―――マズい。
その言葉が私の耳から離れてくれない。
幾千の罵倒を叩きつけられるよりもなお強力な一撃だった。
私に剣を作る以外の才能はない。だが、料理には少なからず自信があった。
だというのに、かの騎士王は一刀のもとに私の自信を叩き斬った。
隠すことなくその時の心情を告げるとすれば、一言で死にたい。
それだけのショックだった。
養父切嗣の子供の頃の夢が正義の味方ではなく、魔法少女になることだったとしてもここまでのショックは受けなかっただろう。
「私の料理に何が足りなかったのだ…?」
滝に打たれながら自問自答する。
イメージするのだ。
黒き騎士王の舌を唸らせるには何が必要なのかを。
凍るような水が肌に突き刺さるが、今はそれを感じることもない。
命綱なしの綱渡りに挑むよりもなお集中する。
考えろ。彼女は何を欲しているのか。
彼女の好みの料理はジャンクフードだ。
ならばと思い、最高級のハンバーガーを作ったのだが不評だった。
理由は……そうだ。手間暇をかけて作ったからだ。
言うならば、あれは世界に一つのハンバーガー。
量産性を極めたジャンクなものとは別物だ。
それが彼女のジャンク舌には不評だったのだろう。
「では、いい加減に作った料理を彼女に出すのか?」
答えは否だ。それでは意味がない。妥協を進化とは呼ばない。
なにより私の拘りがそれを許さない。世界中のメル友の一流シェフ達への侮辱だ。
ならば、どうする? 味付けを極端に濃くするか?
だがそれでは健康に害が及ぶ。何より彼女の言うジャンクとは雑さのことだ。
丁寧に濃い味付けにしたところで同じ結末を辿るだろう。
「それでは意味がない。何だ…? 何が私に足りないのだ…?」
己の内面に問いかける。料理においての雑さとは何なのかと。
ただポテトをマッシュしただけの料理。上等な料理にハチミツをぶちまける味付け。
違う。これだけでは足りない。もっとだ。もっと根源に近づくのだ。
究極の雑さとは何なのか。そして、それを料理するのに何が必要なのか。
雑さとは見方を変えれば手を加えないことだ。
では、料理にとって手を加えない状態とはなんだ?
「そうか…! 素材だ、素材そのものの味を最大限に引き出すんだ!」
思わず立ち上がり、声を上げる。
手を加えることなく、素材そのものの味を引き出す。
そこに活路がある。調理の工程を極限にまで省くことで素材の味を引き立てる。
雑な味付けに妥協するのではなく、味付けという概念を省く。
素材そのものでジャンクな味を生み出すのだ。
「そのために必要なのは素材への感謝の気持ち。そしてなにより―――ワイルドさだ!」
調理をする私も、大自然に溶け込むようなワイルドさを持っていなければならない。
他者を理解するには他者と同じ目線に立つこと。
ならば、素材を理解するために素材と同じ大自然と一体化することは当然のこと。
「答えは得た。待っていてくれ、セイバー。必ず君の舌を満足させて見せるから」
『え? ワイルドになるためにギアナ高地で修行してくる? ちょっと何言ってるか分かんない』
エミヤから電話で告げられた内容に、訳が分からないという顔をする立香。
傍から聞いてるオレでも訳が分からないので仕方がないだろう。
『はぁ…これはもうしばらく帰ってこないな』
「ま、いいんじゃね? 父上の舌を満足させるためなんだからよ」
『そうだね。いつも世話になってるから、偶には好きなことをやってもらわないとね』
小さく笑みを浮かべ、携帯をしまう立香。
その顔からはエミヤに対する確かな感謝の念が感じられた。
『ところで』
「なんだよ?」
『いつまでゴロゴロしてる?』
おっとりとした声で聞かれて改めて現状を認識する。
オレ達は一つのベッドの上で横になっている。
オレは漫画を読んで、立香は偉人伝を読んでいる違いはあるが、どっちも同じ体勢だ。
というか、オレがあいつの腕の中にすっぽりと納まる形になっている。
「つっても何かやることあるか?」
『いや、特にはないし、俺もこのままずっとこうしてたいけど』
「けど?」
『王になるには何が必要か考えないといけないんでしょ?』
そう言われて漫画をパタンと閉じる。
……完全に忘れてた。いや、忘れてたつーか色んな事がありすぎて考える暇がなかったつーか。
とにかく、答えを出さないとな。
「でないと、ずっとここにいる羽目になっちまう」
『ずっと家に居てくれてもいいんだよ?』
「ハ、ありがたいけど、甘え続けるわけにもいかねえだろ」
『……昨日はあんなに甘えてきてたのに』
「う、うるせぇ!」
昨晩のことをほじくり返され、思わず立香の腹に肘鉄を食らわす。
後ろでうめき声が聞こえてくるが自業自得だ。
