征海魔王   作:カンジョー

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五十四話、風

 草薙護堂はエリカに呼ばれ、『強風』の化身となり祐理を伴い降り立った。降り立った芝公園は三人のカンピオーネが揃い踏み、決戦に相応しい様相を呈していた。

 護堂は連れてきた祐理を離れるよう指示し、エリカに目配せをすると、同胞二人の方向に踏み込んだ。

 一人は巨狼の姿で狼と騎士の手駒を並べ、一人は異形の馬に跨り水の槍を構えている。そんな二人に高校の制服を着た何も持たない護堂は、傍から見たら酷く場違いだろう。

 だが彼もまた神を殺し、権能を内包するカンピオーネなのだ。この場に立てる存在としては同格だった。

 

『随分と遅かったな、小僧。だが先に新たな獲物を見つけたのだ。そこで指を咥えて眺めているがいい。辛抱辛いというのであれば、貴様と海人、二人まとめて相手してやってもよいが』

 

「忘れたのかじいさん、これはあんたが吹っかけてきたゲームの続きだ。じいさんが勝てば万理谷を連れていく。だが俺が勝ったら、とっととこの国から出て行ってもらうぞ!」

 

『よく吠える。ならばその言葉を貫ける力があるかどうか、この場で試してくれよう!』

 

 巨狼姿のヴォバンが手を振るう。すると闇の中から従僕達が現れ、護堂に殺到する。

 エリカとリリアナ、二人の騎士が護堂の盾となるため、従僕達の前に躍り出た。二人の騎士は魔剣を構えるが、彼女達が魔剣を振るうことも、従僕達が彼等にたどり着くこともなかった。

 

「雨よ、撃ち穿て!」

 

 それは海人が聖句を唱えた声だった。従僕達の周囲のみ、雨粒が海人の権能の影響を受けた。

 権能の力を受けた雨粒は、水の銃弾となって従僕達の頭上から降り注いだのだった。機銃の掃射を受けてしまった従僕達は頭から腹まで刺し貫かれ、再び闇に溶け込んでしまった。

 

 者々の視線が海人に集中する。神獣の馬に騎乗する海人は、いつの間にか護堂達の傍に近寄ってきていた。

 海人は、騎上から護堂に話しかけてきた。

 

「草薙護堂。まずは改めて、綾花を助けてくれてたことに感謝する」

 

「礼はいいよ。俺も万理谷を助けるついでだったからさ。甘粕さん──後ろの眼鏡をかけた男の人が助け出してくれなかったら、じいさんから守ることもできなかった」

 

「あの男にも後で礼を言おう。……本題に入るが、草薙護堂。俺と共同戦線を張らないか?」

 

「あんたと?」

 

 それは願ってもない申し出だったが、護堂は先刻会った時の様子を思い出していた。

 海人は護堂と敵対はせずとも、ヴォバンと自身の闘いに介入して欲しくはなさそうだった。海人とヴォバンの間には浅からぬ因縁があり、二人の世界に邪魔が入ってきて欲しくなかったのだろう。

 

 だがそれでも護堂は、一度目は『白馬』の化身で、二度目は『強風』の化身で割って入った。

 神の権能を持つ者同士の闘争は、台風以上に広範囲に被害をもたらす。護堂の実家がある東京をめちゃくちゃにされては困るからだ。

 

 だから護堂は覚悟してここに来ていた。ヴォバンとの決闘を邪魔され、護堂を排除しようとしてくる海人と戦う覚悟をして介入したのだ。

 

「俺が手を出してもいいのか? じいさんとは因縁があるんだろ。さっきまで任せろ、とか何とか言ってなかったか?」

 

「たしかに、あの場から去るまでは一人でやろうと思ってた。……だが考えが変わった。奴はどんな手段を使っても倒す」

 

 海人がヴォバンに視線を向ける。ヴォバンの頭は狼のため表情が判別できないが、低く唸り、目はぎらりと海人を睨みつけていた。

 

