お茶請けとして出されたお菓子を見て、少女は一瞬目を見開いた。
そのお菓子は茶色一色で纏められ、変わった形をしていた。
初めて見るお菓子、それを一つ手に取りまじまじと眺めるも、作った人を思い出し、戸惑いもなく口に入れる。
口に入れれば、見た目に反して甘い甘い味わいと心地よいサクサクといった食感が広がった。
色合いを除けば美味しいお菓子を少女は一口で気に入り、目を細めお菓子を味わう。
一つ、二つと口に運び食べていればお菓子が水分を吸い取ってしまったのか、口の中が渇いた。
そのことに少女は気付き、少し眉を顰めるもお茶も一緒に用意されていたことを思い出し、お茶に手を伸ばす。
「へー」
お茶に手を伸ばし、口に入れようとした所でソレに気付き声に出して感心した。
差し出されたお茶は今まで見たことのないような色合いをしており、大変目を惹く。
先ほどのお菓子は茶色一色であったが、お茶のほうは透き通った真っ赤な龍の目のようであった。
何時も飲んでいるような茶色のお茶ではなく、真っ赤なお茶。
そのお茶を見て少しばかり匂いをかいでみれば、ほんのりとした甘みに柔らかい匂いがする。
やはり何時ものお茶ではないと少女は納得し頷き、口に入れた。
「なるほど」
またもや感心し声が出た。
渋みより甘みがある味わいで大変飲みやすい。
何時ものお茶であれば、渋みが強く、先ほどのお菓子の甘みを全て流してしまうだろう。
しかし、このお茶はお茶自体にも甘みがあり少し軽減するだけで済む。
まさにお菓子の延長と捉えて出されたお茶だ。
この二つで味わう一つの形。
その形を食べ、飲み、少女は微笑んだ。
そのお菓子を食べる少女は金色に輝く髪の毛を両脇で結びサイドテールに纏め、その先をカールさせている。小柄な体型であるものの顔立ちは綺麗なほどに整っており、雰囲気からして他の人と違うと錯覚させられる。彼女は姓を
この国、風や稟達が仕える魏の若き王である。
「いやはや、流琉ちゃんの腕前は凄いですね」
「確かに……この赤いお茶も綺麗で甘みがあり、良いですね」
「そうね、これは後でご褒美をあげないといけないわね」
華琳が微笑み満足すれば、それに合わせて目の前の二人も同じように食べて感嘆の声を上げた。
一人目の風は口元に手を持っていき上品に微笑み、二人目の稟は静かに微笑みお茶を飲む。
今現在三人がいる場所は、城の一角に作られた庭部分。
そこに小さな囲いと日差しや雨を防ぐ屋根が取り付けられており、椅子と机が置かれていた。
周りは木々が生い茂り、綺麗に整えられている。
憩いの場やお茶会といった事に使われる場所であり、三人は前に約束していたお茶会を開いていた。
「喜ぶでしょうねー」
「何がいいかしら?」
「んー、一緒に料理とかはどうでしょうか?」
「なるほど」
お菓子を作った
その問いに風が答え、華琳は納得し頷いた。
流琉は若く、子供と言ってもいい年齢だ。
そんな彼女に地位や剣などを贈っても喜ばないだろう。
むしろ料理好きの彼女のこと、慕う華琳と共に料理をするといったことの方が喜びそうであった。
風のその意見に賛同し華琳が頷くと、稟は先を越されたとばかりに少し悔しそうに顔を顰める。
そんな稟を見て華琳と風は軽く笑った。
「ふっふっふ、まだまだ甘いですね。稟ちゃん」
「ふん、言ってなさい」
「ふふ……二人は仲良しね」
じゃれ合う二人。そんな二人を見て華琳は少しばかり憂いを帯びた表情で呟く。
「……桂花ちゃんのことですか?」
「分かる?」
「はい、ここに居ませんしね」
そんな華琳に二人は気付き、声をかける。
元より、二人はここに呼ばれた理由をそれとなく気付いていた。
魏の三軍師のうち、二人が呼ばれ、一人は呼ばれていない。
その一人、荀彧こと桂花が居ない時点でこのようなお茶会を開いた理由を察していた。
「桂花の男性嫌いをどうにかしようとしたのだけど」
「まぁ、追い出されましたか」
「えぇ……比較的優秀な人を付けたけど例外なくね」
華琳は指を広げ、一本、一本、指を折って数える。
指は丁度一つの手が拳を作る形で収まり、溜息をついてそれを広げた。
「五人ですか」
「……」
「桂花殿は治す気もないでしょうし、そのままにしておくのは?」
「将来のことを考えると駄目ね」
稟の言葉に華琳は首を振って答える。
国の中核とも言える重鎮の一人が男性嫌いなのは大問題だ。
ただでさえ、武官と文官で対立することが多い。
そんな中で男性の文官さえも敵に回す桂花は将来的に危うかった。
