征海魔王   作:カンジョー

10 / 58
十話、出会い

 彼女がそこに迷い込んだのは、今思えば偶然の出来事ではなかった。彼女はそこに誰かに故意にそこに誘い込まれた。

 運命といってもいい。

 安藤愛代がその場所に何者かによって意図されて誘い込まれて、海人に出会った。

 

 海人との出会いは、彼を英雄に奉らせて、いずれ魔王として畏れ敬われる物語のほんのきっかけ。

 神殺し、羅刹王。そう呼ばれるようになる海人の、はじまりだった。

 

 

 

 

 彼女が生まれたのは、安東家。

 日ノ本の北の端、アイヌの地とを結ぶ、奥羽地方の武家の一族。奥羽がまだ蛮族の縄張りだと思われて、開拓されていなかった時代から、代々奥羽の地を支配してきた。鎌倉幕府から守護大名に任命されて、奥羽の地を統治してきた、由緒ある家柄。

 安東愛代(ちかよ)はその直系、安東湊系の長女として生まれてきたのだ。

 

 しかしその頃にはもう、安東家は滅亡の危機に瀕していた。

 奥羽に安東の名を知らぬ者などいない。強大な軍事力を持つ。そんな安東はもうない。

 あるのは領土の半分以上を侵略されて、その残った領土も跡目争いで二つに分割された、湊安東氏と檜山安東氏だ。

 大名として名乗るだけの石高や軍事力は、分裂したことで両家ともわずかに有しておらず、安東氏全盛期の面影はどこにもない。

 

 世はまさに戦国時代。下克上の風潮が高まっていた。周辺諸国は、両家は潰しあっていずれ勝手に自滅するか、下克上により成り代わられる。内紛で弱りきったところを狙おう、とそう考えていた。

 しかし安東両家は一向に弱る気配を見せなかった。内偵を放って内情を調査していたのだが、檜山安東氏は大敗を喫して一万以上の兵を失った。だがどこから沸いたのかわからない兵たちによって、軍備は補充されたという。

 突如として現れたことから、安東氏の率いる兵達はすべて怨霊の類、黄泉の国から這い出てきたのではないかと噂されたこともあったほどだ。

 こちらから攻めようにも、檜山安東氏の治める出羽国あたりは起伏が激しい。陸奥国と出羽国の境には高い山が連なり、歩道が細い天然の要塞となっていた。攻め入るということは、自軍にも相応の被害を覚悟しなければならなかった。

 周辺諸国は、判断を見送り、様子見を続けることにした。

 

 それこそが、安東氏の策であった。

 安東家は家を二分してはいたが、その理由は跡目争いなどではなく、役割分担のためだった。

 檜山は、強大な軍事力で、外敵を威嚇して牽制する。

 湊は、いい顔をして媚びてへつらい、窓となって資金を稼ぐ。

 両家は表向きは険悪な仲であると見せ付けて、水面下では手をとりあって、強大な敵の打倒を使命に掲げていた。

 

 強大な敵とは、まつろわぬ神のことである。

 

 まつろわぬ神とは、人が紡いだ神話に背き、自由気ままに地上をさ迷い歩く神々である。当てなく顕現した世界を放浪し、行く先々で禍いを引き起こす、まさに天災である。

 歳もとらず老いもない肉体をもち、ただの鉄や木でできた武具では傷ひとつつかない。そして神の最大の特徴として、その神の神話由来の力、権能を持っている。

 争いを司る戦神であれば、人類が到達できる以上の武技を扱う。

 大地を司る女神であれば、殺しても蘇る不死の権能を持つ。

 太陽を司る太陽神であれば、炎を吹き荒らして灼熱地獄をつくりだす。

 そして冥府の管理者である神が顕現すれば、病原菌を撒き散らして、土壌に染み付き、生命が一切生活できない死の大地ができるのだ。

 

