インフィニット・ストラトス 西の地にて。   作:葉月乃継

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フランス② +エピローグ

 オレが部屋に戻ってから3時間ほど経った頃、ためらいがちにノブが回された。そしてゆっくりとドアが開く。

「おかえり、シャルル」

「あ、た、ただいま、一夏」

 少し疲れたような笑みだった。

「昼間はありがとな、助かった」

「う、うん。でもびっくりしちゃった。一夏、ISに乗れるんだね、男の子なのに」

「まあな。お前こそ、すごいな。オレなんかよりよっぽど上手いじゃないか」

「……うん」

 シャルルが上着を脱いで、クローゼットの中に仕舞う。それから大きなため息を吐いて、自分のベッドに腰掛けた。

「なあシャルル、お前」

「ごめん、先にシャワー浴びてきていいかな、疲れちゃった」

「あ、ああ」

 話を切りだそうとしたオレを遮って、シャルルはバスルームへと入っていった。

 とりあえず、大きく深呼吸をしてベッドに倒れこむ。

「男性IS操縦者、か」

 ……たぶん、シャルルは女の子だ。

 ISに乗れる事実、あのホルモン調整剤、二つを掛け合わせれば、『彼』が『彼女』だってことは予想がつく。

 昨日の夜、オレの裸を見て恥ずかしがってたのも、女の子だって考えれば別におかしくない。……おかしくないよな? 男のダチとかにあんな反応されたことねえし。

 もちろん、男だって可能性も少なからずある。それを確かめたい。

 シャワーの音が止まって、少し経ってからバスルームのドアが開いた。

 部屋の電気が消される。

「シャルル?」

「ごめんね」

 ベッドサイドの照明だけになり、部屋が薄暗い。

 シャルルが姿を現した。タオルを胸の上まで巻きつけている。

 その姿は、どう見ても女の子だ。

「……えっと」

 先ほどまではサラシか特殊なサポーターでも巻いてたんだろうか。今ははっきりと女の子と主張する胸元がタオルを押し上げている。

 ゴクリと思わず喉が鳴ってしまう。

「女の子……なんだよな」

「うん、僕は女の子なんだ。騙してごめん、一夏」

「それは良いんだけど……でも、何でさ」

 一歩、一歩とオレに近づいてきた。潤んだ目がオレの心を掴んで離さない。

 ゆっくりとオレの隣へと座る。

 オレの方が身長が高いので、自然とシャルルを見下ろす形になる。そうすると、タオルで止められただけの胸元が飛び込んできた。

 首が折れんばかりの勢いで顔を逸らす。

「と、とりあえずわかったから、ふ、服を着てくれ、頼む!」

「ふふ、どうしよっかな……」

「か、からかうなよ! 頼む、服を」

 気を抜けば吸い寄せられそうな目を必死に逸らして懇願するが、シャルルが動く気配がない。

「ねえ一夏、僕、可愛いかな」

「か、可愛いと思うが、ちょっと待て」

「そっか……ありがと」

「って、あーーーーもう!」

 立ち上がって羽織っていた上着をシャルルに被せ、体ごと顔を逸らす。

「話ができねえ、とりあえずこれで!」

「……そっか……」

 安堵のため息が自分の喉から零れる。シャルルもホッと息を吐いたようだ。

「なあ、あの薬、なんだ?」

「調べたんだね」

 オレの言葉を予測してたような即答だった。

「ああ。ゴミ箱に捨てられてた薬を、全部組み合わせて飲むようなのは、その……女から男への性転換とか、そういうのだって」

 言葉を選びながら、知ったばかりの事実を一つ答える。

 そうすると、わずかの沈黙の後、

「あはは」

 と短く仄暗い乾いた笑い声が聞こえてきた。

「シャルル?」

「おかしいよね、僕、女の子なのに、男になれって」

「……どういうことなんだ?」

「僕は女の子だよ、正真正銘の。心も体も女の子なんだ。でも……」

「でも?」

「僕は本当はデュノア社長の子供なんだ。いわゆる妾の子って言えば良いのかな、日本語だと」

「デュノアの関係者ってのはそういうことか……」

「今まで田舎の方で、お母さんとずっと二人暮らしで……でも、大好きだったお母さんが死んじゃって、デュノアの社長に引き取られたんだ」

「ま、まあ父親だしな」

「そこで初めて父親が誰かって知ったんだ。それでIS適正が高いことがわかって、そのままテストパイロットの真似ごとみたいなことをしてた。そんな中、今年の2月にね、初めて父親と、デュノアの社長と会ったんだ」

「なんで2月なんだよ? それまであの社長だって、お前がいることは知ってたんだろ? どうして?」

「……わかんないよ。でも甘かったのかなぁ。僕、お母さんからずっと、お父さんは死んだって聞かされてて。でもお父さんはすごく優しい人って聞いてたから」

「実際はどうだったんだ?」

「会話は二言だけ。『話はついてる。あとは担当者に聞きなさい』。これで終わりだよ」

「……信じられねえ」

 オレには家族って呼べるのは千冬姉だけだ。親なんてのは、小さいころお世話になった友達の親ぐらいしか知らない。

 そんな自分が他人の家族の在り方に口出しするなんて出来ないけど、これは人として間違ってると思う。

「その内容ってのが、僕を男にするってこと。戸籍、口調、外見、そして最終的には性別まで。フランスの内部機関とデュノア社の取り組みなんだ」

「……そんなバカなこと。いや頭がイカれてる」

「そうかな? 君のところの隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒさんがデザイナーチャイルドだってのは、その筋じゃ有名な話だよ。遺伝子の時点で強靭な体を与えられた人間。だったらISを操縦できる女の子に、強靭な男の体を与えようって考える輩がいても不思議じゃない」

「だ、だからって言って、そんなの」

「男性操縦者の創造。そのための第一段階に選ばれたのが、僕。そしてその過程でISが女性しか操作できない仕組みを研究する。もちろん他にも候補がいるのかもしれない」

「……無茶苦茶だ」

「でも、倒産間近のデュノアに選択肢はなかった。いや、飛びついたのかな。このくだらない企みに乗ればISコアの剥奪はまずないし、研究開発も続けられる。資金提供だって受けられる」

「おかしいだろ、そんなの。だって、シャルルは女の子じゃないか! 身も心も女の子なんだろ?」

「僕がうってつけの人材、いや素材だったんだ。デュノア社長としては表に出すことが出来ない隠し子で、IS適正も高くて、正式にパイロットにもなってない」

 ひたすら事実だけを、心の抑揚を抑えるように平静と伝えるシャルルに、オレは言葉を失う。

「そんな折に、ドイツに男性ISパイロットがいるんじゃないかって話が出てきたんだ」

「……オレのことか」

「それが誰かってところまではわからなかったんだ、最近までは。でもたぶん、政府とデュノアの担当者は焦ったんだろうね。半ば半信半疑で予算が出ていた男性ISパイロット創出計画。ドイツがいつのまにか先んじてたんだ。ドイツはボーデヴィッヒ少佐の件で実績があることもわかってたからね。そしてIS第三世代機に関してだって頭角を現していたドイツ、そこに男性操縦者まで。そこで計画を早めることにしたんだ」

「……シャルルを、このコンペでデビューさせるってことか。男性操縦者として」

「ホントはそんな予定なかったんだけどね。元々は男性ISパイロットが誰か調べること。ドイツのエースパイロットと一緒に来るアルバイトの男の子が怪しいって話になって。その確認のためだけに、僕はここにいたんだ。男の姿なら近づきやすいしね」

