征海魔王   作:カンジョー

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三十話、一人

 船の墓場が高波に呑まれる中、海人は波に押し流されまいと必死に槍をつかんで耐えていた。

 自らの権能に悩まされるなど間抜けなことだが、それが海人の最初の権能の弱点だった。

 八郎太郎から簒奪した権能は、災害を引き起こすか抑える権能。しかしその影響を与える対象を「海人以外」にするという器用なことはできなかった。

 災いは万人に等しく降りかかるもの。そこに例外はない。雷も海人が落とす場所を誤れば、打ち据える対象が海人になるのだ。

 

 右へ左へ、海人は体をかき混ぜられる。永遠に続くと思われた時間の中、水が引けて水面上に顔が出ると、海人は息を吐き出し目を開けた。

 目に飛び込んできた光景に、海人は驚きを露わにした。天高く積み上げられていた金貨の山と座礁したまま放置された帆船は押し流されて、海とその先の水平線が見えるほどに視界がひらけていた。

 

 だが、海人の目にとまったのは島のあるべき姿ではなかった。すぐ先にいる海賊船の乗組員やその他、セイレーンの歌に囚われた者達だった。彼らは海人と同じように波に押し流されまいと、身を寄せ合って凌いでいたのだ。

 海に放り出せば命には関わらないという海人の目論見を外されてしまった。

 

「あ、あああ……! なんてこと! 私のコレクションが……」

 

 手先をわなわなと震わせながらセイレーンが降りて来る。拳をきつく握りしめて海人に怒りを向けるセイレーンに、海人は言い放った。

 

「……おい、半鳥人。どういうことだ、説明しやがれ!」

 

「どういうこと、とは? 私の集めた宝を波でさらっておいて、怒りたいのはこちらの方ですわ!」

 

「何故あいつらは固まって大波を凌げた。お前はそんな指示をしてないだろ!?」

 

 海人は身を寄せ合って固まっている者達を指しながら、セイレーンに怒鳴り返した。

 高く飛び立つ前、セイレーンは兵士達に何も命令を下していなかった。だから抵抗もできずに波に押し流されるはずだった。

 しかし兵士達は押し流されないよう自ら動いた。考えて動いたのだ。

 

「ああ……そういうことですか。当たり前でしょう。なにせ彼らにはまだ意識がありますもの」

 

「は……?」

 

 理解できないと目を見張る海人。心底面白いのか、セイレーンは表情を怒りから喜びに一転させた。

 

「彼らの意識はまだあると言ったのです。言葉は発しませんが、目で見て耳で聞くことができる。ただし! 聞けるのは私の歌と指示だけ、目に映るのは排除すべき敵の姿だけ。私の指示がなくとも、身を守ることぐらいは出来るのですよ」

 

「あいつら自分の意思で攻撃してきたと言うのか!?」

 

「そうです! そして私の指示は、彼らを強い呪縛となって動かす。神殺しでさえ容易く振りほどけない攻撃となって表れる。この様にね!」

 

 セイレーンが歌で指示を出す。すると背後から海人の仲間が羽交い絞めにし、海人の動きを封じた。

 

「くっ、くそ! 離せ!」

 

「簡単には引き剥がせないでしょう。私の呪力の乗った行動です。そして神殺しの頑丈な体も、私の命令であれば貫くことができる。さあ、神殺しを刺し殺しなさい!」

 

「お、おのれ! 離しやがれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 海人は叫んだ。すると突如一帯に地揺れが起きた。

 

「ッ! 何、これは一体……!」

 

 セイレーンは空を見上げた。灰色で暗かった雨雲が、赤く光って周囲を照らした。

 雲を突き抜けて現れたのは、真っ赤に燃えた岩石だった。他にも小粒の岩石が、雨あられと島に降り注いだ。体でまともに受けた兵士達が、体を貫かれて真っ赤な血を吐き出した。巨大な岩石に押しつぶされた者もいた。

 

「これは、噴火! この近くに火山はないのに……!」

 

 セイレーンはその大きな翼で体をかばった。しかし際限なく降り注ぐ火山弾は、容赦なくセイレーンを打ち据える。

 チラリと海人を見た。炎の岩を降り注がせた海人自身も、等しく火山降下物の被害を受けていた。

 

「これでは神殺しもただでは済まないはず……!」

 

 その隙が命取りだった。高速で落下してきた巨大な炎石が、セイレーンめがけて降り注いだ。

 

「しまっ……ッ!」

 

 セイレーンはその岩石の下敷きになってしまった。

 

 

 

 

 雨雲を照らす赤い光が消えて一帯が落ち着くと、船の墓場は原型を保っていなかった。

 墓場にあった金銀財宝や打ち捨てられた船はほとんどが大波によって攫われ、むき出しになった島の地表は火山弾によって無数の穴が開いていた。まるでチーズのように穴があき、他にも空から降ってきた大小様々な火山岩が点在している。

