征海魔王   作:カンジョー

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四十話、化物

 海人は詰め寄ると、そのトリアイナでヴォバンを串刺しにしようと突き出した。だがヴォバンは槍が届く間一髪のところで従僕を呼び出すことに成功した。ヴォバンと海人の間に盾を持った従僕が割り込み、海人の槍を受け流した。

 そこにフランクが海人に剣を振り下ろす。逆に蹴り飛ばすこともできたが、海人は攻撃をためらってしまう。トリアイナで振り下ろされた剣を受けた海人は、至近距離でヴォバンとにらみ合う。

 

「なぜたった一人の人間の死を見て、そこまで怒りを見せる? 人間などという脆い生き物の死など、百年以上生きている神殺しの先達たる貴公なら見慣れているだろう?」

 

「黙れ! こいつは……フランクは、俺の家族だ!」

 

 海人は生気のないフランクの顔を覗き込みながら言った。

 海人の生きた年月に比べれば短い時間だったかもしれないが、海人はその短い時間で愛を注いだのだ。その愛は他人と比べられなく、海人は彼を息子か孫の様に接した。決してただの人間と切り捨てることはできない。

 

「家族を殺し、その死を辱める貴様を、俺は許さない!」

 

「だが人間と神殺しは、同じ時間を生きられない。貴公がどこかで野垂れ死ななければ、寿命で人間が先に死ぬ。今もどこかで貴公の弟子が殺されているかもしれん。その死にさえ貴公は手をつけるのか? そんなに大事ならば、弟子など取らねばよかったものを!」

 

 別の従僕が召還された。今度の従僕は槍を持っていた。海人のとは違い、穂先はひとつだけだ。

 槍の従僕は海人へ槍を突き出すが、海人はそれを避けてヴォバンと従僕達と距離をとった。

 

「俺が弟子をとるのは、あいつらに助けを求められたからだ。あいつらが俺の前で、生きたいと願ったからだ」

 

 海人の前でその時までは浮浪児だった彼等が助けを求めなければ、海人は弟子にしたりはしなかった。力を与え、送り出すこともなかった。

 先手を防がれ、若干海人は熱が冷め冷静になってきた。

 

「不幸は探さない。だが目の前で助けを求める奴を、俺が絶対に見捨てない。……フランク、お前の助けを求める声が聞こえるぞ。だからヴォバン、魂を捕らえて無理矢理従わせる貴様を殺す。殺して魂を開放する!」

 

「気迫が強いのは結構だが、まだ貴公は私に刃を届かせていないではないか。私の従僕は三つだけではない、その気になればこの船を埋め尽くすことも可能だ。どうやって私を殺そうというのだ?」

 

 ヴォバンはさらに従僕を二体召還した。これでヴォバンの前に、武器を持った従僕が五体揃った。

 たしかにヴォバンの言うとおり、船の甲板は手狭だ。あと数体召還されてしまえば、槍を振るう空間がなくなってしまうかもしれない。

 だが狭い場所での混戦は海人が最も得意とするところだ。海人は生まれながらにして、その身に剛力を宿している。力任せに槍を振るい、敵を一気になぎ払う。敵船に乗り込んで若いころ何度もやったことだ。

 

「いくぞ……!」

 

 海人はヴォバンへ一歩踏み込んだ。しかしすかさず、三人の従僕が一斉に海人に斬りかかった。トリアイナで受け止めるが、手にかすり傷を負ってしまう。海人は一人を蹴り飛ばし、一人をトリアイナで突き刺し、一人を力まかせになぎ払った。

 

 海人は再び一歩踏み込んだ。今度は従僕が二人バラバラに斬りかかってきた。海人は一人目を受け止め盾にしながら、隙を見て二人一気にトリアイナで串刺しにした。その間にもヴォバンは険しい表情で追加の従僕を複数体呼び出していた。

 

 海人はさらに一歩踏み込んだ。従僕が斬りこみ、海人がそれを迎撃する光景が続く。だが海人は初め以外一切後退せず、着実にヴォバンに近づいていた。

 

「どうした、貴様の従者は俺の前では壁にもならねぇ様だな。潔く己から前に出てきたらどうだ、ヴォバン!」

 

