意識が目覚めた時・・・鳴上悠は、内心驚愕に陥った。
今自分がいる場所は乗っていたはずの八十稲羽行きの電車ではなく、見知らぬ青一色の部屋にいたのだから。
(お・・・落ち着け、落ち着くんだ!
まずは状況の確認だ!!)
叫びだしたい気持ちを必死に抑え、周りを見渡す。
左前方には、ワイングラスが並べられている棚。
右前方方には、悠然としている金髪の女性が座る青色のソファー。
真向いには、テーブルを挟んで座っている小柄な老人。
かすかに聞こえる車の音で車内だと言う事はかろうじてわかった。
だが・・・何故自分がここにいるのか全く分からない。
確か自分はさっきまで電車の中で眠っていたのだから。
誘拐、という考えが浮かんだが、それにしてはおかしい。
もしそうだとしたら、人質である自分を拘束したりするはずだが・・・
いつの間にか椅子に座っている以外、特に拘束されていない。
むしろ、体は自由な状態だ。
「ようこそ、ベルベットルームへ。」
老人が自分にそう発言し、思わず思考が消えた。
白髪禿頭、長い鼻、甲高い声、平べったい顔、ぎょろりと自分に向ける眼球。
一見悪魔のような外見だが、物腰は柔らかく悪意を感じない。
自分の判断を信じて強ばった体の力を抜いた。
「・・・ほぅ。
これはこれは、また変わった定めを持った方がいらしたようだ。」
老人は自分を確認するなり、そんな事を言ってきた。
・・・いや、自分の意志で来た訳ではないのだが。
「・・・あなたは、誰だ?」
目の前の人物に問いかける。
悪意が感じられないとはいえ、見知らぬ人物といる空間にいるのは抵抗がある。
「失礼しました。
私の名はイゴール。ここ、ベルベットルームの住人の一人。
お初にお目にかかれます。」
イゴール、と名乗る老人は丁寧に返した。
どうやら外見だけで、性質は礼儀正しい人物らしい。
「・・・ここは、どこなのですか。」
次に場所をイゴールに問う。
「ここは夢と現実。精神と物質の狭間にある場所でございます。」
・・・思考が停止した。
夢と現実?精神と物質の狭間?
・・・なんだそれは。
というか、何故自分はそんな場所にいる。
「本来ならこの場所は、何らかの形で『契約』を果たされた方のみが訪れる部屋。」
老人が自分の疑問を読み取ったかのように告げた。
『契約』・・・?
「どうやらあなたには、近くそうした未来が待ち受けているのかもしれませんな。
・・・ふむ、お名前を伺っておくとしましょうか。
あなたは客人となるかも知れませんからな。」
普段なら、答える道理のない問い。
しかし、相手を名乗らせた以上、無下にはできない。
この17年間、己を名乗り世界で通じてきた自分の名前・・・。
「・・・鳴上、悠。」
「良いお名前だ。」
イゴールが満足したように一つ頷いた。
「これも何かの運命・・・。
では、貴方の未来を、少し覗かせて頂きましょう。」
自分の意志とは無関係に、イゴールは目の前のテーブルに手を翳すと、テーブル上に淡い光と共にカードの束を出現させた。
カードが現れた事には・・・、考えないようにしよう。
落ち着いた精神が再び混乱したら、もう抑える自信がない。
「占いは、信用されますかな?」
イゴールがそう聞き、首を小さく振る。
正直、占いはあまり意識してないため、微妙だ。
否定を示した方が賢明だろう。
「結構。」とイゴールが答え、少し自分を見た後、カードの上を左手で軽く払う仕草をする。
