メドゥーサの罰が執行された後、そのまま図書室に残り宿題を行うぐだ男。
残りは直流が使われているものの“具体例”を挙げるだけとなったところで時計を見る。
『そろそろ最終下校時刻か』
大きく伸びをして背筋を伸ばす。
バキバキと背骨が鳴る感覚を楽しみながら外を見る。
夏本番に差し掛かってきたこともあり太陽はまだ昇っており、茜色に空を染めていた。
「おーい、そろそろ帰らないとおじさんが閉じ込めちゃうぞー」
『あ、ヘクトールさん、お疲れ様です』
校舎の戸締りを確認しに来た用務員のヘクトールと鉢合わせする。
常に飄々とした態度でザ・おじさんといった風貌なヘクトール。
しかし、それは表面上の話で実際は抜け目のない性格で学校を守っている。
「おお、ありがとさん。いやー、最近の若い子は礼節がしっかりしてて偉いねぇ」
『ありがとうございます』
「おっと、そんなことより早く行ってやんな。お嬢ちゃんが待ってるぜ」
『お嬢ちゃん?』
ヘクトールの言葉に誰のことか分からずに首をかしげる。
ひょっとしてマシュだろうかと思い手早く荷物を片付け図書室から出る。
「あ、ぐだ男君。お疲れ様です」
『ジャンヌ?』
予想外の相手の登場に目を丸くするぐだ男。
「いやー、少年も隅に置けないねー。こんな可愛い子に待っていて貰えるんだから」
「か、可愛いですか? そんなことはないと思いますよ」
『いや、ジャンヌは可愛いよ』
「ぐ、ぐだ男君もからかわないでください…!」
立て続けに可愛いと言われて頬を染めて怒るジャンヌ。
そんな姿が可愛いのだとぐだ男は内心で思うが本気で怒られても困るので黙る。
「へいへい、それじゃあ年寄りは退散するとしますかね。後は若い者同士でなー」
「もう……ヘクトールさんにも困ったものです」
『良いおじさんなんだけどね』
いつものように飄々とした態度のまま歩き去っていくヘクトール。
その背中に溜息を吐くジャンヌ。
そんな姿にもぐだ男は目を奪われながら声をかける。
『そう言えばどうして待ってたの? 何か用事?』
「用事という程でもないですが、今朝お礼の話をしそびれていたので」
言われて今朝のことを思い出すぐだ男。
以前に生徒会の仕事を手伝ったそのお礼について話していたのだった。
時間の影響で途切れた話の続きをしに彼女は律儀に来てくれたのだろう。
『気にしないでいいのに』
「ですが、恩返しないと納得がいかないので。何か困っていることなどがあれば遠慮なく言ってください」
『そうは言われても……』
本当に気にしていないので何も思いつかず困惑するぐだ男。
そんな折に最終下校の放送が流れ始める。
【下校の時間である。生徒の帰宅である】
放送を流しているのはヴラド教師である。
どこかの王族のような優雅さから生徒の人気も非常に高い。
因みに校舎を囲うやけに刺々しい柵は彼の考案である。
そして、その柵に動くクマのぬいぐるみが串刺しにされていたという都市伝説もある。
『ヴラド先生の放送だ。帰らないと』
「そうですね。では、一緒に帰りながら話しましょう」
『え?』
一緒に帰ろうというジャンヌからの何気ない提案に思わず声を上げてしまうぐだ男。
「えっと……もしかして迷惑でしたか?」
『全然迷惑じゃない! 寧ろ嬉しい!』
若干落ち込んだような顔を見せるジャンヌ。
ぐだ男はその様子に慌てて否定を言葉を並べ、勢いに乗って本音を言ってしまう。
そのことに気付いて思わず顔を赤くしてしまう。
「そうですか、よかったです。私もぐだ男君と帰れて嬉しいです」
そんなぐだ男の姿にジャンヌはクスリと笑い花の咲くような笑みを向けてくる。
彼女の可憐な笑顔にぐだ男の心臓はまるで早鐘のように打ち鳴らされるのだった。
「では、帰りましょうか」
『うん』
二人並んで靴箱に行き校門へ向かう。
