上手な上司からの愛されかた   作:はごろもんフース

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三話:初日の遅刻は洒落にならない

「此方上がりました!」

「そっちのタレと合わせて下さい」

「こっちは!」

「それは朝食の付け合せとして出します」

 

 お城の朝は早い。

兵士や文官、お城で働く様々な人が使用する食堂。

そこは現在、戦場さながらのありさまであった。

あちらこちらに食材が散乱し、人々はぶつかり合いながら自分の仕事を全うしている。

兵士と文官の多くは、休日以外は家には戻らないのが殆どだ。

戦乱の最中であり、急に召集されることも少なくない。

軍師であろうと兵士であろうと、お城の中にある兵舎で寝泊りするのが日常である。

 

 その為、大多数の人は食堂で食事を摂っていく。

昼や夜は街に繰り出し食べる人も多いので比較的に穏やかではあるが、朝だけは多忙となる。

そんな食堂に朝食前だというのに九十九はふらふらと足を踏み入れた。

朝食時は込む食堂であるが、日が昇って間もないため厨房以外に人は居ない。

 

「あっ、お師匠様!」

「おはようございます、流琉」

「おはようございます!」

 

 邪魔にならないように入り口の所から九十九が覗き込めば、厨房の中心で指揮を取りながらも調理をしている女の子が気付く。

気付いた女の子は嬉しそうに微笑み、九十九を師匠と呼んだ。

そんな彼女に対して九十九は何時もの仏頂面で挨拶を交わし、頷いた。

 

 九十九を師匠と呼んだ少女は、風などよりも小柄な十代前半の少女。

緑色の髪の毛をしており、よく料理をしている為か前髪を上に上げて大きなリボンで纏めていた。

小柄な体型で大きく重い鍋を軽快に振り回し、中の食材を華麗に巻き上げる姿は、ギャップもあり頼もしくも可愛らしい。

そんな彼女の名は姓を(てん)、名を()、真名を流琉(るる)と言う。

幼いものの華琳の親衛隊と料理長をしており、大変頼りになる存在であった。

 

 親衛隊と目立たない補佐官、そんな接点がなさそうな流琉と九十九だが、一つの切っ掛けにより今の様な間柄となる。

切っ掛けの一つとして、九十九自身は料理はそれほど上手くはない事があげられる。

前の人生の時も自炊せず、もっぱら外食がメインであった為か、九十九自身の料理は不味くもなければ美味くもなかった。

それでも食べる事が好きで、あちらこちらへと歩き渡っては見知らぬお店に入り、料理を楽しむ。

お酒を飲み、料理に舌鼓を打ち、食べ歩く。それが九十九の趣味であったのだ。

 

 食べ歩きが趣味の九十九であったが、転生してからは外食は殆ど出来ない状況に陥る。

元より楊家は名門の家系であり、袁家の娘を娶ってからは更に格が上がる。

そんな訳で、名家の息子が街で好き勝手に食べ歩くといった行為は言語道断と禁止されてしまったのだ。

唯一の趣味と言っていい食べ歩きを禁止された九十九は、ストレスを溜めに溜める結果となる。

 

 そんなストレスを溜めながら生活をしていた九十九であったが、私塾に通う際に家を離れ自由となった。

私塾の寮住まいということで幾らかの制限が設けられていたが、それでも家よりは自由で九十九は当たり前とばかりに街でストレスを発散する。

いつもいつも私塾で出会った親友を供に街中で食べ歩き、あるいは食材を買い込んで現代の料理に挑戦する。

勿論、料理の腕前は普通程度なので失敗が多い。

その失敗作を何故か嬉々として受け入れ、引っ付いてくる親友と共に食べるのを日課としていた。

そんな日課を続けていれば、成功した料理だけでも数が多くなりレシピが増えていく。

 

『これ売らない?』

『売れるのか?』

『売れると思うな。売ろう!』

 

 貯まったレシピを見て親友がそんな事を言い出した。

その言葉に最初は九十九も迷うも、試しに数冊ほど刷り売ることとした。

外食に食材にとお金を使いすぎていた為、多少懐が寂しい事もあり呆気なく陥落したのだ。

何よりも、迷惑をかけっぱなしの親友に対して引け目もあった。

 

『こういうの得意分野なんだよね』

 

