上手な上司からの愛されかた   作:はごろもんフース

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八話:ノミュニケーション その1(桂花)

「やぁ」

 

 食堂の一角で九十九が遅い夕食を取っていると、彼女がふらっとやって来た。

 やって来た彼女は、そのまま近づいてきて九十九の頭を後ろから抱きしめた。

 その際にお酒の匂いが鼻に付いた。

 

「飲んで来たのか」

「うん、美味しかったよ」

 

 暫く抱きしめて満足したのか、頭から離れるとそのまま正面の席に座った。

 その際に片手に持っていた瓶をトンッと机の上に置かれる。

 九十九は、それを見て自分の水の入った杯を空にすると無言で千里に差し出す。

 

「……何処で手に入れた」

「あぁ、やっぱり君なら分かるか」

 

 杯を差し出せば、千里がどうぞと中に持っていたお酒を注いでくれた。

 それに小さく礼をした後に口にしてみれば、頭の中は驚きでいっぱいになる。

 

「ここまで強いお酒は売ってない筈だぞ?」

 

 九十九がお酒を飲んで思ったことは、『甘いが飲みやすい』『不快な酔い方をしない上質な物』そして『かなりアルコール度数が高い』と言ったものであった。

 この時代の人が飲むお酒は、事酒(じしゅ)昔酒(せきしゅ)清酒(せいしゅ)の三種類に分かれていた。

 その中でも、もっとも低いのが事酒で一パーセント以下というもの、他の二種でも四、五パーセントである。

 それに比べて、千里が持ってきたお酒は日本酒辺りと同程度とかなり高い。

 

「だろうね。華琳……おっと、曹操様の手作りだそうだ」

「……飲んでいた相手は曹操様だったか」

「うん、『九醞春酒(きゅううんしゅんしゅ)』って言ってたかな」

 

 千里の持ってきた上質なお酒の入手法を聞いて納得した。

『九醞春酒法』お酒の好きな曹孟徳が作り出した物で現代の現在の醸造酒の製法と同じものである。

日本酒の醸造でも使われており、原型と言ってもよいものだろう。

 

 そんなお酒を杯に移さず、彼女は行儀悪くそのまま飲みだす。

本来ならば咎めたりするべきなのだろうが、飲んだ後に唇に残ったお酒を舌で舐めとる様子は実に艶めかしく、美人は得だと見ていた。

 

「ぷはっ……美味い!」

「うん、美味しいな。もう少しくれ」

「だーめ」

「そう言わず」

「やっ」

 

 あっという間に杯に入っていた物がなくなり、千里にもう一杯とせがむ。

市場で売りに出されているのなら買うのだが、華琳の手作りと聞けば入手法はないと悟る。

故に持っている千里に強請ってみるも否と拒否られた。

 

「……今度好きな物を作ってやる」

「君の手作りかー心惹かれるものがあるな」

「なら――」

「でも駄目だね。君はこれから仕事なのだから」

 

 自分の中で千里が欲しいと思われるものを言うもこれまた拒否された。

むしろ、何とも奇妙なことすら言い出す始末である。

指をビシっと差して格好を付ける彼女に眉を顰めれば、そのまま指でおでこを押された。

何と言うか、完全に酔っているなと思わせる行動に九十九は心配になってきた。

 

「酔い過ぎでは? 部屋まで送ろうか?」

「そこまで酔ってはいないよ。会話もしっかりと出来ているだろう?」

「何処がだ。先ほど『君はこれから仕事だ』と言ってたぞ」

「うん、間違いじゃない。君はこれから仕事さ。機会を作ってあげたんだ。感謝してほしいものだね」

「……千里?」

「曹操様の寝室は分かるね? 今から行きたまえ……曹操様がお呼びだ」

 

 言いたいことはたくさんあったし、先ほどの強いお酒を飲んだと思われる千里を置いて行くのも気が引けた。

 

