上手な上司からの愛されかた   作:はごろもんフース

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四話:ノミュニケーション(同僚)

 仕事が終われば、人々は町へと繰り出し各々の好きな時間を過ごす。

食事をしていく人も居れば、お酒を飲みに行く人も居る。

家族の元に帰る人も居れば、異性と夜を共にする人も居る。

 

 華琳が治める街。

そこは夕暮れが終わり、本格的な夜が始まっても未だ活気がなくならない。

活気の良さが治安の良さを示していた。

 

「……美味い」

 

 そんな街の一角にある飲食店。

その飲食店は他の店と違い、店内を薄い板で一定に区切っている。

別に防音に適しているわけではない、ただただ薄い板で仕切っているだけである。

それでも互いに客が顔を見合わせる事無く済むその店は、珍しさもあり人が多く入っていた。

 

 そんな一つの個室の中で、九十九は運ばれてきた料理を口にして満足気に呟く。

いや、実際に頼んだ料理が美味しく満足であり、当たりかと喜んでいる。

 

 頼んだ料理は鶏肉を焼き、タレがかけられた物。

タレ自体は甘辛く、舌を喉を胃を軽く刺激し食を進ませてくれる。

鶏肉は柔らかく、下味をしっかりと付けているのかタレがなくとも美味しかった。

 

 一口、二口と食べ、同時に頼んだお酒を一杯煽る。

酒の味と料理が絶妙に合っており、飲み終えれば心とお腹が満たされた。

 

「気に入ったか?」

「気に入った」

 

 最初こそ店内が奇抜なだけであり、料理は二の次と思っていただけに衝撃は大きい。

してやったりと笑う友人を前に、九十九は表面だけで判断した自分を青いなと評価する。

 

「結構いいだろ」

「んっ、美味しいな。音は無理だが客の顔が見えないおかげか落ち着いて食べられる」

「中々にいいよな」

「だな。それにしてもよく知っていたな?」

 

 友人――この店に九十九を連れて来た正礼へと視線を向ければ、彼は食事に手を付けず酒ばかりを水のように飲み干す。

既に視線は怪しくなり、顔が少し赤らんでいる。

それでも会話自体はしっかりとしており、酔っているフリをしているのだろうかと思う。

 

「交渉ごととかに使うしな」

「なるほど、()()()フリか?」

「あぁ、悪い。少し前にあったもんで」

 

 正礼は食事も好むがそれ以上にお酒を好む人物だ。

お酒が良ければ食事は二の次、美味ければ儲けものといった価値観を持っている。

そんな正礼だからこそ、今回のお店は期待していなかったのだが、どうやら話し合いで使っていたようだ。

 

 文官、それも軍師の補佐官となれば交渉や他国の客を御もてなしすることも稀にある。

大概は腹の探りあいだ。

相手を油断させ情報を引き出し、或いは気分を良くさせて味方につける。

そんな事を日常茶飯事でやっていれば、酔うフリなど簡単に出来るかと九十九は感心した。

 

 実際に指摘された正礼の顔は見る見るうちに顔色を戻し、視線もしっかりとなっている。

 

「俺にも出来るかね?」

「どうだろな……いや、お前には向かないな。真面目に生真面目に相手と向き合ったほうがましだ」

「……そうか」

「おうよ。まぁ……お前は真面目で生真面目にやっても素でおかしいがな」

 

 厳つい顔で戦えそうなのに弱い。

軽い性格に見えて身持ちが堅い。

酒に溺れているように見えて溺れていない。

 

 全てがあべこべな正礼を少々羨ましく思い聞いてみれば笑われた。

九十九はそんなにも自分は変り種かと思うも、出世自身がおかしいのでそんなものかと思い直す。

 

「それで……どうだった?」

「荀彧様か……少し親しげだった」

「お前の妄想でなく?」

「少なくとも名前で呼ばれたし、怒鳴られもしなかったかな」

「なるほど」

 

 先ほどまで軽く進んでいた会話はそこで止まった。

特に互いに喋りもせず、九十九は淡々と食事にありつき、正礼は酒を飲み続ける。

互いに咀嚼し喉を潤し考える時間を作った。

 

