海人の放った血液の弾丸は、カーリーに向かって一直線に飛んでいった。
カーリーに着弾する寸前、突如カーリーの頭部が肥大化した。肥大化した頭は口を開き、血の弾丸を容易く呑み込んでしまった。
頭部に次いで胴体、四本の腕、脚と肥大化していく。ついにカーリーの身長は、三階立てのビル程あった神殿の天井に届きそうになった。四本の腕には刀剣を握っており、刀剣の先端は三日月状の片刃になっていた。先端の片刃では撫で斬り、柄の両刃では叩き斬れる凶悪な武器だ。
「それが答え? なら力ずくで協力してもらいます。格の違いを思い知った後で、ゆっくりと話をしましょう」
「喧嘩か。いいぞ、そっちのほうが話が早い」
とはいえ、如何したものか。海人は今一度、己の武器を確認した。
海人は麻痺毒を盛られてしまい、まつろわぬ水天より簒奪した権能しか使えない状態にあった。水天の権能は、液状の体になったり、水を宙に浮かして飛ばすことができる。しかしカーリーに対してはご覧の通りだ。そもそも武器にする水分が、乾燥した気候なのか周りに少なかった。
何か使えるものはないか。必死に頭を回転させる海人に、呼びかける声があった。
『海人様!』
それは長年愛用してきた相棒の声だった。海人の体に力がみなぎる。ポセイドンから簒奪した権能が使えるようになった。
すぐさま海人は取り出し、ポセイドンの神器トリアイナを右手に構えた。
『寝過ごしてしまい、申し訳ありません』
「いや、グッドタイミングだ。お前がいれば百人力だ、奴を一気に片付けるぞ!」
『はい!』
声の主は、右手の三叉槍から頭に直接聞こえて来ている。冷静で的確な助言を下し、海人の権能の補助もしてくれる優秀な意識を持っているのだ。
「あの海神の三叉槍……。あなたの本気ということですか。時間を与え過ぎましたね」
「時間を気にする生活も、今日で仕舞いだ。お前を幽世に送ってやるよ!」
カーリーの持つ凶器が振り下ろされた。海人の身長以上の大きさだ。
海人はそれを難なく避けると、刀剣が神殿の床に突き刺さった。速さはそれほどでもない。だが石造りの床を大した抵抗なく貫通した所を見ると、恐ろしく鋭いようだ。
その巨大な刀剣が連続で振り下ろされる。二つ、三つと振り下ろされたが避け、海人は脚を攻撃しようと迫った。
四つ目の腕が振り下ろされた。しかしそれは海人目掛けてではなく、海人とカーリーの間に突き刺さった。カーリーの持つ神器は巨大で、海人にしてみれば壁が降ってきたようなものだ。
海人はカーリーの足元へ続く道を断たれてしまい、しかもカーリーは一撃目の神器を既に振り上げていた。
「くそっ、近づけねぇ!」
海人に怒涛の連続攻撃が襲い掛かる。絶え間なく刀剣が振り下ろされる中、カーリーは神器で海人の逃げ道を巧みに塞ぎ、海人を徐々に追い込んでいく。
海人は類まれなる反射神経で避け続け、反撃の機会を伺う。だがカーリーは四本の腕を攻撃にまわし、もう二本の腕を使おうとはしなかった。海人の不意な行動に備え、防御にまわしているのだ。怒りの様子を見せながらも、戦い方は冷静沈着で隙が見当らない。
ついに海人は追い詰められてしまった。三方を神器に囲まれ、カーリーの見える前面しか空いていない。
「ふふふ、安心して。私の前で、死は終わりじゃない。あなたの力は、私の中で生き続ける!」
防御に回されていた二本の腕が、海人目掛けて同時に振り下ろされる。逃げ道を奪われた海人は、それを三叉槍で受け止めた。
ギイイイィィィイン! 三叉槍と二本の刀剣が衝突する。
二つの神器のぶつかり合いは、どちらも傷つけるには至っていない。カーリーは押し潰そうと体重を乗せるが、海人の硬さと怪力に驚きを顕にする。
