征海魔王   作:カンジョー

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五十二話、腹積もり

 雨が轟々と降りしきる中、海人は神獣の馬に乗り、建物の屋根から屋根へ飛び移って移動していた。

 馬の名はクサントス。直線を走れば音速を超すことのできる、とても加速力のある馬だ。

 そんな馬で豪雨の中を駆けているため、打ちつける雨は強烈だ。しかし海人は雨を物ともせず馬を走らせた。目的地には綾花を攫ったヴォバン侯爵がいるからだ。

 

 なぜ綾花の居場所が分かるのか。それは綾花の握っているお守りが、地球上の何処にいても居場所が探知できる発信機的な役割を果たしているからだ。仁実手製のお守りで、過去に綾花が洋上で迷子になった際に、お守りのお陰で迎えにいけたことがある。

 

「トリアイナ!」

 

『はい。海人様』

 

 とある雑居ビルの屋上で一旦立ち止まると、海人が空に手をかざした。すると降ってくる水滴が集まって、三叉槍となった。

 

「前と同じ手筈だ。先に飛んで、ヴォバンに一撃入れてこい!」

 

『了解しました』

 

 海人は三叉槍を頭のの後ろまで振り被ると、それをあらん限りの全力で空に投擲した。

 

「いっけええええええええッ!」

 

 空高く投擲された槍は、あっという間に小さくなって消えた。

 海人は狙って槍投げをしたわけではない。おおまかな方角に投げはしたが、正確な狙いはトリアイナがつけてくれる。トリアイナ自体が風を操って調整し、確実にヴォバンに直撃する仕組みだ。

 

 そして再び馬を走らせて、海人は戦場となっている校庭へ滑り込んだのだった。

 しかし、海人の予想していた光景とは少し違った。投げたトリアイナはヴォバンには刺さっておらず、綾花の目の前にいた従僕を貫いていたのだ。

 

 海人は頭の中でトリアイナに、どうしてヴォバンではなく従僕を標的としたのか問いかけた。

 

『あの騎士によって綾花様が手にかけられる寸前でした。なので綾花様の安全を優先し、騎士を攻撃いたしました』

 

 ……そうだったのか。海人はヴォバン侯爵を倒すことばかり考えていたが、トリアイナは綾花の身を優先したのか。

 

「怪我はないか?」

 

「……えっ、えっと、狼に噛まれたんですけど、リリアナさんという方に治していただきました。傷は残っていません。それと、脚が……」

 

 海人は尻餅をついている綾花に声をかけ、綾花は突然現れた海人に驚きながらも返答した。

 綾花を気にかけながら、海人はぐるりと戦場となっている校庭を見渡した。ヴォバンと狼達、それとは別に日本人の少年と金髪の美少女がいることにようやく気づいた。

 綾花を立たせると、海人は二人の素性を問いかけた。

 

「あいつらは?」

 

「草薙護堂様と、エリカ・ブランデッリさんです。草薙様はカンピオーネ──羅刹王です。エリカさんはその愛人? の方で、私を今まで狼から守ってくださいました」

 

「そうか、世話になったのか」

 

 海人は電話で教えられていたため、日本人のカンピオーネである草薙護堂の存在を知っていた。海人は大声を張って、少し離れた場所にいる二人に話しかけた。

 

「綾花が世話になったようで、そのことについて感謝する! ヴォバンの相手は任せてもらおう。新参者の羅刹王には不相応だろう!」

 

 海人の声高にひるむ様子を見せるも、護堂はすぐに立ち直り言い返してきた。

 

「いいや、加勢してくれるのは助かるが、あんたとじいさん二人だけにするのは断る。あんた等みたいな魔王が暴れて、東京がめちゃくちゃになったら困るからな」

 

 護堂はドニやエリカ、綾花から聞いた人物像から、海人もまた周りの迷惑を考えずに闘争を繰り返す者だと考えていた。それはカンピオーネ全体に言えることだが、海人と護堂はこれが初対面のため仕方なかった。

 

「私はどちらでも構わぬがな。むしろ徒党を組んで同時にかかってきたほうが愉しい。同族三者が集うことなど滅多にないからな!」

 

 海人の護堂に向いていた視線がヴォバンに移る。その目は燃えるような怒りでギラギラに輝いていた。

 

