征海魔王   作:カンジョー

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二十九話、まつろわぬセイレーン

 金貨の山から、地面の中から、広場と繋がる四方八方の道から。あらゆる場所から兵士達は現れた。女神の魔術の歌の虜になってしまった者達は、生きていれば潜伏できない様な場所から飛び出し、海人を捉えるなり襲いかかってくる。

 その姿を見れば肉のついている兵士はほとんどいない。白骨化した元人間が剣や槍、果てには自らのどこかの骨を武器にしていた。

 統率されていない雪崩の如く襲いくるスケルトンの群れを前に、海人は背中の槍を構えた。

 

「ふっ!」

 

 まずは一体目。海人は先ほど地中から出てきた、地面を這う骸骨目掛けて振り抜いた。

 蜘蛛の様にコソコソ地面を這って近づいてきた人の成れの果ては、その海人の一撃で頭蓋骨を粉砕された。人型をとっていたスケルトンの体の骨はバラバラに飛び散った。

 どういう原理の魔術かは分からなかったが、倒し方はわかった。人間を相手取る時と同じように腕や足ではなく、頭を狙えば動きは止まるのだ。海人にはそれだけ判明すれば十分だった。

 

「来いッ!」

 

 発破をかけた海人に、さびた剣を振り上げながらスケルトンが迫る。海人はスケルトンの胴に一突き、肋骨に槍が挟まって、武器が届かないスケルトンは止まる。槍の先端にスケルトンを突き刺したまま、海人は槍を右に薙ぎ払った。三体ぐらいを巻き込んで倒し、スケルトンは槍の先端から抜け落ちた。

 息つく暇もなく海人は標的を変える。背後から殺気を込めて振り下ろされる剣を避け、カウンターで頭を打ち抜く。

 左右から挟み撃ちをかけてくる兵士の剣を受け流し、同士討ちをさせ二人同時に倒す。

 奇しくも隊列を組んで突撃してくる槍の兵士達を一息で飛び越え、背後から薙ぎ払い複数人を倒す。

これぐらいの事は人間だった頃から、神殺しになる前から船の上の混戦で慣れたものだった。あの頃と違うのは、海人は権能を織り交ぜてスケルトンを対処していることだった。

 

「我は厄災の化身、八頸の大蛇也!」

 

 海人の口から聖句が紡がれる。すると霧のかかった空をさらに暗くするかのように雨雲がかかった。

 雨雲はゴロゴロと電気を貯め、今にも怒りを落としそうだった。

 

「あらあら、これは……」

 

「雷よ!」

 

 海人の聖句で空中の女神に雷が落ちる。雷が強烈な閃光と轟音を響かせて女神に迫る。

 

「それっ」

 

 しかし女神に舞うようにあっさり躱され、その下にいたスケルトンの集団に落ちた。骨が墨になる程の衝撃に打ち据えられ、数体のスケルトンの体がバラバラになる。

 

「ちっ。……おい、俺にこんな奴らを差し向けたって無駄だってことは分かっただろう。高みの見物を決めこまないで、さっさと降りてこい!」

 

 そう空中に声を投げかけながら、海人は片手でスケルトンを一体串刺しにした。右足では未だカタカタ動く頭蓋骨を粉砕していた。

 

「私に剣や槍は似合わないわ、布より重いものを持ったことがありませんもの。……それに、あなたが雷霆を操る権能をもっていると判明したことですし、収穫がなしとは言えないわ。……ありがとう、いい天気にしてくれて。晴れ晴れとした天気は嫌い、太陽なんて見たくないもの」

 

 女神は空を見上げた。辺りは霧が光をさえぎり薄暗かったが、海人が雷雲を呼び寄せたことでさらに太陽光が届かなくなっていた。

 

「観念しろ! 降りてこないのなら、無理やりにでも撃ち落とすぞ!」

 

 海人は上空を向いて女神に声を投げかけながらも、スケルトンの一体を裏拳で打ち砕いた。そして海人は地面に槍を突き刺すと、大地に権能を行使した。

 

「地揺れよ!」

 

 するとその一帯に、初期微動もない突発的な地震が起こった。少しよろめく程度のそれほど大きくはない揺れ。しかし竹馬で歩くように不安定な歩行をしていたスケルトンは、たまらず転ぶ。

 海人は瞬く間に数体のスケルトンを仕留めた。海人の周囲には骨だけのスケルトンに混じり、皮や肉が残ったスケルトンの割合も多くなっていた。

 

「そうねぇ……。だったらそこにいる私の兵士達、みーんな居なくなったら降りていってあげるわ」

 

 それを聞いた海人は、槍を持った手を天高くに掲げた。すると突然、海から強風が吹き込んできた。

 人為的な突風に女神は長い髪を抑え、スケルトンはより一層カタカタを歯を鳴らした。

 風はやがて海人を中心に渦を巻き、海人は小さな台風の目となった。風が渦へと集まる中、海人の周囲は驚くほど静かだった。

 