「……本当にか?」

「……親しげに感じたのは俺の感覚だから当てにならないけど、名前で呼ばれたり、怒鳴られなかったのは本当」

「……なるほど、お前はそれをどう思ってるんだ?」

「やっぱり荀彧様の妹関連かなと」

「あーと……前に聞いたな。確か……荀諶?」

「そそ、今は袁紹の所で軍師として働いてる筈」

「筈?」

「最近は文のやり取りもしてないからな」

 

 既に袁紹は公孫讃を下し、華琳へとちょっかいをかけ始めている。

恋花とは仲が良く九十九自身も親友と思っているが、それはそれ、これはこれであった。

敵対する者同士、あらぬ誤解を受けないようにと連絡を控えているのだ。

 

「ふ~ん、どんな子なんだ?」

「んー……顔自体は荀彧様」

「顔自体は?」

「髪型は違うから」

「性格は?」

「裏表が激しい」

 

聞かれる内容に答えながら、九十九は彼女のことを思い出す。

双子である為に容姿は瓜二つ。

性格は、似てるところもあったが桂花よりも社交的であった。

表側だけであったが。

 

「裏表ねぇ?」

「にこやかに接してくれるけど、本心は真っ黒だ。どうやって利益を得るか、どうやって搾り尽くせばいいかそんな事を常に考えてる奴だな。特に男性には厳しい、そこは姉同様だ」

「そこら辺は姉妹か」

「そうだな」

 

何時も優雅に微笑んでいる事が多い。

声を掛けても優しげに受け答えしてくれるような子だ。

しかし、そんな姿に油断して近づけば近づくほど泥沼にはまり、最後には弱みを握られ搾りつくされる。

 

「それとお前は仲良くなったと」

「いろいろとあったな」

「聞きたいような……聞きたくないような」

 

 九十九が思い出に浸れば、正礼は苦笑した。

 

「聞かない方がいいだろうな。ところで……遅いな」

「え? あー……あいつな」

「うん、時間に遅れるなんて珍しい」

 

 そう言って、九十九は自分の隣の席を見てからお酒を口にした。

二人には共通の親しい友人がもう二人だけ居る。

 

 今回の飲みに来る一人の友人は約束を破るような人ではなく、同時に真面目でもある。

そのような人が遅れていることに九十九は心配し眉を潜めた。

 

「今日が初めてだしな……対応に追われてるんだろ」

「初めて……対応?」

「何だ、聞いてないのか?」

「何が?」

 

 心配していれば、正礼は遅れている理由を知っているのか口を開く。

 

「あいつはお前の――」

「後釜に座ったんだよ」

 

 噂をすれば何とやら、正礼が口を開いた瞬間、扉が開き一人の少女が姿を現した。

その少女は肩口まで伸ばしたショートカットで一部の横髪を三つ編みで纏めていた。

服装は、袴姿の着物にブーツといった和風と洋風の混ぜ合わせ、更に頭にセーラー帽を被っていた。

その異文化満載の少女は疲れたような表情を隠そうともせず、そのまま二人を一瞥して九十九の隣へと座る。

 

「遅かったね」

「まさか補佐官がこんなに大変だとは思わなかった」

 

 座り込み、用意されていた杯を取りお酒を注ぐ。

そして一気に飲み干して大きなため息をついた。

 

「そうだったのか、千里(せんり)が……」

「そう言う事……昇進は嬉しいけど、これほどとは――僕を労わってくれ」

 

 そう言って、彼女――徐庶(じょしょ)こと千里は大きく隣に座る九十九に向かって手を広げた。

手を大きく広げる彼女に対して九十九は少し眉を顰めて見るも、千里はその格好をやめない。

結局、何分かそのまま無視していたが、諦めない千里に九十九は折れる。

 

「……」

「はぐっと」

 

 九十九は少し溜息を付いて千里の抱擁を受け入れた。

千里はニコニコと嬉しそうに抱擁するのに対して、九十九は顔を若干赤くし意識しないように応じる。

彼女には少し困った癖がある、それがこれだ。

親しい人に対しての挨拶が抱擁なのだ、つまり抱き癖がある。

 

