征海魔王   作:カンジョー

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五十一話、遊戯

 サルバトーレ・ドニから連絡のあった翌日。

 護堂は昼間、通常どおり城楠学院に通っていた。昨夜、遠い東北の地で起こったことを護堂は知らないので、学生の本分を全うしていたのだ。

 

 昼休みに別のクラスの万理谷祐理が、彼女の後輩で護堂の妹である草薙静花に連れられて、護堂に電話番号を教えてもらいに来るという出来事があった。

 護堂は祐理との仲睦まじい様子から、クラス中の男子の嫉妬を買ってしまう。祐理が『護堂以外の異性の電話番号は登録しない』と言ってしまったのが、大きな原因ではあるが。

 憎しみや殺気のこもった視線で針のむしろとなってしまった護堂は、エリカ・ブランデッリの先導で、屋上へと避難した。そこで護堂、エリカ、祐理、静花の四名で昼食をとったのだった。

 そこで祐理かエリカに、昨夜かかってきた電話の内容を相談できれば丁度よかったが、あいにく屋上には他にも生徒がいたし、まつろわぬ神関連の事情を知らない静花もいた。相談はできなかった。

 代わりと言ってはなんだが、祐理とは携帯電話の番号を交換した。これで放課後にでも連絡し、安東海人について聞くことができる。正史編纂委員会の媛巫女である祐理なら、エリカよりも日本のカンピオーネに詳しいと考えたからだ。

 

 しかし護堂のドニの見込み以上に、ヴォバンの行動は迅速だったのだ。

 雨が降る中、護堂がエリカとひとつの傘を二人で使いながら下校している時だった。二人に声がかかり、振り返ると正史編纂委員会の青年、甘粕冬馬がいたのだ。

 彼から護堂は、万理谷祐理がヴォバン侯爵に連れ攫われてしまったことを知らされる。そして彼女を救出するために協力を請われ、護堂は二つ返事で受け入れるのだった。

 

「……どうして祐理が攫われたのか、理由を聞かせてもらってもいいかしら? ヴォバン侯爵がこの極東の島国に来るわけは、安東海人があるわ。二人は宿敵同士だと広く知られているものね。だけど祐理を侯爵が攫う理由は何?」

 

「その理由に心当たりが無きにしも非ず、なのですが……。おっしゃられた通り、安東海人もこの事態に絡んでくるのですよ。疑問はひとまず置いておいて、私と共に来てはくれませんか?」

 

「わかりました。行きましょう。……エリカ、ドニの奴から電話があったんだ。ヴォバン侯爵が此処に来てるって」

 

「サルバトーレ卿が?」

 

「ああ。どうして攫われたのかは分からないが、友達がピンチだってのに悠長なことはしてられない。ひとまず着いていこう」

 

「詳しい事情は、車の中でお話しします。こちらです」

 

 そして護堂達は冬馬の車に乗り込み、そこで事態の詳細に耳を傾けた。

 

「公にはされず、委員会のほうで秘匿されている事なのですが、現在の安東王には血の繋がったご家族の方がいらっしゃいます」

 

「親か子供がいるってことか? そういえば、俺はその安東海人って人の年齢を知らないぞ。十八世紀にはカンピオーネになっていたって聞いたが」

 

「護堂、安東王はおよそ四百歳とされていて、カンピオーネの中で最も永く生きた魔王なの。侯爵より永く生きているから、正確な年齢は分かっていないわ」

 

「四百歳か。想像もできないな」

 

 護堂は途方もない年齢の高さに驚いた。四世紀も前となれば、室町時代。歴史上の武将と同時期に生きていたことになる。

 

「それですが、最近記録が出てきまして。およそ四百六十から七十程度まで絞られています。安東王は幼少の頃は孤児であり、安東という苗字は婿入りした際にもらったものだと」

 

「四百年前の記録があったんですか?」

 

「はい。安東氏は武家であり、時代が下ると安東から秋田へと姓を変えています。……護堂さんのお察しの通り、秋田氏は今の秋田県の辺りを支配していました。現代に至るまで安東王の血を絶やさず、存続してきた安東家の末裔こそが、安東王のご家族ということです。それで、そのご家族の方が」

 

「大方、祐理と同じように攫われたとか、塩にされてしまったとか、それに類する事をされたのでしょう」

 

「……はい。エリカさんのお察しの通りです」

 

 冬馬は意気消沈したかに言うと、護堂とエリカに一枚の写真を差し出した。

 

「この写真の方が安東王のご家族の、秋田綾花さんです。確証はありませんが、おそらく攫われたものかと。これからお連れするヴォバン侯爵の下で、祐理さんはもちろんですが、もし綾花さんがいたら救出して頂きたい」

 

 正史編纂委員会は、海人の情報を秘匿し続けてきた。それは無謀にも魔王に挑もうとする人間が出ないようにするためであり、今回のようなことが起きないようにだ。

 だが、それが起きてしまった。委員会から情報が漏れたとは限らないが、情報の出所として真っ先に疑われるのは委員会だ。だから冬馬は綾花の安全を確保し、後に委員会の潔白を証明しようとしているのだ。

