光秀×真琴 短編集   作:とましの

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花火大会

ことの発端は慶次の一言からだった気がする。

「真琴、なんか聞こえない?」

当直勤務の合間、暗い院内を歩く俺の耳にもその音は聞こえていた。

俺は慶次と顔を見合わせて屋上へ向かう。

 

音の正体は離れた場所で行われているらしい花火大会のもので、俺はその大きさに目を奪われていた。

 

「あれ、みっちゃんと明紫波さんも来てたんですね!」

呆然と空を見上げる俺のそばを離れて慶次が走っていく。

だが俺は上がり続ける打ち上げ花火から目が離せないでいた。

 

するとそんな俺の元に慶次たちがやってくる。

「真琴、花火好きだったんだな。あ! けどみっちゃんが花火を見に来てるほうが珍しいか。興味ありませんとか言うと思ってた」

楽しげな慶次の声に三成が何か返しているけど、その言葉は打ち上げ花火の音でかき消された。

 

暗い空を彩る大輪とはよく言ったものだと思う。けど最近の打ち上げ花火は円形だけじゃないらしい。

 

朝顔のような形の花火を見上げていると肩に腕を回された。

「真琴クンは花火大会とか大好きなタイプだったのか」

親しげを少し越えたスキンシップを向けてきた光秀に俺はふと視線を下ろした。

花火は少しの休憩に入るらしく空は闇を取り戻している。

 

「花火なんて今までまともに見たことなかったから」

 

子供の頃は施設にこもって勉強ばかりしていた。周りの子供が騒いでいても目も向けなかった。

それにフランスでも花火大会はあっただろうが興味を持てなかった。

俺を誘う変わり者もいないわけじゃなかったけど、人と関わることを面倒に感じていた時期だったから。

 

だからきっとこれが初めてまともに見る花火なんだ。

 

そう思うままに説明すると三人が黙り込んでしまう。

何か悪いことを言っただろうか。そう不安を抱き始めたところで光秀の手が俺の頭に乗せられる。

 

そして光秀が優しい表情で口を開いて……

 

でも言葉は再びあがった花火の音にかき消されてしまう。

 

「聞こえなかった。なんて言ったんだ?」

 

問い返した俺の頭を光秀は激しく撫で回して、なぜかその目を三成に向ける。

「俺は仕事に戻るわ」

「先程の話、忘れないでくださいね」

光秀は三成と言葉を交わして屋上を立ち去る。

その背中を眺めているとそばで慶次が何を話していたのかと三成に問いかけた。

 

「花火を見に来たわけじゃないんだな」

「昼に前木が花火をしたいと言っていたので、その話をしていただけです」

「さすがみっちゃん仕事が早い!」

凄い凄いと騒ぐ慶次のそばで三成が少し居心地の悪そうな顔を見せる。

三成って素直に感謝されるの苦手だよな。

 

ああでも花火って何をするんだろう。

打ち上げ花火なんて個人でできるものじゃないだろうし、子供の頃に花火をやった記憶がないな。

後で長政に聞いてみようか。きっと長政なら俺の子供の頃を覚えていてくれるはずだから。

 

 

 

再び仕事に戻った俺は救急対応を数件終えて仮眠室へ向かった。

慶次は内科で仕事があると聞いてるからしばらく仮眠室には来ないだろう。

それならひとりゆっくりと、さっき見た打ち上げ花火のことを思い出すのも悪くない。

 

けれど白衣を脱いで仮眠室のベッドに転がったら思わぬ早さで睡魔が襲ってきた。

ここまで疲れていたのかと思いながら俺は落ちる感覚のまま意識を手放す。

 

 

「…………でしょう」

 

遠く誰かの声が聞こえて俺は意識を覚醒へと向かわせた。

けれど重くのし掛かる睡魔のようなものが俺の意識に絡み付いて覚醒の邪魔をする。

 

「今夜も本来なら別の人間が当直だったはずですよ」

 

ああこれは三成の声だ。そう認識していると俺の頭にあの手が触れる。

優しく俺の髪をすくように無骨な手に撫でられる。

 

「貴方のそばにいたいのか知りませんが、きちんと休みをとらせたほうが良いですよ」

三成の声はドアの開く音と重なる。

開いたドアはすぐに閉ざされて、俺の頭を撫でる手だけが残った。

 

これはきっと光秀の手だ。

それはわかってるのに俺に絡み付く睡魔が消えてくれない。

どうしよう。今すぐ起きてあいつを見たいのに。

「……つ、ひで……」

 

目が開かない。起きられない。

そんなに疲れていただろうか。

そういえば今夜で何連勤目だ?

