征海魔王   作:カンジョー

55 / 58
五十三話、待人

 海人と綾花はクサントスに乗って街中を駆けた。

 しばらくして狼達を撒いたと確認した後、安全と思われる場所で止まった。クサントスの最高速でならあっという間だったのだが、あいにく騎乗している者を保護してはくれない。カンピオーネには耐えれても、人間には耐えられない圧力があるため、綾花に配慮してクサントスは疾駆した。

 海人は建物の屋上を飛び回っていたクサントスを、とあるテニスコートに降り立たせた。

 

「……よし。ここらでいいか」

 

 東京全土にかかり雨を降らせている雨雲だが、空は曇れども海人達に雨粒が降り注いではいなかった。

 これは海人の八郎太郎の権能で、海人を中心に周辺一帯に雨が降らないよう雨雲の制御を奪っていたためだ。念のため海人達の周囲に風の防壁も張り、雨粒も吹き飛ばすようにしていた。

 これにより綾花は雨から守られ、雨で濡れた洋服も乾ききっていた。

 

 海人がまずクサントスから降りると、綾花を抱えるようにクサントスから降ろした。

 綾花の石になっていた脚は、街中を駆けている最中に元の健常な脚へと戻っていた。指も動かせるし肌や血行の色も正常だが、一日以上固まっていたせいで上手く立つことができなかった。

 綾花は海人の助けを借りて、近くのベンチに腰を下ろした。

 

「海人様……。行くのですか?」

 

「ああ。ヴォバン侯爵はブッ倒す。……お前は此処で待っていろ。俺が先行したため遅れているが、陸でも活動できる神獣が来る。お守りをしっかりと持っとけ」

 

 そう言いつける海人の顔は、綾花が見たこともない表情をしていた。口角を上げ、瞳をギラギラと輝かせて笑っている。魂を囚われた弟子の無念を晴らせるからか、それとも宿敵と闘えるからか。

 このまま行かせては拙い。綾花は曖昧な不安を感じた。

 

「それじゃぁ……」

 

「か、海……お父様!」

 

 クサントスに乗って向かおうとする父親を、綾花は気づけば呼び止めていた。気が立った海人に睨まれるが如く鋭い視線を向けられ、綾花は一瞬たじろいだ。

 

「なんだ?」

 

「……その私を迎えに来てくれる神獣が来るまで、一緒に居て、くれませんか?」

 

 鞍に手をかけていた海人は、綾花のお願いを聞くとしばらく押し黙り、やがて鞍から手を離した。

 大きくため息を吐くと、綾花のほうに近寄り、ベンチの隣に腰を下ろした。

 

「来るまでだぞ」

 

「あっ、ありがとう、お父様」

 

 それ以降、海人は腕を組んで黙りこくってしまう。二人の間で沈黙が続き、聞こえるのは遠方に見える雷鳴と雨音だけだった。

 思い切って綾花が話しかける。

 

「えっと、その……。お父様は、ヴォバン侯爵を如何したいのですか?」

 

「決まっている。奴はこの世から消し去る。奴に囚われている弟子の魂を天に還すためだ」

 

「なら、海人お父様一人で行わなくともよいのでは?」

 

「何が言いたい?」

 

「草薙護堂に協力してもらっては如何ですか?」

 

 海人は数秒だけ空を見上げながら考え込むと、答えを出した。

 

「駄目だ」

 

 他の神殺しには手伝いでも任せられなかった。

 

「どうしてですか!? 草薙護堂は私を助けてくれた、理性的な方です。話し合えるし、ヴォバン侯爵を日本から追い出すのに協力し合えるはずです」

 

「お前を助けてくれたことには感謝しているが、駄目だ。ヴォバンは俺一人で倒さないと、あいつが浮かばれない」

 

「確かにお弟子さんは可哀想だとは思いました。ですが……でしたら、心配している家族のことも考えてください!」

 

「綾花……? ッ!」

 

 海人に綾花が抱きついて、胸元に顔をうずめた。

 

「インドで音信不通になった時、心配しました。お父様が突然いなくなるかもって、胸が張り裂けそうでした」

 

