征海魔王   作:カンジョー

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四十五話、発覚

【二十世紀後期に賢人議会により作成された、海洋に棲む神獣らしき生物についての報告書より抜粋】

 

 中世期頃に船乗り達の間で海の怪物──『クラーケン』などの存在が真しやかに囁かれていた。かの巨大な軟体動物は船底を這いずり回り、そのマストより長い何本もの足で船体を絡めとり、転覆させて捕食してしまうのだ、と……。

 

 伝説としてだけ語られ、表向きには空想上の産物とされている。だが我々魔術師からすれば、それはまつろわぬ神々やカンピオーネを主とする『神獣』であること、容易に想像がつくことであろう。

 神獣は、まつろわぬ神々やカンピオーネの生物の形をした眷属である。魔術師数十人がかりでようやく押さえ込むことができ、倒すことは不可能ではない。だが神から直接力を与えられれば、それは特大の脅威と化す。

 まつろわぬ神とは違い、倒しきることが現実味を帯びている。だがそれに至るまでに、多大な犠牲を強いなければならない。一般人から見た海の怪物は、魔術師から見たまつろわぬ神になるかもしれない。

 

 神獣はまつろわぬ神やカンピオーネなどにより権能で生み出される、召喚される──発生源がある。決して自然発生はせず、魔術的要因以外で生まれることはない。

 世界中の海で目撃される『海の神獣』においては、そのほとんど出現原因が特定されていない。海の生物の形をとる神獣は、その全てが海中を移動するため、捕捉し討伐するのも非常に困難である。

 

 これら列挙した世界で目撃される海の神獣は、水や海に関連する強大な創造女神の眷属の可能性が高い。

 万が一の有事の際に活用できるよう、もしもの時のための備えである。

 幸い、死亡者が出るといった、人間への被害は出ていない。だがもしこれらの神獣を束ねる神がおり、人間を手を出さないという考えを変えたのならば。海の深淵に潜む獣が、人間にその牙を向いたのならば。

 そのような万が一の有事が起こらぬことを、切に願うばかりである。

 

・シャチ

 高い知性と獰猛性を兼ね備えた、『海のギャング』として知られるシャチの姿をした神獣である。チリで目撃され、陸地で長時間活動していたことから、神獣として認定された。

 通常のシャチは、陸に上がると自身の体重で死亡してしまう。しかしこの神獣は重力に押しつぶされるどころか、捕食対象と同じように陸地を這って移動し、アザラシの群れを殺戮し全滅させた。

 しかもこの内捕食されたのはほんの数匹だけであり、アザラシの命を奪って遊んでいたと推測され、この個体の残虐性が伺える。

 

 

・ダツ

 ダツとは、秋刀魚のような細長い体に、長くとがった両顎が特徴の魚である。Needlefish(針の魚)と呼ばれ、光の反射に反応して突進し、漁師や海に潜るダイバーなどへの被害が発生している。

 このダツの形を模した神獣は、とあるタンカー事故の調査で確認された。原因不明の浸水によって原油を流出しながら沈没していったタンカー船を、潜水艇が調査した。すると船底には全長ニメートルほどの巨大なダツの群れの死骸が確認されたのである。

 タンカーの船底は、ガトリング砲で撃たれたかのような無数の穴が開けられていた。オイル漏れの事故がないよう厚く造られたタンカーの船底を、ダツの突進が貫通したのだ。死骸が無数にあったのは、貫通して船内に浸入した後、水中に戻れず呼吸できずに死したためと考えられた。

 公にはただのヒューマンエラーとされているが、真にはこのダツの神獣が原因である。ダツがどうしてタンカーを攻撃したかは定かではないが、この厚い鉄板を貫く危険なダツの神獣は、他にも多数いると考えられる。

 

 

・ダイオウイカ

 クラーケンのモチーフとされている世界最大の脊椎動物ではあるが、その生きている姿を見た者はほとんどおらず、目撃情報も少ない謎多き生物だ。天敵であるマッコウクジラの腹の中から出た死骸のほうが、確認された数が多いとまで言われている。

 そのダイオウイカの神獣だが、直接目撃されたわけではない。その神獣の餌食にされたマッコウクジラの死骸から、存在が推測された。

 座礁して死体となった鯨は、腐敗ガスを溜め込んで爆発してしまう。しかしそのマッコウクジラの死骸は爆発したのではなく、クジラ内部から食い破られて死亡していた。死骸を解剖して調べたところ、クジラの胃袋にはイカの吸盤の跡があった。吸盤の跡のサイズと特徴から、ダイオウイカと判断された。

 これらの状況から、マッコウクジラは普通のダイオウイカだと神獣を丸呑みにし、呑まれた神獣は胃袋を吸盤のついた触腕で破ろうとするもかなわず、ついには強靭なカラストンビでマッコウクジラの体を食い破ったのだ、と判断された。

 

 etc.

