征海魔王   作:カンジョー

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二十八話、船の墓場

 船長に忠告されたことを船員達は胸に刻み、船は南に進んでいく。そして南アメリカ大陸の最南端、オルノス岬へと到達した。

 羅針盤の針は突き出た岬から大陸を沿うように、北東の方角を指してていた。

 船は迷うことなく進路を北東に変更。大陸の沿岸部を眺めながら、数日間の船旅があっという間に過ぎていった。

 

「船長!」

 

 見張り役の乗組員がマストの上で声を張り上げる。海人が船首のほうに立って、船の進行方向を見やる。船の向かう先には深い霧のかかった、見晴らしの悪い海域があった。

 まず間違いなく噂にでていた魔の海域であろう。そこは霧のせいか昼なのに妙に薄暗く、不気味なほどに静まり返っていた。

 

「突入する! お前ら、どんな奴が棲んでいるかわからねえ、警戒を怠るな!」

 

 船が霧の中に突入すると、海人はより警戒を強めた。しかし霧につかっても視界が悪くなるだけで、特に変化は起きなかった。他の乗員を確認しても変化はなかった。

 

「権能も使ってはいねえぞ……」

 

 その時、頭上から声が落ちてきた。マストの見張り役からだった。

 

「船長、歌が聞こえます!」

 

「歌……?」

 

 すぐに海人の耳にも歌が届いた。どこからともなく女性の歌声が聞こえてきたのだ。

 

「こっちも聞こえた。しかし一体どこから……? おい、周囲に陸は見えるか?」

 

「……」

 

 マストの上まで声が届くよう、海人は大声を張り上げた。しかしついさっきまで反応があった見張り役からの返答がない。

 歌声はどんどん大きくなっていく。声が届く程度は近くに女性がいるはずだった。

 

「おい! どうだ、何か発見できたか!?」

 

「……」

 

 今度は雲の上まで声を届けるつもりで、金切り声のような声で呼びかけた。それでも返答はなかった。

 何事か見張り役の身に起きたのではないか。何かよくない予感がした海人は、すぐさま見張りの様子を見てくるよう手近な人間に頼もうとした。しかし振り返り、海人は異様な雰囲気に驚愕した。

 

「おい、どうした! しっかりしろ!」

 

「……」

 

 海人はひとりの乗組員の肩をつかんで揺さぶった。頭を大きく揺さぶられても、乗組員の目の焦点は合わず、ただ棒立ちのままだった。

 それも一人だけではない。目に見える乗員の全てが棒のまま甲板に立っていた。マストの上の見張り役も同じ状態なのは容易に想像できた。

 一瞬だけ、たった一瞬だけ目を離した隙に、船内は悲惨な状況になっていた。その原因が歌のせいであるのは間違いなかった。だが海人以外にもたった一人だけ、棒立ちではなくしっかりと体を動かしている乗組員がいた。

 操舵手だった。操舵手の男は真っ直ぐ一点を向き、しっかりと舵を握っていた。

 

 海人は船首から舵のある船尾に向かった。そして操舵手に話しかけた。

 

「おい、大丈夫か? 俺がわかるか?」

 

「……」

 

「くそっ」

 

 しかし操舵手も他同様に海人の声に応じない。

 だが操舵手だけ、口からぼそりと言葉を発した。

 

「……んでる……」

 

「……なに?」

 

「……呼んでる……」

 

 すると操舵手は舵を右にきった。海賊船は進行方向を右に変え、しばらくすると真っ直ぐに舵を戻した。陸からどんどん離れていく。操舵手の視線は迷いなく、ここから見えないどこかを見据えているようだった。

 

「呼んでる……」

 

「おい! 一体誰が呼んでるんだ!? 何処に行こうとしている!?」

 

「……呼んでる……」

 

「くそっ、こうなったら……」

 

 知らない場所に連れて行かれるとまずい。どこか夢を見ているかのように意識がない操舵手を、海人は殴って物理的に眠らせようとした。

 拳を握り締めようとしたその時だった。

 腕に力が入らない。海人は右手を眺めると、視界がぼやけて右手がブレて見える。

 しまった、と気づいても遅すぎた。思考にもやがかかったように急激に意識が遠のいていく。

 

