征海魔王   作:カンジョー

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八話、御神体

 朝日が顔にかかり、海人は目を覚ました。ぐっすりと深く眠っていたようで、目を開けるのがおっくうだった。

 どうやら、丸い柱のようなものに縄でくくりつけられているようだ。海人は今、背中で柱を抱くように胴を縄でぐるぐる巻きにされ、手首を後ろで縛られていた。無理な体勢で寝ていたせいで、体が悲鳴を上げていた。

 何度も瞬きをして、しょぼしょぼする目を慣らす。ようやく現実世界に戻ってきた。

 

 そこは、祠の中だった。

 何か重大なことを忘れているような気がしたが、寝起きの頭で思い出せない。

 とりあえず縄を解こうとする海人。しかし、ぐっと体に力を入れても、どういうわけか縄はびくともしなかった。きつく複雑に縛られてはいない。胴を何周か巻いただけの、子供でもでおる巻き方だ。それなのにほどけるどころか、『凍ったかのように』たわむことさえなかった。本当に藁で編まれているのか、鉄の糸で編まれているのではないかと疑ってしまうほど固かった。

 

「……ッ! ……ッ!」 

 

 力いっぱいもがくが、縄は破れない。

 そんな四苦八苦する海人に、不意に声がかけられた。

 

『いくらやっても無駄だ。術がかけられている』

 

「……は!?」

 

 突然響いた声に、海人はすっとんきょうな声をあげて驚いた。声の主を探すが、祠の中には海人以外の人間の気配がなかった。そもそも物が少なかった。

 自然に、海人の視線は目の前に置かれた『御神体』である短刀に吸い寄せられていった。

 

「まさか……」

 

『ようやく気づいたか、遅い。話しかけたら即座に応えろ』

 

 それは野太い、三十代ぐらいの男の声だった。

 

「無茶な。刀が喋るなど聞いたことがない。あったとしても自分の頭を疑う。……俺は正気か?」

 

『目はばっちり冴えていると思うぜ』

 

「正気を疑う原因に言われてもな」

 

 脳の容量を超えて無理に考えたせいか、思考回路がショートし、頭が痛くなってきた。手を頭に当てようとしたが、手を縛られていると思い出した。

 何年もここに通っている海人でさえ、刀が喋れることを初めて知った。

 深く考えても理解できそうにない、頭が痛くなるだけだ。そう判断した海人は、喋る刀に問いかけた。

 

「なぜ刀が口をきけるんだ? どういう仕掛けだ?」

 

『俺が刀というわけではない。刀は俺を封じているものだ』

 

 海人は訳がわからず、頭に疑問符を浮かべる。刀は前置きをすると、自らのことを静かに語りだした。

 

『俺は昔、ここらで悪さをしていてな。それにほとほと困った村人たちは、偶然通りかかった呪術師に、俺を封じ込めるように頼み込んだんだ。俺は呪術師の罠にあっさりと捕まり、ここに封じ込められたって訳だ』

 

 海人は刀から聞こえる声に、じっと耳を傾けていた。声は封じこめられたことを悔しそうには語らず、むしろ一本とられたと爽やかに語っていた。

 声の張本人は、ここにはいない。もっと遠い、別の世界にいると言う。

 

『幽世。俺はそこにいる。その短刀は現世と幽世とをつなぐ橋であり、俺をこの祠に封ずる楔であり、俺を幽世から出さないための閂だ』

 

 だが完璧に現世と隔離されているわけではないらしい。この祠とぽっかりと開いた広場、周りに広がる林こそが結界であり、短刀を通じて現世から届いた声を聞き取ったり、逆に幽世にいる男の声を届けることができている。

 

『ここから聞こえていたぜ。お前の父親との会話や、陽気な女子との談笑。そして呪術師の男との剣呑な会話も。随分と物騒なことに巻き込まれているじゃないか』

 

 そう言われて、海人はようやく思い出した。頭にかかっていたもやが消えて、綺麗さっぱり晴れた。

 

「そうだ。喋る刀を見たせいで頭から消し飛んでいた! こうして悠長にしている場合ではなかった!」

 

 いったい、どれ程眠っていた? 海人はまた無理やりに縄を引き千切ろうと、もがいて暴れだした。

 

『無理だ、力だけではその縄は千切れん。落ち着け』

 

「落ち着けだと? これが落ち着いていられるか! お前も聞いていたならわかるだろう? 愛代が危ないんだ、今から急げば奴等に追いつけるかもしれない」

 

『だから落ち着けと言っているだろう。お前が寝てから幾日経ったと思っている』

 

「幾日? 一晩だろう?」

 

『三日だ。無理な体勢で寝ていたせいか苦しそうに、変ないびきをかいて寝ていたわ。それを三日三晩昼も夜も、近くで聞かされたこっちの身にもなってみろ』

 

「三日!? そんなに俺は寝ていたのか!」

 

 海人は驚きを隠せなかった。いや、そもそも何故俺は眠っていた?

