征海魔王   作:カンジョー

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三十六話、得失

 海人と仁実は、十三湊に帰ってきた。太平洋という果てしなく大きい海を超え、久方ぶりの陸を見た。

 メイドの女性とは港で別れた。彼女は別の貿易船に乗せてもらい、生まれ育った故郷に帰るそうだ。

 

 海賊船を桟橋につけ、海人達は真っ先に城へと向かった。

 

「海人!」

 

「おっと」

 

 目が合った途端飛びついてきた愛代を、海人は受け止めた。

 

「愛代様、ただいま戻りました」

 

「仁実ちゃんも、おかえりなさい」

 

 仁実の挨拶に返答し、愛代は仁実も抱きしめた。

 

「本物の仁実ちゃんだよね? 足もちゃんとついてるよね?」

 

「はい、このとおり」

 

「よかった、本当によかった……」

 

 仁実が生きていることを確かめるように、愛代はがっしりと抱きしめていた。仁実も少し苦しかったが、心配させた罰として甘んじて受け入れていた。

 しばらくして、海人が二人をひきはがす。

 

「はいはい、そこまで。愛代、親父は何処にいる? 心配してないかもしれねぇが、顔を見せておきたい」

 

「せっかく帰ってきたのに! 私がどんな気持ちで待っていたか……」

 

「わかっているつもりだ。だが、けじめはつけなきゃならねぇ。親父もそう言うだろう。……それに、愛代もやらなきゃいけない仕事があるだろ? な、国長」

 

「うっ……」

 

 城に来るまでの道中で、愛代が安東家を引き継いだことを耳に入れていた。海人達が海を越えている半年の間に、愛代は名実ともに安東家当主となっていたのだ。

 だが、『愛代』という名は広がっていなかった。現在の安東家当主は『安東愛季(ちかすえ)』という男の領主が統治していることになっていた。

 

「それを終わらせてから、二人だけの時間を作ろう。誰にも邪魔されずにな」

 

「……うん、わかった。だけど、『けじめ』って何するの?」

 

「……身内が死んじまった時にはいつもやってた事だ」

 

 愛代と会えて笑顔になった仁実も、その話題になると表情を曇らせて俯いてしまう。

 

「墓、作るんだよ。俺と仁実以外の全員分のな」

 

 

 

 

 その後、海人はその場を早々に立ち去った。雰囲気が暗くなったあの場所に置くのは少し悪いと感じたが、仁実は愛代のお傍付きに任せて置いてきた。

 

 海賊団の全滅。それは付き合いの短い愛代にとっても衝撃的だったらしく、驚きで目を見開いていた。乗組員達は家族の様なもので、重蔵が船長だった時から付き従ってくれた者もいたのだ。

 戻ってこれるほうが難しいと思われた旅だ。何人か戻ってこれなくなると覚悟していたとはいえ、失うものが大きすぎた。十三湊に戻ってきて、海人の心にはぽっかりと大きな穴が開いていた。仁実にとっても重蔵について乗員達には世話になっていた。海人より彼等と親交が厚く、決して失ったものは小さくない。

 

 重蔵は一言だけ、肩を叩いて頑張ったなと励ましてくれた。簡潔なたった一言が、海人の身に染みた。

 

 そして、海人は一日で全員分の墓を作ってしまった。

 

「ふぅ……」

 

 朝から夕方まで休みなしで作り続け、海人は近くの岩に腰かけて休憩をとっていた。

 海人は夕焼けで赤く染まる空を眺めながら、物思いにふけっていた。

 

「なーに黄昏てるんだ」

 

「アテルイか……」

 

 海人に声をかけてくる者がいた。アテルイだ。片手にもつ酒の入った土瓶を見て、海人はあきれる。

 しかし、よく見ると角がない。角がなければ見た目は人間と変わりなかった。

 

「出歩いてていいのか? お前は封印されたってことになってんだろ?」

 

「いいじゃねえか、ちょっとぐらい。まあ、まつろわぬ神一柱いるだけで現世に与える影響は少なくない。すぐ戻るさ」

 

「一体なにしてたんだよ?」

 

