征海魔王   作:カンジョー

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二十七話、未知の大陸

 太平洋という未知の大海に旅立った海人たち安東海賊団は、順調に航海を進めていった。

 日本列島が水平線に隠れて見えなくなると、八方すべてが海になる。そこからが本番。未知の大陸を発見し、仁実を救出する大冒険の始まりだった。

 

 西の方角には大陸がある。だが東の方角に大陸があるとは知られてはいなかった。

 頼りとなるのはポセイドンの残した羅針盤だけ。唯一の手がかりが目下の敵であるポセイドンの置いていった物とは、リスクの大きすぎる賭けだった。何の根拠もない相手の言葉を信じ、これでポセイドンが少しでも偽りを吐いていれば、海人達は海に骨を沈めることになってしまう。

 だが一度負けてしまった海人には、それしか救い出すチャンスがなかった。むしろ機会を与えられて幸運だと思っていた。

 無事に大海を渡りきり、大陸を見つけ、ポセイドンを倒し、生きて愛代の元に帰る。

 言葉にすれば簡単だが、それを成し切れる可能性は限りなく低い。だがそのわずかな可能性に海人は賭けたのだ。

 

 船長ならできるとついてきた船員に、船を造ってくれた重蔵に、支えてくれた愛代に心の中で感謝した。すべてを成し遂げた後告げれるようにと胸に秘めて。

 

 海賊船は最大船速で、羅針盤の指す先へと進路をとる。天候の心配はしていなかった。海人の権能を使えば、天候すら自由自在に操ることができるのだから。

 問題は食料。さすがの海人も無から命を生み出すことはできない。魚を釣って確保するしかなかった。

 そして最大の問題であるところの、大陸の有無。こればかりはあることを祈るしかない。海人は世界を創造した神に、、世界の果てを創ってないことを祈った。

 

 そして永遠に続くかと思われた船の生活も、ついに終わりを迎える。

 

 進行方向の水平線から、陸が現れた。

 

 大陸は南アメリカ大陸。ポセイドンのいる島ではなかったが、この身いっぱいの感動から海人たちは一斉に歓声を上げた。逸る気持ちを抑えず、ポセイドンの罠の可能性も忘れて海賊船はいっそう速度を上げて、大陸に一直線で向かった。

 

 

 

 

「……おかしいな」

 

 羅針盤を手にして海人は首をかしげた。羅針盤の指す向きが変わっているからだ。

 海人達は現在、南アメリカ大陸に上陸していた。海賊船は沖に停泊しており、半数の乗員が船を見張り、もう半数が上陸していた。海人は渡るため使った小舟の前でいち早く戻ってきていた。

 未見の陸土を踏んだ乗員たちは残らず歓喜の声を上げていたが、海人は目的を忘れてはいなかった。この遠方の地に来た目的は、仁実の救出。上陸には長旅の疲れを癒す気分転換の他に、海人だけは仁実またはポセイドンについての情報収集も兼ねていた。

 海人がしげしげと羅針盤を眺めていると、乗組員数名が戻ってきた。改まって観察する海人に向かって、その内の一人が声をかけた。

 

「どうしました、船長?」

 

「おう、戻ってきたか。……指す向きが変わっていやがる。此処に上陸するまでは北東を向いていたが、今じゃ南東を向いている。気のせいなんかじゃねえ」

 

 羅針盤を片手に持ち、もう片手に普通の羅針盤を差し出す海人。通常の羅針盤と比べてみても、ポセイドンの羅針盤はぴたりと南東の方角を指して動かなかった。

 

「……船とこの場所の中間点から真東に向かえば、島に着く、とか?」

 

 半分冗談で一人が口に出すが、誤差とも言える小さな変化ではないのは、一目瞭然だった。

 

「船長、他の奴らも戻ってきましたよ」

 

「お、そうか。なら船に残っている奴等と交代だ。手に入れた情報は船で話す」

 

 船に戻った海人達は、乗組員が持ち帰った情報をまとめた。現地住民によるとこの大陸の西から来る船はないに等しいらしく、ほぼ全ての他国船は東から来るのだという。海人が西から来たと明かすと、とても驚かれた。

 そして予想通りというべきか、ここは海人達の目指す目的地ではなさそうだった。島と言うよりも陸と呼ぶにふさわしい大きさであるし、仁実とポセイドン姿を見たものがいないからだ。一人と一柱、どちらもこの辺りでは見かけない服装をしているので、見たのなら記憶に残っているはずだった。

 

「それにしても船長、よくここの言語が理解できましたね。俺たちは手振り身振りでどうにか通じましたけど、船長ほど詳細じゃないですよ」

 

「ああ、俺も驚いている。人の会話を聞いているだけで、なぜか言っている事が直ぐに頭で理解できるんだ」

 

「すごいっすね。船長にも馬鹿力以外にもそんな才能があったんですね」

 

「暗に俺には腕っぷし以外にないと言ってはいないか?」

 

 はははまさかー、と笑ってごまかす乗組員にため息。海人も頭を回すよりも槍を振り回すほうが性に合っていると考えている。それほど腹はたたなかった。

 

「ともかく今日は一晩ここに停泊し、明日出航する。目的地は陸の東にある、異国の船が溢れているという港だ。そこで仁実とポセイドンの情報を集める。南下して岬を見つけて、陸を迂回する」

 

『了解!』

 