「風よ、全てを打ち払え!」

 

 海人が聖句を唱える。渦巻いていた風の力が一気に解放され、全方位に暴風となって放たれる。スケルトンは足が地面から離れて、運の良い者は船の壁に叩きつけられた。運の悪かった者は船を飛び越し、空中に巻き上げられていった。風が弱まったら海に落下するだろう。

 

 広場にいたスケルトンは全て排除し、広場にいるのは海人と女神だけだった。暴風が過ぎ去った後の宙に浮いて、女神は何事もなかったかの様に平然としていた。

 

「次はお前だ、女神!」

 

「そう、それああなたの権能……。雷霆に風、さらには地揺れも引き起こす権能、さぞ高名な神を下したのでしょう。……認めましょう、あなたの力。私が直接指揮しなければならないようですね」

 

 役目を果たしているかよくわからない翼をはためかせ、女神がゆっくりと降りてくる、しかし女神は岩の上に戻り、視線は未だに海人を見下すような視線だった。海人はそれに無性に腹がたった。

 

「ご自慢の兵士はもういないぞ、とっとと俺に討滅されやがれ!」

 

「慌てないで下さいな。私の兵士はあれで全てではありません。私の宝を守るために割いている者達を呼びました。もう少ししたら来ることでしょう」

 

「宝だと? ここにある金銀財宝の山のことを言ってるのか?」

 

「そうです。この海を通る船から献上されたものです。……金貨の輝きは美しい。太陽の光は嫌いですが、この輝きのためなら少しだけ、浴びてもいいかもしれませんね」

 

 女神は頰に手をあて、うっとりと微笑んだ。

 

「烏頭ごときが人様の真似事とは、もしやその羽は鴉のものか? 賢く、それでいて光り物には目がない。盗む物は鴉にそっくりだ」

 

「奪い取ったのではありません、これは契約です。彼らが貢物を献上するかわりに、私は彼らを兵士として雇い、歌を聴かせる。ずっとずっと、たとえ彼らの肉体が朽ち果てて骨になろうとも、私の歌は彼らの魂に響き続けるのです」

 

「契約とは、その歌で選択肢を奪っておいてよく言うぜ」

 

 歌の魔力に呑まれてしまえば、もはや道はなきに等しい。選ぶ力を奪っておいて契約とは、まつろわぬ神の例に漏れない傲慢さだった。

 

「あなたのその減らず口、次にとっておいたほうが身のためですわよ。……さあ、やっとのご到着です」

 

 金貨の山の間の道から、女神の虎の子の兵士達がぞろぞろと溢れてきた。そのほとんどのスケルトンに肉がついており、もはやスケルトンとはいえない。どこの部位も腐っていない、完璧な人型を保っているものもいた。

 ガリガリにやせ細っていながらも顔の輪郭が判別できる。そのただ歌に操られている兵士たちを海人はざっと眺め、そして閉口した。

 

 操られている者達の中に、海人の海賊船の乗組員達がいるのだ。

 

「手が骨だけの兵士では、繊細な作業はできませんもの。新人さんが来てくれて助かりましたわ……。神殺し、あなたもお仲間に加えて差しあげましょう。神殺しを僕に出来ると思うと、心が歌いだしそう」

 

「残念なことに、お前の歌は騒音にしか聞こえない、仲間になるのは不可能だ。逆に俺が、お前を屍の仲間入りをさせてやるぜ!」

 

「あなたにそれが、できるのでしたらね!」

 

 女神がまた歌いだす。今度は人間を眠りにつかせる子守唄のような優しい歌ではなく、荒々しく激しい歌だ。

 歌に囚われた人間が海人向かって駆け出してくる。。その中に海人の仲間が混じっている。妻や子供だっている者もいた、殺すなんて考えられなかった。

 海人の槍を握る手が、じっとりと汗ばんだ。神殺しになってからこのかた、戦とまつろわぬ神との戦い続きで、手加減などしたことがなかった。乗組員達を殺さないように倒すなど、表には出さなかったが海人は不安でしかなかった。

 

 

 

 

 海人の相対している女神は、ホメロス著の叙事詩「オデュッセイア」に登場する。

 ギリシャ神話の英雄オデュッセウスを主人公とした物語で、トロイア戦争で勝利した彼の凱旋までに起きた、十年以上の漂白が語られている。

 

 キルケーの住むアイアイエー島から脱出したオデュッセウス一行は、道中で歌声の響く魔の海域にさしかかる。そこには神さえ魅了してしまう声を持つ、半鳥半人の怪物が棲んでいた。