 異様な雰囲気を醸し出していた船の墓場は、たった数時間のうちに荒れ果てた荒野のようになってしまっていた。

 

 そんな景色の一変してしまった船の墓場の中を、ひとりの生存者が歩いていた。この船の墓場を荒らし回った張本人の、海人である。

 海人は負傷した左手を支えながら、血を流している左足をひきずりつつ歩いていた。火山弾をもれなく全身に受け既に満身創痍、しかし他の者に比べたら傷は浅い方だろう。

 なぜなら海人以外に立ち上がって動いている者はいないからだ。

 

 海人は一人の男の前でしゃがみこんだ。男は仰向けに倒れ、全身の至るところに穴をあけて血を流していた。

 もう手遅れだと素人目でもわかる重症だった。だが海人は諦めず、男の傷に手を触れようとした。

 

「踏ん張れ、今助けてやるからな……」

 

「……無駄、です。その男は助からない。そしてあなたもね……」

 

「ッ!」

 

 海人は声の聞こえた方向を向く。そこには大岩に胴体を押し潰されて身動きのとれなくなったセイレーンがいた。

 頭と右手だけを出し、セイレーンは声を絞り出した。

 

「その傷ではたとえ神殺しといえど助からない……。私をこんな姿にした実力は認めますが、あなたもその男と一緒に地獄へと逝くのです……!」

 

「それはどうかな……」

 

 海人は目を閉じると、体の内側に意識を集中させた。

 想像したのは、粘土。壊れてしまった一部の形を崩し、作り直すイメージを思い浮かべた。

 

「我が身は流水、大河の化身。総てを受け入れ、一切を押し流す浄化と命の根源也」

 

 海人は聖句を唱えた。まつろわぬ水天──アナーヒタを刹逆したことで得た、海人第二の権能だった。

 その権能の力は肉体を水に変える。刀や槍の攻撃で傷を受けず、呪術的な攻撃でしか傷を負わない流体化といった権能だった。

 海人の怪我をしていた左手と左足がぐにゃりと形を崩し、無色透明な水に変わった。そしてすぐに手足の形をとると、そこには傷ひとつない綺麗な左手と左足があった。

 

 セイレーンが驚きの表情で固まる中、海人は何事もなかったかのように滑らかに立ち上がると、権能の力で回復した体の状態を確かめた。

 

「……ふう、初めて使ってみたが、こりゃすごい。医者いらずだな」

 

 セイレーンの思考は驚きの感情で占領されていた。そんな権能を隠していたことにも驚いたが、一番驚いたのはその権能を海人が持っていたことだ。

 半鳥人の歌姫は、その権能の元の持ち主を知っていた。ポセイドンの下で一時共同戦線を張っている女神の一人、その中で最も討滅するに難しい大河の化身だ。

 その女神の権能を海人が持っている。それは大河の女神が海人の手によって討滅されたことに他ならない。

 

「はは……。私では勝てない訳です……」

 

 セイレーンは乾いた笑みを浮かべた。

 ですが、私の誇りにかけて、ただでは帰さない……! セイレーンは無事な右手を虚空に伸ばし、ぎゅっと何かを握り締めた。セイレーンの頭にあるのは、海人に一泡吹かせてやりたいという考えしかなかった。

 

「起きろ……。頼む、起きてくれ……!」

 

 海人が負傷した仲間に触れると、仲間の男のまわりを薄い水の膜がおおった。アナーヒタの権能は、魚が棲めるようなせいけつな水があれば、他人であっても治すことができる。水は、海水であっても可能だ。島の周囲に飽きるほどある海から水を汲み出し、海人は仲間を治療した。

 瞬く間に男は傷一つない体になった。しかし男は一向に目を開かなかった。

 

「どうした、一体なにが足りないってんだ!」

 

「ふふふふふふ……。ハハハハハハハハハハハハッ!」

 

「何が可笑しい!?」

 

 突然笑い声を上げたセイレーンに、海人は詰め寄った。

 

「思い通りになったからですよ。その男の魂は、冥府の神でもある私に魅入られた。私の歌を耳に入れた時から既に、魂を抜き取られ死んでいたのです。……屍が動いていたのは、私が魂を貼り付けていたから。時すでに遅し、その男の魂は黄泉の国へと送りました。あなたの権能は肉体を癒すことはできても、魂を呼び戻すことはできないようですね!」

 

 セイレーンは海人の怒りを露わにした様子を眺め、心底愉快だと顎が外れるほど大笑いした。

 

「貴様ッ! 戻せ、今すぐこいつの魂を喚び戻せッ!」

 

 海人はセイレーンの右手を掴み、岩の下から引きずり出そうとした。しかしそれは叶わず、掴んだセイレーンの右手は砂で作られていたかのように崩れ落ちてしまった。

 

