征海魔王   作:カンジョー

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四十二話、再会

 黒船で十三湊に帰ってきた海人は、そこで帯刀した男にアメリカの間者だとして疑われて斬り捨てられそうだった。

 海人にただの鉄の刀など命を脅かす脅威にはならないが、穏便に済ませておきたかった。そんな時、秋田芽衣と名乗った少女が助けてくれたのだ。

 少女は海人のことをよく知っていた。少女は、海人の遠い子孫だったのだ。

 

「半年ほど前に、海人様が此処十三湊に帰ってくるという予知があったのです。見上げるほど大きな異国の船で上陸する、と。なので私は海人様をお迎えに上がったのです。異国の船で来たのなら面倒なことになるだろうから、私の気分転換も兼ねて、こうして十三湊に来た、という訳です」

 

「なるほど、助かった。芽衣は未来のことも見えるのか」

 

「あ、いえいえ! 誤解があるようですけど、私が予知したわけじゃないです。私は予知の内容を聞き、お迎えという仕事を請けただけ。海人様が帰ってくるという予知を授かったのは、おば様です」

 

「おば様か。その人は芽衣の本当の叔母なのか?」

 

「それも違います。私の母の、そのまた母の時から政などに助言を頂いている方です。声は拝聴しましたが、私は姿を見たことはありません」

 

 だが声から察するにそれなりのお歳の様だが、老婆の様にしわがれてはいない。お婆様は失礼かもしれないし、お姉様は嫌味にとれるかもしれない。そう思い芽衣は間を取って『おば様』という呼び方をしているらしかった。

 

「なら芽衣を迎えによこしてくれた、そのおば様とやらには礼をしなきゃな」

 

「でしたら! 着いたら私が檜山をご案内しましょう!」

 

「ははは、じゃあ頼むか」

 

「お任せください! あ、でも檜山に行く前にその……。この十三湊を隅々まで巡りたいのですけど……。よろしいですか?」

 

「まあ、急かすことでもないしな。ゆっくりでいいぞ」

 

「はいっ!」

 

 芽衣にぱあっと笑顔の花が咲いた。外の世界を見れることが、本当にうれしいのだろう。

 それに海人もこの十三湊を見て回りたいとは思っていた。義父の重蔵と海人の行き着けの酒屋は、まだ残っているのだろうか……。

 

「ああ、そうだ。一番大切なことがあった」

 

「……? なんですか?」

 

「愛代……。いや、安東愛季と安東一族の墓は、何処にある?」

 

 この時代、領主であっても女というだけで下に見られることが多い。そのため愛代は、表では愛季という男の名を称していた。

 海人の妻であった愛代、義父の重蔵、義妹の仁実の墓参りをしたかった。重蔵はしたことがあるが、愛代と仁実は一度も墓参りをしていなかった。

 

「はい、安東愛季の墓所なら檜山の寺にあります。奥様でしたよね。他の方々も調べればわかると思います。……他にはどんな人を?」

 

 海人はそこで重蔵と仁実、そして自分の息子二人の名を出した。

 それを聞いた芽衣は、その内の一人の名を知らず、首をかしげた。

 

「申し訳ありません。仁実という人だけは、私はおば様から聞いたことがありません」

 

 仁実の名は存じてはいなかったが、重蔵の名は知っているという。

 重蔵の実子だと海人は教えた。護衛の二人にも仁実という名を知っているか問いかけたが、初めて聞いたと言った。

 

「不思議なこともあるものだな」

 

 仁実は少なからず内政に関わっていたはずだ。それなのに知れ渡っていないのは、おかしい。海人は、この時はまだそうとしか考えていなかった。

 

「その仁実という方は、一体どのような方だったのですか?」

 

「そうだな、仁実はな……」

 

 十三湊を巡りながら、海人は芽衣に先祖がどんな資性か、どんな偉業を成したのか、思い出しながら語った。

 海人は、今を生きる人からすれば『歴史』といえる過去を、直接見てきた人物だ。その目で見たからこそ言えること細かな出来事を、芽衣に語って聞かせた。

 

 その海人の思い出語りは、十三湊を巡る間はもちろん、海人達四人が十三湊を発ち、檜山に着くまで道中ずっと語られた。海人が一方的に喋るだけだったが、伊達に二世紀もまたいで生きてはいない。話題の引き出しは多かった。

 芽衣が楽しそうに聞いていたのも、海人の舌を饒舌にさせた。海の向こうの異国の風景を語ると、目を輝かせて前のめりで聞き入ってくるのだ。

 

 

 

 