 千里は美少女であり、本来であれば嬉しい抱擁。

しかし、これを彼女は挨拶としている為、何処に居ようが誰の前であろうがこれだ。

嬉しさより、恥ずかしさが九十九の中で上回る。

 

「あっはっは」

「……くっ」

「そんなに嫌かな」

 

 恥ずかしがっている所を正礼が机を叩いて笑い、千里は納得いかなそうにムスっとした。

 

「ごほん、それで千里が風様の補佐官?」

「うん、風とは友達だし。誘われたから受けた」

「聞いてなかったな」

「移るだけでも大変だろうしね。引継ぎの件は纏められてたし、余計な手間をってところかな」

 

 このままだと酒のつまみにされそうと思い、若干無理矢理であるものの話を変える。

話せば千里が持ってきた書簡を片手で振る。

その書簡は、九十九は引継ぎ用として前もって作っていた物であり、見覚えがあった。

 

「助かった」

「役に立って何よりだ」

「そんなの作ってたのな」

「戦時だし、俺が死ぬ事も考えてた。死んでも引き継げるようにと……」

 

 この世界は命が軽い。

仕事に失敗すれば軽く命が消える事もある。

華琳を怒らせて史実の楊修のように死ぬ可能性もあった。

その可能性を考えて作っていたのだが、意外なところで役に立ったようだ。

 

「用意周到というか」

「何が君をそこまでさせるのか……」

「……」

 

 二人の若干呆れた様子に何も言えず酒を口に入れて黙り込む。

友人とは言え喋れない事も多い、今回のこともそうだ。

そんな九十九の意思を感じとったのだろう。

二人は顔を見合わせてから別の話題へと話を移す。

 

「それで、君達は何の話をしてたんだい?」

「九十九の友人関係」

「ほほぅ……それは楽しそうだね」

「はぁ……」

 

 別の話題となったが、これまた別の意味で面倒な話へと移った。

 

「そんなに聞きたいか?」

「聞きたい」

「結構お前の交友関係って謎だし」

 

 話せと言わんばかりに見つめる二人に、その謎の交友関係にお前等も入ってんだぞと言いたくなる。

なるも、口にしても大して堪えそうにないので諦めた。

 

「友人……ね。先ほど話した荀彧様の妹の荀諶と」

「行き成り凄いんだけど、荀彧様の妹?」

「裏表激しい奴らしい」

 

 少し面倒臭がりつつも指を一つ折る。

 

「引き篭もり司馬懿(しばい)、しかも病弱」

「司馬……?」

「何かでたな」

 

 更に思い出し指を一つ折る。

 

「美……袁術大好きな張勲(ちょうくん)

「袁術って……」

「……張勲って袁術の親衛隊の?」

 

 叔母の傍に居る友人を思い出す。

 

「あと最悪に口が悪い禰衡(でいこう)

「……何か聞いたことあるような」

「正直、荀彧様より口悪くて、男女構わず見下して相手を馬鹿にするような奴」

「あー……なるほど、そんな人と友人だから荀彧様も平気なのか」

「噂で聞いたぐらいだったらアイツには敵わないと思う」

 

 禰衡のせいでトラブルに発展した事は数多い。

誰に対しても口や態度が悪いのだ。

時に役人に、時に先生に、時に酒屋の主人に。

様々な所で喧嘩が絶えない。

恋花や張勲こと七乃(ななの)とも口喧嘩しており、よくあれ等を友人にしていたなと思い出す。

 

「何か凄い友人関係だな」

「だな。弱み握る奴、病弱、袁術のお抱え、口悪いって」

「まともな人少ないね」

「……よく一緒に居て仲良く出来たなと今更ながら思うよ」

 

 学生の頃の友人達を話し終え、苦笑する。

自分含め、面倒な人しか居ない。

類は友を呼ぶというが正しくそうだなと思う。

……目の前の二人も含めてだが。

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 

「そういえば……お前等に悪い知らせがあるぜ」

「……聞きたくないな」

「同感」

「それでも聞いていた方がいい」

 

