楽し気な祭囃子が遠くから聞こえてくる。
祭りの空気を肌で感じながらジャンヌはもう一度身嗜みを整える。
水色を基本にした花柄の浴衣。
こういったものを着るのには慣れていないために緊張してしまう。
彼はどんな感想を抱くかと期待と不安で胸の鼓動が大きくなる。
『遅れてごめん、ジャンヌ』
「あ、ぐだ男君」
紺色の浴衣に身を纏ったぐだ男が駆け寄ってくる。
別に時間は遅れていないのに自分を気遣う態度に少し嬉しくなりジャンヌは微笑む。
今日はジャンヌの方から夏祭りにお誘いをしたのだ。
「いえ、今来たところなので気にしなくていいですよ」
『本当?』
「はい。本当に一瞬しか待っていないような気がします。ぐだ男君の顔を見たからでしょうか?」
特に意識もせずに天然気味に言われた言葉にぐだ男は顔を赤らめる。
しかし、ジャンヌの服装を褒めなければならないと思い出して口を開く。
『その浴衣すごく可愛いよ』
「ありがとうございます。一生懸命選んだかいがありました」
本当に嬉しそうに笑ってくれるジャンヌの姿にぐだ男は見惚れる。
まるで太陽のように、その笑顔は夜の闇の中でもハッキリと輝いて見えた。
『じゃあ、屋台でも回って行こうか』
「はい。一緒に行きましょう」
二人で並んで歩き始める。
屋台の周りは色とりどりの光や、食べ物の匂い、人の話し声が飛び交う。
誰も彼もがこの空気を楽しみながら今日この日を楽しむ。
「夏休みもそろそろ終わりですね」
『そうだね』
「宿題は終わりましたか?」
ジャンヌの言葉にぐだ男は鐘の中に閉じ込められた安珍のような顔をする。
それは恐怖を抱いているようで、何かを悟ったような表情でもあった。
『……さ、最後の一瞬まで諦めないから』
「カッコ良く言ってもダメです。やっていないんですね?」
『人理焼却までには間に合うから……』
「目を逸らしてはダメです」
必死に全く終わっていない宿題から目を逸らすぐだ男。
だが、ジャンヌにピシャリと否定されてうなだれる。
『お、温情を……』
「宿題はやらないといけませんよ。はぁ……手伝ってあげますからちゃんと終らせましょうね」
『本当? ありがとう!』
「ですが、答えは教えませんよ。そうしないとぐだ男君のためになりませんから」
喜ぶぐだ男に少しため息をつきながら宿題を手伝う約束をする。
あの時のようにカッコいい彼はどこに行ったのかと思うが失望はしない。
こうしたところも彼の人に好かれる由縁だと理解しているからだ。
『あ、焼きそばだ。せっかくだし買ってくるよ』
「もう、反省しているんですか……」
叱られたことも忘れ、焼きそばの屋台に意気揚々と買いに行くぐだ男。
そんな彼の子供のような姿に怒るに怒れずにジャンヌも続いていく。
『すいません、焼きそば2つください』
「少し昼寝をしているがいいぞ、ご主人。今、猫の手も借りたい程に忙しいのだ。もっともキャットの手は既に猫なのだがな、ワン」
『あれ? タマモキャット?』
祭りには似合わないメイド服に身を包んだ猫のような狐のような犬のような女性。
妖艶な雰囲気が見事に野性味で損なわれているのが彼女、タマモキャットなのだ。
「おうさ、赤いマントのシェフの代わりにこの
『狐で猫で犬でキューピット……そのブレブレなところがキャットだね』
「うむ、自分で言うのもなんだがブレブレであるな。しかし、焼きそばの味はぶれない。そこはキャットの誇りがかかっているからな。売り上げのために妥協はない!」
ぶれぶれなところがぶれない。それこそがタマモキャットである。
奇妙な生物の登場に呆気にとられ黙っていたジャンヌであるが二人の関係が気になり尋ねる。
「あの、お二人の関係は?」
「キャットとご主人は主とそれを守る者、即ち―――夫婦関係らしいぞ」
キャットの言葉にピシリと空気に罅が入る音がする。
ぐだ男はどこか禍々しい空気を放ちながらも顔だけはニコニコと笑うジャンヌを恐る恐る見る。
「ぐだ男君、詳しくお話をしてくれませんか?」
