上手な上司からの愛されかた   作:はごろもんフース

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五話:新しい仕事は、チャンスの到来

「あっ」

「おはようございます」

 

 朝の食堂の入り口で、二人は互いに顔を合わせた。

桂花は驚きの表情と声を、九十九は何時ものように仏頂面で挨拶を交わす。

 

「……うぐっ」

「……」

「……お、おはよう」

 

 挨拶を交わせば、驚いていた桂花から呻き声のような声が漏れ、小さな小さな声で挨拶をする。

誰がどう見ても嫌々なのが、丸分かりだ。

それでも、挨拶を返してくれるだけましではある。

 

「お早いですね」

「……現状、知ってるでしょ」

「そうですね」

 

 初日よりは、遅い時間帯ではあるが、まだまだ朝早い時間帯。

人も少なく、数人ほどしか居らず、多くの人は部屋に居るだろう。

そんな時間帯に、二人は丁度良く顔を合わせた。

 

 そんな桂花に理由を問えば、何を言ってるんだとばかりに呆れた表情をされる。

昨日の今日なのだ。

あの惨状(仕事量)を体験すれば、早い理由など誰にでも分かった。

 

「……何で付いてくるのよ」

「流琉に用事がありまして、荀彧様は?」

「……私も流琉によ」

 

 入り口で出会った後は、特に会話も続かず、互いに用事を済ますために歩く。

歩くと朝食を取る為、厨房に顔を出さなければいかず、二人は一緒に歩く羽目となる。

勿論、男嫌いな桂花がそれに対して、何も言わないわけもなく、顔をひくつかせながらも静かに問いかけてきた。

 

「流琉」

「あっ……桂花様にお師匠様!」

「……お師匠様?」

 

 厨房へと顔を出せば、何時ものように元気に鍋を振り、他の人に指示を出している流琉が居た。

声を掛ければ、流琉は気付き二人へと笑顔で呼びかけた。

その際の流琉の呼び方に、桂花が眉を顰める。

流琉の九十九の呼び方に対して疑問が抱いだのだろう。

 

「……風様の補佐官をさせて頂く少し前まで、厨師(ちゅうし)をしてたんですよ」

「あんたが、厨師?」

「はい」

 

 九十九の言葉に桂花は、ジト目になり、信じられないものを見るような視線を送る。

この時代において厨師……料理人の価値は高い。

料理人は、権力者に一目を置かれ、乱世の時代でも殺さず生け捕られるほど大事にされている。

 

 普通の時代よりも料理などの文化が発達した、ここでも同じだ。

乱世でストレスが溜まるような環境である故に、甘いものや美味しいものを作れる料理人は大事なのだろう。

そのことを知っていた九十九は、黄巾党が出てきた頃に旅を止め、華琳の元に厨師として勤める事にしたのだ。

 

「あんたがねー……」

「腕前は、そうでもないので変り種といった形で雇ってもらってましたけどね」

「それなら納得ね」

「それで……まぁ、流琉が自分の事を知ってまして」

「師匠と?」

「そんな感じですね」

 

 桂花の疑いの視線に対して、素直に意見を述べれば、桂花は納得する。

 

「流琉がやって来たときに、自分は文官へと転職しましたが」

「何でまた……」

「食べるのは好きなのですが、作る事はそれほど好きでないと分かったからですかね」

「……」

 

 辞めた理由として黄巾党も終わり、桂花が軍師となり、文官になっても目立たなくなったことも挙げられる。

しかし、そのことは別段話すことでもなく、言葉を切って流琉を待つ。

 

「お待たせしました!」

「おはよう、流琉」

「流琉、おはよう」

「はい、おはようございます」

 

 鍋の中身を皿に移し終えた流琉が、二人へと近づく。

近づいてきた流琉に対して、二人が挨拶を述べれば、流琉もにこやかに返した。

 

「頼んでた物だけど……もう、出来てるかしら?」

「はい、此方ですね」

「ありがとう」

 

 桂花は、挨拶を終えた直後に尋ねる。

何かを頼んでいたのか、桂花が尋ねれば、流琉は近くに置いてあった包みを桂花へと渡した。

その包みは、少々大きく中身が見えない為、よく分からない。

 

「それじゃね」

「はい!」

「……」

 

 先ほどまで普通に九十九と会話を重ねていたが、内心はしたくもなかったのか、仕事が忙しいからか。

包みを受取った桂花は、そそくさとその場を去って行く。

それを二人して、静かに見送った。

 