そしてまた海人も逆の意味で驚いていた。虫のように踏み潰されると思っていたが、攻撃が軽い。それでも両者の力は拮抗していたが。
そんな時だった。カーリーの攻撃に海人は耐え切ったが、建造物は耐え切れなかった。
カーリーの神器での攻撃に何度も晒された床が、崩壊した。刀剣で何度も切り刻まれ、海人を中心に一点に負荷がかかったことで崩れてしまった。
石造りの床が崩れて、その上に建つ神殿が無事なはずがない。床につられて神殿の屋根も一気に崩落し、にらみ合っていたカーリーと海人は崩落に巻き込まれていった。
◆
「……ぶはっ! はぁ……。はぁ……」
神殿が崩落し、瓦礫の山の中から海人が顔を出した。海人は神殿の崩落から、三叉槍を突き立てることで頭を守った。しかし建物の大きな破片から頭を守れても、胴体や小さな破片からは守れなかった。体を破片で打ち付けられ、傷だらけの状態だった。
対してカーリーはというと。自分の上に積みあがった瓦礫を吹き飛ばす勢いで起き上がってきた。身長が高く天井に近かったため、大したダメージにはなっていない様子だ。
「あなたの怪力、甘く見ていたと認めましょう。ですが次は三本、その次は四本の腕で潰します。いくつまで耐えられますかね」
「はン。俺があったどんな女神よりも、短絡的な奴だな。悪どい策を弄するならまだしも、力ずくで俺で敵うと思ったら大間違いだ!」
再び対峙する一柱と一人。そこに段々と近づいてくる足音が聞こえてきた。ひとりではなく、何十人という大人数の足音だ。
「……! カーリー様!」
神殿が崩壊する音を聞きつけたのだろう。村にいた信者達が総出で押しかけてきた。瓦礫の山となった荘厳な神殿と、巨大化したカーリーの姿に目を白黒させている。
それを見てカーリーは唇をにやつかせた。
「子供達、その男を捕まえなさい! あなた達を苦しませる水を操る権能は使えない。死を恐れることはありません!」
カーリーにそう命じられた信者達は、初めは戸惑っていたものの海人を包囲していく。信者の目印の黄色い布をつけていない者が多いが、カーリーの加護は健在だろう。このままでは同じ過ちを犯しかねない。
そんな時、再び頭の中に声が響いた。戦闘が始まってから今まで黙っていたトリアイナだった。
『お待たせしました、海人様。解毒が完了し、セイレーンの権能が使えるようになりました!』
「……!」
トリアイナは今の今まで『権能を使えなくする毒』を解毒していたのだ。会話も行わずに解毒を最優先で行っていたため、割いていなければ間に合わなかったかもしれない。
「おあつらえ向きのタイミングだ! いい仕事しかしないな、トリアイナ!」
『お褒めにあずかり恐縮です。どうぞ、ありったけを込めて下さい』
海人は大きく息を吸うと、一瞬息を止め、そして腹の底から出すように思いっきり叫んだ。
『──────ッ!!!!!!』
海人の発した怒号はこの世のものとは思えないような声であり、それを聞いた周囲の信者達は一様に耳を塞いだ。
だが耳を塞いだのも束の間、多少ひるんではいたものの信者達に不可解な様子は見受けられなかった。首を傾げるも、カーリーは再び足を止める信者達に命令を下した。
「威嚇のつもりですか? まるで獣のよう……。子供達、何をしているのです!? 早く海人を捕まえなさい!」
海人もまた信者達に向かって命令した。
「いいや、お前等の相手は俺じゃない、カーリーだ。カーリーを攻撃しろ!」
「何を馬鹿なことを。あなたの言うことに従うはずが……」
二者に命令された信者達は、ぐるりと顔を向けた。敵意を向けられたのは、海人ではなくなんとカーリーだった。海人を囲む包囲網は解かれ、信者達は信奉するはずのカーリーに刃を向けた。