そりゃ、昨日の夜は甘えたかもしれねーけど、偶々空気に流されただけだ。
普段からこんな奴に頼りっぱなしになるわけねーよ。
『まあ、いいや。どうする、ここで考えてみる?』
「なんでお前と一緒に考えることが前提なんだよ」
『ずっと味方だって言ったしね』
背中から柔らかな声が聞こえてくる。
振り返らなくても分かる。こいつが馬鹿みたいに優しい顔で笑っているのが。
オレを守ってくれるって言っているのが。
「……しゃーねえな」
だから、オレはこいつを信じる。
『じゃあ、まずはアルトリアさんにあって、モードレッドにないものを考えるのが良いと思う』
「ああ、確かにそれなら足りないものを見つけやすいか」
父上=王だ。そこからオレを引き算したら王に足りないものが分かる。
父上―オレ=で0になるようにすりゃ、自然と王になれる。
まずはオレに足りないものを明らかにしないとな。
「なあ、お前から見て父上にあってオレにないものは何だと思う?」
『うーん……胸?』
みぞおちに肘鉄を三発ほどお見舞いしてやる。
割とガチでやばそうな声が聞こえてくるが、同情は一切ない。
『ケホ…ゲホ……ごめん、調子に乗った』
「次ふざけたこと言ったら、二度と口を聞けなくしてやるからな?」
涙を流しながら謝ってくるバカに脅しをかける。
そもそも、昨日あれだけ……いや、思い出すと恥ずかしくなるからやめだ。
「大体、オレだって大人になったら母ちゃんぐらいには……」
『大丈夫。大きくても小さくてもどっちも好きだから』
「お前自分で殺してくれって言ってる自覚あるか?」
いい顔でセクハラ発言をかます、立香の首を締めあげる。
『こういうプレイも……』とか、なんでこいつはこういう耐久性だけは高いんだよ。
一回どっちが上かハッキリさせないとダメか?
「はぁ……とにかく、真面目に考えろ」
『イエスマム。……まあ、普通に考えたら経験量じゃない?』
「経験か…」
確かにオレと父上じゃ、乗り越えてきた修羅場の数が違い過ぎるな。
乱立してた子会社をまとめ上げたりとか、インペリアルローマに喧嘩売ったりとか。
とにかく、父上には色々とあるからな。
「じゃあ、今から父上の武勇伝でも真似しに行くか!」
『え? まさかローマに喧嘩売るの?』
「ちげーよ。父上の逸話って言ったらまずはあれだろ」
選定の剣を抜くところからだ。
「ちくしょおおおッ! 抜けねぇええええッ!!」
岩に刺さったカリバーンが抜けずに喚くモードレッド。
因みにカリバーンは、衛宮邸の蔵から拝借したものを適当な岩に刺した。
「ふざけんな…! オレに抜けねえはずがないだろぉ!?」
若干涙目になりながら、カリバーンを抜こうとするがビクともしない。
まるでカリバーン自体に意志があり、「アルトリア以外に抜かせてたまるか」と言っているような感じだ。
そこまでモードレッドに抜かれるのが嫌か。
『ま、まあ、そもそも投影品だし。エミヤが悪戯で変な機能をつけただけかもしれないし』
「むしろ偽物の時点で拒否されるとか……オレって」
取りあえず慰めようとするが、逆に傷口を抉ってしまう。
まずい、このままだと一気にカムランコースに向かいかねない。
『そうだ! 一人でダメなら二人でやればいけるよ!』
「そうか…?」
『ほら、まだ未熟ってだけで二人で一人前とかよく言うでしょ? あれと同じ要領でさ』
「じゃ、じゃあ、やってみるか」
二人で並び立ちカリバーンに手をかける。
そうだ。一人では扱えなかった武器が二人だと扱えるなんて、まさに王道じゃないか。
だから、今回だってきっと―――
「抜けねぇじゃねえかよぉおおおッ!!」
やっぱりダメだった。
そりゃそうか。オレには王気なんてないし。
「クソ…オレにはラブラブカリバーンも許されないのかよ。ちょっとやってみたかったのに……」
『ケ、ケーキ入刀ならできるから大丈夫だって』
「そんなの慰めにならねえよ!」
グスグスと涙を流し始めるモードレッド。
今の今まで自分に抜けないはずがないと思っていただけに、ダメージが大きいのだろう。
しかし、どうしようか。
『これ、誰にも抜けないとこのまま放置だよね……』
後で返す気で借りてきたので抜けないと困る。
それに、もしかしたら抜こうとしても抜けない剣として観光名所になるかもしれない。
『おいて帰るわけにもいかないし、どうしようか』
「……おい、立香どいてろ」
『へ?』
「岩から抜けねえなら岩をぶっ壊す!! クラレント―――」
『ストーップ!』
逆転の発想とも言える行動に出ようとする彼女を慌てて羽交い絞めにする。
本物ならいざ知らず、偽物のカリバーンなら折れてしまいかねない。
借り物を壊すのは流石にダメだろう。
「放せよ! 大体それ以外にあれを抜くなんて無理だろ!?」