 そう言いながら海人はトリアイナでまた従僕を片付ける。従僕の形が崩れるが、これでは魂を開放したことにならない。倒された従僕は、時間が経てばまた復活してしまう。

 

 そしてさらに数体の従僕を倒した海人は、ついにヴォバンに槍が届く距離に詰め寄った。

 もらった。そう確信しトリアイナを突き出した海人だったが、トリアイナが空を切って愕然とする。

 

「ほう……?」

 

 また二度、三度とトリアイナで攻撃を繰り出すが、それも全てかわされてしまう。

 ひょろひょろの細い体格を見て武術を修めているとは思えなかった。実際、ヴォバンの動きはギリギリで避けていた。まるで追い詰められた獣が本能に従って避けているようだった。

 それは正しかった。やがてヴォバンの体がどんどん大きくなっていく。ヴォバンは膨張すると、海人の体長の二倍はあるかという巨大な狼に化身したのだ。

 

「それも貴様の権能か!」

 

「そうだ。近づけば必ず殺せると思っていたか? 私自ら戦う権能もあるのだよ!」

 

 後の世で『貪る群狼』と名付けられる権能は、数千匹にも及ぶ狼を生み出し、自らも巨大な狼に変身することができる。

 狼になれば俊敏力と反射神経が研ぎ澄まされ、その大きな牙と爪に攻撃されればひとたまりもない。

 

「ガァアッ!」

 

 後ろ足で二足立ちするヴォバンは、右前足の爪を振るった。

 まともに当たれば鋭い爪が肉を引き裂き、致命傷を負ってしまっただろう。だが海人は逆に振るわれた右前足を、手のひらを合わせるように真っ向から掴み返した。

 

「なにっ!?」

 

 ヴォバンは左前足も振るうが、それもトリアイナを足元に突き刺し、両手を空けた海人に掴み返されてしまう。巨狼の鋭い爪は、手のサイズが違うせいでギリギリ届かない。

 ヴォバンと海人は両手で掴み合い、押し合う状況になった。

 ヴォバンは狼の姿による体格差で海人を押しつぶしながら、手も握りつぶしてしまおうと両腕に力をこめる。膨れ上がった狼のサイズに比例して、握力も何倍にも強くなっている。

 

「ぐぅうう、おおおおッ!」

 

 しかし呻き声を上げたのはヴォバンの方だった。ヴォバンは握りつぶし海人の腕に爪を食い込ませようとしたが、逆にヴォバン以上の握力で握り返されてしまった。ヴォバンは巨狼となり身体面でとてつもなく強化されている。だが権能で強化されたヴォバンに握力のみであるが勝ってしまう海人は、ヴォバンの巨狼の姿より化け物じみていた。

 

 海人に押し返されそうになるその時、ヴォバンは頭を突き出し海人の頭に噛み付こうとした。

 

「おっと」

 

 握り潰そうとしていたヴォバンの両手をはなし、それを海人は後ろに飛びのいて避けた。ヴォバンの牙は海人を捕らえず、空しくガチンと歯の合わさる音が響く。

 海人は甲板に刺していたトリアイナを引き抜いた。

 

「その怪力……。貴様の権能か?」

 

「違うな、俺の怪力は生まれつきだ。使っている権能は、この槍のトリアイナだけ。俺の馬鹿力で振るっても折れない優れものだ。……つまり貴様は俺が本気を出すまでもないってことだ!」

 

 海人が再びトリアイナを構えたその時だった。ヴォバンが顎を開き、口から雷を放ってきたのだ。咄嗟にトリアイナを盾にし、海人は八郎太郎の権能を使った。

 

「ッ! ……残念だったな、雷は俺も使える!」

 

『マスター、突然起こして権能の制御をさせないでください。こちらにも準備というものが……』

 

「うっせえ。そう言うがしっかり制御できてるじゃねえか。その調子で頼むぜ」

 

 トリアイナは、ヴォバンの雷を引き裂いていた。八郎太郎の権能は雷を操ることもできるが、精密な操作ができない。制御をトリアイナに任せることで、海人の苦手な細かい権能のコントロールができるようになったのだ。