 舐めやがって。怒りが込み上がってくる。

「シャルルは、シャルルはそれでいいのか」

「……良いわけないよ。僕は……僕も色々とやってみたよ。そんな生贄みたいな生き方じゃなくて、自分で作れる居場所を作ろうって頑張ってた。でもダメだった」

「ダメって、そ、そうだ、昼間のイタリアのISの欠陥の話だって、何か役に立たなかったのか?」

 シャルルはゆっくりと首を横に振る。

「そんなことは僕に求められてなかったんだ」

「だったら! 逃げるとか、その、離れたっていいじゃねえかよ」

 ……逃げてもいいじゃねえか、そんなにつらいなら。

 初めて、そう思った。誰も守ってくれる人もいない、周囲はみんな、自分の望まない道へと引き込みたがる。

「でも、僕にとっては、大好きなお母さんの愛した人なんだ……お母さんはいなくなったけど、これ以上、お母さんとの繋がりを無くしたくないんだ……」

 諦めしか込められていない言葉だった。

 シャルルは父親の命令だから従っているわけではなく、大好きな母親の子供として、ほとんど会話したこともない父親の言葉に従っている。

「オレには家族は千冬姉しかいない。だから父親とか母親の言うことを聞くってのがよくわからねえんだけど……でも、間違ってるってことはわかる」

「僕だって、ホントはよくわかんないんだ」

「間違ってるだろ、だって……ああ、クソッ、なんて言えば良いのかわかんねえ!」

 怒りにまかせて壁を殴るしか出来ない。

「ありがとう、一夏」

 悲しい行く末に巻き込まれた女の子が、オレの背中にそっと抱きついた。

「シャルル……?」

「シャルロット。本当の名前は、シャルロット。一夏、覚えておいて」

「シャルロット……」

「ここに、シャルロットって女の子がいたことを、一夏だけでも……覚えておいて」

 泣きそうな声でオレの耳に囁くと、シャルロットがオレから離れる。

「服を着るから、こっち向かないでね」

「あ、ああ」

 布同士が擦れる音が聞こえる。最後にジッパーの音がした。バッグを締めた音だろう。

「それじゃあ、一夏、行くね。ホントは荷物を取りに来ただけなんだ。長話しちゃった」

「……それで、ホントにそれで良いのかよシャルル、いやシャルロット!」

「うん、急な話だったけど、これでいいんだ、たぶんね」

 さっきとは打って変わった明るい声色だった。でも、空元気にしか思えない。

 ドアの前に立って、シャルロットがこっちを見た。そこには、シャルル・デュノアという男の子がいた。

「じゃあね、一夏。バイバイ、ありがとう、さようなら」

 重い木製のドアが閉まる。

 オレはしばらく立ち竦んでいた。やがて腰を抜かすようにベッドに座りこむ。

「……どうしたらいいんだ」

 目を閉じる。

 女の子のシャルロットを男にしようなんてバカげた計画。でも、アイツは大好きなお母さんが愛した男のために、自分を殺す。

 何だよ、そんなの間違ってるだろ。

 でも、アイツはそれを自分で決めたんだ。だったら……。

 大きくため息を吐いて、目を開けた。

「どうするんだ、一夏」

「どわああ!?」

 目の前にラウラがいた。

「失礼なヤツだな、そこまで驚くなど」

「い、いや驚くだろ! 気配消して、いつのまにか目の前にいたら!」

「まったく。女と二人きりになるなど、私の嫁の自覚が足りん」

 オレから離れて、ラウラはベッドの上で胡坐をかいて腕を組み、そっぽを向いた。

「全部聞いてたのか」

「ああ、もちろんだ。お前のカバンにはGPS搭載盗聴器がついてるからな」

「さらっとそんなことを……」

「ふん、話の途中で乗り込んでやろうかと何度思ったか。お前はもう少し、自分の重要性を自覚した方が良い」

「……悪い。いっつもラウラには迷惑をかけて」

「もう慣れた。さて、それでどうするのだ、一夏よ」

「へ?」

 ラウラは自身の長い銀髪を肩に乗せ、器用に毛先を編んで行く。

「女性しか動かせない兵器、インフィニット・ストラトス。肉体的には男性の方が優れているが、今の科学なら女を男にすることが出来る。ISを動かせる男が創造できたなら、より優れたパイロットになるのでは? という思想もわかる。なにせISコアは467しかないのだからな」

「量が増やせないなら質を上げるしかない、ってことか」

「そういうことだ。女を男にする、その過程でISが女性しか起動できない理由を研究するというのも間違ってはいないな。もちろん倫理的な話や法的な話は置いておいて、だ」

「……理屈はわかるよ。オレだって黒兎隊で毎日、色んな検査を受けてる身だし。でも、みんな、オレをすごい気遣ってくれてる……超法規的手段で色々とカバーしてくれてるってのも知ってる、何となくだけどさ」

「黒兎隊で良かったな」

 その何気ない言葉が、自分の心にストンとはまり込んだ気がした。まるでパズルの最後のピースをはめたような感覚だった。

「……そうだな、オレは黒兎隊で良かった」

「お前はどうしたいのだ」

「どうしたいってそりゃ」

「話を総合するなら、明日の閉会式で予定されているデュノア社長のスピーチ、そこであのシャルロットがシャルルという男として発表されてしまえば、後戻りは出来ない」

「逆に言えば、それまでに何とかすれば、まだ戻れるってことか」

「秘密裏にデュノア社長を脅したいところだが、情報収集の結果、ヤツは明日の閉会式までフランス軍の基地の中だろうと判明した」

「……さすがに色々と警戒してるってことか。つまり明日の閉会式がいわば最終防衛線」

「っと、ほら、出来たぞ」

 ラウラが自慢げに胸を張って、綺麗に編まれた銀色の三つ編みをオレに見せつける。

「おお、上手く出来たな。髪留めのゴムすら止められなかった頃からしてみれば、すごい進化だ」

「ふふん、だがな、一夏、これはお前のおかげだ」

「え?」

「もちろん努力は私のものだ。だがお前がいなければ、私は一生、髪を三つ編みにすることなどなかっただろう……隊員達から、からかわれることもなかったろうな」

「……わかったよ、ラウラ。何だかんだでホント、お前って優しいよな。でもいいのか?」

 オレの問いかけに、ラウラは目を閉じた。残念そうなため息のあと、

「構わん。お前の好きにすれば良い。それに正直、そろそろ限界が来ていた」

 と名残惜しそうな声色で零す。

「限界?」

「お前を隠し通すことが、だ。やはり少しずつだが確実に情報は漏洩している。織斑教官も遠く日本から色々と手を尽くしてはいるが、やはり距離があると対応は遅れる」

 淡々とオレの知らなかった事実を教えてくれる。……そっか。やっぱりみんなに迷惑をかけてたんだな

「ありがとう、ラウラ。千冬姉にも感謝しなくちゃな」

「アラスカ条約機構からの問い合わせも増えているし、我が国も単独ではこれ以上、お前の秘匿を続けることは出来そうもない。このコンペが終われば、お前に話そうと思っていた」

「大事な話ってのは、そのことか。……つまり日本に戻れって?」

「ああ。早めにIS学園へと入学する方が良い。あそこはある意味治外法権で、お前を守ることも可能だ。その手はずは織斑教官とすでに話し合っている」

 そろそろ、オレの逃走にも終わりが見えてきたってことか。だったら尚更、やらなきゃいけないな。

「でも、オレの我が儘にみんなを巻き込んで良いのかな」

「誰かを守れる人間になりたいと言ったのは、お前だろう」

 隊長の顔を見せて、ラウラが言う。どこか晴れがましい顔に、オレは姿勢を正して頭を下げた。

「ありがとう、本当に。今までずっと」

「これからも、感謝し続けろ」

 オレの師匠であり恩人であり友達であるラウラ・ボーデヴィッヒが、頼もしげに胸を張る。

 たぶん、自分のワガママを通せば、IS学園に戻るよりも早く、ドイツでの黒兎隊での日々は変化してしまうだろう。それをわかっていながら、いや、わかってるからこそ、ラウラはオレに好きにしろって言ってくれた。だったら、やることは一つだよな。

「では、ブリーフィングだ。全員でやる。部隊基地とも通信を繋げるぞ」

「いいのか?」

「黒兎隊はチームワークも欧州最強だというところを、このコンペで見せる」

 ラウラが立ち上がって、歩き出した。いつも通りの、小柄ながら凛として軍人然とした背中を見る。

 この三カ月近く、ずっとコイツと歩いてきた。色々あったけど楽しい日々だった。

「ああ、そうだな!」

 オレも歩き出す。

 旅路は、もう終わりが見えていた。

 

 

「では最終チェックは終了だ」

 翌日の午前11時、黒兎隊でフランスに来ている全員が会場外のトレーラーの荷台に集まっていた。他にもいくつか空間ディスプレイが浮かんでおり、ドイツの本拠地から通信でも参加している。

 この移動拠点の中は最大でISを三機収容でき、簡単なメンテとブリーフィングが行える作りになっている。

 前方に立ったクラリッサさんがレーザーポインターを仕舞い、空間投影ディスプレイを挟んで反対側に立つラウラに、

「隊長から何かありますか?」

 と尋ねた。

 銀髪に眼帯をつけたわずか15歳の少佐、ラウラ・ボーデヴィッヒが全員の顔を見回す。

「さて、我々も随分バカになったものだな、と思う」

 珍しくラウラが肩を竦めて自嘲するような笑みを浮かべた。みんなも隣同士で顔を見合わせてクスクスと笑う。

 これが今の黒兎隊だ。出会ったころからは考えられなかったけど、この頃はたまにブリーフィングでも冗談を言うようになった。

「本作戦の目的は、フランスとデュノア社の不正を暴き、黒兎隊の情報収集能力・戦闘力を見せつける。遥か昔からの隣国には申し訳ないが、ここで次期欧州軍IS採用戦争から降りていただく」

