征海魔王   作:カンジョー

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十六話、終滅

 仁実はもときた道を駆け戻っていた。途中から、獣道よりも荒れた道に変わる。人が通ったという度合いではない。地が割れて木々がなぎ倒されて、嵐が通り過ぎたという程の荒れ具合だった。

 実のところ通り過ぎたものは、嵐よりもっと恐ろしいものだ。まつろわぬ神が前では、嵐さえ霞んでしまう。

 

 岩の瓦礫で崩れた道を慎重に進む中、仁実は途中で地面に突き刺さった人工物を見つける。

 間違えるはずがない。海人が肌身離さず持ち歩いているはずの、槍だった。

 

「これは、兄様の……」

 

 仁実は毎日ように海人を見ている。当然槍も目に入れている。

 槍を片手で掴むが、思うように引き抜けない。今度は両手で掴んで、ふんばって引き抜こうとする。

 

「ぐっ、ぐぐぐ……」

 

 しかし抜けない。抜けているようだが、深くに刺さって槍の穂先が姿を見せない。

 両手で持ってみて分かる重さ、まるで鉄塊を持っているようだった。見た目からは考えられないような重さだった。義兄はこんなに重いものを持って戦っているのだと、仁実は驚いた。

 ようやく抜けると、槍をそこらに転がす。ころんというより、どすん。そんな音が聞こえるように、地面の上に落ちた。

 

 そう遠くないところから、木のなぎ倒される音が聞こえてくる。遠くの音に耳を済ませていた仁実は、背後から近づく人影の接近に気がつかなかった。

 

「あ痛ッ!」

 

「なに勝手に単独行動してんだ、仁実」

 

 仁実の頭に拳骨が落とされ、頭蓋骨が鈍い音を鳴らす。痛みで涙目になりながら後ろを振り返ると、厳しい表情でこちらを見下ろす父親の姿があった。愛代は苦笑しながら、手を出しあぐねている。

 

「ほら、さっさと退避するぞ」

 

「や、待ってください。せめてこの兄様の槍も持って」

 

 手を引かれるのを押しとどめながら、仁実は地面に転がった鉄の重塊を指した。

 

「後で取りに戻るとしても、見つけるのは大変ですよ」

 

「それもそうだな。よしっ……ふんっ! ……ふっ。やっぱり重いな」

 

 仁実が持ち上げるのがやっとだった槍を、重蔵は気合を入れて両手で持った。

 重蔵でも槍を振り回すことができない。改めて義兄の怪力を強く認識するとともに、槍に注意を向けている今しか機会がないと思い立った。

 重蔵の横を抜き足差し足忍び足で通り抜けると、全速力で走り出した。

 

「あ、こら待て仁実! お姫様、仁実を追っかけてくれ!」

 

「わかりました。仁実さん、待ってください!」

 

 待ってと言われて待つ奴がいますか! そう心の中で言い捨てて仁実は、竜が作ったであろう木や岩の瓦礫で出来た道を突き進んだ。

 

 

 

 その頃、海人は身を隠しながら、七頭の竜を追跡していた。

 追跡しているのだ。立場は逆になっているが、優位は未だにまつろわぬ神の方にあった。海人は竜への決定打が見つかっていない。その決定打も、海人はアテルイとの会話でヒントを得ていた。

 

 アテルイは言っていた。『命を何度も刈り取られて、そう簡単に蘇らせられるはずがない』と。まつろわぬ神といっても、頭を落とすということは、即ち命を落とすということ。負担がないはずがなく、有限なはずだ。

 なにか、七頭の竜には不死にするカラクリがある。海人はそこに勝機を見出した。

 

 海人を見失った七頭の竜は、一直線に湖、自分の寝床へと戻った。その七つの頭を使った広い視野で、周囲をしきりに見渡していた。

 

 七つの頭がこちらを向かなくなった隙を突いて、海人は蔦を使って森の藪から飛び出し、まつろわぬ神に飛びかかった。

 

「ぐわっ!」

 

 しかし刀の刃が届く前に、海人は空中で叩き落とされた。

 海人を叩き落としたのは、竜の尻尾だった。海人は警戒しておらず、竜は鞭のようにこれで海人を打ったのだった。

 

 地に這いつくばった海人に、容赦なく竜は、水鉄砲で追撃を加える。海人はこれを転がって避ける。

 口に入った泥をぺっと吐き出しながら、海人は立ち上がった。

 

「ついに捨て鉢となったか、小僧」

 

「勝つために出てきたんだ。負けるためじゃあない」

 

「……何?」

 

 いぶかしむ頭もあれば、警戒する頭もある。表情筋もないのに感情豊かに表すものだと海人は関心した。

 今からあの天狗になった鼻をへし折ってやろうと、海人は心のうちのたくらみを明かした。

 海人は持っていた大太刀『大通連』を前に差し出す。

 

