お腹が鳴り、昼食時間の訪れを告げる。
グッと背筋を伸ばしながら、何を食べようかと考える。
『今日はパンでも買って食べようかな』
「リッカも購買部に行くの? なら一緒に行こうよ」
『オッケー、アストルフォ』
同じように購買部に用があるらしいアストルフォが加わり、一緒に廊下に出る。
そこで予想していなかった人物にばったりと出会う。
『あれ、マシュにエドモンこんなところでどうしたの?』
「こいつがお前の所在が分からずに迷っていてな。俺はそれを導いてやっただけだ」
『何か用事、マシュ?』
やれやれといった具合に、肩を落としながら語るエドモン。
「あの、その……お弁当を作っていたので良ければと思いまして」
そう言っておずおずと差し出されたのは、丁寧に包まれたお弁当箱だった。
まさか、弁当まで作っていたとは思わなかったので驚いてマシュを見る。
『わざわざ俺のために作ってくれたの?』
「はい、せっかくなので朝食を作るときに一緒に。……食べてくれますか?」
若干不安げに、こちらの様子を窺うように尋ねてくるマシュを前にすれば答えは一つしかない。
『もちろん! マシュがくれるものならなんでも大歓迎だよ!』
「ありがとうございます、先輩! ……あれ? 今、なんでもって言いましたか?」
なぜかスッと目が細くなるマシュ。
なんでもという言葉が琴線に触れたらしいが、理由は分からない。
ただ、先ほどよりも廊下を吹き抜ける風が冷たいように感じる。
『マシュ…?』
「本当になんでも貰ってくれるんですね」
『な、なんでもって言うと例えば?』
「そ、それは……」
グイグイと押してくるマシュに対して、具体例を聞くと途端に顔を赤らめだす。
一体何を俺にくれるつもりだったのだろうか。
「あ、旦那様。こんなところにいらしたのですね」
『わ!? いきなり背中から声をかけないでよ、清姫』
「すみません。つい、いつもの癖で」
神出鬼没という言葉を体現するかのように現れた清姫に、動悸が速まる。
当の本人と言えば、可愛らしく舌を出して反省の色は見られない。
まあ、実際に可愛いのだが。
「ところで、旦那様。私、今日は愛妻弁当を作って参ったのですが、召し上がっていただけませんか?」
「…! 清姫さんも先輩にお弁当を…ッ」
「あら、マシュさんもなのですか? ふふふ……」
二人の乙女の視線がバチバチとぶつかり合う。
「もちろん、私のお弁当を食べてくれますよね、旦那様?」
「いえ、先輩は既に私のお弁当をもらってくれています。先約は私です」
同時に胃が原因不明の痛みに襲われ始める。
「旦那様、どちらを選ぶのですか?」
「先輩……信じています」
『いや、あの……その…』
二人から期待のこもった瞳を向けられる。
なぜこうなったのかと、諦め気味に考えるが答えが出るはずもない。
もう、どうしようもない。そう諦めようとしていた時だった。
「んー? リッカが両方食べればいいだけじゃないの?」
アストルフォの鶴の一声が、空気を一気に激変させる。
「なるほど……両方食べていただき旦那様にどちらが美味しいかを決めていただくのですね」
「分かりました。先輩の味の好みは把握していますので問題はありません」
「あら、私が旦那様の好みを熟知していないとでも?」
「先輩と過ごした時間は私の方が多いですよ」
「愛とは過ごした時間で決まるものではありませんよ」
お互いに落ち着いた声でありながら、苛烈さを隠し切れない会話。
本人は何も言っていないというのに、進んでいく状況についていくことができない。
「よかったねー、リッカ。お弁当たくさん食べられるよ」
ただ、ニコニコと無邪気に笑う、アストルフォの顔だけが癒しなのだった。
食堂に着き、自販機で買った温かいお茶をすする。
「さあ、旦那様。私が作った唐揚げをお召し上がりください」
「いえ、
「あらあら、旦那様はガッツリと肉類を食べることを望んでいるのですよ?」
「ウィンナーも肉類です。それに先輩はこういった可愛らしいものが好きな一面もあります」
目の前ではお弁当箱を開いて、何を最初に俺に食べさせるか争う女性二人。
その光景だけでお腹いっぱいなので、争わないで欲しいです。
「モテる男も辛いものだな、ぐだ男。同情するぞ」
『明らかに笑った顔で言われても説得力ないよ、エドモン』
「くくく……対岸の火事を眺めるのは気分がいいからな」
追い込まれた俺の状況を楽しみながら、自分の弁当箱の包みを解くエドモン。
こんなところで人間の醜さを表さなくてもいいものを。
「そう言えば、そのお弁当ってエドモンが作ったのー?」