 

 だが、ヴォバンが雷を放った目的は、海人を感電させるためではなかった。

 

「勘違いしているようだが、私は当てようとも、それで倒せるとも思っていない」

 

「なに……?」

 

『マスター、下です。足元を見てください』

 

 海人はトリアイナの言う通りに足元を見た。今二人の足場になっている船の甲板は、海人たち神殺しの激突で滅茶苦茶になっていた。戦闘が始まる前から歴史的な古さだったため、衝撃に耐え切れなかったのだ。

 さらに雷という火種が加わり、木造の帆船からは火の手が上がりはじめた。

 

 ヴォバンが雷を放ち終えると、海人の周囲には大小様々な無数の狼達が、海人を待ち構えていた。

 狼達の数は、まさに甲板を埋め尽くすほど。

 そして雷を放つのをやめたヴォバンは、時を移さず海人に背を向け、船から飛び降りた。

 

「狼共、目の前の男を逃すな! 命に換えても押さえつけろ!」

 

「待て、貴様!」

 

 ヴォバンの後を追おうとする海人だったが、行く手を狼達が阻む。従僕よりも強くはないが、いかんせん数が多すぎる。

 狼達は一斉に飛び掛ってきた。

 

 そして飛び降りたヴォバンは、天にかかった雷雲に命令を下した。

 テムズ川下流付近の天気は開戦前の快晴から一転、突如かかった雷雲で雨は降らずとも大荒れだった。ヴォバンが戦闘の最中、海人に気づかれないよう呼び寄せていたのだ。それを海人も出来ると知らないのは、仕方のないことだった。

 

 古ぼけた帆船に、特大の雷霆が振りそそいだ。

 大きな音を立てて燃え上がる帆船。造られたときは鉄の装甲もあったが、今は重いという理由で取り外されている。雷に打たれれば、乾いた薪でしかなかった。

 

 ヴォバンは狼の化身のまま着水するが、巨体での着水音は落雷の音で容易にかき消された。

 帆船は燃え盛る炎とともに、海に沈んでいった。

 

 

 

 

 Guuuu…。

 海から港に上がってきたヴォバンの姿は、巨狼のままであった。全身ずぶ濡れの巨狼は出てきた後、体を激しく震わせて水を弾き飛ばした。

 ヴォバンは化身を解かず、狼達を無数に呼びだした。

 

「狼共、海を見張れ!」

 

 命令された狼達は、港の海に面する場所にズラリと並んだ。召還された狼達の数は多く、港を埋め尽くす勢いだった。

 狼達は言いつけどおり海を見張っている。

 ヴォバンは、あの程度で海人が死ぬとは思っていなかった。ヴォバンも何度も絶体絶命の危険を乗り越えてきた。海人も神を殺めた者同士だとすれば、しぶとく生き残っているはずだ。

 だからヴォバンは海から陸に上がれる場所を見張らせ、陸に上がってきた所を叩こうというのだ。

 

 さあ来い。ヴォバンが拳を握りしめたその時、巨狼の第六感がヴォバンに警鈴を鳴らしてきた。本能に従って右に飛び退くヴォバン。

 刹那、海が割れた。

 海の裂け目はヴォバンに向かって直線に伸び、直線上にいる狼達を吹き飛ばした。そしてヴォバンの一瞬前までいた場所を何かが通り過ぎ、ヴォバンが後ろを振り向くと、そこには海人がいた。

 

「避けた……? 厄介だな、その第六感は」

 

 海人が乗っている馬はこの世のものとは思えない体色をしていた。体の色が海のように深い蒼、虹色のたてがみ。海人の愛馬、アリオンだった。アリオンもポセイドンの乗っていたヒッポカムポスと同じく、音の速さで走ることができた。

 

「ちと数が多いな。この数じゃ俺も倒すのに数分かかりそうだ」

 

 海人は港に並ぶ狼達を眺めて言った。ぐるりと全体を見渡し、最後にヴォバンを見てニヤリと口角を釣り上げた。

 

「もしものため、呼んでおいたのは無駄にはならなかったな」

 

「キャウン!」

 