「桂花のことだから自分が不要になった時は身を引くつもりなのでしょうけど……私が許さない」
「……」
「……」
強い眼差しで言い切る華琳に二人は黙り込み、思考する。
この主君が満足するような答えを考え献上するのが彼女達の仕事なのだ。
小さな頃より育てていた頭の中の怪物を従え、答えを導きだす。
「ふむ……つまりは桂花殿がずっと仕えられるような体制を整えればいい訳ですか」
「そうね。あの子の男性嫌いは治らなそうだし、それが一番かしら」
「なるほど……ではこういうのはどうでしょうか?」
最初に口を開いたのは稟であった。
稟は、治すのではなく桂花の周りの改善を推した。
「桂花殿の補佐官に一人の男性を推薦します」
「稟ちゃん?」
「稟? ……風?」
二人の言葉と態度に華琳は初めて戸惑う。まずは、稟の言葉のほうだ。
桂花の周りの環境の改善。つまりは、桂花と男性の文官の間に立つ人を立てようと言う意見はいい。
しかし、その人は桂花の信頼と男性文官の信頼の両方得られるような人物でなくてはならない。
そんな人物に稟はとある男性を推薦した。男性であれば、男性の文官相手には信頼を得られやすい。
でも肝心の桂花からは難しいのではと華琳は思う。
次に戸惑ったのが風の態度の変わりよう。
先ほどまでのんびりと眠たげにしていた風であったが、親友である稟の言葉を聴いた瞬間に稟を睨んで唸り声をあげたのだ。
そんな初めて見る風の態度に華琳は少しばかりの興味が惹く。
普段の風は、その名のように掴めない性格をしている。
柔軟な発想や物などに囚われない風。
そんな風が一人の男性の推薦に難儀の声を上げたのだ、そのことが華琳の好奇心を刺激し、稟に続きを促す。
「桂花の信頼を得られる男性なの?」
「はい、現に風も私も信頼をおいてます」
「……稟ちゃん恨みますよ」
「言ってなさい。私達は華琳様に仕える身、主君が欲しい答えを献上するのがお仕事です」
「う゛ぅー」
稟に続きを促せば、魏の三大軍師の内の二人、稟と風が真名を授けた男性だと聞かされた。
風は稟に言い負かされ、いじけて椅子に足を乗せ抱え込むと丸まり唸る。
風の態度から親交が深い人物だと分かるが、そんな人物を華琳は聞いたことがなく首を傾げる。
「風の補佐官をずっと続けている人でして」
「風の補佐官?」
「はい……人柄的にも才能的にも桂花殿に合うかと思われます」
「そりゃ、合いますよ。九十九さんは相手に合わせる人ですし」
「風……会えなくなるわけではないのだから」
「九十九さんを口説くのにどれだけ掛かったと……」
疑問に思っていれば稟が説明をし出し、風は唇を突き出し茶々を入れた。
稟の話を聞けば曰く、女遊びもなく、性格も真面目で温厚。
更に風が見つけてきた人材であり、才能も仕事具合も大変良く適している人物らしい。
なるほどと華琳は思った。
確かにそのような人物であれば、桂花相手にも対応できるだろうと考える。
桂花の嫌いな男性像からかけ離れており、文句の付けようがない。
しかし、そこまで考えて更なる疑問が思い浮かんでしまう。
そのような優秀な人物であれば、二人から話を前もって聞いていてもおかしくはない。
しかし、実際にはそんな人物が居たと言うことを初めて聞かされた。
それが華琳には不思議でたまらなかった。
「九十九さんは……上に立つのが嫌いなお人なのです」
「嫌い?」
その疑問に答えたのは風であった。
風は思い出すように遠くを眺め、口に何時ものペロペロキャンディーをくわえ込み、語っていく。
「正直な話、すぐにでも軍師にあげようと思ってました」
「でもそれをしてないと?」
「はい、『上に立つより誰かを支えたい』とのことで補佐官になる代わりに約束させられました」
「……むー」
「風としましても勿体無いと思いましたが、才能ある人がその才能を活かせるかはその人次第です。才能があるからと無理にさせるより、その人の好きにさせた方がいいと判断しました」
華琳はその言葉に少しムスっとするも何も言わない。
才能をもっとも愛する彼女としては、その生き方に文句の一つでも言いたい所である。
しかし、風の言った言葉もまた正しいと感じた。
「分かったわ。その人を桂花に付けましょう」
「御意」
「んー、御意。ただいらないと言われたら他の部署に移さないで返してくださいね?」
「ふふ……分かってるわ」
華琳は根堀葉堀聞いていき、頭を悩ますも進言を受ける事にする。
可愛らしい風の言い分に華琳はくすくすと笑い答え、九十九は桂花の補佐官へと転属が決まった。