 

「わかりました。見つけたら連れてきます」

 

「お願いします、王よ」

 

 冬馬の運転する車は、ヴォバン侯爵の居る図書館へと到着した。

 

 

 

 

 図書館へと足を踏み入れた護堂とエリカは、そこで『死せる従僕』たちと遭遇した。途中リリアナ・クラニチャールというエリカと縁のある騎士の助力があり、従僕達を撃退した。

 そして二階へと上がった護堂達を待っていたのは、白衣の袴を着た祐理と、スーツをぴっちりと着たヴォバン侯爵だった。

 

 護堂は祐理を返すよう要求するが、ヴォバンは対価を持ってこないと渡さないと拒否する。

 対価となるものもないため、力ずくでの交渉を躊躇っていた護堂に、エリカが助け舟を出す。護堂がサルバトーレ・ドニから友と呼ばれているのを利用し、ヴォバンが護堂に興味をしめすよう誘導したのだ。

 リリアナも図らずもエリカを助力するように証言し、力の信奉者であるヴォバンは護堂を標的として定めてしまった。

 

 酷薄に歓喜するヴォバンは、護堂にゲームを提案した。これから護堂は祐理を連れて逃げ、日の出までヴォバンの手から逃げ切れば護堂の勝ちという、護堂達を獲物に見立てた狩猟ゲームだった。

 後には引けなくなった護堂は、ゲームに乗った。

 突き出された祐理を連れて、護堂とエリカは図書館から出たのだった。

 

 

 

 

 ひとまず甘粕冬馬の車の元まで戻ってきた三人だったが、自動車はあれど冬馬の姿はなかった。

 ヴォバンが追ってくる三十分以内に、少しでも遠くに逃げなければならない。車に乗せてもらって距離をとりたかったのだが、免許を持っていない高校生の自分達では運転できない。

 迷っていたのもほんの一時。図書館の中から冬馬ともうひとり、彼に肩に担がれて女性が出てきた。

 

「甘粕さん、その人は……。まさか!」

 

「あっ、草薙さん」

 

「……草薙……護堂?」

 

 足元を見ながら歩いていた女性が、顔を上げる。車の中で見た写真の女性、秋田綾花だった。

 彼女の脚を見ると、脛の辺りまで灰色に変化していた。脚が石になり、非常に歩きにくそうだ。

 

「秋田綾花さんです。一階の個室で寝かされていました」

 

「監視とか無かったんですか? ……あっ、肩貸しますよ」

 

「ありがとうございます。草薙、さん」

 

 護堂が肩を差し出すと、綾花はおずおずと護堂の肩に手を回した。

 冬馬には図書館内でヴォバンと交わした会話の内容を、手短に説明した。それを聞いた冬馬は乗車を促し、五人は図書館を発った。

 

 しばらく時が経過し、護堂達は首都高を港区方面へ走っていた。運転席に冬馬、助手席に護堂、後部座席に女性三人という構図だ。

 

「皆様、助けて頂きありがとうございます」

 

 座席に座りながら丁寧に頭を下げる綾花に、冬馬が容態を尋ねる。

 

「秋田さん、脚の具合は?」

 

「痛みはありませんけど、感覚もありません」

 

 綾花は自分の脚をなでる。ひどく脚が痺れたように、神経まで石化してしまった。

 

「けれど、かの魔王に睨まれた程度でこれなら、良かった方でしょう。解呪できれば元に戻ります。塩になったら戻らないかもしれないですから」

 

「つまりその脚は、ヴォバン侯爵の『ソドムの瞳』で石化したのかしら? 塩にするだけでなく、石にもできるとはね」

 

「ですが、侯爵ほどの権能を打ち消すには、何十人もの大規模な儀式場が必要です。それか、同じ神々の権能で打ち消すしか……」

 

 エリカは気の毒そうに視線を脚に向け、祐理は心配そうに気遣ってくる。

 

「大丈夫です。治す当てはあります。おと……ご先祖様がいますから」

 

 綾花は手に持ったお守りをぎゅっと握りしめた。

 カンピオーネと同じ時を生きる魔女が、綾花の先祖にはいた。あの人達を頼れば、脚は元に戻ると信じていた。

 綾花はあの人達の子供に生まれて、不幸だと思ったことはない。

 

 それに脚が塩ではなく石化で済んだのも、海人がご先祖様に居たからだと思う。

 綾花は一般人と比較して、何倍もの呪力を体に秘している。海人もカンピオーネになる前から高い呪力を有していたため、仁美から先祖返りの類いだと言われていた。

 ヴォバンが手加減して『ソドムの瞳』を使い、それを中途半端に防いだため、石化したのだと綾花は考えていた。

 

「ご先祖様というと……俺と同じカンピオーネの」

 

「はい、草薙様。あなた様と同じ羅刹王である安東海人は、私の先祖に当たります」

 

「その、どんな人なんですか? 俺は話でしか聞いてないですから。……甘粕さんは会ったことがあるんですか?」

 

