仕事ががらっと代わり、モチベーションが下がっておりました。
すみません……のんびりと更新していきます。
「あだだら、せっぽ! せっぽ!」
「……そうか」
飲み始めて数時間ほど経った頃。
安い酒でありアルコール度が低いといっても何時間もちびちびと飲んでいれば酔いも回る。
酔いは人を大きく変えることがあるものだ。
泣きだしたり、絡んできたり、怒ったり、静かになったり、その人の一面が見え更に思考能力も奪う。
まぁ、何が言いたいかと言うと現在九十九は思考能力を無残にも奪われ、意味不明な言語を発しひたすら絡んでくる友人(正礼)に悩んでいた。
「げねっぽ!げねっぽ!」
「……もしかして、何かしらの暗号か?」
顔を真っ赤にし正礼は楽しそうに笑いながら、お酒の入った杯を九十九に押し付ける。
きっとお酒を飲めと進めているのだろう、多分きっと。
そう考え、もしかして無意味な言葉自体は暗号なのではと九十九は思考する。
普段は軽く見える男であるが、仕事はしっかりと出来る上に自分を隠すのが正礼は上手い。
故に見事なまでに醜態を見せているのも意味があるのだろうと考えた。
「いや……単純に酔ってるだけだろ」
「がねっぽ!」
「……だよな」
そこまで真面目に考えていればツッコミが入る。
ツッコミに反応し何かを叫んだ正礼を見て九十九も顔を緩め、呆れた。
「兄上は大抵仕事で飲むことが多いからな。 こうやって周りを気にせず飲めるのが嬉しいのだろう」
「……そうか」
「嬉しい?」
「……少し」
呆れた九十九に対して、正面に座っていた人物が正礼にフォローを入れる。
そのフォローに対して、九十九は顔を少しだけ、親しい友人なら気付けるほどの小さな微笑で返す。
「まぁ……限度ってものがあるけどな」
「……」
「がねっ!?」
いい雰囲気で話が終わりそうだった時だ。
九十九の正面の人物に対して、正礼は絡み始めた。
だっと走ってきたかと思えば、その勢いで抱きつこうとしそのまま正面の人物からカウンター気味に右ストレートを喰らう。
綺麗に決まった拳を受け、酔ってる上に文官である正礼は呆気なく撃沈となった。
「兄貴に容赦ないな。
「……触れられるのは好きじゃないんだよ」
目の前の人物は、丁儀……正礼の弟で姓を丁、名を廙、字を敬礼と言う。
正礼と友人関係になった翌日に紹介された人物で交流もそれなりに深い人物であった。
敬礼と正礼は何というか、似ても似つかない兄弟である。
容姿からして違い、二人を見た目で兄弟だと思う人はそういない。
ガタイがよく、髪の毛を短めに切り男らしい男である正礼に比べて、敬礼は線が細い。
身長は低く、流琉などと同程度であり、顔は男の子とも女の子とも取れる顔立ちをしている。
正礼と同じ赤い髪だけが似ており、髪型は緩いウェーブのかかったショートヘアで纏めていた。
服装は他の文官と違い、何やら軍師達のように自由奔放な格好だ。
頭の上には学生帽、羽織っているのはどこぞの番長かと突っ込みたくなる長い学ラン、ズボンはショートパンツを穿いており、男の癖に白い肌が目立った。
これで弟なのだから世の中って不思議だなと九十九は何時も思っていたりもする。
勿論口に出しては言わない。
初めて会った時に正礼が「これでも弟だ」と言った際にぶん殴られるのを見ているからだ。
余談であるが正礼も敬礼もどちらにも九十九は真名を預けていない。
友人として信頼していないとかではなく、家族以外に真名を預けてはいけないと決まっていると正礼から教わっている。
故に真名を預けるのをやめ、互いに字で呼び合うのが三人の共通となっていた。
「それで……何か話があるんじゃないか?」
「……」
「話したいって顔をしてるぞ。 徳祖」
酒を飲もうと誘ってきた人物が撃沈しているので、自然と会話は九十九と敬礼で行なわれる事となる。
酒を飲み、持ってきたツマミを食しながら少ない会話を楽しむ。
そんな正礼と飲めば味わえないようなのんびりとした飲み会を楽しんでいれば、敬礼から話を持ちかけられた。
「分かりやすいか?」
「話を切り出す瞬間を探ってたろ? 変な間が会話と会話の間に生じてる」
「……そうだったのか」
「まぁ、親しい人間でなければ分からない程度だけど」
新たに発覚した事実に九十九は少しばかり落ち込む。
表情が表情なのでポーカーフェイスって便利と思っていたのだが、意外と隙は多かった。
分かりにくい人物を目指していたのだが、実は分かりやすい人物であったのかも知れない。
「それで話ってのは?」
「敬礼の上司についてだ」
「……」
「実は荀彧様より、ある案件を任されてな」
「何の案件?」
「資金運用」
「さすがに手伝えないぞ」
九十九の言葉に敬礼は、何を言ってるんだとばかりな表情を取る。