▼△▼△▼△▼△
「ということです」
「なるほど、それで……」
「ぶー……」
風の言葉を聞いて九十九は静かに頷き、お酒の入った杯を口にする。
口にすれば現代のお酒より若干濁ったお酒が喉を潤し、顔が少し火照った。
その火照りも心地よく、手が持ってきた燻製物へと良く伸びる。
何より風がじと目で不機嫌そうにしてる姿が可愛らしいのと同時に、自分の事を思ってくれているのだと嬉しかった。
お酒で気持ちが緩んでいるのか、そのことが珍しく顔に出て頬が緩む。
風はそれを目ざとく見つけ服で顔を隠し「桂花ちゃんの所がいいのですね……よよよ」と泣く。
そんな風の行動に九十九は少しばかり手が伸びるも直ぐに思いなおし、手を引っ込める。
「むーっ、そこは後ろから優しく抱きしめて「そんなことありませんよ」と言ってほしかったです」
「そんな度胸があれば、嫁さんの一人も居ますよ」
手を引っ込めれば風が顔を出し、少し楽しげに微笑んだ。
その微笑を見て静かに目を閉じてお酒に集中する。
九十九自身、女性に興味がないわけではない。
今だって風の一挙一動に目を囚われ、胸が鳴っている。
それでも手を出さないのは、女性の扱い方が分からないと言うのもあった。
相手が何を思い、何を狙っているのか。
あるいは何を強請っているのか。人の心、特に女性の心を察するのは難しい。
これが仕事や普通の駆け引きであれば問題ない。
むしろ敵との交渉などの方が幾分も楽だと九十九は思った。
「経験不足ですね」
「……そうですね」
風の言葉に九十九は口元を引きつらせ答えた。
そもそも現代に生きていた時に風達みたいな美少女に会った事がない。
そんな彼女達に嫌われないように気を使っている結果が今現在。
「まぁ……女性関係にダラシない人よりはいいですけど」
「女性が多い職場ですからね。誠実な方がよろしいでしょう」
風のフォローとも言える言葉に九十九はこれ幸いと乗っかった。
乗っかれば、その言葉に風は「確かに」と笑って答える。
そのようなやり取りをすれば、先ほどの不機嫌さもどこへやら、風もお酒と会話を楽しみ機嫌が戻った。
九十九はその事にほっとするのと同時に不機嫌そうな風も可愛かったなと思う。
「ふふふ……それでも女性としてはいざって時は男性に引っ張って欲しいものです」
「……そうですよね」
「桂花ちゃんの下ではそれでいいですけど」
誠実、真面目が一番と思うも風の言葉で釘を刺された。
それに少し落ち込み、お酒をぐいっと煽る。
煽れば、何時も以上に体がカッカと火照った。
指摘された恥ずかしさも混じっているだろうなと思いつつ、それに身を任せる。
「駄目な時は、風や稟ちゃんの事を気にせず戻ってきてくださいね」
「出来る限り努力はしますが、駄目な時はそうします」
「……戻る気ない返答ですね」
「ははは……」
風の言葉にありがたいと思うも、九十九自身から戻る事はないと考えている。
そのことを風は見抜き、またもや不貞腐れてしまった。
「荀彧殿と直接会話をした事はありませんが、問題ないと思いますし」
「むー」
正礼と一緒に飲みに行った日。
少々気になり、正礼に桂花の事を聞いたりして情報を少なからず集めたりしていた。
その結果を鑑みて九十九が問題ないと判断を下せば、風も唸るものの問題ないだろうなと同じ判断を下した。
「九十九さんは誇りとか殆どないですしね。普通は上司とはいえ年下の女性に罵倒されたら怒る気もしますが」
「あの程度の罵倒は大した事ないですね。行動で排除しようとしないので平和なものです」
桂花の事を調べれば、彼女自身は特に相手に危害を加えたという話はない。
あるとしても罵倒し見下され馬鹿にされる程度のもの。
現代の陰湿ないじめのほうがよっぽど堪えるなと九十九は思う。
「もしかして……九十九さんは罵倒されて喜ぶアレな人だったりします?」
「いえ、全然、まったくもって」
風の何処か期待したような目をしっかりと見つめ、強く否定した。
罵倒位問題ではないと思うも、されて喜ぶかと言われたら喜ばない。
変な勘違いをされてきつく当たられたら目も当てられないと思った。
「……そうですか」
「問題ないだけで嬉しいわけではないです」
「ある意味で安心しました」
口元に手を置いて上品に風が笑う。
そんな彼女に九十九もまた微笑み、お酒で口を潤した。
その後も暫しの間、雑談を交わし場を暖めあった後、解散となる。
明日は互いに休みではあるが、部署の移動の件もあり、若干の仕度をしなければいけない。
