征海魔王   作:カンジョー

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十九話、波乱

 晴天の空の下、船と船の間で弓矢が飛び交う。

 そこらかしこでワーワーと掛け声と罵声が上がる。時折、パンと短く火薬の爆発する音も聞こえる。火縄銃が打たれた音だ。

 雨のように鉄が交差する戦場が開かれていた。

 

 五隻の巨大な帆船が、何十隻もの複数の小舟に取り囲まれている。

 五つの帆船に乗る側が安東水軍、鉄製の鎧や武器の上質な装備で身なりを統一している。貿易船を護衛している最中であり、今まさに積荷を狙って襲撃されていた。

 対して襲いかかってきたのは海賊、重蔵の傘下に入っていなかった木っ端の海賊団だった。一ヶ月前までだったなら襲撃してこない小さな海賊団なのだが、ここ最近で勢力を飛躍的に広げていたらしい。二十はある小船が四方八方をとり囲んでいた。

 

「ちっ、あの男ですか」

 

 水軍の帆船は高い鉄板で周りを囲っており、それで矢の鉄尻なども防いでいた。

 同船していた仁実は、弓矢を射たり鉄砲を撃ち込むための狭間を、そっと覗き込んだ。仁実が覗き込んだ視線の先、少し離れた先に巨大な人力船があった。船の側面から複数の櫂が出ている、ガレー船と呼ばれる船だ。

 その船首に仁実が見知った男が立っているのを見つけた。

 

 その男は一年ほど前、重蔵の海賊団よりも大規模な海賊団の頭だった。

 じわじわと着実に戦力を上げていく重蔵たちを厄介に思っており、ある時海上で突然襲撃をかけたものの、逆に返り討ちになった。

 そのうちほぼ半数を海人に討ち取られて、あの男の海賊団は壊滅した。だが頭は重蔵たちの手をすり抜け、まんまと逃げられてしまったという経緯があった。

 そして何の因果か、あの男はまた戻ってきた。潰したときと比べても遜色ない戦力でだ。

 

「絶対に甲板に入れさせないで! 頭領(海人)が来るまで持ちこたえなさい!」

 

 承知! と周囲から堅苦しい了承の返事があがる。この帆船に乗員は、いつもの重蔵直下の海賊上がりがいなかった。周辺海域の懲戒を任せていた。乗っているのは湊の水兵だけだった。

 そもそも仁実は今さっきまで、海賊が襲ってくるまでは、乗り合わせた客の様なものだった。日頃の与えられた職務から解かれて、完全にオフだったのだ。

 あとは兄様に合流して、ゆっくりと休日を過ごすだけだったのに……。仁実は海人に迷惑をかけてしまった自分を恥じた。

 

 水兵たちは鉄の柵に縄をかけてよじ登ろうとする海賊を振り落とし、弓や鉄砲で応戦する。

 仁実が兵士たちをてきぱきと指揮する中、ついに海賊団の頭の乗る船とは反対側に、海人の乗る舟が現れた。

 

「兄様! ……全軍に通達。頭領の乗る舟を、あのひときわ大きい船まで援護しなさい!」

 

 しかし湊の水兵たちの間に広がるのは、躊躇の気配。水兵たちはまだ海人の戦いっぷりをその目で見ておらず、あの船を一人だけでどうにかできるとは思っていなかったのだ。

 

「なにをしているのですか! 兄様があの船にいけば」

 

 いけばこの状況を打破できる、と仁実が言葉を続けようとしたその時、帆船の後ろの方で複数人の悲鳴が聞こえた。

 皆一斉にそちらに視線を向ける。すると、ひとりの海賊が甲板から見えるほど飛び上がり、重力に従って落ちていった。しばらくすると水しぶきの音が上がったので、海に落ちたのだろう。

 野太い男の悲鳴や、人が海に落ちる音が立て続けに聞こえてきた。しかもその音はだんだんと移動し、あの海賊団の頭の乗る船に近づいていっている。

 鉄の柵の高さで様子をうかがうことはできなかった。だが仁実には、敬愛する義兄が複数人の敵相手に鎧袖一触する光景が、頭に浮かんだ。

 