「ヴォバン……。何故綾花を攫ったッ!? 綾花を人質にすれば、俺がのこのこやって来て、無抵抗で殺されるとでも思ったかッ!」

 

「貴様をおびき寄せる餌にしようとしたが、人質にしようとは思っていない。その娘を攫ったのは、貴様の目の前で殺すためだ」

 

「なに……ッ!」

 

 海人の頭に血の気が上る。

 するとヴォバンの近く、闇の中から一体だけ従僕が湧き出てきた。

 それを海人が見た時の反応は劇的で、それまで燻っていた憤りはどこかへ吹き飛び、夢から覚めたような顔つきで、名を口にした。

 

「フランク……」

 

 それは海人の弟子であり、ヴォバンに殺され『死せる従僕の檻』に囚われた騎士であり、そして海人とヴォバンが終生の敵となる切欠となった人物だった。

 

「そうだ。三世紀以上経った今でも、未だこの者の魂は『従僕の檻』に捕らえている」

 

 状況が分からない護堂に、素早く察したエリカが『死せる従僕の檻』の力を解説している。この権能はヴォバンが殺した生物を使役し、殺しても魂が囚われている限り、時間が経てば再び呼び出せるのだ。

 

「四年前、貴様との闘いは至福のひとときだった。だが同時に何かが足りないと考えていた。……それがこれだ」

 

 今度は海人だけでなく、護堂たちも驚くことになる。なんと呼び出された従僕が、持っていた剣で自らの胴を貫いたのだ。

 己に剣をつき立てた従僕は、塵となって崩れていった。海人の驚愕はやがて、此処に来た時以上の憤怒へと変わった。

 

「貴様、ヴォバン!」

 

「ふははははは! そうだ、その気迫だ! 地の果てまで追い詰めて殺すというその殺気、四年前はそれが足りなかった!」

 

 ヴォバンは海人と何世紀も睨み合う原因を、とうの昔に忘れていた。それを思い出したのが、部下に海人の居場所を探らせていた際に、『安東海人には血縁者がいる』とい報告を聞いた時だ。

 昂ぶった感情は時が経てば平静に戻る。海人の自分に対する怒りの感情も、同じように何百年という年月で冷め切ってしまったとヴォバンは考えたのだ。

 

「目の前で仲間を殺された気分はどうだ? 久しく忘れていた感覚であろう。しかし今回は、その怒りの天頂を越えようではないか!」

 

 ヴォバンは海人の後ろ、綾花をその虎の瞳でぎらりと睨んだ。綾花の身がひっと竦む。

 

「血の繋がった家族を目の前で殺されれば、その怒りも有頂天を超えるはず。貴様の目の前で惨殺してやろう!」

 

「──ッ!」

 

 声にならない雄叫びを上げ、海人はヴォバンに飛び掛ろうと地を踏みしめた。

 

「我が元に来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え。駿足にして霊妙な馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

 その時、密かに唱えていた護堂の聖句が完成した。

 海人とヴォバンの睨みあいに水を差し、嵐の夜であるというのに、東の空が暁の色に染まった。

 

「む?」

 

「太陽が……!?」

 

 海人は駆け出すのを止め、ヴォバンは東の空を見上げた。

 

 草薙護堂の権能、ウルスラグナ第三の化身。天から超高熱のフレアを降り注がせる『白馬』は、民衆を苦しめる大罪人にしか放てない。悪名高き魔王は、その標的になるだけの罪を重ねてきたのだ。

 二人の魔王の会話を聞きながら、護堂はエリカから『死せる従僕の檻』の力と、その檻に囚われた騎士達の悲惨な末路を知った。海人に親しい者を目の前で殺して見せあざ笑う悪辣なヴォバン侯爵に、一度痛い目を見せてやらないと気が済まなかったのだ。

 

 だが、それは叶わなかった。エリカと護堂を取り囲むようにいた狼達が消える。するとヴォバンの体が膨れあがり、巨大な二足歩行の狼となった。

 そしてなんと、牙の生えた顎を開き、向かい来る白馬の焔を呑み込んでしまったのだ。

 

 

 

 

 護堂の切り札のひとつである『白馬』が吸い込まれてしまった。ウルスラグナの化身を使うと一日の間使えなくなってしまうため、切り札をひとつ失ったことになる。

 だが水をさされたことにより、海人の燃え上がるような怒りが若干落ち着いた。

 それによって周囲の声に耳を傾ける余裕も出来た。

 

