「ひ……ひいぃぃぃ!」
甲板に赤い飛沫が上がり、頭部を無くした人であったものが崩れ落ちる。
つい今しがたまで言葉を交わしていた同僚が突然この世の者ではなくなり、恐怖で腰が砕けた兵士が悲鳴を上げる。
そんな弱者には目もくれず、槍を伝う血を振り払った海人は、武器を構えて取り囲む兵士達に向かって、声を張り上げた。
「俺こそが重蔵海賊団副船長、海人だ! 俺の首を獲りたい、蛮勇のある奴からかかって来い!」
海人が敵船に乗り込んでからの、第一声がそれだった。
重蔵率いる海賊団は今、貿易船に襲撃をかけていた。
湊の領土は、海を挟んでアイヌ──北海道に接しており、明など海外の国との貿易が盛んであった。
その中でも『
十三湊は海外の国との重要な貿易拠点であり、通行税を支払わせることで、諸国に港を開放していた。貿易と税金で得た莫大な資金のもと、十三湊は大きな発展をとげていた。
今現在、海人たちはアイヌへの貿易品を届ける、湊の船を襲撃していた。
檜山からの情報の機密漏えいがあったおかげで、船の針路から運搬する時間帯まですべてが重蔵たちに露見していたのだ。
そうとは知らない湊の貿易船は、予定どおりの進路を航行。待ち伏せしていた海人たち海賊団に、完全に嵌められていた。
「何をしている。相手は若造ひとり、さっさと始末してしまえ!」
「し、しかし、奴はあの海賊団の副船長と」
「この人数差で、何を恐れることがあるか!」
その言葉に背中を押されて、鬨の声を上げながら、兵士たちが一斉に海人へとなだれ込む。
しかしその数の暴力を前にしても、海人は槍を泰然と構えていた。
「せぇやッ!」
刀の間合いに入る前に、海人は兵士の腹に槍を突き刺した。その兵士は痛みで得物を取り落とす。
兵士の腹から槍を引きぬくと、海人はその兵士を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた兵士は後続の兵士を巻き込み、重なり合って倒れた。
「死ねぇッ!」
その間に、海人の背後には兵士が接近していた。振り下ろされた刀を、海人は後ろに目がついているように危なげなく避け、そのまま槍の柄で相手の胴を殴りつけた。
声にならない叫び声を上げながら兵士は吹き飛び、壁にぶつかって止まった。
大の大人を吹き飛ばすほどの怪力。それが線の細い小柄な青年から発揮されたことに、兵士たちに動揺が走る。
兵士たちの足が遅くなっても、海人の猛攻が途切れることはなかった。
海人は槍を突き、時には刃で切りつけて牽制し、柄の部分で打ちつけたり、果てには握った拳で殴りつけた。突きの挙動は洗礼されているのだが、それ以外は豪快で荒々しく、力まかせに戦場を立ち回る。
まるでルール無用の喧嘩をしているようであった。
「くそッ! 何故あのような粗雑な戦い方をする奴に、誰も致命傷ひとつ付けられないのだ!」
湊側の指揮官が悪態をつく。海人は腕や足にかすり傷がついて血で汚れているものの、動きに支障が出る傷は全く負っていなかった。彼は先天的な勘で、四方八方からの攻撃を紙一重でかわしていた。
「……ふふふふ」
死んだことすら自覚しないまま、海人に顔面を突き上げられ、兵士の一人が倒れる。
ついに海人たった一人で、船の戦闘兵半数が、殺されるか気絶させられるかで戦闘続行不能にさせられてしまう。
海人は輪になって倒れ伏す兵士たちの中心で、狂ったように嘲笑した。
「遅い、軽い、ぬるい! どうした、その程度か。ぬるすぎて疼きが収まらねえぞ。どいつか俺を殺そうって奴はいねえのか!」
