魔法はお前の魂だ(魔法先生ネギま✖天元突破グレンラガン) 作:アニッキーブラッザー
観客の大ブーイングを受けうな垂れるシモンだが、ようやく少しずつ落ち着いてきてヨロヨロと立ち上がる。
最早この場に味方は誰もいない。そう思えるほどの孤立無援四面楚歌の状況だった。
その元凶たる己の対戦相手をシモンは睨む。
昔からの仲間でこの世界ではブータを除き一番自分を知る女性。
その彼女の発した言葉によりシモンの心は傷ついていた。
「まったく・・・俺に一体何の恨みがあるんだよ・・・・」
頭をぼりぼり掻きながらシモンはヨーコに尋ねる。
そう、シモンは今日のヨーコに少し違和感を覚えたていた。
するとヨーコはクスリと笑みを浮かべる。
「恨み?・・・・違うわよ、今日はアンタが隠しているアンタのカッコ悪いところを皆に見せてあげようと思ってね♪だって今のアンタ・・・・カッコよく思われすぎて、ちっともアンタらしくないもの・・・・」
くすくすと笑いながらシモンを見るヨーコ。その態度にやはりいつもと違う何かを感じた。
少なくともヨーコは冗談や人を陥れるような発言をする女ではなかったからだ、
「カッコ悪いところ?・・・・そんなもの男に求めてどうするんだ?カッコよければそれでいいじゃないか!・・・・お前の所為で評価がガタ落ちだけどな・・・・」
「それが・・・偽りじゃなければね・・・」
ヨーコの真意が読めずにシモンは更に首を傾げる。
「偽るも何も、俺はいつだって・・・「本当に?」・・・?]
いつものように、「俺は俺」。そう言おうとした瞬間にヨーコが大声を上げて口を挟んだ。
「本当に・・・それが本当のアンタの姿なの?・・・・・自分の言葉を嘘偽りなく言っているのかしら?もしそうだとしたら・・・随分つまんない男になったわね」
するとヨーコは問いに答える間もなくシモンに向かって走り出した。
「!?」
「はあ!!!」
ヨーコの強烈なハイキック、シモンは咄嗟に腕を差し出し片手でガードする。
するとヨーコは攻撃を更に繰り出す。
高速な左ジャブの連打の攻撃がシモンを襲う。
威力を纏った高速の拳にシモンは全てを避けることも弾くことも出来ずに数発被弾していく。
急所への攻撃は回避しているものの、度重なるブーイングで集中力が途中で切れたシモンには防御が困難である。
するとヨーコはサークル上にステップをしてシモンを囲みながらパンチを当てていく。
そして攻撃の手は休めずにヨーコが口を開いていく。
「死んだものは死んだもの・・・」
「!?」
「アンタはあの日そう言っていたわね・・・」
ヨーコの言っていることが何を意味しているのかシモンは瞬時に分かった。
それはニアとの永遠の別れの日、自分の腕の中でニアがこの世から消えたときのことである。
その際、螺旋の力を使えばニアや他の死んだ仲間も生き返るのではないかという話があった。
しかしシモンはそれをしなかった。
そして新たな世代に自分の魂の象徴でもあったコアドリルを託し、旅立った。
するとヨーコは突然攻撃の手を止めてシモンのコートの胸倉を掴んだ。
「ニアが死んで一年、新たな世代に魂を託して旅立った大グレン団のリーダーの末路がこれなの?」
「な・・・なんだと?・・・・一体どういう意味だ!?」
ヨーコは鼻で笑いながらシモンに語りかける。
「誰も自分を知らない世界で気の済むまでカッコつけて、今のアンタを見たらニアはどう思うのかしら?」
「――っ!?」
乾いた音が響いた。
それは決して攻撃のつもりで放ったわけではない、しかしシモンは咄嗟に手を出してしまった。
シモンがヨーコの頬を叩く、今まで一度もそんなことなどなかった。
ネギたちも驚いていた。
しかしシモンは自分の行動に驚くことなどせずに、物凄い剣幕でヨーコに対して声を上げる。
「ヨーコ!お前どういうつもりだ!?くだらねえ挑発にも限度があるぞ!!」
ヨーコの真意は分からない。
それは先程と同じように自分の集中力を乱すための作戦だったのかもしれない。
しかしどちらにせよシモンはその言葉に我慢がならなかった。
