征海魔王   作:カンジョー

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第六章 帰郷と再会
四十一話、秋田


 安東海人は羅刹王である。民衆に災いをもたらす『まつろわぬ神』を刹逆し、神を神たらしめる権能を奪った神殺しである。

 『魔術師の王』と呼ばれるほど魔術師に注目されている羅刹王の海人だが、意外にも欧州の魔術師には海人の出身が何処の国かは判明されていなかった。

 一世紀にも渡り欧州でヴォバン侯爵を追いかけ、散々暴れまわったのに、だ。

 その髪と肌の色から大陸の端にある地域の出身であるのは判別できる。しかしヴォバン侯爵が『アンドゥー』とファミリーネームを間違って覚えている、二世紀以上前から活動しているため記録がない等という訳から、東洋人であることしか知られていなかった。

 

 そんな海人は、船の甲板から奥羽の連峰が見える、日ノ本まであと少しという所までやってきていた。

 

「ここからの景色は変わらんな」

 

 だが文化や街は変わっているだろう。西暦一八五二年。海人が日ノ本に帰らなくなってから、およそ二百年という年月が流れていた。

 時の流れは平等だ。万物に平等に訪れて、平等に過ぎ去っていく。時代で変わらないものはなく、十三湊も様相は様変わりしていることだろう。

 文明も発達して、海人が見たこともない技術が使われているかもしれない。西洋ではこんな船(・・・・)を造ることもできるのだ。西洋の発展には劣るとも、目を見張る発見があるかもしれない。

 それに何より、羅刹王と違って、人は歳をとる。生きとし生けるもの全てに寿命が訪れて、そして死ぬ。海人が十三湊で生活していた時の人間は亡くなり、海人を知っている人間はもう生きてはいないだろう。

 

「そう思うとこの景色も違って見えるな」

 

 心なしか昔見た景色よりも一段高い位置から眺めているような……。いや、それは当たり前か。

 海人は自分の乗る船に視線を向けた。大きな三つのマストに、黒い煙を上げる巨大な煙突。甲板の手すりから身を乗り出して船を向けば、海水を漕ぐ水車が見えるだろう。

 海人は蒸気船に乗っていた。機関で動かした外輪を推進力としているが、燃料節約のため帆もついていた。そのため蒸気外輪船、機帆船とも呼ばれているようだ。

 

 何故海人がそんな船に乗っているかというと、奪ったのだ。

 アメリカで完成間近だったこの船に真夜中に侵入し、石炭をくべて機関を動かし出航したのだ。

 イギリスから大西洋を渡るのに別の小さな小船を用意していたが、途中で酒が尽きるという事態が発生したのだ。食料は魚を釣ればどうとでもなるが、酒は買わないと手に入らない。

 酒の枯渇は海人にとって死活問題だ。それくらいしか娯楽がないとも言える。

 なので太平洋を渡っても尽きないほど酒を貯蔵できる船を、海人は欲したのだった。

 

「……」

 

「うん、どうした? ……そうか、石炭が尽きたか。なら水車は動かさなくていい。十三湊も近いしな」

 

 船内から、海人の兵士である魚人が出てきて、海人に燃料がなくなったことを告げた。頭が魚なので知能はないと思われるが、海人が手を加えたことで意思疎通し命令を理解できるほどの知能ができた。

 

 やがて外輪がゆっくりとなり、水を漕ぐに立てていた音がとまった。

 

「さあ、十三湊は一体どんな様子だ?」

 

 この大きさの船だと、港に入れると座礁してしまうかもしれない。沖に停泊させ、小船で上陸しよう。

 海人は念話で舵をとる魚人に、船の進む方向を指示した。

 

 

 

 

 十三湊に小船で上陸した海人は、桟橋から上がって十三湊の様子を観察した。

 港には民衆が押しかけており、喧騒で騒がしかった。人々の視線の先には、海人が奪ってきた蒸気外輪船があった。

 海外の船が珍しいのかと海人は推測した。港に停泊している船を見れば、外国の船は海人以外にアイヌの船しかなかった。

 だが、それだけではないらしい。耳を澄ませて民衆の声を聞くと、不安や警戒の声のほうが大きかった。

 驚きの声も煙突と大きな外観に驚く声もあれば、なぜこんなに早く、あと半年もあるぞ、と。まるで海外の船が来ることがわかっていたような驚き方もあった。

 

 意外なことだったが、その海外の船から降りてきた海人は注目されていなかった。

 何故だかは知らないが、この内に群集に紛れてしまおう。海人は桟橋をすぐに離れようとした。しかしその時、海人は前方から来た、帯刀した侍に声をかけられた。

 