幾ら信頼する同僚とはいえ、資金が関わる仕事関係をおいそれと見せていいわけがない。
そのことを視線で問いかけて来る敬礼に九十九は静かに首を横に振る。
「分かってる。知りたいのは金庫番の人の事だ」
「曹洪様?」
「そう……どんな人物か知りたい」
「会った事なかったっけ?」
「ないな。 正確に言えば挨拶を交わした程度で本腰を入れて話したことがない」
「……あー、男嫌いだからな。あの人」
「それだ。どのぐらい男嫌いなんだ。荀彧様より酷いか?」
敬礼は九十九の問いに対して、腕を組み目を瞑って考え始める。
それをお酒を飲みつつもじっと待つ。
暫くすれば、敬礼は目を開き、辺りに視線を彷徨わせる。
先ほどの問いに答えず、そんな事をする敬礼が気になり、九十九もまたその視線を追った。
そして、視線が一点に止まり、その視線の先にある物を確認し九十九は高くついたと頭を抱えた。
「それでいいぜ?」
「……今度ってのは駄目か?」
「今食いたい。酒の席なんだ、丁度いいじゃないか」
「……はぁ」
敬礼が九十九の前に置いてある皿を指差す。
その中にはメンマと一緒に数切ればかりだが、肉が置かれていた。
それをくれと言う敬礼に九十九は悩んだ。
敬礼が欲しいと言ったのは、九十九お手製のチャーシューである。
九十九自身、これは渾身の出来であり大好物のものだ。
「一枚」
「全部」
「一枚」
「二枚」
「……三枚しかないんだが」
「二枚」
「……」
「……たまには他人の感想も必要だと思わない?」
「はぁ……」
結局九十九が折れ、三枚ある内の二枚を敬礼に渡す。
今必要なのはチャーシューでなく情報だ。
チャーシューを受取った敬礼は、一目見ただけで分かるぐらいに喜び顔を緩ませる。
「うん……やっぱり、美味しい。でも、前のとは少し違うな?」
「少し味付けを変えたんだ。今回はその試食の意味で持って来てたんだが……」
「なら、俺で良かったね。 兄貴なら『美味い、美味い』しか言わないぜ?」
「……確かに」
二人は静かに横で眠りこけている正礼へと視線を向けた。
少しばかり見るも、正礼からのリアクションはない。
その事を確認すると二人は互いに向き合い、酒飲みに戻る。
「前から思ってたけど、叉焼とはだいぶ味が違うけど、どうやって作ってる?」
「煮込んで作る」
「煮込む?」
「そう、煮込む」
一口にチャーシューと言っても、作り方は多い。
例えば呼び方ですら、『叉焼』『焼豚』『煮豚』など種類がある。
主に中国で食べられていたのは、叉焼。
塩、胡椒で味付けし、
寝かせた後は、紅糟を落とし焼いて、両面に蜂蜜を塗って更に焼くと言った工程で作られる。
それに対して九十九が作った物は『焼豚』煮込むほうだ。
鍋に水とお酒、砂糖、醤油、ニンニクなどの調味料を入れて専用のタレを作り煮込む。
焼いた物と違い、此方は煮込むため肉が柔らかくなり、保存も効くようになった物。
味自体はどちらも美味しく好みになるのだが、九十九はチャーシューを作る時は煮込むほうにしている。
冷蔵庫もないこの時代、保存がより効き日本で口にするのが多かった『焼豚』を九十九は選んだ。
「焼いた方も好きなんだが、こっちの方が応用も利き易くてな」
「応用?」
「タレを改良してあってな。軽く煮込んで焼豚、じっくり煮込めば角煮。出来た角煮をきざんで
「……」
「あぁ……ついでに卵も一緒に煮て煮卵も作ると美味いな」
煮卵に焼豚、メンマでラーメンのおつまみセットの出来上がり。
残りの一枚を丁寧に口にしつつ、今度お酒を飲む時に作ってみようと九十九は内心で微笑んだ。
そんな内心楽しみでホクホクの九十九に対して、敬礼は黙り込む。
手元にある物だけでも美味いのに、更に美味そうな物を聞かされればもっと食べたくなるというのが人情だ。
「なぁ……追加で」
「やだよ」
「作った時、呼んで……」
「イヤだよ」
敬礼の言葉を途中で切り、強く返す。
性欲も発散できない上に仕事のせいで休む時間も少ない。
三大欲求の内の二つを封じられている九十九にとって最後の砦が食だ。
敬礼の請求を頑なに拒んだ。
何より、この焼豚を作るには些か時間も手間も掛かるのだ。
砂糖などの調味料はまだましであるが、これには醤油が使われている。
醤を代わりにして作ったりもしたが味はいまいち。
その為、醤油作りに何年も時間を掛けた。
「……しょうがないか」
「……」
「それで曹洪様の事だけど――」
苦労に苦労を重ねた物であり、目が死んでいく九十九を見て敬礼は諦める。
しかし、敬礼とて頭脳で生き抜いてきた者。
諦める振りをしながらも頭の中では、どうやって頂こうかと策を練りこんでいるのが分かる。
そんな諦めそうにない敬礼を見て、九十九は溜息をついてから情報を聞いていく。