目を血走らせる海人に怯み、じりじりと周囲を取り囲みながら慎重になる兵士達。それに混じって、なにやら長い鉄の筒を海人に向ける者がいた。
パァンと鋭い火薬の爆発音が響く。
海人が顔を大きく反らした。兵士たちに突撃を命じた指揮官が、火縄銃を発射した音だった。海人が激しく反らしたことで命中を確信したその指揮官だったが、次の瞬間には表情を驚愕に塗りつぶされた。
「……なんだ、面白ぇもん持ってるじゃねえか」
指揮官の顔がさーっと青ざめる。
「きっ、貴様! まさか、鉄砲を避けた、いや、そんなはずはない! どうして鉛弾を受けて平然としていられるんだ!」
「今の飛んできたやつか? だったら当たってないぞ」
「そっ、そんな馬鹿なことがあるか!」
「あー、うっせうっせ。そんなに信じられないなら、もっと近くによれ。そんな遠くじゃ、傷口も見れねえだろうが。まぁ──」
海人が軽く足を一歩、前に踏み出す。その瞬間、海人から押しつぶされそうな重厚なプレッシャーが吹き上がる。指揮官は本能で、言葉に出来ない底知れぬ恐怖を覚えて、火縄銃を落としてしまう。
「確認する前に、お前の頭が潰れてなけりゃの話だけどなッ! 覚悟しろ、ここからは全力で蹂躙させてもらう!」
その時、海人の威圧に吞まれた兵士の一人が、震え声で小さくつぶやいた。
「やはり、あの俗言は法螺ではなかった……。重蔵率いる海賊団の副船長は、血に飢えた鬼の子だと……!」
その場にいたすべての者が海人に、顎を開く獣の姿を幻視した。
◆
仁実と重蔵が迎えに来ると、海人が乗り込んだ護衛船の中は惨憺たる光景であった。
二人もただ突っ立っていたわけではない。いくつもある海賊団が強奪、もとい所有している船を統率して、他の湊の護衛船を無力化していたのだ。
仁実と重蔵は数人の構成員を連れて押し入ると、血と死体が散らばる地獄絵図の中、ひとつの死体を椅子にして腰掛ける海人を見つけた。その手には火縄銃があった。
火縄銃を全方位からじっくりと吟味していた海人に、仁実は話し掛けた。
「兄様、気は済みましたか?」
「おう、仁実か。こんなところに来るもんじゃねえ。お前には刺激が強すぎる」
海人は返答するが、目線は火縄銃からはずさなかった。海人の興味は手に持つ火縄銃に集中していた。
「血を見ることぐらい、すでに慣れました。それよりどうです、これだけ暴れて気は晴れましたか? と聞いています」
それを聞いた海人はぎろりと仁実を睨むと、だんと音をたてて勢いよく立ち上がった。
「ぜんっっっぜん足らん! なんだこいつ等は。本当に湊の水軍か? ひとりひとりが弱っちいが、特に指揮官がひどかった。こいつ、突撃しろと命じるだけ命じて、形勢が悪くなったら部下を置いて一人海に逃げようとしやがった。無能はこの船だけか!?」
海人は鋭い剣幕で勢いよくまくし立てた。仁実と重蔵はやっぱりか、と諦めたように諦観した様子で、冷静に答えを返した。
海人の戦狂いは今に始まったことではない。海人は焦りはないようだが、命のかけひきがあるごとに何かと戦果を上げようとするのだ。
「この船だけみたいですね。不利と見るや小船で撤退、もしくは即時降伏。戦況を客観的に見て取れ、武勲よりも人命をとる、優秀な指揮官だけですよ」
「まさか襲撃されるとは思わなかっただろうし、偉いところのおぼっちゃんでも乗っていたんじゃないか。血生臭い戦を知らない、温室育ちの甘ったれがよ。残念だったな、海人」
「くそっ、外れかよ。……過ぎちまったもんは仕方ねえ。親父、その無能な指揮官が面白いもん持ってたぜ」
海人は悪態をつくと、持っていた火縄銃を重蔵に投げ渡した。重蔵はそれをキャッチすると、回したりして注意深く観察した。