 魔術は神殺しには効かないんじゃなかったのか。意識が落ちる直前まで海人は頭でそう考えていた。

 その認識は間違ってはいない。アテルイの言ったことは正しい。正確には『魔術が常人に比べてはるかに効きづらい』だ。

 神殺しには何らかの方法で体内から術をかけねばならない。しかしこのこの歌声は神殺しの魔術抵抗を上回るほど強かった。魔術の防備を突破し、強引にかけたのだ。だが中途半端にかかったせいで、海人は眠り込むだけにおわった。

 

 海人が床に倒れこんで寝息を立てる中、船をは静かに海上を進んでいく。

 船をは霧に覆われた魔の海域、バミューダトライアングルの中心へと向かっていた。

 

 

 

 

「……う……」

 

 潮の満ち引きで揺れる船体で、海人は目を覚ました。痛む頭を抑えながら立ち上がると、周囲を見回した。船をの甲板には誰ひとりとしていなかった。

 歌声はなおもここ一帯に響いていた。

 

 それよりも海人は外の景色に目を奪われていた。海人の海賊船よりも二倍はあるかという巨大な帆船たちが、所狭しと並んでいるのだ。

 船の国籍はさまざまで、海人の海賊船のような真新しい船から、今にも崩れてしまうそうな朽ち果てた船まで年代も様々だ。

 そこはまさに船の墓場だった。

 これらすべてが行方不明となった船なのだろう。海賊船のすぐ近くにもひとつ船があり、それは人の手を離れてからそれほど経ってないように思われた。

 だが人が動かさなければこの海賊船もこれらの船の仲間になってしまうかもしれないのだ。海人が船の下を覗くと、船は岩礁に乗り上げて座礁していた。海人が権能を使えば海に戻せるが、それには乗組員を乗せないといけない。

 

 海賊船の船内を捜索したが、船内には誰もいなかった。と同時に金銀財宝、食料等と交換できるかもと積み込んだ価値ある物もなくなっていた。

 幸いにも愛用の槍は持ってかれていなかった。海人は槍を握って感触を確認する。

 

「あいつら宝と一緒にどこに行きやがった……」

 

 海人は船から降りた。乗員達を置いて自分だけ霧の中から出ることは選択肢にはなかった。

 乗組員達が海人を放置してどこかに消えてしまった、その原因はわかっている。この船の墓場で目覚めた時からずっと響いている歌声が原因に違いない。

 はじめは美しいと聞き惚れていた歌声も、今は海人にとっては耳鳴りを引き起こす騒音になっていた。海人の神殺しの体が歌声に対して大勢ができ、歌声は毒だと海人に警告を鳴らしているのだ。

 海人は時折来る頭痛で頭を抑えながら、ゆっくりと巨大船の間を縫って抜けていった。目的地は歌声の主の元。陸に打ち上げられて家屋より背が高い船の間を一歩ずつ確実に進む。海人にも歌声が『呼んでいる』ように、引き寄せられていった。

 

 ついに海人は船の墓場を抜ける。そしてその光景に息を飲んだ。金銀銅貨や宝石類、剣や槍、ダイヤなどが嵌められた装飾品、財宝が船の高さと肩を並べるほどにうず高く積み上げられていた。一つや二つではない、十はある金の山が今にも崩れてしまいそうなバランスで積み上がり、山と山の間に人一人が通れる程度の細い道ができていた。

 海人はようやく開けた空を見上げた。天気は曇天、太陽は霧で隠れていた。太陽が出ていたら光が金貨に反射して、まともに目を開けることはできなかっただろう。

 

 財宝の山を崩さないように小道を慎重に歩く。途中所々で人骨が財宝の山に埋まっていたり道を塞いでいた。海人は踏まないように避けて奥へと進んで行った。

しばらく進むと乗組員のひとりが金貨の山に腰かけていた。隣には見覚えのある箱がある。確かあれには上質な反物を入れておいたはずだ。

 見れば辺りに他の乗組員も散らばって座り込んでいた。

 

「おう、俺がわかるか?」

 

