征海魔王   作:カンジョー

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三十九話、邂逅

 海人の警戒は杞憂に終わり、海人と二人の弟子の一行は、無事に英国の地を踏むことができた。

 しかしまだ嫌な予感は拭えず、首の後ろあたりがピリピリしていた。

 

 海人はテムズ川付近の港に船を入れ、錨を下ろして船を泊めた。そして弟子達二人に、おつかいを頼んだ。

 

「これを届けてくれ」

 

「これは……?」

 

 海人は弟子に小さな小包を渡した。

 

「この国にも俺の弟子、つまりお前達の兄弟子がいる。そいつに渡してほしい。剣の腕前ではこの国で五指に入るほど名のある騎士らしいから、名を頼りに居場所を探してくれ」

 

「え? 船長、ここ数年船から下りたことないとか言ってませんでしたっけ? どこでそんな噂聞いたんですか?」

 

「決まっているだろう」

 

 海人は自分の頭をとんとんと叩いた。そのジェスチャーを見て、弟子二人はああ、と納得した。海人の権能にあるのだ、海人の目や耳を飛ばせられるものが。

 

 用意ができた弟子達が、接した桟橋に降りていくのを見送る。

 

「ゆっくり体を癒せよー」

 

 この英国に船を泊めた目的は海人の届け物のついでに、物資の買出しもあった。それに海人はずっと海の上で暮らせるのだが、弟子達はそうもいかない。たまには陸に上がらないと、気が滅入ってしまう。

 

 弟子達が思い思いに羽を伸ばしている間、海人は留守番をしていた。

 

「ふぃー」

 

 海人は何処からともなく取り出したリクライニングチェアに身を沈めると、体の底から大きな息を吐いた。

 右手の届く範囲にある机の上には、日本酒の入った徳利と盃が置いてあった。

 

 海人に船での生活は、それほど苦になっていない。

 それどころか、故郷に戻っていない海人にとっては、この船こそか家だった。権能を使えば暴風や嵐は打ち消せせるし、海上のため火事や地震とも無縁だ。今ではどこかの大陸に定住するよりも、ずっと快適だった。

 あとは酒。酒さえあれば、どんなところでも生活できる気さえした。

 

 海人は盃に酒をつぐと、くいっと傾けた。しばらく海人は楽な姿勢で日光浴をしていた。権能を使う都合上、黒雲も呼び寄せるため、太陽を見るのは気持ち久しぶりだった。

 

「のどかだな……」

 

 海人はだらだらと何もしない時間を満喫していた。

 若い頃なら暇があれば常に槍を振るっていただろう。しかし今は鍛錬で槍を振るったのは何時だったか、思い出せなかった。

 見えない敵に振るっても、高みに昇っている実感が全くわかないからだ。

 

「ん……?」

 

 そのままのんびりとしていると、何やら船の外が騒がしい。英語で汚い罵声が、段々と大きくなりながら聞こえてくる。

 船の外はデルピノスが監視しているから何かあったら連絡してくると思うが……。と思っていると、そのデルピノスの言葉が、頭の中に直接響いた。

 

『海人様、ちょっといいっすか?』

 

 海人はこめかみに指を当てた。海人はアムピトリーテーの権能で、デルピノスと直接脳内で会話できるようになっていた。

 

「どうした、何があった?」

 

『それが急に男が二人来て、船長は顔を見せろと命令してるっす。どうするっすか?』

 

「んー、程ほどに追い返しておけ。海水でもぶっかければ逃げ帰っていくだろ」

 

『了解っす』

 

 デルピノスとの通話が途切れる。これでまたのんびりできる。

 

『海人様!』

 

 徳利に手を伸ばした海人だったが、またすぐに脳内に響いたデルピノスの声でずっこけそうになる。

 

「……どうした?」

 

 至福の時間を邪魔されたいらだちを出さず、海人は言葉を返す。

 

『奴らが船に乗り込もうとしてるっす!』

 

「はぁ? 縄梯子は引き上げたぞ。甲板には乗り込めないはずだぞ?」

 

『奴ら、魔術師だったようで、宙に浮かんで上がろうと……』

 

「ちっ、魔術師か……」

 

 海人は上体を起き上がらせると、強引に乗り込んでくるという魔術師を待った。すると燕尾服を着た二人の男が宙に浮いて昇ってきた。しかし男達は図体がでかく、燕尾服は男の筋肉ではち切れそうだった。

 服装に似合わず、英国紳士というよりも荒事に慣れた粗暴な印象だ。それは行動にも表れており、無理矢理船に乗り込んできたことからも伺える。

 

「なんだぁ、てめぇら? 一体何の目的でこの船に乗り込んできやがった」

 

「カイト・アンドーだな? 一緒に来てもらおう」

 

「はん! どこで俺の名を知ったかしらねえが、用があるならここで言うんだな」

 

