征海魔王   作:カンジョー

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六話、真実

 今日も今日とて、海人は槍を振るう。いつものように、日課をこなす。

 

 だが、そこには何かが足りなかった。

 

 海人は常なら一心不乱に続けて、体が沸騰するほど熱を出すまで鍛錬を、数分で止めてしまう。槍を下ろして、彼は周囲を見渡した。しかし、そこに彼女はいない。風で草木が揺れる音と、小鳥のさえずりが聞こえるのみである。

 なんの問題もないはずだ。これでいい、元に戻ったのだ。そう自分に言い聞かせた海人は、また槍を構えて鍛錬を再開した。

 

 しかし、それも長くは続かず、すぐに気持ちが乱れて槍から力が抜けてしまう。海人はそれを何度も何度も繰り返すのだった。

 

 

 

 

 愛代と最後に会ってから数日が経ち、城下町では戦の用意が進んでいた。

 準備には優秀な武器や防具、錬度の高い兵士に優秀な軍師、特にここでは兵糧が重要になる。戦において食料は重要だ。兵士の動力源がなければ、どんな大軍勢も動く木偶人形に成ってしまう。

 元々草木が生えにくいこの檜山では、兵糧の確保が最優先事項にあった。幸いと言っていいのか、お国からの搾取はなかった。日頃から住民より税を搾り取っているからだ。役人たちはここぞとばかりに、蓄えを放出して、戦に備えていた。

 

 戦に出向かない女子供、高齢者はいつもの日々を送っている。だが若い男衆は、戦へと駆り出されていた。愛する家族を守るため、自ら武器を持つことを決めた者達だ。皆この戦で長き争いに決着がつくことを願い、檜山を信じて参加したのだ。

 

 そんな城下町全体が目の前に迫る戦に、ピリピリと緊迫した空気を生み出す中。

 海賊団の長である重蔵はというと、そんなことはお構いなしに、真昼間から飲んだくれていた。

 

「うぃー。……クゥヘェッ」

 

「また昼間から飲んで。父様、だらしがないですよ」

 

「いいじゃねえか、こんなときぐらい。皆戦が近いからって、常連の奴等も飲みにきやしない。ここは俺が奴等のぶんまで飲んで、この店に献上しないと」

 

「いつもこの倍は飲んでいるじゃないですか!」

 

 カウンターの上に並ぶ酒瓶を指して、仁実は父親をしかりつけた。

 

 檜山と湊がぶつかる大戦の話が出てから、重蔵は連日のようにここに通いつめていた。

 ほぼ毎日、頻度が増したのだ。仁実が酔っていない父親を見るのは、二日酔いになっていない時を除く、朝ぐらいだった。

 

「それより、海賊達が船に食料を積んでいます。……出航の予定もないのに、腐るだけです。どうしてその様な命令をしたのか、説明してください!」

 

 仁実は父親の横に座って、注文を聞く店主に、玄米茶を頼んだ。

 ここ最近は、海で海賊行為を行えそうにない。仁実も注意をせずに放っておいたのだが、部下達のある行動に気づいて、こうして問い詰めに来たのだ。

 いま商船を襲っても、得られるものは少ないといっていたのは重蔵のはずなのにだ。

 

「……食料難に備えてだ。『負けて』帰ってきた兵たちに、撒いて回るんだ。我ら海賊団は巷では義賊で通っているのでな」

 

「船に積まなくてもいいでしょう。非常時に船を動かせませんし、海が荒れたら流される可能性があります」

 

「船は唯一の財産だ。それに見張りもいる。そんな有るか無いかを考えても仕方ないぞ」

 

 あくまでもとぼけようとする重蔵に、仁実は言い逃れできない証拠を突きつけた。

 

「では何故、父様は『安東が負ける』前提で、準備をしているのですか?」

 

 どんと大きな音をたてて、重蔵は持っている酒瓶を叩きつけるように置いた。その音にひるまず、触れられては困る部分だと確信した仁実は、強気に父親を問い詰めた。

 

「大敗を喫したあの戦から、五年も経っています。風土病が流行って傷口に塩を塗られることがあっても、檜山はくじけることなく再興しました。……檜山と湊の両軍勢は、前の戦よりも倍以上に成っています。両家あわせれば、かつて北の地全土を支配した安東家の再来とまで言われています」

 

 重蔵の酒瓶を掴む手の力が、ぐっと強くなる。

 