するとヨーコは少し赤くなった頬を押さえながら顔を上げる、そして次の瞬間、
「ぐおっ!?」
シモンのみぞおちに蹴りを叩き込む。
咄嗟の攻撃を回避することが出来ずにシモンは腹を押さえながら倒れこみ、呼吸が荒れる。
まだダメージが抜けないシモンだが勢いよく立ち上がりヨーコに殴りかかる。
しかしヨーコはこれをアッサリ回避し、再び唇を動かす。
「愛しいものが死んで・・・それを簡単に割り切ることが出来るほど人は簡単じゃない、でもアンタはあの子やネギたちにニアのことを割り切って生きているようなことを伝えたそうね?」
「ゲホッ・・・ゲホッ・・・・それの・・・それの何が悪い!ニアは死んだ、それはもう変えることの出来ないことだ!アイツとの思い出を胸に抱いて生きることの何が悪い!!」
呼吸を荒らしながらもシモンはガムシャラになってヨーコに殴りかかるが。
そのパンチをヨーコは軽々と掴み取った。
それでもヨーコを睨みつけるシモン。しかしヨーコは言葉を止めない。
「くっ!?」
「まだ一年よ?子供のころから好きだったあの子の死を・・・アンタは簡単に割り切れたの?」
「なんだと!?」
「そういえば・・・・アンタは笑顔で私たちと別れたわね?あの後・・・・アンタはあの子の死に泣いたの?・・・・いいえ、ブータも傍にいたからアンタは泣かなかったんでしょうね、そして・・・・愛する人の死にも涙を流さずに、新たな世界を求めて旅立ったアンタの姿がこれよ!」
ヨーコはシモンの拳を離し、シモンを指差した。
「愛する人の死を引きずらずに、明日に向かって今日を精一杯生きている熱血男のシモン!これがここにいる人たちがアンタに抱いている姿よ!・・でも・・・私に言わせれば・・・ふざけんなっての!!」
ヨーコは再びシモンの胸倉を掴み出した。
「あの強いカミナだって、お父さんの死には天に向かって大声で泣いたわ!私だって・・・・・カミナや・・・・キタンが死んだときはそうだった・・・でも・・・アンタはどうかしら?アンタの想いはその程度だったの?」
「―――!?」
「違うでしょ! 私が目の前に居るんだから、私の前でくらい、かっこつけんじゃないわよ! 割り切った気になってんじゃないわよ!」
その言葉を聞いてシモンの動きが止まった。ただ呆然と信じられないような目でヨーコを見つめていた。
「よっ、ヨーコ・・・ッ!」
ヨーコのシモンに対する言葉。先程まで大騒ぎだった会場が一気に静まり返っている。
ネギたちもそうだった、二人が互いに遠慮し合わない中だというのはよく知っていた。
しかしヨーコの言葉はそのレベルを遥かに超えていた。
ネギたちはニアのことを話の中でしか知らない。シャークティや美空もそうである。
しかしシモンがどれほどニアのことを強く想っていたのかはなんとなく理解していた。
木乃香たちもそうである。
死してもなおシモンに想われるニアの存在に打ち勝つのが彼女たちの決意でもあった。
しかしヨーコは今その想いを否定した。
「なにを・・・言ってんだよ・・・・」
その瞬間シモンの体がプルプルと震えだす。
この感情は怒りだった。
自分がこの世で最も信頼する女性の口から最も信じられない言葉が吐き出された。
強く握り締める拳、食いしばる歯、両方から血が滲み出す。そして沸々と湧き上がる怒りを抑えられずに。
「ヨォーーコーーー!!!!」
シモンは思いっきりヨーコを殴った。
力任せに殴られてヨーコは二転三転しながらリングの上を転がった。
その光景に木乃香やアスナたちも口元を抑え驚きの表情をしていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、」
シモンの息が荒い。
生まれて一度も女を殴ったことなどシモンは無かった。しかもその初めての相手はヨーコである。
シモンは倒れたヨーコにツカツカと歩み寄り、彼女を見下ろしながら静かな声で呟く。
「ヨーコ・・・・お前が言わないでくれよ・・・・・」
ポツリと呟く言葉だがその言葉は皆に聞こえていた。