『た、確かにそうだけど。だと言ってもね!』
二人でギャーギャーと口論を交わす。
だから俺達は気づかなかった。
白百合の姫のような女の子が近づいてきているのを。
「はい。これでいいですか? モードレッドさん、立香さん」
声をかけられて振り向くと、そこにはアルトリア・リリィが居た。
―――カリバーンを何食わぬ顔で差し出しながら。
『そ、それは、どうやって…?』
「…? 普通に持ったらスルッと抜けましたよ?」
『……大変じゃなかったの?』
「いえ、まるで自分から抜かれに来たみたいに簡単でしたよ」
ニコニコと笑いながら告げる彼女は、客観的に見れば天使のようであった。
だが俺達からすれば、それは悪魔の笑みだった。
「はい、モードレッドさん」
惜しげもなくカリバーンをモードレッドに渡すリリィ。
「何を頑張っているか分かりませんが、頑張ってくださいね! それでは私はここで」
リリィは石像のように固まるモードレッドを置いて、笑顔で歩き去っていく。
まるで格の違いを見せつけるかのように、王者として堂々と。
「……なぁ」
『……なに?』
「オレ泣いてもいいか?」
俺は黙って彼女を抱きしめてあげるのだった。
家に帰りベッドの上で背中を向けるモードレッド。
明らかにいじけているその背中に苦笑しながら、コンビニで買ってきたものを出す。
『モードレッド』
「…………」
『ブラックサンダーアイス買ってきたんだけど食べる?』
「………食う」
こちらに顔を向けることなく、手だけを突き出して求める。
そんな姿に子どもっぽいなと思いながらアイスを渡す。
ついでに自分の分を取り出し、一口かぶりつく。
濃厚なチョコのうまみと、ガリガリとした触感が口の中に広がる。
「……オレさ」
『ん?』
「王にむいてねーのかな」
『随分と弱気な言葉だね』
一人背中を向けたまま呟く彼女の傍に腰かける。
そして、頭を撫でるがいつもとは違い反発してこない。
「父上はオレには継ぐ資格がないって言ってくるし、剣は抜けなかったし……」
『まだ、それだけでしょ』
「まだってな……。実際に王になれるかって言われたら……自信ねーし」
珍しく弱音を吐く彼女の姿を見つめる。
細い肩だ。ほんのちょっとの重荷だけでも、簡単に壊れてしまえそうなほどに細い。
どこにでもいる普通の少女にしか見えない。
『……前から聞きたかったんだけどさ』
「なんだよ?」
『どうしてアルトリアさんを継ぎたいの?』
その質問に初めて振り返るモードレッド。
一体こいつは何当たり前のことを聞いているのかという顔で。
「そりゃ、父上を越えるためって言っただろ」
『それは覚えてる』
「じゃあなんで、今更そんなこと聞いてくるんだよ?」
ネコ目で首を傾げるモードレッドに、言うべきか言わないべきか悩む。
でも、結局言うことにする。
『別に越えるだけなら後を継ぐ必要はないんじゃない?』
「……は?」
『いや、アルトリアさんの功績を越えるのを独立してやるってのはダメなの?』
ただ超えるだけなら、別に後継者としてやらなければならないという理由はない。
むしろ単純に大きい会社を作れば越えたという見方もされやすい。
でも、後継者というのは絶対に初代は越えられない。
0を1にするのと1を10にするのは、全く別の功績だ。
創立者というのは、後にどれだけ偉大な後継者が現れても尊敬され続ける。
ある種の神様のようなものだ。
後継者は常に創立者を敬い続け、偉大なる先駆者に頭を下げ続けなければならない。
故に功績でどれだけ上回っても、単純な比較すら許されない。
初代というのはそれだけ別格の存在なのだ。
「……いや、オレは父上の跡を継ぐんだって」
『それだと、アルトリアさんの功績あってのものだって思われて越えたとは言われづらいよ?』
「んなこと言われたって! オレは! ……父上の跡を継ぎたいんだよ」
自分がどうしても跡を継ぐことに固執していることに気づき、胸を押さえるモードレッド。
ああ、そうだ。彼女はいつだって父親を継ぐことを意識していた。
それはただ単純に、父を越えるという気持ちからじゃない。
他にも理由があるはずだ。
『ねえ、どうしてアルトリアさんの跡を継ぎたいの?』
だから尋ねる。本当の意味で彼女が跡取りに固執する理由を。
「それは……だって…オレは―――」
カリバーン抜けなくて泣いてるモーさんはコハエースの絵で想像してください。
さて次回で多分ラストになります。
こっからは余談ですが、終わったら新作でも書こうかなと思ってます。
ツチノコに転生とか、なのはで不良女オリ主とか、ZeroとTOX2のクロスとか。
後、アトリエシリーズに手を付け始めたのでそこら辺も書きたい。
追記:簡単な構想を活動報告に上げておきました。