征海魔王   作:カンジョー

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三十二話、アトランティス

 数日後、海人とイルカの神獣デルピノスはアトランティスの地に足をつけた。

 さんさんと太陽が照りつける中、海人は突き出した崖のような場所に並び建つ家々に驚いた。デルピノスは海人が乗って来た小舟の横で水面から顔を出した。

 海人はまた、港がなかったので小舟を使って上陸していた。アトランティスは閉ざされた大陸、入ることも出ることも想定されていなかったため港があるはずなかった。

 

「ここがアトランティスか……」

 

 ここまでの道中に、海人はデルピノスから此処の住民達の境遇を聞かされていた。不当に連れて来させられ、まつろわぬ神に抗う術を持たない人々はポセイドンに従うしかないということも。

 海人の同情を誘うような内容だったが、海人のやることは変わらない。ポセイドンをぶん殴り、この世から叩き出す。

 むしろ懸念事項が消えた。ポセイドンが消えて困る者がいなければ、心置き無く闘うことができる。

 

 しかし住居の集まった街で闘うのは、現在住んでいる人々のことを思うとさすがに気が引けた。

 

「デルピノス、ここで闘うのはまずい。どこか広い場所はないか?」

 

「それは──」

 

「その必要はない」

 

 頭上から声が響いた。声が聞こえた上を見上げると、そこには海人が待ち望んでいた宿敵、ポセイドンが空に浮かんで待ち構えていた。ポセイドンはこちらを見下す視線でゆっくりと降りてくると、海人の前に降り立った。

 

「久しいな、海人よ。あれから月と太陽が幾度となく廻った。随分と遅かったではないか」

 

「こちとら空飛べる貴様と違って、船で来たもんでね。……それに足止めも食ったしな。セイレーンは手前の仲間だな?」

 

 ポセイドンはちらりとデルピノスを見た。視線を向けられたデルピノスはビクッと怯えて体をのけぞらせた。

 

「ふむ、その様子だとセイレーンはお前に討たれたようだな。取るに足らない相手だったろう。セイレーンの魔性の歌は術のかからない神殺しには全く効かない。しかし、だとするとその怒りように説明がつかん」

 

 海人の目はポセイドンを見据えて離さない。瞳の奥にはポセイドンを殺すという怒りと殺意が込められていた。

 おお怖い怖いと茶化すポセイドンは指摘した。

 

「当ててやろう。セイレーンに仲間を殺されたな。あ奴の歌は人の子等には空気に含まれた毒だ! 策を講じねば耳に入れて操られる。沖に泊まる船に乗ってきたのだろう?」

 

「貴様ぁッ!」

 

 怒りが爆発し、海人は背負っていた槍に手をかけた。しかしポセイドンは手のひらを突き出し制止をかけた。

 

「おっと、このような狭い場所では闘わず、別の場所に移動しよう。俺とお前が闘うに最高の舞台を用意してある。ここではお互い動きにくいだろう?」

 

「……」

 

 周囲を見渡した海人は、掴んでいた槍からゆっくりと手を離した。

 

「案内しろ」

 

「話が早くて助かるよ。それではついてきたまえ」

 

 くるりと海人に背を向け、ポセイドンは海人を先導し始めた。

 海人の背後からデルピノスが小さな声で話しかける。

 

「賢明な判断っすね」

 

「頭に血がのぼって周りが見えていなかった……。こんな人の集まる街中で争う訳にはいかないからな」

 

 海人の先にいるポセイドンは、かろうじて道と言えるような住居と住居の間を進んでいた。その両脇には頭を地につけて、ポセイドンに最大限の敬意を払っている住民達がいた。

 土下座でポセイドンに屈する彼らは、わずかに恐怖で震えていた。そんな自国民がつくった道を、ポセイドンは当然のことだと言わんばかりの表情で歩いていた。

 まつろわぬ神とはそういう存在だった。神殺しを視界に入れることはあっても、只の人間ひとりに興味を示すことはない。だが行く手を邪魔されれば、容赦なく踏みつけられるだろう。特定の人間を攫って妻にしようとするポセイドンは、まつろわぬ神の中でも異質だった。

