〈41〉
午後、2年・3年生を試合を経て遂にやってきた1年生の第1試合は国家代表候補生同士による47分もの激闘の末、その勝負を制したのは4組代表の代表候補生であった。
そしてついに第2試合、1組代表対2組代表の試合が今始まる。
◆◇◆
『白式の
「了解。白式、織斑 一夏。出撃する!」
電磁カタパルトより射出された一夏がその低い空を舞う。いつかの誰かさんのようにバレルロールをこなしつつ飛び上がったその先に、その紅い龍は居た。
「漸く来たわね、一夏。待ってたわ」
「待たせたな、鈴」
大陸の紅い龍、神龍の名を借りその名に恥じぬ威圧感とチカラを秘めた赤い大国の威信が込められたその最新鋭機にその身を包んだ鈴音は一夏が身に纏うその白き翼を待ち受ける。
遂に正面から相対する事となった2人は互いに己が得意とする得物を構えて向かい合った。
「さて………何か言い遺す事はあるかしら?」
「
「勝った方が自分の言い分を通す。覚えてるわよ。どっかのお馬鹿さんと違って」
「また人の事を馬鹿って言いやがったな⁉︎仕方ねぇだろ最近色々あって日常が濃過ぎて俺だって大変なんだ!それに馬鹿って言った方が馬鹿って習わなかったのか!」
「この馬鹿一夏、鈍感、唐変木、朴念仁!」
「なんでお前にそんなに罵倒されなきゃいけないんだよ、この貧乳!」
途中まではまだ良かった、途中まではまだただの喧嘩の悪口の言い合いとしてはマシな
「ひっ貧乳といったわね⁈ 貴様コンプレックスを持っている乙女に対して絶対言ってはならない『貧乳』と言うフレーズを言ったなぁぁぁああっ⁈」
「喧しい!知った事か!悪口を言い合った時点で50歩100歩じゃゴラァ⁈」
鈴音も一夏も互いに吠える。ほんと、確かに一夏の言った通り50歩100歩でしかも周りの人が思わずズッコケそうな程低レベルな口喧嘩である。ただそれが口だけでは済まない、ISという強化外骨格を纏った殴り合いの喧嘩に発展するのはどうしようもなくこの後ある試合の予定を考えればどうしようもない事であった。
『
「「取り敢えず……」」
「ブッ飛ばす!」「ブッチギル!」
こうしてどうしようもなくしょうもない、1年生最大の目玉と言われた1組と2組のクラス対抗試合の火蓋は切って落とされたのである。
◆◇◆
一方少々時間は巻き戻り、1年生専用に割り振られた観客席では時雨・栞・箒・セシリアの4人組(本音は4組にいる友達の下に移動しており不在)がアリーナの丁度中央部にて浮遊する鈴音の姿を眺めていた。
「アレが中国の最新鋭、第3世代型IS【
「確かに、装甲に塗装された赤と黒のカラーリングといい機体についた
彼女と時雨達の居る観客席にはそれなりの距離がある為に一応会場の幾つかの場所に設置されたカメラから撮られた映像が観客席からも見れるようホログラムとして頭上に展開されているが
「それよりもさ……言う機会を間違えてるのは百も承知だけど私、『シェンロン』って聞いたら龍玉の
「……言うな、多分その
「いや、今日の外国に於ける日本漫画ブームのおかげで日本以外のその手が好きな人にも絶対思い浮かべさせられるだろう……現にほら彼処に居るロシア代表候補生の顔を見てみろ。『なんだかなぁ……』って顔をしているぞ?」
「本当ですわね………」
そんなこんなで時雨とセシリアの作業が一段落を終えて漸く再び席に戻って来た頃、ふと栞がみんなが敢えて触れていなかった部分に触れる。というか敢えて触れずにいた部分について話題に振られた3人は三者三様微妙な表情を浮かべた。因みに勝手に箒に一例とされた3組のロシア国家代表候補生もまた原作を知っているのか微妙な表情を浮かべていたりする。
「お、一夏も来たみたいだな」
その時漸く本試合の主役の片割れ、一夏がカタパルトの力を借りて天を舞う。打ち上げられた白き鋼はいつかの誰かさんの如き軽い曲芸飛行を見てその低い空に飛び上がった。
「出てきたとたんに曲芸飛行とは余裕だな、観客へのサービスも忘れないといったところか?全く、アイツも一体誰に似たんだか……」
「エー、誰ダローネ。ボク分カラナイナー」
「……時雨さん、片言になってますわよ」
「心当たり大有りって感じだね」
箒のジト目に思わず目を逸らして片言になってしまう時雨にセシリアと栞は苦笑いをこぼす。ただ言い訳にも聞こえなくが時雨達がわざわざ射出直後にそんな曲芸飛行を行う理由は機体の動作確認も兼ねている為全くの無駄でも格好を付けている訳でもない事だけは明言しておく。ホントダヨ?