「これをくれた、あんたの同胞に助言をもらったんだ。あんたの不死性を支える、力の源があるってな。聡い神様のことだ、必ずその場所に真っ先に行くと信じていたよ」

 

 海人は湖に目をやる。

 

「いい場所だな。こんな雄大な景色は、そう何度もお目にかかれるものじゃない。だがひとつ、この場にふさわしくないものがある」

 

 海人はその似つかわしくないもの、七頭の竜が背に隠すものを指差した。

 その先にあったのは、木柱だった。三メートルにもなる高い木柱が六つ、円形に並べて立てられていた。

 湖の窪んだ地にあるそれは、明らかな人工物。それが竜の住みかにあるのは不自然極まりない。

 事実、その木柱群は膨大な魔力を蓄えていた。

 

「たどり着くことができなかったか、それとも壊すことができなかったか。どちらにせよ、俺にならできる」

 

 海人は手にしている大通連で、稚拙だが五行の構えをつくった。

 

「させると思うか」

 

「させてもらう。どうやら図星のようだしな」

 

 七つの頭から一斉に、水鉄砲が放たれた。海人めがけてではなく、海人の周囲を地盤をひっくり返すようにだ。

 猪突猛進ではない。まつろわぬ神も、少しだけ知恵を使ってきた。あのような低く落ち着いた声色を出しても、内心相当に腹が立っているに違いない。人もあまりに憤激すると、一週回って逆に冷静になるものだ。

 

 竜はこれを目くらましに、何か起こそうとしている。だがこれは、逆に機ではないか。竜が予想できない行動をすれば、意表を突くことができる。

 海人はあえて水柱に飛び込んで、竜の眼前に出た。噛み付こうと首を伸ばしていた竜は、現れた海人に驚きで眼を剥いた。

 

「ふんっ」

 

 出された首は、海人の一刀で縦に切り裂かれた。落としたのではなく、首の先には眼を剥いたまま二つに分かれた頭が残った。

 

「お前は言ったな、全力で俺を殺すと。悔しいが、お前が本気を出せば、俺なんかは歯牙にもかからない。……ならば何故、俺は生きている? 今頃肉塊になってもおかしくないというのに」

 

 六つの頭は口を真一文字に引き結んで、俺をにらみつけた。

 竜の口から圧縮されて放たれる水鉄砲は、海人を容易く真っ二つにしてしまう。だがここに来るまでに受けた怪我は、破壊された岩の破片に当たって出来たものしかない。

 そんなものを何回も放たれて、何故海人を殺しきれない?

 

「お前は本調子じゃあないんだ、人の俺といい勝負をしている時点でな。どうだった、お供えものの酒は。家畜を殺す気概で脅し取った酒だ、さぞや甘美な味だったろうな!」

 

 聞くまでもない、怒りで酔いが引かないほど回っている。人を殺して舜季を死に追いやり、相当に興が乗っていたのだろう。

 舜季達の死は無駄ではなかった。まともに思考が回らなくなって、こうして海人が人間の身で、勝利の鍵を掴むことができた。

 

「ガアッ!」

 

 頭のひとつが、二つに割けた頭を切り落とす。切り跡から新しい首が生えてくる。

 そのままで再生させたら、根元から顔が二つになってしまうから、切り落としたのだろう。

 

「根性あるじゃねえか」

 

 激痛で絶叫を上げなかったことに感心しながら、竜に突撃──する振りをしながら、横をすり抜けようとした。あの大木を斬ってしまえばこちらの圧倒的有利に傾く。

 みすみす逃す竜ではない。巨体からは想像できない俊敏な速度で動き、首は海人に喰らいついた。

 竜は水鉄砲で妨害し、隙を見ては強靭な牙で海人を噛み千切ろうとする。時には鞭のように首を打ちつけたり、その巨体で海人の行く手に立ちふさがった。七対の目からなる広大な視野をもって、海人を阻んだ。

 海人は持ち前の運動能力を使って回避し、避けきれない攻撃は手に持った鋼を盾にして直撃をしのぐ。これまでの無理がたたり体の隅々がきしむ音をたてるが、耐え忍びながら、抜ける隙を待った。

 

 押しては引くの接線が繰り広げられる。最終的に軍配が上がったのは、すべての力で勝るが完全に発揮できない七頭の竜よりも、極限状態で底力を曝け出した海人だった。

 背筋がひやりとする場面があったものの、水鉄砲を間一髪の所で避ける。顎を開く頭を叩き伏せて、竜の巨体の横を抜けて、ついに海人と木柱群の間に障害はなくなる。

 

「もらったッ!」

 

 直前に竜は水鉄砲を撃っており、発射にはわずかに時間がかかる。撃ってない頭は海人に叩き伏せられて土を食っている。

 勝利を確信した海人。木柱との間合いを跳躍で埋めて、着地した時には大通連を振りかぶっていた。

 