 だが事前にキルケーから忠告を受けていたオデュッセウスは、仲間達に耳栓をつけるようにと指示を出した。歌声を聞かないようにするためだ。

 しかしオデュッセウスは好奇心に負け、その歌声を聞いてみたいと自分だけ耳をふさがなかった。そのかわり自分の体をマストにくくりつけるよう指示し、自分が何を言っても縛り付けた縄を解かないようにとも命令した。

 

 歌声の響く海域に入ると、歌声を聞いたオデュッセウスは歌声の元にいこうと暴れ出す。縄が邪魔で動くことができず、縄をほどけと叫びながら暴れ出した。

 しかし部下達は耳栓をつけているので歌声もオデュッセウスの叫ぶ声も聞こえず、暴れる姿を無視して一心不乱に船を漕ぎ続けた。

 ようやく怪物達の棲む海域を突破したのも束の間、オデュッセウス一行に次の試練が襲いかかる。

 

 半鳥半人の怪物こそが、海人が戦っている女神、まつろわぬセイレーンだ。

 オデュッセウスは、ポセイドンの怒りを買ってしまい、様々な海の怪物に襲われる。その中ひとつがセイレーンであり、セイレーンはポセイドンによって差し向けられたのだ

 

「セイレーンの歌声にかかれば、たとえまつろわぬ神であっても惑わされてしまう。殺されてなければいいが」

 

 ポセイドンは玉座に座り、時間が経つのをじっと待っていた。

 すでにに自分の創造した神獣を差し向けてある。その神獣でどうなったか確認するだけだった。

 

 セイレーンは、ポセイドンが切っ掛けで顕現したのは間違いなかった。だがセイレーンはポセイドンに付き従うどころか、むしろ憎んでいるすらあった。英雄と大地母神という相容れない関係に加え同じ神話体系という結びつきもあり、他の女神よりも一際険悪な関係だった。

 

 ポセイドンはセイレーンの強さを知っているからか、海人では勝てるか怪しいと考えていた。

 しかしそれは大きな思い違いだった。神をも惑わすセイレーンの歌声も、海人には頭痛の種でしかなかった。

 海人の魔法に対する抵抗力はずば抜けて高く、他の神殺しに効く強力な魔術でも海人には効かない。魔術に対する完璧な耐性を持っていた。

 海人はセイレーンの天敵だった。

 

 

 

 

 まつろわぬセイレーンの歌が響きわたる。すると操られた者達の動きが見違えるように変わった。

 

「兵士達、神殺しを休ませてはいけません。一気にかかるのではなく波状攻撃で、休ませる隙を奪うのです!」

 

 セイレーンが自分の兵士を歌で指揮するようになり、獣のように突撃してこなくなった。数が多すぎて邪魔になっていた時とはかわり、数の利を生かしてタイミングをずらして攻撃してきた。海人は対処にとても苦労していた。

 

 そして何よりも厄介だったのが、囚われた者達のパワーだ。

 海人は振り下ろされた剣刀を、右片手に持った槍で受け止めた。

 

「ぐっ」

 

 しかし兵士のパワーに押し負け、槍は弾かれてしまった。兵士の振り下ろした刀は地面に刺さったが、もう少し踏み込んでいたら海人に当たっていた。

 海人に刀を振り下ろした人間は、海賊団の一員だった。しかも団員の中で一番ひょろりと体が細くて、よく仲間にからかわれていた奴だった。その細い腕を見れば、海人の槍をはじくなどできるはずがない。

 

「人間の体は面白いわね。常に制限がかかっていて、十割の力を出せずにいるんですもの。十割の力を使ってしまうと体が壊れてしまうんだとか……。だからそんな不完全な人間の体を、私の歌で完全にしてあげてるの。体にかかった制限を取り払う。大丈夫、骨になったとしても使い道はあるもの」

 

「ちっ……。おい、正気に戻れ! お前妻がいただろ、あんな奴に浮気してる場合か!」

 

 海人は声に団員は応えない。

 

「くそったれ! こうなったら……」

 

 海人は賭けに出た。

 海人はあらん限りの力を込めて、槍を思いっきり足元の地面に突き刺した。

 不可解な行動に、セイレーンは眉をひそめる。

 

「一体なにを……?」

 

 儀式的な意味合いがあるのかとセイレーンは注意深く観察する。

 海人は聖句を唱えた。

 

「海よ!  荒れ狂う大波となり、総てを押し流せ!」

 

「ッ!  まさかッ!」

 

 聖句の意味を理解し、セイレーンは大空に舞い上がった。海人は突き刺した槍を、がっしりと握りしめ、それが来るのを待った。

 

 島から南東、海の広がる方向から超巨大な波が押し寄せてきた。

 

「やはり……」

 

 異国の船も丸呑みしてしまいそうな大波を見て、セイレーンは下唇を噛んだ。波の届かない高さまで到達し、身の安全を確保したセイレーンが次に心配したのは、集めた金貨や宝だった。

 セイレーンは高波に自分の住み処が呑まれるのを、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。

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