征海魔王   作:カンジョー

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十五話、不死

 海人は、七つの頭をうごめかせる竜の元へ舞い戻ってきた。竜の様子が、なにやら急いでいるのは気のせいではないはずだ。

 さんざん振り回された原因が自ら目の前に現れ、まつろわぬ神は溜まった感情を爆発させた。

 

「そちらから命を捧げに来るとは、手間が省けるというもの。だが、ただでは殺さん! あらゆる苦痛でなぶり殺し、一族郎党皆殺しにしてくれる。たとえ逃げようとも、地の果てまで追い詰め胃の中に収めてやる」

 

 七頭の竜から発せられる、目に見えぬ威圧感が高まった。

 海人は槍を構えた。だが海人は、アテルイに単なる鉄の槍ではまつろわぬ神を傷つけられぬ、という忠告を思い出した。

 海人は仕方なく槍をそこらに放り投げ、腰の大きい方の刀、『大通連』を抜いた。

 

 その時、竜の頭のひとつが、放り投げられた槍の方に注意を向けた。他の六つは自身を向いたままだが、その視線は海人よりは刀に向いていた。海人はチャンスと思い切り、地を蹴った。

 六つの頭がばらばらのタイミングで水鉄砲を、海人へと一直線に吐き出した。自身に向けて撃たれたものだけのため、軌道が読みやすい。海人はこれを難なくかわして、あっという間に竜の懐に飛び込んだ。

 

 自分に当たるかもしれないため、まつろわぬ神は水鉄砲が撃てない。だが七頭の竜の表皮は硬い、単なる鉄尻では貫けないほどに。

 それ故か相手がただの人間だからか、竜は心を乱すことなく、槍に注意を向けていた頭を差し向けた。

 刀を見たとき、直感が騒いだのも忘れて。

 

「わざわざ餌になりに来たか!」

 

「余裕でいられるのも今のうちだ!」

 

 海人はぎりぎりまで引きつけて大きく上に跳び、噛み付く直前で獲物を見失った竜頭は勢いで地面に埋まってしまう。

 竜頭が、再び空を見ることにはならなかった。跳びあがった海人は重力も味方につけて、竜頭に思いっきり刀を振り下ろした。

 

 グアアアアアアアアアアッ!

 

 その時の獣じみた七頭の竜の咆哮は、間違いなく苦悶の絶叫だった。頭のひとつを落とされたのだから当たり前だ。もしまつろわぬ神として顕現して、痛みを受けたのが初めてだったとしたのなら、その苦痛は計り知れない。

 頭が本体から離れて、地面に埋まったままになる。本体とつながる首の断面からは、血が盛大に噴出して、やがて止まった。

 

「貴様……!」

 

 痛みが引いてきたのか、怒りのこもった低い声でうなる七頭の竜。

 いや、もう六頭の竜か。海人は頭を一つ失った竜に向けて、見下した視線で高説垂れた。

 

「どうだ蛇、蟻に噛み付かれる気分は。どうせ自分を傷つけることはできないからと、いい気になっているから、そんな目を見るんだ。神といっても、悪霊よりは怖かねえ」

 

 海人は大通連を構え直した。かつてない強大な敵を前にして、海人の体は震えていた。こんなに震えるのは、海賊となって初めて人を殺した時以来だった。

 相手の一頭一足がひとつでも当たれば、簡単に死んでしまう。海人が攻撃を見誤り、脚が動かなければそこでおしまいだ。海人が渇望して止まなかった、命の駆け引きだ。

 これは怯えから来る震えではない。緊張と勝ちたいと思う気持ちから来る武者震いだ。

 海人は相手の懐に入り込んで、残る首を落とさねばならない。

 

「なんせ刀を振るえば斬れるし、拳を振るえば殴れるもんなぁ! さあ、残るは六つ、まだまだ終わらないぜ!」

 

「……なにか匂うと思えばその刀、同胞、それも忌まわしき鋼の気配……ふふ」

 

 滝のように出ていた血は止まり、海人に斬られた首は断面を晒していた。

 竜は激昂するでもなく、笑い声をかすかに漏らした。

 

