海と制服
三学期の期末試験が終わり、バレンタインも過ぎた二月末。
二年の先輩には見えない慶次が「そろそろみっちゃんの誕生日だなー」なんて話している。
だがここは生徒会室で、本来なら何らかの話し合いか仕事をするはずの時間だ。
しかし生徒会メンバーは誰ひとりとして真面目に仕事をしようとしない。
それならもう俺は帰っていいだろうか。そう思いながら立ち上がったところで、生徒会室の扉が開いて生徒会顧問がやってきた。
「徳川、話がある」
相手は生徒会顧問で英語教師で一年である俺の担任だ。
それと…………。
廊下に出た俺は担任教師の真面目な顔を見上げる。
「今日の英語の小テスト」
二時限目のテストの話を出された俺は思わず笑ってしまった。
この担任教師が言いたいのはテストの出来の話じゃないんだろう。
「笑ってんなよ」
テストの解答欄に仕込んだ悪戯に英語教師であるこの男が気付かないはずがない。
「今度の日曜な」
「いいのか?」
俺の問いかけに担任教師は肩をすくめて口許を緩めると何も言わず立ち去っていった。
テストの解答欄に仕込んだ悪戯。
それは英文で小さく「一緒にいたい」と書いたものだった。
もちろん素直に文章を書いたわけじゃない。人に見られてもわからないよう、解答欄の隅に一文字ずつバラバラに書いておいた。
その悪戯に気付いただけでなく日曜に時間を割いてくれるらしい。
ただそれだけで俺の心は跳ねあがっていた。
だが卒業まではふたりの関係を隠すと決めているため会話は曖昧で、接触も最低限に努めている。
そのためここで喜びを外に出してはいけない。
そうしてやってきた日曜日。
光秀のマンションにやって来た俺は駐車場で光秀を見つけた。
「なんで制服なんだよ」
軽く笑いながら問われた俺は仕方ないんだと返した。
「出掛けに長政と遭遇したから、図書室で勉強をすると嘘をついた」
だから制服なんだと説明したところ光秀も納得してくれたらしい。
「けど、そうなるとうちの連中と遭遇しないところに行ったほうが良いな」
制服姿の生徒と日曜日に出歩いているなんて不自然だろう。そんな事を言いながら光秀は車のドアを開けた。
俺は慌てて助手席に乗り込みシートベルトをつける。
光秀は俺の担任教師で英語教師で生徒会顧問で、少し前には俺の気持ちを受け止めてくれた大切な人だ。
今までの俺は恋なんてものとは無縁の人生を歩いてきた。
だからこれは初恋ということになる。その相手が男で、しかも教師なんて、きっと世間からすればおかしなことだろう。
でも好きになってしまったんだから仕方ない。
車を一時間ほど走らせた光秀はやがて広い駐車場で車を止めた。周囲には一台も車がいない。
車を降りた俺は潮の香りに笑みをこぼす。
どうやら光秀は俺が魚も海も好きな事を覚えていてくれたらしい。
ふたり砂浜へ降りながら冷たい冬の潮風に髪を揺らす。
「やっぱ寒いな」
「冬だからな」
光秀のつぶやきに俺は笑顔で返す。冬の海なら誰と会うこともない。俺が制服姿でも、光秀がそんな俺の教師でも、人と会わなければ関係ないことだ。
「光秀、ありがとう」
嬉しくてたまらない気持ちのまま礼を向ける。そんな俺の目の前で光秀はなぜかコートを脱いでいた。
「光秀?」
寒いだろうと言おうとした俺だけど、言葉はのどを通らなかった。
脱いだばかりの、まだ光秀のぬくもりが残ったコートが俺の肩を包み込む。
ズルいズルいズルい。
こんなの惚れないわけがないじゃないか。
「これで制服が隠せたな」
最初からこうしときゃ良かったわ。そう言いながら光秀は煙草を取り出している。
そんな光秀を見つめていた俺はたまらず声をあげた。
「好きだ!」