征海魔王   作:カンジョー

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三十四話、まつろわぬポセイドン(2)

「雷よ、打ちつけろ!」

 

 海人は再び稲妻をポセイドンの頭に落とす。しかし空を駆ける閃光を、ポセイドンの頭上に浮かんでいるトリアイナは吸い込んでしまった。

 水の塊となったトリアイナが避雷針となり、海人の攻撃が届かない。

 

「ほら、返してやる。貴様の雷だッ!」

 

 ポセイドンが手首を振ると、トリアイナから水弾が発射された。水弾は着弾する前に破裂し、周囲に電撃を放った。海人が雷雲から放った稲妻を跳ね返されたのだ。

 

「ちいっ!」

 

 海人は両腕と槍でかばうも、海人の目の前で炸裂した電撃は服を焦がすだけに済んだ。海人は消し炭にする気で放っていたのにだ。全ての電気を吸収したわけではないらしい。

 海人は防戦一方だった。そもそも馬と人間というだけで不利で、一撃離脱を切り返すポセイドンを真っ向から相手にしては、徐々に削られて弱ったところでトドメをさされてしまう。

 

「今度こそは避けられんぞ、覚悟しろ!」

 

 再びポセイドンがヒッポカムポスに乗り、一直線に駆けてきた。

 右に逸れて避けようとした海人だったが、トリアイナがそれをさせなかった。海人の右と左に水鉄砲を鞭のように振りおろしたのだ。

 海人に当たるような攻撃ではなく、海人の逃げ場を奪う攻撃だった。水の鞭に挟まれた海人は、ポセイドンの突撃を避けるほどの隙間がなかった。

 水鉄砲で作られたレールを駆け抜けるポセイドンが、ニヤリと笑みを浮かべた気がした。

 

 不味い。海人はかわせると考え、防御する姿勢に入れていなかった。大打撃はまぬがれない。

 海人は迷わず、自分が使える別の権能に交代した。第二の権能、アナーヒタから簒奪した全身を流体にする権能だ。

 

 流体となった海人の身体の真ん中を、ヒッポカムポスは駆け抜けていった。

 海人の身体は水滴になってバラバラに飛び散ってしまう。しかし散った水滴が集まり、全身が再構成された。度重なる攻撃を受けてガタがきていた腕も、戦闘前の元通りの腕になっていた。

 

「感じるぞ、それがアナーヒタの権能だな! 己を流体と化し、激流を受け流す。まさにあ奴から簒奪した権能であるな! ……だが、それでは我が攻撃すべてを制することはできぬ!」

 

 ポセイドンは頭上のトリアイナに手をかかげた。すると海人は自分の流体の体に違和感を感じた。

 

「我がトリアイナは液体を、水の力を操る。海で自分の行き先さえ決めれぬようでは、海の王の名折れ。貴様の体も奪い取ってくれる!」

 

 トリアイナが心臓が脈打つように跳ねると、海人の全身が引っ張られはじめた。

 背中から押されるような感覚ではなく、全身が磁石となって磁力で引き寄せられているような感覚だった。

 宙に浮かないよう必死に踏ん張るが、水に干渉する力はトリアイナの方に部があった。このままではいずれ引き寄せられ、トリアイナに取り込まれてしまうかもしれない。

 海人はアナーヒタの権能を解除し、八郎太郎の権能に切り替えた。それがポセイドンの狙いだった。

 

「ふははははっ! 隙ありぃッ!」

 

 海人がアナーヒタの権能を解除した隙を見計らって、ポセイドンが突撃してきたのだ。完全に不意をつかれ、海人はまともな受け身も取れずに轢かれる。

 海人は宙を舞い、地面に叩きつけられる。ゆっくり起き上がる。なんとか二本足で立つが、膝はガクガクと笑い声をあげていた。

 ここでアナーヒタの権能で全身の傷を元どおりにはできる。しかし呪力には限界がある。ここで治しても、また同じことの繰り返しだ。

 

 

 

 

 そこからは一方的な展開だった。ポセイドンがトリアイナに命じれば、海人の体は縛り付けられてしまう。トリアイナから伸びる三本の鞭を巧みに使って逃げ道をふさぐ。

 時には天から降る雨をトリアイナに取り込まず、そのまま海人に銃弾のように降り注がせる、まさに『雨の銃弾』とも言うべき技も繰り出してきた。

 そして海人が肉体に戻した時は、ヒッポカムポスで突撃だ。海人も時折雷で反撃するが、トリアイナに吸い込まれてしまう。

 海人は徐々に追い詰められていった。

 