 

「デルピノス、お前の役目もここで終わりだ。縛り付けて悪かったな」

 

 海生動物のデルピノスは陸には上がれない。生きることはできるが、海人が抱きかかえて運ぶわけにはいかなかった。ここでお別れだ。

 

「いえ……。ご武運を祈るっす」

 

 それだけ言うと、デルピノスは海に頭をひっこめて姿を消した。あっさりとした別れだったが、アトランティスまで案内してくれたことに感謝の念が絶えない。

 

 海人は、ポセイドンの後を追った。

 

 

 

 

 

「海人よ、この街はどうだ? すばらしいとは思わないか?」

 

 しばらく歩いた後、振り返ったポセイドンは海人に尋ねた。一人と一神は街を抜け、遮蔽物もないだだっ広い草原に出ようとしていた。

 街を一通り回った海人の感想は決まっていた。

 

「全く思わないな。何も整備されていない、バラバラだ」

 

 文化も景観も、土地の高低差さえ出鱈目。こんな場所は街と呼べるかも怪しかった。

 

 するとポセイドンは島の中心の方を指差した。

 

「あの山を見ろ。あの山の頂上に我が神殿がある。仁実もそこにいるぞ」

 

「……!」

 

 ポセイドンは仁実がいると教えられ、海人は目の色を変えた。大陸の中心にある大きな山。標高二千はあろうかという山の頂近くに、ここから確認できるほど大きな屋根があった。

 

「だが今から我らが行くのは神殿ではなく、決闘場。あの神殿から一望できるよう造った。あそこから仁実含めた我が妻達も、貴様との一騎打ちを望むことができる。お前の無様な負け姿を晒してやろう」

 

 ようやくポセイドンの目的がわかってきた。ポセイドンに海人が負ける姿をその目で見せつけることで、仁実の抵抗する気力を奪おうというのだろう。ポセイドンの発言の中に、気になる言葉がひとつ。

 

「そうだ。十人以上になるか。ありとあらゆる国から集めた、美人揃いだ」

 

「集めた……!」

 

 まるで女性を連れ去ったことを『物を蒐集した』かのように誇るポセイドンを見て、海人は冷めていた怒りの熱がまた湧き上がってくるのを感じた。

 

「集めたとは、てめえ、女をなんだと思ってやがる!」

 

「手段だ。己の力を引き上げるためのな」

 

「何?」

 

「女をかけて男と男が戦う、他国を侵略する……。俺以外のものを『侵す』ことを原動力に、俺の力は強くなる。女は俺にとって手段でしかない。……だが幸せだろう。王になるには力こそが全て。力さえあれば何者にも勝てる。仁実の治める国も、俺というより強大な力の庇護を得れれば、他国の干渉を撥ね退けられる」

 

「お前の力の源はわかった。だが王となるには力が全てってところには賛同できねぇな」

 

「何を言うか。貴様のその覇者の力も、より強大な力を以て勝ち取ったのではないか」

 

「違う! 確かに俺は力でまつろわぬ神を打ち倒し、羅刹王になった。だが民を治める王になるには、腕っ節の力だけじゃ足りねぇんだ」

 

 海人は力強く否定した。

 

「それに湊を統治するのは俺にはできない、仁実にしかできないことだ。あいつは常に民の気を配り、統治者の素質もあり良き国長になろうと努力もしている。安東の跡取りであるあいつが、湊には必要なんだ」

 

「ふむ、そうか……」

 

 必死に言葉で訴える海人に、ポセイドンは頷く。まつろわぬ神にも理解を得られたのかと一瞬期待したが、次の一言で裏切られた。

 