「お前が、俺のことを誰よりも知っているお前が、俺のニアへの想いをその程度だったとか、言うんじゃねえ!」
するとシモンは倒れているヨーコの腕を強引に引っ張り起こした。
「俺の想いがその程度だと!?ふざけんな!!俺はアイツのためならなんだってした!俺の命ぐらい何度だって賭けたさ!宇宙の果てにいようともアイツの下へ飛んでいったさ!」
起こされたヨーコの頬は腫れ、口元から血が滲み出す。
しかしそれを気にせずにただ黙ってシモンをヨーコは見つめる。
そして次の瞬間、シモンの目元に薄っすらと涙が浮かび上がった。
「・・・七年だぞ?・・・アニキが死んで・・・・どん底に落ちた俺の傍にいて・・・いつだって俺を信じて・・・・何度だって支えてくれた・・・・。この世で・・・この世で誰よりも俺を信じてくれたニアを・・・それを・・・それを・・・・その程度の想いだなんて・・・」
この光景に会場中が言葉を失っていた。突如会場中を包み込むこの重たい空気に会場中が押し黙っていた。
「シモンさん・・・・・ヨーコさん・・・・なんで・・・なんで二人が・・・こんなことに・・・」
「なんでだよ兄貴・・・・ヨーコさん・・・・無敵の大グレン団の二人が・・・・どうして・・・」
ネギたちにも信じられなかった。
シモンの行動、そしてヨーコの言動が信じられなかった。
性別を超えてどこまでも互いに信頼しあう最高の仲間、それがシモンとヨーコだと思っていた。
だからこそ彼らもその姿に憧れていた。
しかし今の二人は一体何だ?シモンの想いを否定するヨーコ、そんなヨーコを力任せに殴るシモン、この光景にただ彼女たちは涙を流すしかなかった。
「ねえ・・・・・ニアさんって・・・誰?」
ハルナが顔色を曇らせながら他の者に尋ねる。
先程まで笑顔だった彼女、しかしシモンとそれほど付き合いがあったわけでもない彼女だが、それでも今の状況に只ならぬものを感じていた。
楓やタカミチもそうだった、シモンがこれほど我を忘れて取り乱すほどの「ニア」という名前がとても気になった。
するとシャークティが躊躇いがちに口を開く。
「一年前に亡くなった・・・・・・シモンさんのお嫁さんのことです・・・」
「「「!?」」」
「一年前の結婚式の後・・・・・・彼女はシモンさんの腕の中で息を引き取ったそうです・・・・・。昔から彼を傍で支えた女性・・・・それがニアさんです・・・・」
ハルナやタカミチたちはシャークティの言葉に開いた口が塞がらなかった。
それほどまで衝撃的な内容だったからである。
そもそもシモンが結婚していたこと事態初耳だった。
そしてその人物が既に亡くなっていることにも驚いた。
かつて木乃香たちもシモンの過去を知ったときも同じ顔をしていた。
なぜそうなのか?それはシモンがそんなつらい過去を微塵も感じさせないような明るさと熱さを常に自分たちの前で振舞うような人物だったからである。
それゆえシモンにそんな過去があったなどとは、まったく想像できなかったからである。
「だったら・・・・悲しかったんならそう言えばいいじゃない・・・」
「どうしてだよ・・・悲しいからって下を向いてばかりいても仕方ないじゃないか・・・・・」
少し俯きながら喋るシモン。少しだけ息が整い落ち着いてきた。
するとヨーコは自分に向かって近づきながら口を開く。
「・・でも時には後ろを振り返ることも重要よ・・・それが大切な思い出なら・・・強い想いならなおさらね、・・・・過去を振り返るってのは、そういうことでしょ?」
シモンに殴られたダメージが膝に来ているのか、立ち上がっても足元がおぼつかない。
しかしそれでもヨーコは一歩一歩踏み出しシモンへ近づく。
「このままじゃ・・・・アンタがせっかく見つけた新たな居場所が・・・・アンタに対する理想にアンタが潰されないか・・・・心配よ・・・」
「ヨーコ・・・・・」
「アンタだって弱音ぐらい吐けばいいじゃない!・・・・シャークティや美空やココネもアンタの家族でしょ?信頼しているんでしょ?なのに・・・なんでカッコつけて悲しみを誤魔化すの?」