 その言葉を、隊のまとめ役でもあるクラリッサさんが頷きながら聞いている。

「おそらく、突発的な今回の作戦が、現在の黒兎隊人員での、最初で最後の大規模作戦になるだろう」

 全員が神妙な顔になっていた。たぶん、オレがいずれ日本のIS学園に行くということを、みんなは知っていたんだろう。

「作戦目的の再確認だ。デュノア社の下らない、唾棄すべき、そして『女』として微塵も許すことのできない計画を吹き飛ばす」

 ラウラが淡々と、だが力と怒りを込めながら言葉を継ぎ足していく。……あのラウラが『女』としてか。変わったなぁ。

「本来なら秘密裏に行いたいところだが、デュノア社長はフランスの基地に滞在しているらしい。ターゲットが表に出てくるのは、明日のコンペ閉会式での挨拶だ。そこで示威行動として、我が黒兎隊の欧州最強を示す。派手に行くぞ。最後に、織斑一夏、立て」

「や、ヤー!」

「お前はどうだ?」

「許せません」

「男としてか」

「男として、一人の人間として、彼女の友人として、ISを操縦できる男として、その他諸々を含んだ『織斑一夏』として、許せません」

「会ったばかりでもか」

「……ラウラと戦ったのだって、会ったばかりだった。それでも、オレはラウラと仲良くなりたいって思った」

 中学二年のとき、誘拐されそうになって友達を巻き込んだ。逃げるようにドイツに来て、何もしないままでいた。でもISと出会って、ラウラと出会った。クラリッサさんや黒兎隊のみんなと過ごして、少しずつ強くなっていったと思う。

「もし、ラウラが同じことになったら、オレはどこからだって飛んでくるし、何だってする」

「……そうか」

「みんな、本当にありがとう。オレ一人じゃ何一つ守れないけど、みんなの力があればきっと大丈夫だ」

 そうだ。オレ一人の力じゃ何も出来ない。織斑一夏は力がなくて知識もない未熟者だ。

「私たち黒兎隊は、お前の力だ。誇っていい」

 クラリッサさんが優しい声色で教えてくれた。本当に誇らしい事実だ。

「では行こう」

 ラウラが言うと、全員が立ち上がった。

「作戦行動、開始!」

 号令とともに、オレは仲間たちと走り出した。

 

『トレーラー班、ルイーゼ、どうだ?』

『まもなく現地到着、搬入口の閉鎖準備完了』

『ウーデ、会場内のセキュリティは?』

『昨日、ハックされたときに管理会社から盗んだ新しいマスターキーコードは認証可能です。いつでもどうぞ』

『部隊基地、通信コンデション再確認」

『専用回線、衛星回線共にオールグリーン。シュヴァルツェア・ハーゼ所属IS位置捕捉。バックアップ準備完了』

『リア、ISの準備は?』

『ISコンデション、武装チェック終了。シュヴァルツェア・レーゲン準備完了』

『クラリッサ』

『シュヴァルツェア・ツヴァイク、準備完了』

『一夏』

『メッサーシュミット・アハト。カスタムバイザー装備含めて準備完了』

『では、シュヴァルツェア・ハーゼ、作戦行動開始!』

 

 会場の中を自分の足でひたすら走る。

 今は黒兎隊の制服を着て、左目には眼帯を身に着けていた。これが今の織斑一夏だから。腰にはメッサーシュミット・アハトの待機状態である変身ベルトがあった。

「指定地点到着」

 耳につけた通信機で隊に情報を流す。

 インフィニット・ストラトス欧州統合軍採用機コンペティション。今回は各国の軍隊関係者だけでなく、来賓も多く来ていた。

 サッカーが5、6試合同時に行えそうな広いドームの中央北側に、ステージが設置され、そこの映像が会場客席上部の巨大スクリーンに投影されている。

 オレはステージの後ろ側にある入口に立っていた。周囲のコンペ関係者らしい人間が黒兎隊の軍服を着ているオレを見て、驚きながらヒソヒソと会話を始める。だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。

 スケジュール通り、来賓の挨拶が進んでいた。

 丁度、今からデュノアの社長が挨拶を行うところだ。マイクの前に立ったオッサンの横に、青いセパレートタイプのISスーツを着たターゲットがいた。

『次はデュノア社社長のご挨拶です』

 司会の言葉が会場のスピーカーで流れる。デュノアの社長が一歩進んで、マイクの前に立った。

 スイッチを入れ、自己紹介の後にデュノア社長が視線で金髪のISパイロットを促す。俯いて拳を握ったまま動かなかったが、二度目の視線の後、ゆっくりと顔を上げて笑顔を作った。

 虚ろな笑顔だ。あれが、シャルル・デュノア。

 だが、オレの友達はシャルロット・ファブレだ。

「さて、昨日から注目の的であった彼についてお話をいたしましょう」

 デュノア社長が虚栄心に満ちた濁った眼で会場を見渡す。

『ウーデ、ショーの開幕だ』

『照明、落とします!』

 その返事とともに、会場の全照明が落ち、同時に会場中のホログラムスクリーンへ我が黒兎隊のマークが出現した。

『ボンジュール、欧州統合軍コンペティション関係者の皆さん、私はドイツ連邦共和国IS特殊部隊、通称『シュヴァルツェア・ハーゼ』の副隊長、クラリッサ・ハルフォーフだ』

 ステージ上のデュノア社長が心底驚いた顔をしながら、会場を見渡す。

 会場中もどよめき始めた。そりゃそうだろう。コンペに参加してたドイツのIS精鋭部隊が何の予告もなく、会場をジャックしたんだから。

『今から起こるギニョールは、我が盟友たるフランスの、デュノア社の不正を暴くものである』

 ギニョールはフランスの人形劇だっけ。

「何をバカな、我が社は何の不正も!」

 うちの部隊で会場のネットワークをハックし電子的にマイクをオフにしているせいで、彼の肉声しか聞こえない。それでも必死に、どこにいるかもわからないクラリッサさんに向かって吠える。

『おやデュノア社長、何をおっしゃってるのか、おわかりにならない? ではお聞きしましょう』

「な、何をだ?」

 ドーム会場の明かりが一斉に落とされる。

 これを合図に8秒後に動け、と指示されていた。8秒ってのは、舞台劇なんかで暗転後、8秒間は真っ暗でも舞台上の動きが客に見えてしまうって話から来てるらしい。

 つまり今回はまさしく『劇』の伝統に則った作戦ってわけだ。

 8秒を数えたのち、オレはISを展開し、空中に舞う。ステージを迂回しながら滑走し、ステージの前に静止した。

 スポットライトのように、ステージ前が照らされる。

 今のオレは鼻まで隠すバイザーをつけている。今日専用のカスタムバージョンだ。

『イチカ、マイク入ってる』

 通信を受けてから、オレは一つ、呼吸をした。

 そして、万感の思いを込めて、会場内に自分の存在を告げる。

『Hello,world. I'm a male I.S. Manipulator』

 こんにちは、みなさん。オレは男性のIS操縦者です。

 オレの短い挨拶で、会場中の呼吸が一瞬止まるのが感じられた。その呼吸が再開されるよりも早く、クラリッサさんが最後通告を始める。

『彼は、この欧州にいるただ一人の男性IS操縦者だ。詳細はまだ控えさせていただく。ではデュノア社長、聞かせていただこう。そこにいる少女、いや『彼』だったか。そこの彼が、なんでしょうか?』

 皮肉めいた口調に、会場の一部が笑いを浮かべた。

『こ、これは……』

 いつのまにかマイクが入っていたせいで、デュノア社長の動揺がスピーカーを通る。

 パチン、とクラリッサさんが指を鳴らした。同時に会場中のスクリーンに、昨日の戦闘映像が流される。

『あなたは昨日、謎のIS奇襲部隊との戦闘で『彼』だったかな。『彼』が敵機の腕を破壊した、と言ったが、真相はこうだ』

 オレの顔こそカットされているが、それは、昨日の戦闘中にオレが黒い無人機の腕を折ったシーンだった。

 デュノア社長の顔がどんどん青ざめていく。オレたちがこのタイミングで映像を公開するとは思ってなかったんだろう。

『さて、そこの『彼』いや、彼女か。彼女をどう紹介したい?』

 クラリッサさんの最後通告が告げられた。こちらは全て把握してる、黙っているなら最悪の事態は回避してやるぞ、という黒兎隊からの脅しだ。

 全スクリーンの映像が、デュノア社長の追い詰められた表情をアップにする。

『か、彼は我々が育てていた、男性ISパイロットだ!』

 泣き叫ぶような男の声が会場中に響く。会場中が沈黙した。

 そして、どよめきが走り始めるタイミングで、クラリッサさんが鼻で笑うように、こう言った。

『え? なんですって?』

 またもや会場の一部で笑いが走る。おそらく第三世代をコンペに出してきた国の関係者だろうな。デュノアの小細工を快く思ってなかったんだろう。

 しっかし、クラリッサさんも意地悪いなあ。これじゃデュノアの信頼は失墜するばかりだ。まあ、かばうような点もないけどさ。しかも、その上で『これ以上は黙っておいてやるから、喋るなよ』と脅してるのだ。