「重蔵と飲んでたんだよ。酒の席で愚痴聞いてやってさ。安東という立場と親という立場に挟まれて、お前らが帰ってきたことが素直に喜べないんだとさ」

 

「それを俺に言っちゃあいかんだろ……」

 

「おっと、口が滑った。まあ忘れてくれ。はっはっは!」

 

 そう言ってアテルイは海人の隣の岩に腰掛けた。

 

「んで、俺にもなんか用があるのか」

 

「んー、そうだな。これ飲んだら教えてやってもいいぞ」

 

「それ神も酔わせるっつうすげえ強い酒じゃねえか……」

 

「酒の席でなら、愚痴ぐらい聞いてやるよ」

 

 そう言われて、海人は盃に並々と酒を注ぐと、ぐびっと一気にあおった。

 

「っはぁ……。仲間をたくさん死なせちまったんだ。天候を操ったり、体を水に変えたりする力を手に入れても、身近な命すらまともに守れねえ」

 

「神の権能とはそういうものだ。己の存在を誇示するためにある。否応なしに他人を巻き込んでしまう。……どうしても傷つけたくない、守りたいものがあるならば、それは遠ざけて置くほうが確実だ」

 

 海人に忠告をするアテルイは、誰か別の人を思い浮かべているようだった。アテルイをよく知らない以前の海人だったらわからなかったが、今の海人になら予想できた。

 

「忠告どうも、身に染みるな。随分と重みのある言葉だが、もしかして……お前の経験から来てるんじゃないか? なあアテルイ、いや、悪路王よ」

 

「その名で呼ばれるのは、少しこそばゆいな」

 

 アテルイ──悪路王とも呼ばれるまつろわぬ神は照れるような、懐かしむような様子で首の後ろを掻いた。

 

「俺が大切な人を守れなかったのは、俺の力不足が原因だ。だが過ぎた力は人を孤独にする。……何事もやり過ぎはよくない、ままならんものだな」

 

「じゃああんたは、権能という力を手にしたこと、まつろわぬ神になったことを後悔しているのか?」

 

「いや、俺はこの生に満足しているよ。大切な人とも一緒になれたことだしな」

 

 そう言ってアテルイは立ち上がると、両腰を叩いた。もし侍であったならば、アテルイは腰に帯刀していたに違いない。

 酒の土瓶を逆さにして振り、アテルイは中に酒がないことを確認した。

 

「酒もなくなったことだし、俺はまた引き篭もってるぜ。何かあっても俺を頼るなよ」

 

「待て。俺に用があるんじゃなかったのか?」

 

「おお! そうだ、うっかりしていた」

 

「お前な……」

 

 目を丸くして驚く姿からして本当に忘れていたらしい。

 

「十三湊の沖にどこの神に従属しているかわからない神獣、海人があそこに留まらせているのだろう?」

 

「ああ! そうだ、忘れていた」

 

「おい。さっきまで俺を責めていたのは一体どこのどいつだったか……」

 

「は、ははは……。それよりも魚の神獣達だ、すぐにどうにかする!」

 

「いや、その必要はない。何十匹はいたか、全て一斉に東に去っていってしまったぞ」

 

 しびれを切らして帰ってしまったのだろうか。帰るべきアトランティスは沈んでしまったが、魚だし海があれば生きられるか、と海人は考えていた。

 

「だがな、二匹だけ残っているやつがいたんだ。沖の辺りをうろうろし、十三湊に入りたいが人間に見つかるのは不味い、そんな様子だったのでな。すぐそこまで連れてきた」

 

 二匹、と問われて思い当たるのは、デルピノスとアリオンだ。

 

「別れの挨拶でもするつもりか?」

 

 人間と同じ様に考えることができても、魚であるデルピノスにそんな殊勝な心がけができると思わなかったが……。

 

「さあな。魚の言ってることなんぞ俺にはわからん。俺に聞くよりも、本人達に聞いたほうが早いんじゃないのか?」

 

「わからない? あんなにもはっきりと喋ってるじゃねえか」

 

「少なくとも、俺にはキーキー金切り声を上げてるようにしか聞こえなかったぜ」

 

 

 

 

「ということがあった。どういう事だと思う、デルピノス?」

 