「……心配かけて、すまなかったな」

 

「本当です。……私はまつろわぬ神も見たことないし、羅刹王もお父様以外に見たとこないですけど、ヴォバン侯爵には勝てるか分からないのでしょう?」

 

 綾花は、海人が昔ヴォバンについて語っていた時のことを思い出していた。

 海人が言うには、勝率は五分五分、勝利は時の運。そもそも神殺しが『どんなに力の差があろうと、わずかな勝機を掴み取る』者である、という。

 

「お父様なりの死者の弔いを止めはしません。ですが必ず戻ってきてくださいね。秋田の地でお母様……仁実様も待っています」

 

 胸元から離れて海人の顔を見上げると、海人のは剣呑さが薄れ、小さな笑みが浮かんでリラックスした表情になっていた。

 

「ふぅ……。お前の言いたい事はわかった。草薙護堂とは利害が一致したのなら、共闘してもいいかもしれない」

 

 ヴォバンとの様な終生睨み合う関係になると思っていたが、現代の日本人の常識を持ち合わせているのなら、肩を並べる関係もありなのかもしれない。

 だが海人が会った神殺しは全て利己的な人物で、性格がぶつかり合い、争いあう関係にしかならなかった。同国の人間とはいえ、草薙護堂も神殺しには違いないのではないか。

 ともかく海人は、綾花の提案は心の片隅に留め、綾花や仁実という帰りを待つ者がいることを心に深く刻んだ。

 

「共闘については考えておく。それよりお迎えだ」

 

 海人は、綾花の背後の先を指差した。綾花が振り向くと、そこには十体ほどの神獣の姿があった。

 神獣達はサメの仲間とシャチから創られている。元となった魚の顔を持ち、体は人間の、まさしく魚人と言うにふさわしい容貌をしていた。戦闘用に獰猛で、なおかつ陸上でも活動できるようにした結果だった。

 綾花は神獣らに気づくと気持ちを切り替え、笑顔になって駆け寄った。

 

「オルクス! 和邇に磯部も来てくれたんだ!」

 

 綾花が駆け出すのを見て、海人は鞍に手をかけてクサントスに跨った。そして手綱を握ると、綾花には声をかけずにクサントスに乗って跳び去っていった。

 

「お父様! ……あれ? お父様?」

 

 綾花が再び振り返るが、既にそこに海人はいなかった。

 それにより海人の権能である風の結界が解け、ぽつぽつと雨が降ってくるようになった。

 

「……」

 

 シャチの神獣が身振り手振りで綾花に何かを伝えようとする。

 綾花は稲光の見える方向をしばらくじっと眺めた。激しく閃光を放ち暴風が吹き荒れる方にはヴォバンがいるのだろう。

 

「……うん、わかった。行こう」

 

 すると綾花はそう呟き、先導する神獣達に続いた。

 

 

 

 

 エリカ・ブランデッリは、自らの陣営に引き込んだリリアナ・クラニチャールと正史編纂委員会の甘粕冬馬と共に、東京タワーを望む芝公園へと急いで向かっていた。

 二人の騎士は占術でヴォバンの居場所を探ろうとしていたが、冬馬の情報提供がありヴォバンの居場所が判明したのだ。正確にはヴォバンが狼を市街地に放ち、躍起になって探している人物の居場所がわかったのだ。

 最古のカンピオーネの一人、安東海人は神獣を傍らに立ち尽くしているという。間違いなくヴォバンをおびき出そうとしている。待ち伏せの可能性はあるが、狼が探し出した時、狼王は嬉々として飛び込むだろう。

 

「最悪の事態です」

 

 巨大な狼の群れに追われても飄々とした態度を崩さなかった甘粕冬馬だが、海人がこの場に来ていると聞き、深刻な表情に焦りを見え隠れさせていた。

 

「このままでは日本の首都で神話の世界でしか語られないような争いが起こってしまいます。奇跡的に人命に被害は出ていませんが、それに巻き込まれたら……」

 