 まつろわぬ神は遥か南から来襲し、奥羽と奥州の境に連なる山脈、その頂上にあるカルデラ湖に住み着いていた。

 その当時に東北のほぼすべてを牛耳っていた安東氏は、討伐隊を派遣したが、何の戦果も得られずに返り討ちにあった。

 だから、安東家は二分割された。まつろわぬ神に供物を捧げて服従する者達と、あくまでも徹底抗戦の構えをとる者達とに。

 

 できるだけの時間を稼ぐ。

 その間に、まつろわぬ神を殺す方法を発見する。ここにかけては、安東家の思いはひとつであった。

 

 だが、神を殺すというのは、それこそが奇跡。起こらない故の奇跡である。人がいくら努力したとしても、実力だけではどうにもならない、それが『神殺し』という大罪だ。

 まつろわぬ神を殺せる存在は、同じ神。それとも──。

 

 そして安東氏には、滅亡へのカウントダウンが、着々と時計の針を進めていた。時間稼ぎも、限界を迎えようとしていたのだ。

 

 

 

 

 海人君と出会ったのは、私がはじめて檜山に訪れた時だった。

 過保護な両親であり、他の国へ行くことを止めて、湊から外に出ることを許さなかった。外出するにしても、大勢のお傍付きを同行させられた。

 私の立場を考えれば当たり前のことで、立場をわきまえた私も文句は言わなかった。広大な城に住み、十分な食事を与えられ、きれいな衣服が着られて、両親から愛を注がれる。欲が少なかった私は、とても幸せだった。

 私が笑うと、時折父や母、女中さんの悲しそうな視線を向けられることがあった。まだ何も知らない私は、理解ができなかった。

 

 檜山に行きたいと言い出したのも、私の数少ない欲から来たものだった。

 私はその頃、安東家の統一を夢見ていた。湊城の城下町では、安東家は百年以上も前から南北に分かれ、跡目を争っているということになっていた。後に私は真実を知ることになるのだが、このとき私は町人から教えられたこのことを信じきっていた。

 家族は三人だけだと思っていた私は、大変に喜んでいたと覚えている。同時に、なぜ家族で争うのか、心底理解できなかった。みんなで居たほうが楽しいに決まっている。あの湊城の数ある部屋で賑やかにできれば良い。

 父──名を舜季(きよすえ)と言った──に、檜山に行きたいと申し出たのだ。

 

 私は、湊の使者となった父に同行を許されて、檜山に向かう一団に加えられた。

 そして檜山に赴き、城下町へと着いた。

 第一印象は、やせ細った土地だということ。日光は当たっているはずなのに、木々が栄養を十分に受けていないようだった。

 それでも私は、湊の外のもの珍しさに、周りが見えなくなっていた。引き寄せられるようにふらふら歩き回り、不幸な偶然が重なって、私は父がつけてくれたお傍付きとはぐれてしまった。

 私は見事に迷子になってしまったのだ。

 追いはぎに見つからなかったことだけは幸運だったかもしれない。私はあてもなくさ迷い歩き、そしてあの祠の広場まで迷い込んだのだ。

 

 酷使した足を休めるために、祠の縁側に腰掛けた私は、心地良い風と丁度良い日差しに誘われて、不覚にも眠ってしまった。体を揺らされて目覚めると、背丈以上の槍を持った、自分と同じぐらいの少年がいた。

 これが、海人君と初めての出会いだった。

 知らない男の子に寝顔を見られるという経験したことのない事態に、動揺する。畳み掛けるように、空腹でお腹がぐーと鳴ってしまう。恥ずかしさで顔が真っ赤になるのがわかってしまった。

 すると海人君は、手に持っていた包みを開いて私にくれたのだ。中には団子が四つ入っていた。

 

 やるよ、と差し出してくる海人君だったが、私は悪いと一度は断った。

 ひとつもいらないという意味で断ったのだが、海人君は二本の団子を取って、もう一度差し出した。

 一緒に食べればおいしい。そう言って私に押し付けるように渡すと、串を両手に持って団子を頬張った。

 そのときのありふれた団子は、ほっぺが落ちそうな美味しさだった。

 そのあと、私は海人君に案内されて、無事に父の下へと帰ることができた。

 