ジャンヌは特に何も意識していないがぐだ男の方は動作がぎこちない。
「どうかしましたか?」
『な、なんでもない』
「そうですか…?」
どこかおかしさを感じたのかジャンヌがぐだ男の顔を見つめる。
しかし、その角度が身長の差のせいで上目遣いで見上げる形になる。
そのためぐだ男は必死で目を逸らしつつ距離をとる。
やはりおかしいのだが本人がなんでもないと言っているのでジャンヌも納得し離れる。
そのことに安堵と若干の後悔を抱いているとやけにうるさい声が聞こえてくる。
「私の計算ではあなた方が最後です! お急ぎください」
『すいません、レオニダスさん』
「すみません」
守衛のレオニダスに急かされて少し早歩きになる二人。
彼は筋骨隆々な見た目とは裏腹に数学が趣味という頭脳派なところがある。
まれに数学の教師陣と話し込んでいる姿も見られる人だ。
「ああ、いや。別に怒っているわけではなくてですな。最近は何かと物騒ですのでお二人の安全のために暗くなる前に帰宅することをお勧めしたいのです」
『心配してくれてありがとう』
「早めに帰ります」
レオニダスの気遣いにお礼を言う二人。
「ええ、そうするのが一番かと。何しろ私の計算によれば夏の太陽は一見長いように見えて沈む時は秒速―――」
『さあ、帰ろうか、ジャンヌ』
何やら専門的な話になりそうだったのでスルーをして歩き出すぐだ男。
ジャンヌは無視していいものかと少し迷ったがすぐに割り切りぐだ男に追いつく。
『そう言えば……どうして俺が図書室に居るって分かったの?』
「ああ、それはですね。天草君に聞いたんです」
『そっか、天草なら知ってるか』
言われて納得するぐだ男。天草は生徒会、そしてジャンヌも生徒会。
仕事があると言っていたのだから2人とも同じ場所にいて当然だろう。
「では、先程の話を続きです。何か私にできることはありませんか?」
『……特に困っていることもないし』
再び言われて記憶をまさぐるが特に困っていることはない。
そう考えた時に今朝、期末試験のために勉強会でも開こうかと思ったことを思いだす。
『そうだ、勉強』
「え? べ、勉強ですか」
勉強と言われてジャンヌの顔に焦りが見える。
実はジャンヌは品性方正だが忙しいせいか勉強があまり得意ではないのだ。
理系教科、特に数学の成績は妹のジャンヌ・オルタと同じように低い。
『そう言えば苦手だったっけ?』
「う……で、でも大砲の並べ方とか兵の配置は得意です!」
『逆にどこで学んだのそれ?』
どこから手に入れたのか謎の知識を語るジャンヌにツッコミを入れる。
「しかし、そうすると私に教えられることは……」
『いや、勉強を教えて貰いたいんじゃなくて勉強会を開くつもりなんだけど一緒にどうかなって』
「え、そうだったんですか。すいません、早とちりしてしまって」
『こっちも言い方が雑だった』
恥ずかしそうに視線を下げるジャンヌ。
そんな姿にときめきながら慌ててフォローを入れるぐだ男。
「でも、そうなると結局私はぐだ男君に何もしてあげられない気がするのですが」
『じゃあ、人を集めるのを手伝ってくれる? 実はまだ集めてないんだ』
「そういうことでしたらお任せください。何人か心当たりがあるので声をかけてみます」
『日程とかは後で連絡するね』
こうして勉強会の段取りが決まっていく。
普通であれば共通の友人を探すのに手間を取るだろう。
しかしながら、ぐだ男は校内一顔が広い男として有名である。
誰を呼んでも面識があり、なおかつ初対面でもあっという間に相手の心を開く。
コミュニケーション力の化け物といっても過言ではない人物なのだ。
「はい。私も今回は頑張ろうと思っていたのでお互いに頑張りましょう」
『うん、頑張ろう』
気になっている相手と一緒に勉強会ができることに心の中でガッツポーズをするぐだ男。
