夏?」

「ああ、悪い、独り言。懐かしい友達からメールが届いてたもんだから」

「日本の友達?」

「そうそう。お、IS学園に入ったんだ」

「へー、いいな、IS学園かあ」

「昨日、入学式だったんだな、IS学園って」

「一夏はさ……」

「ん?」

「日本が恋しい?」

「難しい質問だな、それ。シャルルは元からフランスなのか?」

「うん、でもこんな都会じゃなくて、本当はもっと田舎の方なんだ。今は……お母さんが亡くなったから、親戚を頼ってデュノアで働いてるんだけど」

「そっか……でも、シャルルって育ち良さそうだよな」

「え? そうかな」

「お母さんの育て方が良かったんだな」

 オレの言葉に、シャルルが少し驚いたような顔をし、それから抱えた膝に顔を埋めた。

「……そうだね。お母さんのこと、大好きだった。一夏は?」

「オレ? そうだなぁ。名前で気付いてるかもしれないけど、オレの姉さん、有名人でさ」

「ブリュンヒルデだよね。第一回世界大会の」

「そうそう。……ま、二回目はオレのせいで優勝逃したんだけどな」

「一夏の?」

「ま、不肖の弟ってことだな。親代わりの姉さんにずっと迷惑掛けっ放しだ」

「お姉さんのこと、好き?」

「……難しい質問だな。うーん、尊敬してる。一つの目標だな。オレも姉さんみたいに、誰かを守れる人間になりたいって思うんだ」

「誰かを守る……」

「今は力足らずで、色んな人に迷惑かけて……逃げ出して、本当に何やってるんだろうなって思うよ」

「逃げ出して、か」

「でも、ドイツに来て良かったって思うんだ。ラウラやクラリッサさん、他にも仲間が一杯出来て、みんな良い人ばっかりでさ」

「そっか、周りの人に恵まれれてるんだね」

「シャルルにも出会えたし」

「え? 僕?」

「日本じゃ寝食共にすれば友達さ。だから、シャルルとオレだって友達だよ」

「友達……」

「そうだ、せっかくだし、メールアドレス交換しようぜ」

「い、いいの?」

「おう。ここで会ったのも何かの縁だろ」

「ちょ、ちょっと待ってね」

 シャルルが慌ててケータイを取り出し、オレのベッドの上に飛び乗ってペタンと座る。

 女の子みたいな座り方するヤツだな……。お母さんと二人だったからか?

 ケータイ同士をくっつけて、軽くシェイクするとデータ転送が終了する。最近の技術はホントすごいぜ。

「よし、完了」

 顔を上げると、すぐ近くにシャルルの顔があった。長い髪を解いてるせいか、中性的だと思ってた顔が、今はすごい女の子っぽく見える。それになんか良い匂いするし。

 向こうもオレと顔が近いことに気付いたのか、少し身を引いて距離を取った。

「ご、ごめんね」

 なぜ顔を赤らめる……。

 女の子っぽいとか言ったら失礼だよな、男なんだし。

「でも、友達かぁ」

「ん?」

「最近は連絡取ってないから……」

「たまにメール送ってみたらどうだ? 向こうだって喜ぶぞ」

「……ちょっとね。連絡取れない事情があるんだ」

 すぐ間近にある顔が暗くなる。

「悪い、友達にメール送るから、ちょっと時間くれ」

「う、うん。そういえば日本からメール届いたんだったね。ごめんね、邪魔しちゃって」

「すぐ終わるよ」

 オレはタッチパネルのケータイを操作して、メールを送信した。

 それと同時に、シャルルの手元からメロディが鳴る。

「あ、あれ、僕のモバイルが」

「友達からメールだろ」

「え? え?」

 戸惑うようにゆっくりと、ケータイの画面を人差し指で操作していく。

「な? 友達からメール届いただろ?」

「一夏……!」

 シャルルが見ているメールは、オレが今、送った物だ。嬉しそうに画面とオレの顔を交互に見ている。

「これからよろしくな、シャルル」

「うん! よろしくね!」

「そうだ、写真撮っていいか?」

「え? 写真?」

「そう。千冬姉が……オレの姉さんがさ、一緒にいた人たちのことを忘れるなって言ってて、そういう写真撮るのも見るのも好きみたいでさ。千冬姉にも新しい友達を紹介しなきゃな」

「で、でも今、髪ボサボサだし」

「そうか? 綺麗な髪してると思うけど」

「そ、そう? で、でもちょっと待って! すぐに整えるから」

 慌てて自分のベッドに戻ると、バッグの中から櫛を出して長い髪を梳いていく。何かすごい女の子っぽいんだが……。

 手鏡で色々な角度から確認してから、シャルルがオレの隣に戻ってくる。

「い、いいよ、いつでも!」

「そんな気合い入れなくても……。んじゃ撮るぞー」

「って、一緒に!?」

「そりゃそうだろ。ほら、もっとくっつけって。男同士なんだし、気にすんなよ」

「う、うん、じゃあ失礼して」

 肩を寄せ合って、オレの手に持ったケータイのカメラに向けて、二人で笑顔を作る。

「よーし、じゃあ取るぞ。ハイ、フロマージュ」

 パシャリと、シャッター音が聞こえた。この瞬間が切り取られ、一枚の画像として出来上がる。

「なにそれ、日本じゃ『ハイ、チーズ』って言って撮るんだよね?」

 シャルルがクスクスと笑う。

「フランス仕様だ。せっかくだしな。フランスじゃキュイキュイって言うんだっけ」

「人それぞれかな? 一夏って変な人だよね」

「そ そうか?」

 至って普通の日本人のつもりなんだが。

「でも、嬉しいな。写真、僕にもちょうだい?」

「おうよ、すぐ送る」

 またケータイを触り、今撮ったばかりの写真をメールで送った。

「……最後に、友達が出来て良かった」

 シャルルが妙なことを言う。

「最後?」

「ううん、何でもない。ありがとう、一夏」

 目の前の友達の笑みが少し寂しげに見えたのは、オレの気のせいだろうか。

 