すると、カードは7つの場所に分かれ、残りのカートの束は消えた。
考えるのをやめた頭には、その光景を目にしても混乱が芽生えない。
「常に同じカードを操っているはずが、まみえる結果は、その度に変わる。
まるで人生のようですな。
フフ・・・、実に面白い。」
この老人は、占い師なのだろうか。
そう考えるつかの間、イゴールは左手で何かをめくるような仕草を見せた後、それに共鳴するかのように1枚のカ-ドがめくれ、表になったカードは自分に見せるように宙に浮いた。
「ほう・・・。
近い未来を示すのは、塔の正位置。
どうやら大きな『災難』を被られるようだ。」
・・・あまり縁起の良い結果ではなかった。
昔、タロット占いの本を読んだような気がするが・・・正直、あまり覚えていない。
占い自体あまり関心がないから、記憶に残らなかったのかもしれない。
「そして、その先に未来を指し示すのは・・・。」
イゴールは再びめくるような仕草をすると、今度は塔のカードとは正反対のカードがめくられ、さっきと同様に表になったカードが宙に浮いた。
「月の正位置。
『迷い』、そして『謎』を示すカード。
・・・実に興味深い。
どうやら、貴方はこれから向かう地にて災いを被り、大きな『謎』を解く事を課せられるようだ。」
・・・あまり良い未来ではないようだ。
「近く、貴方は何らかの形で『契約』を果たされ、再びこの場においでになる事でしょう。
今年、運命は節目にあり、もし謎が解かれねば、貴方の未来は閉ざされてしまうやもございません。」
脅迫じみた言葉に、何故か気持ちが高ぶらない。
まるで海の中にいるように、今自分の心は深く、静かだ。
「私の役目は、お客人がそうならぬよう、手助けをさせて頂く事でございます。」
・・・手助け?
占い師ではないのか?
「おっと、ご紹介が遅れましたな。
こちらはマーガレット。
同じく、ここの住人でございます。」
イゴールは思い出したかのように、ずっと成り行きを見守っていた女性に目を向けた。
「お客様の旅のお供を務めて参ります。
私の名前はマーガレットでございます。」
マーガレット、と名乗った女性は自分に顔を向けた。
青い服に黒いタイツ、頭にカチューシャを付けた豊かな金髪のブロンド。
外国人なのだろうか・・・?
「詳しくは追々に致しましょう。
ではその時まで、御機嫌よう・・・。」
イゴールの言葉が終わってすぐ、意識が遠のいていくのを感じた・・・。
「・・・っ。」
目を覚ますと、乗車している電車。
意識が覚醒するにつれ、自分の現状を思い出す。
(・・・夢・・・・か・・・・・。)
リアルな夢だった、とぼんやり考える。
「次は、八十稲羽~、八十稲羽~。」
アナウンスが聞こえ、上の棚に乗せているボストンバックを取る。
八十稲羽に到着し、電車を降りた。
メールによると、改札口で迎えが来るらしい。
駅を出て辺りを見回す。
(ここが・・・八十稲羽・・・。)
不意に空を見上げ、青い空模様を視界に入れる。
(そして・・・、母さんの生まれ育った場所・・・。)
「おーい、こっちだ。」
男の声が聞こえ、周囲を見渡す。
そこには短髪に無精ひげを生やし、赤いネクタイをかな崩したネクタイを付け、スーツの上着を肩に担いだ男性が現れた。
「ようこそ、稲羽市へ。
写真より随分と男前だな。」
「・・・?」
俺を知っている・・・?
「おっと、覚えていないか。
まあ物心つく前だったから、無理ないか。」
物心つく前・・・?