『海人様、ここは一旦退きましょう』

 

「ッ! 何故だ! 奴を殺すまたとない機会だ」

 

『確かに貴方様が冷酷に事を運べば、十中八九、再起不能にすることができるでしょう。ですが海人様はついさっきまで……冷静ではなかった。私の言葉が聞こえない程に激昂していた海人様では、敗れる可能性のほうが大きい。それに……』

 

「それに? 何だ、さっさと……うん?」

 

 服の裾を引っ張られる感触に、海人は後ろを振り返った。そこには巨狼となったヴォバンを見て怯える綾花の姿があった。

 

「……」

 

『それにヴォバン侯爵は雑兵を生み出す権能を、多数所持しています。海人様お一人なら構いませんが、綾花様を守護しながらとなると、その判断は的確とは言えません』

 

「……チッ」

 

 海人は舌打ちをして不服な気分を発散する。頭ではわかっていたが、ヴォバンを殴りたい気持ちでいっぱいだった。

 そんな会話を交わす間にも、ヴォバンは手下を呼び出し、差し向けてきた。護堂達には従僕を、海人達には猟犬をだ。

 

『従僕共、万理谷という小娘は殺すなよ。それ以外は殺せ。猟犬共は貪り喰らい、海人と生き餌の屍を晒せ!』

 

「ひっ」

 

 ヴォバンが吼え、迫り来る猟犬達を見て、綾花が短い悲鳴を上げる。綾花は狼に噛まれたことがトラウマになってしまっていた。

 綾花の怯える姿を見た海人は決断し、恐怖で固まる綾花を押してクサントスの鞍に乗せた。

 そして自らも跨ぎ、手綱を持った。

 

『尻尾を巻いて逃げるのか、海人! 臆病者めが!』

 

「さっき己の思惑を大声で語っていたではないか。お前の魂胆には乗らない。まずは綾花を安全な場所に避難させてもらう!」

 

 クサントスがいななくと地を蹴り、瞬く間に戦場である校庭から脱した。いくら自動車より速い狼共でも、馬の神獣であるクサントスには敵わない。

 

 敷地から出る際、海人はちらりと護堂の方を横目で確かめた。海人の同胞であるなら、窮地も自らの方法で脱することができるだろう。だが何故か迫り来る従僕を前にしても、護堂は直立不動で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 海人がいなくなった後の護堂はというと、その後なんとかヴォバンの追っ手を振り切っていた。

 振り切るに用いた化身は『鳳』、速い攻撃を受けた際に使え、護堂に神速を与える。これで祐理のみを抱きかかえ、雨を防げる屋根のある場所で休息をとっていた。

 エリカは従僕達を引きつけてくれている。それに一人きりのほうが彼女も闘いやすいという配慮もあった。

 

 休息をとるのも、『鳳』の化身の反動があった。使った直後から胸のあたりに激痛が走るのだ。

 護堂が苦しむ様子を見て、心配した祐理が痛みの和らぐ術をかけるが、カンピオーネのため失敗する。それでも気遣い胸の辺りを撫でつづけてくれる祐理に、護堂は少し耐えやすいような気がした。

 

 そして気づいた。祐理と思った以上に密着していることに。雨でずぶ濡れの衣服で密着しているため、気にしないように必死だった。

 護堂は気を紛らわすために、ヴォバン侯爵の『死せる従僕の檻』を話題に出した。

 『死せる従僕の檻』はヴォバンの性格が表に出た、とても悪趣味な権能といえる。海人の弟子の従僕が召喚されたと時、祐理の口からこぼれた所によると、オシリスという神から簒奪した権能らしい。

 

 あの時、護堂もやり取りを眺めてただ無感動でいたわけではない。ヴォバンの非道なやり口に腹をたて、どうにか痛い目を見せてやらないと気がすまなかった。

 

「どうにか開放してやれないか……」

 

 護堂の頭には『戦士』の化身があった。この化身なら、囚われた騎士達を成仏させてやれる。

 祐理に詳しくオシリスについて訪ねるが、『戦士』を使えるには至らない。『戦士』を使うには神についての一定の知識が必要なのだ。

 

 やがて雨が激しくなり、轟々と嵐も強くなる中、護堂の中に焦燥が積もっていく。

 そんな時、祐理が切り出した。

 自分もエリカと同じように、『教授』の術が使えるのだ、と。

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