征海魔王   作:カンジョー

18 / 58
第二章 大河の女神
十八話、神殺し


 海人は神殺しである。人の身では決して敵わないとされるはずの『まつろわぬ神』を刹逆し、神を神たらしめる権能を簒奪した刹逆者である。

 

 類まれなる強運を以って奇跡を幾度も起こし、同じ神か神殺しにしか抗えないとされるまつろわぬ神を下し、その勝利の実力を厄災の魔女パンドラに認められし者。その者は王へと昇格する。

 修羅より険しい道のりだ。しかしこの世には確かにその条件を乗り越え、神殺しに至れし者がいる。

 人を超えた存在、尋常ならざる魔力を内包し、筋肉は強靭に骨は鉄より硬い。そして何よりの特徴が、刹逆せしまつろわぬ神より簒奪した権能を、気の向くままに振りかざすことにある。

 風の神であれば嵐を巻き起こし、太陽の神であれば焔で焼き尽くし、豊穣の神であれば茨で多い尽くす。個性と程度の差はあれど、その気になってもならなくても街ひとつ程度簡単に沈めるまつろわぬ神。そんなまつろわぬ神の力の源を彼らは奪い取り、扱えるようになるのだ。

 

 そんな神殺しを民衆は『魔王』『エピメテウスの落とし子』『堕天使』『ラークシャサ』など、時代と風土で呼び方を変えてきた。呼び方の違いはあれど、篭った畏怖と敬意の念は変わらない。

 

 海人はそんな神殺しの最も新しい同胞だった。

 しかし海人の住む日の本には、神の刹逆を成し遂げ、神に抗える存在の生れ落ちた記録がなかった。

 海人は自分が人間ではない別のものになったことを自覚していた。そう言われたからだ(・・・・・・・・・)

 誰に言われたかは海人にも思い出せなかった。一生懸命思い出そうとしても、儚い夢の如く泡沫霧散してしまい、どうしても無理だった。

 しかし自分が人間を超えた別の存在になったことと、自分のような者をその誰かが何と言ったかは覚えている。

 

『海人が「神殺し」という偉業を成し遂げ、私に認められたからなの』『人間ではいられないわよ』『「エピメテウスの落とし子」「ラークシャサ」なんて呼ばれているけど、海人の国だったらそうね……』

 

「羅刹王、だったか」

 

 海人は独り言ちた。

 木々の間から吹きぬけた風が、さらさらと体を撫でる。心地よい風にあたりながら、海人は木々で囲まれた青い空を、上を向いてぼんやりと眺めていた。

 場所は祠、アテルイが封じられている屋根の下で、海人は涼んでいた。

 ここに来るのも久しい。海人はここのところ忙しく、全く来る暇がなかったのだ。忙殺され、怒涛の如く日々が過ぎ去り、最後に来たのが一ヶ月前とは思わなかった。そもそも海人は檜山におらず、愛代について湊のほうにここいらずっと泊まっていたのだ、来れないのは当然のことだった。

 

 今日ここに来た目的は、二つある。

 ひとつは、埃取り。こまめに行い習慣になっていた掃除を一ヶ月も行っていなかったため、その分の掃除を隅から隅まで徹底的にやってしまうためだ。

 これは既に完了し、今海人が涼んでいるのも休憩を兼ねたものだった。

 

 もうひとつは、アテルイが起きているか確認するためだった。

 海人は後ろに視線を向け、開け放たれた扉のその先、祭壇に戻された脇差──顕明連を見た。

 ここに戻ってきたとき、海人がアテルイと会った後、元通りに飾ったものだ。

 

 

 

 

 あの強敵『七岐の大蛇』討滅後、檜山に帰ってきた海人は、まず真っ先にここに向かって来た。

 自分の身になにが起こったのか、その疑問に間違いなく答えられる相手がアテルイしか思い浮かばなかったからだ。

 こちらから会いにいける確証はなかったが、アテルイ自ら会いに来てくれる自信はあった。まだ大通連、小通連、顕妙連の三振りの刀を返していないからだ。あれだけしつこく貸すだけだと念押しされたのだから、必ず取りに来るだろう。

 それに助言をくれた礼もしたかった。あそこで反応してくれなければ、能のない海人では乗り越えられなかっただろう。

 結果、アテルイは自身を閉じ込める檻と現世を繋ぐ通路を作り、海人と対面した。

 

『ほう、まさか成し遂げるとはな。八郎太郎を討ち滅ぼしたか』

 

 アテルイと目を合わせた瞬間、海人は奇妙な感覚を味わった。

 彼とは戦いに来たのではない。だというのに、海人の体は電流が走るが如く力がみなぎっていったのだ。体の熱の高まりようは、海人自身困惑するほどの感じたことのない高揚だった。

 八郎太郎。それがあの七頭の竜の名か。

 