「朝ご飯も?」

「はい、手軽に取れる朝とお昼用の食事を用意してくれと」

「なるほど」

 

 厨房で受け取り、出来ているという言葉から、ある程度九十九は察する。

察した内容を確認の意味を含め、流琉に問えば、思っていたとおりの言葉が帰って来て満足気に頷く。

 

 九十九は初日の日に、お昼を桂花の分も含めて持って行って渡していた。

最初こそ、危険物を見るような視線でソレを見ていた桂花であったが、九十九が『流琉からだ』と言えば、渋々と受取る。

男嫌いな桂花であったが、流琉が自分のために作ってくれたとなれば、男の九十九が持ってきたことも我慢できたのだろう。

受け取り、簡単に食事を取れることに気付き、早速とばかりにお願いしたとのだと分かった。

 

「最近、朝食に来なくなってましたので心配でしたけど……よかったです」

「そうですか」

「はい!」

 

 本当に心配していたのだろう。

嬉しそうな流琉の笑顔を見て、九十九も軽く頷き返す。

 

「それで、流琉。自分の分は……」

「用意してあります。お師匠様は、此方で食べて行きますよね?」

「はい、此方で食べて行きます」

「腕によりをかけて作るので、待っていて下さい!」

「はい」

 

 気合の入った流琉は、笑顔で見上げてくる。

そんな彼女に短く答え、九十九は軽く頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を終えれば、仕事の時間だ。

 

「次!」

「此方に」

 

 声を上げられた瞬間、九十九は待ってましたとばかりに書類を差し出す。

差し出した後は、上司である桂花の顔を伺う事無く目の前の仕事に没頭する。

既に何度も行なわれた行為であるため、手馴れた動きだ。

溜まった仕事の量は、九十九の予想を超えており、ちょっとやそっとの働きではなくならない。

 

「こっちの書類は?」

「既に回してます」

「うわーん、文若様! 予算下りませんでした!」

「なんですって!?」

 

 午前中だけで、てんやわんやの大騒ぎ。

書類が次々に運ばれてきては、空中を舞い、散乱し、机を埋めていく。

風の元で処理能力を培った九十九でさえ、追いつくのがやっとだ。

大きな仕事であれ、小さな仕事であれ、どちらも同じように、ただただ処理をしていく。

 

「ふぐっ」

「鐘鳴ったー! 助かったー!」

「おおぅ……お腹空いた」

「仕事残ってるぅぅぅ、残業やだー!」

 

 暫く、仕事に没頭すれば、昼休みの鐘が鳴った。

その鐘を聞いた瞬間、部屋の中に居た文官は、皆が皆喜び騒ぐ。

 

「それじゃ……次の鐘が鳴るまで休憩で」

「はーい!」

「どうする?」

「寝る……兎に角、寝る。兵舎に戻る」

「私は、お昼を」

 

 桂花が鐘に気付き、声を掛ければ、文官達は蜘蛛の子を散らすように思い思いに去っていく。

それを見届けた後、桂花と九十九は力尽きたように机に頭を乗せ倒れこんだ。

 

「……大丈夫ですか?」

「これが大丈夫そうに見えるなら、眼球交換したほうがいいんじゃない?」

「まだ、余裕ありますね。午後も乗り切れそうで何より」

「……アンタも結構言うわね」

「荀彧様の妹様、恋花の相手をしてましたので」

 

 机に倒れこんだまま、視線も合わせず二人は会話する。

既に体力の限界であり、動きたくもないのだ。

 

 それでも九十九は、いい機会かと声を掛けた。

軽い雑談であったが、運良く恋花の話題を挙げられる。

これで、桂花が恋花関連で九十九の事を知っているのかを探る事ができた。

 

「恋花ねぇー……手紙で話は知ってたけど、仲良いのよね?」

「そうですね、大事な友達でしょうか」

 

 聞いてみれば、やはり知っていたのか桂花は、驚きもせず、聞き返す。

そのことを聞いて、九十九は桂花の態度の謎を何となく察することが出来た。

つまりは、妹に気を使ってるのだろうと――。

 

「大事な……ね」

 

 そのことを確認し、九十九は何とか体を起こし、ぐったりとしながらも動き出す。

桂花と九十九は、互いに机の下に置いておいた包みを取り出し、中を開く。

中には、竹の葉の包みと竹筒が入っており、それを手に取る。

 