「あの船は頭領に任せます。私たちは船に張り付く海賊たちをはがしながら、頭領にこれ以上いかないようけん制します!」

 

 仁実は気を取り直して、再び命令を下す。

 応!、と今度は一致した返事が上がり、水兵たちは各々の持ち場に戻っていく。

 

 遠くからバリバリッと木が砕ける音が聞こえた。

 仁実は狭間を覗く。あの海賊の頭が乗っているガレー船の側面に、大きな穴が開いていた。塞ぎようがない大きな穴で、あっという間に海水が入って沈没してしまうだろう。

 海賊たちに動揺が走る。海人の立ち回りを見て既に逃走に走っている海賊もいるようだった。

 それだけでもう十分な仕事をしたのだが、海人は穴があいた船から出てこない。おそらく敵の親玉をとっつかまえようとしているのだ。

 

「安東に歯向かった賊を討伐します! 逃げる者から優先して狙い、一人残さず討ち取りなさい!」

 

 仁実が一括すると、水兵たちが熱意のこもった声を上げた。

 こんな粗暴な争いごとは早く終わらせて、檜山に帰りましょう、兄様。

 仁実は、神殺しの海人が人間相手に命の危機にさらされることなど、万が一にも有り得ないと思っていた。

 

 

 

 

 海人は舟から舟へと飛び移り、海賊の親玉がいるであろう大きなガレー船に近づいていった。

 もちろん通り過ぎた舟にいる木っ端の海賊は、残らず倒していく。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、海人は槍の刃の部分は使わず、図らずも腹の部分で鈍器として扱っていた。人が飛ぶ様はボールのようであり、海人が槍で人を弾く様はバットで打つようであった。

 神殺しになる前から鬼の怪力を持っていた海人だったが、神殺しとなった今では変わっておらず、しかし強くなってもいなかった。ただ神殺しになって体が頑丈になったことで、容赦がなくなった。体に強い負担をかけて酷使し、思う存分に暴れることができるようになった。

 

 海人は三人いた海賊のひとりの襟をつかんで盾にし、二人目をやりで打ち飛ばし、三人目を蹴って舟から突き落とした。

 

「次で……最後!」

 

 次に飛び乗る舟に向けて、海賊を投げつける。狙い通りに命中し、乗っている海賊二人が狼狽している隙に舟に乗り込んだ。槍を振り回し、海賊二人を海に弾き飛ばした。

 海賊はなぜか、人を投げつける前から恐慌に陥っていた気がした。「聞いていないぞ」「話が違うじゃないか!」と口走っていたが、海人は話を聞きだすこともなく海に突き落としたのだった。

 

 海人は近くでガレー船を見上げた。遠くで眺めるとそうでも大きくないガレー船は、近くの小舟から見ると甲板に飛び乗れない程度に大きかった。

 だから船底を壊して進入することにした。

 ここまでの道中で慣れてしまった構えで、槍が船底を打ち抜く。乱戦の中でもやけに響く破砕音を立てながら、船底が壊れる。海人は船内に進入した。

 中にいた海賊は、外で戦っている海賊よりも一回り貧相な格好をしていた。突然壁が壊れて現れた海人を見て驚き怯えている。体もガリガリに痩せ細っており、ひどい扱いをされていることは容易に想像できた。

 

 海人はそんな者達をひとまず放置し、上を目指す。階段を上り、武装した海賊をたたき伏せながら、ついに甲板にたどり着いた。

 傾いた甲板の船首あたりで、腰に手をあてこちらを見下ろす海賊がいた。

 ひげをぼさぼさに生やした、中年の男だった。金がちりばめられた装飾品を身につけ、悪趣味な異彩を放っている。

 

「ようやく来たか、待ちわびたぞ、馬鹿力の餓鬼!」

 

「……? どこかで会ったか?」

 

「忘れたとは言わせんぞ! この海域をなわばりとして支配していた海賊団を! なにせ貴様に潰されたようなものだからな!」

 

