FGOで学園恋愛ゲーム   作:トマトルテ

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7話:狂愛

 包丁を研ぐ、丁寧に研ぐ。よく切れるようにしっかりと研ぐ。

 後ろでは先輩が今日の晩御飯の材料を取り出している。

 背中が良く見える。先輩の大きくて温かな背中が。

 

『今日はシチューにするからジャガイモに人参,玉ねぎとお肉で…後何か入れる?』

「……ブロッコリーが残っているので一緒に入れてしまいましょう」

『ああ、そうだったね。忘れてた』

 

 先輩はこういったところは抜けている。

 私がいないとダメな人なんです。

 私がいないと、他の誰でもない、私が。

 

『マシュはやっぱりしっかり者だね』

「……ありがとうございます」

 

 なのに、どうして私を選んでくれないんですか?

 私が先輩を支えているのに。私がいつだって傍に居るのに。

 ねえ、先輩。どうして私を見てくれないんですか?

 こんなに先輩のことを好きでいるのに。

 

「…ッ」

『マシュ?』

「なんでもないです」

『そう……』

 

 ああ…やっぱりどこかよそよそしい。

 酷いじゃないですか、先輩。

 前はもっと私のことを心配してくれたのに。

 先輩が私のことを見てくれないのなら、私は……。

 

「いた…ッ」

『包丁で指切ったの!? 大丈夫?』

「いえ、大した傷では……あ」

 

 先輩が私の手を取って傷口を舐めてくれる。

 こそばゆい舌。生温かな口内の感触。

 体中に痺れのように快感が走る。

 

『後は水で洗って、少し待ってて、今ばんそうこうをもってくるから』

 

 私の目を見て(・・・・)心配してくれる先輩。

 すぐに背を向けて救急箱を取りに行ってしまったけど、間違いないです。

 

「やっと……私のことを見てくれました」

 

 喜びが毒のように体を駆け巡る。

 血液が熱くなる。先輩が私のことを見てくれた。

 そうだ。簡単なことだったんだ。

 

「私が傷つけば先輩は私のことを見てくれるんだ」

 

 先輩が舐めてくれた指をゆっくりと舐める。

 ああ、先輩の味がする。

 自分でも顔が上気しているのが分かるほどに体が火照っている。

 

「もっと…もっと…傷ついたら、私のことをずーっと見ていてくれますよね?」

 

 迷いも戸惑いもなかった。

 先輩が私のことを見てくれる。それだけが全てだった。

 包丁を握り直し、自分の手首に向け大きく振り上げる―――

 

 

『マシュ!?』

 

 

 先輩の怒鳴り声が聞こえてきて、思わず手を止めてしまう。

 ゆっくりと振り返ると、困惑の形相を浮かべた先輩が目に入った。

 

『何をしているの?』

「先輩…先輩は私のことが嫌いですか?」

『なにを……』

 

 笑うように泣く私を見て先輩が戸惑う。

 そうですよね、こんな女の子じゃ嫌いになって当然ですよね。

 先輩に愛される資格なんてこれっぽっちもない。

 

「だって先輩、最近私のことを見てくれないじゃないですか?」

『え…?』

「どこかよそよそしいですし、今日だって上の空みたいで」

 

 私の世界は先輩が全てだから。

 先輩が私を見てくれないなら、先輩が私の前から消えてしまうのなら。

 いっそ―――■■■(死んで)しまいたい。

 

「すっごく辛いんですよ? 大好きな人に見てもらえないのは」

『マシュ……』

「でも、やっと見てもらえました。私が傷ついたから」

 

 哀れみでもいい。単なる親切心でもいい。

 大好きな先輩が私だけを見てくれるのなら、他には何もいらない。

 例え、この命が尽きるのが代償だとしても。

 

「ねえ、せんぱい。もっと…もっと…私を見てください」

 

 自分の心臓に包丁を向け、朗らかな笑みを浮かべて先輩を見る。

 血の気が引いて真っ青になる先輩。初めて見る表情だ。

 よかった。こんな表情を独り占めできるなんて―――私は幸せ者だ。

 

 

「それでは、先輩。私をことを最後まで見ておいてくださいね?」

 

 

 研いで、研いで、良く切れるようになった包丁を心臓に突き立てる。

 何かが抵抗するように阻む感触と、温かな血飛沫が手に伝わる。

 同時に私の目に先輩の顔が映る。どこまでも真剣に、怒る顔が。

 

 

『馬鹿ッ! 絶対に死なせるか!!』

 

 

 包丁の刃の部分を握りしめ、必死に押しとどめる先輩。

 その手からは真っ赤な血がしたたり落ちていた。

 

「は、離してください、先輩! 先輩が傷ついてしまいます!」

『マシュがそれを離すまで死んでも離さない!』

「そ、そんな……」

 

 先輩の手から逃れようとしてみるがピクリとも動かない。

 ただ、先輩の肉に刃が食い込んでいくだけだ。

 本気だ。先輩は死んだって離すつもりはないんだ。

 

『マシュ……』

「……ッ!」

 