ずっと寂しかったんだ。

寂しくて光秀のそばにいたくて、当直予定の奴と代わってもらっていた。

ああ、なのにこんな時に起きられないなんて。

 

だけど

 

「……起きなくていいぞ」

不意に降ってきたのは子供に言い聞かせるような優しい声だった。

ただそれだけでさざ波のように何かが浸透する。

気持ちが落ち着いていって、俺はまた意識を落とすことができた。

 

 

 

 

当直があけた翌日の午後、休憩室に珍しい雑誌が置かれていた。

季節ごとのイベントを集めた雑誌らしく、表紙には花火大会特集と書かれている。

 

俺は自然とその雑誌を手に取り椅子に腰かけた。するとすぐに休憩室へ長政と秀吉がやってくる。

「お疲れさん」

秀吉はいつもと変わらないにこやかな顔で俺の向かい側に座る。

そして長政は俺の隣に腰かけた。

「ねぇ真琴、今度の休みだけど、予定空いてる?」

「空いてる」

雑誌のページをめくりながら長政の質問に返す。

すると長政はそれならと笑顔を輝かせた。

「一緒に出掛けない?」

「ああ、構わ……」

「あーーーあかんわーー」

俺が返事をする前に秀吉の声が割り込んだ。

「徳川センセ、その日は予定あるやん」

秀吉の思わぬ言葉に驚いた俺は雑誌から目を移した。

「予定?」

「そんな話を聞いたんやけどな。まあ次のお休みは空けといたほうがええで」

もしかして学会の予定でもあるのだろうか。そう思いながら俺は長政に謝罪を向けた。

すると長政は照れたような笑顔で良いよと返してくれる。

「真琴が花火大会の雑誌を見てたから、懐かしくなって誘おうと思っただけだから」

長政の言葉に俺は何かを思い出しかけた。

けれどそれはすぐに消えてしまってうまく思い出せなかった。

 

 

仕事を終えると帰り際に俺は再び休憩室に立ち寄った。誰もいない休憩室であの雑誌をパラパラとめくる。

 

もし俺に勇気があったなら、昼間の長政のように花火大会に誘えたのにと思う。だが俺には忙しいあいつを束縛するほどの自信も勇気もなかった。

 

そこでふと昼間に思い出しかけたことが頭をよぎる。

子供の頃、長政と施設の人たちと花火大会に行ったことがあったんだ。

でも俺は迷子になって花火なんてまともに見られなかった。だから花火を見た記憶がないんだ。

 

「花火大会、か…」

 

せっかくならふたりで行けたら楽しいのに。そう思いながら帰り支度を済ませると休憩室に光秀がやってきた。

 

現れた光秀はここにいたのかとつぶやく。

「どうした。急患か?」

「次の休みな」

言いながら光秀は俺の手元を指差す。

つられるように目を向けると机の上には開かれたままの雑誌がある。

 

「どこに行きたいか決めとけよ」

「これ……っ!」

 

光秀が置いたのかと聞きたくても言葉が詰まる。

嬉しすぎて呼吸もままならないでいると光秀に肩をたたかれた。

 

落ち着けと笑われて顔が熱くなる。

 

「花火大会、行けるのか」

「休みの日にちょうどこの近くで何ヵ所かあるみたいだからな。だから決めといてくれると助かる」

「わかった」

決めておくと光秀に返すとあの手が頭に乗せられる。

 

正直、子供扱いされてると思う。

でもそれでも嬉しくなるのは最近抱えていた寂しさの反動かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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