 暗転した会場の上空に光る物体が二つ登場した。イギリスのBT実験機とイタリアのテンペスタⅡのスラスターだ。

『茶番は終わりです、シュヴァルツェア・ハーゼのみなさん、投降してください。貴方がたの言い分はアラスカ条約機構の会議で議題となりましょう』

 ゆっくりと降下しながら、BT実験機のパイロットがオープンチャンネルで宣告してくる。

『さて、ここからが本当の欧州統合軍コンペティションだ』

 今まで一つたりとも喋ってなかったラウラの声が響いた。

『え?』

 イギリスのパイロットが驚いたが、もう遅い。レーゲンはBT実験機の後ろに音も無く潜んでいた。振り向いた顔を『黒い雨』が掴むと、スラスターを全力で加速させ、地面に激突させた。

 慌てたBT実験機のレーザーが会場内を照らす。しかし、そんな反撃は無意味だったようだ。

 5秒後に天井からスポットライトのように地面の一点を照らす。そこには、ワイヤーによってBT実験機が吊るされていた。その前にはISを装着したラウラが腕を組んで立っている。

『クッ』

 そこでようやく、緑色のテンペスタⅡがレーゲンに向かって加速し始めた。

 だが真横からふっ飛ばされ、壁に激突する。もちろん攻撃したのはシュヴァルツェア・ツヴァイクだ。

 その様子を確認した後、オレはゆっくりとステージへと振り向く。その上には、シャルロットがいた。

「さあ、迎えに来た、シャルロット」

「一夏……」

「こんなバカげた騒ぎは終わりにしよう」

「……ホントだね。黒兎隊はメチャクチャな人たちばっかりだ」

「だろ。でも、自慢の仲間たちなんだぜ」

「僕は……」

「行こうぜ、シャルロット」

 オレは一歩、また一歩とステージへと歩いていく。

「どうしたらいいのか……わかんないよ」

「そんなの、オレだってわかんねえよ。でもお前、女の子なんだろ、体も心も」

「……うん」

「男の振りなんてしなくて良いと思うぜ。せっかく可愛いのに、台無しだ」

 思っている言葉だけを紡ぎだしていく。もっと上手い説得術とかあるんだろうけど、オレは身につけてない。だから、心からの言葉を出していくしかない。

「お母さんみたいに……なれるかな」

「ああ。でも、お母さんの好きな人と、お前の好きな人は違う。そうだろ?」

 オレには両親とかいないから、目の前の女の子が、どういうことで悩んでるのか、本当には理解しきれないのかもしれない。でも、一つだけ言えることがある。

「お前がシャルロットじゃなくなったら、お母さんが悲しむだろ。大好きなお母さんが育てた『シャルロット』って女の子を、否定して殺したりするなよ」

 ISを装着したままの手を差し伸べる。

 オレに言えるのは、これぐらいしかない。オレぐらいの浅い人生で言えるのは、ドイツに来てから気づいたことぐらいだ。

 ラウラに会ったばかりの頃、オレを助けたせいで千冬姉の経歴に汚点がついた、と言われた。でも、千冬姉がオレを助けたってことは否定しちゃダメだと思った。

 シャルロットだってそうだ。お母さんがデュノア社長を愛したのは事実だろう。でも、お母さんが育てたシャルロットって女の子を否定しゃダメだ。

「……だけど、もう、こんなことしちゃって、僕は……きっと社長と同罪だよね」

「まだどうにでもなるさ。それにデュノアが何をしたか、までは誰も言及していない。中年のオッサンが何か戯言漏らしただけだろ」

 肩を竦めて笑うと、同じくステージにいたデュノアの社長が、怒りを露わにする。

 これは取引だ。まだ具体的に誰が何をした、なんて誰も喋ってない。デュノア社長には余計なことを言うなよ、とオレたちが脅しているのだ。

「き、キサマら、何のつもりだ! こんなことして、許されると思ってるのか!」

「アンタこそ、許されると思ってんのかよ! シャルロットはアンタの娘じゃねえのか!」

「こ、子供だからこそ、親の言うことを聞くものだろうが!」

「ハッ、なんだそりゃ。アンタのやってることはただの虐待だ。必要のない薬まで飲ませようとして。本人が望んでもない肉体改造なんてやろうとして、こんなことバレたら、大スキャンダルだぜ?」

 オレのセリフに、社長がシャルロットを睨む。

「お前、コイツに言ったのか! バラしたのか? これだから女は……!」

 デュノア社長がシャルロットの頬を叩く。

「シャルロット!」

「寄るな!」

 デュノア社長の拳銃を抜き、銃口をオレに向けた。

「ISにそんな物効くと思ってんのか」

「ど、どうせキサマのそれもハリボテだろうが!」

 引き金が引かれた。だが、オレの体に張られたISの皮膜装甲がそれを弾き返す。

 効かないのがわかってるのか、わかりたくないのか。後ずさりながら何度も引き金を引く男が、哀れに思えた。

「く、クソッ」

「どんどん自爆していくな、アンタ。もう終わりだぜ」

 レーゲンとツヴァイクは、イギリスとイタリアの第三世代機をねじ伏せていた。

「……社長、もう終わりにしましょう」

 シャルロットが意を決した顔で、一歩前に進む。

「何を言うか!」

「もう無理です、あなたも私も等しく法の裁きに任せましょう」

「このバカが!」

 デュノア社長が目を剥き、口から泡を吹きながら拳銃をシャルロットに向けた。

「シャルロット!」

 銃声が轟くと同時に、甲高い金属音が会場中に響いた。

「この力は、あなたにいただいたものです」

 着弾よりも速く、シャルロットが左腕を部分展開して、銃弾を防いでいた。

 そのまま両足、右腕、肩部装甲に背面スラスターと順番に展開されていく。そこに立っているのは、オレンジ色のラファール・リヴァイヴだった。

「時代についていけなかったんです、我々は。もう諦めましょう、ねえ、お父さん」

 瞬きする間に現れた長いライフルの銃口が、デュノア社長に向けて突きつけられる。

「こ、この、おい、あれを動かせ!」

 どこか別の場所に向かって指示を出し始める。

「何を言ってるかわかんねえけど、もうアンタは終わりだぜ」

「おい、早くしろ、やれと言っている!」

 醜く歪んだ顔で叫び続ける姿は、無残なものだった。これがIS関連の大企業を預かるトップってんだからな。

「え?」

 だが、反応があったのは、シャルロットからだった。

「な、なにこれ?」

「シャルロット?」

「ISが……言うことを……」

「な、何だ?」

 思わず何度も瞬きをしてしまう。

 シャルロットを包むオレンジ色のISが、溶けていっている。まるで不定形のゲル状生物のように、彼女を飲み込んでいった。

「い、一夏、たす……け」

「シャルロット!」

 ステージに飛び上がり、伸ばされるシャルロットの手を掴もうとしたが、不定形の物質が硬質化し、オレを薙ぎ払った。

 そのまま横倒しになるが、すぐに起き上る。

「これは……なんだよ」

「ふ、ふはははは」

「おい、アンタ、シャルロットに何をした!?」

「わ、私の言うことを聞くようにしたのだ!」

 液状化しモゾモゾと動いていた金属がどんどん固まっていき、やがて一つの形を成す。まるで、優しい聖母像のようなフォルムだ。頭の部分にある銀のマスクは、どことなくシャルロットに似てる気がしているが……なんか違う。

「一夏、下がれ!」

 ラウラの声に反応して、フルバックをかけて後方に飛び下がる。

 異形の聖母像ISの左腕から、オレの立っていた場所へと金属の棒が打ち出されていた。パイルバンカーか!?

「……なんだこれ」

「VTシステムだ」

 オレの横にクラリッサさんが立っていた。その後ろには緑色のテンペスタⅡもピンピンした姿で立っていた。

「VTシステム……ヴァルキリートレースシステムだっけ……モンドグロッソ優勝者の動きを再現するとか」

「ああ。アラスカ条約で研究開発使用全てが禁止されているシステムだ。まさか、あれを仕込むなど、もうデュノア社長は終わりだ」

 オレの前にラウラが立ちふさがる。BT実験機もワイヤーから解放され、後方に浮かんでいた。

「とりあえずアレを抑えるしかない。観客は逃がすぞ、リア、ウーデ」

『ヤー。隔壁解除します、一班二班の隊員は同時に誘導を』

 黒兎隊の隊員たちが指示に従って行動を始める。

「欧州のIS歴史上、最大の珍事件だな、これは」

 クラリッサさんが苦笑いを浮かべた。

 シャルロットを包んだ聖母像ISが、まるで誰かを抱きしめるかのように手を広げた。ラファールにインストールされていたであろう銃器が体中から突き出てくる。その数は二桁に達していた。

「……すげ」

 思わず声が出る。あんなに装備してたのか、あの機体。

「来るぞ! 各員、散らばれ!」

 ラウラの言葉に、オレとクラリッサさんだけでなく、テンペスタⅡとBT実験機も従う。

「ぜ、全員倒してしまえ! 第三世代機など使い物にならんと知らしめろ!」

 聖母像ISの後ろに隠れたデュノア社長が叫ぶ。

 悲鳴に包まれるコンペティション会場に、数多の銃声が轟いた。もはや移動要塞レベルの砲撃だ。

 全ISが空中に舞って、弾丸を回避していくが、あまりにも武装が多すぎる。

 特にオレのメッサーシュミットは足が遅い。自然と被弾も多くなる。それになんか妙に狙われている気もするんだけど!?