 そうした陸路の道中は楽しく、あっという間に過ぎていった。芽衣との旅は終わりだが、ここで今生の別れという訳ではない。

 海人はこの檜山で、海人が生まれたこの地に骨をうずめようと思っていた。

 自殺するわけではない。もし海人が自殺以外の要因で死んだ時、愛代の墓の隣に自分の墓も作ってほしいと考えていた。

 だからまだ芽衣が聞きたいのであれば、己の生涯の経験を語る機会はいくらでもある。

 

 檜山についた海人は、まず愛代の眠る墓所がある寺を、芽衣に案内してもらった。

 立派な門の手前まで案内された後、先導していた芽衣がくるっと振り返り、海人に提案を切り出した。

 

「海人様、突然で申し訳ありませんが、先に会ってほしい方がいるのです。……私のお母様と、おば様に会ってもらいたいのです」

 

「おいおい、せっかく此処まで来たんだ。墓参りを後回しにすることもないだろう」

 

「奥方様ですので、先に案内した方が海人様も安心すると思ったのです。……それにお墓参りにも準備が必要です。線香に生花、お供え物も用意しないといけません。護衛の二人に調達させましょう」

 

 お願いします、と芽衣が護衛の二人に頼んだ。護衛の二人は了承すると、海人と芽衣を残して持ち場を離れた。

 職務を放棄したわけではないし、警戒を緩めたわけでもない。海人に人柄に当たり気を許し、海人になら任せられると踏んだからだった。

 

「海人様がおば様に会っている間に用意できると思います。私もその間に他の方の墓所を調べて、判明すればお伝えできるかと。……どうですか?」

 

「いい考えだ。だが芽衣が自ら調べることもないだろう。姫はどっしり構えて、文官にでも任せればいい」

 

 約三日の道程だ。芽衣からすれば一週間以上。慣れない長旅で足も疲れきっているはずだ。これで自分から開放させてやろうと海人は思っていたのだが……。

 

「いえ、実は『十三湊で海人様をお迎えし、おば様まで案内する』というのが、私の受けたお役目です。おば様のいる神社までご案内しなければ、私のお役目は終わりません。……お役目はきっちり最後まで果たします。海人様からの頼み事も、私が頼まれたのですから、責任もってこなします」

 

「……そうか。余計な気遣いだったな」

 

「はい?」

 

「なんでもない。それじゃ行くとするか。案内してくれ」

 

 

 そうして海人と芽衣は、おば様とやらがいる神社へと向かった。

 

「ここは……」

 

 神社に向かう途中で、海人は気づいた。この先は、アテルイが封印されている祠と、海人が槍の鍛錬に使っていた広場がある方向だ。港と山の位置からして、方角は間違っていない。

 海人が気づいてからしばらくして、祠まであとちょっとという所。芽衣に先導されるがままに歩いていると、突然住民の家屋がなくなり、視界が開けた。

 そこには広場を取り囲むように林があったはずだが、林はなく、替わりに立派な白い土塀があった。土塀の屋根は瓦で出来ており、右左と眺めるが塀が曲がりくねって角が見えない。相当大きな金がかけられていた。

 

「こっちです」

 

 土塀に沿って左に向かう芽衣に、海人はついていく。しばらく塀伝いに歩いていくと、塀の終わりが見えた。

 塀の角を二人は右に曲がると、これまた立派な鳥居が出迎えてくれた。

 

「ここがそうか」

 

「はい。私達秋田が先祖代々守ってきた神社です」

 

 海人と芽衣は、鳥居をくぐった。

 

 

 

 

 鳥居をくぐった後は、平坦な参道が本殿まで伸びる普通の神社の造りだった。

 だが本殿から左右に回廊が伸びており、回廊は本殿の向こう側を囲っているようだった。回廊の屋根の中に塀があるので、回廊で囲われた中が見えないようになっている。

 『回』の字のように、土塀で囲われた敷地内に、さらに回廊と塀で囲われた場所があるのだ。

 海人はどうなっているのか問いかけようとしたが、それより先に芽衣が声をあげた。

 

「あっ、お母様!」

 

 お母様ー! と手を振りながら芽衣が駆けていく参道の先には、まだ三十路に行っていないだろう若い女性がいた。

 見た目と年齢が合っていれば、かなり若い頃に芽衣を産んだのだろう。もしかしたら今の芽衣よりも若い頃に産んだのかもしれない。

 芽衣の母親はすっとんできた芽衣を受け止めると、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 芽衣が、海人に母親を紹介する。母親は海人に向けて名乗った後、芽衣に自分が役目を継ぐことを告げる。

 それを聞くと、芽衣は海人に礼をし、敷地にある建物のほうへと走っていった。

 

 ここからおば様とやらの元へは、母親が案内をしてくれるようだ。芽衣はその間に、安東家の墓所の場所を調べてくれるようだ。

 