 賢人議会によれば、狼王と海王が戦った影響で壊滅した都市の例が、いくつか在るという。

 正史編纂委員会のほうで住民の避難を行っているが、二人の神殺しが激突した余波がどれほどの範囲に及ぶかわからない。被害が広がれば人民に被害が及び、東京もその壊滅した都市のひとつになってしまう可能性がある。

 

「草薙さんには仲裁か、周辺の被害を最小限に留めて欲しいものです」

 

「それには安東海人の協力が必要よ。共闘まではいかなくとも、利害の一致程度にはしたい。三すくみだけは絶対に避けたいわね」

 

 海人のヴォバンに向けた憎悪の大きさから、仲裁は無理だと考えられる。だが果たしてカンピオーネ同士の共闘など叶うのだろうか。

 カンピオーネは我の強い者が多い。世界に八人おり性格もバラバラだが、睨み合う関係は聞けども信頼関係があるとは聞かない。唯一護堂とサルバトーレ・ドニの関係は良好だが、エリカは最古の王話が通じるかどうか少し不安だった。

 

 三人が芝公園に到着し、木々に隠れ、安東海人がいると言う広場の様子を伺う。

 そこには海人と、無数の狼。そして木の上に頭を出しそうなほどの背丈を持つ巨狼。

 

「間に合わなかった、か……」

 

 リリアナが落胆し呟いた。三人の視線の先には、海人とヴォバンが対峙していた。

 

 

 

 

「のこのこ出向いて来るとはな。脳みそまで獣になったか。……あの塔を見ろ。あれが貴様の墓標だ。狼風情にはもったいないだろう?」

 

『ほざけ! たとえ罠を仕掛けてあろうとも、内側から食い破ってやるまでよ。……貴様の神獣はそれだけか? 出し惜しみするのなら、我が手勢で嬲り殺しにしてやるわ!』

 

 海人が対峙するヴォバンの舌戦を繰り広げていると、その間に割り込む若い女の声が響いた。

 

「お待ちください、王達よ!」

 

 声のする方に視線を向けると、草薙護堂の傍にいた魔術師の少女と、見たことない銀褐色の髪をした少女がいた。その先にもう一人眼鏡の男がいたが、傍観する姿勢のようだ。

 

『出てくるのが遅かったではないか、『紅き悪魔』の小娘。そして……何故その仇敵と共に並んでいる、クラニチャール?』

 

「おそれながら申し上げます。供の御役目を返上したく参りました。婦女子を攫い神の供物にするなど、騎士の行いではありません」

 

『王に逆らうか。それもまた騎士の鑑といえよう。……それで何の用向きがあってこの男との決闘に口を挟んだ。下らぬ用であれば、『死せる従僕』に二人まとめて加えてくれよう!』

 

 ヴォバンが脅し、狼が牙をむいて威嚇する。しかしエリカは動じる様子を見せない。

 

「順番を間違えてはいけません。草薙護堂とのゲームがまだ終わっていません。……それとも、自ら提案したことを放棄なさるおつもりですか?」

 

『ふん、安い挑発だ。だがそこまで言うのであれば、肝心の小僧は何処にいる?』

 

 ヴォバンの王者の笑いが、血の滾りを持て余す闘士の哄笑に変わる。

 

『半年も経たぬ若造の力など高が知れているわ。剣王の小僧を下した力が、こ奴に届くのなら話は別だがな!』

 

「俺を引き合いに出すな、狼が。……ヴォバン、お前はひとつ思い違いをしている。遥か昔の神殺し同士の戦のように、視界に入る者全てが敵だとは限らないぞ」

 

『何?』

 

「──草薙護堂! 御身の騎士が呼び招きます。今こそ来たり、王の責務を果たし給え!」

 

 セーラー服を着たエリカという少女が、声高らかに名を呼ぶ。すると二人の王と少女達の間に、一際大きな風が吹いた。そして風の渦の中心に、草薙護堂と万理谷祐理が現れた。

 風となって現れた護堂に、海人は驚愕を露にした。

 

「お前は……草薙護堂!」

 

『ようやっと来たか、小僧』

 

「ヴォバンのじいさんに、確か、安東海人だっけか……」

 

 決戦場に再び三人のカンピオーネが揃った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。