 

『催眠の術を掛けられていたからな。意識が飛ぶ直前のことをよく想起してみよ』

 

 言われて、海人は眠る前のことを思い返す。舜季という男に、あと一歩のところまで槍を向けて、そこからの記憶がなかった。

 

『あの騒々しい場で眠りこけるなどあるわけがない。お前は意図的に眠らされたのだ。そしてその縄も、同じ造りでできている。見えないから確証はないが、おそらく停滞の術。縄だけが世界の理から外れ、外力の作用を受けない。効力が切れるまでそのままだろう』

 

「その停滞の術とやらを解かないといけないってことか」

 

『理解が早いじゃねえか。そうだ、散々あの娘に脳筋だ言われてるが、飲み込みが早い』

 

「そんなことはどうでもいい。どうにかしてこの縄を解けないか?」

 

 こうしている間にも、愛代に死が近づいていると思うと、居ても立ってもいられなかった。焦燥だけが募っていく。

 海人の焦りを察していないのか、刀の声の主は尋ねた。

 

『解いて、どうする気だ? 呪術師の男には追いつけぬぞ』

 

「……ならば、湊に行き、福島城に直接乗り込む! 愛代に生贄なんて馬鹿な真似を止めさせるんだ」

 

『だが山奥に棲むまつろわぬ神は、生贄を捧げないと怒りを静めないぞ?』

 

「そんなもの、俺が殺してしまえば万事解決だ!」

 

 海人はやけくそで叫び、男にあたった。海人は焦りから、質問してくる男に苛立ちを覚えて、大声をぶつけたのだ。

 

『あの舜季という男に勝てなかったお前がか? 呪術師一人に傷ひとつつけられなかったお前が、神を刹逆しようなど奇跡が起ころうとも能わない』

 

 だが男は冷静に海人の声を受け流し、反論した。

 人事だから言えるのだ。その様子に、海人は傍から見ている分にはどうとでも言えると、ますます怒りがわいた。

 

「神などと大仰なことを言っても、あれは奴の惑わす妄言だ。祟りなんぞあり得ない!」

 

 加えて、海人は舜季の言う『まつろわぬ神』という生き物を信じてはいなかった。

 敵の言葉を簡単に信じるわけがなかったし、海人は大げさな演説で、人に生贄が必要だと信じ込ませる文句だと思っていた。そして海人は、娘だという愛代を『物』が如くのたまうの舜季が、何よりも気に入らなかった。

 

 海人はこのときまで、『まつろわぬ神』という存在を、頑なに信じようとはしなかった。

 

『神はいる。大仰ではない、あの呪術師の男はありのままを話していた。神が息を吹きかけるだけで、何千何万の兵が蹴散らされる』

 

「まるで見てきたような言い分だな? 俺の生まれる前からここに封じられているんじゃなかったのか?」

 

 刀からする声がそう言うと、たちまち海人はうさんくさいと疑念を抱いた。

 舜季の手先の者ではないかと一瞬疑ったりもした。

 

「なんせ俺自身が神だからな」

 

 表情は見えなくとも、海人は男がドヤ顔をしていると幻視した。

 自分は神であると自称する刀の声に、さらに疑いの目を向ける。その空気を察したのか、声は神が本当に実在することを証明するといってきた。

 

『短刀をとれ。そうすれば幽世と現世の境界が曖昧になり、その柱まで俺の力を及ぼすことができる。ついでに縄も解いてやろう。……そうだ。ついでだ、神の力であの娘がいる場所まで一瞬で飛ばしてやろう』

 

 なんと自称神は、縄をほどいてくれるという。さらに太っ腹なことに、摩訶不思議な力で愛代のいる十三湊まで海人を運んでくれるという。確かに三日も寝ていたとすれば、檜山の軍が侵攻を始めるまで期間の猶予がない。そんな力があるとすれば、とてもありがたい申し出だ。そんな力があれば、だが。

 だが刀からする声は、肝心なことを忘れていた。

 

「そうかそうか。どうもお前は記憶力も確かだから言っておくが、俺は縄で胴と手を縛られているんだ! ご丁寧に縄には術というものを掛けられて! 動くことができない。だから短刀を手に取ることもできないんだよ!」

 

『刀をこの位置からずらせればいい。手が動かなくても、動くものがあるだろ?』

 

 そう言われて、海人は思い至る。それだけでいいのなら、足を使えば刀を自分の近くまで寄せれるかもしれない。

 海人はぴんと足を張って、刀に足を伸ばした。しかし、あとちょっとのところで刀に足が届かない。諦めて息を整えた海人に、声は助言をした。

 縄は動かないかもしれないが、お前の体は動く。間接が外れても足を伸ばせば届くはずだ、と。

 海人は正気を疑ったが、自分を神だと称する奴だと思い出し、声を飲み込んだ。かわりに、海人は刀の声の主にこんなことを訊いた。

 

「俺がそこまでして、実はできませんでは済まないぞ。本当に縄を解くことができるんだろうな?」

 

『お前にできるのは、このままあの娘が身を捧げるまで時が流れるのを待つ。それか俺の言葉を信じて、俺に賭けてみるかだ。どうする?』

 

「……乗ってやるさ。俺は絶対に愛代を止めてみせる」

 

 そうして海人は短刀へと手──ではなく足を伸ばした。

 全身が悲鳴を上げながら、なんとか間接が外れることなく、だが全身を痛めながら短刀を床へと転がした。

 するとどうだろうか。海人は一瞬だけ目を離した隙に、短刀のあった場所は、黒い闇に包まれていた。

 

『久方ぶりだな。現世の空気は。そのまま真っ直ぐに進んでこい』

 

「だから縄が……おっ」

 

 海人が手元に目を落とすと、あれだけ力を加えてもびくともしなかった縄が、はらりと落ちていた。

 自分の力にだけは自身を持っていた海人は、てこずっていただけに、あっさりと解かれたことに言葉を失った。

 

『ほら、どうした。ぼうっとしてないで、さっさと来い』

 

 納得がいかなかったが、海人は声にせかされて立ち上がった。そして目の前に広がる暗闇の中へと、ゆっくりと体を沈みこませていった。

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