 次の日、一人で来賓席に座って我が黒兎隊の出番を待つ。

 今日はシュヴァルツェア・ツヴァイクのお披露目だ。ラウラも下に降りて、部隊のメンバーと一緒にいるはずだ。今回は来賓扱いで、IS部隊に所属していることも内密なので、オレだけが客席にいる形になった。ちなみに今日はシャルルも会社の用事とやらで席を外していた。

 ケータイで時間を見て、今日のコンペのスケジュールを再確認する。

 毎日、選抜された機体が各種のテストを公開で実施、その後はIS関連の企業が自社の技術をプレゼンする、の繰り返しだ。一日目は開会式と開催国からのプレゼン、二日目はイギリス・イタリアで、今日はドイツだ。午後はほとんどがヨーロッパ以外の企業の発表に当てられる。明日の最終日は閉会式だけで終わるようだ。

「さて、そろそろかな」

 もう一度だけ時計を確認して、視線を戻す。

「やっほー、いっくん」

「どわぁ!?」

 すぐ眼前に女の人の顔があった。

「もうーひどいなあ、いっくん。IS操縦できるようになったんなら、わたしに教えてくれないと!」

「束さん!?」

 目の前にいた女性は、周りの様子を一切気にせずにオレにだけ話しかけてくる。周囲がざわつき始めた。

 そりゃそうだ。この人はインフィニット・ストラトスの開発者で、世界でただ一人、ISコアを作れる人なんだから。

「おっきくなったね! もうわたしより背が高いんじゃないかなっ!? ほら立って立って! ほらほら背比べ!」

「あ、うん」

「おおー。ちーちゃんよりも大きいんだ! いっくん、男の子なんだねー。束さんもびっくりだ!」

「えっと、まあ、一応男でした……」

 ずいっとオレの顔に近づいてくる。小さいときの記憶のまま、相変わらずの美人だけど。

「うんうん。それより、なんでわたしに言わなかったのかな!?」

「束さん、ちょ、ちょっと待って! 一応、それは秘密の話で! っていうかどうやってオレの居場所を」

「箒ちゃんがメールしてる相手が誰だろうなーって思って調べたんだよねー」

「ナチュラルに妹のメールを……」

「探し物ついでに、この辺りをウロウロしてたら、近くを通ったから寄ってみたんだー」

 頭を抱えてしまう。相変わらず常識と話が通じない人だ。

 篠ノ之束さん。マルチフォームドスーツ『インフィニット・ストラトス』の開発者であり、世界中のIS関係者がその姿を探す稀代の天才科学者で千冬姉の親友(だとオレは思ってるけど)。

 頭につけてたウサギの耳みたいなモジュールがピコピコと動く。この人に限って寂しくて死ぬなんてことはないだろうなぁ。

「なんでこんな外国にいるんだい? 日本にいるものだと思ったんだけど」

「それは……」

 相変わらず悪気なしに人の核心を突く人だな……。

「男の子の考えることなんてわかんないなぁ。私の知ってる男の子なんて、いっくんだけだし。ちーちゃんと一緒に日本にいた方が、みんな幸せだったと思うけど? 箒ちゃんだって会いたがってると思うし」

 返す言葉がない。

 だってオレはまだ答えがないんだから。

「……オレ、強くなりたいんだ」

「強く? 強いって何だい?」

「誰かを守れる、千冬姉みたいな」

「ちーちゃんみたいな? じゃあ強いISが必要なのかな? いっくんは大事な大事な男の子だから、それぐらいはしてるけど」

「そういうことじゃなくて」

「そういうことじゃないって? だってどんなに体を鍛えたってISを超えることはないよ? だったらISを強くした方が良いじゃない? いっくんはおかしな子だなあ」

「……そういうことじゃなくて」

「うーん、ま、いいや。いっくんは昔から言い出したら聞かない子だったしねー。気が変わったら言ってね。わりと何でも力になるから」

「……うん、ありがとう、束さん」

 この人は昔から、何かとオレに気を掛けてくれる。

 普段はまさに傍若無人という感じだが、妹の箒、千冬姉、そしてオレにだけは優しい。

 そして、それ以外には残酷なまでに興味がない。

「し、篠ノ之博士でしょうか!?」

 中年の男性が話しかけてくる。……確かデュノア社の社長だ。

 だが、束さんは声の主の方を振り向きさえしない。

「うーん、まあ今日は本当に様子を見に来ただけだし、いっくんが元気なようで何よりさ! それじゃあわたしは帰るよ、いっくん。いつ、日本に、IS学園に行くんだい?」

「え?」

「戻るんだよね?」

「……たぶん」

 ピコンと、ウサミミが真っ直ぐ立ち上がる。

「じゃあ、それぐらいにね。それまでに色々準備しておかないとねー。大忙しだー」

「篠ノ之博士! 少しお時間を」

 ずっと無視されていたデュノア社の社長が、少し腹立たそうに束さんの肩に触れようとした。

「うるさいな」

 耳元を飛ぶ蚊に対するような呟きだった。

 何も無い空中から現れた機械の腕が、デュノア社の社長を空中へと掴み上げる。

「それじゃ今度こそ帰るね、いっくん。ばいばーい」

「は、はい」

 ヒラヒラと手を振りながら、軽快なステップで走り去っていく。周囲の人間は言葉を発することも出来ずにそれをただ見送っていた。

 その姿が見えなくなったころ、ようやくマシンアームが音もなく消え、デュノア社の社長が地面に落ちる。

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。くそ、小娘め」

 忌々しげにフランス語で悪態を吐く。気持ちはわからんでもないけどさ。

 ネクタイを締め直し、デュノア社長がオレを見下ろした。

「キミ、さっき博士が言っていたことは本当かね?」

 その言葉にざわつき始める。さっき言っていたことってのは、ISを動かせる男、という意味だろう。

「い、いや、ああいう人なんで……ジョークじゃないですか?」

「ふん……。織斑一夏君だったか」

「はい」

「よろしければ、後で昼食でも一緒しないか。シャルルも一緒だ」

「はぁ……申し訳ありません。今日はあいにく先約がありまして」

 仮がつくとはいえ、黒兎隊に入隊してる身だ。隊長の許可もなく予定を変更することなど出来ない。もちろん予定とは、黒兎隊のみんなとフランス料理に舌鼓を打つということだけど。