「させるかァ!」

 

 背中から竜の絶叫が響く。もう遅い。しかしその時、海人の胴体から久しく感じたことのない激痛が走る。

 海人は眼球だけを下に向ける。そこには、二つに裂けた竜の頭が、海人の胴体に噛み付いていた。海人が割いた頭が、首だけで動いたのだ。

 

「ぐっ、はあッ!」

 

 胴体から伝わる痛みに耐えながら、海人は刀を振りぬいた。

 木柱のひとつが横に一刀両断されて、重力に従い地面に落ちる。

 

 一瞬の油断が命取り。海人は竜を出し抜いたと確信し、気を緩めてしまったせいで、致命的な一撃を受けてしまった。海人は刀を地につき立てて、二つに割けた牙から抜けようと、手にかけてもがく。が、あっさいと牙は体から外れた。牙を突き立てたはいいものの、そこから牙に入れる力は頭に残っていなかったのだ。

 

 当然、自らの力の源を破壊した、そんな海人をまつろわぬ神が許すはずもなかった。もがく海人の無防備な姿に向けて、竜は喉から水鉄砲を撃った。

 目標に直撃。海人は見事に吹き飛び、水しぶきを上げて湖に落ちた。

 そのまま上がってくることはもうないだろう。それよりも竜には、海人よりも先に対処しなければいけない問題があった。

 

「くそっ、なんということだ」

 

 竜は思わず悪態をつく、再生したひとつを合わせた七つの頭どれも、表情筋はないが強張っていた。

 木柱が竜の不死の源であったことは間違いない。この森全体が貯蔵庫であり、竜が森の周囲の大地から吸い取ったものを貯蔵し、それを竜は取り出していたのだ。

 その周囲の大地には湊や安東も含まれ、安東からは特に集中的に搾取していた。故に安東の石高は極端に少なかったのだ。

 

 木柱はここ一帯の大地の霊脈の要であった。

 風水でいうところの竜脈。それが崩されたことで、大地の気のバランスが崩れてしまったのだ。

 するとどうなるのか。気のバランスの崩れた証は、これ以上ない明確な形で表れた。

 地震だ、地が揺れている。

 はじめは小さい揺れもだんだんと大きくなり、ついには人が立っていられないほどの大きな揺れとなった。

 

 だが変化はこれに留まらない。竜の眼前で変化は起こった。

 地面が盛り上がる。重量の土を押しのけ、赤熱し流動したものが吹き上がった。

 溶岩だ。ここはカルデラ湖。火山が噴火した跡に、雨水がたまって出来た湖だ。大地の気が乱されて、長年眠っていた火山が呼び起こされてしまったのだ!

 

「くっ」

 

 いくらまつろわぬ神とはいえども、この大自然の猛威には逆らえない。自慢の力で地面を彫り上げると、溶岩の流れを変えた。

 ここも長く居れば危険だ。離れて、またどこか、安住できる地を探さなくてはならない。

 七頭の竜は長らく住んだ巣を捨てることにした。だが離れてそこを後にしようとする竜の前に、湖から上がった海人が立ちふさがった。

 

「行かせねぇ……。お前は、俺がここで殺す」

 

 既に満身創痍。体が引き裂かれるような衝撃を与えられて、根性で意識を保っているような状態だった。

 

「馬鹿が、このままであれば貴様も生きては帰れないぞ」

 

「あんたを逃せば、今まで以上の者が不幸を被る。それぐらいは俺でもわかるさ」

 

 人様に迷惑しかかけなかった俺が、世に益のあることができる。俺がこの世にいた証を残せる。これ以上の誉れなし!

 七頭の竜によってせき止められ、二股に分かれていた溶岩の川が、海人の後ろで合流した。これで逃げ道はない、海人と竜を取り囲むように楕円形の闘技場ができあがった。

 

「地獄の底まで付き合ってもらおう、七頭の竜よ!」

 

「馬鹿か馬鹿かと思っておれば、天井知らずの大馬鹿とはな! 我は滅ばん、冥界に下り業火に焼かれるのは、貴様ひとりだけよ!」

 

 互いに睨みあい、目と目で火花が散る。海人が構えて、竜の頭が蛇舌を出し威嚇する。

 それも一瞬、両者同時に地をけり、中央で刀と牙をぶつけあった。

 

 

 

 

 十七世紀初頭、十和田火山は歴史的大噴火を起こす。

 915年に起こった噴火の再来とも言われ、十和田火山から半径二十キロを焼き尽くす大災害となった。

 しばらく噴火降下物で、東北ならず関東までも灰が空を覆う。

 その噴火の背景にまつろわぬ神と只人の死闘があったのだが、それを知る者は後の世でもわずかである。

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