「一夏、いったん下がれ!」

 その声に従って下がろうとするが、聖母像ISの動きが思ったより速い。あっという間にオレの眼前に現れた。

 銀色の胴の中心が割れ、そこに巨大な口径のリボルバーが現れる。

「六連式パイルバンカー! 一夏!」

 悲壮な響きが聞こえた。

 

 そして、ヤツが現れる。

 全ての舞台を台無しにしてしまう、悪魔が。

 

 思わず目を疑う。

 オレに攻撃をしようとしていた聖母像ISの頭が、爪のような物でもぎ取られたのだ。そしてゆっくりと横に倒れていく。

 その頭を持って空中に立っていたのは、あの黒い悪魔だ。

「ディアブロ……!」

 以前、オレたちの前に姿を現した謎の黒いIS。

 欧州を席巻し、誰も正体を掴めなかった謎のインフィニット・ストラトス。テンペスタⅡのカスタム機だと言われていたが、やはりオレの視界に入った緑色のテンペスタⅡとはまるで違う。猛禽類のような手足の爪と巨大な推進翼を持った名前通りの獰猛な悪魔としか形容できない。オレの見てきたどのISにも似てない機体だ。

 ラウラの予想通り、おそらくは第三世代開発に遅れているフランスが、ディアブロの所業をイタリアに被せるために流した情報操作なんだろう。

 ISを装着していた全員が息を飲む。

 ディアブロは掴んでいたの頭を掴んだまま、ゆっくりと首を動かす。その視線の先には、横倒しになったまま動かない聖母像ISがあった。

 ふわりと着地し、モデルのような歩き方で悠々と近づいていく。そしてわずかに腰を曲げ、足首を掴んで軽々と頭上へと持ち上げると、また地面へと叩きつける。そのまま手を離さずに、自分の体を中心にして左右の地面へと何回も叩き続けていった。

「や……やめろ!」

 オレの言葉に、なぜかピタリと動作が止まる。

「眠っていては魚は捕れない。先にいただく」

 緑色のテンペスタⅡのパイロットがボソリと呟く。ずっとテンペスタⅡの名前を使われてきて、頭に来ていたのかもしれない。

 本家の意地として両手に構えた2丁のサブマシンガンの引き金を引いた。

 ディアブロは銃撃の撃ち手に顔を向けると、聖母像ISを持ちあげ、盾代わりに突き出す。

「クソッ!」

 あれがどんな仕組みになってるかわからないが、中にはシャルロットがいるんだ。銃撃を受け続けて大丈夫なわけがない。

 決死の覚悟で長い警棒を取り出すと、オレは聖母像ISを掴むディアブロの右腕へと殴りかかる。

「なっ!?」

 だが、左手に掴んだ頭部に当たる破片で受け止めると、右手のオブジェクトでオレを吹き飛ばした。

「一夏!」

 ラウラが回り込んで受け止めてくれる。

 青いBT実験機がスカートから銃口を持ったビットを打ち出し、手に持ったライフル状の兵器の銃口を向ける。

 イタリアとイギリスの第三世代機による集中攻撃で敵機が見えなくなる。

「シャルロット!」

 止めに入ろうとするが、ラウラに制止された。

「ラウラ!?」

「あれに近づいても巻き込まれるだけだ、冷静になれ!」

「だってシャルロットが!」

 振り解こうとするが、背後からAICを使われ、慣性そのものを止められているのでビクともしない。

「ラウラ!」

「離さんぞ一夏、それに」

 レーゲンがAICを解除してオレの腕を掴むと、距離を取るように後ろへと滑走する。

「ラウラ?」

「……ラファールの方もまだ生きてる」

 着弾の煙が張れていく。全員が息を止めて相手の動きを見定めようとした。

 BT実験機のビットが突如爆発する。

 同時に火薬の炸裂するような音が響き渡った。

 頭のない聖母像ISが起き上ってディアブロを掴み、腹から生えたパイルバンカーを撃ちこみ始めた。

 同時に背中に大量の銃器が生え、BT実験機とテンペスタⅡにフルファイアを開始する。イギリスの方は咄嗟に空中に回避したが、テンペスタⅡが逃げ遅れる。あの機体は細かい動作のスピードが遅い未完成機だ。大小多数の口径の銃器から撃ち出された弾丸がテンペスタⅡを躍らせる。

 パイロットの大きな悲鳴と共に、銃撃が止んだ。具現限界が訪れたのか、緑のISは消えパイロットは身動き一つしなくなった。絶対防御が発動しているとは思うけど……。

「クラリッサ」

 ラウラの声と同時にツヴァイクがテンペスタのパイロットを拾い、会場の入り口へとバックしていく。

 ホッと一息を吐くよりも速く、次の状況が始まった。

 六連発のパイルバンカーを受け、動きが止まったと思われたディアブロの目に当たる部分が光る。

 自分を掴んでいた聖母像ISの両腕を掴むと、力任せにもぎ取った。そのまま蹴りを食らわせてステージの方へと吹き飛ばす。

「化け物同士の争いだな……」

 ラウラが呆れたように呟いた。

 腕と頭の無くなったラファールが起き上がる。そのすぐ後ろには、怯えきった顔のデュノア社長がいた。

「しゃ、シャルロット、さっさとアイツらを……わが社を邪魔するヤツをぶちのめせ!」

 その言葉に呼応するかのように、頭の欠けたビーナスの表面がふたたび液状化する。そして頭と腕が復元された。

 だが、素材が足りなかったせいだろうか、今度は胴の厚みが薄くなり、シャルロットの顔がわずかに見える。気絶しているのか、まるで動く気配がない。

「どうする、どうしたらいいラウラ……」

「正直、このままあの二体が潰し合ったあと、残った方を倒したいのだが……」

「だけど、それじゃシャルロットが!」

「……私がディアブロを食い止める。その間に二人でシャルロットを救い出せ、出来るか?」

「で、出来るのか?」

「わからん。正直、AICがあっても、相手の性能は段違いだ。あのパワーとスピードはレーゲンのスペックを軽く上回っている」

 2月の記憶を思い出す。あのディアブロは加速からの一撃でレーゲンを吹き飛ばし、具現限界までエネルギーを吹き飛ばした。今はAICで相手の動作を止められるとはいえ、簡単な相手じゃないのは間違いない。

 BT実験機のパイロットは様子を窺う作戦なのか、空中で静止している。

「まずい、逃げろ!」

 クラリッサさんの叫びがイギリスのパイロットに届くよりも速く、ディアブロはその体を掴み取った。背中の巨大な推進翼が大きな光を発し、まるで白い翼のように見えた。

「イグニッションブースト!?」

 ディアブロはBT実験機を掴んだまま、最大加速を行い、壁面に激突する。瓦礫が天高く舞い上がった。

「……BT実験機沈黙」

 センサーの横に表示された窓から、BT実験機のIS反応が消える。今の一撃で残っていたエネルギーを削り取ったんだろう。

 ディアブロは標的を再度、ラファール・リヴァイヴが変化した聖母像ISに見定めたようだ。アリーナの反対側を向いて、アイセンサー部分を光らせる。

「ラウラ、クラリッサさん、シャルロットはオレが、二人はディアブロを頼む!」

「一夏?」

「あの悪魔はたぶん射撃武器がない。だったら、AICを持った二機でやるべきだ。その間は、オレがラファール・リヴァイヴを抑える」

「だがしかし!」

「……これしかないと思う。シャルロットを守るために、手を貸してくれ!」

「いいのだな?」

「ああ、助けて……みせる!」

「まったく、無鉄砲な嫁を持つと苦労する、了解だ! クラリッサ!」

『ヤー! 一夏、死ぬなよ!』

 聖母像ISが前面に銃器群を生やす。ディアブロが背中の推進翼を立てた。

 レーゲンとツヴァイクが二機の中心へと加速する。オレはシャルロットの元へと、持てる限りの力で走り出した。

「黒兎隊の意地を見せるぞ!」

「ヤー!」

 ディアブロが自身を巨大な砲弾として発射された。五本の線が交錯する。

 その中心点で、二羽の兎が跳ねる。展開されたAICでディアブロを受け止めた。

 変化したラファールが砲撃を開始するよりも早く、オレがその機体の足を払う。パワーだけは一流のメッサーシュミットだけあって、体勢を崩すには充分な威力だったようだ。

 オレにできることは、何だろう。

 メッサーシュミット・アハト。第二世代黎明期に開発された初期型インフィニット・ストラトス。スピードは並み以下。パワーは一流、たまにスラスターが勝手に壊れる。パイロットとしての織斑一夏は、かろうじてISが動かせる程度のぶっちゃけ新兵以下。まともな神経してたら、逃げるのが当たり前だ。

 だけど、やらなきゃいけないことがある。

「うおりゃあああ!」

 腰をついたまま銃器をオレに向ける聖母像IS。

 後退用の脚部スラスターフルバックをかけようとするが、

「また壊れた!」

 プスンと煙を吐いて止まる。

 何でこいつはいっつも後退用スラスターが壊れるんだ!