「獣風情を追い立てるのにあの数、決して逃すはずがありません!」

 

「もうなにも言うな、仁実」

 

 大きくはなかった。しかし重蔵の言葉に強く込められた凄みを感じて、仁実は閉口した。

 娘は自分の言葉を聞いて、素直に押し黙った。その姿に拍子抜けした重蔵は、高ぶる感情が極端に冷えるのを感じて、大きなため息をついた。

 

「余計な知識をつけやがって」

 

 酔いが醒めてまった、と重蔵は呟き、店主にお冷を頼んだ。

 

「教えてくれたのは、父様です」

 

「そうだったな。大名家の直子として、それに恥じない礼儀作法を教えたのは俺だったな」

 

「そんなことは教えられていません」

 

「はっはっは、はっきり言うな。……だがまあ、年不相応に知識があったところで、やっぱりお前は餓鬼だな」

 

 重蔵は、娘の頭をくしゃりと撫でた。

 

「人生経験が、見てきたものが違う。この世の中には、触れてはいけないものが巨万とある。好奇心で首をつっこみ、知らなければ幸せでいれた。そんな出来事が星の数ほど存在するんだ。……安東家の先祖が触れたのも、そのひとつ、逆らってはならぬものの逆鱗だった」

 

 仁実はそこで、父親の盃を持つ手が、小刻みに震えていることに気がついた。

 唖然とした。仁実から見た重蔵は、大雑把そうに見えながら緻密に計画を運ぶ、どんなときも余裕を崩さない人物だった。そんな父親が取り繕うことも忘れて、こうして恐怖を露にしていることに、仁実は今日一番の驚きを覚えた。

 

「逆らってはならぬもの……」

 

「そうだ。言いにくいことを言うようだが、安東は負ける。勝つことなどありえない」

 

 重蔵は断言する。その言葉には対象への畏怖から来る確信あった。

 

「そんな……! 檜山だけでも、本隊は五千に届きます!」

 

「数の差などあって無きに等しい。その姿を直に見てきた俺にならわかる。山を切り崩すことだって、平気でやってみせるだろう」

 

「一体なんなんですか、それは……。そんな生物が、この世に存在するんですか!?」

 

 仁実がヒステリックぎみに叫ぶ。重蔵は先ほど受け取っていたお冷を飲んで、頭をクリアにしてから言った。

 

「それについては、檜山よりも湊の連中の方が実態を知っている。湊が呼び始めてから、檜山もそれに倣い呼び始めた。……『まつろわぬ神』と」

 

 重蔵と仁実、店長しかいない店内に、不思議とその言葉はよく響いて残った。

 

 

 

 

 太陽が水平線に指しかかり、日が暮れはじめた頃。

 そろそろ帰ろうと仕度をしていた海人の元に、ひとりの客人が現れた。

 あいにくその人物は海人が待ち望んでいた少女ではなかった。祠の広場に入ってきたのは、どこかで見たことがある男性だった。

 

「やあ、はじめまして。君が海人君、かな?」

 

「どうしてここにいる?」

 

 海人は不審者をにらみつけた。

 この場所は、海人と愛代しか知らなかった。仁実にも場所は教えていない。街のはじっこにぽつんと建っており、偶然迷い込みでもしないかぎり、見つからない場所にあった。

 愛代も道に迷ってここを見つけて、疲れて休憩していた時に海人と知り合ったのだ。しかし目の前の男は、海人の名前を知っていた。意図してこの場所を訪れたのだ。

 海人は、警戒の色を隠そうともしなかった。

 

「そんな顔をしないでください。……私は『安東舜季(きよすえ)』といいます。そして湊の者です」

 

「……愛代の親族か」

 

「ええ。父親です」

 

 にこにこと笑顔を向けてくる、愛代の父親だという男性に、海人は少しだけ警戒を緩めた。

 誰にも教えるなと言っておいたのに。愛代に心の中で悪態をつく。

 だけども、父親だというなら一応納得だ。約束というのも、お互い小さな頃に一度言ったきりなので、愛代が憶えているかも分からない。むしろ自分が未練がましいのだ。

 そう海人は自分に言い聞かせて、笑顔が胡散臭い男性に訊ねた。

 

「それで、愛代の父親が俺に何の用だ?」

 

「ええ。実は、愛代さんの代理として、あなたにお別れの挨拶をしに来ました」

 