『誤解です。キャットの言葉は基本脈絡がないから!』
「その通りなのだな。ところでご主人、新しい首輪が欲しいのだが?」
「く、首輪? ぐだ男君に……そんな趣味が……」
誤解が誤解を生みぐだ男の立場がどんどんと怪しくなる。
『本当に誤解だから! そんなことしてないから!』
「ご主人、キャットの愛情たっぷり焼きそばであるぞ。だが値段は割り引かない! お金は大切なのだな」
『あ、うん。はい、お代』
「毎度である。それではイチゴパフェが如き夏の夜を楽しんでくるがいい」
修正不能な事態になりかけているぐだ男とジャンヌを何食わぬ顔で追い出すキャット。
追い出された二人は微妙な空気で黙ったまま歩き続けるが耐えきれなくなりジャンヌの方が口を開く。
「ぐだ男君はああいった動物が好きなのですか?」
『ケモ耳っていいよね―――じゃ、なかった! 誤解だからね。キャットとは如何わしい関係じゃないから』
思わず本音が零れ落ちながらも否定するぐだ男。
そんな彼をジト目で見ながらジャンヌはあることを行う。
「………わ、ワン」
手を犬の耳のように立て可愛らしく鳴くジャンヌ。
その衝撃にぐだ男は時が止まったようにジャンヌの姿を凝視する。
一方の彼女はやはり恥ずかしのかゆでだこのように顔を赤くしながら俯く。
「う、ぅぅ……やっぱり恥ずかしいです」
『もう、俺死んでいいかも』
「やめてください! こんなので死なれたら私の方がうかばれません!」
まるで月夜の下で安心して死んだ男のように安らかな笑顔を見せるぐだ男。
しかし、ジャンヌの方からすれば恥ずかしい真似で死なれるなどもってのほか。
照れ隠しも兼ねつつぐだ男をぶんぶんと揺さぶって正気に戻す。
『アヴァロンはここにあった……』
「もう……頭を冷やしていてください。私は飲み物とたこ焼きを買ってきます」
デレデレとするぐだ男に喜べばいいのか怒ればいいのか分からずに一先ず退避するジャンヌ。
そして、手近な店で飲み物とたこ焼きを二人分買っていきぐだ男の元に戻る。
見た目に似合わず健啖家である彼女であるがデートということもあっていつもよりも食べる量を抑えている。
それだけ、彼女は今回のデートを大切なものと思っている。
だというのに。
「あら、こんなところでお1人? よかったらお姉さんがお相手してあげましょうか?」
『あ、いや、そのですね、マタハリさん……』
ぐだ男の方は大人の女性にナンパをされてあたふたとしているのである。
女性ですら虜になってしまいそうなプロポーションに毒のような色気。
まだまだ初心な高校生がテンパってしまうのは致し方無いことだ。
しかし、それをジャンヌが快く思うかどうかは別だ。
「ぐだ男君! もう、こっちに来てください!」
『よかった、ジャンヌ…って、痛っ! ちょっと腕を握る力が強いって!』
「あらあら、若いっていいわねー」
ムスリとした表情を隠すことなくぐだ男の手を引いて歩いていくジャンヌ。
自分が何をしたのかよく分かっていないながらぐだ男も逆らわずについていく。
そして、気づけば人込みから抜け出し周囲には人がまばらにいるだけになっていた。
「ぐだ男君はいつも女性のそばに居て、いつも色んな人に好かれて……」
『ジャンヌ?』
「あなたが優しいのは知っていますし、理解もしています。でも、それとこれとは別です」
振り返ることなくぐだ男に文句を呟いていくジャンヌ。
ぐだ男の方はそんな彼女らしからぬ言葉を不思議に思いながら背中を見つめる。
だが、次の言葉で彼の表情は一変する。
「わ、わたしだって……やきもちぐらい妬くんですよ?」
拗ねた様に頬を膨らませながら、かつ恥ずかしそうに顔を赤くして彼女は顔を向ける。
そのあまりの破壊力の高さにぐだ男は言葉を失い彼女を見つめる。
しかし、ジャンヌはあくまでもまだ怒っていますという風に装いツンとした態度をみせる。
『ご、ごめん……』
「本当に反省していますか? ぐだ男君は天然タラシですから、不安です」