「ふむ、ではラウラ・ボーデヴィッヒ少佐にお願いするか」

「……許可が出るとは思えませんが、自分の身元はドイツ軍の客人です。そこが許可するなら、異論はありませんけど」

「了解した。ではキミはここにいるのだろう? また人をやるとしよう」

「わかりました」

 周囲のざわめきを尻目にデュノア社長が歩き去っていく。

 その様子が見えなくなってから、オレは小さなため息を吐いてイスに座りなおした。周囲がまだオレの方を見てヒソヒソと耳打ちし合っているが、気にしても仕方ない。

 アナウンスが流れる。

 いよいよ、我が部隊の登場だ。

 テンペスタⅡのような派手な登場ではなく、いかにもドイツ風に入場ゲートから一体のISが登場した。

 ゆっくりと一歩ずつ、シュヴァルツェア・ツヴァイクが歩いていく。反対側に対物理ライフルを乗せた装甲車が現れた。乗っているのはもちろん、黒兎隊の隊員だ。

 引き金に添えられた指に力が入れられる。

 炸薬の破裂とともに、車ぐらい軽く吹き飛ばす12.7mm口径の弾丸が発射された。フランス製のボルトアクション式だってことには深い意味なんてないだろうな。

 ツヴァイクが右手を伸ばす。空間が歪むのはAIC、慣性停止結界の発動による局所的な気圧変化のせいだ。

 弾丸が接触しても、何の音も起きずに黒い右腕の先で停止した。

 会場中に静かなどよめきが起きる。

 右肩のレールガン、ワイヤーブレードで空中に投影されるターゲットを確実に撃ち抜いていく。

 贔屓目があるかもしれないが、一番完成度が高いように見えるなぁ。

 そして最後にまた最初の位置に立った。装甲車と向き合う。

 クラリッサさんが構えた武器は、オレのメッサーシュミットと似たような長い棒状の武器だ。あれ、あんな物使う予定はなかったはずだけど……。

 大口径アンチマテリアルライフルがマズルフラッシュを焚く。

 シュヴァルツェア・ツヴァイクが得物を下から上へと振り上げた。爆発が起きる。

 最後の動作が、手元の仮想ディスプレイにスローモーションで表示された。

 あの速度の弾丸を警棒で撃ち抜いている。すげぇ……。目線をツヴァイクに戻すと、クラリッサさんがこっちを見て、ニヤリと得意げに笑った。

 最後のはつまり、オレのために見せた演武だ。これぐらい出来るようになれ、と応援の意味を込めて、AICがなくても、これぐらい出来るんだぞと。

 ……敵わないなぁ、うちの部隊の人たちには。

 どんなに体を鍛えたってISを超えることはない、ってISを開発した人が言ってた。それはそうだろう。

 でも、使う人間の心できっと変わる。少なくとも、守れる人間と守れない人間ぐらいの差は出ると思う。

 今は秘匿された存在で、誰にも見られることがないオレだけど、クラリッサさんのように強くなれたら何か変わるのかもしれない。

 周囲の誰よりも早く拍手を始める。

 せめてもの感謝を込めて、今は手を叩くしか出来ないオレだけど、誰かを守れるように、強くなりたい。

 憧れた姉のように、とは言わないまでも何かひとつ、誰かひとりでも守れたら束さんの言葉にも、胸を張って言い返せるようになるのかもしれない。

 

「みんなお疲れ様です」

 黒兎隊のトレーラー前でコンペに出ていた隊員たちを出迎える。

「手応えはあったな」

「うむ」

 クラリッサさんとラウラが頷いている。

「オレの主観で申し訳ないですけど、一番良い機体だったと思います」

「ふふ、そうだろうそうだろう。何せ我々が手塩をかけて調整・フィードバックし続けているからな」

 満足げに頷く副隊長さんはすでに黒い制服に着替えていた。

「今の段階では敵はいなさそうだね!」

「うんうん。一時はどうなるかと思ったけど、テンペスタⅡがあの出来なら、問題なさそうだよね」

「イギリスの実験機もかなりクセのある機体みたいだし、パイロットを選びすぎるらしいから、結果的にシュヴァルツェアが一番!」

 他の隊員たちがワイワイと嬉しそうにしている。こうやって一人、外から見てると、すごく良い部隊になってきたと思う。一番の実力者であるラウラを筆頭に、まとめ役のクラリッサさんが中心となりISパイロットから選抜された優秀な人材が揃っていて、チームワークも士気も高い。