 

 

 

 檜山への使節団が向かうことになると、また私は同行させてもらうように頼んだ。

 団子をくれたお礼に、あの男の子に美味しいものをあげようと思ったからだ。湊は貿易が盛んで、いろいろな海外からの珍しい貿易品であふれていた。選ぶのには事欠かなく、私は金平糖を持っていった。

 その時、私は海人君に言われたことを思い出した。この場所は秘密にしておいてくれと言っていたことを。

 私は行き先を知られないため、お傍付きを撒いてから、あの広場に向かった。

 

 

 

 

 それから私は何度も使節団に同行して、海人君のもとに通いつめた。

 海人君の触れて、彼について知ったこと。彼は集中しはじめると、周りの声が聞こえなくなるほどに熱中する。暇があればここに来て、父親から槍術を教えてもらっている。大の大人に圧勝するほどの力持ちだ。

 いつしか私が檜山に行った際には、菓子折りを持って海人君のところに行くことが目的となっていた。

 いつのまにか目的が逆転して、海人君と会うことが一番の楽しみとなっていたのだ。

 

「私、海人君と結婚する!」

 

 彼といる時だけは、自分の立場を忘れて、一人の女の子としていられた。立場を忘れた結果、口が軽くなって滑ってしまったわけだが。

 だがその時の私の本心だった。海人君は珍しく慌てふためき、その場で「大きくなったらまた言ってくれ」と答えを保留した。

 海人君が私の言葉を真意に受け止めていると感じたし、彼は大きくなったら改めて返事をすると約束した。

 つまり、私たちが大人になるまで一緒にいると約束したようなものではないか。

 海人君にそんなつもりはなかったかもしれないが、私にとっては結婚すると肯定してくれるよりも嬉しかった。

 

 檜山と湊、庶民と武士。この約束は、生まれも育ちも違う私達をつなぐ、無くてはならない絆となる。

 このまま何事もなく、彼との日々が続いていけばいい。そう思っていたのは、今だから言えることだ。

 

 

 

 

 しかし十五歳の誕生日に、父と母からすべてが明かされた。

 安東氏の巫女としての使命、つまり生贄となることを知ったのも、このときだった。

 

 それから私の知らなかった、たくさんの真実を告げられた。

 まつろわぬ神が、どれほど恐ろしい存在かということ。

 実のところ、湊は檜山と事を構えていないこと。私の努力は空回りしていたのだ。

 なぜ城の広さに対して、使われていない部屋がたくさんあるのか。それは元は安東家の者が住んでおり、今はいなくなり、使われなくなってしまったこと。

 いなくなったと言う安東家の人、私の親族はどこに行ったのか。女性はまつろわぬ神の怒りを静めるための生贄となったこと。男性は、その生贄となる愛する妻や娘を助けるため、兵を率いて出兵して、帰らぬ人となってしまったこと。

 

 そして、私についても。まつろわぬ神は、安東家の女だけを生贄として欲している。安東の血を引き、なおかつ女性である人間。それは檜山と湊を合わせても、私の母、その次に私、檜山に成人してもいない者が一人だけだという。

 私は二十歳にもなれないと、父と母は涙を流して、しわがれ声を絞り出していた。

 

 私はその流れた涙が、嘘偽りの涙ではないとわかった。私はただ生贄になるだけのために生まれてきたわけではなかった。両親の愛は本物だったのだ。

 それだけで、私は満足だった。

 

 

 

 

 数日後、檜山軍の奮闘むなしく、母はまつろわぬ神の餌食となってしまった。母はまだ三十にも満たなかった。

 私は母から巫女の任を受け継ぎ、辛く厳しい修行を課せらた。時間は忙殺され、しばらくは檜山に行くことすら出来なくなる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。