「前進だけしろってことかよ!」

 咄嗟に腕でガードを試みるが、十字砲火を食らいシールドエネルギーがみるみる減って行く。

 銃撃が止み、続いて油の切れた歯車のような動きで起き上がった。今度は右手を伸ばす。形を成していた金属が溶けていき、そこから機関銃が生えてきた。

「クソッ」

 咄嗟の反応で警棒を投げる。銃身にジャストミートして狙いが逸れた。

 持てる限りの加速で相手にぶつかり、抱え上げる。目の前にシャルロットの顔があった。

 そのまま壁面に向かって加速し続ける。

「シャルロット! シャルロット、目を覚ませ、シャルロット!」

 声をかけるが、起きる気配はない。

 壁に激突させ、会場が揺れる。

「シャルロット! 起きろ、こんなことしてる場合か、シャルロット!」

 だけどやっぱり目を覚まさず、異形の人形が腕を広げてオレを抱きしめた。

 一度融解したあと形成されたマスクがオレを覗きこんでくる。どこかシャルロットに似ていたが、やっぱり違う。

 ……これ、シャルロットのお母さんなのか、ひょっとして。

「リア、VTシステムって何だよ? どうやったら解除できる?」

『ヴァルキリートレースは、その名の通りにモンドグロッソのヴァルキリーの動きをトレースする機能だって聞いてるけど詳しいことは不明、っていうか、そんなことより早く振り解いて!』

 銀色のマスクが溶けていき、それは形を六連式リボルバーパイルバンカーへと変化させた。

『一夏!』

 オレの頭部に杭がぶち当たる。

 衝撃で吹き飛ばされるかと思ったが、絶対防御機能が発動したのか、ダメージは何一つない。ただ、シールドエネルギーが先ほどの数倍の勢いで減った。

「くそ、離せ、離せ!」

 凶悪な連発式杭打ち機のリボルバー機構がゆっくりと回る。火薬が炸裂した。

 可能な限り首を曲げ、何とか一撃をかわす。

 だが、今度はオレと抱きとめていた腕が伸び、胴体へと巻きついたあと手の平で頭を固定した。

 まるでキスを強要されるような体勢だ。一ミリたりとも首を動かせない。腕を振り解こうと思っても、メッサーシュミットのパワーですら動けない。

 伸び切った合金の杭がゆっくりと戻っていく。

 くそ、動け、動いてくれよ、ぱっつぁん! こいつだってラウラと一緒なんだ、生まれたときから逃げられない道が敷かれてたんだ、だから、オレに助けさせてくれよ! まだオレは誰も守れてないんだ、誰かを守らせてくれよ!

 暗く底の見えない丸い唇がオレの頭に照準を合わせる。シールドエネルギーはあと一発持つかどうか。

『隊長! 副隊長、一夏が!』

『くっ、一夏! くそ、邪魔をするな悪魔め!』

 自分の力の無さが悔しい。

 中学校二年のときから、ずっと何も手に出来てない。サボってたツケだ。逃げてきたツケがここで回ってきた。

 でも、もし未来を前借させてくれるなら、オレの未来から誰か力を持ってきてくれよ。きっとそのときまでには強くなってみせるから。

「ハハッ、そんな自分勝手なのは許されないよな」

 自嘲の笑みが浮かんでしまう。ホントに自分が情けない。

 悪い、ラウラ。お前の機体と期待に答えられなかった。

 出来るなら、ラウラやシャルロットやクラリッサさんが無事、こいつらから逃げ切れますように。

 祈るように目を閉じた。

「一夏!」

 ラウラの悲痛な声が聞こえてきた。

 すぐ近くで火薬の炸裂音が響く。

 ……何も起きない。

 恐る恐る目を開ける。

 黒い爪が、オレの前でパイルバンカーを受け止めていた。

「ディ……アブロ?」

 シュヴァルツェア2機と交戦していたはずのディアブロが、なぜかオレを守っていた。

『何が……起きて』

 クラリッサさんの呻くような声が聞こえる。

 ディアブロが初めて武器を取り出す。光る剣だった。溢れんばかりのエネルギーで包まれているそれは、見たことがある。千冬姉の使っていた機体の武装、『零落白夜』だ。

 どこかで見たことのあるような剣筋が振るわれると、オレを掴んでいた聖母像の腕が切り落とされる。

 そのまま左手一本でオレを抱えると、ディアブロは空中まで舞い上がった。

「あっちゃー、そこにあったんだ」

 やれやれと呆れ半分の、場違いなまでに能天気な声が聞こえる。

「た、束さん?」

「やっほー、いっくん」

 ニンジンの形をしたミサイルのようなものに腰掛けて空中に浮かんでいた。

「なんでここに……」

「いやいや、様子を見に来たんだよね。そしたら、見覚えのある機体がいて、びっくりしたわけでー」

「えっと、ディアブロを知ってるんですか?」

「ディアブロ? 変な名前ー、誰かつけたのかなー。まったくもってセンスないねウンザリだね」

 ケラケラと笑う。だが、すぐに真顔になった。

「それの名前は『白式』。色々といじってる最中で暴走したと思ったら、こんなところにいたんだ。いやー参った参った。束さんびっくり」

「え、えーっと、じゃあ」

「たぶんそれ、基本はいっくんの危機を感知して動いてるんじゃない? 原理は調べてみないとわかんないんだけど。自分自身で大雑把なプログラム組んでるのかな、ああ、いっくんの敵を排除するって設定になってるのかな」

 束さんは腕を組んで、誰にでもなくぶつぶつと呟いていた。

 オレを抱えるISを見上げる。

 言われてみればそうだ。こいつが前に現れたときは、オレがラウラと戦闘していたときだった。今回だって、あの変化したラファールにやられそうになったときに現れた。

「なんで黒くなってるのかなー。色々調べてみたいんだけど、どうしたものかなー」

 もう何がなんだかさっぱりわからん。

 呆けていると、バイザーの視界に一つのウインドウが現れた。

「サードシフト……? ただしエネルギー不足?」

 オレの意思に反して、ぱっつぁんがゆっくりとディアブロ、いや『白式』の顔へと手を伸ばす。その手を掴むと白式は一つ頷いた。

 視界を埋め尽くすように、次々とウィンドウが現れていく。

『一夏の機体がまた変化して……まさかサードシフト? ワンオフアビリィティの発動?』

 リアの震える声が聞こえてくる。

 眩いばかりの光がメッサーシュミット・アハトから発せられる。思わず目を閉じてしまう勢いだった。

 やがて瞼に当たる光が和らいだのを感じて、ゆっくりと目を開ける。

 黒い悪魔のごときディアブロが白くなりフォルムが変化している。そしてオレが装着していたメッサーシュミット・アハトがなくなって……いや、これは、剣か?

「エネルギーが足りなかったのかな、古い機体だったし」

 束さんがカラカラと笑うように教えてくれた。

 オレの目の前に、一本の光るエネルギー体が浮かんでいた。ゆっくりと手を伸ばす。

 光が形を成していき、最終的に固形化された形は、一本の剣だった。さっき、白式が取りだしていた剣と似たような、雄々しい一本の兵器となっていた。

「そっか……付き合ってくれるか、ぱっつぁん」

 こいつは形こそ剣でしかなくなったが、インフィニット・ストラトスだ。その証拠に、オレの視界にはIS装着時と同じステータスウィンドウが浮いている。

 オレの初めての機体、メッサーシュミットの八番目の機体、通称『ぱっつぁん』。

「さて、そろそろ終わらせようか、オレの逃走劇をさ」

 下を見れば、ラウラとクラリッサさんが聖母像IS相手に激戦を繰り広げている。シュヴァルツェアのAICは、ああいう手数の多い相手とは相性が悪いからだろう。

「頼む、白式」

 左手でオレを抱きかかえているISへと告げると、無人なのにも関わらず再び頷いてくれた。

「ラウラ、クラリッサさん、回避を!」

『一夏?』

 白式がオレを空中に放り投げた。っておい!?