 念のため先生に許可を申請し貰えれば、親友が嬉々として売り始めた。

最初の一ヶ月は売れなかったが、二ヶ月、三ヶ月と次第に人気が出て売れ始める。

乗り気の親友の手腕に驚かされると同時に楽しそうな親友に微笑ましく、やってよかったと思う結果となった。

そんなことを思っているも、調子よく続くわけもなく、あっさりと本を売る作業は終焉を迎える。

 

 料理本を売っていることが家にばれたのだ。

楊家の長男が料理本など云々、と呼び出されて説教をされて怒られる。

最初こそしっかりとその言葉を聞いていたのだが、説教は長引き、最後には積極的に売っていた親友の事にまで及ぶ。

自分の事なら対して気にしない九十九も親友の事となれば話は別だ。

今まで不満を溜めてきた事もあり、大いに荒れる喧嘩となった。

言葉のぶつけ合いから殴り合いまで、周りに止められるまで延々と繰り返し、最後には身一つで家を飛び出す。

 

 飛び出した後は、親友の家に世話になったり本を売ったお金で生活しながら華琳の元に就職をした。

そんな九十九の前に黒歴史扱いの本を持って眼を輝かせた流琉が現れたのが二人の出会いだ。

 

『この本の作者ですよね!』

『……』

 

 目を輝かせながら本を此方に突き出す流琉に九十九は頬を引き攣らせた。

引き攣らせるも目の前の子はどう見ても幼い子であり、邪険に扱う事も出来ず素直に応じる。

応じて話をしていけば、料理の話題となり盛り上がり、『自分の料理の試食をしてくれませんか』と言う提案を受けた。

九十九としても黒歴史的な本を除けば料理の話は歓迎であり、タダで料理を食べられるという事で喜んだ。

 

 そして出された料理を食べてみれば、他のお店の何処よりも完成度が高く美味しい。

一口で九十九は流琉を気に入り、それ以来二人は協力関係となった。

九十九がレシピを仕立て、流琉がそれを作る。

そんな間柄となったのだ。

 

 

「曹操様に、曲奇餅(クッキィ)でしたっけ? それと紅茶を出したのですが、予想以上に好評でして」

「それは何より」

 

 話を戻し、現在。

流琉の言葉からこの間のお茶会で出した茶菓子の話題が飛び出た。

前に新しい茶菓子はないかと聞かれて答えたものであったが、それをお茶会に出したらしい。

そんな流琉に『チャレンジャーだなこの子』と思いつつ九十九は答えた。

 

「それでご褒美を貰える事になったのですが……お師匠様は」

「いりません」

「そうですよね」

 

 流琉の言葉に九十九は間も空けずに答えた。

既にその返答を予測していたため、流琉は少々呆れた表情で溜息を付く。

そして何度も行われている問いかけに流琉は次の言葉を予測し、何時ものように口にする。

 

「なら代わりに……」

「そうですね。……これから一ヶ月、お昼ご飯を御握りにしてもらえると助かります」

「へ?」

「部署も変わり、仕事が忙しく暫くは此方に来れそうにないもので」

 

 口にしようとしたら遮られた。

いつもなら褒美の代わりに試食をさせてくれないかと頼む九十九。

そんな彼であったが、今回は少々事情が異なるらしい。

滅多にない彼からのお願いに流琉は少々面食らった表情をした。

 

「あー……荀彧様の部署に転属になるんでしたっけ?」

「はい、今日から補佐官となります」

「大変そうですね」

「あのぐらいでしたら、どうにでも」

 

 改めて転属の話となり、流琉は視線をあちらこちらに彷徨わせた。

流琉や、流琉の親友の季衣(きい)香風(しゃんふー)などには優しい人ではあるが、普段が普段なので流琉としては若干怖い人だ。

特に男性に厳しい事も知っている為、お師匠様でもある九十九を心配するも、目の前の男性の何でもなさそうな物言いに苦笑しか出てこない。

いつも仏頂面で笑っても微笑む程度、驚きで目を見開く事もあるがその程度で感情の起伏が少ない男性。

そんな九十九を前に流琉は心配しても無駄かと悟った。

 

「御握りを作ればいいんですね?」

「はい、大きなものを二つと女性用の小さいのを二つ」

「両方ですか?」

「えぇ、予測が当たってれば必要となります。外れていても自分が食えばいいだけなので」

「はぁ……」

 