 先輩の瞳が私を真っすぐに射貫く。

 どうしてだろうか、見つめていて欲しいのに、その瞳には耐えられない。

 先輩が傷つくのは嫌だ。先輩がいなくなるのは嫌だ。

 先輩がいなくなったら生きていけない。だから、先に消えたかったのに。

 

「ずるい…ずるいです…先輩」

『ずるだってするし、命だってかけるさ。マシュのためならね』

 

 世界が止まったように二人で見つめ合う。

 動くものは一つ。刃を伝い、私の手に流れてくる先輩の血だけ。

 ……もう、無理だ。

 

「ごめんなさい……先輩」

 

 包丁から手を離し、うなだれる。

 きっと、もう二度と先輩とは関われない。

 当然です。こんな醜い女が先輩の傍にいてはいけません。

 

『謝るのは俺の方だ。ごめん、マシュ』

 

 だというのに、次の瞬間に訪れたものは罵倒ではなく、優しい抱擁だった。

 戸惑う私を先輩は痛いほど強く抱きしめる。

 

『マシュ……好きだ』

「え…?」

 

 強く、優しい言葉が耳を打つ。

 でも、信じられない。だって先輩は私のことなんて……。

 

『最近マシュのことを意識し始めて……どんな風に付き合えばいいか分からなくてさ。そのせいでよそよそしい態度をしてしまってさ。本当にごめん』

「嫌いじゃ…ないんですね? 私のこと…?」

『好きだよ。何度だって言える』

 

 そう言って、傷ついていない方の手で頭を撫でてくれる。

 久しぶりのその感触に気が抜けてしまいそうになるが、まだ、問題は残っています。

 

「でも、先輩はジャンヌさんのことが好きなのでは……」

『あー……うん。好きだった。でも、失いかけてやっとわかったんだ。マシュの方がずっと大切だって』

 

 少し恥ずかしそうに語る先輩に、声が出ない。

 ジャンヌさんよりも私が大切だなんて、信じられない。

 

『最近はマシュのことが頭から離れないんだ。だから、俺の好きな人は君しかいない』

「でも、ジャンヌさんをクリスマスパーティーに誘おうとしてませんでしたか?」

『見てたのか…。うん、嘘はつけない。確かに誘おうかなって思った。でも、マシュのことを選ばないって選択はできなかった』

 

 先輩の目を見る。確かに嘘をついているようには見えません。

 ということは、つまり。

 

「わ、私の早とちり……ということですか?」

『残念ながら、そうなるね』

 

 自分への嫌悪感が噴出してくる。

 ああ、やってしまった。

 自分勝手な判断で先輩を傷つけてしまった。

 なにより、先輩の信頼を裏切ってしまった。

 叶うのなら、今度こそ死んでしてしまいたい。

 

「……あ! そんなことよりも傷です! 早く手当てをしないと!」

『そう言えば、そうだった』

「そう言えばって……」

『マシュが無事で安心してた』

 

 そう言って、いつものように笑う先輩。

 何事もなかったように、しっかりと私の目を見て。

 傷が痛くないはずがないのに、無理をしてでも私を安心させようとして。

 

「ごめんなさい……」

『うん。だから仲直りしようか』

 

 ありったけの包帯で傷口をグルグル巻きにしながら謝る。

 でも、先輩は許してくれる。

 どうして勘違いしていたんだろう。

 こんなこと、私のことが好きじゃないと絶対にできないのに。

 

「私にはもう……先輩の傍に居る権利がありません」

『じゃあ、義務で』

「義務…?」

『しばらくこの怪我で手が不自由だから介護してほしい。それはマシュの義務じゃないかな?』

 

 確かに、それは怪我をさせてしまった私の義務でしょう。

 ですが、また自分を抑えられなくなってしまうかもしれません。

 

「やはり、それでも……」

『ああ、もう! 後輩は先輩の言うことを聞きなさい!』

「は、はい!」

 

 ビシッと指を突き付けられて、思わず背筋を伸ばしてしまう。

 

『俺が許すって言ってるの。なら、何も問題はない、オーケー?』

「い、イエッサー」

『もし、罰が欲しいんなら逃げるんじゃなくて、毎日俺に会って話すこと。マシュが俺の前から消えたいのなら、俺はそれを止める。それが一番の罰でしょ?』

 

 逃げてしまいたいという心を読まれ言葉に詰まる。

 先輩は優しい。私に罰を与えてくれる。

 許さないということで赦してくれたのだ。

 

「はい……分かりました」

『……よし。じゃあ病院に行こうか』

 

 頷くが先輩の目はごまかせない。

 口ではああ言っているけど、きっと気づいている。

 私が―――先輩に愛される資格なんてないと思っていることを。

 

 

 

 

 

 正直に言うと、マシュがあそこまで俺のことを思ってくれているのは嬉しかった。

 重いのは別に構わない。むしろ、その程度背負えないと男として名折れだ。

 もちろん、そのせいで思いつめてマシュが傷つくのは嫌だけど。

 