「人間の子供であると高をくくり、気を抜いていたことは認めよう。……蟻、たしかに人は我にはその程度のものよ。意識せねば認知することも叶わぬ、矮小な存在……。それは貴様であっても同じこと! 噛まれたとしても、我が生を脅かすほどの力ではない。そんな鋼を持とうとも、我を殺すには足りん!」

 

 六つの頭は地を轟かせる声で吼えた。すると海人が斬りおとした首の断面に、なにやら動きがあった。

 断面が気泡ができるようにぶくぶく盛り上がり、やがてそれは次々に膨らみ、細胞の泡は首一つ分の大きさまで膨張したのだ。

 次の瞬間、泡が破裂して散った。その後には、なんと落としたはずの首が戻っていた。

 

「どうだ小僧、これでもまだ我を倒すなどと幻想を抱けるか?」

 

 張りぼてではない。滑らかに動くし、言葉も発した。海人が一刀の下に断ち切った首は、完璧に再生したのだ。

 六つから七つとなり、再び万全の状態となった竜。七頭の竜は海人のことを、小僧と言った。まつろわぬ神は海人を脅威と認めたということ。

 海人は悟った。目の前の竜は、全力でこちらを排除しようと攻撃してくるだろう。それは海人の望むところだ。直感と身体能力、父親から教わった武術を全力で使った死闘。自分の人外の怪力を受け切ってくれる相手との戦いを、海人は今から始まる。

 

「ゆくぞ。我が神力の総てを以って、肉の一片も残さず滅してくれる、小僧!」

 

 七つの首すべてが、口内に水を溜め始めた。

 だが海人は今、勝ち目を見失いつつあった。海人には、首が生え替わって再生するなどとは、想像の埒外だったのだ。

 話が違うぞと、既に空に上ったであろう舜季に毒突く海人。舜季が悪いのではないと理解してはいるのだが、毒を吐かずにはいられなかった。

 海人は戦いに来たのであって、命を投げ捨てに来たのではない。これで何度も底なしのように首が生えて替わるのであれば、神を断ち切る刀があってもぬかに釘だ。

 

 海人と七頭の竜の戦いは、消耗戦の様相を見せつつあった。

 

 

 

 

 古代から『蛇』は、不死性を持つ神の化身として信じられてきた。

 蛇には毛も羽もなく、脚もない。縄のような体でありながらぐねぐね前進し、日陰や湿った土地に生息する。

 そして何よりも、脱皮する。古い皮を脱ぎ棄てて、新しい姿に生まれ変わる。その理解できない奇妙な生態に、古代の人間は神秘を見出した。

 蛇は、定期的に脱皮することで新しく生まれ変わる、新しい命となって再生すると信じられた。他の動物の様に年を取って老いることはない、『不死』と信じられてきたのだ。

 

 湿った土地を好むことで、水との関係もある。さらには冬には冬眠し、春になると地中から抜け出して地上に出る。

 寒気が吹きすさび、命の芽吹かない冬は、まさしく死の世界そのもの。

 死から復活を果たし、転生したかのような蛇は、死の世界を司る『冥界の神』とも結びついたのだ。

 

「時代が下るにつれて神聖なはずの蛇は、やがて討つべき邪悪なもの、『竜蛇』となった。生と死を司るはずの女神はおとしめられ、英雄や神に討たれる邪悪な竜となり、神話に醜く描かれている。……あの七頭の竜もまず間違いなく、不死の神性を持つ竜蛇。刀が通った程度で殺しきれるとは思いません!」

 

「そうか、そうなると、いくら海人の馬鹿力があっても難しいかもしれんな。仁実はどう思う? ……仁実?」

 

 投げかけた問いに対する返答がない。愛代と重蔵は後ろを振り返ったが、そこに居るはずの仁実がいなかった。

 二人の後ろをついてきているはずだったが、いつの間に居なくなってしまったのだ。

 

「どこいった。はぐれたって訳じゃねえよな。蛇道っていうほど曲がりくねってねえしな」

 

「私を送ることが、そんなに嫌だったのでしょうか……」

 