▼△▼△▼△▼△
「んー……」
九十九達が酒盛りをしてから数日後。
とある部屋で一人の女性が一つの書簡を前に唸り声を上げていた。
その女性は、金色の綺麗な髪の毛を伸ばしぐるぐると巻髪にしていた。
昔のマンガに出てくるお嬢様の様な髪型だが、実際にやるとなると合う人は少ない。
しかし、その女性はそんな髪型に対して違和感がまったくないほど似合うほどで悩む姿も様になっていた。
実際に顎に手を当て悩む姿に周りに居た文官達は手を止めて、彼女に魅入る。
そんな周りを魅了する女性の名前は、姓を曹、名を洪、字を
華琳に最初期から仕える金庫番だ。
「……仕事はどうしましたの?」
唸っていた曹洪だが、注目されていることに気付きニッコリと笑い少し冷たく問いかける。
たった一言、ただの一言で空気が冷たくなり手を止めていた文官達が動き出す。
特に女性と違って男性の文官は、顔を真っ青にし遅れた分を取り戻そうと必死だ。
(さて……)
周りの文官が仕事を再開したことを確認し、曹洪はまたもや書簡を前に考え込む。
その書簡の内容と言えば、街の清掃の案件だ。
前にも出された案件で、曹洪は一度これを却下している。
曹洪とて街は綺麗な方がいいし、今後の戦で人が増えることも考えてはいる。
その重大性は理解していたが、お金の使い道が不透明過ぎて駄目だしをしていた。
しかし、今回提出された書簡は前の駄目だったところが全て改善され、更には曹洪を気遣った内容となっている。
例えば何処で何にどれだけ使うのか、更にはそのお金を誰に渡すのかすら書かれている。
簡単に言えば文字が読める人であれば、初心者でも分かる内容となっていた。
これこそが、曹洪の求めていた物だ。
(他の方も同じようにしてくれればいいのに)
曹洪は他の書簡に少し視線を向けた後、思わず溜息を付いてしまう。
他の書簡と言えば『これやるからこれだけ寄越せ』、『こうやるのでこれだけお願いします』と内容が薄い物ばかりだ。
(後で計算し直す時もあるし、今後の教訓として見直す場合もある。 その場合にあんな書き方されたらこっちが困りますわ)
今回の内容で持って来てくれれば、初心者の人にも振り分けられる上に説明や教育もしやすい。
しかし、願ってもやって来る書簡は統一性のないものばかり。
これでは見るほうも大変である。
(そもそも……お金の価値観が大雑把すぎます! お姉様はいいとして猫耳も風もっ!)
曹洪の脳内で魏が誇る三軍師達が浮かんだ。
あの三人は有能であるが予算を守らない事が良くあった。
悪い意味で言えば分投げるのである。
一番上の三人がそういったやり方であれば、下も下で同じようにしてくるもの、それに何度腹立ったか曹洪は覚えていない。
いつもの毎回腹を立てる書簡と違い、今回の猫耳の部署から渡された書簡は百点に近い物であった。
何より、お金を渡す際などに男性嫌いの曹洪を気遣って女性が受取るように手配もされている。
この出来に曹洪も満足していた。
(……これで持ってきた人物が人物であればですけど!)
「……」
「えっと……」
しかしだ、今回の書簡を作った本人は曹洪の前に居らず、前に駄目だしをした書簡を持ってきた時と同じ文官が前に立っていた。
(こういった時は、書簡を渡すついでに挨拶回りでもするべきではなくて?)
今現在、曹洪が悩んでいるのがそれである。
書簡のほうは問題なかったが、持ってきた人物が本人でなく挨拶もなしときた。
今回の書簡を纏めた人物の名前に曹洪は見覚えがあった。
楊修、風の元補佐官をしていた男で現在は荀彧の補佐をしている。
他にも角に鏡を設置して身嗜みを自覚させたりなどといった話を聞いたこともあった。
風と会った時に挨拶を交わしたこともある。
その時の印象で彼が真面目で礼儀もなっていると思っていたのだが、今回の事で少し疑わしく思う。
(……でも男嫌いの私を気遣ってってことも、そもそも仕事が忙しい?)
しかし、書簡で分かるように此方を気遣ってという事も考えられる。
今そう考えてしまえば怒りきれない。
他にも荀彧の部署では仕事が溜まり大変だと耳に挟んだ事もあった。
そんな忙しい時にこれだけ気遣ってくれたのだと考える。
「はぁ……今回のはこれで予算を下ろしますわ。 今後は今回と同じように纏めて持って来るように」
「は、はい! ありがとうございます!」
取り合えず書簡の内容としては問題ないのだ。
そこまで悩み考え込むも曹洪は書簡を持ってきた文官に許可を出した。
(何だか、胸がもやもやと……う゛ー楊修……どういった人なのでしょう?)
仕事が出来るが礼儀のなっていない人なのか。
仕事も出来、気遣いが出来る人なのか。
どちらなのだろうかと曹洪は、胸の内にもやもやを抱えながら仕事へと戻って行った。