「いえ、委員会の資料を読んでいますが、直接お会いしたことはないです。私も安東王に最も近しい方から、かの王の人物評を聞いてみたいですね」

 

「そうですね……。典型的なカンピオーネ、魔王と言葉が当てはまる人だと思っています。自由奔放で、周りを巻き込んで騒動を落とす。……けどヴォバン侯爵と決定的に違うのは、親しい人間を決して見捨てないことです」

 

 綾花は海人のことをそう評した。普段は自由に振舞い落ち着かない存在だが、いざとなると仲間を守るため命を張って脅威に立ち向かう、英雄のような存在だと。

 

「甘粕さん、携帯電話を貸していただけませんか? 海人様に連絡したいのですが、あいにく自分のは落としてしまいまして」

 

「携帯を持っているんですか? それは、とても先進的ですね」

 

 冬馬は運転しながら携帯を差し出し、それを受け取った綾花は番号を打ち込んで、携帯を耳に寄せた。

 

「……そういえば、もう三十分経っていますな」

 

 そんな時、サイドミラーから見える後方の景色に、灰色の影が現れたのだった。

 

 

 

 

 海人へと連絡した綾花だったが、電波の届かない場所にいるのか繋がらなかった。

 その間にも事態は切迫し、背後から馬かと見違えるほどの巨狼が追いかけてきていた。

 

 護堂たちは、これ以上一般車を巻き込んで大惨事になってしまうと考え、首都高を降りた。そして近場にあった学校へと門を越えて侵入し、その広い校庭でヴォバンを迎え撃つ作戦に出た。

 車を降りる際、同じ媛巫女の万理谷祐理が『護堂さんに迷惑はかけられない』として降りるのを拒み、自らを犠牲にしようとしていた。護堂の説得により、祐理はなんとか車を降りてくれた。

 綾花も降車し、護堂たちに着いていった。祐理は儀式のために生かしておかれるが、ヴォバンの前で綾花の命の保障はできなかった。ついていって同じカンピオーネの庇護を求めるしかなかった。

 

 そして校庭にヴォバンの猟犬が現れた。エリカの喚び出した魔剣が猟犬を斬り裂き、護堂も『雄牛』の化身を行使し、剛力で蹴散らしていく。

 その戦いを見守っていていた綾花だったが、突然背後から『従僕』が襲い掛かってきたのだ。

 寸前のところで気づいた綾花は、隣にいた祐理をかばい、代わりに綾花自身が捕まってしまった。

 

「ぐぅぅ!」

 

 綾花は首を腕で後ろから締め付けられてしまう。護堂とエリカが助けに入ろうとするが、綾花に刃を突きつけられて動けなくなってしまった。

 

「秋田さん!」

 

 祐理の悲鳴が響き渡る。その声をさえぎるように、古き魔王の声が膠着した場に響いた。

 

「生き餌が逃げ出したかと思ったら、まさか貴様らと行動を共にしていたとはな。探す手間が省けた」

 

 ヴォバン侯爵が、ゆっくりと護堂たちに歩み寄ってくる。

 にやにやと笑みを浮かべるヴォバンに対し、護堂はキッとにらみつけた。

 

「秋田さんを離せ!」

 

「……いいだろう。その娘を離してやれ」

 

 護堂が叫ぶと、何故かヴォバンはそれを素直に聞きいれた。ヴォバンに命令され、従僕が腕を緩めて綾花を離す。

 ゲホゲホと咳き込む綾花。あっさりと離されたことにヴォバン以外が呆気に取られる中、ヴォバンが続けた。

 

「できれば活きのいい方が良かったが、これ以上手間がかかるのなら死体のほうが手っ取り早い」

 

「ッ! 護堂!」

 

「不味いッ!」

 

 ヴォバンの意図する所に思い至り、エリカが声を上げ、護堂が一拍遅れて理解する。

 一番近い護堂が走りだす。しかし今の化身は『雄牛』で、神速を与える『鳳』ではない。振り上げられた従僕の剣には間に合わない。

 

「ッ!」

 

 綾花は命を覚悟し、目を瞑った。手に力がはいり、お守りを握り締める。

 

 肉の抉れる水っぽい音、ほぼ同時に金属の打ち合う硬い音、綾花の右耳の近くを何かが抜ける風切り音が響いた。

 

 痛くない。綾花は体のどこにも剣による衝撃や傷の痛みも感じなかった。おそるおそる目を開けると、尻餅をつく綾花の右耳すれすれに、見覚えのある槍があったのだ。

 それは海人の持つ三叉槍だった。

 胴体に大穴を開けた従僕が、塵となって消える。するとそこには、青色の毛並みの馬に乗った海人が現れていた。

 

「遅れた。怪我はないか、綾花」

 

 馬が駆けた時にできた風が、激しく降る雨粒を吹き飛ばす。風音の中でも、最古の魔王が発した第一声は、凛として届いた。

 そして待ちに待った好敵手の登場に、狼王の笑みがより一層深まった。




 最近知ったんですが、ヴォバン侯爵、カーリーの権能を持っていたんですね。
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