「諦めたらどうだ、海人! 貴様とセイレーンの相性がよかったように、貴様と俺の相性は最悪。……だが何かがあるだろう。どんな勝機のない戦でも、細い勝ち筋を見つけるのが神殺しだ。セイレーンとの戦いで放った、炎の星を降らせる技を使うのはどうだ?」

 

 それは駄目だ。海人は度重なる突撃で疲弊し、地面に這いつくばった格好で却下した。

 空から炎塊を降らせるあの技は、周辺に甚大な被害をもたらす。街は確実に被害を被り、山の頂にいる仁実にも及ぶかもしれない。

 

「それとも大津波で己もろとも押し流すか?」

 

 大津波で押し流す災害も、同じ理由で使わなかった。それにポセイドンにはあまり効果がなさそうだ。

 どちらも最終手段にしたかった。

 

「どうする? まさかここで諦めるわけではあるまいな!? 立て、そしてもっと俺を楽しませろ!」

 

 ポセイドンに言われなくとも、海人は諦める気は微塵もなかった。替わりに海人は傷ついた体で立ち上がるのを諦め、アナーヒタの権能を使った。

 水はそこら中に撒き散らされたものを使えばいいが、問題は魔力。それに海人の精神力も度重なる被弾で疲弊しきっていた。

 

「ふん、興ざめだ。何も学ばず同じことの繰り返し。諦めたのならその命差し出し、アナーヒタの権能も還してもらおうか!」

 

 ポセイドンは再び海人の体を縛りつけようとした。トリアイナに魔力を流し、海人の体を操ろうと指令を送る。

 だが今回ばかりは様子がおかしい。海人の体を操っているという手ごたえがない。

 

「なに、拮抗しているだと!? 水が俺の支配を拒む、否、貴様の干渉のほうが強いだと! 何をした海人!?」

 

 アナーヒタの権能よりも、トリアイナの水を操る権能の力のほうが上回っていた。だが今は同じどころか逆転しており、じわじわとトリアイナの操っていた水の制御も奪い返していた。

 

「特別なことはしていない」

 

 海人はふらふらと今にも倒れそうな様子で立ち上がった。アナーヒタの権能で体の傷は癒えたというのに、必死に何かに絶えているようだった。

 

「俺の権能よりお前のその槍の力のほうが強いというのなら、別の力を合わせればいいんだ。二つの力を合わせれば、一つだけよりも大きな力になる。俺でもわかる簡単な式だ!」

 

「まさか……海人!」

 

「二度とやりたくはなかったがな、二つの権能を同時に使うのは」

 

 権能二つの同時使用。海人はアテルイとの修行中に一度だけ使ったことがあった。アテルイに勝ちたい一心で並行行使したが、海人は使った後に後悔した。

 頭が割れるように痛かったのだ。

 

「まさかそこまでするとは。今はいいだろう。だが使い続ければ命を燃やすに等しい行為だ。わかっているのか!?」

 

 神を神たらしめる権能、普通ならば人の身で扱うことはできない。だが神殺しになれば権能を使っても耐えられるような体になる。

 しかし二つ同時に使うとなると、容量が足りなくなる。神殺しの体にも限界以上の負担をかけることになるのだ。

 

「わかっているさ、身に染みているからな。だがな! これくらいの無茶は何度もしてきた。八郎太郎の時も、アナーヒタの時も、セイレーンの時も。お前達まつろわぬ神を倒すには、これくらいの無茶が必要なんだよ!」

 

「命を削ることになってもか!」

 

「家族を守るために命を捨てる覚悟はできている!」

 

 海人は激しい頭痛に襲われながらも、それをひた隠しにしながら天に手を伸ばした。

 確かに戻ってくる感触。海人は自分の手を離れていた雷雲を再び制御下に収めたのだ。

 そしてこのまま、トリアイナの制御も奪い取る。海人はじわじわとポセイドンから支配権を奪い取っていく。

 

「ヒッポカムポスッ!」

 

 ポセイドンもただ指をくわえて突っ立っているわけがなかった。自分の愛馬に命じると、海人に突撃をかけようとした。ヒッポカムポスの爆発的な加速があれば、海人をかく乱することができただろう。

 しかしかなわなかった。ヒッポカムポスの足元がぬかるんで、泥に足を取られてしまったのだ。

 

「なんだとッ!」

 

「何度もやられれば覚えるし、対処法だって思いつく。その足も奪わせてもらうぞ!」

 