「ああ、あの海賊団の生き残りか。残らず始末したのだと思っていたが、わざわざこんな大群を連れて戻ってくるとはな……。意外とあの海賊団の頭は尊敬されていたのか?」

 

「私が頭だ! 私の海賊団だ! それを貴様が……! くそ、お前等、さっさと殺ってしまえ!」

 

 男の号令で、あちこちに潜んでいた海賊たちが出てくる。海人はあっという間に取り囲まれてしまった。

 

「お前等、餓鬼だと思って舐めるんじゃねえぞ! 一人ずつで当たるな。取り囲んで押しつぶすように……ッ!」

 

 男の命令が下るよりも、海人が動くほうが速かった。あっという間に、海人は男の前に踏み込む。

 海人は顔めがけて槍を突き出した。男は反応できずに、体を動かすことができない。

 しかし海人の槍は届かなかった。

 

「なにッ!」

 

 槍は男に届く前に、見えない透明な壁に阻まれた。

 穂先が弾かれ、海人は後ろに距離をとる。男はニタリとあくどい笑みを浮かべた。

 うまくいった、とでも言いたげな、人を食う笑みだった。

 

「一体どういう」

 

「今だ、やれ!」

 

 手品の仕掛けを尋ねようとした海人だったが、男の号令により遮られてしまう。

 すると海人の足元が、突然開いた。

 この船に仕掛けられていたからくりが、男の指示で動かされたのだった。

 とっさに手を伸ばしても、端に手が届かない大穴だった。予期せぬ下からの奇襲。海人は足場を失い、地球の引力に引かれ、下へ下へと落ちていった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお……ッ」

 

 海人は神殺しだが、空を鳥のように飛ぶことはできなかった。

 これまで通過してきた船の階層すべてにからくりが施されていたらしく、海人は進入した船底の大穴前まで逆戻りしてしまった。

 船は沈み、腰上まで水が浸入していた。海人にとっては衝撃が吸収されて幸運だったが、それと同時に海賊頭の男も手助けすることになってしまっていた。

 

 海人は周りを見回して気づく。あの痩せ細った海賊たちがまだここから避難していなかったのだ。

 入り口ももうすぐ海面の下になってしまうというのに。

 

「なにしてるんだ、さっさと逃げろ!」

 

「逃げるんじゃないぞ。その男を溺れるまで取り押さえろ!」

 

「なにを言っている!」

 

 落とし穴の上からこちらを見下ろす男に、海人は怒鳴った。男の表情は、自分の栄光を踏み潰した海人が顔を真っ赤にして怒っているのが楽しくて仕方がない、といった愉悦でゆがんでいた。

 

「感謝するぞ小僧。貴様が船に大穴を開けてくれたおかげで、船を爆破して沈没させるという手順をとばし、落とし穴に嵌めることができた。あとは貴様に縛り付けておけばいい。貴様のその馬鹿力でも、流動する海を殴りつけることはできまい!」

 

「俺が溺れるまで、か? 己の命をなげうってまで、そんな事をする奴はいねえ!」

 

「己のためならな。だが、他人のためならどうだ? そうだな、たとえば……愛する家族のため、とかな」

 

 男の言葉を聴いた途端、周囲にいた怯えて縮こまっていた海賊たちが、一斉に海人に飛びかかってきた。

 海人は足を海水にとられて思うように動けない。海人に海賊たちが覆いかぶさるも、その貧弱な腕からは力が出せていない。

 いつもの海人であったなら、容易に跳ね除けられる相手だった。

 しかし海賊たちの口から漏れる、妻が、子供が、親が、愛する人たちの名前が、海人の抵抗する力を抜き去った。

 

「この船は貴様専用に作り上げた棺桶だ! 己の罪を悔い、永久に海底で暮らすといい。来世は魚だといいな! ガハハハハッ!」

 

「貴様ああああああああッ!」

 

 男の高らかな勝利の笑い声を最後に、落とし穴が閉まる。

 

 このままでは溺れてしまう! 男と言葉をぶつけ合っている間にも水位はどんどん上がって、肩の辺りまで上がっていた。無数の貧弱な海賊にしがみつかれたまま、海人は脱出する方法を考えた。

 

 こうなれば、力ずくで……!