「芽衣は、何か失礼なことをされませんでしたか?」

 

「うん? いや、別に悪いことはなかった。些細なことに気の回るいい子だ」

 

「ふふ……そうですか。もしよかったら芽衣を、海人様のお傍付きにさせても構いませんか?」

 

「ああ、いいが……。あいつがうんと頷いて、乗り気ならな。無理にやらせる必要もねぇ」

 

「わかりました。後で聞いてみますね」

 

 そのあとも芽衣の母親は、何度もそれとなく海人が芽衣をどう思っているか聞いてきた。娘が羅刹王なんぞという男に酷いことをされていないか心配なんだろう、と海人は思っていた。

 

 海人は本殿の中を通され、小さな扉の前まで案内された。扉には頑丈な閂がかかっており、扉自体も一人では動かせそうにない重さだ。

 だが、海人の怪力なら開ける。閂を取った扉を、海人は思いっきり押し開けた。

 

 人一人通れる隙間を開けて、海人は扉から手を離した。

 

「私はここまでです。これ以上踏み入ることは、許可なしにはできません」

 

「ああ、声しか聞いたことないんだったか」

 

「はい、それではごゆっくり」

 

 芽衣の母親に見送られて、海人は扉の隙間から外に出た。

 海人は始めは太陽の光に目を細め、その先の光景を認識すると逆に大きく目を見開いた。

 

「……あの時のまんまだ」

 

 そこには回廊に取り囲まれるようにして、ぽつんと、中央に祠が建っていた。

 アテルイが封印されている祠だ。

 だが目先にある祠よりも、海人の背後の今出てきた本殿のほうが一回りも二回りも大きい。人が入れるほどの祠であるが、本殿と比べてしまうとちっぽけに見える。

 それに、この場所。ここは、あの海人が槍の鍛錬をした広場だ。

 この神社は、林を切り出し、祠を中心にして建てられていたのだ。

 

「誰かいるかー? アテルイー?」

 

 海人は祠の扉を開いた。返事はない。

 この祠は、アテルイというまつろわぬ神が住む幽世につながっている。飾られている顕明蓮という小刀を取れば道が開くのだが、顕明蓮はなく暗い空間がむき出しのままだった。

 海人が祠の中に踏み入ると、かすかに声が聞こえる。暗い空間、現世と幽世をつなぐ回廊の中からだ。

 

『……こっちへ……様……』

 

 女性の声だ。アテルイではない。海人は声に導かれるままに、回廊を通り、幽世に出た。

 

 幽世は、全く変わっていなかった。此処に来るまでに十三湊や町並み、祠の外の景色など、変わっているところがほとんどだった。変わっていないのは自然の景色ぐらいだろう。

 だが、この幽世の景色はひとつも変わっていない。アテルイに修練を受けた道場も、回廊を抜けたら見える光景も。

 

 だが、ここからが最大の驚き。海人がこの日ノ本に帰ってきてから一番の驚愕であり、自身の正気を疑うような現実とは思えない再会の出来事が起こったのだ。

 

「──さま。兄様ッ!」

 

 海人は背後から何者かに抱きつかれた。奇襲だが、殺気がなければ察せられなかった。

 いや、何者か、ではないか。海人は背中に感じる人の正体に声で気づいていた。祠で呼びかけられた時はノイズがひどくわからなかったが、この至近距離の今ならわかる。

 だが脳が理解するのを拒否していた。そんなはずがないと海人は混乱し、頭が真っ白になった。

 

「兄様……。ああ、兄様……! 私はお待ちしておりました。兄様と再会できるこの日を、今か今かと待ち望んでいました。夢ではありませんよね、あなたは本当にそこにいますよね……!」

 

 抵抗もむなしく、頭に響き渡るその声の主の正体を、海人は理解してしまった。

 それはこっちの台詞だと、なんでまだ生きているのだと。思い浮かんだ言葉をのみ込み、抱きついている女性を引き剥がして向き直った。

 

 間違いようがない。正面から向き合って、搾り出すように海人はその名を呼んだ。

 

「……仁実……」

 

「はい、仁実です、兄様。この二百年間、ずっとお待ちしていました」

 

 そこには、二世紀以上前に海人が日ノ本を離れて以来、会っていない女性。

 海人と違いただの人間、寿命が尽きて決して生きているはずがない、海人の義理の妹。

 

 安東仁実が、別れた頃の老女の姿のまま、そこにいた。

 

 ──まるで、時を越えてきたみたいですね。

 芽衣が言っていたことが思い出された。まさに今現在の状況がその通り。回廊を越える際、時を越えたと言われたほうが信じられるほど、海人は目を疑った。

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