「それで小石みてえな小さな鉄塊を飛ばしてきやがった。鉄筒が精巧に作られている。売れば相当な値打ち物になりそうだぜ」
海人は物を見る目があった。美しい芸術品から緻密に作られた工芸品まで、海賊業で高値な物と触れる機会が多いため、目が肥えていた。略奪してもすべては持っていけないため、海賊には必須のスキルだった。
「ああ……。他の船でも持ってる兵を見かけた。捕虜から聞き出したら、『銃』という飛び道具らしい。船から射られて、仲間が何人かやられた」
「そうか。特注品じゃねえか。なら、湊にはこんなすげえ物を作れる鍛冶師がいるってのか?」
「それは違う。この銃は、外国から貿易で大量に揃えたらしい。今は本隊に配備されていると聞き出した」
「本隊?」
仁実と重蔵はお互いに顔を見合わせると、今度は口に出して言った。
やっぱり、気づいていなかった、と。
「なんだ二人して、まるで俺の思っていることなぞ簡単に予想できるかのような口ぶりで」
「兄様は少し察してください。なんと言うか、兄様は表面しか見ていない気がします。槍を持つとさらに周りが見えなくなっています。どうしてその様なことに発展したのか、相手の思惑を察して、裏のことまで考えて」
「あー! やめろ、面倒くさい。仁実、結論を言え結論を」
「つまりだな……」
説教が始まりそうになる仁実をさえぎり、海人は本題をせかした。話を重蔵が引き継ぎ、なにやら神妙な口調で海人に問いかけた。
「船と兵の数が少ないことに気づかなかったのか? と仁実は言っているんだ。どうせお前、暴れるだけ暴れて、数なんてまったく頭になかっただろ」
「ぐ……。そ、それが何だってんだよ」
「戦力を出し渋っている。こんな重要な任務に出し渋るなど、湊は相当に兵を失いたくはないと見える」
重蔵はちらりと見やると、訳のわからないと言った海人に向けて、自分の推測を告げた。
「おそらく、大規模な戦を仕掛けてくる。それも五年前に檜山が仕掛けたような、大戦だ」
「檜山側も動いていたのなら、父様の仮説も濃厚になります。急いで檜山に戻りましょう」
「お、おう」
重蔵は、先に船内に価値のあるものがないか探させていた手下達に、呼びかけた。
「お前等! 船内に人も金になりそうな物も、何もなかったか!?」
『すっからかんでしたぜ、船長!』
「ならさっさと撤収だ! 船は燃やせ! 早く逃げねえと、焼け死んでも知らねぇぞ!」
『応! 火をつけろ! さっさと逃げろ!』
気合の入った号令がいきわたり、息のあった行動で、海賊団は素早く撤収していった。
◆
檜山へと戻った海人たち海賊団一向。船を部下達に任せて、先に町に入った安東家の三人を迎えたのは、何かに群がる人だかりであった。
「あんた、ちょっといいか?」
「おや、これはこれは、重蔵様」
重蔵が近くに居た名も知らぬ庶民に声をかける。相手は重蔵を見ると、敬語で返答した。
重蔵が海賊を名乗っていることは民衆にも周知されていた。海賊であってもしかし、重蔵は排斥はされず、むしろ民衆には歓迎されていた。
「これはいったい何目当てで群がっているんだ?」
「実は、上の役人様が立て札を立てていきまして。重要なことだからと、必ず目を通すようにと沙汰が下されたのです」
海人はそれを聞くと、背中から聞こえる仁実の精子も聞かずに、群衆の波にと突っ込んでいった。
人の波を掻き分けて、群集の最前列に出る。
息を整えるのもほどほどに、立て札を見た。
『徴兵』
その二文字が、立て札の左上に、赤字でデカデカと書かれていた。