そして漸く本試合の主役が揃った訳であったが何故か始まったのは試合……ではなくどうしもなく低レベルな小学生の口喧嘩であった。
「「「「………………」」」」
「……え、えぇ。なんで喧嘩を始めたんだあの2人?」
「いえ、それ以前にコレ公衆の面前でして大丈夫な事ではありませんわ……」
「確かに……な。全く……あの2人は……はぁ」
「乙女の禁句を「どうでもいい」って言い切るのはちょっとダメだと思うし7割方一夏が悪いけど、確かにこれはどっちもどっちだよ……」
それには時雨は唖然とし、苦労人の箒が額を押さえて常識人のセシリアと栞は溜息と共に頭を抱える。ついでに今頃管制室では絶対に
とは言え、
「とは言えどだ、試合自体は悪くはないようだな」
「……本当ですわね、てっきりもっとお2人共もっと感情的な所為か直線的な動きになるものかと思っていましたが」
「ふむ、攻撃は苛烈だがどちらとも共に致命的になるような隙はない。やはり口はああでも頭と体はちゃんと戦闘用に切り替わっているみたいだな」
罵り合いの程度はそれはもう酷いものだったが試合内容自体は悪くない、寧ろほぼ初心者である一夏が1年で国家代表候補生に上り詰めた
『……ふんっ、中々やるじゃない一夏の癖に』
斬り合う事十数合、時雨とセシリアのハイパーセンサー経由で鈴音の声が聞こえる。あの高速機動中かつ剣戟の最中であってもこれほどクリアに音声が選別・習得できるハイパーセンサーはやはり凄い。
『「癖に」は余計だ「癖に」は』
剣を振るう合間に一夏は先程の鈴音の台詞に対し苦言を呈しつつ、彼は剣を振り抜いた後にそのまま彼女の側をすり抜けて残心し一旦距離を取る。鈴音は一夏の一撃を受け流す事には成功したが
『それに白式の特性も俺の剣術に上手くマッチしたからな、近〜中距離にかけてなら先に反応して動ける俺がお前の一歩先を行く!』
そしてそのチャンスを逃す程、一夏は愚凡でも甘チャンでもない。硬直による数瞬を狙い一閃、斬る瞬間だけ展開されたソレに交差した青龍刀を難無く両断され、しかも返す刀で文字通り相対者だけでなく搭乗者までも殺しかねない必殺の
『はぁぁぁあああっ!』
『やるわね………』
迫る
『でも
ガシャコン
甲龍の肩パーツから何かが
『っ!しまっ⁈』
絶対切断能力を宿した切っ先が鈴音の絶対防御に触れる直前一夏はその鈴音の意図に気付き無理矢理体勢を変えようと足掻くがもう遅い。
『「肉を断たせて骨を断つ」、武器も装甲もシールドエネルギーだってそれくらい幾らでも食らわせてあげるわ。でも、勝利はアタシが頂く!』
『第三世代
不可視の砲身・弾頭による絨毯爆撃が一夏の墜落した地点を中心とし半径10m以内を無慈悲にも抉り薙ぎ払う。それは高空域にて滞空・砲撃を続ける鈴音の足下まで土煙が立ち上りセンサーで捕捉出来る限りギリギリまで続いた。
『
熱くなっていたのもあるが撃っている途中になんだか楽しくなって後先考えずにばかすか打ちまくった結果、眼下の視界を物の見事にそこに広がる土煙に視界を遮られた彼女は後悔しつつも一夏による奇襲に備え高度を取らんと上昇を開始する。が、それは一歩遅く砂煙を目隠しに背後に回った一夏が今まで隠していた奥の手であった瞬時加速を使用しその煙を引き裂いて肉薄してきてしまった。