「あなたがたとえ、あのアナーヒタを討滅した者であろうと、まつろわぬポセイドンには勝てない。神世の時代、彼は海の王として崇め奉られ、数多の海の怪物を支配していた。私もその一人、ポセイドンが切っ掛けで現界した。……貴方はもう、私を討滅したことで目をつけられた」

 

「なら問題はない。俺は元々、ポセイドンに連れ去られた妹を取り返しにいくんだ。睨まれるのは望むところだ」

 

「……ならば余計に諦めたほうがいい。ポセイドンは侵略し、支配することに長けた海の王。そこに女も絡むとなれば、彼の王は権能の力を限界まで引き出せる」

 

 徐々に砂となっていくセイレーンの体を、風が天高く舞い上げていく。

 

「最後に神殺し、あなたの名を聞かせては頂けないかしら?」

 

「……海人。安東海人だ」

 

「海人、私の名はセイレーン。海人の不幸を幽世の記憶から願っているわ」

 

 そう言い残すと、セイレーンは今度こそ塵となってこの世から消え去った。風によってセイレーンだったものが吹き飛ばされると、生存者は海人だけになってしまった。

 

 ドクン、と心臓が跳ねる。海人の中に、熱い力の源が注がれる感覚。セイレーンの権能だった。

 

 仲間の遺体を運ぼうと振り向いた海人に、突然地震が襲った。

 

「なんだ!?」

 

 海人はぐらついた体勢を立て直し、辺りを確認した。この地揺れは海人が引き起こしたものではない。島全体が大きく揺れていた。

 セイレーンがいなくなったことで島を維持していた力がなくなり、島が海中に沈没しようとしているのだ。

 

「船はッ!?」

 

 海人は周囲を見渡し、海人たちが乗ってきた海賊船を確認した。島のまわりの岩礁にひっかかり、流されずに浮いていた。

 だが、仲間達の居場所がわからない。居場所がわかったとしても、揺れの大きさからして回収している余裕はなさそうだった。

 

「……お前達を連れてはいけなさそうだ」

 

 海人は近くの男の遺体をちらりと見やり、全速力で駆け出した。途中で槍を回収する。そのまま速度を落とさず一気に駆け抜けると、船の近くにあった岩をジャンプ台に、船の甲板めがけて跳びあがった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ……!」

 

 海人は甲板の上で転がるように着地し、ギリギリ間に合った。背後では船の墓場がドドドドと地鳴りを上げて沈んでいった。岩礁に乗り上げていた海賊船も振動で海に戻り、海人は助かった。

 しかし、海人以外の乗組員は全員、島と運命を共にした。無数の魂が眠る墓場が沈んでいく。

 

「くそっ、こうなる覚悟はしていたはずだ」

 

 海人は島が沈没する様を見届けながら呟いた。

 皆、仁実に恩義を感じてついてきた者達はかりたった。海人はやるせない気持ちで身を震わせた。

 海賊なんてものをやっていたのだ。畳の上で死眠って死ぬのではなく、海に散る覚悟は出来ていた。だが仲間の中には愛する者、家族を湊に置いてきた者もいたのだ。それでも海人に付き従ってくれたのは、仁実をそれだけ助けたかったという思いの表れに他ならない。

 遺体も遺品も何も回収できなかった。せめて湊の近くで休ませてやりたかった。こんな遠海では、日の本に帰ることができないではないか。

 海人は震える拳をぎゅっと握りしめた。

 

「皆……絶対に仁実は取り返す」

 

 沈んでいく島を見送りながら、海人は強く誓った。

 ここで立ち止まっている訳にはいかない。それでは本当に仲間の死は無駄になってしまう。

 

 海人は晴れた空を見上げた後、完全に沈んでしまった墓場に背を向けた。

 

「進路は……」

 

 海人は権能を行使し、船の進路を変えた。

 

 

 

 

「やばいっすよ……。まずいっすよ、これ!」

 

 船の墓場近海で、海人以外にも船の墓場が沈む瞬間を見届けた者がいた。いや『者』というには少し違うかもしれない。そいつは背鰭を海上に覗かせ、頭上についた噴気口で呼吸をしながら島を眺めていた。

 そいつはイルカだった。しかもただのイルカではなく、野生のイルカよりも知能の発達した、イルカの神獣だった。目の先で起こっている一大事に混乱を露にするイルカは、まるで人間のような感情が感じられた。

 

「と、とにかく、ポセイドン様にこのことを報せないと……」

 

「だーれに、何を報せるって?」

 

 空は雲ひとつない快晴となったはずなのに、突然イルカに影がかかる。そーっと上を見上げたイルカが見たのは、海賊船から身を乗り出してこちらを覗く海人の姿だった。

 

「か、神殺し!? なんで自分の言葉がわかるっすか!?」

 

「今ポセイドンと言ったな? 話を聞かせてもらうぞ。……もちろん、逃げれるとは思ってないよな?」

 

「は、ははは……」

 

 ニタリと凶悪な笑みを浮かべる海人に、イルカの神獣は渇いた笑い声を漏らした。

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