ヨーコの瞳もシモンと同じように潤んでいた。彼女もまた自分の言葉に苦しみながらも自分の想いを伝えていく。
「私は知ってる!アンタは確かに強い心を持っている、でも弱さも知っている!カミナが死んでどん底に落ちたとき・・・アンタはニアと出会うまでずっと死んだような目をしていた。でもそれが普通の反応なのよ!誰だってそう、アンタだって一人の人間なんだから弱音を吐いたり悲しんだりする時だってあるのよ!それは・・・・全然過去を引きずるってことじゃない!それは普通のことなのよ!」
ヨーコはいつの間にか見せなくなったシモンの弱さが気になっていた。
最初はシモンも大人になっただけかと思っていた。
しかしこの世界で出会った新たな友のシモンへの評価が少し行き過ぎに感じていたのだ。
「あの子達は・・・アンタが強くてカッコイイ姿しか知らない・・・・・その理想がアンタを押し潰さないか・・・・・私は心配なのよ・・・・」
弱気になりそうな時にも誰にも打ち明けることもせず、無理と無茶を重ねて、弱さも抱えていく。シモンがそうならないのかが心配だった。
もしシモンがただ無理しているだけなのだとしたら、それを今日全て明らかにしたいというのがヨーコの想いだった。
シモンにも弱さがあるのだとしたら、この世界にいるシモンの新たな仲間に教えてあげたかった。
「だって・・・・しょうがないじゃないか・・・・俺が悲しむ姿なんて・・・ニアは絶対に望んでない・・・・」
するとシモンはこの世界に来て初めて弱々しい言葉を口にした。そんなシモンに対してヨーコは更に言う。
「何がニアの気持ちよ、死者は何も語らないんだからそんなこと分かるはずないでしょ!大体ニアが望んでたら泣くわけ?バカじゃないの!悲しんで泣くかどうかはアンタの気持ちでしょ?」
「・・・・、どうして・・・どうして今になってそんなことを言う・・・・・・・」
「言ったでしょ、アンタのメッキを剥がすって・・・・・・アンタだって強くて熱いだけの男じゃない、バカもやる・・・・・弱気になりそうなときもある・・・・でも・・・それを誰も知らない!!」
ヨーコはリングサイドに居るネギたちを見た。ヨーコと目が合い咄嗟に肩がビクッと震えた。
「あの子達がアンタを好きになるのは構わない、でも・・・アンタのそんな部分をあの子達は知らない・・・・・それを知らずにアンタの傍にいてもしょうがない、弱気になりそうなとき・・・・ニアがアンタにしてくれたように・・・・アンタを支えることの重要さを教えたかったのよ・・・・」
「だって・・・・だって・・・しょうがないじゃないか!!・・・一度弱気になっちまったら・・・・止まらなくなるんだ・・・・」
それはいつ以来だろうか、シモンの瞳から何かが零れそうになる。
「一度泣いたら・・・・止まらな・・・」
今でも鮮明に覚えている。ニアとの出会いを。
カミナが死んで自暴自棄になり、ガンメンや仲間を相手に八つ当たりをして捻くれて、そんな時に崖の上から大きな箱が落ちてきた。
中をあけたら驚いた。この世のものとは思えない美しさと可愛らしさを持った少女が箱の中で眠っていた。
呆ける自分、そんな時起き上がった彼女は自分を見て開口一番にこう言った。とても柔らかい笑顔で、
――ごきげんよう
話をしてみるとその少女は地下暮らしだった自分たちよりも遥かに常識を知らない世間知らずのお姫様だった。
しかしだからこそ純粋で自分の思った言葉を素直に口に出す少女だった。
その純粋でとても温かい言葉があったからこそ自分の心は救われ。
気付いた時には彼女を好きになった。
掛けてもらった言葉を、一つ一つの会話を、声を、笑顔を、ニアに関することで忘れているものなど何一つなかった。
そして最後の戦いのとき、アンチスパイラルを倒し宇宙を救う。
それはニアとの別れを意味していた。
自分は宇宙の命運と、宇宙で最も愛しい女の命を天秤にかけさせられた。
しかし自分が迷う間もなく彼女の口から告げられた。
――シモン・・・アナタはアナタの成すべきことをするためにここまで来た、そうでしょ?