「わかった。あんたと手を組もう。じいさんを追い出すための共同戦線だ」

 

「交渉成立だな」

 

 海人は馬から降り、護堂に水の槍を持たぬ左手を差し出した。護堂も手を出し、握手をした。

 

「俺を誘ったってことは、何か作戦があるのか?」

 

「作戦なんてもんじゃねぇが、お前はヴォバンに攻撃を加えて、俺が奴の手駒を牽制する。そんなところか。……戦場に戻ってきたってことは、見つけてきたんだろ、勝機を。奴に対抗する手立てをよ」

 

「……ああ」

 

 護堂は力強く頷くと、海人と肩を並べてヴォバンに向き直った。

 

 

 

 

「という訳だ。待たせたな、ヴォバン」

 

『いささか驚いたぞ。まさか貴様が、神殺しと神殺しが徒党を組む光景を見るとはな。だが青二才など者の数にもならん。まとめて叩き潰してくれるわ!』

 

「二兎を追う者は一兎も得ず。加えて俺は鬼で、草薙護堂は能ある鷹かもしれん。……はっきり言えることは、お前は何も得るものはなく、此処で全てを失うということだ!」

 

 海人はクサントスにこの場を離れるよう命令を下した。ヴォバンが吼えると、芝公園を包囲していた狼達が一斉に襲い掛かってきた。

 狼達が四人の四方八方から迫り来る。エリカとリリアナが護堂の背後を守り、海人がヴォバンと睨みあう形となる。二人はそれぞれの愛剣を呼び出し、押し寄せる狼達を迎え討った。

 

「雨よ、集いて刃となれ!」

 

 海人が聖句を唱え、槍を突き出した。槍の先の宙に雨粒が集まり、ヴォバンまで届きそうな巨大な半月状の刃を作りだした。

 

「ふッ!」

 

 海人が槍を振るうと、宙に浮いていた水の刃が、海人達四人を中心にして周囲をなぎ払った。

 鋭利な水の刃は周辺一帯の樹木も巻き添えにして、何の抵抗もなくすべてを断ち斬った。

 反応できなかった狼達は訳も分からず両断され、大半の狼が闇に溶けた。生き残ったのはエリカとリリアナに接近していた狼と、海人の攻撃に反応して跳びあがった狼だ。

 

『やはり狼どもでは数にもならんかッ!』

 

 水の刃の攻撃を予期して跳躍したヴォバンが吼える。ヴォバンは落ちながら空中で、その大きく開いた牙の間から稲妻を吐き出した。

 後ろには護堂がいる。海人は迷わず、操っていた雨水の塊を平たい板の形にし、目先の地面に突き刺した。板状の水塊は海人達の姿を隠せるほど大きく、水塊に阻まれた雷は地面に逃げていった。

 

 今度はヴォバンが板状の水塊を正面から破り、海人に飛びかかってきた。巨狼となって鋭い爪の生えた両腕を振りかざし、また凶悪な牙の生えた顎で海人を引き裂こうとしてくる。

 海人は爪と牙の攻撃を避け、懐に潜り込もうとした。槍の一突きでヴォバンの巨体を貫こうとしたが、それは叶わなかった。ヴォバンは海人に肉薄した瞬間、なんと懐に従僕を召喚したのだ。空いた隙を埋める肉壁とし、水の槍がヴォバンに届くかわからなかった。

 

『トリアイナを変化させ、防御に回します』

 

 海人が思考を巡らせるより早く、トリアイナが水の槍の形状を変化させる。水の槍は円盾となり、海人はそれを差し出し、ヴォバンの両手頭の攻撃を受けた。

 水の盾は衝撃を吸収し、容易に受け止めて見せた。

 

 目と鼻の先で海人とヴォバンが睨み合う。

 