「悪い。女性の寝室まで足を運ぶ機会が少なくてな。途中まで教えてくれるとありがたい」

「まったく……君って奴は、しょうがないなー」

 

 だから、簡単な嘘を言って千里を送ってから向かうことにした。

 

「くっくっく……それにしても足を運ぶ機会が少ないねー?」

「……」

 

 千里を立ち上がらせると二人して、寝室の方へと歩き出す。

その際に彼女はにやにやと笑っていたが、それは無視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里を部屋まで送った後、そのまま奥へと進み華琳の寝室がある所まで歩く。

夜が遅いと言うこともあってか、人に出くわさなかった事は幸いである。

華琳の寝室は、夏候姉妹の部屋の近くでもあり、夏候淵ならまだしも夏候惇に会った日には説得するのが大変だ。

彼女の猪突猛進ぶりは、体が良く覚えている……出来れば二度と味わいたくないものだと九十九は思った。

 

「曹操様、楊修で御座います」

「入りなさい」

「はい、失礼します」

 

 寝室前に付くと、部屋の前に警備をしている侍女が居り、華琳の所在を確認する。

所在が確認出来れば、扉に向かって声を掛けた。

この時代、ノックと言うマナーは存在しない。

『玄関に履物が二つ以上並んでいる場合には話し声が聞こえれば入って良い、聞えなければ入ってはならない』といった大雑把なものである。

仲が良いと扉を開けてから声を掛ける人もおり(主に正礼である)、一度ノックの文化を根付かせようかと大いに悩んだものであった。

結局は出処を探られたりすると面倒なので放置した。

 

「こんばんは、楊修」

「えぇ……こんばんは、曹操様」

 

 部屋に入れば、風の部屋と変わり映えしなかった。

君主の部屋と言う事でもう少し豪華な作りかと思っていたのだが、そうでもないらしい。

しかし、それこそ曹孟徳だと納得出来る部分もあり、この部屋は似合っているなとも思った。

 

「それで……これはどういった催しなのでしょうか」

「ふふっ、可愛いでしょ?」

「むにゃ」

 

 そんな部屋の中で何とも言えない光景が広がっていた。

華琳は寝床の上で座っており、その座っている華琳の太腿に頭を乗せて寝ている人が一人居る。

九十九の上司の桂花、その人であった。

 

 華琳は、彼女の頬をぐいっと引っ張り上げる

そうすれば、うへへっと桂花から笑い声が漏れた。

 

「徐庶に言われて来たのですが」

「えぇ、先ほどまで一緒に飲んでいたわ。あの子の酔った姿を見て見たかったのだけど……」

「大変可愛らしかったですよ」

「むぅ……私の前では見せないようにしていたのね。それにしても意外と言うわね、貴方も」

 

 取り合えず、ふにゃふにゃに酔っているであろう上司を放置し、華琳へと声を掛けた。

見る限り、桂花の酔いは深く事情を聞くにもそちらの方がいいだろうと言う判断だ。

会話の際にお酒の席と言う事もあり、軽い口で喋ってしまったが華琳はあまり気にしてない様子だ。

むしろ、くすくすと笑う辺り機嫌が良く見える。

 

「桂花の件で機会を作ってあげようと思ったのよ」

「それでお酒の席ですか」

「話しやすいでしょ?」

 

 そう言って、華琳は桂花の体を起こした。

既に酔っている桂花と言えば、特に抵抗する様子もなくそのまま座り込んでいる。

 

「これ……酔わせ過ぎたのでは?」

「かも知れないわね。まぁ、問題はないでしょう。記憶に残ってなければないで『昨日の夜は楊修への罵倒が凄かったわね』とでも言えば諦めつくでしょうし」

 