ニアの言葉は自分の死を意味していた。
しかし彼女は温かい微笑で自分に語りかけた。
己の命を微塵も惜しいと思わず、戸惑うシモンに決意させた。
今でも覚えている。
最後の最後まで力強く生きたあの少女は・・・・・自分の腕の中で最後に・・・・
――愛してるわ・・・・シモン・・・・
それが彼女の最後の言葉、最後の最後まで笑顔でその人生を終えた女、
「シモン・・・・泣くのは・・・弱さの証明なんかじゃないわよ?」
もう止めることが出来ない。耐えることなど出来なかった。
一年前から自分の心に言い聞かせて押しとどめていた感情は、今ここで戦友に指摘されて完全に壊された。
そしてシモンは天に顔を向ける。目からあふれるものが零れ落ちないように。
「うわあああああああぁぁぁっっっっ!!!!! くそっ! くそオオオ!」
シモンは叫んだ。
心の中に押し寄せたものを全て吐き出すかのように。
「俺だって・・俺だってどうして言いか分からないよ!でも・・・でも!割り切って生きるしかないじゃないか!」
その叫びは一体誰に向けていった言葉かは分からない。しかし誰よりも早くヨーコが口を開く。
「そうね・・・そうかもしれない、でも・・・・そこに辿り着くまでの悲しみを・・・・無理に割り切ろうとしなくてもいいのよ・・・・、少なくとも・・・・・アンタは一人じゃなかったんだから・・・・・・」
「やはり・・・シモンさんは・・・・ニアさんのことを割り切ってなどいなかったんですね・・・・」
シャークティの言葉に全員が振り向く。
彼女はとても悲しい表情をしながら、リング上のシモンを見つめながら少し前のことを思い出す。
あれはシモンと会ってまだ数日のことだった。
「彼と会ってまだ間もないころ・・・・美空が彼にお酒を飲ませました・・・・そして酔った彼は自分の悲しみを全てさらけ出しました・・・・」
美空もその時のことを思い出した。今までずっと忘れていた。
当時彼女はシモンの口から出る言葉を信用していなかったため、無理矢理酒を飲まして本音を語らせるつもりだった。
しかしシモンの心の強さや熱さを、そして真実を知っていくたびにそのことをすっかり忘れていたのだ。
そう、本音を語らせるつもりで飲ませた酒・・・あの時シモンは本音を語っていたのだ。
「あの時・・・兄貴は全部教えてくれてたんじゃないか・・・・・・なんで・・・・なんでそのことを忘れてたんだ・・・・」
美空は悔しさで顔を歪める。
家族だ、仲間だと言われて浮かれていた彼女は、シモンの本当の悲しみに気づいていなかった。
ただ悔しさで拳を力強く握り締めていた。
エヴァも同じである、彼女は悔しそうに呟く。
「・・・肝心の傷自体が癒えていないではないか・・・」
それは木乃香も同じだった。
「ウチは・・・ただ好きゆうだけでシモンさんに近づいた気がした・・・・せやけど・・・・大きな間違いやった・・・」
初めて出会った日、見ず知らずの自分との約束を守ってくれた。
京都で攫われそうになったときには勇猛な姿を見せ、自分を護ると言ってくれた男。それが木乃香にとってのシモンだった。
そんなシモンに強く惹かれた。だからこそ彼女は告白した。そしてそれを諦めないと誓ったことにより、シモンに近づけたと思っていた。
しかし今彼女はシモンに好きという気持ちをオープンにしているだけで、シモンのことを何も見ていなかったことに気づいた。
そしてそれがものすごく情けなく自分が腹立たしかった。
気づいたら彼女たちは泣いていた。シモンの姿とそしてこれまでの自分たちの未熟さを痛感していた。
「僕は・・・・・あの人を最強だと思っていました・・・・」
ネギも瞳を潤ませて口を開く。その言葉を聞いて皆ネギを見下ろす。