 海人が地面に水分を多く含ませて、踏めないような足場にしたのだ。足場を悪くして相手をその場に縛り付ける技は、海人がアナーヒタにやられたことだった。

 

 ポセイドンは限界だとヒッポカムポスを見限り、馬から飛び降りた。瞬間、ヒッポカムポスに落雷が振りそそいだ。

 ポセイドンは頭上のトリアイナを見上げると、もうサッカーボール大の大きさまでしぼんでいた。気づくと、空から雨もまた降り始めていた。トリアイナが吸い込まなくなってしまったからだ。

 ヒッポカムポスだった塊からは、肉の焼ける匂いがした。雷に耐えられるようには造られていなかったらしい。

 だがポセイドンは自分の愛馬が息絶えたというのに、驚くほど冷めていた。

 

「まあいい。今度は雷が落ちても物ともしないような奴をもらうとするか」

 

「……戦場を共にした愛馬ではなかったのか?」

 

「いいや、俺が使った馬にしては持ったほうだったがな。そもそもこいつは初めから俺に従属していたのではない。他の女神が造ったものを譲り受けただけだ。俺がやるのはたったひとつだけ」

 

 ポセイドンの頭上にいたトリアイナが三叉槍の形をとり、実体化するとポセイドンの手元に落ちてくる。ポセイドンは左手で握り締めると、海人に突きつけた。

 

「強大な力で侵略し、略奪する。それで全てを手に入れてきた。地位も女も、栄光も。……この人の世に、俺という栄光を普く届かせる。それが俺を動かす原動力となる!」

 

 ポセイドンは真正面から突っ込んできた。どんな小細工も使わず、単身自ら槍だけをかつぎ突撃を仕掛けてきた。

 トリアイナも構えず無防備なポセイドンに、海人は雷を落とした。しかし防御する様子も見せず、雷を浴びながら海人との距離を一気に詰めてきた。

 

「でやあああああッ!」

 

「ぐっ!」

 

 振り下ろされた三叉槍を、海人は槍で受け止める。すごい衝撃が伝わり、地面についた足が沈むかという重さだった。

 槍同士を交わしながら、海人は言葉を投げかけた。

 

「お前が持っているものは、すべて奪ったものだということか」

 

「ああそうだ。だからお前と俺は似ている。奪うことでしか生きられない海賊が!」

 

「黙れ!」

 

 三叉槍をはじくと、海人は槍で攻撃を繰り出した。時折、雷を加えながらポセイドンを追い詰めていく。

 ポセイドンはそれを三叉槍ひとつでしのいでいく。海人のほうが明らかに手が多いというのに、度々攻撃が飛んでくる。

 

「なんで権能を使わない、ポセイドン!?」

 

「期待に応えられずに残念だが、俺の権能はトリアイナひとつだった。まさかトリアイナを越す力があるとはな。……だが先ほど言ったことに嘘偽りはない。力こそがすべて! トリアイナの力を上回ったこと、誇るがいい!」

 

 権能ひとつだけで王と呼ばれる程の名声を得たのはさすがというべきか。三叉槍ひとつで海人の攻撃をさばききり、自身の脚力で縦横無尽に戦場を駆け巡っていた。

 だが──

 

「だが、俺は負けん! この身ひとつでも貴様に勝ってみせる!」

 

 だが、海人とポセイドンは、神殺しとまつろわぬ神だった。

 ポセイドンの渾身の一撃は、海人の体をすり抜けてしまう。アナーヒタの権能だ。

 海人は体に刺さったトリアイナをそのまま抜けないように固定し、手に持った槍でポセイドンの体を貫き返した。

 

「悪いが、俺とお前は宿敵同士。こっちが不利な状態じゃ、公平な勝負はできねえ」

 

 海人はポセイドンを串刺しにした槍を引き抜いた。ポセイドンが地面にトリアイナを突き刺し、大地に膝をついた。

 

「また会った時は、その時は何者にも邪魔されない場所で正々堂々とやり合おう」

 

「ふはははは……。そうだな、めぐり合わせ悪かったのだな。ならば次の機会としおう。それまでに俺との不利を詰めるほど強くなれ。再びこの世に顕れる時、この俺とは限らぬからな……」

 

 ポセイドンは地に手をつくことなく、さらさらと塵となって天に舞い上がっていく。

 後にはポセイドンが大地から切り離したアトランティスという浮き島と、主を失い地面に突き刺さったままのトリアイナが残された。

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