「とりあえず、今日の午後はどうするんだ?」

「ふむ、どうするか」

 ラウラが少し考え込む。そこにリアが手を上げた。

「隊長、日本の推進翼メーカーの実験機が出されるらしいので、見てきても良いでしょうか?」

「ん?」

「あの『ディアブロ』のような速度が可能な機体のようです。サイクロトロン共鳴加熱高機動加速装置、と呼ばれる物ですが」

 さすがリア……真面目だなぁ。

「わかった。では私も行こう。残りは二班に分かれ、トレーラー待機と……そうだな。自由行動を許可する」

 ラウラの言葉に、隊員たちが一斉に歓声を上げる。

「クラリッサ、あとは頼む」

「了解しました」

「一夏はどうする?」

「あ、そうだった、デュノアの社長に昼食をどうかと聞かれたんだけど」

「その件は辞退しておいた」

「ありがとう。どうもあの人は苦手だな」

「私もだ。それにフランスの企業と下手な接触をしたくはない」

「了解した」

 異論はない。

 オレとラウラとリアは三人で会場へと引き返そうと歩き出す。

 その瞬間、ドーム上の頂点で爆発が起きる。地響きが周囲に伝わった。隊員たち全員の視線が少女から軍人へ一瞬で変わる。

 ラウラの女のカンとやらが当たったってわけか……。

「行動予定変更! クラリッサはツヴァイクの用意をして待機、リア、ティナ、マリナ、一緒に来い。他の隊員はツヴァイクの調整に入れ。装備は拠点防衛を視野に入れろ」

「ヤー!」

「ラウラ、オレは?」

「ここで待機だ、いいな?」

「ヤー」

 本当は見に行きたいところだが、隊長の命令がそうであるなら仕方ない。このトレーラーにはオレのメッサーシュミット・アハトも乗っている。何が起きてるか分からないうちから、自分の判断だけで動くわけにはいかない。

 ラウラが三人の隊員を連れて会場へと走って行くのを見送った。

 

 チラチラと時計を見ながら周囲を警戒する。

 五分以上経ったが、ラウラ達から何の連絡もない。

 ここは関係者用の入り口前だが、人が出てくる気配は一向になかった。何が起きてるのか、さっぱり把握できないのが不安になる。

 クラリッサさんも同じようで、右足で刻むリズムがいら立ちを表していた。

「ここまで何の連絡がないのが不自然すぎる」

 念のためか、黒いISスーツに着替えて軍服を羽織っているだけの姿になっている。

 全員がコンペの会場を見上げた。その瞬間、光る直線のレーザーがアリーナの中央部部分から上空へと延びる。

「あれは……」

 三月に見た黒い無人機のレーザーだ。

「ザーラ、計測!」

「副隊長、出力、成分予測、間違いありません。この間のプッペです!」

 プッペってのは人形って意味で、あの黒い無人機の部隊内での呼称だ。

「ルイーゼ、ミリ、ウーデ、トレーラーを回せ、その状況でアリーナから誰も出てこないのは妙だ!」

「ヤー!」

「ザーラは計測続け、フリーダ、マーヤはメッサーシュミット・アハトの準備、一夏は搭乗準備、ISスーツを着こめ!」

「ヤー!」

 クラリッサさんの指示が矢継ぎ早に飛んでくる。現場にいた隊員たちが即座に反応し、それぞれの任務に入った。

 オレも走ってトレーラーの後方から中に飛び乗る。

「一夏、ISは展開するなよ! あくまで待機状態、ステルスにしろ! 自分の身を守るときのみ許可する! 上に服を着ておけよ、簡単にバレるわけにはいかん!」

「や、ヤー!」

「あくまで中にいる人間を逃がすのが最優先だ、いいな?」

「わかりました!」

 トレーラーに全員が乗ったことを確認すると、クラリッサさんがISを展開し、荷台の上部に飛び乗る。

「真っ直ぐだ、そこに人間はいない、全員、対ショック姿勢! 運転は!?」

「ルイーゼです!」

「ルイーゼ、トレーラーの側面を叩きつけろ、先行してツヴァイクで穴を開ける!」

 中に乗っていた隊員たちが全員、固定されている機器にしがみつく。

 外部を映すカメラからの映像が、ホログラムディスプレイに表示された。アリーナの搬入口が見えた瞬間、爆発する。ツヴァイクが攻撃を仕掛けたのだ。

 次の瞬間、トレーラーの荷台がシェイクされる。運転しているルイーゼが思いっきりハンドルを切ったんだろう。二七〇度近く回転したか、と思った瞬間に激しい衝撃が訪れる。

 一瞬だけ揺れた外部カメラ映像だが、すぐに通常に戻る。

『よしトレーラーを離せ!』

 クラリッサさんの声が通信で流れた。

 たぶん、ツヴァイクで開けた穴にトレーラーをぶつけて、巨大な風穴を開けたんだろう。

「次、ミリとウーデは会場内のセキュリティをチェックしろ」

 オレは急いでISスーツを着こむ。後ろで女の子たちが小さな悲鳴を上げた気がするが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

 荷台の中で用意されていたISに飛び乗る。頑丈に固定されているので、もちろんさっきの衝撃ごときは問題ない。手足を通すと同時に、立ち上がった隊員たちが端末を叩いた。ISのロックが外れる。

「副隊長、会場内のセキュリティはおそらくハックされてます、悪性プログラムだと思われます、各所隔壁落ちていて、場内の人間が出てこない理由はこれです」

「解除できるか?」

「時間かかります、酷く趣味の悪い増殖型です」

「任せる、私はツヴァイクで隔壁をぶち破って隊長の元へ、連絡が取れん!」

「おそらく妨害波長の電波流れてます、IS同士の通信もカットなんて、どんな技術……!」

「探究心は後だ、今は会場内の一般人を逃がせ、プッペの位置は?」

「正確にはわかりませんが、伝わってくる振動と音から逆計測、アリーナ中央で数機が戦闘中!」

「わかった!」

 事態はかなり悪いようだ。たぶんラウラもレーゲンで交戦中なんだろう。他にもISはいるはずだが、たぶんどれもコンペ出展用の実験機だ。まともに戦えるのはシュヴァルツェア二機だけだろう。今、ここで戦えるのは黒兎隊だけってことか。

「イチカ、装着は!?」

「完了、今から待機状態に戻す」

「私たちは内部のプログラムの方を手伝うわ」

「ヤー! 頼んだ!」

 オレの準備を手伝ってくれた二人の女の子が拳銃と小型端末を手にして走り出す。

 トレーラーから降りる前に、オレは周囲の状況をサーチする。旧型なので大したセンサー群はないが、それでも有る程度の把握は出来る。

「会場側の状況はブラックアウト……妨害電波ってヤツか」

 って、会場外からIS反応!?