『貴様の神獣はどうした、海人! 喚ぶがいい。それとも貴様一人で闘い、我に勝利するなどと甘い了見ではなかろうな』

 

 海人の創り上げた海魔──神獣たちは着いてこれていなかった。取るものも取り敢えず東京に急行したため、着いてこれて陸上で活動できるのは、綾花の護衛につかせた神獣だけだった。

 何処に居ても召喚できるヴォバンの『死せる従僕の檻』も、そこだけは便利だと思っていた。

 

「いつもは俺とお前だけだった。だが今回は後ろに居るだろうが」

 

『……フフフフ。フハハハハハ! 己を律し、小僧を庇いながら我を倒せるとでも? 下僕ではなく仲間を増やした途端、貴様は弱くなっているぞ。牽制程度の攻撃も避けれず、後ろの足手まといを庇うだけではないか!』

 

「……確かに一人の戦士としては弱くなったかもしれねぇ。だからこれは、俺の大博打だ!」

 

『戯けたことを抜かしおる。従僕共、安東海人を小僧もろとも押し潰せ!』

 

 最後の狼がエリカの剣によって倒され、続いてヴォバンの召喚により『死せる従僕』が現れた。

 ヴォバンが至近距離にいたため、従僕は海人達を囲い込むように闇の中から這い出てくる。

 時代も文化も違う様々な従僕達が、持ち前の武器を構える。間近で召喚された騎士や戦士が、海人達に武器を振り下ろす。

 だが、この従僕達が召喚されるのを待っていた者がいた。

 

「──ヴォバン、俺は知っている。あんたが殺した太母神──冥界を司る、命を実らせる穀物神を知っているぞ!」

 

 その言霊は、海人の背後から聞こえてきた。すると言霊は海人達の周囲に光る玉となって顕れた。雨空の中きらめく無数の光玉こそ、草薙護堂が紡ぎ出した神格を斬り裂く黄金の『剣』だ。

 草薙護堂が持つウルスラグナの化身のひとつ、『戦士』の能力だ。権能の源である神の知識を詳らかにすることで、神格を斬り裂く言霊の剣を創りだす。

 

 黄金の『剣』が周囲に散り、従僕達を縦横無尽に切り裂いていく。光玉に反応し武器を振り下ろす従僕もいるが、黄金の『剣』は武器ごと従僕を切り裂いていった。

 

『なんだ、その力は!?』

 

 ヴォバンも言霊の剣の危険性を察知し、後方へ飛び退く。黄金の『剣』はそのヴォバンを執拗に追撃し、狼となったヴォバンの銀色の体毛を四方八方から斬りつけていく。

 しかし、ダメージは少ないようだった。ヴォバンはアポロンの権能の力で巨狼に変身しているため、オシリスの神格を斬り裂く剣では効果がないのだ。

 

「へっ、やるじゃねえか!」

 

 周囲の従僕がなす術なく斬り裂かれていく光景を見て、海人はそう漏らした。海人が護堂と手を組んだのは、こういった未知の攻撃を期待してのことだった。

 海人とヴォバンは何度も闘ったせいで、お互いの闘い方をある程度熟知してしまっている。権能の能力はもちろんのこと、権能の扱い方、得手不得手、場所の有利不利など。お互いの性格もそれなりに知っているため、次にどんな手段を講じてくるかも予測できてしまうのだ。

 

 だから草薙護堂を引き入れた。このままヴォバンと闘っていたら、また互いに消耗し、痛み分けで終わってしまうからだ。膠着した状態に風穴を空けるため、新しい風が必要だったのだ。

 

「オシリスは一度、八つ裂きにされて死んだ。そこから復活を遂げて冥府の神となった。春に命を与え、秋に収穫し、冬に刈り取るのが地母神の役割。そして春に生まれ、秋に実り、冬に死ぬのは大地の子である穀物神の役割だ」

 