 ついに海人の頭が沈む。海賊ではなく、身内を人質に取られた奴隷たちは、囚われた者達の無事を祈りながら、死を覚悟していた。

 

 その時だった。海人を中心に取り囲むように、水面に渦が巻き起こった。

 

 

 

 

 その頃海上、仁実の乗る帆船では、海人を一緒に乗せてきた愛代の帆船が合流したところだった。

 奇襲された時の劣勢も巻き返し、手が空いた者は生き残った海賊を縄で巻いていた。

 愛代と仁実は、船の甲板で見守っていた。はじめは何とも思わなかった二人だが、海人が入った船がだんだんと沈みゆくのを見て、焦燥感を募らせていた。

 愛代が耐えかねて、助けを向かわせようとした、そのときだった。半分ほど沈んだ船のまわりに、突如として渦潮が起こったのだ。かなり大きく、二人の乗る帆船も急加速がかかったように引っ張られた。

 あまりに不自然な渦潮だったが、二人に気にしている余裕などなかった。断末魔のような破砕音を響かせながら、海人がまだいる船がさしたる抵抗もできずに飲み込まれていく。

 

「海人!」

 

 すると渦潮の中心から何かが飛び出した。

 飛び出すのを見ていた者は、そろって上を向く。しかし空に昇った太陽のせいで黒点にしか見えない。

 ふらふらと空を飛んでいた黒点は、帆船の真上に来ると、ピタリと止まってこちらに落ちてきた。

 

 目がなれた仁実が、落ちてくるものを見て、最初に叫んだ。

 

「兄様!」

 

 なんとそれは、海賊を団子のように重ねて背負った海人だった。二十人ほど背負って、海人の体以上の大きさだった。

 大きな音をたてて海人が、愛代と仁実の近くに着地(・・)する。着地、できたのだ。あれだけの重量の荷物を背負いながら、あの高度から落下しながら、船を揺らすだけにとどまった。

 背負っていた海賊が降ろされると、つみあがっていた者達はばらけて投げ出された。中には自由落下のせいで気絶している者もいた。

 海人はその場にへたりこみ、大きく息を吐き出した。

 

「はぁぁぁぁぁ~……」

 

「海人、怪我はない!?」

 

「ああ、愛代。大丈夫だ、服がびしょぬれになっただけだ」

 

「ふ、服を持ってまいります、兄様」

 

「おお、頼んだ」

 

 仁実が乾いた服を取りに船内に向かう。

 

「何があったの、海人?」

 

「あとで話す。それよりも今は、俺の担いできた奴等を縄で縛っておいてくれ。いつ暴れだすかわからねえ」

 

 海人は自分が助けた、痩せ細った奴隷達を顎で指した。

 愛代はうなずくと、近くにいた水兵達に指示を下す。

 

「あの船から逃げた奴等がいたはずだが、どうした?」

 

「……いいえ、あの船から出てきたのは、海人と海人がかついできた海賊達だけよ。……あれで全員じゃないの?」

 

「なに? そんなはずは」

 

 ない、と出そうとして、海人はひっかかりを覚えた。あの見えない壁だ。あれは今考えると、魔術の類なのは間違いない。

 あの男は魔術師だった? だとすれば俺が想像できない手段で、あの船を脱出したことも有り得る。

 海人は目の前にいる、自分より魔術に詳しい者に意見を聞いた。

 

「愛代、もしあの海賊団に魔術師が紛れているとして、気づかれずに逃げることはできるか?」

 

 愛代は目を見開き驚いて、腕を組んで思案をはじめる。

 

「魔術は結構なんでもできるし、水の中で息をすることも、姿を消したりすることも、他の場所に転移することだってできる。だけどそれは何人も魔術師が呪力を合わせて、時間をかけて行うもので、簡単にはできない。それに魔術を使ったのなら、私が感知できるはず。呪力が感知できないのなら、使っていないか、人間より高位の者が隠蔽に気を使った時だけ……」

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