「全員、気をつけろ、プッペが来る!」

 ぱっつぁんをそのままトレーラーの外に走らせ、上空を見上げた。

 黒い点が見える。拡大表示すれば、それはまさしくあの異形の機体だ。

 クラリッサさんはタイミング悪く、内部に入ったようで、強力な妨害電波のせいか無人機に気がついてないようだ。

 人目があろうとやるしかない。仲間たちを守れるのは今、オレだけだ。

「行くぞ、ぱっつぁん!」

 オレは真っ直ぐと、上空から降りてくる敵へと向かって加速した。

 腰の後ろから長い警棒を取り出す。プッペが腕を振り上げながら急降下し、交錯した。

「ぐっ」

 最大推力を出すが、それでも相手のスピードを殺しきれない。

 クソッ!

 落下予測地点には黒兎隊のトレーラーがある。

 どうする、どうする!?

 相手の頭部にある三つのモノアイが光った。あれは小型の砲口のはずだ。

「もうそれは食らわねえ!」

 咄嗟に左腕でフックを食らわせる。パワーだけは一流のぱっつぁんだけあって、相手はバランスを崩し、レーザーの方向がズレて上空へと流れていった。

 安心してる場合じゃない。今度はこっちの番だ。

 上空へと位置取ると、全推力で地面へと押しつけようとした。

 だが、腕や足の力と違って、推力の面では全然パワーが追いついていない。逆に上空へと押し上げられていく。

 相手は第三世代機を二機相手に立ちまわれる化け物みたいな機体、こっちは第二世代黎明期の実験機、機体性能差がありすぎる。

「クラリッサさんを速く呼びもどしてくれ、このままじゃヤバい!」

『今追いかけてるけど、中は電波妨害が酷くて、徒歩で追いかけるしか出来ないの! 頑張って持ちこたえて!』

「なるべく早く頼む!」

 とりあえず今はここから離れるしかない。相手の大出力レーザーじゃ、部隊を巻き込む可能性が高い。

 手四つで組みあいながら、空中でグルグルと旋回し続ける。離れたいが、相手の推力が高すぎて自由に行動が出来ない。

 かといって、一回離れれば、今度は遠距離武装のないオレじゃただの的だ。

 頼む、ぱっつぁん!

 ISに祈りながら、左手を相手から外し、敵の右腕部を両手右足で挟んで折りにかかる。

 パワーだけなら勝ってるんだ、だったら長所を生かすしかない!

 その試みは成功した。破砕音が聞こえ、砲口だらけの巨大な右腕がL字に折れ曲がる。

 しかし気が緩んだ瞬間、左腕の砲口が光った。

「グッ!?」

 背中に衝撃が走る。

 咄嗟に防いだのは良いが、圧力に背中の推力が勝てず、会場の上へと叩きつけられた。

 巻きあがった粉じんと小さな瓦礫で視界が一瞬だけ封じられる。

『イチカ、回避!』

 通信が入る。だがもう遅かったようだ。有視界で捕えた黒い人形の左手と頭部の砲門が光る。

 到達する光によってシールドエネルギーがどんどん削られていく。もうすでに30%を切った。

「一夏!」

 オレの名前を呼ぶ声がした。

 眼前に現れるウィンドウに映る人間は、シャルル・ファブレだ。駐車場近くの入り口でオレを見上げていた。

「バカ、来るな!」

 出来るだけの声で叫ぶ。

 次の瞬間、無人機の左腕から、今までで最大級の口径を持った巨大なレーザーが打ち出される。

 一瞬で残りのシールドエネルギーを吹き飛ばされた。ISが解除され、オレは空中へと投げ出される。

 その余波で周囲の建材が巨大な瓦礫となり、下にいるシャルルに向かって落ちていった。

 驚いたような顔で空中を見上げるシャルル。

 くそ、なんで! なんでだよ?

 また友達を危ない目に合わせて、何やってんだよオレは!