 護堂が必死に言霊を黄金の『剣』に吹き込んでいる。しかしヴォバンの周囲を飛び回っている光玉が与えるのは小さな切り傷だけだ。海人の目からも効果があるようには見えなかった。

 

『海人様。あの光玉は、神格を斬り裂く剣のようです。草薙護堂は、従僕の権能を斬り裂く言霊を吹き込んでいる。狼の権能に効果はありません』

 

 トリアイナが海人に助言する。ヴォバンも自らに効果がないと分かったのか、再び狼を無数に呼び出していた。

 狼が従僕の前に立ちはだかり、盾のような扱いをされては、黄金の『剣』は減るばかりだ。

 

「だったら、狼は任せてもらおうか!」

 

 言霊を紡ぎ続ける護堂に一瞬だけ目配せし、海人はトリアイナを地面に突き刺した。

 その瞬間、ヴォバンは首筋に寒気がした。物理的にも感覚的にも、ヴォバンの周りの気温が突如下がったのだ。

 

「地表よ、凍りつけ!」

 

 海人の聖句により、何とヴォバン一帯の地表が凍りついた。海人は地中に染み込んだ雨水を支配しており、それを凝固させヴォバン達の足を取ったのだ。

 従僕と狼は足が凍りつき動けなくなり、そこを狙われて従僕のみが黄金の『剣』で斬り裂かれた。

 ヴォバンも流石にこれには意表を突かれ、だが直ぐに凍りついた脚を力まかせに強引に引き抜いた。

 

 海人は一瞬でも動きを止めたこの機を逃さず、ヴォバンに追撃を繰り出した。海人はヴォバンの頭上に、鋭い円錐形の氷柱を何本も造りだした。

 ヴォバンと接戦を繰り広げている間、雨水を集めて造った氷柱は、巨狼のヴォバンよりも大きかった。それを頭上から降らせたのだ。

 

「もひとつ、オマケだ!」

 

『なに!?』

 

 さらにダメ押しに、海人は地中からも氷柱を生み出した。ヴォバンはそれを咄嗟に避けるが、そのせいで頭上からの氷柱の対応が疎かになってしまった。

 ヴォバンは巨狼の腕を頭上に掲げ、氷柱を受け止める作戦に出た。巨狼の鋭い爪を突き刺し氷柱をがっしりと受け止め、なんとか氷柱の隙間に体を滑り込ませた。

 だがヴォバンは身動きがとれず、まるで自分より巨大な顎を持つ肉食獣に噛み付かれ、必死に抵抗する小動物のような状態だった。

 

「これで、終いだッ!」

 

 身動きのとれなくなったヴォバンに向かって、海人が手に持ったトリアイナを投げつけた。

 雨粒を吸収しながらヴォバンに迫る水の槍。しかし槍は巨狼の肉には突き刺さらず、巨大な氷柱へと突き刺さったのだ。

 

「ぐっ!」

 

 何故か海人は、突風によって吹き飛ばされた。

 何とか宙で体勢を建て直し両足で着地すると、見ると人間形態に戻ったヴォバンと目が合った。

 ヴォバンは巨狼の姿を解除し、出来た隙間を使って氷柱の牙から脱出したのだ。

 

「氷とはな。貴様は水しか扱わぬから、不意を突かれた。もっと愉しませてくれ! まさかもう、タネ切れではあるまい?」

 

「いいや、もう必要ない。まんまと誘い出されてくれたな。お前がその姿に戻るのを待っていたんだ! ──草薙護堂!」

 

「なんだと?」

 

 ヴォバンが護堂の方を振り向くと、護堂の手には長大な剣が握られていた。黄金の刃をもつそれは、言霊の剣がひとつに束ねられた神剣だった。

 

「ぬうッ!」

 

 護堂がヴォバンめがけて神剣を振り下ろした。芝公園周辺は眩い閃光に包まれ、残っていた従僕は斬り裂かれ、ヴォバンもまた光に包まれていった。

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