「お前を預かる事になっている、堂島遼太郎だ。
お前のお袋さんの弟だ。」
堂島遼太郎。
その名前を聞いた途端、やっと現状を理解した。
「・・・鳴上悠です。
よろしくお願いします。」
「おう。
しっかし、大きくなったなー。
最初オムツ付けてた奴とは思えんな、ハハッ。」
・・・何とも返答に困る問いに、何も答えられない。
「こっちが娘の奈々子だ。
ほれ、挨拶しろ」
叔父は後ろに隠れていた女の子を前に押し出した。
堂島奈々子。
俺のいとこに当たる娘(らしい)。
二つに髪を束ね、可愛らしい顔つきをした少女だ。
「・・・にちは。」
奈々子と呼ばれた女の子は、ギリギリ聞こえる声で挨拶をし、再び叔父の後ろに隠れた。
人見知りだろうか。
まあ、初めて会うのだから当然の反応なのだろう。
叔父がその様子に茶化したら、奈々子ちゃんは叔父の尻を叩き、そっぽめいた。
「・・・初めまして。
君のいとこの、鳴上悠です。」
俺は屈んで奈々子ちゃんの目線に合わせ、挨拶をした。
「うん・・・。」
挨拶を返したと思ったら、赤くなった顔を隠すように叔父の後ろに隠れてしまった。
余計不振がられただろうか。
「はは、こいつ照れてやがる。」
叔父が再び茶化すと、奈々子ちゃんはムッとした顔で再度叔父をひっぱ叩いた。
「しっかし、義兄さんも姉貴も相変わらず仕事人間だな。
今度は海外だったか?」
叔父の車に乗り、街を走る最中に、叔父が聞いてきた。
「はい。
ニューヨークだそうです。」
「そうか。
1年限りとはいえ、親に振り回されてこんな田舎にまで来ちまって子供も大変だな。」
「・・・いえ。」
日本に残れるのなら、田舎とか特に意味はない。
元々静かな所は好きな方だし、不満はない。
途中、奈々子ちゃんがトイレに行きたいと言い、通りかかったガソリンスタンド『MOEL石油』に止めた。
店員が威勢のいい声で出迎え、車を降りた2人につられて自分も降りた。
店員のからかいを含んだ指示でちょっと怒った口調で返した奈々子ちゃんは、トイレに向かっていった。
「どこかお出かけで?」
「いや、今日はこいつを迎えに来ただけだ。
都会に越してきてな。」
「へぇー、都会からすか・・・。」
店員は叔父の返事にぼんやりとする自分を見てそう答えた。
レギュラー満タンで、という叔父の頼みに店員は明るく返事をした。
「君、高校生?」
叔父が煙草を吸うためその場を離れたのを見はらかったのか、さっきの店員が話しかけてきた。
黒い髪にパーマをかけた、爽やかさを感じさせる青年だ。
「・・・はい。」
「都会から来るとなーんもなくって、ビックリっしょ?
実際退屈すると思うよ~。
高校の頃っつったら、友達んち行くとか、バイト行く位だから。」
「・・・いえ、静かでいいと思います。」
「そう?
まっ、田舎は大体そんなモンだけどね。」
人の良い笑顔で少し笑った後、青年は手を差し出した。
「ウチ、今バイト募集してんだ。
学生でも大丈夫だから、まぁ考えといてよ。」
青年の問いに一応頷き、握手をした。
青年の少し冷たい手が印象的だった。
「・・・おっと、仕事しないと!
じゃっ、またね。」
青年は慌てた様子で仕事に戻った。
「・・・・・っ・・・?」
その刹那、頭に一瞬痛みが走った。
少し目眩みもする。
疲れてるのか・・・?
「大丈夫?」
いつの間に戻ってきたのか、奈々子ちゃんが俺の傍で様子を見る。
どうやら俺の様子に不安になったらしい。
「乗り物酔い?」
「・・・大丈夫。」
そう答えても、奈々子ちゃんは不安を消さない。
「おう、どうした?」
戻ってきた叔父が、俺の顔を見るなり顔をしかめた。
「・・・長旅で疲れが出たんだろうな。
先に車で戻って休んでろ。」
「・・・はい。」
叔父の気遣いに素直に受け取り、一足先に車に乗り込む。
少し経って2人が車に乗り込み、再び車を発進させた。
2011年4月11日。
2度目の高校生活の始まりの日。