『背後、取ったぁぁぁああぁぁっ!』
『なっ⁈墜ちろ‼︎』
それを迎撃する為反転しつつ砲身なき砲が一夏へと狙いを定めたその時、事態は最悪へと動き出した。
『非常事態発生、当IS学園に対し日本国権限に於けるEVA-2が発令されました。全校生徒は至急速やかに最寄りの
『非常事態により全試合中止、アリーナ内の防護壁及び
突然鳴り出した警報と閉鎖される隔壁、赤い非常灯へと切り替わった館内に生徒はパニック状態を起こした。
「っ⁈非常事態ですって⁈そんなっ!」
「ひっ‼︎」
超広域ジャミングにより索敵能力低下、超高エネルギー体接近。数8ないしそれ以上、距離2000
「全員伏せろぉぉおおぉぉっ‼︎」
時雨は叫ぶ。しかし時すでに遅し、鳴り始めた警報の直後、その叫びとぶつかり合う一夏と鈴音はアリーナそのものを揺らす轟音と悲鳴に掻き消された。
◆◇◆
その通報が第2アリーナ管制室、山田麻耶と織斑千冬の下に届いたのはアリーナ崩落の実に数分前であった。
「…………」
審判役である山田先生は兎も角、千冬はこの試合の審判ではないものの自分の担当するクラスの試合であると言う事でモニターや管制室の窓から見える白式と甲龍が時には砲火を交え(といっても遠距離武装の無い一夏は専ら回避するばかりではあるが)、時には激しい斬り結びを繰り広げる白と赤の喰らい合いを監視していた。
「……最初はかなりぐだくだでしたが今はとても良い感じですね。先輩」
「ああ………そうだな、全くだ。あのバカ共が、観衆の真ん前でよくもあんな事ができるものだ。全く……姉である私まで顔から火が出そうだ」
「あははは……織斑君も鳳さんも
「気遣ってくれているの有り難いがアレは100歩譲っても
試合開始前に
「あの時と同じ……嫌な予感がする」
「織斑先生?」
「山田先生、何かある
「は、はい」
迫る予感が世界最強の心臓を鷲掴みにした。つい先程から千冬の脳裏にチラつき始めた7年前の、あの時と同じ昏い陰。数年前にも1度あったがそれとは比べ物にならない程濃厚なまでもの嫌な予感に千冬は不安でたまらなかった。
「……何かが起こる、きっと……悪い事が」
隣に座りコンソールを弄る山田先生にも聞こえぬくらい小さな声で呟いた千冬は不吉な予感に押し潰されぬよう、おもむろに管制室に置かれていたコーヒーメーカーへと手を伸ばす。
「ん?このカップは学校の備品では無い?」
「あ、それ私の私物です。元々ここにあった筈のコップが少し前から行方不明らしいので自前で持って来てみました」
「ほう、そうだったのか。わざわざ済まないな、私も気付いていれば良かったのだが」
そしてコーヒーをいつもは飲まないブラックで注ぎ一度カップの縁に口を付ける事で漸く少し落ち着きを取り戻した。
「いえいえ、そんな事……っ⁈大変です織斑先生」
「ムグゥッ⁈げほっ……かはっ……どうした何があった⁉︎」
「これを!」
再びカップを傾けたその時、管制室に届いた一通の通信が事態を急展開させる。つまりそれは千冬の悪い予感が的中したという事の証拠でああった。
「っ、EVA-02だと⁈」
EVA-02
日本国権限に於けるIS学園に対する緊急事項、所属不明部隊によるIS学園襲撃の可能性を認む場合日本国政府及び陸海空自衛隊はIS学園に対し通報を発し事態の進展・規模によっては軍事介入を行う