「それともう一つ。噂程度だが耳に入れておきたい。耳かっぽじってよーく聴けよ」

 

 海人は乗組員全員を見回し、聞き逃すなと目を合わせて訴えた。

 

「岬を超えた先に濃い霧の出る海域があるらしい。その霧の中では行方不明の船が何隻も出ている。船その海域を通れば近道になるとしても、海域を迂回して近づかないらしい。……残念ながら正確な場所まではわからなかった。だが思い出してくれ、十三湊からここまでの旅路を」

 

 海人達が思い浮かべたのは、快晴の空の下トラブルらしいトラブルもないまま淡々と過ぎ去っていった船の上での生活だった。船を進めるだけの風はあったものの、雨は真水が欲しい時以外は降らさなかった。船が転覆するほどの激しい嵐も起きることはなかった。

 それほどまでに海人の手に入れた権能の制御は完璧であり、乗組員が日中から酒びたりになったり賭け事に興じるほどに権能は万能だった。

 船長に任せていれば万事上手くいく。乗組員達の心は軽く楽だった。

 だが海人は嫌な予感をひしひしと感じていた。何時何処で神殺しである自分が厄介事を引き込むか不安だった。だから常時気を張らずとも覚悟だけはしていたのだ。

 

「何もなかったのが不思議でならん。俺は嵐の前の静けさだと思っている。何事もなかったことへのツケが回って来ているのかもしれない……。お前等、気を引き締めてかかってくれ」

 

 海人の勘は当たることとなる。

 指す方角の変わった羅針盤は、噂に出ていた霧の出る海域を指してた。

 

 

 

 

「しまった。南には奴の支配下に置かれた海があった」

 

 ちょうどその頃、噂の海域について思い出して頭を抱える一柱のまつろわぬ神がいた。玉座に座り海人を今か今かと待ちわびていたポセイドンは、中々訪れない好敵手の来ない訳、その理由に思い当たったところだった。

 

「ふむ……。しかし知らせようにもあの霧の中ではあらゆる道具が狂ってしまう。どうしたものか……」

 

 ポセイドンは頬杖をついて頭を悩ませていた。悩んでいたのは、協力関係にある女神の四人の内のひとり、霧の海にいる女神にどのように知らせを届けるかだった。

 まつろわぬ水天と会話をしたようにしたかったが、相手が水晶玉を持ってはいなかった。持っていたとしてもその相手がいる霧の海は、あらゆる神具や機構を有する物が狂ってしまう。繋がったとしてもノイズが酷かっただろう。

 ポセイドンは己の眷属を遣わすことも一考した。しかしそれも直ぐに諦めた。なぜならその相手の歌に魅了され、確実に届くと言われれば疑わしいところだからだ。

 

「……いや、考えを改めよう」

 

 なぜ自分は海人をあの女神に接触させたくない? それは間違って女神に海人を殺してほしくないからだ。ポセイドンは仁実の目の前で海人を叩きのめし、仁実が海人に向ける好意を全て自分のものにしようとしていた。それには海人にこの島——アトランティスに上陸してもらわなければ困るのだ。

 

 ポセイドンは傍に眠る仁実に視線を移した。仁実はポセイドンの術にかかり、牢屋から攫われてからずっと深い眠りに落ちていた。服装は上質な布でできた和服を侍女にはがされ、純白のウエディングドレスを着せられていた。その姿は童話に出てくる眠り姫の様だった。

 

 だが海人が旅路の途中で遭遇したまつろわぬ神に殺され、この島にたどり着くことができなかったとしたら。

 

「そうなるなら、その程度の男だったのだ」

 

 これは試練だ。意図して謀ったわけではないが、たどり着くことさえできないのなら自ら戦う価値はなかったという事。戦って落胆するよりもショックは少ないだろう。あっさり殺してしまい拍子抜けするよりもずっといいはずだ。

 

「期待しているぞ、海人。奴を打ち倒し、俺の前に立ちはだかる時を」

 

 ポセイドンは海人と戦いたいと、心の底から渇望していた。武神として顕現した己の闘争本能を満たしてくれる者を望んでいた。

 海人はポセイドンと戦う前、まつろわぬ水天との戦いで消耗していた。ポセイドンは万全の状態での海人と戦ってみたかったのだ。

 万全の状態の海人と戦い、そして完全勝利して彼から仁実を奪う。それがポセイドンのしたかったこと。

 慣れたものだ。神世の時代からずっと行ってきたことだ。この島もポセイドンが力で奪い取ったものだった。

 

「海人の首があれば、まあ仁実を花嫁にするには十分な説得材料になる……さて、ゆっくり待つとするか」

 

 ポセイドンは玉座に腰を沈めた。頭の中で、ポセイドンは海人のことを後回しにし、思考を別のことに割き始めていた。

 考えていることとは、ポセイドンの支配する海にたびたび侵入する魔術師の対象だ。

 一度だけ玉座の間に通してみたが、領土を返せと喚き散らすばかり。少し睨みつけてみれば失神したので、海に捨てた。それ以来ポセイドンは領海に入る者を悉く追い返していた。

 領土を返そうとは思いもしなかった。このアトランティスの大地は元々海底にあったものではない。ポセイドンが大陸から民家ごと切り取ってきたものだった。

 ポセイドンからしてみれば戦利品。そこの領主との勝負に勝ち、報酬として頂いたものと考えていた。返そうとも思っていない。ポセイドンは元々自分のものだと認識していた。

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