「待て、そこの男! 貴様、黒船から降りてきたな」

 

 だんだんと近づいてくる侍。侍の声を聞いた群衆がざっと、海人と侍の二人から距離をとった。

 

 海人は大人しく隠れることを諦めた。と同時に既視感も覚えていた。

 こんな事が前にもあったな……。海人は額に手をあてて思い出そうとする。

 

 二百年前、前回のことだ。十年も時間を開けて十三湊に帰ってくると、二人の水軍兵に拘束された事があった。その時は海人を知っていた兵達の上司がいて開放されたが、その日の内に海人は日ノ本を出て、それ以来帰ってこなかった。

 だが海人にはどうでもいいことなので、忘れていた。

 

「貴様、名を名乗れ」

 

「俺か? 安東海人だ。一応、武家の出になるか」

 

「安東? 武士だと? 刀さえ持っていないではないか。……見たところこの国の者のようだが、何故黒船から降りてきた?」

 

「黒船? あの船のことをそう言うのか?」

 

「とぼけるな! まさか貴様、南蛮の国の間諜ではあるまいな!?」

 

 侍が真剣を抜く。悲鳴が周囲で上がる。

 海人はやれやれといった様子で自然体のままでいた。しかしそれが命しらず馬鹿に見えたらしく、侍は怒気をみなぎらせた。

 神経を逆撫でするようであれば斬り捨てされても文句はいえない。だが海人はその程度脅威に値しないと余裕の表情だった。

 

 いつ斬りかかられてもおかしくない雰囲気。そんな中、海人と侍二人の間に、若い女性の声が割り込んだ。

 

「待ちなさい!」

 

「ッ! 誰だ!?」

 

「……あー」

 

 侍は声の聞こえた方向に振り返った。海人はまた呑気にひとり言を零し、誰かが割って入る状況に既視感を感じていた。

 

 声の主は想像通り、まだ成人になって間もない少女だった。

 歳は十五あたりだろうか。周囲で傍観する民衆とは別格の着物を着て、彼女だけ切り取られた別世界にいるようだった。

 帯刀してはいなかったが、彼女の後ろに帯刀した屈強な男二人が、護衛として付き従っているようだ。

 

「『秋田』芽衣(めい)。それが私の名。……その男は私達が連れて行くわ。あめりか(・・・・)を知る重要な情報源だもの、斬ってしまえば聞き出せないでしょう?」

 

「秋田の小娘が、ここは南部の所領だぞ!」

 

「だからこそ、よ。あなたが城に連れて行ったとしても、あんたの様な浪人風情が取り合ってもらえる訳ないでしょ。ほら吹いてふっかけようって思われて、簡単にあしらわれるわよ」

 

「ほー」

 

 侍の男もそれなりに上質な着物を着てると思ったが、人々の生活水準も上がっているのか。海人はまるで他人事のように、二人が言い争うのを眺めていた。

 それよりも聞く限りで重要なのは、ここが南部の領地になっていることだ。安東家の一族は一体どこに行ったのか? まさか断絶してしまったのか。

 二百年の変化に、海人の疑問は尽きない。

 

「だからさっさと去りなさい。あなたの出る幕はないわ」

 

「……ちっ」

 

 侍の男は舌打ちすると、無言で去っていく。

 男の姿が見えなくなると、秋田と名乗った少女が海人に近寄ってきた。

 

「さあ、一緒に来てもらうわよ。まさか嫌とは言わないわよね?」

 

「けっ、嫌だね。俺は誰の指図にも従わねぇ。例えそれが神であってもだ」

 

 そう海人は吐き捨てた。今まで国や法に縛られず生きてきた海人が、はいそうですかと従うはずがなかった。

 海人はこうすれば彼女は激昂するか実力行使に出るかと予測していたが、どちらでもなかった。

 芽衣は無防備に海人の目の前まで近づくと、小声で囁いたのだ。

 

「海人様。場所を変えましょう、人気のない所に。羅刹王であるあなた様に手荒な真似などいたしません」

 

 少女の言葉に、海人は目を見開いて驚いた。この少女は海人のことを知っている。それにまつろわぬ神も、それを殺した羅刹王が存在する事も。国長でも知らないことを、この秋田芽衣と名乗った少女は知っている。

 

「……わかった。。案内しろ」

 

「有難う御座います。──ついてらっしゃい!」

 

 芽衣は短く感謝を述べると、今度は命令口調で声を張り上げた。海人が自分に従っていると周りの人々に示すためだ。

 