「だってシモンさんは・・・どんな壁や困難が立ちはだかっても・・・・いつだって僕たちを導いてくれた・・・・・ボロボロになっても最後には必ず壁を突き破るシモンさんを・・・・最強だと思っていました・・・」
ネギの気持ちはアスナや刹那も同じだった。
どんな絶望の状況でもシモンが一言何かを言うだけで何とかなる気がした。
絶望を一瞬で希望に変え、己とそして他のものにその気合を分け与えることが出来る男、だから皆シモンに憧れたのだった。
アスナもネギに頷きながら、あることを思い出した。
「ニアさんのことを知って・・・・・修学旅行の後に私達が教会に訪ねに行った時・・・シモンさん・・・こう言ってたよね・・」
――死んだものは死んだものだ、それを前へと進むお前達が気にすることじゃない
――アイツは最後まで幸せだったと俺は思っている、そして俺も今では新しい家族や仲間に囲まれてるんだ、誰も不幸になってないんだからいいじゃないか!
しばらくシモンと気まずかったが、その言葉を聞いてアスナたちは安心していた。
しかし今ようやく気付いたのである。
「嘘つき・・・・・強がりだったんじゃない・・・・、違う・・私達も私達よ!・・・簡単にその言葉を信じて・・・・シモンさんの本心に気付いていなかった・・・、大体今でもニアさんを愛しているって言っているのに・・・・何で気付かなかったんだろう・・・」
アスナも悔しかった。俯きながら拳を強く握り締める。
ネギ同様にシモンの姿に自分も大きく影響されていた。
そのことをからかわれると恥ずかしかったが、彼女もまたシモンをとても信頼している。
だからこそシモンの強がりを見抜けなかったことが悔しかった。
「この世で最も好きな人が死んで・・・悲しくないわけがないのに!」
悲しくないわけなんて無かったのだ。
シモンが愛したのだ。それはとても強い想いだったに違いない。
それほど愛した女の死を割り切るなんて簡単に出来るはずは無かったのである。
ましてやシモンは今でもニアを愛していると公言しているのだ。それほどの強い想いを抱いているのだ。
悲しくて、心に大きな傷が出来たに決まっている。
すると話を聞いていたタカミチがネギの頭にそっと手を置く。
ネギはタカミチを見上げる。そしてタカミチがネギの頭に手を置きながら語る。
「人はね・・・誰だって弱さを持っているものなんだよ・・・でも・・・その弱さに負けないようにがんばって生きているんだよ・・・」
「タカミチ・・・・・」
「シモン君もそうなんだ、・・・・でも彼は人よりもがんばりすぎているから・・・弱さに負けないようにがんばりすぎたから・・・・・他の人から気づかれなかったんだろうね・・・・」
タカミチの言葉にネギは再び涙が零れそうになった。
そしてその言葉は皆に響いた。
「ヨーコさんだけが気づいていたんですね・・・・・・シモンさんと・・・・そしてニアさんを知る彼女だからこそ、シモンさんの心の傷を知っていた・・・・」
シャークティも己を歯痒く思い、ただシモンの姿を見ていることしか出来なかった。
「ぶみゅ~」
シモンとヨーコ、この二人ともっとも付き合いの長いのはブータである。
しかしブータにとってもこの光景は異常であった。
それゆえブータの瞳も潤んでいた。
しかし言葉を発せずともブータは信じていた。
シモンはそれでも強い男だと。
涙で瞳が覆われるがそれでもブータはこの喧嘩の行く末を見届ける。
観客もアナウンサーの朝倉も誰も言葉を発することが出来ずに戸惑っていた。
するとヨーコがシモンに近づき、シモンの体を無理矢理立ち上がらせた。するとヨーコは
―――パン!パン!パン!パン!