 

 

 

 

「いやー、大変なことになりましたねぇ」

 

 甘粕冬馬は手元の、安東海人についての賢人議会の資料に目を通しながら、デスクをはさんで椅子に座る者に話しかける。大変とは言いながらも、冬馬の表情は苦笑いに近かった。

 

「まさか日本にもカンピオーネが誕生するとは……。いや、この場合はしていた(・・・・)ですか。これで魔術の最先端を行く欧州に、日本も一歩近づきましたかね?」

 

「そんな悠長なことを言っている場合じゃないと思うけどね。カンピオーネが生まれて得る利益と、被る被害を比べて考えるとね」

 

 対面で会話を交わしていた沙耶宮馨は、深くため息をついた。羅刹王が誕生したことで起こる厄介ごとを頭の中で採算した結果、愚痴を吐かずにはいられなかった。対岸の火事を眺めていたら、自分のところに火が燃え移ったようなものだ。

 

 沙耶宮馨は、正史編纂委員会という組織の、東京分室室長を務めている。甘粕冬馬は彼女の懐刀である。

 正史編纂委員会とは、都市部の呪術師達を統括し、魔術が表に出ないよう情報操作を行う、政府直属の秘密組織である。その日本で唯一と言える魔術組織が自国のカンピオーネの存在を知らず、自分達よりも先に国外の『賢人議会』が海人の居場所を発表したという事実は、恥ずべき失態であった。

 賢人議会の発表を耳にした時、沙耶宮馨にとってはまさに晴天の霹靂であった。日本の魔術関係者に駆け巡った

そのニュースは本当に唐突な事態であり、正史編纂委員会には早急な対応が求められていた。

 

 だが、馨の直属の部下であり、彼女の手足として各地を走り回る甘粕冬馬の表情は、若干余裕があった。

 馨も緊張しているというよりも、ほっと安堵した様子であった。

 

「いやー、でも良かったですよ馨さん。そのカンピオーネの居る場所が秋田で」

 

「ええ。まさに不幸中の幸いですね。僕達の管轄外ですから」

 

 沙耶宮馨は東京分室──関東一帯の管理を任されていた。なので秋田を統括している東北分室の者に任せていればいい。

 対応に頭を悩ませ、胃を痛めることもない。委員会ならず魔術師界全体の問題ではあったが、直接応対しなくてもよいというのは、心にかかる負担が軽かった。

 自分達に出来る事といえば、東北分室の者の対応がカンピオーネの逆鱗に触れないか祈ることだけである。

 

「この報告書によれば、少なくとも四百年以上昔に生まれています。十七世紀……戦国時代の、歴史の生き証人ですね」

 

「ええ、しかも甘粕さん、彼の王は過去にヴォバン侯爵と幾度となく衝突し、なんと彼の王のほうが勝ち越しているとか」

 

 馨は報告書に目を落とした。報告書には安東海人について、儀式場で起こった出来事と、それより過去の起きた事実が簡潔に書かれていた。

 それだけでも、安東海人という人物の好戦的な性格がわかる。そのあまりに血の気の多い性格は、ヴォバン侯爵に避けられる程だという。

 ヴォバン侯爵と比べられる程の荒々しい王というのは、それはもう特大の爆弾である。それを突然抱え込まされた正史編纂委員会に、ひいては日本にその矛先が向かねばよいが……。

 

 それと馨と冬馬の二人は、もうひとつ気になっていることがあった。

 

「日本に羅刹王が生まれたことを、古老の方々が把握していなかった、なんてことはあると思いますか?」

 

「まずあり得ないでしょうね。ですが委員会が組織される前のことですから、何らかの手は打ってあるのでしょう」

 

 馨が分かりきったような質問を投げかける。冬馬はそれはない、と断言した。

 正史編纂委員会の上には、『古老』と呼ばれる集団がある。何百年も前から活動を続けている、人外の集まりである。日本で最も強い権威を持っており、委員会の元老院のような立場にあった。

 何百年と言う通り、彼等は人ではない。古老筆頭の『御老公』と呼ばれる者は、元まつろわぬ神である。

 

 そんな古老の方々が、羅刹王の誕生という大事件を、知らずにそのまま放置しているとは考え辛かった。

 知っていたとして、何故今の今までカンピオーネの存在を公表しなかったのか。二人にとって雲上の存在であるため、御老公の思惑はわかっていなかった。

 