 何とか体を動かそうとするが、ISは具現限界に達していて、うんともすんとも言わない。

 巨大な瓦礫がシャルルのいる場所に落ちていく。

 シャルルが唇を噛む姿が見えた。

 その瞬間、シャルルのいた場所で爆発が起きる。

「え?」

 時間が止まった気がした。

 爆煙と粉塵が風で流されていく。そこには、橙色のインフィニット・ストラトスを装着したシャルルが立っていた。

「一夏!」

 シャルルが軽く飛び上がって、空中でオレを捕まえた。

「シャルル?」

「ごめんね、黙ってて」

「お前……男だよな?」

 オレが尋ねると、シャルルが少し悲しそうな顔で微笑んだ。

 そのままオレを近くにゆっくりと降ろすと、彼は空中に浮かぶ人形を見上げ、上空へと疾走する。

「イチカ!」

 隊員たちがオレの上着を持って駆け寄ってきた。

「ダンケ。……あれ、ラファール・リヴァイヴかな」

「さあ……カスタム機だとは思うけど……あれ、男の子? イチカの友達?」

「あ、ああ。男だと思うんだけど……」

「とりあえずこっから撤退。また瓦礫が落ちてきたら洒落にならないし、今はあの子に任せて一夏は待機」

「や、ヤー」

 私服の上着を羽織り、空を見上げる。

 片腕になった黒い無人機と、ラファール・リヴァイヴとの戦闘が開始された。

 左肩に装備された巨大なシールドでレーザーをいなしながら、右手に装備したマシンガンでけん制している。

 無人機が左腕の砲門を合わせる。楕円を描くような光が走り、オレンジ色の機体に襲いかかるが、シャルルは旋回して最小限の動きだけで回避した。

「……すごい、あの子。隊長と同じくらいの腕かしら」

「う、うん、上手い、器用だわ……」

 右手の武器が一瞬消え、一秒経たずに次のライフルが現れた。

「武器換装が異常に速いわ、ラファールはドイツ軍にもあるけど、あそこまでは」

 黒兎隊の面々もシャルルの動きに見惚れていた。そうは言っても誰しもが片手で端末を叩いているのがさすがだ。

「妨害電波発生元の逆探知官僚、物理的な機器が置いてあるみたいね。いくわよ、遠くない。イチカは後ろに乗って、エネルギー補充、具現限界なんでしょ」

 鋭い眼差しと黒い三つ編みが印象的なウーデがオレに言う。彼女はチームの班長を務めるときが多いせいか、今も自然と隊員たちの統率を取っている。

「あ、ああ」

「破壊するだけの部分展開は出来るようにしとかないと。位置は会場の外かな。全員、トレーラーに!」

「ヤー!」

 残っていた隊員たちが次々とトレーラーに飛び乗る。オレは後方から荷台側に入る前に、空を見上げた。

 戦況は瞬間瞬間に武器換装を行うラファール・リヴァイヴが黒い無人機を押している。でも、オレには無鉄砲に攻撃しているようにしか見えなかった。後先考えずに、ここでやられてもいいと言わんばかりにギリギリで回避しながら、中近距離から多彩な実弾兵器を叩きこんで行く。

「イチカ!」

 ウーデの叫び声で我に返った。

「悪い!」

 トレーラーに飛び乗って、開きっぱなしの後方ハッチから、戦い続ける二機を見つめる。

 シャルル……無理すんなよ……。

 届きはしない声をかけて、オレを含む黒兎隊は妨害電波を発生している装置の元へと向かい、戦場を後にした。

 

 会場をグルリと回って、関係者搬入路から正面玄関側へと走って行く。それでもほとんど人間を見かけないのは、まだみんなが中に閉じ込められているからだろうか。

「見えた、あれ、空に浮いてるヤツ!」

 荷台の端末を操作している三つ編みのウーデが叫ぶ。空間投影ディスプレイを見れば、乗用車が何台も止まっている駐車場の遥か上空に浮遊している円筒状の物体が見えた。

 オレのISは、腰部分だけを展開し、そこのコネクタを補助バッテリーに繋いでシールドエネルギーを補充している状態だ。これがまた遅々として進まない。まだ1%というところだ。こういう細かい点で旧型機の不便さが出てくる、といつかリアがボヤいていた。

「マーヤ!」

 助手席から身を乗り出して、一人の隊員がハンドマシンガンでそれを狙い撃つ。だが、甲高い音とともに銃弾が弾かれていった。

「堅い! 誰か対物ライフルとか持ってない?」

「ダメ、あれは会場の中! そもそも武装なんてソレと拳銃ぐらい!」

「イチカ、飛んで落とせる?」

「無理だ、まだ1.5%、腕と腰の部分展開だけだ! PICを起動することも出来ない! あと5分はかかる!」

 そして5分もあれば、IS戦の決着はついてしまう。

「高さ10メートル付近、か」

 一人の隊員が呟く。

「トレーラーの上から叩き落とすのは?」

「無理、たぶんギリギリ届かない。武装のスティックとイチカのジャンプの高さとトレーラーの高さを計算して、一メートルぐらい足りないわ」

 空間ディスプレイを見る。駐車場には数台の乗用車が止まっていた。表向きの入場口のせいか、背の高いトラックやトレーラーはない。

「よし、トレーラーの上に登る。ルイーゼ、いけるか?」

 内部通信を通して、運転席へと尋ねた。

『イチカ? どうするの?』

「ジャンプ台がその辺転がってる。トレーラーを飛ばせてくれ」

『なるほど、オッケー。幸いフランスとイタリアと日本車しか見当たらない。思いっきり潰してやるわ!』

「後部ハッチ、斜め45度でストップ、一気に行く!」

『ヤー! 全員、捕まっててよ! さっきより酷いから!』

 補充用コネクタを引き抜いて、角度をつけた後部ハッチをキックし、三角飛びの要領で荷台の縁部分を掴む。そのまま部分展開した右腕のパワーだけでよじ登って、オレはトレーラーの上へと躍り出た。

「いつでもオッケーだ!」

『チャンスは一度、ジャンプ台は一発で潰れると思う! 逃したら充電待ってPICで飛ぶしかないけど、そのポンコツじゃ時間がかかりすぎるから、隊長や副隊長、さっきの美少年君がどんどんピンチ!』