「……なにを、しているのですか?」
心の底まで冷えるような声色でカーリーが呟く。やがて愛しい我が子達が己に刃を向ける理由に思い当たると、海人を睨みつけた。
「海人、さっきの雄叫びはまさか……!」
「そう、セイレーンの権能だ。聞いた者を傀儡とする呪いの声。……お前は、自分が守ってきた我が子の手で殺されるんだ!」
信者達は老若男女問わず武器をかかげ、鬨の声をあげながらカーリーに突撃する。カーリーは我が子を迎え撃つことができず、脚に剣や槍を突き立てられた。
「ああ、我が子達! 私の声が聞こえないのですか!?」
「すみませんカーリー様! ですが、海人様の命です!」
「海人様には逆らえません。残念ですが、死んでいただきます!」
「ああ、そんな……」
信者達に死の恐怖はない。カーリーの加護を受けてから死という概念をなくし、いつしか生物の根源たる恐怖を忘れてしまっていた。
またひとり、またひとりと蜜に群がる蟻の如くカーリーにとびかかる。そしてまた一人、男性がカーリーに刃を突き立てようとしていた。
「私に歯向かうというのなら、それなら……」
「うおおおおおおおぉおおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
カーリーが誰にも聞こえぬ程小さく呟く。
男性がカーリーの脚に槍を突き立てようと、槍をひいたその時だった。
カーリーが手に持つ刀剣を振り抜いた。
ぶちッと何かが潰れる音がし、少しした所でドサリと何かが落ちる音が聞こえた。
信者達が音のした方向を見ると、そこには見るも無残に潰れた男性だったものがあった。
「ならば、母を愛さない子など、死を与えるまでです」
男性が蘇生する様子はない。復活するのはカーリーに与えられた加護であり、カーリーに殺されれば当たり前の結末だった。
それを見てようやく信者達は、カーリーの加護が彼の神の前では無力であると思い至ったようだ。死への恐怖を思い出し、信者達は一様に逃げ惑った。
しかしカーリーは一度刃を向けた者達を逃がさない。海人との戦闘が始まってから初めて、カーリーは一歩踏み出した。
一歩踏み出すだけで、カーリーを震源に地震が発生した。
信者達は揺れに足をとられ、動かなくなった所をカーリーに切り裂かれ、叩き潰されていた。
◆
そしてひとしきり我が子達を肉塊へと変えたカーリーは、持っていた刀剣を消し、体を萎めていった。
「ふぅ……。人間は駄目ですね。母の言う事をきかない子など、何の価値もない。それがわかったことと、あなたと話せたことで良しとしましょう。……ねぇ、海人。考え直してくれないかしら?」
「子になるって話か? お断りだ。お前はただ、言いなりになる手駒が欲しいだけだろう」
「そう? あんまりしつこいのは嫌だろうから止めますが……。私は、海人ならできると信じていますよ」
するとカーリーから炎が吹き上がり、周囲を一瞬で火の海にした。
海人は顔を腕でかばってもカーリーからは目を逸らさずにいた。しかしカーリーは海人の間に炎の壁をつくると、海人に背を向けた。
「また会いましょう」
炎の壁がより一層吹き上がり、まもなく収まった頃にはカーリーの姿が消えていた。
周囲には信者達の肉の焼ける匂いで鼻が曲がりそうだった。
「海人……様……」
海人の背後には、海人を神殿まで案内した医師の白人男性がいた。周囲の炎の熱で倒れている。
偶然ではなく、海人が森を抜けるまでの案内役として残しておいたのだ。
「なにが信じている、だ。なにが会いましょう、だ」
海人はあの破壊神と再び合間見える予感を、ひしひしと感じていた。今回の邂逅は厄介な縁になりそうな、そんな気がしてならなかった。