「海人を助けに行ったんだろ。逆に足を引っ張るってわかっていながらな。早く追いついて連れ戻すぞ」

 

 

 

 

「先ほどまでの威勢はどこに行った、小僧。姿の隠し様、天敵より身を隠す弱者そのものではないか! ……ほう。つまりは貴様を追って水で撃つ遊びから、貴様を見つけ出し殺す遊びへと変えたのだな。我が巨体に押しつぶされぬよう、せいぜい逃げ回ることだな!」

 

 海人は岩陰から、そっと見つからないように七頭の竜の様子を窺った。

 七頭の竜はせわしなく首を動かして、四方八方の方向を監視している。ゆっくりと前進しながら、背中の後ろまで首を回して見えるため、死角が物陰や自身の体の下にしかない。海人は、竜の首が自分の方向に向きそうになると、素早く岩陰に身を隠した。

 海人は、まつろわぬ神に何か癖などがないか、一挙一動の挙動をじっくりと時間の限り観察した。その後、頃合いを見計らって、隠密行動を心がけながら、まつろわぬ神と争った場所に戻った。愛用の槍を回収するためだった。

 

 岩が砕け、木が倒れて、戦闘の激しさが窺われる戦場跡で、海人の愛槍は地面に突き刺さっていた。

 しかしあと少し、手を伸ばせば距離まで近づいたとき、海人は身を引いた。直後、海人と槍の間を割くように、水鉄砲が地面を割った。見ると、七頭の竜が体をこちらに向けて、頭はすぐに撃てるよう海人を狙っていた。

 

「馬鹿め、ただで武具を渡すと思ったか。貴様は誘い出されたのだ。刀を持った貴様の振る舞いを見れば、使い慣れた得物が刀でないことなど、容易に見て取れるわ!」

 

「ちっ、くそっ!」

 

 次々と撃たれた水鉄砲が地面を抉り、海人と槍が離される。その間に七頭のうちの一つが首を伸ばし、海人の槍を咥えた。

 

「……ッ……ふんッ!」

 

 竜は一瞬だけ咥えたまま力むと、勢いをつけて彼方に放り投げた。竜の首のしなりで飛ばされた槍は、一直線に密林の中に消えてしまった。

 

 悔しいが、まつろわぬ神の言うとおりだった。海人は槍以外の武具を使い慣れていなかった。槍は長年の鍛錬の成果により手足の如く扱えるがしかし、それ以外はからっきし。戦場で持ったことは少なかった。

 もちろん刀などという高級品を、平民出の海人は持ったことが数えるほどしかなく、扱い方からそれを見破られたのだろう。

 大通連を槍にくくりつけて使おうとしたのだが、七頭の竜の観察眼を甘く見ていたようだ。そこらの木で代用という手もあるが、海人は自身の怪力に耐えられるとは思わなかった。

 

 海人はまつろわぬ神に背を向けて、全速力で駆け出した。

 逃げるのではなく、体制を立て直すための撤退。海人はそう自分に言い聞かせた。

 

「逃がさん!」

 

「ッ!」

 

 水鉄砲が放たれた。海人は間一髪で岩陰に隠れることができた。しかし隠れた岩が砕かれ、岩の破片が海人の背中を強打する。海人は水鉄砲の直撃を受けていなかったが、このような二段構えの攻撃を何度か受けていた。全身に、擦り傷や打撲で晴れ上がった箇所があった。

 今のは強烈だった。痛みに耐えながら、海人は近くにあった蔦を握る。

 まつろわぬ神が育てたといっていいこの森には蔦が多く、蔦渡りに事欠かなかった。ロープで船から船に乗り移る時の要領で、海人は蔦に体重を預けた。

 

 

 その時、海人の懐からまばゆい光が放たれた。

 懐を探ると、その光源を取り出す。それは現世と幽世の頚木、アテルイを封じていた脇差、『顕明連』だった。

 

『……海人か。声が聞けるとなると、相当切羽づまった状況なんだな?』

 

 アテルイの声が聞こえると、海人は複雑な心持ちになった。助言がもらえるのは助かるが、自分の力で倒したことにならないからだ。

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