『う…っ』
「でも……許してあげます。ただし条件がありますけど」
痛いところを突かれ困り顔をするぐだ男の姿にジャンヌはクスリと笑い回るように振り返る。
そして、悪戯っぽく最高の口説き文句を口に出すのだった。
「いつもとは言いません。でも、今日だけは……私だけを見ていてくれませんか…?」
少女のちょっとした独占欲。
常に独占をするのは相手を縛るだけの我儘な感情だろう。
だが、一日だけ、少しの間だけならばほんの少しの我儘として許されるはずだ。
『……お安い御用だよ』
「少し説得力がありませんけど、信じてあげます……ふふふ」
花の咲いたような笑顔を向けジャンヌは笑う。
ぐだ男の方もそんな彼女を愛おしく思いながら自然と笑みを浮かべる。
二人はそのままベンチに座り買っていた食べ物を開ける。
『祭りの食べ物ってぼったくり価格だけど美味しく感じるよね』
「お祭りの空気のおかげですね。と、ところでどうしてずっとこっちを見ているんですか?」
『ジャンヌだけを見ていろって言われたからね』
「むむむ……確かに、一本取られましたかね」
お互いに見つめ合いながら笑い合う。
穏やかな時間が流れていく。
何の変哲もない普通の時間。だが、普通故に美しい世界。
『あーん』
「へ? あ、あーん…」
『どう、美味しい?』
「お、美味しいです……」
たこ焼きをお互いに食べさせ合い満足げな空気を醸し出す二人。
ジャンヌは恥ずかしそうに顔を赤らめて咀嚼し少し涙目でぐだ男を見つめる。
ぐだ男の方はしてやったりといった笑顔で笑うばかりである。
『そう言えば花火が上がるらしいけど、それまでにまた出店の方に行かない?』
「はい、そうしたいんですがその前に……ハッキリとさせておきたいことがあります」
真剣な表情で見つめてくるジャンヌに対してぐだ男も真剣な表情で受け止める。
「ぐだ男君は……どうして私のことを好きになってくれたんですか?」
ジャンヌの言葉にぐだ男は困ったように頬を掻く。
彼にとって理由はあまり関係がないのだ。
好きだから、愛している。非常にシンプルな考えだ。
しかし、答えないわけにもいかないのでぽつりぽつりと語りだす。
『最初は一目惚れだった。そこから、優しい性格とか頑固なところとか、頑張り屋なところとか、色んなところが好きになっていったんだ』
「こ、こうして言われると恥ずかしいものですね」
『俺だって恥ずかしい』
お互いに顔を赤くしながら話していく。
それでも二人は目を逸らすことなく見つめ合い続ける。
『でも……一番の理由は笑顔かな』
「笑顔…ですか?」
『そう。君が笑っている。それだけで幸せになれた。でも、遠くから見つめているだけじゃ満足できなかった』
今まで胸の内にためていた感情を吐露していきながらぐだ男は苦笑いする。
自分の情けなさを語っていくのだからそれはある意味で当然だろう。
『もっと笑って欲しかった。君の隣で一緒に笑い合いたかった。でも、君は誰かのために笑って自分を犠牲にする。そんな綺麗なところも好きなんだけど、俺が好きな笑顔はそれじゃないんだ』
「はい……」
『誰かのためじゃない。君が君のために笑う姿が見たくなった。結局は俺のエゴかな。そのために好きになったし、君に告白した。俺が見たい笑顔を見るために』
少しだけ自己嫌悪に陥ったように瞳に影を落としながらぐだ男は語り続ける。
自分以外の誰かでもいいといった気持ちは嘘ではない。
しかし、そうであっても彼女が彼女のために笑えるならば、という条件付きでだ。
彼の愛は一言で言い表せるものではない。
『君は例え地獄に落ちても誰かを救えたのならば自分は救われたって言うと思う。でも、俺はそんなの納得できない! 誰かのために犠牲になる必要なんてない。君は君だけの幸せを見つけるべきだ。君が望まないのなら俺がそれを望む!』
怒りのようで悲しみのような言葉が彼の喉を通って噴き出していく。