 そんな時、机の上の備え付けの電話が鳴った。馨が出てしばらく話し込んだ後、驚愕で目を見開いた。

 馨は相槌を打ちながら詳細を聞き、話し終わり受話器を下ろすと冬馬に向き直った。

 

「なんと、安東海人に接触する伝手が見つかったらしいです」

 

「それは……驚きですね」

 

 安東海人の存在が公にされたのは、つい先日だ。こんなにも早く彼の王を知る人物が出るとは、二人とも思っていなかった。

 

「長くて百五十年この日本に居るのでしょう? それほど長い時間、容姿が変わらなかったら、人間じゃないと気づかれそうなものですが……」

 

 二人は、安東海人は百五十年間なんの活動もないと聞いていた。

 容姿が変わらなければ人間に怪しまれるし、安東海人はてっきり交流を断っているとばかり思っていた。

 

「それがどうやら、媛巫女の中にいたらしいですよ。秋田の姓をしていたのでダメもとで訪ねたところ、ドンピシャだったそうですよ」

 

「秋田?」

 

「改める前の名字は、安東だったそうです。遡れば七百年以上前に一族の起こりをたどれる、日本有数の名家ですよ」

 

 冬馬はこれまた驚いた。安東ということはつまり、その媛巫女の先祖には……。

 

「馨さん、ということはつまり……」

 

「ええ。その媛巫女は、安東海人の子孫にあたるだそうです。何世代にもわたって、ずっと安東家の土地を守ってきたのだ、と……」

 

 

 

 

「海人様! 海人様ー!」

 

「おっ、もうそんな時間か……」

 

 堤防の先端で海を眺めていた海人は、背後から聞こえる少女の声に振り返った。

 振り返った視線の先には、こちらに向かって駆け寄ってくる、巫女服の少女の姿があった。

 

「綾花、悪いな。呼びに来させて」

 

「いえ、私もこの子たちに顔を見せたかったですし……」

 

 そう言う綾花の立つ堤防の近く、海面からはイルカとシャチが顔を出していた。

 このイルカやシャチ、普通の動物ではない。海人の手で神獣になったものばかりだった。

 

 綾花は堤防の上でしゃがみこむと、手をのばして頭や口先を撫でた。片方の手で袖が水につからないよう押さえ、少し苦しい姿勢だ。

 

「ごめんね、今日は時間がなくて……。また今度ね!」

 

 海人がそれを眺めていると、海人の立っている近くの水面から、デルピノスが顔を出した。

 

『いつ来ても大人気っすね、綾花様』

 

「ああ……。それより、食料は足りたか? まだ食い足りないとかはないか」

 

『みんな満足してるっす。……それに何度も言ってますが、自分達で食料の確保はできるっす。海人様がやる必要は……』

 

「いいんだ、俺にやらせてくれ。お前達を生み出した俺の責務だ」

 

 もう何度目かの会話になる。神獣達はそのパワーから、多大なエネルギーを消費する。そのため同じ種類の動物よりも、何倍もの栄養を摂取しなければ、体の維持ができなくなる。

 中には、ある一帯の生態系を破壊する神獣もいる。

 そういった神獣の食料調達を、海人が一手に引き受けているのだ。

 

「海人様、そろそろ行きましょう」

 

 ひと通り撫で終わったらしい綾花が、海人にそう話しかけてくる。

 

「終わったか。わかった、帰ろう」

 

「はい。……みんな、またねー!」

 

 海人が歩き出す。その後ろから、神獣達に別れを告げた綾花がついてくる。

 

「それで今から、お前の所属している組織が会いにくるんだったな。名はたしか……」

 

「はい。正史編纂委員会。日本の魔術師や媛巫女を統括しています」

 

「まさかこんなに早くバレるとはなぁ……」

 

 海人は空を見上げて、手を伸ばした。

 

「まさか人類は星を造れるようになるなんて、時代の流れは早いな……」

 

 今のこの姿も、衛星とやらで監視されているのだろうか……。海人は時の流れをひしひしと感じていた。

 

「そこだけ聞くと、本当におじいさんみたいですね……」

 

「実際、ジジイだからな。地球上の誰よりも生きてる自身があるぞ」

 

「見た目は二十代と言っても、信じてくれるほど若いですけどね、おとーさんは」

 

「お父さんはやめろ、海人と名を呼べと言っているだろう」

 

「はい、わかってますよ、海人様」

 

 くすくすと笑顔を浮かべながら、追いついてきた綾花が隣に並ぶ。

 

 少女の名は秋田綾花(あやか)。海人や秋田芽衣の子孫であり、媛巫女の素質も持つ。

 歳は若干十五歳。近所の中学に通う、しっかり者の少女だった。

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