 九十九の曖昧な言葉に流琉は深く突っ込まず、エプロンを結び直し気合を入れて調理場に戻る。

九十九自身が何を考えているのか分からないが、彼の事だ、人の為に行動してるのだろうと予測が付いた。

流琉は具材を何にしようかとご飯を前に悩み、軽く九十九へと視線を向ける。

向ければ何やら竹筒を二本用意し、邪魔にならないようにお湯を沸かしている九十九が見えた。

 

 懐からお手製の麦から作った茶葉を取り出しいてるところを見て、お茶を作ってるのかと納得する。

クッキーや紅茶もそうだが、良くもまぁそんなにレシピが思い浮かぶなと流琉は舌を巻く。

そして感嘆しながらもさっぱり系のお茶を見て御握りは濃い目に作ろうと判断する。

具が決まれば後は早い。調味料に手を伸ばし、それを使い御握りを作る。手を伸ばしたのは塩だ。

本来であれば御握りに使うのは勿体無いほどの高価な物ではあるが、ご褒美の代わりにと使うことにした。

 

「出来ました!」

「ありがとうございます」

「いえいえ、朝食も作り終わったので食べて行ってくださいね」

「はい、頂きます」

「……」

「流琉?」

「はっ……いえ、何でもないです」

 

 調理を終えれば、お茶を用意し終え、食堂の席に座り本を読んでいる九十九へと食事を運ぶ。

言われていた御握りを竹の葉で包み一緒に渡せば、九十九は軽く微笑み受け取る。

そんなささやかと言える表情変化に少しばかり、流琉は頬を染め俯く。

九十九がこういう表情を見せるのは親しい間柄だけであり、大変に珍しい光景だ。

そんな表情を向けられる一人に自分も含まれているのだと思うと嬉しくなった。

 

「そうですか、頂きます」

「はい、召し上がれ」

 

 そんな心情で俯いている流琉を一瞥するも九十九はすぐに食事へと向かう。

彼女の心情を多少は分かるものの、それに対して言葉が出ない。

故に自分は行動で示そうと、なるべく相手に美味しく食べているように雰囲気を醸し出す。

 

「美味しいですか?」

「何時ものように見事ですね」

 

 普段より柔らかい雰囲気を必死に出しながら食べる九十九に対して、流琉は九十九の気遣いに笑顔となった。

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 

「……さてと」

 

 予想以上に早めに食事を終え時間的にも余裕が出来てしまう。

食堂にこれから向かう同僚や上司達と挨拶し、挨拶されながらも廊下を歩く。

まだまだ早いが、何が起こるか分からないので足早に仕事場へと向かう。

 

 向かう際に廊下の曲がり角に置いてあった大きな鏡の前で止まり、身嗜みをチェックするのも忘れない。

全身映るような鏡を前に前後ろと汚れやシワなどがないかを確認していく。

 

「自分に酔ってます?」

「第一印象は身嗜みで決まりますので」

 

 靴に汚れはないかなどを確認していれば、後ろから声が掛かる。

その聞き覚えのあるのんびりとした声に九十九は平常心で答え鏡から目を離さない。

 

「おはようございます。風様、宝譿殿」

「おはようございます」

『おぅ』

 

 髪を整えてから振り向き、改めて声の主、眠たそうな目で見つめる風と視線を合わせた。

風と宝譿に挨拶をすれば、風はそのままとことこと近寄ってきて鏡の横にあった椅子を前へと運び座る。

 

「お願いしますね」

「はい」

 

 そして鏡を前にそんな事を言う風に、九十九は当たり前とばかりに懐から櫛を取り出し、髪を丁寧に梳かす。

本来であれば女性の髪を男性が梳かすのはと思うかも知れないが、これまた見慣れた光景であり、二人の日常である。

稟などには大きく溜息を付かれるが、風自身が気にしていないので言われるがままお世話をしていた。

 

「九十九さんの考えた、この鏡。……結構評判いいみたいですよ」

「それはなにより」

「皆、忙しいですからね。ついつい身嗜みを忘れてしまいがちになります」

「服装の乱れは心の乱れ……整えれば印象も違いますからね」

「曹操様も『皆が意識し始めた』と喜んでいました」

 

 風はそう言って手を前の鏡へと持っていき、静かに撫でるかのように触った。

そんな風の様子を見つつも、そういえばそんなことを提案したことがあったなと九十九は思い出す。

 