『君が他の誰かの為に全てを投げ打って彼らの幸福を祈るように俺も俺の全てで君の幸せを望む!』
自分勝手な愛を罪というのならば彼のそれは罪だろう。
しかし、罪だからこそその愛は美しく輝くのだ。
『だから、もう一度言うよ。君の傍に居させて欲しい。君を幸せにさせてください!』
真っすぐに彼女の瞳を見つめ返事を待つ。
ジャンヌの方も黙ったまま彼を見つめ続ける。
お互いに世界の時が止まったかのような錯覚を覚える。
そして、再び時が動き始めると共に彼女の口が開かれる。
「あれから色々と考えました。ぐだ男君のために断ろうなんて馬鹿なことも考えました」
『うん……』
「でも……やっぱり自分の心に従うことに決めました」
すぅー、と息を吸い込み彼女は真っすぐな想いをぶつける。
嘘偽りのない、心からの願いを。
「私もぐだ男君の傍に居たいです。あなたを―――もっと、もっと好きになりたいです」
精一杯の想いで紡がれた言葉にぐだ男君は一瞬固まっていたがすぐに歓喜の表情浮かべる。
そして、感情のままにジャンヌを全力で抱きしめた。
「ひゃっ! い、いきなりは心臓に悪いです……」
『ジャンヌが可愛すぎるのが悪い』
「なんですか、それは……」
文句を言いながらもジャンヌもそっと彼の体に手を回し抱きしめ合う。
『でも、なんで受け入れてくれたの?』
「そ、それは、やっぱりぐだ男君のことが他の人とは違う……特別な人だと分かって……」
『うん、うん…!』
「私の好きという感情は他の人とは違うかもしれません。ですが……それでもあなたの傍に居たいと想う気持ちだけは間違いではない……それに気づけたんです」
お互いの声が耳元で囁かれる。
相手の顔も見えぬほどに近くにいるがゆえに体温も鼓動も全て相手に伝わる。
これが幸福なのだと暖かくなる心が証明する。
「あなたを好きになりたい。他の誰かではなく、あなたに恋したい。それが私の想いです」
少し距離を取り穏やかで美しい笑みを向けるジャンヌ。
そんな彼女の姿にぐだ男は微かに涙を滲ませる。
それほどに嬉しかったのだ。彼女に自分という人間が選ばれたという事実が。
「もう、そんな顔しないでください。こういう時は笑ってください」
ジャンヌは泣きそうな顔をするぐだ男に困ったように微笑みかける。
そして、ゆっくりと彼の頬に顔を近づけて―――優しく口づけを送る。
『あ……』
「ふふ…返事を待たせてしまったお詫びですよ」
顔を真っ赤にするぐだ男に悪戯気に笑いかけるジャンヌ。
ぐだ男は少し悔しくなり反撃に出る。
『口にはしてくれないの?』
「そ、それは……まだ早いと言いますか……」
『じゃあ、俺もこれで我慢する』
彼女にやられたのと同じように優しい口づけを一つ、彼女の柔らかな頬に送り返す。
自分と同じようにトマトのように顔を赤くするジャンヌに彼は勝気な笑みを見せる。
『これでお相子だね』
「そうですね……ああ、急に恥ずかしくなってきました」
『こっちもだよ』
お互いに恥ずかしくなって顔を逸らす。
どこまでも初々しい二人組であるが、まだバカップルと言われるようになる未来は知らない。
そんな未来はさておき、打ち上げられた花火の音が二人を現実に引き戻す。
「あ……花火ですね」
『まだ、ちゃんと回ってないし、またお祭りを楽しみに行こうか』
「そうですね。時間は……たくさんありますしね」
ぐだ男が立ち上がりジャンヌに手を差し伸べる。
彼女は彼の手を取り、どこまでも自然に隣に並びながら歩きだしていく。
繋ぎ合った手の指をしっかりと絡ませ、離さないようにしながら……。
―――二人の未来へと歩き出していくのだった。
~FIN~
ジャンヌ√完結!
さて、次回からはジャンヌ・オルタ√です。
こっちは趣を変えてオルタを主人公っぽく書いていこうかなと思っています。
そっちの方がオルタのめんどくさ可愛いさを出せるかなと。
後、しばらく忙しくなるので投稿間隔が長くなると思います。
それでは、よろしければ感想評価等お願いします。