『この体の高鳴り様、知識でしか知ることのない神殺しとの、宿敵との相対か。まさか今になって味わうことになるとはな』

 

 そして目の前に立つ鬼からは、好戦的な目を向けられた。アテルイは海人を『障害となる敵』として認識されたのだ。

 神殺しという言葉に耳聡く聞き取り、どこか覚えがある海人はそのことに鋭く追及した。

 

『ついでだ。教えてやろう』

 

 高まる気配を抑えぬまま、アテルイは語った。

 義理を果たすついでと言っていたが、本当にそうだったのか? アテルイは事細かに、海人の身に起きた出来事を教えてくれた。

 まつろわぬ神は強大な力を持ち、只人が敵う道理はない。ただごくまれに、それこそ歴史を辿ってみても数えるほどしかない回数、人間がまつろわぬ神に打ち勝ってしまうことがある。起こらないはずの奇跡を幾度も起こし、わずかな勝利の糸を見つけて掴み取る。海人はそれを成し遂げたのだ。

 その功績をパンドラに認められし者こそ、神殺しとなる。

 

『小僧の人の体はパンドラの儀式で生贄となり、神殺しとなった。神殺しとはまつろわぬ神の権能を簒奪し、それを振りかざす者のこと。当然、単なる人間ではいられない。それどころか禍神が如く、嵐の目となるだろう。お前が図らずとも、戦いの火種はあちらからやってくるぞ』

 

 海人はアテルイからそう忠告された。

 

『……愛する人を守ろうと、自分で選んだ道だ。後悔はしない』

 

『杞憂だったか。ならばその己の道を貫き通すといい。誰かの背を追うのではなく、自ら造るのだ』

 

 そう言うと、今度は先ほどまでの真摯な態度はなんだったのかと疑うほど、アテルイは態度を変えた。海人を厄介者のようにこの空間から追い出そうとしてきた。

 

『まだ父親の話とかを聞かせてほしいんだがな』

 

『俺はこれから寝てえんだ。……まつろわぬ神と神殺しが相対すると、体の調子が最良の状態に引き上げられる。お前が近くにいると、体が高ぶってしょうがねえ』

 

『そうか。じゃあまた今度、酒の肴にでも聞かせてくれ。礼もかねて、いい酒持ってくるからさ』

 

『それはいいな、待ってるぜ』

 

 このように酒を酌み交わす約束を取り付けた。

 しかしその直後、幽世と現世をつなぐ輪が閉じる途中で、アテルイがあくび交じりに言った。

 

『ふわぁぁ。そうだ、お前が日ごろ行っている鍛錬、神殺しの身ではあまり成果にならないかもしれないな。特に神の権能は戦場でしか磨かれない。……だがまあ、あまり考えぬことだ。思慮深くしても無駄なことだ』

 

 最後に思い出したかのような言葉を、海人の心にグサリと刺して、通路は閉まった。

 

 

 

 

 あの鍛錬は父親との思い出でもあったのだ。海人は大きなショックを受けていた。

 忙しいのもあいまって、なかなか鍛錬に身が入らなかった。

 

 手元に置いた槍を触る。

 この槍、海人の乱暴な扱いに耐えられるように、特注で頑丈に作られている。時たま手入れをすればよい頑丈さだったのだが、神殺しになってからはそれでも足りなくなってきていた。

 いっそ切れ味を犠牲にして、ひたすら耐久力を高める。鈍器として槍を扱おうかとも思慮していた。

 

 よし、とりあえずは試してみよう。

 まずは試行あるのみ、世話になっている鍛冶師の親方に頼んでみるか、と思い立った時だった。

 愛代が神社にやってきた。

 

「やっぱりここにいた。海人、予定を繰り上げてすぐ出発するよ」

 

「どうした?」

 

 あれから一ヶ月。安東家は統一された。

 まつろわぬ神が討滅され、檜山と湊は家を二分する理由もなくなり、あっという間にニ家はひとつにまとまった。

 湊家の人間が残りわずかだったのも理由のひとつかもしれない。

 ともかく話はまとまり、檜山安東家も湊安東家も、今はただの安東家だ。

 

 安東家の直系の重蔵、その義理の息子である海人はというと──。

 

「海賊の根城が見つかったんだって。逃げられても困るからできるだけ早くね。安東水軍の頭領(・・・・・・・)さん」

 

「おう、わかった」

 

 海人は槍を取って立ち上がった。開けっ放しになっていた扉も閉め、愛代の後に続いて林の中を駆け抜ける。

 

 国の重鎮となってあまりおおっぴらに動けなくなった重蔵に代わり、海賊衆の統率を任せられていた。

 直属の上司は重蔵だ。海人たち海賊たちは安東にその武力と統率力を買われて、お国直属の軍隊となっていた。

 もともと湊にあった水軍も取り込み、その規模を大きく広げて、「安東水軍」と名を変えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。