 そのまま有り余る推進力で一気に加速し、聖母像ISへと突進していく。

 地面へと激突し、あまりの衝撃に周囲が揺れた。爆心地にいた聖母像ISが空中に浮かぶ。

「おおおおぉぉぉぉぉ!」

 目標を見定め、そこへ向かって真っ直ぐと落下していく。剣へと変化したメッサーシュミット・アハトを構え、真っ直ぐと突き出した。

 空中に浮かぶ聖母像の胸元に突き刺す。その勢いのまま、埋まっていたシャルロットの横を薙ぎ払った。その体が聖母像から解放されていく。

 そのまま地面へと激突し、すさまじい衝撃と轟音が訪れた。

 オレの意識はそこまでだった。

 

 

 まるでISのPICを起動させたときのような浮遊感で目を覚ます。

 場所がどこかすらわからない、地面すらない場所だったが、不思議と驚きはなかった。

 顔を上げると遠くにシャルロットが膝を抱えて座っているのが見える。

 そこへ行きたい、と思うと、オレの背中を誰かが押してくれた。

 ゆっくりと、シャルロットの元へと辿り着く。

『……一夏?』

 膝をかかえたまま、シャルロットが顔を上げる。

『泣くなよ』

『迷惑かけてばっかりでごめんね』

『いいさ、オレだって迷惑かけてばっかりだ』

『……僕、お母さんになりたかったんだ』

『そっか。じゃあ、なればいいさ』

『……え?』

『お前がお前のお母さんにしてもらったことを、次の誰かに渡せるように、生きていけばいいと思うぜ』

『でも……』

『まずは立ち上がれ。逃げてばかりじゃ何にも始まらないさ。考えること、自分で動くことから逃げるのはやめようぜ、お互い』

『……そうだね。お母さんはステキな人だったけど、お母さんそのものになれるわけじゃない……んだよね』

『オレだって、たぶん、そうなんだろうな。千冬姉みたいに何かを守れる人間になりたいけど、千冬姉になれるわけじゃない』

『お互い、頑張らなきゃってことかな』

 少し照れたように笑う。

『さ、まずは自分の足で歩くか』

 手を差し伸べると、シャルロットがオレを見上げる。そしておずおずとその手を握ろうと伸ばしてきた。

 まどろっこしいので、その手を掴み立ち上がらせる。

 驚いたような顔をした後、シャルロットが柔らかく微笑んだ。

『もう、一夏ってば、意外に強引なんだね』

『そうか? でも、強引なぐらいで行こう』

『うん!』

『じゃあ、また後でな』

『じゃあね、また後で……その、一夏?』

『ん?』

『僕を守ってくれて……ありがとう』

 彼女はゆっくりと歩き出す。オレはその背中を見送ってから、一つため息を吐いた。

 守れた、のかな。

 本当にそうなのかは、まだわからない。でも、出来る以上のことをしたと思える。オレにしては上出来だ。

 ふと背中に気配を感じて振り返る。

 そこには、メッサーシュミット・アハトが立っていた。宇宙服の胴を無くしたような鈍重なフォルムと、迷彩柄の手足。搭乗者の顔はバイザーに隠されて、口元しか見えない。

『どうした、ぱっつぁん』

 笑いかけると、搭乗者が微笑んだ。それから、小さく、

『ラウラをよろしくね、織斑一夏』

 と呟いて、シャルロットが去った方向と逆を向いた。

『どこ行くんだ、ぱっつぁん?』

 オレの言葉に振り返りもせず、軽く手を上げてから、ゆっくりと歩いていった。

『……そっか、ありがとな、ぱっつぁん』

 その姿が見えなくなるまで、オレはずっと見送っていた。

 

 

 目を覚ますと、ラウラの顔があった。

 オレが驚くよりも早く、

「一夏、言うことは?」

 と尋ねてくる。ったく。

「……ありがとうラウラ」

「よろしい。では、追加オーダーだ」

「つ、追加?」

「わ、私を好きだと言え」

「そんなことか、オレはラウラのこと好きだぞ」

 もっと無茶ぶり来るかと思った。

「ほほほほ、ホントか?」

「今じゃ親友だと思ってるぜ」

 会心の笑みで言ったのに、無言のパンチが飛んできた。声も出ないぐらい鼻が痛い。マジ痛い。

「目が覚めたなら、さっさと起きろ」

 ベッドから飛び降りたラウラの声がすげえ冷たい。なんでだよ。

 鼻を押さえながら起き上ると、そこは黒兎隊のトレーラーの中だった。壁に埋め込まれていた簡易ベッドを引きだしていたようだ。

「……みんなは?」

「色々と事後処理に走っている。今はもう夜だ」

「……シャルロットはどうなった?」

「命に別条はない。衰弱は酷かったので、近くの病院に運び込まれた。ついさっき、目が覚めたという報告があった」

「どうなったんだ、結局」

「デュノア社長はフランス軍に連れていかれた。どうなるかは知らん。死傷者はゼロ。お前とシャルロットが一番の重体だな」

「良かった」

 ホッとため息を吐いてから、トレーラー内を見渡す。

 壁際には、ボロボロになった金属片が吊るされてあった。わずかに見える迷彩柄は、メッサーシュミット・アハトと同じものだ。

「……ぱっつぁんは?」

「再起不能だ。もう動かん。急な形態変化のせいか、あのラファール・リヴァイヴを倒したあと、その姿になって反応がない。分析すら不可能だろうな。おそらくリセットをかけて、コアは次の機体に乗せ換えられる」

「そっか……。すげぇ世話になったな、アイツには」

 ラウラが少し悲しそうな顔をして、ボソリと、

「もう少し、上手く乗ってやれたら良かった」

 と呟いた。

「……ラウラをよろしくってさ」

「ん?」

「いや、何でもない。白式……いやディアブロは?」

「篠ノ之博士が持って行った。日本で再調整をかけるそうだ。まあスペックダウンは免れないだろうな。暴走していたがゆえの性能だったのかもしれん」

「そっか。ならこれで一件落着って感じかな」

 うーんと背筋を伸ばす。バキバキと骨が鳴った。

「何を落ち着いている」

「へ?」

 ラウラがニヤリと笑った。

「キサマは今から、関係各所に提出する報告書の作成だ。フランス語、英語、ドイツ語の三ヶ国語でだ。明朝までにな」

「ええええ!?」

「と言いたいところだが、まあドイツに帰ってからで良かろう。覚悟しておけよ」

 英語とドイツ語はともかく、フランス語とかほとんどわかんないんだけど……マジでどうしよう。

「さて、これから忙しくなるな」

 コキコキと首を鳴らしながら、ラウラが呟いた。

 それは今回の事後処理だけではなく、オレの行く末も含められてるんだろう。

「悪いな、世話をかけてばっかりで」

「構わん。今はまだ私の部下だ」

「……オレは良い上官に恵まれたみたいだ」

「あと、私もIS学園に行くからな。お前を放っておいては、いつまた無茶をするかわからん!」

 さらっとトンデモナイことをおっしゃったよ、この人。

「ちょ、ちょっと待て、行くって簡単に言うけど、お前、少佐だろ隊長だろどうすんだよ」

「な、何とかする! 」

「な、何とかって……はぁ……」

 何とかなるとは思えんが……というかクラリッサさんが許さんでしょ、たぶん。

 前途は多難、だけどまあ、これからも頑張っていきましょか。

 

 

 それからは忙しい日々だった。

 建前上はいないことになってる男性操縦者、という立場は変わらなかったが、欧州統合軍を中心にオレの情報は開示され、各国の軍へと顔を出しつつ、ドイツでは可能な限り黒兎隊のコックとして働き続けた。

 主にフランスに顔を出すことが多いのは、フランス国内のファンドに買収されたデュノア社のテストパイロットをしていたからだ。

 ホントは提案を蹴ってもよかったんだが、シャルロットの身柄をフランスで悪くしないための取引だった。もちろんオレ自身が交渉したわけじゃないけど。

 そんなわけで、フランスに行くたびにシャルロットと会う。今日もデュノアの本社ビル近くにあるオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。

「一夏、いつIS学園に行くの?」

「もうちょいかかるかな。テストパイロットの契約がもう少しあるし。シャルロットは忙しいのか?」

「うーん、やっぱり元経営者の身内ってことで、ファンドからの目は厳しいかなあ。性別偽装の件は一夏のおかげでうやむやになったけど」

「仕事が忙しいのかー……」

「うん、今週末からちょっとアメリカに行ってくるよ。国際的なISのショーがあって、そこのコンパニオンでもして、真面目に働いてるところ見せないと」

「コンパニオン……」

 どんなことするんだろ?

「あ、でも水着だったりはしないからね!?」

「いや思ってないし」

 そこまでスケベに見えるかな、オレ。

「そ、そう。ね、ねえ一夏、僕の水着姿見たい?」

「んーそうだなー。夏になったら今度、海水浴でも行くか」

「え、ええ? いいの?」

「部隊のみんなも誘ってさ」

「……そんなことだと思いましたー」

 がっくりとうなだれるシャルロット。なんで?