 海人は芽衣先導の下、前後を護衛二人に守られながら、人通りの少ない裏路地へと入っていった。

 

 

 

 

「ふんふふーん、ふんふふーん」

 

 裏路地へと入り人が少なくなった途端に、高圧的で不遜に振舞っていた芽衣が、まるで童心に還ったように笑顔で鼻歌を歌いはじめた。高価な着物でなければ、その場で回って踊りだしそうなほどの浮かれっぷりだった。

 海人は少女の雰囲気が二転三転するを見て、目を白黒させた。

 

「……いいのか、あんなに浮かれていて。一国の姫に相応しき振る舞い、とかあるんじゃねえのか?」

 

「はっ、良いのです。芽衣様は秋田大名家の娘として作法を身につけてはいますが、あの歳で檜山から出たことがありません。初めての旅に初めて見る他国、姫様にとっていい息抜きになることでしょう」

 

 護衛の者に聞いてみたところ、日頃息苦しい生活を強いられているので、今回だけは大目に見て休息をとらせよう、ということらしかった。周囲の目からも開放されて、今の彼女の姿が一番楽な姿なのだろう。

 

 だとすると、あの娘がここにいるのは普通ではない。普通ではない日に海人がちょうど十三湊に都合よく訪れるのは、

 

 しばらく先導する芽衣に海人達は付いて行った。人気のない細い路地に入ると、芽衣はくるりと振り返り海人に恭しく頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります、私の名は秋田芽衣と申します。海人様、先ほどは羅刹王の化身たる御身に無礼な態度で当たったこと、真に申し訳ありませんでした」

 

「別に気にしちゃいない。それよりも、その謙るような口調はやめろ。お前に一番話しやすいように話せ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 頭を上げた芽衣は、花が咲くような満面の笑みを浮かべていた。

 

「海人様、と呼ばせていただきますね。そうしないと気を緩めた時にうっかり出ちゃいますから。それをおば様に聞かれたと想像したら、もう……!」

 

 芽衣は肩をぶるりと振るわせた。その『おば様』という人が、芽衣の教育係のような人なのだろう。彼女にとって頭の上がらない存在のようだ。

 

「あの侍の反応も、あんな事があった後では仕方のないことなのです。どうか許してあげてください」

 

「そういえば、民は船を指して黒船と呼んで、どこか不安で怯えていたな」

 

「半年ほど前、江戸の浦賀沖に四隻の蒸気船が来ました。あめりか(・・・・)と言う国の使者であり、来航の理由は『開国』、外国に港を開くようにとの半ば脅しの要求でした。その時に江戸で発した不安と噂が、江戸から遠いこの十三湊にまで響いて伝わっているのです」

 

 一八五三年、黒船来航。アメリカのペリー率いるインド艦隊が、浦賀に来航し日本に開国を迫った出来事だ。この時から明治維新までを『幕末』という。

 そんな黒船来航と全く同じ時期に、同じ船に乗って海人は日ノ本へ帰国してしまったのだ。

 

「あんなに目立ってしまえば、すぐに幕府に知らせが行くでしょう。なのであの黒船には戻らないほうがいいです」

 

「それなら仕方ない。しかし、酒がなぁ……」

 

「さ、酒、ですか……。そういえば酒が好きだと言っていましたね……。すみませんが、諦めてください。替わりにこちらで用意しますので」

 

「そうか、ありがたい。だが聞き捨てならないことを言っていたな。『言っていた』だと? 俺が羅刹王であることも、酒が好きであることも、一体誰から聞いたんだ?」

 

 海人が日本にいたのは二百年も前の話である。まつろわぬ神がいることも、それを殺した羅刹王がいることも知っている。それはあり得る話だ。

 だが海人個人の好物まで知っているとは。まさか海人の記録が残っているわけでもあるまい。どうやって知ったのだろうか。

 

「この十三湊も二百年も前は秋田の領地だったのです。しかし家督を兄弟どちらかに相続するかという問題で、家が二分されてしまいました。その混乱している最中に南部家に侵攻され、弟の実季が治めていた十三湊の秋田氏は滅亡してしまいました」

 

 そこまで言われて、海人はようやく思い至った。

 

「てことはお前は、まさか……」

 

「はい。檜山の安東家は姓を改め、秋田家となりました。私は安東氏から代々続く秋田氏の直系。──海人様はご先祖様に当たります」

 

 まるで時を越えてきたみたいですね、と芽衣──海人の子孫にあたる少女は、朗らかに笑った。

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