「これか? これはエデが作ったものだ」
『つまり、愛妻弁当?』
「フ、今更その程度の煽りなど無意味だ。そもそもエデは俺の家のメイド。メイドが主の昼食を用意することにおかしさがあるか?」
そう言われてしまうと、確かに何もないと言わざるを得ない。
エドモンの方も何一つ意識することなく、弁当箱のふたを開ける。
【LOVE❤】
可愛らしくデコレーションされたハートマークを見て、無言でふたを閉じるエドモン。
「…………」
そして、こちらに何も言うなという視線を向けてくるが、アストルフォの前では無意味だ。
「よかったね、エドモン。エデちゃんは君のことが大好きみたいだよ!」
「違う、違う違う!!」
顔を覆い、机に突っ伏すエドモンをニヤニヤと見下ろす。
どうやら良好な関係を築けているようで何よりだ。
「なるほど、こういった愛情表現もあるのですね。勉強になります」
「先輩もこういったものが好きでしょうか…」
いがみ合っていた女性二人も、興味津々といった様子で近づいてくる。
徐々に顔が赤くなり、体から闘気のような湯気が出てくるエドモン。
精神的に追い詰められている証拠だ。
「…ッ! 胃の中に入れてしまえば同じこと!」
『そんなに急いで食べて……勿体ない』
「ニヤニヤと笑いながら言うな!」
先程の趣返しをしてやり満足げに笑う。
これが正当な復讐か、確かに気持ちのいいものだ。
だが、復讐者は常に危険な立場にいることを忘れてはいけない。
「さて、そろそろ時間も無くなってきたので私達のお弁当を食べてもらいましょう」
「そうですね。では、先輩、口を開いてください」
『わー、ふたりにあーんされるなんてうれしいなー』
箸におかずをつまみ、まるでフェンシングのように突き付けてくる二人。
嬉しいのだが、そこはかとなく不安がよぎる。
いや、嬉しいのだが。
「では!」
「行きます!」
『もごぉッ!?』
同時に口の中に詰め込まれる、唐揚げとタコさんウィンナー。
なんとか咀嚼していくが、両方同時なので味がよくわからない。
「どうですか? 旦那様」
「美味しいですか、先輩」
『いや…よくわからない』
嘘をつくと、清姫にアンチン・ザ・ファイヤーされてしまうので、正直に答える。
しかし、言い方が悪かった。
「確かに一つだけで総評を述べるのはおかしいですね。流石です、先輩」
「はい、ご安心ください。私のおかずは百八式までありますので」
「そういうわけですので、先輩」
「全部食べてくださいね」
まるでマシンガンのように、口に詰め込まれていく料理を味わいながら心に刻むのだった。
両方なんて中途半端な選択肢はいけないと。
「先輩、一緒に帰りませんか?」
放課後になり、先輩が教室から出てきたところを捕まえる。
一年の校舎から急いできたので、少し息が乱れているがなんとか押し隠す。
先輩には心配をかけたくない。
『いいよ、マシュ。でも、急にどうしたの?』
「えっと…それは……先輩と一緒に帰りたくなったからではダメ…でしょうか?」
下から覗き込むように、先輩の表情をうかがう。
ジャンヌさんの他にも清姫さんという強敵がいるのだ。出遅れるわけにはいかないのです。
『ダメなわけないよ。マシュがそうしたいのなら喜んで』
「ありがとうございます」
ニカッと笑い白い歯を見せる先輩。
その姿にドキリとするが、同時に先輩が私を仲の良い後輩としか思っていないことを思い知らされる。
「……負けません」
『マシュ?』
「なんでもないです。では帰りましょう」
そっと先輩の袖をつまみながら引っ張る。
本当は手を繋ぎたいですが、恥ずかしいので今はこれが限界です。
『そうだね、帰ろうか』
二人で並んで歩きながら、校門まで向かう。
ふと、他の人達から私達はどんな風に見られているのかと考える。
仲の良い友達? それとも恋人? きっと近しい関係に見えるだろう。
でも、それはあくまでも他人からすればだ。
肝心
ふとした瞬間に、私ではない
『美術の時間に変な仮面を作るのが流行ってね、それで天草が……マシュ?』
「へ? あ! すいません、ボーっとしていました」
『大丈夫、マシュ? 最近ボーっとすることが多くない?』
「いえ、体調に問題はありません。私の不注意です」
ペコペコと頭を下げる。また、先輩に心配させてしまった。嫌われないでしょうか。
でも……先輩の目は真っすぐに私を見つめてくれている。
ああ、そうだ。心配をかければ、もっと私のことを見てくれるかもしれません。
「先輩は―――」
―――私が傷ついたら、私だけを見つめてくれますか?