そんな気持ちに気づくことはないがジャンヌは共に微笑む。
「あ、私はこっちの道なのでここでお別れですね」
『また明日』
手を振り、別れを告げる。背を向けた彼女の髪に夕日が反射し宝石のように輝く。
その光景を瞳に焼き付けるように見つめてから反対の道を歩き出す。
家までの距離は近くはない。
だというのに到着した時には先程の光景が一瞬前のように感じられる程に彼は浮かれていた。
『ただいま』
「む、帰ったか。遅れる時は必ず連絡するように言っておいたはずだが?」
『ごめん、エミヤ』
帰宅したぐだ男を待ち受けていたのはおかん、もといエミヤ先輩である。
隣に住む大学生で両親が不在のぐだ男の世話を何かと焼いてくれる保護者枠である。
「君も、もう高校生だ。下手に束縛をするつもりはない。ただ、帰るのが遅れる場合は夕飯がいるか、何時頃に帰るか、どこに誰と行くかをメールで知らせたまえ」
彼は世話を焼いてくれはするのだが小言が多い。
全て相手のことを思って言っている言葉なのでまさにおかんである。
因みに今朝の朝食も彼の作り置きである。
「それとだ。冷蔵庫の中を確認させてもらったがアイスやジュースなどが多すぎる。暑いのはわかるがあれでは健康に害が及ぶので程々にするように。それに食べすぎや飲みすぎでお腹を壊すのは君とて不本意だろう? ああ、お腹を壊すで思い出したが腹巻を作っておいたから冷える時は使うといい」
徹底した管理体制が引かれているがそのおかげで健康なので文句は言えない。
寧ろ両親がいる時よりも健康的な生活と化している。
「さて、小言はここまでにしよう。早く着替えてきたまえ。せっかくの作り立てだ、冷めてしまう前に食べるのが一番だ」
『分かった』
「ああ、それと明日は燃えるごみの日だ。忘れないように」
怒涛の小言の連射にもぐだ男は特に気にすることなく自身の部屋に向かう。
言われたとおりに着替えてすぐに食卓に着く。
『いただきます』
「ああ、どうぞ。……しかし、やけに機嫌がいいように感じるが何か良いことでもあったのかね?」
『秘密』
「ふ、そうかね」
秘密と言われたことにニヒルな笑みを浮かべるエミヤ。
俗に言うプレイボーイである彼にはぐだ男の機嫌が良い理由が女性関連だと気付いたのだ。
もっとも、彼自身は女難の相も持っているためいつも酷い目にあったりするのだが。
『そういえば、この蛍光灯って直流? 交流?』
「む? これは交流だ。直流では長期間持続するのに向いていないからね。それに家庭に流れている電気は基本交流だ」
『じゃあ、直流の具体例って何かある?』
「一番身近なものは乾電池などだろう。他には最近注目されている太陽光発電などがある」
聞けば簡単に出てくるエミヤの知識に自分の努力は何だったのかと思うがすぐにやめる。
元々家電などが好きな性格の人間だ。一般常識よりも上の知識を持っていてもおかしくはない。
きっとそうした理由なのだろうと納得し夕飯を食べ終え自分の部屋に行く。
『そう言えば勉強会の日程を決めないと』
重要なことを思い出しカレンダーを捲りメモをする。
そしてエドモンにお願いのラインを送りレポートの仕上げに向かう。
『具体例は電池や太陽光発電…と。最後にあれを書いて完成』
レポートの出来上がった確かな充足感と共にぐだ男は最後の一文を書き記す。
―――直流は良い文明、と。
ヘクトール:不利なトロイヤをあのアキレウス相手に何年も守った英雄
ヴラド三世:圧倒的な強さを誇ったトルコ軍に悪魔と言わしめた護国の名君
レオニダス:数十万の軍勢を百分の一の人数で押し止めたスパルタ王
この防御網を超えられるとしたらヘラクレスぐらいなものです(真顔)
エミヤさんは保護者ポジに。だって高校生にするとただの士郎になるんだもの。