 その竹の葉を開けば、中には白い御握りが二個ほど入っており、それを二人は口にする。

既に冷えているものの、それでもしっかりと味付けされた御握りは美味しく、手が止まる事はない。

昨日は塩と焼き魚、今回は肉を味付けしたものと、飽きないように工夫がされている。

流琉の気遣いに九十九は、感謝をしつつも綺麗に二つの御握りを堪能し、完食した。

 

「……ふぅ」

 

 食べ終わり、椅子から立ち上がると、手を伸ばし背筋を伸ばす。

長時間ずっと座っていたせいで、体が軋む。

それでも何度かストレッチをしているとだいぶ、体が楽になる。

 

「ナニソノ奇妙な踊り、頭おかし――」

「……」

 

 ストレッチをしていれば、遅れて食べ終わった桂花が、変な物を見る目で見て声を掛ける。

声を掛けたものの、その声は途中で途切れた。

別に九十九が何をした訳でも、何かがあったわけでもない。

桂花自身が、自分の口に手を当てて止めたのだ。

 

 そんな桂花に九十九も、動きを止めて視線を送る。

視線を送れば、桂花は澄ました表情をしているが、口元をひくつかせているのが見えた。

誰が見ても我慢しているような、言いたいことも言えないといった表情だ。

先ほどの眼球交換の言葉で既に言いたい放題なのだが、疲れていたところに出た言葉だからか、気付いてないらしい。

 

「……そう言えば、先ほど予算が下りないとか聞こえましたけど」

「あぁ……あれね。これよ」

 

 特別地雷を踏みたいわけでもなく、会話の流れを変える。

雑談ではなく、仕事の話を振り込んだのは、桂花を思ってだ。

雑談よりは、必要な仕事の話であるほうがストレスにならないだろうと考えた。

 

 そう思い、聞いて見れば、桂花が一つの書類を渡してくる。

それを受取り、上から下までしっかりと目を通した。

 

「……街の清掃ですか」

「ん、華琳様が本格的に治めることが出来るようになって、治安も上がったから人が増えたのよ」

「嬉しいことですが、それに伴い汚れやごみも増えたと?」

「えぇ、華琳様が治める街ですもの! 塵一つ残してたまるものですか!」

 

 書類に目を通せば、清掃員の増員についてが書かれていた。

通りのゴミや汚れ、人が増えたことによる糞尿などの処理、そのための人員の増強についてだ。

 

 見る限りでは、却下されるような内容ではない。

街が綺麗であれば、人の足も増え、衛生面で気をつけることにより、病気も防げ、数多いメリットが得られる。

特におかしな内容でもなく、九十九は首を傾げた。

 

「栄華の奴~~!!」

「……厳しい人のようですね」

 

 九十九が書類を見て首を傾げていれば、桂花が憎々しげに唸る。

栄華(えいか)、曹操軍の金庫番を勤める子だ。

姓を(そう)、名を(こう)、字を子廉(しれん)と言う。

ちなみに、桂花の口にした栄華は、曹洪の真名である。

そんな彼女は、華琳の従姉であり、曹操軍の初期より居る重要な人物だ。

 

「ようですね。って、会った事ないの?」

「ないですね。資金運用は、時間も手間も掛かりますから、それを自分がやるぐらいなら、他の仕事を任せた方が効率が良いと風様が」

「なるほどね」

「資金運用関係の子が、よく泣きながら纏めてましたが……この内容でも駄目なのですね」

 

 九十九は機会がなかったことを伝え、書類をもう一度見直す。

 

「……」

(何か、嫌な予感)

 

 書類を見直し、何処か削れる箇所はないかと考え込んでいれば、静かになった桂花に九十九は嫌な気配を感じる。

恐る恐る、書類から目を離し桂花を見れば、何か思いついたようだ。

厄介事の予感に九十九は、内心で溜息を付いた。

 

「丁度いいわ」

「丁度いいですか?」

 

 嫌な予感を感じていれば、桂花が声を漏らす。

 

「その書類の予算運用は、あんたに任せるからやってみなさい」

「……御意」

「栄華から思いっきり、分捕って来るように!」

 

 上司の命令に九十九は静かに頷く。

栄華への嫌がらせか、はたまた九十九で溜まったストレスの発散か、どちらかは分からない。

しかし、仕事が仕事なので断る事も出来ず、どうしようかと書類の前で九十九は、頭を悩ませた。




栄華って最初から居るのね。
途中から代わったところを修正しました。

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