「バーベキューとかしたら楽しそうじゃないか?」

「バーベキュー?」

「昔、日本にいたとき、夏に川原で友達とやったんだよ。懐かしいな。みんな元気してるかな」

 なんで外で食べただけで、あんなに美味くなるんだろう。

 そんな懐かしい思い出を浮かべてると、シャルロットがオレの顔を不思議そうな表情で目を丸くしていた。

「な、何だよ? なんか顔についてるか?」

「ううん。そんな風に自然に日本のことを言う一夏って、初めてだなーって」

「そうか? まあ話す機会がなかっただけじゃないか?」

「ねえ一夏、日本のこと聞かせてよ」

「ん? いいけど、何を話したらいいのか」

「じゃあ日本の友達のことから」

「おう、いいぞ。まずはそうだな、順番で行くなら箒からかな。ファースト幼馴染」

 シャルロットに促されるまま、日本の友達のことを思い出しては喋って行く。

 下らない話ばっかりだったけど、シャルロットは嫌な顔をせずに聞いてくれた。

 そのおかげか、今日は日本がすごく近く感じられた。

 

 

 五月も終わりに差しかかり、IS学園に入ることが正式に決まった。

 ラウラの入学に関しては、色々な部署ですごい揉めたらしいが、最終的にはクラリッサさんが調整をしてくれたようだった。最初は反対してたんだけど、この間、IS学園に行ってから急に賛成側に回ってくれた。たぶん、あれでラウラに当たり前の女の子としても生きて欲しいと思ってるみたいだから、日本の学校が良い影響があるとでも思ったんだろう。さすが溺愛してるだけはある。

 そして、いよいよ明日、日本に帰るという日になり、ドイツ軍基地の中にある自分の部屋を片付けてると、千冬姉がやってきた。

「だいぶ片付いたな」

 ソファーに座り、部屋の中を見回していた。

「家具は備え付けだったし、そんなに荷物もないけど。あ、コーヒー飲む?」

「ああ」

 ジャケットを脱いで、ダラダラとソファーで横になり始める。うん、この姿はラウラには見せられないな。

 来ると聞いていたので残していた調理器具で、オレはコーヒーの準備を始める。昨日、食堂のアルベルタおばさんにコーヒーの免許皆伝をいただいたばかりだ。

 お湯が沸くのを無言で待つが、別に息苦しさはない。千冬姉はそんなに喋る方じゃないし、オレだって生まれてからの付き合いだ。家の中での沈黙は気にならない。

 黒い液体を注いで、唯一の肉親の前に出した。カップを持って、コーヒーの匂いを嗅いだ千冬姉が少し驚いた後、微笑んだのを見て嬉しくなる。反対側のソファーに座って、自分のコーヒーを口に含んだ。うん、上手く出来てる。

「専用機がある。日本で受け取りだ」

「ひょっとして白式とかいうやつ?」

「ああ。再調整とデチューンが行われてるがな」

「あれって、何でああなってたわけ?」

 ディアブロこと白式は、オレのピンチに登場してきたが、オレもちょっと攻撃されてた。オレを守るとか言ってたけど、そこんとこどうなのと今になって思い出す。

「わからん。束曰く、基本はお前の危機に駆けつけるよう、自己プログラミングされていたらしいがな。お前の敵を倒すようになっていたが、目標設定が単一しか出来ないらしい」

「えーっと、つまり人間で言うなら、カッとなると周りが見えなくなるってことか」

「まるでどっかの誰かさんそっくりだ」

「だ、誰のことだろうなー」

 たぶん千冬姉の弟のことだろうなー。

「それで一夏」

「うん?」

「納得できたか?」

 本当に家族同士の世間話として、千冬姉はコーヒーを啜りながら尋ねる。

「……うん、とりあえず千冬姉、オレを助けてくれてありがとう」

「家族だからな。当たり前だ」

 そう、千冬姉にとっては、オレを守るのは当たり前だった。

「……当たり前に誰かを守れるように、なれたらいいな」

「そうか」

「結局、何かを守れたって気はしないけど、でもドイツでもフランスでも友達が出来たし」

「友達ねぇ」

 千冬姉が含みのある表情でオレを見る。あ、あれ、友達だよな、ラウラもシャルロットも。オレが一方的に思ってるだけだったらどうしよう……。

「と、友達だとオレは思ってるんだけど」

「……そういうことではないんだが……まあいい。それで?」

「周りに笑顔が増えたんだ。だから、日本で危ない目に合わせた友達と、また笑って話せたらいいかなって……まあ、そんな感じ」

 千冬姉がコーヒーを飲み終えて、カップを置く。

「上出来だ」

 コーヒーの話か、オレの話か。

「それじゃ千冬姉、これからまた世話になるけど、今後ともお願いします」

「まだまだ世話になるということだけ、自覚してれば良い。学園ではビシバシ行くからな、覚悟しておけよ?」

 姉がからかうように笑いかける。

「了解です、織斑先生」

「家では今まで通り千冬姉だ、馬鹿者」

「あいよ、千冬姉。コーヒーのおかわり飲む?」

「ああ」

 キッチンに向かう途中、壁にかけてあるコルクボードが視界に入る。最後に片付けてようと思ってたから、まだ壁にかけたままだ。

 ここ数カ月で写真がたくさん増えていた。ゴスロリ服のラウラと撮った写真や、黒兎隊のみんなと写ってるもの、パリ観光をしたときに案内してくれたシャルロットとのツーショットもある。

 うん、この写真が増えただけでも、ヨーロッパに来て良かったって思える。

 それだけは、本当に間違いない。

 

 フランクフルト空港の国際ゲート前に立つ。

「さて、行くか」

「ああ」

 ラウラが頷く。シャルロットはフランスからすでに日本に向かったらしい。

 準備でバタバタとしてたけど、三人とも来週からはIS学園の生徒だ。

 鞄を持って、ゲートに向かおうとした。

「一夏!」

 オレの名前を呼ぶ声に振り返る。

 リアだ。赤い髪の、いつもオレの世話を焼いてくれた女の子。

「わざわざ来てくれたのか。って、なんだその眼帯」

「えへへ、似合う? 隊長と一夏とお揃い。今日から部隊全員がつけてるんだよ」

 思わずラウラと顔を見合わせる。

「なぜまた、それを」

 隊長の質問に、リアが少し照れたように、

「えっとですねー、離れても、私たちはラウラ隊長率いるドイツの黒兎隊ですよ! って感じです」

 とガッツポーズを作った。

 ラウラの頬が赤く染まる。照れくさいのか嬉しいのか。

「そ、そうか」

「隊長、あのフランスの子に負けないでくださいよ?」

「う、うむ、もちろんだ、嫁は渡さん!」

「その意気です!」

「では、留守中は頼む」

「はい」

 二人がビシッと敬礼をする。

 リアがチラリとオレの顔を見上げた。

「では一夏、先に行ってるぞ」

「え、待てよ、オレも一緒に」

「もう少し別れを惜しんでいけ。ではな、リア」

「はい」

 ラウラは有無を言わさずゲートに入っていく。

「ったく、なんだって言うんだ。でもリア、本当に最初っから最後まで世話になった。ありがとな」

「う、うん。でも一夏ってば、日本でちゃんとやれるのー? こう言っちゃなんだけど、一夏ってちょっとおバカさんだし……」

「ぐ……そう言われると返す言葉はないけど、でもまあ、何とかなるだろ。ちょっと距離が遠くなるけど、サポートよろしくな」

「うんうん、何かあればすぐ連絡してよね!」

「じゃあ、行くよ。見送りありがとな、リア」

「あ、えっと、一夏、待って」

「うん?」

「ドイツのお土産。渡してなかったから……」

 少し照れくさそうに笑うリアの手には、何も乗ってないんだけど。

「なんだろ?」

「驚かせたいから、目を閉じて」

 言われた通りに目を閉じる。

 頬に吐息を感じた瞬間、柔らかい濡れた感触を覚えた。

「って、リア!?」

「ふふ、これがドイツ土産。秘密だよ?」

「え、ええーっと」

「ほら、じゃあ一夏、またね!」

 リアが背中を向けて駆け出した。

 まあ日本じゃないし、感謝のキスなんて、ここじゃ普通だ……だよな?

 ボーっとしているうちに、リアの姿を見失う。人ごみにまぎれ、もう彼女の背中は見えなくなっていた。

 もう届かないと思いつつも、オレは小さく、別れを告げる。

「ありがとうな、また来るよ、この西の地に」

 踵を返し、オレは日本へ向かうゲートへと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




『インフィニット・ストラトス 西の地にて。』はこれにて終わりとなります。
(多少の改訂はするかもしれませんが、追加はありません)
何はともあれ、多々いたらぬ点があったかと思いますが、ここまで読んでいただいてありがとうございました。


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