「ならば俺がその土地を支配してしまえばいい。その国だけを大地より切り取り、ここに繋げよう。それで万事解決ではないか」

 

 ポセイドンはそう言い放った。

 

「そして我が下で仁実がその湊とやらを統治すればよい」

 

「そんな横暴、許されるはずがない! 湊の民が従うものか!」

 

「従うさ。海人、お前の屍を仁実の前に晒せば抗う気力など失い、おのずと従うようになる」

「ならその未来は訪れないな。俺は、お前に勝つ。……さっさと案内しろ」

 

「ふん、平行線か」

 

 ポセイドンは前を向き治すと、歩みを再開した。

 

 

 

 

「さあ、着いたぞ。ここが決闘場だ!」

 

 ポセイドンが大きく腕を広げる。大きな岩さえない真っ平らな大平原が広がっていた。街の台地を見れば想像つかないほど整地された場所だ。ポセイドンがわざわざ均したのかもしれない。

 

「ポセイドン、始める前に聞きたい」

 

「ふむ、何だ? 言ってみろ」

 

「どうしてお前達は、湊に侵攻してきた? 一体何を求めて日ノ本に来たんだ?」

 

 人間が別の国に侵攻するのには理由がある。豊かな土地を求めて、領土を守るために侵攻する場合もある。

 水天──アナーヒタは、一つの大陸と二つの海を超えて日ノ本に攻め込んできた。日ノ本にそうしてまで欲する何かがあるということだ。

 

「大地の女神達は『最後の王』とやらを探していた。英雄の中の英雄、この世の終わりに顕れるという最強の鋼だと。だが女神達が何故『最後の王』を探してるのかは知らない。興味もなかったからな」

 

「ならなんで、お前はアナーヒタに協力した。最後の王とやらを探していなかったのだろう?」

 

「俺が『最後の王』に興味があったのは、そ奴が強いということ、ただそれだけだ」

 

 ポセイドンが大地に手のひらをかざす。すると周囲の大地から水が噴きあがり、ポセイドンの前で集まりだした。

 水はやがて三又槍に形をつくると、ポセイドンはそれを掴んで、ぶんぶんと手ごたえを確かめる振りまわした。

 あれの一撃を受けた海人は知っている。あの水の槍は見た目以上に重い。本来の刺し貫く槍の役割よりも、叩きつける鈍器の役割に向いているほど重量が重い。それをポセイドンは小枝のように振りまわしている。

 

「俺は強敵を求めた。まつろわぬ神でも神殺しでもいい、俺の攻撃を受けきれる武術を持つ強敵を……。だから俺はアナーヒタに協力した。『最後の王』を探す過程で俺の求める敵が現れればそれで良い。まつろわぬ神が集まれば、光に誘われる虫のように神殺しが寄ってくると考えていた。だがまつろわぬ神が五柱も集まっても出てこなかった時には、さすがに落胆したがな」

 

「五柱?」

 

 これまで海人がアナーヒタ、セイレーンの二柱。ポセイドンを合わせても三柱、二柱足りない。

 この大陸にまだまつろわぬ神がいるとしたら。想像したくない。

 

「安心しろ。もう二柱は此処にはいない。いたとしても、邪魔はさせんがな。……神殺しと戦うのは二度目、俺が顕現して以来だ」

 

「その神殺しは……」

 

「当然、このトリアイナで貫き、海に還してくれたわ! 俺と戦うため喚び出したとぬかしていたが、俺の相手には実力不足だったがな」

 

 ポセイドンは、槍の先を海人に向けた。

 

「アナーヒタとセイレーンを下したその力、失望させてくれるなよ!」

 

「それはこっちの台詞だ。そこまで大口叩いておいて、あっさりやられたりするなよ?」

 

 海人は背中の槍を手にとった。しかし無暗に突撃したりせず、海人は目を凝らしてポセイドンの動向を伺った。

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