 ヴォバンの背後で狼の痛々しい鳴き声が聞こえた。振り向くと、ヴォバンは目を疑った。

 狼がカジキマグロに突き刺され、体を串刺しにされていたのだ。

 カジキマグロの吻──剣の様に鋭く伸びた上顎に突き刺され、体を貫かれた狼は灰になって消えてしまう。

 さらに驚く事態が起き、地面に突き刺さったカジキマグロの尾びれが割れ、伸びて足となった。ひれも伸びて手となり、ヴォバンが狼の化身に変化する様に体がどんどんと膨張していった。

 ヴォバンがあっけにとられる中、カジキマグロは四肢と魚の顔をした、身長一メートルの人間の形に変態した。

 

 驚きはそれに留まらない。巨狼の類まれなる聴覚が、沖でバチャバチャと何かが水面から跳ね上がる音を聞き取る。空を見上げると、そこには何十メートルトビウオの様に飛び跳ねたカジキマグロの大群が。

 カジキマグロの大群は弧を描き、吻をこちらに向けて落下してきている。トビウオの様にといっても、水面に着水するのではなく港に着弾しようとしているのだ。

 あの高さから落ちれば、鉄の板でも鋭い吻で穿たれてしまうだろう。ヴォバンは急いで狼達に退避するよう命じた。

 だが、遅かった。

 半分以上は逃れられたものの、それ以外の狼はカジキマグロに捉えられ、吻の一撃で絶命してしまった。

 そして後から降ってきたカジキマグロ達も最初の一匹と同様に変態し、人間の形態になった。

 

「これが俺の兵士だ」

 

 ヴォバンは自分の策が崩れるのを感じた。海人には一対一の白兵戦では敵わないと考え、広い場所で多対一の戦いを挑もうと船を燃やしたのだ。

 だが海人も手下を増やせるのであれば、今の状況は最悪に近い。こちらは無限に狼を生み出せるが、それも『体力が続くまで』という制限がつく。対して海人の数は未知数だ。

 それに海人とカジキマグロの兵士に、ヴォバン達は挟み込まれている。

 

「権能を使うまでもない、のではなかったのか?」

 

「同朋との決闘だというのに、本気を出さないのは失礼かと思ってね」

 

「決闘、だと? いつからそんなものになった! これは貴様がふっかけた、殺し合いの喧嘩だろう!」

 

「……おお。そうだ、そんな理由で始めたのだった」

 

 海人は本気で忘れていたとばかりに、しきりに頷いていた。

 

「俺はあまりにまつろわぬ神を殺しすぎたせいで、神のほうから逃げていく……。戦いを挑まれたのも久しいことだった。たとえ命知らずだったとしても、な」

 

 海人はトリアイナを構えた。ヴォバンもそれを見て、両前足を地面につく。最も素早く走りやすい姿勢だ。

 カジキマグロは歯をガチガチ鳴らし、狼達はうめき声を上げ威嚇した。

 

「さあ、合戦の始まりだ!」

 

 海人の掛け声を合図に、海人とヴォバンの軍団が激突した。

 

 

 

 

 数時間後、港は血痕と血なまぐさい悪臭に包まれて……はいなかった。

 悪臭に包まれてはいたが、それはカジキマグロの魚臭い匂いだった。

 

「……逃げられた」

 

 海人は残ったカジキ達と狼を掃討しながら呟いた。カジキ達を食いちぎって倒そうとして襲ってくる狼達を、一匹一匹潰していたのだ。

 カジキ達は狼の様に消えてしまうのではない、ちゃんと卵から孵化しているのだ。だからこうして死体も残る。

 

 ヴォバンは混戦に紛れて、まんまと逃げられてしまった。日ノ本の合戦に例えれば、ヴォバンは落ち武者となったと言える。

 だが、このままロンドンの街に乗り込むわけにはいかない。海人はロンドンを知らない。敵地に乗り込むようなものだ。

 ヴォバンは地の果てまで追い詰めるとして、準備をしなくてはいけない。

 

「まずは……船を捜すか」

 

 黒い煙を上げて海の藻屑となってしまった船兼家を眺め、海人は大きなため息を吐いた。

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