「ぐっお!?」
「「「「「「なっ!?」」」」」」
シモンを容赦なく往復ビンタした。
これには殴られたシモンも観客も驚いて呆然としていた。
「恋人なら・・・ここで優しく抱きしめて胸を貸して泣かせてあげるんでしょうけど・・・アンタは別よね・・・それにさっき私の胸を存分に堪能したでしょ?」
「ヨ・・・・ヨーコ・・・」
片手を腰に当てて、もう片方の手の親指で自分を指すヨーコ。
すると彼女は歯を出してニッと笑った。
「言いたい言葉は拳に乗せて吐き捨てなさい!!一年前に出来なかったことを・・・今日はアンタの弱音、悲しみ全て受け止めてやるわ!!さあ、かかってきなさい!シモン!」
「ヨーコ」
「全部受け止める。全部よ!そのために私が居る。そう・・・私がこの世界に来たのは、この瞬間のためよ、シモン」
その瞬間シモンは涙を流しながらガムシャラにヨーコに向かっていった。
両者の右拳がぶつかり合う、そしてお互いが引かずに歯を食いしばりながらその拳を押し合う。
「俺は・・・・・アイツの全部が好きだった!!」
「そう!それで?他にはないの!?」
すると押し合っていた拳が弾かれる、そして次の瞬間今度は互いの右のハイキックが交差する。
「たまに意味分かんないことを言っていても好きだった!世間知らずのところも可愛くて好きだった!!」
「そうよ!!まだあるんだったらどんどん言いなさい!!」
拳が、蹴りが交差しあう。容赦も遠慮も何もない。攻撃の意図なんて何もない。
しかしガムシャラに身体を動かしていないと、また涙が零れてしまう。
だからシモンは止まらずに動き続ける。
ヨーコも同じだった。
彼女も零れそうになる涙を堪えながら必死に身体を動かす。
「アイツの作った料理は最高だった!!アレを毎日食べられて俺は本当に幸せだった!!」
身体の疲れなど知らない、今動くことの出来る腕や足、そして口をこれ以上ないぐらいに動かしていく。
「だけど・・・・アイツは死んだ!!・・俺は・・・宇宙を救えたのに・・・・惚れた女の命も救えなかった!!」
「私たちもそうよ!いつだって、前へ前へと私たちの進むべき道を切り開いてくれた、あんたとニアを・・・私たちは!」
ヨーコはシモンの渾身のパンチを受け止める。
そしてシモンの次の攻撃が来る前に蹴り返す。
シモンの腹に再びヨーコの蹴りが入る。
強烈な反撃に思わず前屈みになり腹を押さえるシモンに、ヨーコはシモンのコートの襟の部分を掴み取り容赦なくボディーブローを何度も叩き込む。
心を互いに痛めながらヨーコは容赦なくシモンを痛めつける。
殴れば殴るほど自分の心も痛んだ、しかしその痛みに堪えながらシモンを何度も殴りつける。
そして次の瞬間ヨーコの首からぶら下げているコアドリルが光りだした。
『ヨ・・・・ヨーコ選手が優勢です!そして・・・ヨーコ選手の身体が緑色の光に包まれる!?・・・・これは一体!?』
呆然と眺めていた朝倉だったがようやく仕事を再開した。
しかし試合開始直後と違い会場は嘘のように静まり返っている。
ヨーコとシモンの間に何があったかはほとんどの者が分からない。
しかし目の前で涙を堪えながら戦う二人を観客は痛々しい目で眺めていた。
「ぐっ・・・コアドリルが?・・・」
ダメージが体中に広がるシモン。そして目の前にはコアドリルの光を一身に受けるヨーコがいる。
(あれは・・・・あれは螺旋力・・・・・俺と同じ・・・・・・そうか・・・・ヨーコだけじゃなく・・・・コアドリル・・・お前まで・・・)
シモンが故郷の村で掘り当てたコアドリル。それが運命の戦いへの道標となった。
共にラガンと共に戦い、全ての戦いを、気合を記憶したグレン団の、そしてシモンの魂の象徴が今ヨーコの胸の中でシモンを攻撃するために光りだした。
「コアドリルも言っているわ!アンタが悲しみを覆い隠した今にも壊れそうな傷だらけの心の壁をぶち壊せってね!!!!はあああああああああああああっ!!」
ヨーコの雄たけびとともに光がさらに大きくなる。
一度光りだした螺旋力は止まることは無い、どこまでも増大しヨーコに力を与えていく。
かつて自分がコアドリルに蓄積させた膨大な螺旋力がヨーコの螺旋力、即ち気合に反応しどこまでも強く輝きだす。
危機に感じたシモンも咄嗟に螺旋力を発動し力を高めようとする。
この世界での魔法使いたちとの激戦を通じてシモンはコアドリルが無くとも自分の意思で螺旋力を発動できるようになったのだから。
・・・・しかし・・・・一向にシモンの体に変化が無い。
(俺の・・・螺旋力が発動しない!?こんなこと一度も無かった!)