喉から出かかった言葉を飲み込む。
いけない、これはエゴだ。自分以外の誰もが悲しむ自己満足だ。
だから、別の言葉を吐き出す。
「私が居なくなったらどう思いますか?」
先輩の顔が驚愕に歪む。
こんな質問、普通はされないから驚くのが当然でしょう。
『悲しいに決まってる。人目もはばからずに泣くよ、俺』
「ふふふ…ありがとうございます」
『マシュ、本当に何もないの? 悩みなら相談に乗るよ』
「大丈夫です。先輩が傍に居てくれるなら何も問題はないです」
私のために涙を流してくれる。それが嬉しくて思わず笑みが零れる。
先輩が心配してくるのも納得のおかしさだ。異常だ。
私はおかしくなった。いえ、きっと最初からおかしかったのだ。
先輩に恋をした瞬間から、ずっと。
「やや、これはマシュ殿に立香殿。今日もトレーニングが捗りますな」
「あ、レオダニスさん!」
校門をくぐるところで、守衛のレオダニスさんに声をかけられる。
この人はとても親切で、私に逆上がり克服トレーニングメニューを作ってくれた恩師だ。
「お二人もお時間があれば、トレーニングでもいかがですかな?」
『ダンベルしながら門番しててもいいの?』
「ご安心を。このダンベルはいざとなれば、不審者撃退のための投石となります!」
『流石はスパルタ式数学。無駄がないなぁ』
先輩も認めるように、レオダニスさんは数学も得意です。
そして盾の扱いも超一級とまさに防衛のスペシャリスト。
ところで、先輩がどこか遠くを見つめているような、気がするのは気のせいでしょうか?
「ああ、数学と言えば最近はジャンヌ・ダルク殿に教えてあげているのでした」
「ジャンヌさんにですか?」
「ええ。どうにも彼女はスパルタ式数学と相性がいいようで。なんでも最後には筋肉で解決するところが気に入っているとか」
『それって本当に数学なの?』
レオニダスさんの教えは確かに偉大です。
ですので、ジャンヌさんが親しむのもよくわかります。
『でも……ジャンヌが勉強か』
ですが、先輩がジャンヌさんの名前を口に出す度に、湧き出させる感情はわかりたくない。
でも皮肉にも、同じように片思いをしているから分かってしまう。
想う相手の名前に乗せた、狂おしいほどの恋心を。
ああ―――羨ましい。
もし、先輩の想いが向く先に居るのが私だったら……。
そんなことを思う自分に嫌気がさし、そっと顔を伏せる。
今の私は、きっと酷い顔をしているから。
「少し話し込んでしまいましたな。それではお気を付けて」
『お仕事頑張ってください。それじゃあマシュ、行こうか』
「はい……先輩」
レオニダスさんに挨拶をして、再び歩き出す。
そして、チラリと先輩の方を見る。
きっと、この人の横には私なんかよりも相応しい人がいるだろう。
―――想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
でも、事実だ。ジャンヌさんであれば、こんな妬ましい感情は抱かないだろう。
ジャンヌ・オルタさんであれば、堂々と隣を歩いてみせるだろう。
きっと、私じゃ不釣り合いだ。こんな野暮ったい女の子じゃダメなんです。
「……先輩」
『ん、どうしたの?』
でも。
「て、手を繋いでくれませんか? その……辺りが暗くなってきましたし」
諦められるはずがない。
だって、私は先輩のことが大好きだから。
『ははは。どうぞ、喜んで』
「あ、ありがとうございます」
差し出された手を、おっかなびっくり握る。
温かい。それに大きくて安心する。まるでお父さんみたいです。
でも、それだけじゃない。壊れ物を扱うように優しく握り返してくれる。
先輩になら壊されたっていいのに。
『痛くない?』
「平気です。もう少し、いえ…もっと強く握っていただいても……」
大切に扱ってくれているのだと、言葉がなくとも伝わる。
心の中にじんわりと広がっていく、幸福感と充足感。
自然と頬が緩み、顔が桜色に染まる。辺りが暗くなかったら、恥ずかしくて見せられません。
「立香先輩」
『なに?』
「私、今、先輩のことを独り占めにしちゃってます」
精一杯の笑顔を向けて先輩を見つめる。
少しでも先輩の中では可愛い女の子でありたいから。
『……そうだね。確かに独り占めにされてる』
「はい、離しませんからね、先輩」
できることなら―――このまま一生。
病みマシュマロを書くのが楽しい(愉悦)