 九十九は風を通して鏡の設置を提案したことがあった。

その提案は通り、曲がり角など危険な箇所などに多く設置されており、服装の乱れと事故を軽減している。

もともと、服装を直そうとしても鏡の置いている場所は少ない。

泊まっている普通の兵舎に鏡などの便利な物もなく、上司である風の部屋で借りないと直せなかった。

そのことが面倒になり提案した案であったのだが、九十九同様に思うところがある人は多かったらしい。

 

「問題はありませんか?」

「特にですかね」

「ふむ……準備万端ですか」

「……」

「いえ、気を使っていると言った方が九十九さんらしいですかね」

 

 髪を梳かしながら話を続けていけば、風がチラっと九十九の腰にある竹の葉に包んだ物へと視線を落とした。

それに対して九十九は何も言わず、黙ったまま髪を丁寧に傷つけないように梳かし続ける。

 

「終わりました」

「ありがとうございます」

「それでは……風達は行きますね」

「はい、それではまた」

 

 髪を整えて終えれば、いい時間帯となり、風自身も椅子から降りる。

その際に風が()()()()()()に九十九を連れて行こうと服を掴むも、歩く前に気付き放す。

残念ながら今日からは、一緒の仕事場ではなくなったのでここで別れないといけない。

その事に気付いた風は、機嫌を若干悪くし眉を顰めるも何も言わず手を振って歩く。

そんな風を見送り、手元の櫛を懐に戻し九十九もまた少々の寂しさを感じつつ仕事場へと足を向け歩いた。

 

 

 

 風と別れて歩けばあっさりと新しい仕事場に辿り着く。

そこは風の仕事場同様の扉があり、中に既に誰か居るのか扉は開けっ放しになっていた。

それを見て九十九は一旦足を止め、自分の考えが正しかったことを悟る。

 

 代わる代わるに代わっていく補佐官。

そんな状態でまともに仕事を出来るわけもなく、仕事が貯まっていると考えていた。

勿論、主君であり、補佐官を入れ替えている華琳もそのことは承知して仕事の量を減らしてるだろう。

しかし、華琳のことが大好きな桂花が他の人より少ない仕事の量で満足するかと言われたらしない。

少し無理をすれば出来る能力が桂花にはあり、抱え込むだろうなと数日前の正礼と飲みに行った際の情報を元に想像していた。

 

 中を覗けば、正面に見える茶色い大きな机の前で一人の少女が佇んでいる。

その後ろ姿は疲れが溜まりに溜まったサラリーマン。

今日も仕事、明日も仕事の上に残業と、寝ては起きて仕事を繰り返す決められた日々。

その様な哀愁を背中から九十九は感じとった。

 

「おはようございます」

「……楊修?」

 

 部屋に一歩だけ入り、出来る限り驚かせないよう静かな声で挨拶を告げる。

告げれば、部屋の主である彼女は振り向き猫の様な目を向け、九十九の名を呼んだ。

少女の茶色の髪はふんわりとしており、それが猫の様な少し鋭い目を緩和していた。

体型は小柄で人形のようであり、黙っていれば風同様美少女である。

そんな彼女の名は、姓を(じゅん)、名を(いく)、字を文若(ぶんじゃく)、真名を桂花(けいふぁ)と言う。

今日から九十九の上司となる荀文若であった。

 

「あー……今日からだっけ」

「はい、よろしくお願いします」

「そう……あんたの机はそこで、上に乗ってるのが今日の仕事」

 

 桂花の気だるげな声に九十九は眉を顰めた。

男性嫌いの桂花のことなので強烈な罵倒、あるいは興味のない声、そのような声を想像していた。

しかし、目の前の桂花から出てきた声の中に親しさを感じて驚く。

何より名を呼んだことが更に九十九を唖然とさせた。

 

 九十九は彼女と面識があっただろうかと考えるも、そんなことはまったくもってないと思う。

唯一関係があると思われる親友の荀諶(じゅんしん)恋花(れんふぁ)は確かに桂花の家族だ。

だが家を飛び出した時に恋花の家にお世話になった時もあったが、そこで桂花に会った覚えは九十九にはない。

なのにこの知り合いに掛けるような声は何だろうかと九十九は席に座り深く悩んだ。

 


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