「我々はお前をつれて来いとしか命令されていない。大人しく着いてこなければ、それなりの手段をとらせてもらう」

 

「それなり? ははっ、いいぜ、やってみろ!」

 

「……やれ」

 

 大男のひとりがゆっくりと海人に歩み寄ってくる。もう一人の男は後方で魔術の詠唱をはじめた。しかし海人は椅子から腰をあげなかった。

 海人の前に男が立った。男は腕を振り上げると、海人に拳を振り下ろした。

 

「ふんっ!」

 

 男の拳が、海人の顔面に突き刺さる。男はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……その程度か?」

 

 だがまったく動じた様子もない口調で腕を掴まれると、男の笑みはすぐさま引っ込んだ。海人の腕は男より一回り細かったが、万力で締め付けられているようだった。男は情けないことに悲鳴を上げそうになる。

 

「どいてろっ!」

 

 別の男が退くようにと叫ぶ。魔術の発動準備が整ったようだ。しかし殴りかかってきた男は座ったままの海人に掴まれ、退避することができなかった。

 男は海人を中心に回りこみ、殴りかかった男と海人を挟み込むようにして魔術を放った。炎の球が放たれるが、それでも海人は腰を上げようとしなかった。

 炎に呑まれる海人。だが炎が引いて中から現れた海人は、火傷のひとつも負ってはいなかった。

 

「な、なぜだっ!」

 

「さあ、なぜだろう、なッ!」

 

 海人は炎に呑まれても掴んでいた男を片手で持ち上げると、なんと持ち上げて魔術師の男へ投げつけたのだ。

 男たちは重なって甲板に倒れこんだ。うめき起き上がろうとする男たちだったが、二人を上から海人が踏みつけ押さえつけた。

 

「ぐぅ!」

 

「もう一度聞くぞ、一体なんの用でここに来やがった?」

 

「わ、我々はこの船に乗っているカイト・アンドーを連れてこいと命令されたんだ!」

 

「んー、何のために?」

 

「会ってみたいから、としか……。それ以外は知らない、本当だ! 信じてくれ!」

 

 悲痛な声で訴える様子から、嘘を言っているとは思えなかった。

 

「俺に、会いたい……?」

 

 どこで俺のことを知ったのだろう? 弟子達からか? それはあり得ない。船から離れた弟子達には、俺の名と教えたことしか思い出せないよう細工を施したのだから。

 

「だったらそいつに伝えろ……」

 

 海人はその人物に会いたくなった。どうやって自分のことを知ったのか、聞いてみたくなったのだ。

 

「俺に会いたかったら、自分の足で訪ねて来いってな!」

 

「ひ、ひいいいいいいいいいッ!」

 

 海人が足を離すと、男たちは脱兎のごとく逃げ去っていった。

 

 

 

 

 次の日、船を訪ねてきた男を見て、海人は驚いた。

 素直にやってきたことにではない。たしかに少しは驚いたが、魔術師を差し向けた理由は偵察と、これから行くという予告状の意味もあったらしい。はなから目の前の男は、連れてこれるとは思っていなかったのだ。

 

 海人が驚いたのは彼が同胞、まつろわぬ神を殺し権能を奪った神殺しだったことだ。

 

「羅刹王、同類だったか。どんな奴かと思っていたが、珍しいこともあるものだ」

 

「お招きいただき感謝する。私もカイト・アンドーの人となりを知りたいと思っていた」

 

 海人はこれまでに二人の神殺しと出会っていた。一人は治めている領土に踏み入ったと襲撃され、もう一人は同じ獲物を奪いあい痛み分けに終わっていた。

 目の前の男はそのどちらとも違うようだった。文明を解さない野蛮人でも、闘争に狂う戦闘狂でもなさそうだ。

 細身に燕尾服の、理性的な井出達をしている。話がわかりそうだった。

 

「お初にお目にかかる。カイト・アンドー。私の名はサーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。見抜かれたとおり、あなたと同じ神を殺めた者だ」

 

 男、ヴォバン侯爵は恭しく一礼した。そのわずかな動作や立ち振る舞いからは強者感が漂っている。少なくない修羅場を潜り抜けてきたと伺える。

 

「まあ立ち話もなんだ。座ったらどうだ」

 

 海人はヴォバンに椅子に座るよう勧めた。ヴォバンはその椅子に座り、海人とヴォバンは間に小さな机をはさみ向かい合わせになった。

 

「とりあえず飲め。いい酒だぞ」

 

「ふむ……。ワイン、ではないようだな」

 

 出された日本酒に興味を向けるヴォバン。しかし毒を警戒してか、口をつけようとはしない。海人が実際に盃についで飲んでみせると、ヴォバンは一口だけ口にした。

 

「なかなかに味わい深い。確かにいい酒だな」

 

「だろう! わははは、お前は話がわかる奴だな!」

 

 そうして海人はヴォバンが聞いてもいないのに語りだした。二人の共通の話題といえば、まつろわぬ神か神殺しの話題だ。

 