そんなことがあり互いに席を立ち、九十九もまた部屋を出ようと扉に手を掛ける。
「風様?」
「……んー」
手を掛けたが、服をぐいっと後ろに引っ張られ扉を開けることは出来なかった。
そのことを不思議に思い九十九が後ろを向けば、風が服を掴み、少々難しい顔で立っている。
何処か悩むような真剣な表情、鬼気迫るといったわけではないが仕事の重要な案件で迷っている時のようだと思った。
名前を呼ぶも風は悩んだまま動かない。
そんな風に九十九はどうしようかと悩むも答えが出てこなかった。
風が何を求めているのか、そのことを察する事ができず、もやもやが積もる。
こんな事なら女性に関しても習っておけば……と脳内で悩むも時既に遅し。
結局何も出来ず、風の行動を見守ることとなった。
「……夜分遅いです。あと今日はだいぶ飲みました」
「……」
待っていれば、普段のぼんやりとした表情で風が口を開く。
目を半分ほど眠たげにし何を考えているのか分からない表情。
しかし、普段から風に付き添っている人なら、ほんの少しの風の表情の変化に気付いただろう。
「……一緒に寝ませんか?」
「あー……」
何時もの表情ではあるが、風はほんのりと頬を赤く染めている。
風の表情に言葉。何時もより少し潤んだ様に見える目。
黙り込み、悩んでいれば心なしか服を掴む風の手が強まった気がした。
風のお誘いに九十九は悩む。互いに未婚の上で別に付き合っているわけでもない。
好意は感じあうものの、それは上司と部下の延長線。少なくとも九十九はそう思っている。
昼休みとなれば、お昼寝といった形で一緒に眠ることも多々ある。
今回もそれと同じようなものではあったが、夜で相手の部屋といったシチュエーションが悩みの種となった。
「んー……」
「普通に眠るだけです。駄目でしょうか?」
「……分かりました」
「では……此方に」
悩みに悩み、九十九は結論を下す。
下して扉から手を離せば、風は表情を変えぬものの嬉しそうな雰囲気を醸し出し、そのまま寝台へと足を進めた。
勿論、その際にも服からは手を離さない。
離したら、脱兎の如く逃げるのではと言うほどがっちりと掴んでいた。
その事に九十九は苦笑するも、これで良かったのかなと何度目かの応答を頭の中で考える。
考えるも特に不都合があるわけでもなく、何時もより酔った状態であった為、頭が働かない。
あれやこれやと流され、結局気付けば上司の寝台に座っていた。
寝台に座れば、寝苦しいという事で服を軽く脱ぎ寝る準備をする。
そしてそのまま横になれば、しっかりと手入れされたシーツが火照った体を包み込む。
シーツは冷たく、火照った体には丁度良く気持ちが良い。
お酒を飲んでいた為、眠気もあり、そのまま九十九は気持ちよく眠りに就いてしまった。
抗おうとしても抗えず、ぐっすりと。
「……」
「すー」
九十九が眠れば、残ってるのは未だに起きていた風のみ。
風は服を脱ぎ、寝巻きに着替えている最中で九十九の寝息に気付き、手を止めた。
そしてまるで油を差していないロボットのようにギギギと擬音を立て首を後ろに向ける。
そこには気持ち良く眠りに就く九十九がおり、風はそれを認めると少しばかり固まった。
風としては本当に素直に言葉の通りに取られるとは思っても見なかったのだ。
「……そこで素直に眠るのはいかがなものかと。どう思いますか宝譿」
『お手上げだな』
息を付き、先ほどとは違ってのろのろと寝巻きに着替えると気だるげに風もまた寝台に上る。
寝台に上がり、先客の顔を覗きこみ不満気に眉を顰め、見つめた。
その寝顔を見つめる風の頭の中では、上司と部下の関係を超えたアバンチュール的な何かが繰り広げられているもそれは悲しいかな、妄想で終わっている。
「えいえい」
「……」
風はそのことに怒り、九十九の頭を軽く叩き、頬を引っ張る。
引っ張るも特に反応もせず相手は深い眠りに就いたままだ。
「はぁ……しょうがない。お預けですかねー」
誰に言うでもなく不満たらたらに垂れ流し、風もまた九十九の腕を枕にし横になった。
横になれば怒りも何処へやら吹き飛び、そのままゆっくりと欠伸を一つし抱きつき目を閉じる。
お酒で体の体温が上がっている事もあり、九十九の体は太陽のように暖かい。
その事に風は気分を良くした。そしてライバルも居ないのだ。焦らずゆっくりと進めていけばいいかと微笑んだ。
結局この夜に関係が進む事もなく、九十九は二日後に桂花の職場へと移動した。