己の身体の異変に気づく。
これまでは、どれほど身体が傷ついても螺旋力を発動することが出来た。
しかしまったくその気配が無い。
今まで発動時に心の底から無限に湧き上がってきたあの力が使えない。
シモンは訳が分からずに焦りだした。すると・・・・・
「まだ分からないの?・・・・シモン・・・」
「!?」
湧き上がった螺旋力の光を己に収束させ、ヨーコは静かにシモンの前に立つ。
「螺旋力は気合・・・・・アンタが一番よく知ってるでしょ?」
「・・・・ヨーコ・・・・・」
「偽りの気合なんかじゃ湧き上がらない・・・・・・そんな気合を・・・・気合とは呼ばないのよ・・・・」
「!?」
悲しい表情をしてヨーコはシモンに告げる。
その瞬間、シモンは目を完全に見開き震えだした。
どんな絶望の状況にいようともその言葉を叫ぶだけで力になった。
しかしとうとう自分の心の拠り所でもあった「気合」、それも自分を見限ったのだ。
「気合も・・・・今の俺には・・・・僅かな気合すら・・・・沸きあがらないのか?・・・・・・」
震える唇でシモンは呟く。もうそれは自分には何も残っていないことを意味していた。
「俺が・・・間違っていたとでも言うのか?」
ドリルも使えない、気合も無い、自分の心も否定された、それはあまりにも悲しすぎた。
「アンタは答えを導き出すのが早すぎたのよ・・・・・」
「・・・・・・・えっ?」
「今までの経験からアンタは・・・・そう例えばテストで出された問題に対して途中の計算式を跳ばして答えだけ書き込んで分かった気になる・・・・・それと同じなのよ・・・」
「俺が・・・・・分かった気になっていただけ?・・」
ヨーコは拳を振り上げ膨大な螺旋力を拳に纏う。
「これが私に出来ること・・・・道に迷ったら誰かにぶん殴られろ!そして自分の心を解放しなさい!!!!」
「!?」
「シモオオオオオン!!歯ァ食いしばれええええええっ!!!!」
ヨーコの渾身の一撃はシモンを遥か遠くへ殴り飛ばした。
『ヨーコ選手の強烈な拳が炸裂!!!!シモン選手その威力に激しく吹き飛ばされる!!!!』
シモンは体ごと場外に吹き飛ばされ壁に激突した。
あまりの強烈な一撃に皆を見開いていた。
それほどまでに螺旋力を纏ったヨーコの振りかぶった拳の破壊力は凄まじかったのだ。
「ぐっ・・・・あっ・・・・がっ・・・・・・」
壁に激突し、破片に埋もれるシモンは体を僅かに動かすだけで起き上がることが出来なかった。
自分の身体へも、そして心にすら響いたヨーコの拳はシモンから完全に戦う意志すら奪い取った。
「ヨーコ・・・・・・・・・・ニア・・・・・・」
「「「「「シモンさん!?」」」」」」
薄れ行く意識の中ただその名前をシモンは呟いた。
シャークティたちが慌てて自分に駆け寄るが気にならなかった。
今は粉々にされた自分の全てに呆然とするしかなかった・・・
だが、その時だった。
――目ェ覚めたか? シモン
「・・・・・え?」
薄れゆく意識の中・・・・・・
――お前が一体誰なのか、思い出したか?
あの男の声が心に、頭の中に響いた。