「……冗談のつもりか? だとしたら笑えないな。串刺しにされたいか?」

 

 一瞬で冷静さは吹き飛び、海人の頭は怒りでいっぱいになる。

 冗談でもそんなことを、しかも他人に口を出されることに、海人は我慢がならなかった。

 

「とっとと帰れ。そしてあいつに、自分の口で言えって伝えろ」

 

「無理です。代役だと言ったでしょう。愛代は今、思うとおりに動けない立場にいるのです。だからこうして、わざわざ伝えに来た」

 

「今まであいつを放置していたのはお前たちだろう。それが今更、父親面してあいつを束縛して、どういうつもりだ!」

 

 愛代は、湊からここまで、一人で訪れていると聞いていた。

 中途半端に知識を教えて、野盗や山賊の怖さを教えもせずに、愛代へ自由な外出を許可する。親としての義務も果たさずに、あたかも自分が育てたと言いたげに大きな態度をとる。海人は目の前の男に怒りを通り越して、殺意さえ抱いた。

 それと同時に、海人はわずかな疑問も覚えた。愛代がなにか不祥事を起こしたのか。それとも戦が近いこのときに、監禁される理由ができたのか。しかしそれも、次に舜季が軽く放った言葉で消し飛んだ。

 

「そういう約束だったからです。五年前のあの日から、安東家の繁栄のため『生贄』にされるまで、愛代を自由にさせるとね」

 

「生贄だと?」

 

「おや、その様子からすると、娘から聞いてはいないのですね。まあ聞いていれば、私がここに来る必要はないですけど。……愛代は十和田湖に住まう『まつろわぬ神』に、供物として捧げられるのです」

 

 海人は、舜季に槍を突きつけた。

 これ以上問いただしても、まともに話す気がないと理解し、脅して吐かせる方向に変えたからだ。

 

「だいたい何だ、神だ神だと、俺を混乱させて有耶無耶にするつもりか? ちゃんとわかるように説明してもらおうか」

 

「……あなたの父親は重蔵でしょう? 彼に聞けばいい。およその全貌を知っています」

 

「親父は安東と縁を切った! 何も知らねえ!」

 

「知っています」

 

 舜季は海人の反論をばっさり切り捨てて、そう断言した。

 

「なぜなら五年前のあの大敗した戦、総指揮を任されていたのは、他でもない重蔵ですから」

 

「ッ! ……そ、そんなはずはねえ! そもそも親父が指揮を執っていたなんて、なぜ言い切れる。あんたは湊の人間だろう?」

 

「この目で見てきましたから。私は元々檜山で生まれた人間。そして重蔵とは、血を分けた兄弟なのですから」

 

 海人は一瞬、目の前の舜季の言っていることが理解できなかった。舜季が言っていることが本当ならば、重蔵は今まで、海人に真実を隠していたことになる。

 両親に替わり、海人が今最も信頼できる人物は、自分を信用してはいなかった。その疑心が生じて、茫然自失となった海人に、背後から回り込む影があった。

 

「動くな」

 

 海人の右耳に、くぐもった男の声が入る。首元に短刀があてられ、海人は体を硬直させた。

 想定外の事実に驚いて、隙を晒してしまった。海人はゆっくりと、首を後ろに向けようとする。

 

「動くなと言った。槍を捨てて、そのまま舜季様の方を向いていろ」

 

 仕方なく、海人は槍を捨てて、舜季に視線を向ける。

 まったく気配を感じなかった。足音たてずに背後に忍び寄ったことからも優秀であることはわかるし、この男を倒しても他にも近辺に潜んでいるかもしれなかった。

 海人はひとまず、大人しく指示に従うことにした。それになによりも、海人の頭に浮かぶ疑念を解消するには丁度いい機会だった。

 

「海人くん、昔話をしましょう。……かれこれおよそ百年前の話です。日の本の北、そのほぼ全域に根を張り、幕府の命を受けて、『蝦夷管領』として支配していた安東家。しかし家督争いによって、安東家は檜山と湊、両家に別れてしまう。それこそ、大きな間違い。安東家が仕組んだ謀略なのです。安東両家は二家に分かれてから今日まで、一度も戦を起こしてはいません」

 

 笑顔が胡散臭く、裏に得体の知れないものを隠していそうな舜季の語りは、そうした前口上から始まった。

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