 ウーデが状況を再度、全員に通達した。

 オッケー、やるしかないなら、やってやるだけ。

 加速しながら、トレーラーが駐車場の間を走る。

Das Countdown beginnt(カウントダウン開始)!』

「ドライ!」

『ツヴァイ!』

「アインス!」

『行くよ!』

 トレーラの前輪が日本車とイタリア車の上に乗り上げる。加速充分、重量感たっぷりに車体を潰しながら、黒いトレーラーが空中へと舞った。

「おおおりゃああああ!」

 気合い一発、荷台の後方部から前方へと向かって走る。

 空中の頂点を見極め、ジャンプした。空中に浮かぶ円筒状の妨害電波発生装置に向かって、右腕を伸ばした。長い警棒の先が弧を描き炸裂し、小さな爆発音を響かせる。

 トレーラーが派手な音を立てて地面に着地した。

『ナイス、イチカ!』

 って、しまった。

「オレはどうやって着地すんだコレ!!」

 何も考えずに飛んでしまったせいで、着地手段が何もないのを忘れてた。

「どわあああぁぁぁぁ!?」

 地上に向かって頭から落ちていく。オレンジ色の車が見えた。

 部分展開された右腕を丸め、そちらを下に落下する。

 盛大な破砕音とともに車に激突した。が、さすがインフィニット・ストラトス。右腕を下にしたおかげで衝撃は何とか吸収できたようだ。

『イチカ!?』

「な、何とか無事だ、足をちょっと打ったぐらい」

『ホッ』

「それより通信は!?」

『そ、そうだ。ラウラ隊長! クラリッサ副隊長、聞こえますか!?』

 駆け出して、右前輪を高そうなイタリア社の上に乗せたままのトレーラーの荷台へと走り込んだ。

 ウーデがオレに向かって、右の親指を立てる。

 通信は回復したようだ。どうにか一つ仕事をやり遂げたようだ。

 小さな安堵の息が全員から漏れる。

 だが、終わったわけじゃない。

「は、はい、了解しました!」

 班長ことウーデが通信を終えて、オレたち隊員たちの方を向いた。

「敵はおそらくプッペが二機、内部に一機、外部に一機よ。内部はラウラ隊長がイギリス・イタリアと協力して無力化。外部は今、クラリッサ隊長があのシャルルって子と合流。イチカが右腕を折ったおかげで何とか撃退出来そう、ラウラ隊長もすぐに合流する。会場セキュリティによる内部ハッキングは、妨害電波解除のおかげで、システム管理会社と連絡ついて、うちの隊員たちがそろそろ正常化できそう。たぶんケガ人はなし。さて」

「さて?」

「逃げるわよ」

「へ?」

「高級車何台ぶっ潰したと思ってんの」

 今もトレーラーの下にはイタリアのスポーツカーがある。

「に、逃げて良いもんなの?」

「提案者のイチカが全額責任取るなら良いけど?」

「そ、それはさすがに」

「バレたら、そのとき申し開きすればいいの。こっから先は頑張ってフランス側とコンペ主催者側に責任を押し付ける」

「や、ヤー」

 い、いいのかな。最近、うちの部隊が以前よりテキトーになってる気がします。

 恐ろしく金額の高そうな金属破壊音を喚き散らしながら、トレーラーが走り出す。

「これは隊長の指示だけど、システム正常化ついでにIS装着したイチカが映ってそうなデータを消してるわ」

「そ、そっか。でも、シャルルはどうすんだろ」

「あれが男のIS操縦者だったとして、それはフランスかデュノアの問題でしょ。さすがにそこまで内政干渉はできないわ」

「りょ、りょうかい」

 事態が収束に向かっているようで、何よりだ。

 周囲に立つ全員が再び作業に入る。オレはISの腰部分だけ展開して充電を再開した。

「あ、ラウラ隊長から連絡、外のプッペも無力化したそうよ。ケガ人はなし」

 隊員たちが近くの仲間同士でハイタッチをして喜ぶ。

 オレも大きくため息を吐き出した。

 何とか乗り切れたようだ。

 何か守れた、のかな。オレ。

 結局、ISの右腕をもぎ取って、小さな金属の物体を叩き落としただけだ。

 だけど、それが無駄だとは思いたくない。

 今はともかく、全員の無事を祝おう。

 オレを乗せた黒兎隊のトレーラーが走っていく。

 

 再び搬入口に戻ってきたオレたちを、ラウラを含む他の隊員たちが迎えてくれた。

「無茶をして、このバカものめ!」

 ラウラがオレの耳を思いっきり引っ張る。

「い、痛い痛い、ラウラ痛い!」

「単機であの黒い人形に挑むなど、何事だ! せめて私の到着をだな」

「ま、待ってくれ、だって、あの場は」

「言い訳は許さん」

 耳が千切れそう!

「まあまあ、隊長、一夏もよくやりましたよ。判断は間違ってないと思います」

 クラリッサさんがラウラをなだめてくる。

「ふん」

 ようやく解放されたけど、耳が超いてぇ。

「だが一夏、隊長の言うとおりだ。今回は色々な状況が重なったが、危うかったのも事実だ。あんまり我々を心配させるなよ」

「は、はい」

「ま、今日は休め。予想外の事態とはいえ、本来はただの見学者だからな」

 クラリッサさんがポンとオレの肩を叩く。

 ラウラがまだオレを睨んでいた。

「悪かったよ、ラウラ。でも、仕方なかったんだ。あそこで無人機に暴れられたら、うちの隊員たちも危なかった」

「そんなことはわかっている! まったく」

「じゃあなんで怒ってるんだよ。ラウラらしくないぞ」

「な!? お前というヤツは!」

「ちょ、ちょっと待て、ちゃんと説明してくれよ。オレのどこが悪かったんだ?」

 オレの言葉に、なぜか集まっていた隊員全員が呆れたような大きなため息を吐いた。なんでだよ……。

「っと、ラウラ、シャルルはどこに行ったんだ?」

「アイツはデュノアの社長がどこかに連れていったぞ」

「……そっか」

「そんなことより、お前は後で説教だ。いいな?」

「や、ヤー」

 シャルル、大丈夫だったかな。

 男のIS操縦者か……。

「た、隊長!」

「どうした?」

「会場内が……デュノアが! こちらで映像出します!」

 隊員の一人が叫ぶ。

 全員が荷台に掛け込んだ。空中に浮かんだ大きなホログラムディスプレイに、会場内の映像が映し出される。

「あれは、デュノアの社長か?」

「横にいるのは、シャルル……?」

 アリーナの中心で、デュノアの社長が英語で何やら演説していた。その横には張りついた笑顔のシャルルが立っている。

 オレは秘匿されている存在だけど、あいつは公開されるのか? 