「そりゃそうっすよ。自分には人間みたいに声を発する器官がないんすから。人間と言葉は交わせないっす」

 

 アテルイの封印されている社から程近い浜辺で、海人はデルピノスと会話をしていた。デルピノスは浜辺に打ち上げられており、その隣にはアリオンが行儀正しく待っていた。デルピノスを海へ戻す役を担っていた。

 

「言ってることがめちゃくちゃだ。じゃあどうして、俺とお前はこうして会話できているんだ?」

 

 海人はデルピノスの回答に疑問を投げかける。人と言葉を交わせないというのなら、今こうして自分としていることにも説明がつかない。完全に矛盾している。

 

「……やっぱり気づいてなかったんすね。海人様はどうやらイルカの言葉を理解しているみたいっす。自分も頭がいいように作られたんで、人間の言葉が理解できるから、それで会話できているんすよ。自分、さっきからずっとアテルイ様の言う通りキーキー鳴いているっすよ」

 

 デルピノスにそう言われ、海人はようやく気づいた。意識してデルピノスの声を聞くと、確かにデルピノスはキーキーとしか鳴いていない。だが頭に入った途端、海人はデルピノスが言っている事が理解できたのだ。

 

「……本当だ。鳴き声が理解できる。大陸の未知の言語も短期間で理解できたが、これも神殺しの特性なのか?」

 

「それも一因だと思うっすけど、それだけとは考えられないっす。自分達イルカは音で通じ合うっす。他に心当たりはないっすか?」

 

「音……」

 

 思い当たるものがあった。まつろわぬポセイドンと戦う前、前哨戦として海人はまつろわぬセイレーンと戦った。

 船員のすべてを失いながらも、まつろわぬセイレーンを討滅した。セイレーンの遺骸が塵となって天に巻き上げられた後、海人は体にセイレーンの権能が宿ったことで、セイレーンを殺した確信を得たのだ。

 しかし今まで権能がどんなものなのか確認もしていなかった。討滅した後に島が沈んでどたばたしていたので、さっぱり忘れていたのだ。

 

「セイレーンの権能だ。奴は歌を最大の武器にしていた。俺が奴から簒奪した権能も歌、つまり音に関係する力なのかもしれない」

 

「音に詳しくなる権能っすか?」

 

「まだわからん。だがそれだけでは神の権能としてはしょぼい。もっと別の使い道が、強力な使い道があるのだろう」

 

 雑談もほどほどにして、海人は本題に入った。

 何十匹のお仲間が東に去って行ったのに、何故二匹は此処に残っているのか? 海人はデルピノスに質問した。

 

「アリオン以外の神獣仲間が戻っていったのは、自分達の創造主が呼び戻したからっす」

 

「創造主か。確か言っていたな、ポセイドンがお前達を造ったわけではないと。別に創造主がいるんだな?」

 

「そうっす。だから忠告に来たっす。神獣達からポセイドン様が殺されたと聞いたなら、絶対に海人様に報復に来るっすから」

 

 創造主、つまりは従属している本当の主。そのまつろわぬ神の命令に抗ってでも、デルピノスは警告しに来てくれたのだ。

 二匹は創造主よりも海人を優先したということに他ならない。

 

「そうか、お前も俺を心配して残ってくれたのか。ありがたい」

 

 海人はアリオンの首元を撫でた。アリオンはくすぐったそうに身をよじる。

 

「だが忠告されるほどの問題が? 確かにまた災厄が降りかかるのは良くない知らせだが、討滅すればいい話ではないか。まつろわぬポセイドンとどの様な繋がりか知らないが、奴と同じように神話の世界に送り還せばいい」

 

「おそらく、あの方は自ら戦場に出てくることはないっす。海人様、あの方は自分達の創造主っす」

 

 海人ははっとした。デルピノスが深刻な口調で語る理由に思い当たったのだ。

 

「創造主様──アンフィトリテ様は海洋動物を改造した神獣、自分達の仲間を送りこんでくるに違いないっす。絶え間なく、海人様に休みを与える暇を与えず。神獣は只人にはまず倒せないっすから、全て海人様が倒すしかないっす」

 

 

 ──そして海人がポセイドンを斃してから、およそ三十年の月日が流れた。

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