どの国家にも属さず中立と独自の法、超法規的権限と一定の自衛戦力を保有するIS学園に対し日本国が持つ学園が日本国内にあるからこそ国連で正式に認められた唯一の干渉手段。それこそが
山田先生に見せられた通信に書かれたその文書に、その意味に、どれ程事態が最悪なのかを理解してしまい思わず千冬は唖然とした。
「っ、全館第2種警戒態勢!非常事態だ、緊急避難警報及び警備課に出撃準備命令。非常赤色灯に電源切り替え、全隔壁緊急閉鎖。試合は中止、生徒の避難を最優先だ」
「はいっ……司令室より入電、当該アリーナに未確認飛行物体が急速接近中、退避せよと!」
「何っ⁈シールド最大展開!ジェネレーターが吹き飛んでも構わん、生徒のシェルターまでの避難時間を稼げ!」
「駄目です間に合いません!来ます!」
千冬の指示を受け山田先生がコンソールを操作、シールドジェネレータの出力を目一杯まで引き上げる傍らそのコンソールの端にあった非常警報装置のカバーを千冬へ叩き割り中の赤いスイッチを押し込む。しかしその足掻きも一歩及ばず、警報がアリーナに鳴り響くと同時にアリーナの天井とエネルギーシールドがブチ抜かれてしまった。
轟音、衝撃
アリーナが、
「きゃあぁっ⁈」
「くっ⁉︎一夏っ、鈴っ!」
その衝撃や凄まじく、衝撃はアリーナ内でも特に堅固な防御装甲と対音・熱・震構造の施され有事の際には前線司令室ともなる管制室をも揺らし轟く。それには流石の千冬でも耐えられなかったのか椅子に座っていた山田先生と同じく姿勢を崩してコンソールに叩きつけられた。
「一体何が……」
手から零れ落ち割れカップから四散しまったコーヒーの事などもはや気にも留めず、叩きつけられ痛む身体の事を無視して2人は身を起こす。そして辛うじて割れも罅も入っていなかった特殊防弾ガラスが填められた窓から眼前に広がるそのアリーナの惨状を目にした。
「…………」
「……なっ、なんて事だ」
崩落する天井、降り注ぐ建材にバリアの砕け散る場違いな程に涼やかな音色と悲鳴、濛々と立ち上がる視界を塗り潰した砂塵に一夏と鈴音のいる
▪︎
IS学園に対する何者かによる侵入・攻撃予兆を日本国政府ないし警察・自衛隊が察知した場合、日本国側は早急にIS学園に対しこの警報を発する。軍事介入は不可
▪︎
IS学園に対する何者かによる侵入・攻撃予兆を日本国政府ないし警察・自衛隊が察知しそれが日本側に被害を齎すと判断された場合、日本国側は早急にIS学園に対しこの警告を発すると共に軍事介入の是非を問いIS学園側がそれを拒否した場合の軍事介入は出来ない。但し日本国側の個別的自衛権発動に対してはこの制約には当てはまらない
▪︎
日本国内にて非常事態宣言が発令される事態が発生する、もしくはIS学園に対する何者かによる侵入・攻撃予兆を日本国政府ないし警察・自衛隊が察知しそれが日本側に甚大な被害を齎すと判断された場合、日本国側は早急にIS学園に対しこの通告を発すると共に介入行動を行う。尚この介入は正式な日本国の権利としIS学園にその権利を拒否する権限はない
遂にこの物語にも奴らが現れましたね……次は主に最初に奴らに接敵し交戦を開始した国防の為に命を賭ける自衛隊側と+αがメインの話です。