 この時点で九十九は、何を成すべきなのか理解が出来た。

つまりは普段の状態では何を言っても聞かない桂花に酔って貰って、口を滑らして貰おうと言う事なのだ。

お酒と言う物は、どれだけ賢い人でも思考を鈍らせ口を滑りやすくしてしまう。

ここでお酒の入った彼女と幾らか会話を重ねれば、自然と罵倒が出てくる。

それを揚げ足取りすることによって、諦めさせるのが目的だろう。

何より、やらかしてもお酒を免罪符に出来るのが強い。

 

「荀彧様、荀彧様」

「……なによっ」

「あら?」

「ふむ……」

 

 先ほどまでぼーとしていた為、会話は不可能かと思っていたが違った。

九十九が正面に座り話しかけてみれば、次第に意識がしっかりとしていき、最後にはぶすっとした表情になった。

目を見てみると微かにだが理性の色が見える、どうやら華琳達が怪しいと踏んで酔ったフリをして様子を伺っていたらしい。

これには九十九と華琳は互いに顔を見合わせてため息を付くしかなかった。

 

「お酒は――」

「私お酒弱いのよ。最近体調も悪いし、これ以上飲めば明日に響くわ」

「……そうですか」

 

 理性があれば、罵倒はしないだろう。

なので更に酔って貰いたい所なのだが、先ほどの話を聞いているせいかしっかりと断られる。

ここで無理矢理飲ませた所で余計に拗れるだろう。

さてはて、どうしたものかと九十九は用意されていたお酒を口にして考える。

華琳の方に視線を向けるも呆れた表情で桂花を見つめるばかりで口を開かなかった。

その様子と口にした強いお酒で華琳も酔っているのだと気付き、援護は無さそうだと判断する。

 

「……荀彧様」

「……」

「一つお話を聞いて頂けませんか?」

「なによ」

「なに、思い出話ですよ。恋花との」

「……特別に許すわ」

「ありがとうございます」

 

 考えていれば正礼()の言葉を思い出した。

 

『俺にも出来るかね?』

『どうだろな……いや、お前には向かないな。真面目に生真面目に相手と向き合ったほうがましだ』

『……そうか』

『おうよ。まぁ……お前は真面目で生真面目にやっても素でおかしいがな』

 

 その話を思い出して、取り合えず真正面から会話をしてみようと思った。

よく考えれば、桂花の事を仕事上でしか知らない、ならば知ることから始めようと思ったのだ。

そして最初に話をするのは、恋花との思い出話であった。

流石に妹の話なら聞くだろうと思い言ってみたのだが当たりのようだ。

『話は聞くが余計なことは喋らないぞ』とばかりに口をふゅっと閉じる桂花に苦笑しつつ、思い出話を話していく。

 

 

 出会った当初は、互いに興味がなく。

彼女からしたら自分に集まってくる男性を先に捌き、寄って来ない相手には後で懐柔してやろうと思ってたんでしょうね。

 

 と言う事がありまして、気付いたら――。

 

 あぁ、こういうこともありました。他の友人と顔を合わせて見たのですが。

 

 怒りに身を任せると言った行動は、あの時が初めてでした。

元々怒ったことがなかったもので、自分でも驚きましたね。

 

 

「と言う訳で思い出はここまでです」

「……そう」

 

 少しばかり長い話を桂花は何も言わず、聞くだけであった。

時間を掛けて酔いが回らないかと期待したがまだ表情は変わらず、ぶすっとした不機嫌顔だ。

その様子を見ても九十九は慌てない、思い出話をしている時に一つ思い出したことがあり、これならいけるかと思い付いていた。

 

「先程の話の通り私と恋花は仲が良いです。荀彧様、私はあなたに何をされようとも、何を言われようとも恋花へのこの想いは何一つとして変わりません。貴方の思う様な柔な絆を紡いでおりませんので、なので私に遠慮などなさらないで下さい」

 

 そう言って、彼女へと頭を下げる。

 

「……恋花と仲が良いことは分かったわ。だから言うけど、分かるでしょ?私が何を言いたいか」

「分かっています。信用できない……ですよね」

「そうよ。どれだけ言われようとも、どれだけ恋花が信用しようともあんたが男である限り無理よ」

「えぇ……そうでしょうね。だから契約を致しましょう」

「契約?」

 