 ヴォバンとしても願ってもないことだった。ヴォバンが会ったことのある神殺しは、「智慧の王」と呼ばれる神殺しのみ。文明で生活して五十年以上、ヴォバンの中にも「いろんな性格の人間がいる」という常識はあった。あくまで人間という括りの中だけであって、神殺しにはあてはまらないことは想像の埒外ではあったが。

 なので初対面から同胞には友好的に接してくる神殺しもいるだろう、とヴォバンは考えていた。

 会話をする気がなく見敵必殺といった神殺しであっても、それはそれでよかった。だが友好的に接してくるのであれば、それを無碍にするのは心苦しい。ヴォバンにもそう考える時代はあったのだ。

 今回は外れか、とヴォバンは美味な酒を口に含んだ。

 

「おっと、すまんな。ついつい話し込んでしまった。初対面の者に話すことでもなかったな」

 

「いや、そんなことはない。なかなか興味深い話を聞かせてもらった。八つの頭を持つ蛇か、会ってみたいものだな」

 

「そうだ、次はお前が話してはくれないか? 俺は一年のほぼ全てを海の上で過ごしてる。世間の流れには疎んだ」

 

「ふむ、あなたの冒険譚よりは栄えないとは思うが、リクエストがあれば聞くがね?」

 

「……思い出した。昨日からずっと聞きたいとは思っていたのだ。一体どこでお前は私のことを知ったんだ? 弟子達が思わず喋ってしまうという事はないはずだが」

 

 海人が弟子をとるのは、全員親がいない孤児からだ。船が家の海人だが、日本酒などのために時々人間社会に入らなければならない。たまたま目についてしまった孤児を哀れと思った海人は、弟子として拾って育て上げているのだ。

 一人前の大人になったら、船から下ろして免許皆伝としている。その時に海人は弟子達の頭に「海人の名以外を思い出せない魔術」を仕込んでいるのだ。だから弟子達から情報が漏れることはない。海人のことを知っていてもゴタゴタに巻き込まれるだけだ。

 

「ああ、それは……。こういうことだ」

 

 ヴォバンが手をかざすと、甲板の上に闇の穴が開いた。その穴からヴォバンが情報を聞き出した従僕が出てきた。

 名は何と言ったか……。ヴォバンは思い出せない。そもそも名をこいつの口から聞いたことがあっただろうか。だが海人は覚えていたようで、呆然としながら呟いた。

 

「フランク……」

 

 海人もはっきり覚えていた。十年前弟子だったフランクは、この国で船から下ろした。その後の消息は判明していなかったが……。

 フランクの顔色は蒼白になっており、とても生きた人間の顔色には見えない。明らかな死体となり、それでも動いていた。

 こんな無残な姿になっても動かしているのは誰か。考えるまでもない、目の前のヴォバンと名乗る神殺しだ。

 呆然から立ち直った海人は、体の奥底から熱い怒りが湧き上がってきたのを感じた。

 

「これはエジプトのとある冥府の神から権能で……」

 

「もういい、『冥府』というだけでよくわかった」

 

「なに……?」

 

 突然、海人とヴォバンの間にあった机が砕け散った。

 

「ッ!」

 

「嫌なことを思い出しちまったぜ……。俺の家族の命を奪った、翼を持つ女神の行いを……! 貴様の権能はそれと同種のものだ!」

 

 海人は机に拳を打ちつけた格好で固まっていた。机のあった場所には大穴が開いていた。

 

「既に死した者の魂を現世に縛りつけ、死者を冒涜する畜生の呪法。しかもそれを我が弟子に行い、よくも俺に見せつけられたな!」

 

 何処からどうやって海人の素性が漏れたのかよく理解できた。海人が弟子達にかけた魔術は、人間が死ぬまで効力は切れない。しかし一度死んでしまえば魔術は解けてしまうのだ。

 『死せる従僕の檻』は殺した者を蘇らせ、己の僕にする権能。一度死したフランクは海人を思い出し、ヴォバンに話せたのだ。

 

「もう何を聞きたくない。俺はお前を許さない、絶対に殺す!」

 

 海人は頭の上に手をかざした。すると船の外から海水が集まり、三叉槍の形をとった。

 海人がそれを握ると、水が弾けて中から槍が出てきた。

 先が三つに分かれたポセイドンの三叉戟、トリアイナだ。

 

「構えろ。たとえ命乞いをしても、容赦なく殺すぞ!」

 

「ふっ、はははははははははっ! 何と心地よい殺気だ! いいぞ、ますます望むところだ。その槍からは何が飛び出してくる? 百年以上戦いぬいた神殺しの実力を見せてくれ!」

 

 ヴォバンは海人の態度の豹変を見て、怯えるどころかむしろ喜色で歓迎した。

 

 後に何度もぶつかり合い、不倶戴天の敵同士になる海人とヴォバン。その第一戦が始まった。

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