「……何を言っている?」

 クラリッサさんがリアに尋ねた。

「先ほどの無人機との戦闘映像を映し出していますね。第三世代機が三機で何とか落としたのにも関わらず、デュノアのラファール・リヴァイヴは一機で右腕をもぎ取って、互角の戦いをした、と」

「バカな、プッペの右腕は一夏の……そういうことか。我々が一夏の映像を消し去ったのを幸いと、自分たちの手柄にしたのか」

 苦々しい顔の副隊長の隣で、ラウラが鋭い目つきを画面へと向けていた。

「シャルルだったか。アイツを男のIS操縦者とは発表しないようだが、要所要所で『彼』と言っているな。観客たちはそれに注意を奪われてる」

「上手いやり方ですね。正式な発表は明日に回すつもりでしょうか」

「かもしれん。そうすれば、明日も話題の中心だ。姑息なヤツらだ」

「どうしますか?」

「どうもこうもない。我々は成すべきことをした。それを恥じることはない。デュノアがどんな思惑で動いているかは知らんが」

 ラウラの言葉にオレは自然と頷いた。何も間違っちゃいない。

 第三世代機が三機がかりで、と言っても、普段は別の国で全く違う訓練をしている三機が、実戦でいきなり連係を取れるわけがない。しかもレーゲンはともかく他の二機はまともな実戦すら出来ないコンペ用の実験機だ。その割にはよくやったと半分素人のオレでさえわかる。

 だから、それに関してデュノアが何を言おうとオレは気にならない。どうせオレぐらいに判断できることは軍の上層部にだってわかるだろう。

 でも、シャルル大丈夫かな。

 ISパイロットだっていうのは驚きだけど、それよりも画面に映る張りついた笑みや、戦闘前に見せた辛そうな顔の方が気になった。

「とりあえず、我々の仕事は終わりだ。片づけに入るぞ。夜は今度こそ交代で自由行動だ!」

 ラウラの言葉に歓喜の声が湧きあがる。

 何はともあれ、今はこの疲れを癒そう……どうせ、メシはラウラに付き合わされるんだしな……。

 

 

 ラウラ始めとするうら若き隊員たちに散々に付き合わされて、ようやくホテルに戻ってくる。

 部屋に入ると、シャルルの姿はない。色々と会社の方で忙しいんだろうな、あの様子だと。

 備え付けの冷蔵庫から紙パックの果汁ドリンクを取り出して一気に飲み干すと、握りつぶしてゴミ箱に向けてシュートしようとした。

 そこにはまだ、シャルルが捨てたと思われる大量の薬剤が残っている。いや、増えてるな。

 ベッドのシーツを見る限り、部屋にはクリーニングが入ってるし、そうなればゴミは回収されたはずだ。ってことはシャルルが昼間に捨てたんだ。

「何の薬だ?」

 ゴミ箱を覗きこむと、何種類もの薬剤が捨ててある。というか注射器まで捨ててある。パッケージされたままってことは未使用なのか?

 残念ながら詳しくないので、何にもわからないが、ここまで種類が多いと気になるな。体が悪いんだろうか。

 ……画面越しに見たシャルルの張りついた笑顔を思い出される。

 普段なら見ちゃダメだって思うけど、やっぱり気になる。

 ケータイを取り出して、詳しそうな隊員へと電話をしてみた。

「もしもし、一夏だけど」

『どしたのー?』

「なあ、今から言う薬の効果を教えて欲しいんだ」

『薬ー? なんかあったの?』

「とりあえず読み上げていくから。え、エナルモンデポー? でいいのかな」

『ん? なんで一夏がそんなものを? 一夏ってやっぱ女の子だったの?』

 電話口でからかうような笑い声が聞こえる。

「どういうことだよ?」

『いいから、他にはー?』

「メチルテ……ストロンかな、これは」

『……マジ? イチカの?』

「い、いや違う。詳しくは言えないけど」

『う、ううん、えっと、聞くけどイチカって男の子だよね?』

「誓って男だけど、なんでそんなこと聞くんだよ。ってかオレのパーソナルデータなんて、飽きるほど見てるだろ」

『そ、そうだけど……他もあるの?』

 神妙な声で促されて、オレはゴミ箱の中から取り出した薬の名前を列挙していく。

「以上かな……どんな効果があるんだ?」

『……うん、その組み合わせなら、たぶん服用してる人は女性ホルモン抑制を目的にしてると思う』

「へ?」

『端的に言うと性転換とか、そういうの。女の子から男の子への』

「ど、どういうことだよ?」

『わ、私に聞かれても。各々に事情があると思うよ。性同一性障害とかもあるし』

「な、なるほど」

『とりあえず、本人が隠してるなら、それは言わない方がいいと思うよ。ていうか、イチカのじゃないんだよね?』

「違う」

『良かったぁ』

「助かったよ、それじゃあ」

『あいあい。隊長には内緒にしとくね。イチカがそんなこと聞いてきた、なんて一大事件になっちゃう』

「た、頼むよ」

『それじゃねー』

 回線が切れて、オレはベッドに座りこむ。

 これはシャルルの薬で、女性ホルモンの抑制なんかに使われるってことか。

 どういうことだ……。

 いや、シャルルだって色々と事情があるんだ。隠してることならこれ以上は探らない方が良いに決まってる。

 ……でも、今日の張りついた笑みが気になって仕方ない。。

 昨日、友達になろうってメアドを交換してたときは、もっと嬉しそうな笑みだった。

 それでオレにもわかるように捨てられた薬。つまり、オレに発見して欲しかったんじゃないのか、これ。だって、昨日の夜に捨てられてたのは、たぶんゴミとして回収されてた。にも関わらず、もう一回、見て分かるようにゴミ箱に捨てて行った。

 女の子と見間違えるような中性的な顔立ちのシャルル。ISに乗れるという事実。追いつめられたIS開発企業、そこに所属する彼。そして薬。

 導き出される答えは何だ?

 たぶん、シャルルは今日の夜、一度だけココに帰ってくるはず。

 ベッドに腰掛けて、オレはアイツを待つことにした。

 

 

 




・フランス編。ドイツ編と合わせて全四話+エピローグ予定
・次話は一週間後ぐらいに投稿予定。それで完結予定。
・注意! 筆者はフランスにもドイツにも行ったことはありません。
(写真撮るときの合図って何? ってフランス人に聞いたら、1,2,3ダーって言われたけど、きっと違うはず)
・劇中に一夏が言ったフランスの古い映画「お嬢さん、お手やわらかに」は、青春ハーレムコメディです
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