 思い出したのは男嫌いの彼女達に必要なのは言葉ではなく、必要なのはきつい縛りだ。

 

「これから私が死ぬまでの間、荀彧様の行いによって恋花を嫌うことがあれば、私こと楊徳祖の真名である九十九に誓ってできる範囲で願いを一つ聞き入れましょう」

「死ねって言ったら死ぬのね?」

「それ以外で……死ぬのと去勢と犯罪以外で、それならば私の真名に掛けて叶えてみせます。曹操様には申し訳ありませんが立会人と言うことでお願いします」

「別に構わないけど、貴方が叶えられない場合は、私の名において絶対にさせるわよ?」

「それで構いません」

「……ふん、あんたに利がないじゃない」

「あります。少なくとも荀彧様からの被害が減ります」

 

 この話を聞いて桂花が考え込んだ。

本来であれば、男嫌いな桂花の事、真名を賭けられた所で一銭の価値もないだろう。

しかし、先ほどの恋花との思い出話を聞いて仲の良さを知った。

願い事は華琳によって必ず叶えさせると言質をとった。

ならば、契約を守るにしろ破るにしても桂花には利しかない。

最悪、契約を破り仲が悪くなったら策を立て仲直りをさせれば良い、そして願い事で結婚させれば全てが片付く。

そこまで考えて、桂花は呆れながら口を開いた。

 

「あんた……馬鹿なの?いいえ、馬鹿ね」

「恋花との思い出を聞いてもらって分かってもらったと思ってたのですが……結構馬鹿ですよ?」

 

 そう言って軽口を交わす。

無論、九十九とて約束を破る気はないし、叶えるつもりだ。

 

 九十九の父親が恋花を貶した、その事は彼女も知っている。

しかし、父親の話を聞いても一切関係を崩さなかった親友。

そんな親友と同じことをしようとしているだけである。

 

「はぁぁぁ……あんたね。そう言うことは早く言いなさいよ。余計な苦労しちゃったじゃない!」

 

 桂花の返答は何とも理不尽であった。

別に遠慮を頼んだわけでもなく、更に言えば彼女が勝手にしていたことで九十九はその後始末に終われ一方的に損しかない契約まですることになった。

誰がどう見ても自分勝手に暴走していた桂花が悪いだろう。

 

「申し訳ございませんでした。それでは、この話はお終いと言う事で飲みますか」

「はぁ……?」

 

 この話も終わり、明日から桂花は遠慮しないだろう。

その事に華琳と共にほっとし、九十九は飲み会を続けようと提案した。

彼としては、至極当然の話だったのだが、桂花は違った。

見る見るうちに呆れ顔から不機嫌顔へ、そこから目を吊り上げて怒ったのだ。

 

「何であんたと飲まないと行けないわけ?ここは華琳様の寝室よ?薄汚い男が入っていい場所じゃないの!!話は終わったんだから、さっさと出てけ!!」

 

 そう言って、桂花に彼は外へと蹴り出されてしまった。

手には少しばかりのお酒が入った杯を持ち、そのままの格好で追い出される九十九。

そんな彼に廊下で待機していた侍女は、何とも可哀そうな人を見る目で見た。

 

「……」

「ご、ご愁傷様です」

「うん、ご苦労様」

 

 こんな事をされれば普通は誰だって怒るだろう。

しかし――九十九は特に気にせず怒らない、むしろようやく『らしくなった』と珍しく頬笑んだ。

そんな彼を侍女の二人は化け物でも見る様な目で見る。

 

「やれやれ……ご苦労様でした」

 

 九十九はそんな侍女二人の視線に気付く事なく、一息付くと挨拶をして歩き出す。

その際に残ったお酒を飲み干せば、頭の中ではどうやったら華琳の作ったお酒が手に入るかと言う考えで一杯となってしまった。

 

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