「そこまで深い傷でなくて良かったです……」

『そうだね』

 

 病院での治療の結果、特に後遺症は残らないと診断された。

 しばらく痛むだろうが、そのうち治るから心配するなとのことだった。

 

「でも、痕が残ったらどうしましょう……」

 

 病院からの帰り道を歩きながらマシュが不安そうに呟く。

 傷は治るが痕は残る可能性がある。

 まあ、私生活には特に支障はないんだけど。

 

『んー、傷物にされたから責任を取ってもらおうかな』

「せ、責任ですか?」

『逆だけどお婿さんにもらってくれる?』

「へ!? あ、あの、その……」

 

 オロオロと慌てふためきながら、顔を赤くするマシュ。

 非常に可愛らしい姿だが、その瞳の奥には自責の念が残っている。

 自分にはそんな幸福は許されないとばかりに。

 

『ははは、冗談、冗談。こんな軽く言えることじゃないから』

「じょ、冗談ですか」

『うん……今はね』

「え? て、あぷ…っ」

 

 今の言葉の真意を問いただそうと、俺を見上げるマシュの頭を撫でる。

 柔らかな髪の毛、恥ずかしそうに頬を染める姿。

 ああ…全てが愛おしい。自分の気持ちに今更ながらに気づいた。

 マシュは俺にとってかけがえのない女性だ。

 ちょっとぐらい重くても何も問題はない。自分の全てを奉げたって惜しくない。

 

「もう、そうやってごまかすのは反則です」

『マシュの怒る顔が見たいから仕方ない』

「……怒る顔を?」

『怒った顔も可愛いから』

 

 ムスッとした表情でほっぺを膨らませるマシュ。

 こんな可愛い顔で怒られて、反省しろという方が無理だ。

 

「からかわないでください」

『からかってないんだけど』

「…………」

『…………』

 

 お互いに睨めっこのように見つめ合う。

 しかし、同時に耐えられなくなりクスリと笑いを零す。

 

「ふふふ……先輩おかしな顔です」

『マシュは相変わらず可愛いね』

「もう、だからそういうのはからかいなんですよ」

 

 自然な笑顔を見せるマシュに安堵の息を吐く。

 

『やっと笑ってくれた』

「あ……」

『ずっと落ち込んでいるより、笑っている方がいい。俺もそっちの方が嬉しいし』

 

 ようやく、元の距離感に戻ったように感じる。

 仲の良い先輩と後輩。そんな今まで通りの関係。

 でも、今のままの関係じゃ満足できない。

 

「先輩は……本当に優しいですね」

『ただ単に優柔不断なだけかもしれないよ?』

「それは困りますね」

『そこは、そんなことはないって言ってくれないの?』

 

 手厳しい言葉に苦笑いを返す。

 今の今までは優柔不断な男だった。

 でも、これからは一途な男になりたい。

 

 ―――マシュを選んだ。本当に大切な人として。

 

 他の何かを切り捨ててでも守りたい存在。

 いや、他の全てを合わせても超えることができない愛しい人。

 

「先輩は色んな女の人に粉をかけていますから」

『……ただ単に親切にしてるだけどね』

「お父さんも同じことをよく言ってます」

『ごめんなさい』

 

 なぜだか分からないが、深く謝罪しないといけない気分になり頭を下げる。

 

「少なくとも私は……あまり他の人を見て欲しくないです」

『マシュ……』

「あ、いえ、こんなこと言ったらダメですよね」

 

 感情が暴走を起こした一件を思い出し、一歩下がるマシュ。

 気にする必要なんてないのに。

 俺はマシュが死ぬのは嫌だけど、マシュに殺されるのは全然構わないのに。

 

『あー、えーと、マシュ?』

「なんでしょうか…?」

 

 ポリポリと頬を書きながら声をかける。

 そして、遠ざかった距離を同じ分だけ一歩。さらに超えてもう一歩。

 先輩と後輩との境界線を越える。

 

『今度のクリスマスパーティー一緒に出ない?』

「え…? で、でも、私なんかじゃ…」

『因みに拒否権はないから』

「ええ……ずるいです」

 

 今のままの関係は終わらせる。彼女が一生不安になることがないように。

 きっと、もう二度とこの温かな関係には戻れなくなる。この世界は壊れる。

 でも、そこに新たな世界を築き上げる。

 

『俺と一緒じゃ嫌かな?』

「そんなわけないです! た、ただ……」

『なら、いいよね?』

「は、はい。……その、よろしくお願いしますね?」

 

 先輩と後輩の関係から、愛し合う男女の関係に。

 

 そして―――マシュをお嫁さんにもらいたい。

 

『うん、しっかりエスコートするから楽しみにしておいて』

 

 

 聖なる夜に俺はマシュに―――プロポーズする。

 

 




告白すっ飛ばしてプロポーズまで行くのがマシュ√
あ、活動報告にBADEND追加しておきました。よかったらどうぞ。

さぁて、ラストが見えてきたぞ。
次回は久々にバトルを書きます(ネタがないとは言っていない)
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