 更に運ばれてきた料理を口にしつつ話していれば、正礼が思い出したのか呟いた。

その言葉に千里と九十九は互いに顔を見合わせて聞きたくないと首を横に振るう。

 

「あのよ」

「おう」

「うん」

 

それでも真剣な表情に結局は聞くことになり、正礼が顔を近づけて声を潜める。

 

「開戦だ」

「……なるほど」

「うげ」

 

 一言だけ聞いて理解した。

正礼から告げられた情報を吟味し酒を一口飲んで喉を潤す。

 

「荀彧様が()()()()()()()()()……」

「ないな」

「そうか……やっぱりか」

「知ってたの?」

「知らないけど予測はしてた」

 

 開戦、つまりは戦が始まる。

ある程度予測付いていたことなので九十九には焦りも驚きもない。

むしろ、これからの桂花の機嫌を考えれば胃が痛くなる想いであった。

 

「相手は袁紹、軍師は稟様と風様……合ってるか?」

「合ってる」

 

 三軍師はほぼ対等な才能を持っていると言っても良い。

しかしだ、才能は同じぐらいでも伸ばしている方向がこれまた違う。

 

 稟は軍略に優れ、桂花は政治に優れており、風はバランスがよく奇抜な考えが得意である。

勿論この三人を全員連れて行くことは出来ない。

今現在、相手をしなければいけない相手は袁紹のみではない。

各陣営が虎視眈々と相手の隙を狙っているのだ。

誰かが残って本拠地を守らなければならない。

 

「一番信頼を置ける荀彧様を残した……と言えば納得してくれるかな?」

「どうだろ、むしろ男に慰められたと思って逆上するかも」

「余計な事はしないほうがいいね」

 

 稟と風を今度の戦に連れて行く考えは九十九も大いに賛成だ。

この二人は才能を買われて軍に入ったものの、桂花のように黄巾党や反董卓連合などの大きな戦を体験していない。

今までの働きで才能こそあると分かっているものの、経験だけは少ないのだ。

 

「今度ので一気に貯めさせる気か」

「試す気でもいるのかもな」

 

 三人の脳裏に己の主君の顔が思い浮かぶ。

下手な軍師より優秀で、下手な将よりも武が立つ覇王。

 

「……最初は風様と荀彧様。次は稟様と荀彧様。その次からはとは無理なのか?」

「時間が惜しいのだろう。時間を掛けずに袁紹を終わらす気だ」

「二人だって大きな戦での指揮は初めてだろうに……」

「駄目だった時は、曹操様本人が指揮を取るんだろ」

「それが出来る力を持ってるのが怖いね、うちの大将は」

「だな」

 

 最初の戦から勢いを付けて、時間を掛けずに駆け抜ける。

袁家相手に何とも大胆で思い切りの良い作戦だ。

 

「……僕も補佐官だし一緒に行くよね」

「そうだな、千里は確実に付いて行く事になる」

「うわー……」

「ご愁傷様」

 

 最後の言葉を聞いて千里は机に頭をぶつけ動かなくなる。

それに同情の視線を送るも九十九も正礼も他人事ではない。

正礼も稟の補佐官をしている為、戦に出向かなければならない。

九十九もまた、他の軍師に出番を取られた上司の相手をしなければならない。

 

 三人が三人、このあと待ち構える仕事に嫌な表情をする。

 

「そういえば……なんで開戦が分かった?」

「稟様から少し聞いた」

「ふむ……風様や荀彧様からは聞いてないな」

「お前の場合は異動があったからで、千里の場合も同様だろ」

「気を使われたか」

「まだ初期の初期段階だしな。ま……これからだろうよ」

 

 そう言って最後とばかりにお酒を飲み干し、正礼は立ち上がる。

だいぶ話し込んでいたため、夜遅い。

帰るかと顎を軽く入り口に振り、それに九十九と千里は頷き立ち上がる。

 

「あー……やだな」

「誰だって嫌だろうよ」

「俺としては頑張れとしか言えないな」

 

 会計を済ませ、三人で人が減った道を歩き、兵舎のある城へと戻る。

その際に千里がポツリと呟き、二人が同調した。

 

 


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