 海人はしゃがみ、乗組員の顔の真ん前で手を振る。

 

「……やっぱりか」

 

「……」

 

 乗組員は海人が気絶する前と同じように、焦点が定まっていなかった。未だに意識を奪われていた。

 その意識を奪っている相手もこの先にいる。

 この近くに来てから頭に干渉してくるかの様な魔術の歌声から、耳から直接入ってくる生の歌声に変わったのだ。頭痛の種には変わりなかったが、声が届く距離に来たのは確かだった。

 

「……待っていろ。すぐに元凶を断ってやる」

 

 海人は立ち上がって歌声の方向に歩み始めた。

 

 

 

 

 財宝が所狭しと積み上げられていた場所とは打って変わり、海人は何もないゴツゴツとした岩が転がっている広場へと出た。

 その中央、一回り大きな岩が積み上がった上に、歌声の主はいた。

 上半身は人間の女性の体だ。絵画や彫刻のモデルにされそうなスタイルの良い体が、布一枚纏わず露出していた。しかし腰から下は羽毛に覆われた鳥の足だった。鷲のように足の先で三つに分かれて、鋭い爪が伸びていた。岩に爪を突き立てて不安定な足場でも体の体制を保っていた。

 より一層存在感を出しているのが、背中から生えている二対の翼だ。大きく横に広げられた翼は、一翼だけでも女性の身長ほど大きい。衣服を纏わない全身を覆うことができそうだった。

 

 歌声が止む。あちらも海人に気づいたようだ。

 

「珍しいお客さんね。あなたも私の歌を聞きに来たのかしら、神殺しさん?」

 

「残念だが、俺は歌を止めさせに来たんだ。ずっと聞いていたい綺麗な歌声だったが、うちの乗組員が虜になっちまってね、梃子でも動きそうにないんだ。だから……」

 

 海人は拳を掌に、パンと打ち付けた。

 

「元を断ちに来たんだ。あんたを黙らせれば歌声は止まるんだろ、まつろわぬ神?」

 

 海人の体は熱く滾っていた。この高揚感は三度目だ。一度目はまつろわぬ水天を前にした時、二度目はまつろわぬポセイドンを前にした時。

 この体の変化は間違えようはずもない。神殺しが仇敵であるまつろわぬ神と相対した時に起きる、体の奥から力が沸き起こる現象だった。

 目の前の半鳥人はまつろわぬ神。仁実とポセイドンへの道の障害に成り得る女神だ。

 

「そう……。たしかにそれは残念ね。言葉を喋らず歌声だけを聴く観客でいればよかったのだけれど、私を害そうとするなら仕方がないわね。私も相応の対処をしましょう」

 

 翼をはためかせると、女神は空中に飛びたった。そして海人ではどう跳びあがっても槍が届かない高さまで上がると、そこで静止した。

 

「降りてこい! そのまま逃げる気か!?」

 

「あなた達の様に泥臭く低俗な戦いはいたしません。私には、私なりの戦い方があるのです」

 

 すると女神は再び歌い始めた。だが口から紡がれる歌は、人間を木偶にしたあの歌ではない。何か別の、魔力の乗った美しい歌だった。

 

 突然、海人の足元の地面がボコリと隆起する。

 驚いて後ずさる海人をよそに、続いて周囲のあちこちで土が隆起していく。土の中から現れたのは、人骨。肉がなくなり骨だけになった人間の亡骸が、己を埋葬していた土を押しのけて出てきたのだ。

 ジャラン、と金属と金属のぶつかる音が背後から聞こえてきた。金貨の山が崩れる音だ。あちこちで聞こえてくる。背後を振り向くと海人が通って来た金貨の山の間の道からも、骸骨が歩いてきた。違うのは腐った肉のついたものもあれば、どこらで拾ってきたのか剣や盾等、弓等の武器をもっているものもいることだ。

 

「野蛮で低俗な戦いは、同じ低俗な者同士で行うものです……。さあ、観客の皆さん!礼儀をわきまえない愚かな神殺しを、この世という舞台から引き摺り下ろしてくださいな!」

 

 歌という魔力で囚われた者達が見えない力で動かされ、次々に海人へ襲いかかった。

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